第三回春日井ハートフォーラム

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5月15日土曜日に第三回春日井ハートフォーラムが開催され、講演させて戴きました。

心臓血管外科手術のお話を実際の症例、とくに春日井市や可児市エリアの先生からご紹介頂いたケースをもとにいたしました。

一例目は二弁置換術後25年の50代患者さんで、心不全が進み、左室駆出率が16%(正常 重症の患者さんでは体力がないため、より一層の慎重な治療戦略が大切です。 値はおよそ60%)で来院されました。症状も強く、しかも肝臓が傷みつつあるため早く手術してあげたいのはやまやまですが、状態が悪いため、まず内科治療つまりストレス軽減や塩分制限、食養生から適度な運動などの方法でこれを改善し、勝てる確率を上げる努力を行いました。

状態がかなり良くなってからポイントを絞った手術でスムースに元気になられ、10日ほどで元気に退院されました。

手術中の所見では、25年前に僧帽弁の位置に取り付けられた人工弁(機械弁つまり金属の弁です)にはパンヌスと呼ばれる患者さんの組織がくっついて動きを妨げ、弁機能不全に陥っていた上に、昔の人工弁縫着部が裂けてそこから血液が逆流していました。そこでこの人工弁を周囲の組織を壊さないように注意して取り外し、新しい人工弁を取りつけ、さらに前回裂けていた部位を補強し、手術は完了しました。

もうひとつの人工弁は調子上々のためそのままにし、別の弁(三尖弁)は僧帽弁が良くなればおのずと良くなるだろうという予想どおり、無手勝流で逆流ほぼ解消しました。患者さんの状態が良ければ三尖弁も修復したかったのですが、それに体力が耐えられない可能性があったため、結果も良いためちょうど最適のラインで手術できたものと考えました。

Ilm01_ab01012-s 医学の進歩、心臓血管外科の進歩でこうした弁膜症の術後、長年経過した患者さんは増えています。名古屋ハートセンターへはこうした患者さんが毎月複数来られます。こうした患者さんではさすがに永い間にさまざまな無理が弁や心臓に起こり、そのままでは危ない状態の方も多いです。しかもこの患者さんのように、他の病院で手術危険と断られたり、内科の先生もどうしたものかと悩まれることはよくあります。そんなときお力になれればと思います。こうしたことを討論させて戴きました。

また外科は手術するだけでなく、心不全や全身管理に詳しい内科の先生方と協力して手術前から手術後長期間にわたって患者さんを守る努力をすることが大切であることもお話し、良いご意見を多数戴きました。

もう一例、比較的珍しい心臓の悪性腫瘍つまりある種のがんの患者さんの手術をご紹介しま Family02 した。がんが何と心臓の中に発生し、肺動脈や心臓の右心室の出口がつまりそうになり、強い心不全症状が出て、もうあと1カ月ももたない、無理すればまもなく突然死しかねない状態の患者さんでした。救命手術として腫瘍の大半を取り、血液はきれいに流れるようになり、患者さんはすっかり元気になられました。できるだけ永く効果が持続するように、いくつかの隠し味手術を併せ行いました。腫瘍を100%完全に取り去るためには心臓を全部取り去り心移植するしかない状態でしたが、80歳近いご年齢では心移植は許されないため、まず当面元気に生きて戴くことを目標として手術したわけです。

私は年間2000例の、日本では考えられないほどの手術をやっていたカナダの病院で6年以上修行し、こうした患者さんを10例あまり診ていました(英語論文248番をご参照ください)。その中に3年以上元気に生きてくれた患者さんもあり、1年以上元気に暮らしたあと心移植で完治した方もあったため、ケースバーケースである程度まとまった年月をまずまず元気に過ごせることを知っていたため、一層前向きの治療になりました。願わくば患者さんが充実した毎日を、永く続けて頂ければ、患者さんや皆の努力は報われると思います。こうしたケースをめぐって建設的な討論を行いました。

薬剤溶出ステントの一例です  そのあと、最近患者さんが増えている虚血性僧帽弁閉鎖不全症のお話をしました。心カテーテル治療とくにPCI(カテーテルによる冠動脈の治療で、ステントとくに薬剤ステントDESなどを使います)の進歩で、狭心症や心筋梗塞の患者さんの多くは救われるようになりました。素晴らしいことです。ただ永い間には、病気も進み、何度もPCIが必要になったり、また心筋梗塞を起こしたりで、心臓が次第に動かなくなり、左心室が崩れて僧帽弁が逆流するケースが増えました。これが虚血性僧帽弁閉鎖不全症(略称IMR)です。

つまりIMRは弁膜症の形をした左室の病気です。それで治療も弁だけでなく左室をできるだけ治すことが予後の改善に役立つことをお示ししました。皆さんのご要望で、実際に動いている心臓を外側内側とも手術で治すビデオも見て戴きました。ちょっと気持ち悪いとの声もあとでお聞きしましたが、心臓って結構治せるんだねと言って頂きうれしく思いました。

実際PCIを繰り返し、IMRの状態になってもそのまま薬だけで何となく放置され、次第に亡く Ilm17_ca06006-s なっていくというケースが多いことは知られています。やはり内科と外科の協力でカテーテル治療では治せなくなった患者さんを一緒に守る、手術で良くなるケースでは手術を行い、そのあとも薬や心臓リハビリうまく駆使して心機能を回復させる努力をする、これが大切です。

フォーラムのあとの懇親会ではビールを酌み交わしながら面白いお話を聴かせて戴きました。心不全で肝臓が悪くなった患者さんでは心臓を治せば肝臓も改善するのですが、もともと肝臓が悪い場合の見分け方など、非常にレベルの高いディスカッションもでき、充実した楽しいひとときでした。またエコーの技師さんや薬剤師さんらもお越しいただき、それぞれの大切な役割を共に認識できたのもうれしいことでした。

お世話下さった灰本クリニックの灰本先生に厚く御礼申し上げます。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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岡山の循環器エキスパートミーティング

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4月17日に岡山で開催された循環器エキスパートミーティングに参加してきました。

(以下、ちょっと専門的ですみません、

一般の読者諸賢におかれましては専門用語を飛ばしてお読みいただき、

先端技術を開発する努力が行われていることを主に見て頂ければ幸いです)

 

岡山大学(伊藤浩教授)と川崎医科大学(吉田清教授)の循環器チームの合同研究会の第一回の集まりで、

光栄なことに講演で呼んで戴きました。

多数の先生方が参加され会場はにぎやかでした。

とくに若い先生方が多いのが良かったと思います。

 

プログラムは二部構成で第一部は機能性僧帽弁閉鎖不全症(略称FMR)をテーマとし、

第二部は循環器の再生医療をめぐってのお話でした。

 

第一部のテーマである機能性僧帽弁閉鎖不全症というのは僧帽弁そのものは壊れていなくても心筋梗塞や心筋症のため左心室が悪くなり、

その結果、左心室に支えられた僧帽弁がうまく作動しなくなる病気です。

たとえば心筋梗塞のあとに起こる虚血性僧帽弁閉鎖不全症心エコーの発展進化には目覚ましいものがあります その代表例です。

 

まず川崎医科大学の大倉宏之先生が機能性僧帽弁閉鎖不全症でレニン・アンギオテンシン系の果たす役割を論じられました。

エコーの権威にふさわしく、エコーでの指標で患者さんの予後や治療方針をより正確にきめるためのヒントを下さいました。

たとえばE/e’ (イーオーバーイープライム)の有用性をこれまでの指標 decceleration time DTや駆出率、有効逆流口面積(ERO)などと併せて解説されました。

E/e’が15以上やDTが140ms以下あるいはERO>20mm2では要注意。

 

そのうえでレニンアンギオテンシン系の薬剤たとえばACE阻害剤やARBで機能性僧帽弁閉鎖不全症FMRの予後がどのくらい改善されるか考察されました。

機能性僧帽弁閉鎖不全症の各指標たとえばテント化面積等と予後の関係を説明されました。

 

これも実感があり、

私たちは手術のときに僧帽弁テント化をできるだけ減らす工夫をしており、

それによって機能性僧帽弁閉鎖不全症が再発しにくく、患者さんは安定して元気になりやすいのです。

また手術をしない場合はもちろん、手術をする場合でも、

術後にこれらのお薬(ACE阻害剤等やβブロッカーも)をしっかり使って心臓や心筋をさらに良くする私たちの努力を論じました。

こうした努力で患者さんの予後は一層良くなることをご紹介いたしました。

 

ついで斎藤顕先生が機能性僧帽弁閉鎖不全症のときの僧帽弁や弁下組織のジオメトリーを実際のエコーデータをもとにして詳述されました。

患者さんによってはテント化面積(TA)が増えれば前尖がそれを補うかのように大きくなることを、

独自の三次元エコープログラムを用いて示されました。

確かに手術の際、そうしたケースを見ることがあり、

自然の妙に感心するとともにエコーの精度や情報量もここまで進化したものと感心しました。

前尖と後尖のかみ合わせの深さ(Coaptation Length)が短くなると機能性僧帽弁閉鎖不全症が起こり易く、

とくに後尖中ほどついで後交連側でCLが短くなることを示されました。

普段、経験的に感じていることをきちんと測定し数字で表わされる技術に感心しました。

 

虚血性MRの基本方針 第一部のトリ(光栄です、吉田先生・皆さんありがとうございます)として

私が外科の観点から機能性僧帽弁閉鎖不全症解決の努力の跡をご紹介しました。

 

機能性僧帽弁閉鎖不全症は弁膜症の顔をした左室の病気であること、

それゆえ手術や治療はできるだけ左室そのものを治すようにしていることを示しました。

さらにこれまで問題とされた前尖のテント化左室形成術セーブ手術ドール手術バチスタ手術など)または弁下組織の手術でほぼ解決でき、

現在は後尖のテント化の手術法開発に努力していることをご紹介しました。

最近は後尖のテント化もほぼ解決できるようになり、

今後、手術法として世界に発信して皆さんのお役に立てればなどと期待しています。

虚血性僧帽弁閉鎖不全症の手術前後の変化を数例のエコーなどの実データでお示しし、

さらに拡張型心筋症に合併した機能性僧帽弁閉鎖不全症でのデータも見て戴きました。

 

総合ディスカッションでは多数の前向きのご質問をいただき、光栄に思いました。

とくに伊藤浩教授はこれまでの豊かな臨床経験に裏打ちされたご質問やコメントを下さいました。

たとえばCRTを十分に薬(ACE阻害剤やβブロッカーなど)を使わずに入れる世間の風潮に対して警告を発しておられるなどは、

循環器の臨床を深く理解した良心的なご方針で感嘆いたしました。

 

第二部は再生医療それも最先端のお話で、

岡山大学循環器疾患集中治療部准教授の王英正先生と、

慶応義塾大学循環器内科教授の福田恵一先生というこの領域のトップオーソリティのお話でした。

 

まず口火を切って岡山大学の赤木先生が肺高血圧症の新しい治療法をご紹介されました。

岡山大学の肺移植日本一の実績をもとにして多くの検体やデータからエポプロステノールという薬で肺血管を和らげる方法を説明されました。

 

王先生は以前、京都大学病院の探索医療センターで准教授として心臓幹細胞の実用化に向イメージ けて努力され、

実際の患者さんに応用する手前の段階まで行ったのですが、

残念ながらそこでプロジェクトが時間切れとなってしまった経緯があります。

当時、私も心臓外科として参加させて戴き、

タイミングさえ許せば王先生の心臓幹細胞を私の虚血性心筋症の患者さんの手術時に移植し、

患者さんの心機能をさらに改善する治療を行う予定でした。

王先生の相変わらずエネルギッシュなお姿と、

新天地でご活躍のご様子に触れ、うれしく思いました。

準備が進めばいずれ臨床応用まで進められると確信しています。

 

福田先生は幹細胞をもちいた再生医学・再生医療のオーソリティーで以前から何かとご指導戴いている先生ですが、

この3月に慶応大学医学部循環器内科の教授に着任され、名実ともに日本の循環器再生医療のリーダーの一人になられた先生です。

 

淡々とした語り口調のなかで、福田先生がこれまでやってこられた膨大なお仕事(幹細胞とノギンやG‐CSFその他)のエッセンスを改めて見ることができ感動しました。

幹細胞から心筋細胞を誘導するのは以前から福田先生の芸術的技術ですが、

最近はあのiPS細胞でもそれが実現し、さまざまな応用を検討しておられるようで、

これまた感心いたしました。

 

iPS細胞は、ご存じのように京都大学の山中伸弥教授が2000年代中ほどに動物ついで人間でも確立された将来の夢の幹細胞です。

患者さん自身の細胞たとえば皮膚などの細胞にある種の遺伝子(ヤマナカファクターと呼ばれます、これを発見したこと自体が奇跡と言われます)を入れて、

ES細胞などとそっくりな性質を再現するものですが、

そのiPS細胞から心筋細胞が誘導つまり造れるとなれば、さまざまな応用が見えてきます。

たとえば特発性心筋症その他の心筋症での心筋細胞を造り、病態の解明や治療法の開発にはずみがつきます。

その心筋細胞をもちいて新薬の開発、いわゆる創薬も進むでしょう。

新しい抗がん剤などもその患者さんの心臓に副作用がないことを確認できるようになれば大きな進歩になると思います。

 

そして最後にそのiPS由来の心筋細胞を心筋症・心不全の患者さんに移植する、その道が少し見えたように感じました。

そのためにどの経路で細胞を患者さんの心臓まで届けるか、

あらたな細胞シートの開発なども含めて研究を進めておられることを知り、大変勇気づけられました。

細胞シートの間でもちゃんと電気的興奮が伝達できるレベルに達している(つまりシート同士が機能的につながっている)のはお見事でした。

iPS細胞由来の心筋細胞は造ることができても、それを患者さんに直接注入するまではまだ時間がかかるとのことでしたが、

将来はいけるのではと思いました。

 

エキスパートミーティングの後は懇親会という立食パーティで皆さんとゆっくりお話できました。

学ぶところの多い会で大変感謝しつつ帰りの新幹線に乗りました。

お世話下さった吉田清先生や川崎医大の先生方、伊藤浩先生、ありがとうございました。

 

2010年4月18日 米田正始

 

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執筆:米田 正始
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三重県の救急医療体制と心臓血管外科

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2010年4月13日の中日新聞29ページ(医療ページ)に三重県の救急医療に関する記事が医療崩壊や救急医療の問題は全国的なものですが、三重県ではより深刻な状況です載っていました。

その記事の見出しを列挙しますと次のようになります。

「「受け入れ困難」改善遠く」

「救急体制強化急ぐ三重県」

「伊賀 7病院が拒否 女性死亡」

「減る医師数 即効策なし」

「三重県の搬送難 中部地方で突出」

 

三重県での心臓血管外科の体制も同じ問題があるようです。

名古屋ハートセンターがオープンして1年半の間に、

名古屋に近い三重県北部の四日市市、桑名市、鈴鹿市、いなべ市はもとより山間部の亀山市、伊賀上野市、名張市、時には中部の津市などや伊勢市、松阪市、志摩市さらには尾鷲市などからも患者さんがハートセンターへ心臓手術を受けに来院して下さいます。

聞けば近くの病院では受け入れてもらえなかったといいます。

 

それらの患者さんは比較的難易度の高い心臓手術たとえば複雑な弁形成や状態が悪い慢性血液透析冠動脈バイパス手術とか、

再手術の複合手術たとえばバイパス手術+二弁手術後の3弁手術、

あるいは心機能が低下した心筋症+弁膜症、

今にも突然死しそうな状態の弁膜症患者さんなど、

一般にハイリスクと呼ばれる心臓病の患者さんが多かったです。

あるいは速やかな治療や対応が必要な心臓病患者さんなどでした。実際危険な状態で、外来即入院といったケースもありました。

 

苦労して救命した患者さんの退院日は感動の日となります こうした心臓病患者さんたちを三重県内ですぐに受け入れられないのであれば、

あるいはリスクが高すぎるというのであれば、

私達がお役に立てる限り受け入れていきたく思うのです。

地域医療が医師不足で大変困った状況にある今日、

どんなハイリスクでも重症でも迅速に受け入れて治療や手術をせよというのは、

病気の守備範囲が広く予算も限られている地域の病院には少々酷であり、

ハートセンターのような専門病院はそうした方々のためにも存在すると思うのです。

 

伊勢自動車道や東名阪自動車道など高速道路網の充実高速道路網の充実で距離のハンデは大きく減りました によって三重県からの名古屋市へのアクセスもずいぶん改善されました。

地元の病院・医院と連携し、遠方からでも来て良かったと言って頂けるよう、チームとして全力をあげています。

外来受診から方針決定まで3往復3週間(ときに4往復4週間)という大学病院などの公的病院ではできない、

1往復数時間の患者目線の医療をチーム全員で努力して支えています。

大学講座人事に依存した従来型の病院が医師不足で動けない状況にある現在、

こういう県境を越えた地域医療、医療連携も有意義ではないかと思うこのごろです。

 

距離は多少遠方であっても心は遠方とは限らないのです。

 

2010年4月14日 米田正始

 

 

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サリドマイドの原因が解明

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かつて悲劇の合併症を世界的に引き起こした睡眠剤・サリドマイドが四肢の奇形を起こすメカ図はイメージです ニズムが最近、解明され3月12日付の米科学誌サイエンスで発表されました。朝日ドットコムによれば、東京工業大(半田宏教授ら)と東北大のグループが、サリドマイドの副作用にかかわる体内のたんぱく質を見つけ、動物実験で確かめたのです。サリドマイドが手足の発育に重要なセレブロンというたんぱく質と結合し、セレブロンの働きを邪魔するために、手足の小さいこどもが生まれることがニワトリやゼブラフィッシュをもちいた動物実験で証明されたわけです。

医療と医学のつらい歴史の中で画期的な業績と思いました。

科学的に因果関係を証明するには時間がかかることが多いのです サリドマイドで悲劇的な合併症が1960年ごろから発生してメカニズム解明まで実に50年近い年月がかかったわけで、医学・科学の研究とはそれほど大変で難しいものであるというのを改めて痛感します。

では悲劇の発生の防止に50年もかかったかと言えばもちろんそうではありません。臨床医の経験や勘、そしてデータの検討から早い時期にサリドマイドの有害性は指摘されていました。行政がそれを直視した対策をとっていなかったことが被害を大きくした主因でした。

そこで一つ思うことは、科学的「因果」関係が重要であることは確かであっても「連関」関係だけでも急場をしのぎ多くの人たちを助けることができるということです。昔アメリカのスタンフォードで虚血性僧帽弁閉鎖不全症の研究していたころ、僧帽弁や左室のジオメトリーの変化と僧帽弁の逆流の因果関係を調べていて、それがほぼ因果関係と言えるレベルのものであっても、完全に科学的にそうとは言えない、そうしたときに連関関係 associationという表現で正確を期すように恩師に教えられたものです。あるいはより根拠と確信があれば「おそらく」とか「あり得る」因果関係、などの表現を使うなどですね。

つまり科学的な厳密さを追求することの意義は大きくても、それに長大な時間がかかりそのまず患者の安全を確保できるのが臨床疫学や医療統計の貢献です 間に多数の犠牲者がでるよりは、統計上の連関だけで警告と予防措置をとり、被害を食い止め、その間に真実を証明すればよいわけです。現代の生物統計学、医療統計学、臨床疫学は多数の犠牲者を救えるだけの方法論と信頼性を持っていると思います。とくにしっかりしたデータベースがある領域ではそれが一層容易です。

たとえば妊婦のサリドマイド服用と手足の発育障害との相関関係が判れば、一万人単位の妊婦さんでデータをとらせて頂き、服用薬剤などをすべて記録し、足の発育障害の原因になり得る要素たとえば心臓や骨その他の遺伝性疾患などもできるかぎりチェックし、それ以外の一般データとともに多変量解析すればサリドマイドが有力な要因として統計学的に浮かび上がってくるはずです。

かつての日本では学問や科学を厳密に追求するあまり、時間を浪費してしまい、その間に多数の被害者を出したケースが薬害などで多々あり、学問や科学のありかたにある種の疑問を抱かせることがあったことは残念なことです。かつてアインシュタインは言いました。科学研究とは単に知識や情報を増やすためにやるのではない。ヒューマンな目的性が必要という主旨です。サリドマイドの経験からこうしたことを再確認すべきと思います。

2010年4月11日 米田正始

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春日井市の臨床疫学研究会にて

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昨日、臨床疫学研究会に参加して来ました。愛知県春日井市のアカデミック開業医・灰本元質問が多数でて活気ある講演会になりました 先生の主催で定期的に開催されている会です。お世話になっている春日井市医師会の先生方も多数参加され楽しいひとときでした。春日井駅前の勝川ホテルで行われました。

今回は九州大学社会環境医学講座・環境医学分野教授の清原裕先生が長年積み重ねてこられた「久山町研究」の成果の一部を解説して戴きました。題して日本人のメタボリックシンドロームの実態と課題。私の専門である心臓血管外科手術とは直接関係はないのですが、かつてカナダで術後の患者さんのフォローなどをやっていた経験から、疫学研究やEBM(証拠にもとづく医学医療)そのものにも関心があり参加しました。

久山町は福岡県にある小さな町ですが、市街化調整区域のためあまり激しい開発や人口増減がなく、疫学調査にぴったりの特徴を持っていました。清原先生らは40年以上の時間をかけて住民の健康調査を行い、さまざまな疫学調査をつづけて来られました。脳卒中の研究から始まり、糖尿病、高血圧などの生活習慣病、さらに認知症やがんまで研究が広がっています。

世界でも類のない、質の高い疫学データで、今後医学や医療のために役立つでしょう 世界最長のコホート研究という我が国の誇る研究モデルに成長し、日本の病気の特徴や時代的推移なども含めた貴重なデータを提供しておられます。

疫学調査というのは地道な努力の膨大な、しかも長年月にわたる努力が必要な、大変な仕事です。とくに感心したのは追跡率が100%近く、剖検率も90%に達していることです。とくに剖検率90%とは、その住民のどなたが亡くなられても、ご遺族にお話しお願いして許可を得て大学病院で解剖させて戴く、それが亡くなられた住民の90%でできたということです。これは驚異的な努力、そして地域住民から信頼され感謝されていた証で、それ自体が感動に値するものと思いました。

ちなみに昨今の大学病院では入院中に病気でお亡くなりになった患者さんの剖検率でさえ30%を割り込むほどになっており、平素密な付き合いのある入院患者さんでも剖検の承諾を戴くのはこれほど難しいことを考えると、地域住民の90%というのはお見事というしかありません。キーは誠意と平素の努力かと拝察いたしました。

それらの緻密なデータがあって初めてさまざまな病気の研究ができます。今回のご講演ではメタボは日本人の生活や病気の内容にも着実に影響を与えて来ています。健康管理が大切ですね メタボリック症候群が40年間に激増し、脳卒中ひとつを例にあげても内容が細い血管の閉塞から太い血管や心臓由来という欧米化傾向がはっきり示されました。心疾患についても同様の変化が示されました。狭心症・心筋梗塞などの冠動脈疾患や高血圧その他の循環器病・心臓病への影響が示されました。今後、テーマがメタボリック症候群からがんその他に広がるでしょう。心臓血管手術にも参考になるデータが得られるかも知れません。

講演の後、懇親会でも話題がひろがりました。地道な努力を40年続ければここまで行けるというお手本のような素晴らしいお仕事を拝見し、元気を頂いたように覆います。春日井市医師会の先生方もみな勉強になったと喜んでおられました。清原先生、灰本先生、春日井医師会の先生方貴重で楽しいひとときをありがとうございました。

2010年3月21日 米田正始 

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2010年3月17日 懐かしの患者さんと再会しました

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医師と患者さんとの絆というのは本当に強いものがあります。

といっても何かのすれ違いや不運なことが重なってその絆や信頼が揺らぐことはあり、

お互いいつも注意と努力が必要ですが。

 

かつていのちをかけて、覚悟を決めて、一緒に病気と戦い、

そして誰もが祈るだけだった状態から元気になって下さった患者さん(Mさん)と先週末、8年ぶりにお会いしました。

感慨深く、このブログで少しご紹介したく思います。

 

Mさんは当時12歳の女の子で、以前に弁膜症の手術を他チームで受け、

その後心筋症・心心移植しかないという状況でした。しかしその心移植もほぼ不可能、そこで決断が必要でした不全が再発・悪化したため心臓手術のため私のところへ来られました。

今から8年前のことです。

 

Mさんの心臓は左室駆出率が7%未満つまり健康な心臓の9分の1のパワーしかなく、

以前に取り付けられた人工弁も動きが悪くなり、

危険な状態でした。

心臓は大人サイズ以上に腫れ上がり、あと何週間もつかという危篤状態でした。

 

あまりの心臓の弱さに、前向き治療を自認していた私でさえ、これは心移植のほうが患者さんのためになる、と考え、

当時、国立循環器センターの北村惣一郎先生や大阪大学の松田暉先生らをはじめとする心臓移植の先生方にコンサルトしたほどです。

その時に頂いたコメントは、

「たしかにこの患者さんには心移植が必要です。

しかしこの年齢と体サイズに合う心臓はいつ入手できるかまったく予想がつきません。」とのことでした。

当時はまだこどもの心移植は認められていませんでした。

カンファランスのあとで個人的にご相談しても「米田先生、頑張って」と真面目にお願いされ、とぼとぼと帰途についたことを覚えています。

しかし生きて戴くためには手術しかない、

手術は左室形成術再弁置換術しかないという結論に達し、

さまざまな角度から内外の智恵を集めて検討しました。

 

そしてMさんの部屋へ行って、手術をお話をしました。

「こんな苦しいときに嫌な話しで申し訳ないんだけど、君の心臓を治すには手術しなければいけないんだよ、手術させてくれる?」と聞きました。

まだ12歳のこどもさんですし、

これまで心停止やマッサージ、補助の風船ポンプ、人工呼吸、ICUその他さまざまな苦難を味わっておられるだけにきっと断られると心配していました。

ところがMさんの返事は「先生、手術して下さい」という、何と二つ返事のOKでした。

おそらく当時の京大小児科の先生方が患者さんとの信頼関係の中できちんと相談して下さったことと、

患者さんやご家族の強い意思、生きることへの姿勢などの賜物と思いました。

 

ともかく本来心移植すべき12歳の患者さんのいのちを、

それも患者さん自身の口から託されたわけで、

私は思わず襟を正したのを覚えています。

大変な手術と治療にはなるが、皆、絶対助けるという決意で臨みました。

 

この経験は海外へも発信しました 手術は当時(2002年)としてはまだあまり知られていないセーブ手術僧帽弁の再置換術、

それらを心臓を止めずに行いました。

念のため海外の先生や当時葉山におられた須磨先生らの御意見も戴き、

手術前にほぼ設計図が頭の中にできていました。

 

心臓手術は予定どおりの形で完遂できました。

心臓も予想以上に改善し、少しずつパワーが戻って来ました。

しかしそれまでの永く苦しい心不全の闘病生活でMさんの足腰は弱り切っており、

呼吸する力さえ足りない状態で、

何週間レベルの時間をかけてゆっくりと人工呼吸器を離脱し、リハビリを進めて行きました。

そして3カ月ほどたったころ、

彼女が病院から学校の卒業式に行く時には、チームの関係者は皆、涙したものでした。

 

Mさんに行った手術はその後アメリカ(ロッキーマウンテン弁膜症シンポジウム)やドイツ(ライプチヒ)の国際シンポジウムでも講演させて戴き、

他の患者さんの治療にも役立てて頂きました。

国内の講演などでもご紹介し参考になったとよく言われました。

 

その後もMさんの経過は定期的に小児科の先生からお聞きしては安堵していましたが、

私が京大病院を去ってから2年近く時間が経っており、

Mさんのことを思い出しては気にしていました。

そこへ昨年末、欧米のジャーナルにMさんの手術とその後の回復の報告が論文として発表されました

英語論文244番をご参照下さい)。

危機的状況の心不全から心臓手術で回復し7年以上元気に暮らしていることを知りました。

京大小児科の先生方は当時の心臓チームの努力がこうして報われ、

他の心不全患者さんの役に立つようにと論文発表して下さったものと感動しました。

 

その論文のおかげで小児科の先生方とお話したのがきっかけになり、

Mさんファミリーと久しぶりの面談になりました。

 

8年ぶりにお会いするMさんは立派な社会人になられ、

お母様も以前と変わらぬ活発な雰囲Mさんが描かれたイラストです。社会活動の一つとしてやっているそうです。 気で、うれしく思いました。

お父様は所用ができて来られませんでした。

Mさんが元気に毎日を暮らしているだけでなく、

社会に役立つような仕事をしたいと、勉強し、

また社会活動もやっておられることに感心しました。

 

あの厳しい状況、あとどのくらい命が持つかわからない状況で

自ら決断し手術に真正面から向き合ってくれた12歳のMさんの雰囲気は大人になっても同じでした。

来年は成人式に参加したいとのことでした。

先日のオリンピックのあと引退を決めたスピードスケートの清水選手のことばを借りれば、

私たちのやって来た治療は間違いではなかった、と思いました。

 

またMさんの重症心不全への心臓手術と治療の経験が、他の患者さんや先生方のお役に立っていることをMさんとお母さんは大変喜んでくれました。

その日、急用で来れなかったお父さんも、

私が京大病院にいた頃に心の中で熱く支援してくれていたサポーターであることを知り、じーんと来ました。

 

京大病院時代に感動することは何度もありましたが、

そのほとんどはこうした極限状態の患者さんの決断と頑張り、そして見事なカムバックでした。

この感動がある限り、いくら割に合わない3K職種と言われても心臓外科医は辞められない、そう思いました。

Mさん、お母さん、お父さん、ありがとうございました。

 

米田正始

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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2010年3月1日 バンクーバー冬季オリンピック(2)

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バンクーバー冬季オリンピックが17日の熱い競技を終えて閉幕しました。皆さん多くの感動や悔しさ、あるいは夢を感じられたのではないかと思います。

フィギュアスケートはじめさまざまな競技で釘づけになってしまいました
女子フィギュアスケートの浅田真央選手とキム・ヨナ選手の熱戦の時にはちょうどお昼時ということもあってか名古屋ハートセンターの職員食堂では皆さんいつもより結構長く食堂にとどまってテレビにかじりついていたように思います。この熱気というか一体感のようなものはWBCの最終戦、イチローの決勝打打席以来のような気がしました。浅田選手の地元・名古屋ということもあって銀メダルは残念、しかしキム選手もあれほど立派な演技をよく頑張ったという公平な称賛の空気も感じました。

今回の冬季オリンピックで見られたひとつの面白い傾向は個人が国籍より重視されたケースが増えたことでした。

2月24日の朝日ドットコムで、「薄らぐ「日の丸」意識」というタイトルでそうした傾向が論じられていました。
今回の五輪は過去のそれと比べて少し様子が違い、「国家」をあまり意識しない大会になっているというのです。

たとえばロシア国籍で参加したフィギュアスケート・ペアの川口悠子選手、日本代表で出場し他国から参加する選手たちを見ていますと自由なものの考え方が普通になりつつあることを感じます たアイスダンスのキャシー・リード、クリス・リード姉弟、米国代表として参加した長州未来選手など、これまでにあまり見られなかったパタンです。そもそも五輪憲章に「はオリンピック競技大会は個人種目または団体種目での選手間の競争であり国家間の競争ではない」と規定されているそうです。

個人の自由や尊厳、生きることの意味、国家や組織の意義など、さまざまなことを考えた時代の流れでしょうか。ふと振り返れば医者の世界もつい最近までは医者はどこかの「教室」に所属し、一生涯その代表者である大学教授の指令どおりに病院を移り変わるのが普通でした。それが新しい研修制度が発足した数年前から急速に崩れて、大学や教室の求心力低下、教室が人手不足になって医師を派遣できないための地域医療の崩壊や重労働ハイリスクの外科等メジャー科目離れなどさまざまな問題につながっています。教室・大学意識が薄れて個人意識が台頭してきているのはどこかオリンピックの流れに似て来ています。

Isya01 能力や情熱のある若い医者が自らベストと思う研修を受けるべく全国に、というより世界に師を求め、思う存分実力をつけ、自分の腕前で立派に生きて行く、そしてそれを認める実力重視の病院が増えて来たということでしょうか。現在のところ、まだこうした生き方は良く言ってもハイリスク・ハイリターンコースと捉えられているようですが、価値観そのものが進化している中である意味自然なことのようにも思えます。

大学もその流れを感じてか、外科系などでは市中病院や海外で手術や臨床の実績を上げた医師を教授に抜擢するケースが増え、努力の跡が見えるのは進歩と思います。教授に抜擢されれば待遇が悪く仕事環境が貧相でも大学へ就職するケースが多いのはさすがに大学はまだオーラを維持しているとも感じます。しかしそういう努力をしても大学へ就職する若手医師が激減している現実は、付け刃では対処できない問題が大学病院や医局に存在することを示しています。

かつての医師の価値観のゴールドスタンダードは、ひたすら我慢を重ねて大学教授になり、学会の会長をやって花道を引退し、どこかの有名病院の院長になることでした。ただそうして得られるものと失うものを現代の若者はすでに見抜いているように感じるこのごろです。そしてかつてのゴールドスタンダードに背を向ける若手医師が増えている現実を知ることは医師にとっても病院や大学にとっても脱皮し進歩するために大切と思うのです。欧米の大学ははるか昔にそうした試練を克服した歴史があります。

今回のバンクーバー冬季オリンピックを見ていて感じたことの一つでした。

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2010年2月19日 バンクーバー冬季オリンピック

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バンクーバーでの冬季オリンピックが佳境に入っています。

皆さん感動したり悔しがったりいろいろと思います。勝者も敗者も美しい、清々しい気持ちにさせてくれるシーンが多オリンピックでは感動の連続ですく、力を頂いていることを感じます。

フィギュアスケートでは高橋大輔選手が男子フィギュアでは日本初のオリンピックメダルを獲得しました。ロシアや アメリカの強豪相手に立派というしかありませんが、その内容にも心を打たれました。高橋選手はリスクを承知で4回転ジャンプに挑み、もう少しのところで残念ながら着地に失敗しました。それでも気落ちせず、精神力と実力でその後をしっかりとまとめ上げ、銅メダルを獲得したのはご存じのとおりです。ここで3回転ジャンプで堅実にこなすのではなく、金や銀を目指して挑戦した姿勢に私は打たれました。そしてふと次のことを思いました。

心臓手術をやっていて、しっかりした病院でも打つ手なしと言われ、最期のときを待つ中で、九死に一生をもとめて来院される患者さんが少なからずおられます。立派な病院で断られたような患者さんは本当に重症です。たとえば重い心筋症心不全バチスタ手術セーブ手術などの左室形成術の患者さんなどのケースですね。毎日息苦しい、つらい生活の中で、死んでも悔いはないから手術して下さいと言われたことが何度もあります。もちろん患者さんも、話を聴く私も、飽くまで生きることを目指して相談しているわけですが、このままにしておけない、かといって手術のリスクは高い、しかしこのまま薬で様子をみるよりは手術で勝ち目は多い、どうするか、といった状況です。

そんなとき手術をして亡くなるのは患者さんで、手術をする自分ではないというのが大変つらいです。フィギュアスケートの4回転ジャンプなら、失敗して痛い思いをするのは本人なので、まだ悔いのない、さわやかな気持ちが残ると思うのですが、医療では結果が悪いときある種の生き地獄を感じます。しかし、そうは言っても手術をすれば助かるかも知れない患者さんを重症だからと見殺しにするのは一層つらい、どこを向いても苦しみしかないわけです。

昨日の涙は明日の喜びに。かつて助けられなかった病気を助けられる病気に。
するとやれることは、成功するかしないかの見極め・予測をより正確にできるような方法を開発すること、また成功率を高める工夫をすること、さらに大成功ではなくてもとりあえず生きることだけでも達成する方法を使うこと、などがあり、それらを内外の多くの仲間の御意見を戴きながら模索して来ました。

バチスタ手術で言えば現在は90%以上は勝てますし、勝ち負けも以前よりは予測できるようになりました。他の左室形成術も同じです。しかしそれでもハイリスクと呼ばれる患者さん、とくにいくつも内臓の病気を持っておられる場合や高齢者患者さんの場合などでは4回転ジャンプできると予測していたのに着地で失敗ということはあり得ます。今後さらに情報量を増やし精度を上げる必要があると感じています。

オリンピックでぎりぎりのところで大勝負をかける勇気ある選手たちの姿をみて、そんなことが脳裏を横切りました。ジャンプで転倒している選手の姿を涙なくしては見れません。

米田正始 拝

 

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2010年2月16日 日本心臓血管外科学会の感想

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今回も医師・医療者向けの内容になりそうです。すみません。ただ、一般の読者でも医学・医療に関心のおありの方には熱い医師や学会の努力や本音の一部を知って頂くことはできると思います。

この2月15日から17日まで神戸ポートアイランドにある神戸国際会議場と神戸国際展示場にて行われた第40回日本心臓血管外科学会の集まりに行って参りました。畏友大北裕・神戸大学心臓血管外科教授が会長をされることもあって以前から楽しみにしていた会でした。

 

歴史と伝統のある立派な学会ですので、会長といえどもなかなか好きなようにはできないものですが、大北先生のご努力と工夫のあとが見られる面白い集会でした。

まずプログラムを一べつしてすぐ気がついたのは、海外からの招請講演つまり海外の有名な海外との交流は医学医療の発展のために重要です。学会がその場を提供することも多いため工夫は有意義です。 スター外科医の講演の司会をすべて大北先生がされていることです。慣例ではこうした司会役は名誉教授の偉い先生や重鎮の教授の先生方がされることが多いのですが、考えあって会長がすべてを自ら担われました。

人づてにお聞きしたところではこれまでお世話になった海外の実力派の先生方に敬意を表するため、自らお世話をしたいとのことでした。これまでの方法でも、司会の先生によっては豊富なご経験を活かした内容とユーモアのある、良いものが見られたと思うのですが、中には空気の停滞を感じさせるミスマッチのケースもあったように思います。すでに引退されモチベーションが落ちてしまった老先生のようなケースですね。これを一新されたことは内容ある学会を造るための斬新な一歩になったと思います。ただしまだまだ貢献が多い元気派の老先生には何らかの活躍の場があるとより理想的とも思いました。ちょっと注文付けすぎかも知れませんが。

こうした学術集会では会長や理事長が講演をされることが多く、この日本心臓血管外科学会でも講演がありました。高本眞一理事長と大北裕会長の講演はいずれも日本の心臓血管外科学会や心臓血管外科医の現状を客観的データをもとに正確に踏まえ、今後の進むべき道を示す、優れたものだったと感じました。これまでの日本の学会では会長や教室(つまり大学)の名誉のためにその実績を披露するという傾向が指摘されるケースもあり、この点が大所高所から学会あるいは国全体の医学医療の進むべき道を堂々と論じるアメリカなどの学会より遅れていました。今回の学術集会での理事長講演や会長講演は日本も欧米水準に近づいたと思ったのは私だけではなかったようです。

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日々の研鑚が必要なのは音楽もスポーツも心臓外科手術も同じです。

 若い先生方へのメッセージ”Practice, practice, practice”(練習、もちろん患者さん対象ではなくそれ以外の方法で)はスポーツと同じ姿勢で、これまで仲間で努力して来たことを言葉にして戴き感銘を受けました。同時に外科手術、心臓手術は治療のためとは言え、患者さんの体に傷を付ける唯一の合法的行為であることをいつも認識し、襟を正して日々精進すべきことなども大変共感しました。

上記の講演の中で外科系へ進む若手医師が減少している話しもありました。ただ現状をよく見てみますと、ハートセンターのように雑用が比較的少なく、患者さんのケアや治療とくに手術に全力を注げる民間専門病院へは若手からの採用希望が多く、やはり大学病院とくに国立大学病院の構造的問題が影を落としていることを感じました。周囲にいた先生方と話ししていても、やはり大学病院の雑用の多さと手術や治療のやりづらさ、週80時間以上仕事している一方での待遇の貧相さ、そしてそれらを解決不可能とギブアップしている一部病院指導者(彼らもまた構造的問題の犠牲者ではありますが)の問題は根が深いと感じました。

また今回の学術集会ではディベートセッションということで、現代の心臓血管外科が直面している医学的科学的問題や課題を実に27件もPro(賛成派)とCon(反対派)の形で熱く論じられ、多くの聴衆とくに若い先生方にはポイントを絞った、良い勉強になったのではないかと思いました。

このディベートセッションでは、個人的にはProであっても偶々Conの役割を与えられて当惑しておられた先生もあったようですが、そこはProとConの熱い討論によってよりよいものを造るという趣旨からご自分の意見とは別に心を鬼にして一つの観点たとえばProの立場から遠慮なく議論を進めておられたのが印象的でした。

かくいう私も左室形成術という心不全の患者さんのための手術に関連したディベートを仰せつ治療法の検討には科学的データにもとづく議論が大切です。重症の患者さんの協力やデータを集めるのが難しいのはわかりますが、だからと言って軽症の患者さんだけのデータで正しい結論は出せません。 かり、皆さんに喜んで戴けるだけの内容をというプレッシャーを受けていました。私の担当はPro セーブ手術で、相方は北海道大学心臓血管外科教授の松居喜郎先生で、松居先生の担当はPro オーバーラップ手術でした。ちょっと専門的にはなりますが、セーブ手術はパッチと呼ばれる布を使って左心室を良いサイズと形に整える手術で、オーバーラップ手術はこのパッチを使わず心臓の余った壁を折りたたんで形成する手術です。お互い敬意を持っている友人なのでそれぞれの手術法の特徴をある程度浮き彫りにできたとすればうれしいことです。司会を務めて下さった長年の友、堀井泰浩先生(香川大学教授)に御礼申し上げます。

その直前にStichトライアル(スティッチトライアル、Stichはいくつかの単語の頭文字等でトライアルは臨床検討という意味です)に関するディベートがありました。須磨久善先生(心臓血管研究所)の司会で小林順二郎先生(国立循環器病センター)がPro、磯村正先生(葉山ハートセンター)がConで面白い議論がなされました。このStichトライアルというのは心筋こうそくなどのために心機能が落ちた患者さんに手術を行うときに、普通の冠動脈バイパス手術だけを行うか、左室を治す左室形成術を加えるべきかということを欧米の多施設でデータを集めて研究されたものです。その結果、左室形成術はメリットがないという結論となり、左室形成術で多数の患者さんを救命した心臓外科医から猛反発を食らっているいわくつきの研究です。

磯村先生はこのStichトライアルでは左室形成術の効果があまりでない軽症の患者さんを多数あつかい、しかも手術前の左室の状態を正確に把握していないこと等を論拠を挙げて説明されました。確かに私たちがこれまで苦労して重症でも救命し、長期生存それも元気に暮らして戴いている患者さんたちよりずっと軽症で、ほとんど左室形成術不要と思えるほどの患者さんをStichトライアルでは扱っているため、このトライアルの変な結論は患者さんにとって迷惑千万と確信しました。小林先生はStichをディベートの中で擁護する役割をたまたま与えられたため、慎重に謙虚に話しするしかなく、ちょっとお気の毒でした。しかしこの結果を真摯に捉えて外科手術をより良くしようというメッセージは立派だったと思います。ともあれこれらの先生方皆さんのご努力で、今後もっと正確で患者さんの実情に合った、患者さんに本当に役立つトライアルをやろうということで多くの先生方は納得されたと思います。

個人的に少しうれしかったのは虚血性僧帽弁閉鎖不全症のディベートセッションでした。京都府立医科大学の夜久均先生と神戸中央市民病院の那須通寛先生がそれぞれ乳頭筋前方移動と二次腱索切断を支持する立場で話しされました。私はこの乳頭筋前方移動を 7年前に開発し6年前から患者さんに役立て、二次腱索切断とセットで使う方法として発表して来ました。最初は難しすぎると言うことであまり相手にされなかっただけに、今、世の中のお役に立てて光栄と思いました。司会の坂田隆造先生(京都大学心臓血管外科教授)もこれに言及戴き、うれしく思いました。(本HPの英語文献187、193、225、236をご参照下さい)。この2つの方法は相反するものではなく、状況によって使い分けたり私の方法のように併用することで患者さんの長期の安定に役立つことをお話しました。

学術集会では最近のトレンドを受けて、カテーテルを用いた大動脈のステントグラフト治療や、今後の大動脈弁置換術などの話題を主に欧米の先生方から報告戴きました。国内では大阪大学心臓血管外科の澤芳樹教授のチームからカテーテル人工弁の報告があり、今後の方向性が示唆されました。心臓血管外科医といえども今後はなるべく患者さんの皮膚を切らずに病気を治せるように、しかしいたずらに美容に走って真の安全性を損ねることのないように皆で検証しながら発展していくことが重要と再認識しました。

それ以外にも面白いトピックスや企画は多々あったのですが、それはまたの機会にご紹介したく思います。会長の大北先生御苦労さまでした。

米田正始 拝

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執筆:米田 正始
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2010年1月30日 CCT Surgical に参加して

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(本日のブログはやや専門的と言いますかやや医療者向けです。一般の皆さま、お許しを)

CCT学会(Complex Cardiovascular Therapeutics 複雑な心臓血管病治療学会)の今年の総会が神戸の国際展示場で行われ、世話人ということもあり、参加して来ました。

この学会はもともとカテーテル治療の先生方がライブ治療を軸としてスタートされたCCICという学会が発展して現在の国際的学会になったもので、比較的早い時期から心臓外科部門も発足し共に進んで来ました。

私たちの心臓外科部門はCCT Surgical と呼ばれて、一部門を担っています。例年ライブ手術を数例行い、多くの質問やコメントなどでディスカッションし、実地即応の勉強ができると好評です。

3次元放映システムを説明する中村康則さん(FAシステムエンジニアリング社)一日目(昨日)は手術に工夫を要する弁や冠動脈・大動脈などの石灰化病変に対してビデオで好手術を供覧して戴き、多くの先生方に良い勉強になったと言って頂きました。

ビデオ講演をして下さった天野篤先生(順天堂大学教授)、岡田行功先生(神戸市立医療センター中央市民病院)、高梨秀一郎先生(榊原記念病院)、大川育秀先生(豊橋ハートセンター)に深く感謝申し上げます。

午後のチャレンジャーズライブでは最終選考に残った4名の若いサムライ達が腕を競いました。皆立派でした。南淵明宏先生(大和成和病院)と私、米田正始で座長をやらせて戴きましたが、私たちベテランにとっても良い刺激を戴き、勉強になったと思います。

さて本日、2日目のライブにつきまして、今年は新しいテクノロジーである3次元放映をもちいた初めてのライブ手術を行いました。画像の美しさと立体感については前もって実験していましたので自信がありましたが、どの程度の教育効果がありどのくらい受け容れて頂けるかは不明でした。

今回は新しい方式でお金もかかるため、いつもの2元中継から1元(大和成和病院)に集中し、2例のみの放映としました。その分をじっくりと議論しようというわけです。三次元放映中の手術室風景

ライブ手術の1例目は慢性腎不全・血液透析の患者さんに対するオフポンプ冠動脈バイパス手術で大和成和病院・奥山浩先生の執刀でした。

バイパスに使う左内胸動脈グラフトを剥離するところから皆でしっかり見て議論し、さまざまなコメントや質問も頂きました。

座長の渡辺剛先生(金沢大学教授)がロボット手術の経験から3次元カメラに詳しいため、今回の3次元放映システムに役立つ貴重なご意見を頂きました。

 

もう一人の座長である荒井裕国先生(東京医科歯科大学教授)は心臓手術用デバイスを発明し商品化する経験が豊富なため、物作りの観点からもご意見を頂きました。

機械好きな横山斉先生(福島県立医科大学教授)や山崎文郎先生(静岡市立病院)、藤松利浩先生(相澤病院)、道井洋史先生(北海道大野病院)はじめコメンテーターの先生方からも良いコメントを多数頂きました。2本のバイパスがきれいに付き、手術はスムースに完了しました。
特殊メガネをつけて3次元ライブに見入る先生方

ライブ手術の2例目は感染性心内膜炎(略称IE)に対する僧帽弁形成術、大和成和病院・倉田篤先生の執刀でした。

僧帽弁形成術では通常以上に術野の展開(手術部位を良く見えるようにすることです)が大切であるため、3次元画像を見ながら内容ある議論ができました。

僧帽弁そのものは感染部位に穴があき、そこから血液が逆流するタイプで、その部を直接閉鎖して、リングを縫いつけて弁輪を適正化して完成しました。

座長の浅井徹先生(滋賀大学教授)と私、米田正始のどちらもこうした手術を多数手がけているためちょっとしゃべりすぎたきらいはありましたが、コメンテーターの先生方も前向きに意見を出して戴き、良い内容となりうれしく思いました。

新東京病院の山口裕己先生からは新しいリングの解説を、樋上哲哉先生(札幌医科大学教授)には逆行性心筋保護の工夫などもコメントを戴き、盛り上げて頂きました。

伊藤敏明先生(名古屋第一日赤)、小宮達彦先生(倉敷中央病院)、入江博之先生(近森病院)はじめコメンテーターの先生に大変お世話になりました。コメンテーターの先生方.特殊メガネのためか怖く見えます


3次元放映ライブは鮮明な画像が立体的に見え、教育効果が高いという印象を得ました。

遠近感がやや誇張される 傾向がありましたが、これは調整すれば良いものと思います。

普通の二次元放映より少し目が疲れるかも知れませんが、それだけ得られる情報は多いとも言え、勉強には有用なツールと思います。

若い先生からは今後こうした方法で外科教育ビデオなども作ってほしいというご希望もあり、発展性を感じました。

 

今年もCCT Surgicalは盛会の中で内容ある勉強と交流の場を提供できたことをうれしく思います。当番世話人の大川育秀先生、お疲れ様でした。

 

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