事例: 感染性心内膜炎IEのため僧帽弁置換術を受けた患者さん

Pocket

感染性心内膜炎(IE)の治療ではしっかりとした状態評価と、いざというときにいつでも手術できる足腰の強さ、さらにばい菌を完全に消すまで粘り強くかつ適切に抗生物質を使いこなすちからが求められます。

以下の患者さんはこの感染性心内膜炎のため遠方の大学病院からお越し下さいました。

65歳女性、感染性心内膜炎IEに僧帽弁閉鎖不全症弁MRと心房細動AFを合併しておられました。

セカンドオピニオンで来院された患者さんですが、ご本人とご家族のご希望で当院手術となりました。

一応落ち着いておられましたので、できるだけばい菌がいないasepticと呼ばれる状態で手術できるようしばし点滴ラインや抗生物質offで、経口ワーファリン等で経過をみておりました。それから手術になりました。

胸骨正中切開ののち心膜を切開しました。
体外循環・大動脈遮断下に左房を右側切開しました。

図1僧帽弁はまず前尖A2とA3に腱索断裂が複数あり(写真左)、

かつ古くなったvegetationが付着(写真下右)していました。

図2またACも逸脱気味でした。

一方、後尖はP2とP3が左室後壁に張り付き、

図3実質的にP2・P3は存在しないのと同様になっていました。

写真左でP2とP3はほとんど立ち上がることができません。

また写 図4真下右でP2とP3の大半が左室後壁に付着しています。

後尖が半ば存在しないanatomyでの弁形成は、弁尖をあらたに造れば形成は十分可能です。前尖には人工腱索を6-8本も立てればきれいにかみ合うようになるでしょう。

しかし感染がまだ多少でも残存している恐れから複雑な弁形成がやや不利な状況と、すでに60歳半ばのご年齢で生体弁もかなり長持ちしやすいことを併せ考え、この患者さ 図5んの場合は前向きに弁置換が有利と判断しました。

そこで前尖の元・感染部を切除し、

残りの前尖後尖腱索を僧帽弁輪に再固定(写真左)する形で乳頭筋を温存し心機能を守るようにしました。

モザイク生体弁27mmを 図6固定しました(写真右)。

それに前後して、冷凍凝固を用いたMaze IIIをまず左房側に行い(写真下左)、

図7左房を閉じて、70分で大動脈遮断を解除しました。

左心耳は除細動の可能性が高く、

かつ心房性利尿ホルモンANP分泌能温存を考慮し、

閉鎖しませんでした。

図8心拍動下に右房をメイズ切開し、右房メイズを行いました(写真左)。

エア抜きののち119分で体外循環を離脱しました。

離脱はカテコラミン無しで、心房ペーシングにて容易でした。

切除した前尖 図9の感染部(写真右)です。

経食エコーにて良好な僧帽弁(人工弁)機能と心機能を確認いたしました。術前にワーファリンないしヘパリンが入っていましたので入念に止血を行い手術を完了いたしました。

術後経過は順調で、出血も少なく、心房ペーシングで血行動態は安定し、夕方には覚醒、術翌朝人工呼吸から離脱しました。

もともと感染性心内膜炎IEがあったため、時間をかけて感染の治療(予防)を行い、術後3週間で元気に郷里へ戻られました。

心臓手術から4年が経過し、現在は毎年1度、定期健診に外来へ来られます。笑顔を拝見するたびにうれしくなります。

どう治す?のページにもどる

僧帽弁のIEのページにもどる

弁置換のページにもどる

弁膜症のトップページ

Heart_dRR
心臓手術のお問い合わせは こちら

pen

患者さんからのお便りのページへ

僧帽弁膜症のリンク

原因 

僧帽弁閉鎖不全症 

僧帽弁逸脱症

僧帽弁形成術

◆ リング

虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対するもの

④ 僧帽弁置換術 

⑤ 人工弁

    ◆ 機械弁

生体弁 

       ◆ ステントレス僧帽弁: ブログ記事で紹介

心房細動

メイズ手術

心房縮小メイズ手術

心房縮小メイズ手術 

.

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。

6) 感染性心内膜炎(IE)――本来は大変な病気です【2025年最新版】

Pocket

最終更新日 2025年1月6日

.

◾️感染性心内膜炎(略称IE、アイ・イー)とは

.

この病気は心臓の弁が細菌などでやられる病気です。若い方から高齢者まで少なからず起こり得る弁の病気です。

.

感染性心内膜炎はばい菌が心臓の中で繁殖して悪さをします原因となる最近は、黄色ブドウ球菌がいちばん多く、ついで緑色連鎖球菌、腸球菌、コアギュラーゼ陰性のブドウ球菌、他の連鎖球菌などがあり、ときたまカビもあります。

.

◾️感染性心内膜炎の診断は

.

診断は、感染性心内膜炎の原因となる心疾患(下記)があるうえに血液培養がプラスのとき、そして心エコーなどで疣贅(ゆうぜい、ばい菌のかたまりでベジテーションVegetation、略してベジ)があれば確定します。

.

心エコーは極めて有用ですが、この病気の場合は経食道エコー(略称経食エコー)がとくに役立ちます。疣贅や弁輪膿瘍つまりうみ、そして人工弁の感染や疣贅がちぎれて飛びそうなときなどに通常のエコー以上の情報を与えます。

.

なお感染性心内膜炎では血液培養がプラスにならない 192757079ケースもありますし、原因となる心疾患がとくにないということも4分の1から3分の1ぐらいの患者さんで起こります。

.

そこで患者さんの全体像から診断をつけることが大切になります。何か特定の検査法を使えば誰でも診断できるというものではなく、そこに経験や洞察力が必要なことがあるのです。感染性心内膜炎ではないか、と疑い、しぶとく追求することが患者さんを助けるのです。

.

◾️感染性心内膜炎の元になる病気は

.

感染性心内膜炎(IE)は、このようにまったく弁に病気がない人でも起こることはあるものの、何らかの心臓病がもともとあった方に起こりやすいとされています。

たとえば心室中隔欠損症僧帽弁逸脱症(弁が左房に落ち込みます)・僧帽弁閉鎖不全症抜歯のあとの発熱にはご注意を。感染性心内膜炎かも知れません (弁逆流が起こります)が代表的です。

.

あるいは大動脈弁二尖弁(通常3つある弁尖が2つになる病気です)や動脈管開存症大動脈弁閉鎖不全症はじめさまざまな 疾患や状態が遠因になっています。

きっかけは抜歯やけが、なにがしかの感染、日本では少ないですが注射の回し打ちなども含まれます。

 .

◾️感染性心内膜炎の発生メカニズム

.

心内膜炎endocarditis_cause[1]
一般には何らかの血流ジェットがあり、その近くで血流がよどむときに細菌が繁殖しやすいと言われています。

上記の疾患群にはいずれも血流ジェットがあり、その周辺によどみが発生しやすいと考えられています。

(左図はベジテーションの一例をしめします。僧帽弁の表面についています。)

同じ理由で、ジェットが発生しにくい心房中隔欠損症僧帽弁狭窄症には感染性心内膜炎IEは起こりにくいです。

 .

063また一度、感染性心内膜炎IEになってお薬(抗生物質)で治っても、その原因が残っている場合は、しばしば再発することがEBM( 証拠・根拠に基づく医学)で知られています。

より注意が必要です。

.

◾️感染性心内膜炎の予防や早期発見に

.

上記の心疾患をお持ちの患者さんにおかれましては、もし高い発熱や、そう高くなくても3日以上続く発熱があれば医師にご相談されるのをお勧めします。

とくに抜歯やけがの後であれば一層の注意が望まれます。最近カテーテルを受けたという既往なども要注意です。

.

実際、感染性心内膜炎の患者さんは循環器内科だけでなく、一般内科や総合内科からもよく紹介されて来ます。原因不明熱として、膠原病その他と紛らわしいことがあるのです。

発熱の原因がわからないときには心臓とくに弁膜症の専門家にもご相談されるのが安全です。やはりチームをつくって、総合的・多角的なちからで医療をやるのが良い、ひとつの見本のような病気ですね。

.

◾️Q: 感染性心内膜炎はどう怖いのですか?

.

A: 感染性心内膜炎 IEは原因菌によっ A306_088ては抗生物質の効きも悪く、菌体のかたまりがちぎれて飛ぶと脳卒中な どの重大な問題に発展するからです。

.

僧帽弁や大動脈弁などにばい菌が繁殖し、疣贅となると、もしそれがちぎれたときに脳にも流れて行きやすいからです。脳の血管が疣贅の破片で詰まると、それは脳梗塞になってしまいます。この病気の患者さんのじつに35%が脳血管障害に見舞われるというデータさえあるほどです。

また、感染性心内膜炎を治すためとはいえ、感染のある部位に人工物(弁形成の糸や人工弁など、感染には弱い)を入れな くてはいけないというジレンマもあります。

.

◾️どんな時に要注意?

.

次の条件をもつ患者さんの予後が悪いと言われています。

Nurse_man_shock.

たとえば黄色ブドウ球菌の感染や、

心不全が強いとき、

糖尿病があるとき、

.

疣贅が飛んで塞栓を起こしたとき、

弁輪膿瘍つまりうみがたまるとき、

疣贅が大きいとき、

.

女性患者さん、

心臓手術に不利な状態のとき、

血中アルブミンが低いとき、

菌血症が治らないとき、その他です。

.

それ以外にも、感染性動脈瘤ができたり、腎臓がやられたりしますし、膿瘍が他の部位に転移したり、筋肉や骨に異常をきたすことなどもあります。

.

◾️それらへの対策は

.

大動脈基部から僧帽弁輪にかけて膿瘍(うみがたまること)ができた時に心臓を再建する方法そこで全身の状態が悪くなりすぎないうちに、あるいはできるだけ状態を改善しつつ積極的に心臓手術を行うとともに、

菌や感染組織をきれいに取り去り、こわれた弁は なるべく形成し、形成が良くない場合には人工弁を用いて治療します。

 .

術後もできるだけ原因菌に焦点をあわせた抗生物質で徹底的に感染を解決します。

活動性IEの場合は4-6週間、こうした治療を行います。

これが感染の根絶に必要なのです。

 .

さらに弁Hsp1007-s再建手術や左室形成手術のノウハウを活かせば徹底した感染組織の切除が可能となり、殆どのIEの患者さんを救命できます(弁膜症 事例4)。

 .

僧帽弁や大動脈弁の弁のみならず弁輪(弁の付け根、重要部分)や両弁輪の境界部までが感染で破壊(大動脈基部膿瘍など)されていても、再建が可能で す(左上図)。

このレベルの手術になりますと、弁だけでなく左室の再建の技術や経験が必要となりますので、それらの経験が豊かな医師にご相談されることを勧めます。

私たちは100例以上の左室形成術の経験のなかからベスト治療を行いますのでお役に立てれば幸いです。

.


患者さんの想い出はこちら:

.

Heart_dRR
お問い合わせはこちらへどうぞ

pen

患者さんからのお便りのページへ

 

参考: 治療ガイドライン

③人工弁に起こったら? へ進む

弁膜症 の扉のページへもどる

.

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。