フロリダスリーブ手術 【2025年最新版】

Pocket

最終更新日 2025年9月15日

.

◆ フロリダスリーブ手術とは?

.

フロリダスリーブ手術(Florida Sleeve Procedure)は、2005年に米国フロリダ大学のHess先生らが報告した大動脈基部再建術です。
特徴は、シンプルな手技で出血が少なく、安全性が高いこと。従来の基部再建(デービッド手術やヤクーブ手術)のエッセンスを活かしつつ、より低リスクで自己弁を温存できる方法です。

.
floridasleeve%e6%89%8b%e8%a1%93

◆ 従来の自己弁温存術(デービッド手術・ヤクーブ手術)との違い

.

デービッド手術(Reimplantation法)

  • 人工血管の中に弁を移植して基部を完全に保護

  • 長期成績に優れ、安定度が高い

  • 技術習得がやや難しく、熟練した術者が必要

ヤクーブ手術(Remodeling法)

  • 自然なバルサルバ洞の形を再現しやすい

  • 以前は弁輪の補強が不十分とされましたが、近年改良され成績が向上

  • 比較的縫いやすいが、確実な止血と経験が求められる

.

フロリダスリーブ手術の位置づけ

  • デービッド手術を簡略化した方法

  • 人工血管で基部を外から包み込む(スリーブ状に覆う)

  • 冠動脈の切り離し不要、出血リスクが最小限

  • 手技が比較的短時間で済み、他の合併手術と併用しやすい

.

◆ フロリダスリーブ手術の手技イメージ

.

  1. 拡張した大動脈基部を、スリットを入れた人工血管で外から覆う

  2. 左右の冠動脈入口をそのまま温存

  3. 基部が適正サイズに矯正され、逆流防止と破裂予防が可能に

👉 出血の可能性は上行大動脈の吻合部のみ。止血が容易で安全性が高いのが大きな魅力です。

.

◆ 注意点と工夫

.

  • 基部を人工血管に収める際、逆流が生じないよう形を整える高度な判断が必要

  • 冠動脈入口が人工血管に圧迫されないよう、適切な配置と固定が必須

  • デービッド手術の経験を積んだ術者が行うことが望ましい
    (逆に「デービッドが怖いからスリーブを」といった未熟な導入は危険です)

ガイドラインを遵守しつつ、これまで以上の安全性で確実な自己弁温存式の手術ができる、このメリットをこれから確立して行きたいものです。

.

◆ フロリダスリーブ手術のメリット

.

  • 出血が極めて少ないため、安全性が高い

  • 手術時間が短縮でき、他の合併手術(僧帽弁形成や冠動脈バイパスなど)も余裕を持って実施可能

  • マルファン症候群など大動脈基部拡張が進行する患者さんに、早めに安全な自己弁温存術を提供できる

  • 輸血制限がある方(例:エホバの証人)にも適応しやすい

  • 複雑大動脈弁形成術では長期の安定が図りやすくなる

 

%e3%83%95%e3%83%ad%e3%83%aa%e3%83%80%e3%82%b9%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%96%e6%89%8b%e8%a1%93%e3%81%ae%e4%b8%80%e4%be%8b

.

症例画像(CT比較)

  • 手術前:大動脈基部の拡張が明らか

  • 手術後:人工血管で包まれ、適正サイズに縮小・補強。出血もなく安全に終了

.

◆ 当院での取り組みと展望

.

私たちは、これまで培ってきたデービッド手術・ヤクーブ手術の豊富な経験を土台に、症例ごとに最適な方法を選択しています。
その中でフロリダスリーブ手術は、

  • 「安全に自己弁を守りたい」

  • 「将来の再建を見据えて、今できるだけ低リスクで」

というニーズに応える有力なオプションです。

今後はガイドラインを踏まえながら、より安全で確実な自己弁温存術の一つとして普及していくことが期待されます。

.

◆ まとめ

.

  • フロリダスリーブ手術は大動脈基部拡張症に対する自己弁温存術の新しい選択肢

  • 出血リスクが少なく、安全性が高いのが特徴

  • マルファン症候群や輸血制限のある方にも有用

  • 熟練したチームで行えば、デービッド手術に並ぶ確実な成績が期待できる

「自己弁をできるだけ残したい」「再手術のリスクを減らしたい」方は、ぜひ一度ご相談ください。

.

Heart_dRR

心臓手術のご相談はこちら

患者さんからのお便りはこちら

 .

.

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。

修正大血管転位症にともなう三尖弁閉鎖不全症へのMICS手術 【2019年最新版】

Pocket

最終更新日 2019年1月7日

.

◾️修正大血管転位症に合併した三尖弁閉鎖不全症の手術

.

三尖弁閉鎖不全症(機能的つまり役割のうえでは通常の心臓の僧帽弁閉鎖不全症に相当します)は修正大血管転位症の患者さんには大敵です。cTGA b

.

というのは修正大血管転位症の患者さんの全身へ血液を送るポンプは右心室(解剖学的右室と呼びます)という弱いほうのポンプなので、もともと壊れやすいからです(右図)。

.

若い間は比較的保たれていることも多いのですが、40代、50代と年齢が上がるにつれてこの右心室のポンプは疲れが蓄積して弱って行きます。

.

そのためこの右室ポンプの入り口にある三尖弁はきれいに閉じなくなり、逆流が発生するのです。

逆流が増えてくると、そうでなくても弱い右室ポンプが負荷のためにいっそう弱って行きます。

こうなると拡張型心筋症と同様の心不全状態となり、ますます三尖弁の逆流が増えるという悪循環に入って、次第にいのちを落とすひとが増えて行きます。

.

何としても防ぎたいところです。

.

そこで修正大血管転位症の患者さんが高度な三尖弁閉鎖不全症を発生したら、早期の手術が勧められる方向にあります。

右室がいずれ悪化することが予測できるのに、放置して右室を壊してしまうのではなく、前向きに三尖弁を治して右室を守ろうというわけです。

.

ただしこの病気の患者さんにはお若い方も多く、なるべく仕事や楽しみの邪魔にならないような手術が理想的です。

.

◾️そこで修正大血管転位症にミックスでの三尖弁手術

.

IMG_2150bこうした観点から、私たちは安全にできる場合にMICSそれもポートアクセスでの三尖弁手術を行っています。

.

写真右は修正大血管転位症の三尖弁閉鎖不全症にたいして三尖弁手術をMICSで行った30代女性の術翌月の傷跡の写真です。普通の生活の範囲内では傷跡はほとんど見えず、痛みもありません。これから時間とともにさらにきれいになって行くでしょう。

.

通常、MICSによって傷跡は見えにくく、痛みも少なく、仕事復帰も早くなります。胸骨を切らないため退院後まもなくクルマの運転ができます。お若いだけに傷跡が見えにくいというのは喜ばれています。

.

こうして心臓手術のストレスを軽減することで、患者さんが前向きに手術を受けられ、右室も守り長期間の安全を守ることができれば素晴らしいことと思います。

.

◾️修正大血管転位症での注意点は

.

なお通常、僧帽弁や三尖弁の逆流に対しては私たちは100%近いケースで弁形成を行っています。これによって機械弁のときのワーファリンや生体弁の場合の再手術も回避しやすくなり、患者さんへの恩恵は大きくなります。

しかし修正大血管転位症における三尖弁閉鎖不全症の場合は異なります。

.

というのはこの三尖弁はもともと全身ポンプの弁ではないため構造上、無理があるのです。いずれ壊れる運命にあることが多く、弁形成して逆流がきれいに消えても長持ちしない恐れが大きいのです。

.

そこでこの修正大血管転位症に限っては、前向きに人工弁を使うようにしています。ただし単に人工弁を挿入するだけでは右心室を守りきれない可能性があるため、腱索や乳頭筋は完全に温存しています。

ilm08_bd03009-s.

若い患者さんでは機械弁を勧めていますが、ご希望があれば生体弁を考慮しています。もし将来それが壊れた段階でTAVI(カテーテルで入れる折りたたみ生体弁)をもちいたバルブ・イン・バルブという方法で、壊れた生体弁の内側に新たな生体弁を取り付け、また当分の間元気にくらせる、という治療を考えからです。この考えは欧米ではすでに普及する方向にあります。

.

こうして病気の特徴をしっかり把握し、手をこまねいて病魔にやられるのではなく、それに先回りしてしっかりと心臓を守る、こうした心臓手術を行っていますが、その中で患者さんの心の傷を小さくするMICS手術は大変有用と考えています。

.

 

Heart_dRR

心臓手術のご相談はこちら

患者さんからのお便りはこちら

.

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。

腋窩下部(前腋窩線)MICSとは――より進んだ安全な方法 【2021年最新版】

Pocket

最終更新日 2022年2月3日

.

◾️ミックス(MICS)の進化

.

低侵襲心臓手術(MICS)は主に僧帽弁形成術などの僧帽弁手術を右第四肋間での小開胸で行う形で進歩して来ました。

.

その開胸は一般には右前方で行われることが多いです。前側方開胸MICS

写真右は一般的な前側方右開胸MICSによる僧帽弁形成術の傷跡です。

後述のLSH法のため傷の数も最小限で患者さんの満足度は高いです。

.

◾️次のステップ、腋窩下部ミックス

.

私たちは大動脈弁手術をMICSで行うときに前腋窩(えきか)線の近く、つまり以前よりさらに背中側で体の真横側に近い、腕をおろせば隠れるほどの位置つまり腋窩下部に切開を移動して来ました。

.

そうした経験の中で、この腋窩下部アプローチで僧帽弁形成術も十分安全にできることを見出しました。

そうするとASD(心房中隔欠損症)はじめ様々なMICS手術に腋窩下部アプローチが良いという判断になり、現在そのようにしています。

前腋窩線MICS.

写真右はこの前腋窩線アプローチMICSでの弁膜症手術の傷跡です。

より見えにくく、より高機能、といったところでしょうか。

.

◾️腋窩下部法、他の方法との比較

.

この新しいアプローチと従来のMICSつまり前側方開胸そして胸骨正中切開とを比較してみますと、

.

                        腋窩下部アプローチ   従来法(前側方開胸)        胸骨正中切開

大胸筋   まったく切らない   一部切る        まったく切らない

ケロイド  起こりにくい     やや起こりやすい    よく起こる

傷跡    見えにくい      やや見えにくい     よく見える

痛み    軽い         軽い          強い

クルマの運転 退院後すぐに可   退院後すぐに可     退院後2-3か月

僧帽弁手術 可能         可能          可能

大動脈弁手術 可能        困難          可能

追加自己負担 ない        ない          ない

 

およそこういう結果になります。腋窩下部アプローチがぴったり来ない患者さん以外ではできるだけこれを用いる意義がお判りいただけるものと存じます。

.

◾️なるべく少ない副次創で

.

私たちの弁膜症手術のMICSは腋窩下部(前腋窩線)アプローチで、それも副次創が1つしかないLSH法で、目立たないきれいな傷跡の手術でこころの傷も小さくします。

内視鏡も適宜併用していますが、現時点で完全内視鏡をもちいる利点があまりないと思われるため、まだ補助的な活用にとどめています。

ロボット(ダビンチ)を使うと副次創が多くできるのに加えて多額の追加出費を患者さんにお願いする必要があるのに、患者さんに益するというデータがないためまだ様子見の状態です。

.

◾️大切なこと

.

こうしてMICSは年々進化しています。

しかし大切なことは心内操作つまり心臓の中での手術操作の質的向上です。

これを一義的に考え、ついで美容や早い職場復帰などを考慮するのが良いと考えています。

.

Heart_dRR

心臓手術のご相談はこちら

患者さんからのお便りはこちら

.

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。

ループテクニックとは――初歩的な一面、しかし僧帽弁形成術にうまく活用【2025年最新版】

Pocket

最終更新日 2025年1月24日

.

◾️まず僧帽弁形成術のためのゴアテックス人工腱索は

.

僧帽弁形成術の方法のひとつにゴアテックス糸をもちいたGoaTex人工腱索人工腱索を取り付ける方法があります。

.

ゴアテックス糸をもちいる時に、その長さの調整に心臓外科医の初心者は苦労をします。

.

著者も駆け出しのころはそうでした。

.

心臓を止めてその中へ入って僧帽弁形成術を行うのですが、止まっているだけに動いている状態とは違うのです。

.

人工腱索の長さを決めても、心臓が動けば違っていた、という苦い経験さえ昔ありました。

.

しかし弁形成を数百例もやり、さまざまな調整法に慣れると、人工腱索の長さは一瞬で決められるようになります。

一方、あまり僧帽弁形成術をやっていない術者ではそれは難しい方法となるのです。

Fred Mohr.

◾️初心者にも便利なループテクニック

.

この問題に対してドイツ・ライプチヒ(当時)のFred Mohrモーア先生はループテクニックという方法を考案されました。

.

これはまえもっておよその長さを決めておき、その長さのループをゴアテックス糸で造り、それを実際に乳頭筋と弁尖の間で使い、もし長すぎればループを横長に弁尖に縫い付けることで短くできるし、もし短すぎればもう一つループを弁尖に縫い付けてもとのループと連結すれば良いという便利な方法です。

.

◾️ループテクニックの問題点

.

しかしこのループテクニックの問題点として、Mohr' loop technique

.

1.人工腱索1本を立てるところに2本が入る

2.ひとつずつ設置するため時間がかかる

3.多数の人工腱索が必要な場合、たとえば6本必要な状況なら12本ものゴアテックス糸を付けることになる。異物は少ない方が安全なのに。

4.手術前にエコーで腱索長を決めても、実際にはそれに何ミリか追加して手術するという報告もあり、術前検査の正確さに心配がある

5.そもそも僧帽弁形成術とは少数の熟練したエキスパートが行うべきもので、多数の心臓外科医がそれぞれわずかな数の手術を行うのには適しない治療法である。なぜ初心者用の方法を考えるのか

などが指摘されています。

.

◾️ループテクニックの問題を解決

.

連続ループ法トロントのDavid先生もこれらに対して同感で、ループテクニック愛用の先生方と懇談の際に、なぜこんなかったるい方法を使うの、もっと良い方法があるでしょと言われて一同静かになったのを覚えています。現代の僧帽弁形成術の大御所であるAdams先生もこのループテクニックを採用していません。

.

私個人はこのループテクニックは不要と考えていますが、その良いところだけ活用させて頂いています。

.

基本的にDavid先生の連続縫合式つまり1本のゴアテックス糸で僧帽弁弁尖と乳頭筋の間を必要なだけ何往復かし、長さを合せてから結紮し固定しています。その際に乳頭筋の先端に小さいループを造り、ここへその都度糸を通すことで乳頭筋先端部を守るようにしているのです(左図)。

.

連続GT術前連続GT術後この改良によってたとえば前尖全部が逸脱し、弁形成ができないと言われた患者さんの形成が確実になりました。

.

上写真の左側は連続ループテクニック施行前、右側は施行後です。弁尖の形がきれいになり、逆流がとまっています。

.

前尖と後尖のかなりの部分が壊れているとき、あるいは三尖弁で前尖と中隔尖が壊れたようなケースでも無事弁形成が完遂できています。しかもそれが短時間ででき、あとの余裕につながるのです。

.連続ループ法の改良型とベイビードッグ

◾️連続ループテクニック、さらなる展開

.

連続縫合の良さを活かし、糸の長さを決めるときに仮結びしておいてこれを小さいブルドック鉗子で仮固定し(右図)、逆流試験で所見良好を確認してから本結紮しています。こうして高い再現性が達成でき、改良ループテクニックを若い先生方にも技術伝授しやすくなりました。

またAdams先生が近年提唱されている、自然腱索が適正長でも細くて将来壊れそうな場合、そこにも人工腱索を予防的に設置するという考えにも連続ループは向いています。余裕で悪い腱索、頼りない腱索とも治せるからです。

.

しかもこうした複雑弁形成がMICSの、傷跡が見えにくい方法で、ほぼ全例できています(写真左下)。これは多くの患者さんたちにとって福音となっているようです。(患者さんからのお便りのページをご覧ください。)

.

IMG_0826僧帽弁形成術の分野も日進月歩ですので、将来もっと良い方法がでればさらにそれへ移行するかもしれませんが、このループテクニックの連続縫合法で多数の患者さんの僧帽弁形成術をこれまで完遂できています。患者さんのお便りのページをご参照ください(お便り134その他)。すでにMitral Conclave始め海外でも発信を始めています。

.

これからも多くの仲間たちと意見交換しながらより良いものを求めて行きたく思っています。

.

若い心臓外科医の先生方で関心のある方はいちどご連絡ください

.

 

Heart_dRR

心臓手術のご相談はこちら

患者さんからのお便りはこちら

.

.

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。

第一回 徳洲会心臓血管外科部会

Pocket

この10月18日、日本胸部外科学会の会期中DSCF0318bに神戸にて徳洲会病院の心臓血管外科部会が開催されました。

.

世話人の大橋壮樹先生によれば、以前から構想はあったものの皆さん多忙でなかなか機会が造れず今に至ってしまいましたとのことで、野崎徳洲会病院での緊急手術の多さと忙しさを実際に体験して、うなずけました。

.

今回の第一回集会は我が恩師・Tirone E. David先生(トロント大学心臓血管外科)を特別講師として呼んで頂き、私にとっては二重に楽しく有難い会になりました。

.

DSCF0385b講演テーマは弁膜症治療をめぐってで、ここまで40年以上の経験をさまざまな文献的考察をまじえてお話されました。

.

私にとっては留学まもない1988年ごろ、初めて見るゴアテックス糸人工腱索やバーロー症候群への複雑僧帽弁形成術、弁がぼろぼろに壊れた感染性心内膜炎IEをもとどおりきれいな弁に再建する手術などなど、忘れられない経験をもう一度プレイバックして頂けるような気持ちで拝聴しました。

.

そのころ、同先生の指導にて担当した研究、硬性リングよりも軟性リングで僧帽弁形成術を行った方が、術後の運動時心機能が良いという研究成果(英語論文のページ、論文#11)も久しぶりに拝見でき、懐かしい限りでした。

.

あれからまもなく30年、これほど永い時間が経ったことをしみじみ感じながら拝聴しました。

.

大橋先生のご配慮で質疑応答の時間がたっぷりと取られましたが、皆さんシャイであまり質問されません。

DSCF0346.

そこで質問がない時や、あっても途切れるたびに、不肖私が弟子のひとりとして質問させて頂きました。質問といっても、サクラの質問ではなく、最近の手術の中で自分なりに疑問に思っていたことを順々にぶつけて率直なご意見を頂くという、得難い機会となりました。

.

虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対しては新たな改良によって弁形成でき、かつ患者さんに大きなメリットがある、そうした状況があるのではないかという質問や、三尖弁形成術にも工夫すれば人工腱索は役に立つのではないか、あるいはループ法よりもメリットが大きいと考えられる連続式人工腱索設置法の方法の進化など、確認と勉強をさせて戴きました。

.

講演のあとで若い先生方がDSCF0586b順番にツーショットでDavid先生と記念写真を撮っておられました。大変良いこととおもいます。これをきっかけに世界の一流の手術や病院システムに関心をもち、成長して頂ければと思いました。最近の若者は昔ほど留学熱がないと聞きましたが、広い世界に師を求めて学び、活躍して欲しいと願わずにはおれませんでした。

.

講演のあとは懇親会で、鈴木隆夫理事長はじめ徳洲会の先生方とゆっくり懇談でき、新参者の私にとってはありがたい機会になりました。大橋先生、東上先生、樋上先生、曾根田先生、吉田先生はじめおなじみの心臓外科医の先生方とも楽しく歓談させて頂きました。

.

若い先生方は私などにも熱心にご質問下さり、これから新しい術式や治療法を軸IMG_1928に共同研修や共同研究をやろうと盛り上がりました。かつての京大同門会での熱く楽しい想い出を彷彿とさせる、躍動感を感じるひとときでした。

.

若い先生方に背中を押してもらえるというのは幸運なこととあらためて知りました。皆さんに大きく成長して頂けるよう、自分も頑張らねばと襟を正しました。

世話人の労をお取りくださった大橋先生、関係の皆様、ありがとうございました。

.

.

Heart_dRR

心臓手術のご相談はこちら

患者さんからのお便りはこちら

.

.

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。

JAPAN MICS SUMMIT2015 に参加して

Pocket

発展途上にあるMICSの研究会、第二回の学術集会がこの7月4日に東京で開催されたため、参加いたしました。

この前身の会のから毎回盛況で、近いうちに学会に昇格する見込みです。私は大学病院を離れているにもかかわらず世話人にも加えていただき何か貢献したいと考えて行ってまいりました。

今回は榊原記念病院の高梨IMG_1629秀一郎先生が会長をされ、なかなか面白いプログラムでした。

参加者もざっと見て400数十名で、若い先生が多数おられ、関心の高さを実感できました。

 

まずはじめにビデオライブとして4つの発表がなされました。

 

田端実先生が右開胸MICS-TAPASD閉鎖について概説されました。ASD(心房中隔欠損症)やTAP(三尖弁輪形成術)は心臓手術の中では入門編といいますか、比較的簡単な操作になるのですが、それは正中の大きな切開での話で、MICSでは術野の広さや角度が限定されるため注意が必要です。ASDの閉じ方も通常とは少々異なる工夫がなされ、若い先生方には参考になったのではと思います。大動脈遮断せずに心室細動でやったらというご意見もあり、一理ありお気持ちはよくわかるのですが、やはり正中アプローチとは異なる手術であるという認識が必要と感じました。十分な勉強と準備ののちこの手術に取り組むことが安全上必要です。

 

ついで私、米田正始が右開胸MICS-MV Repair(僧帽弁形成術)とMazeの併用の手術をご紹介しました。MICSでメイズ手術をやっている施設はかなり少ないようですが弁膜症の治療のなかで心房細動の解決は重要です。これまでも日本胸部外科学会シンポジウムその他で発表して参りました。ふつうの正中アプローチとは違う注意点を含めて、そのノウハウをご紹介しました。私はお金がかかり効果に疑問のあるラジオ波焼灼・RFアブレーションよりも安価で確実な冷凍凝固を長年提唱して参りましたが、MICSでは冷凍凝固はさらに役立つことをお示ししました。

 

というのは冷凍凝固ではプローブつまり器械の先端が凍って心房壁にくっつくため安定度が良く、狭い視野での取り回しが楽で確実なのです。従来の正中切開アプローチの成績に遜色ないことをお示ししました。

ただし現在この冷凍凝固の器械が国内では入手できず、早く解決して欲しいという状況も再確認されました。

いろんなご質問やご意見をいただき、内容のあるディスカッションとなったこと、皆様に感謝申し上げます。

 

ついで岡本一真先生が慶応大学の長年の経験にもとづいて右小開胸僧帽弁置換術のお話をされました。弁形成と比べて地味な印象の弁置換術ですが、状況によっては、たとえば弁形成が極めて複雑で時間がかかり、かつ患者さんが長時間の手術に耐える体力が乏しいときなどには絶大な威力を発揮します。いざというときの切り札とも言えるでしょう。実際慶応大学でのMICSの死亡例の大半が僧帽弁置換術であったことをそれを物語っています。これは弁形成を頑張ったが結局仕上がらず、それから弁置換へと進んだために患者さんの体力が消耗したためと拝察いたします。つまり一歩早く方針を切り替えれば弁置換は悪くないわけです。こうしたことを皆で確認しました。

 

最後に坂口太一先生が左開胸MICS-CABGにおける視野展開の工夫についてお話されました。近年注目を集めるこの領域ですが、まだ課題がいくつもあります。それらへの対策を整理して解説されました。たとえばどの肋間を開けるのが良いか、上行大動脈に中枢吻合をつけるときに安全に部分クランプを使う工夫、狭い視野の中でオフポンプの条件で吻合部をうまく出すテクニック、左側から右ITAを採取する工夫など、盛りだくさんでした。1-2年あまり前までは、傷跡の小さいMICSのために、内容的には一昔前のバイパス手術に逆戻りするような感がありましたが、かなり解決されており、これからこの領域は大きく発展するでしょう。

 

ビデオライブのつぎには合併症とくに再膨張性肺水腫(略してRPE)のセッションがありました。

 

まず外科の立場から岡本先生が長い間の経験をもとに、実例をもとに解説をされました。体外循環が長時間になってしまったケースで起こりがちで、原因として長時間の体外循環と肺の機会的損傷を挙げられました。文献では多量のステロイドが有効とか、FFP新鮮凍結血漿の使用が関連しているとか、術前からのCOPD(慢性閉塞性肺疾患)や右心不全あるいは右室圧が40mmHgを超える肺高血圧の存在もリスクファクターと報告されています。その他に心不全状態から十分な時間をおかずに短期間に手術せざるを得なかったケース、メイズ手術が必要で時間がかかったケース、分離換気を徹底しすぎたケース、なども検討されました。

 

予防策としてクランプ解除前によく肺を膨らます、クランプ中にもこまめに両肺換気を行う、ステロイドを使用する、などが提案され、いったん起これば重症ではVV ECMOつまり脱血も送血も静脈をもちいる方法を考慮することなどが論じられました。

 

私たちもこの問題に取り組み、予防策やいったん起こった時の対応策などを磨いて参りましたが、参考になりました。これから実験研究なども併用してより科学的な解明と対策の確立へ持っていければと思いました。

 

ついで清水淳先生が心臓麻酔の立場から考察を加えられました。この病態はやはりARDSであり、1994年のAECCの記事にも矛盾しないとのことでした。数時間の肺虚血でもサイトカインは増加しますし、ましてそこへ2度目の体外循環使用などが加わる難手術例では起こる条件がそろっているというわけです。再膨張性肺水腫の治療にはまず疑うこと!、疑えばX線写真を撮り、RPEがあるなら分離換気で治療することを提唱されました。まったく同感でした。

 

治療はARDSとしてのそれが必要で、肺血管外水分量の計測が役立つ、そして患側肺にPEEPつまり陽圧をかけることが有用とのことでした。ステロイドや適宜エラスポールなども使って良い印象とのご意見でした。

 

麻酔科からの貴重なお話に続いて呼吸器内科から緒方嘉隆先生が解説を加えられました。

 

RPEは呼吸器内科領域ではよくある病態で、気胸とくに大きなもののあとには16%とも言われる頻度で起こること、胸水があるときや気道内圧が高いときや糖尿病患者もリスクが高いこと、おそらく肺毛細血管の透過性が上がっていることなどを示されました。心拍出量が多いときに起こりやすいというご意見は興味深いと感じました。

 

血管内容量の移動があるため、PEEPは有用で、利尿剤の使用には血管内容量不足に注意が必要とのことでした。

 

体外循環の使用の有無という背景の違いはあっても、平素多数の再膨張性肺水腫の治療をこなしておられる同先生のお話は大変参考になりました。

 

 

ひきつづいて完全内視鏡セッションがありました。

 

宮地鑑先生はこどものPDAを手術支援ロボットAESOP3000を使用して内視鏡下にクリップにて長年にわたり治療して来られました。その成果を発表されました。

 

乳幼児の手術でもさまざまな注意が必要であることは理解できましたが、新生児、未熟児の手術は高度なものと感心いたしました。こうしたご経験、ノウハウを成人の手術にも活かせればと思いながら拝聴しました。

かつてAESOPが注目を集めたころ、今から10年以上昔ですが、当時アメリカまで行ってこの器械を使って内胸動脈を採取する研修を受けたころを懐かしく思いだしました。

 

伊藤敏明先生は内視鏡による右腋窩切開AVR大動脈弁置換術を供覧されました。名古屋で一緒に勉強して来た先生ですので、実感をもって拝聴しました。私も同様のMICSでのAVR手術を行っているため大いに参考になりました。

 

MICS手術にもいろいろありますが、この手術を行う施設は少なく、今後さらに完成度を上げてより有用なものにしていきたく思いました。お昼のセッションに出てくるSutuless Valveつまり無縫合弁が日本に入ってくれば、この手術はより有効でより安全なものになるでしょう。今後の展開が楽しみになりました。

 

このセッションのトリは大塚俊哉先生で、これまで取り組んでこられた非弁膜症性心房細動に対する完全内視鏡手術を供覧されました。

 

患者さんの病気や状態に合わせて、左心耳を切除するだけにとどめるか、左心耳切除+メイズ手術を行うかを選択して来られました。一過性の心房細動AFや短期持続性のAFには極めて有効という結果でした。

 

今後展開が期待できる治療法だけに早く保険適応になることを祈りながら拝聴しました。

 

 

ここで海外招請講演があり、イタリアはボローニア大学のMarco Di Eusanio先生が、上記のSuturelss Valveについて講演されました。

 

MICSの大動脈弁置換術AVRは現在すでに成果を上げていますが、これをこの弁を用いることでより短時間により安全に手術できることが示されつつあります。

 

現在ハイリスク患者さんを中心にカテーテルで入れるTAVIが話題になっていますが、より確実に、より脳梗塞を避けやすいこの弁は外科の新たな魅力になるかも知れないと思いました。ということを先日の関西胸部外科学会のシンポジウムでもお話しましたが、その期待をさらに膨らませてくれるご講演でした。

 

せっかくの海外招請講演ですので私も一つご質問しました。TAVIで入れる生体弁の耐久性が現在議論になり始めていますが、このSutuless Valveではどうですかと。Eusanio先生のここまでの7-8年のデータでは良い印象で、ブラインドで入れるTAVIよりも良い可能性があるとのことで意を強くしました。

 

そこでお昼休みとなり、私は世話人会に少し顔を出してから大阪の別研究会の講演会場へと急ぎました。

 

MICS SUMMITとしては午後は弁のQuality評価、チューリッヒ大学のFrancesco Maisano先生の僧帽弁閉鎖不全症に対するカテーテル治療への外科医の役割というご講演、コメディカルセッション、最後にイブニングセミナーとしておじさんが始めるMICSセッションと盛りだくさんでした。

 

残念ながら私はこれら午後のセッションには参加できませんでした。

しかし内容ある素晴らしい会であったことは間違いなく、会長の高梨秀一郎先生、代表の澤芳樹先生はじめ関係の先生方に厚く御礼申し上げます。

 

平成27年7月5日

 

米田正始

 

 

 

 

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。

お便り116: MICSの複雑三尖弁形成術で人工弁を免れ、、

Pocket

三尖弁閉鎖不全症はそれ単独では心臓手術が必要になることは比較的まれです。

 

しかしあまり高度な逆流で心不全が強まり、症状が強く肝臓などの内臓にまで影響が及ぶようになれば手術が必要となることがあります。

IMG_1532B

実際、タイミングを逃して外科に紹介されたときにはすでにDICという末期状態のため手術ができず、そのまま失ったという経験が昔あります。

 

高度な三尖弁閉鎖不全症は油断できないわけです。

 

下記の患者さんは昔の交通事故が遠因となり胸部大動脈が傷ついて手術を受けられました。その後重症の三尖弁閉鎖不全症が発生し遠方からはるばるお越し下さいました。

 

弁尖つまり弁のひらひら部分がほとんど作動しない、ぶらぶらになって全然閉じることができない状態でした。おそらくは昔の交通事故のため弁を支える糸が多数切れてしまったのでしょう。

 

こうした場合、通常のリングをもちいた三尖弁形成術は効果がありません。

 

人工腱索が必要なのですが、三尖弁でこの方法を使える病院は数少ないのです。

 

私たちはこれまでペースメーカーによる三尖弁閉鎖不全症の手術経験を積むなかで、人工腱索を使うノウハウを蓄積して来たため、これは得意種目のひとつです。

 

下記の患者さんも、前尖、中隔尖、後尖とも逸脱していましたが、ゴアテックス糸による人工腱索を合計12本立ててきれいに治りました。つまり人工弁を回避できたわけです。

 

この操作を傷跡の小さい、骨も切らないMICSで行いました。患者さんには大変よろこんで頂けました。

 

以下はその患者さんからのお便りです。

 

 

これから楽しく活発な生活を楽しんで下さい!

 

 

******** 患者さんからのお便り *********

米田正始先生へ

.
先だってお世話になりました石川県**市の**です。

お便り116.
あれほど苦しかった症状がなくなり、今は衰えた体力を取り戻そうと少しずつ活動を増やしているところです。

.
思えば、4年前の大動脈瘤発症から急激に心機能が衰え、まだまだ働き盛りの年齢にも関わらず、仕事も続けられないほど病状が悪化し、米田先生に出会う頃には、息苦しさや動悸で自宅の階段がまともに登れなくなり、ほんの少しの距離でさえ休みながらでないと歩けなくなっていました。

.
それまで、定期的に地元の病院で診察を受けており、「まだ手術の適用には至ってない」とのことで投薬治療を続けていましたが、自分の感覚では医師の言葉とは裏腹に、あまりのしんどさから、このまま薬の治療で本当のいいのだろうかと疑心暗鬼になっており、気持の落込みも酷くなる一方でした。

.
そんな時、ネットで米田先生のサイトを見つけ、その中の“患者さんの声”を読ませていただき、自分よりももっと重症の患者さんが、米田先生の手術を受けて健康を取り戻した例を沢山拝見し、この先生ならきっと今の自分の状態を的確に判断してもらえると確信しました。

.

しかしながら、調べれば調べる程大変有名な先生であるが故、何のつてもない自分が診察を受けることができるのだろうかと思ったり、又、自宅からも遠いので、先生のメアドを登録したものの発信する勇気がなかなか出ませんでした。

.
そんな迷いに迷っていた時、間違えて発信ボタンを押してしまいました。本文の無い空メールに対して、驚くほど速く返信していただき、恐縮するやら感激するやらで、迷いに迷っていた自分の背中を押していただいた気がしました。

.
すぐに自分の症状を伝えたところ、一度診察に来てくださいとのことで、コーディネーターと打ち合わせをして診察の予約をしていただきました。

 

診察の結果は、三尖弁閉鎖不全症と心房細動で、手術適用の時期とのことでした。

 

詳しい状況を分かりやすく説明していただき、自分の心臓の状態を確認することができ、手術を受けるしかないという一大決心もつき、その日のうちに手術を受けようと前向きな気持ちになれたのは、先生の的確な診断と手術の方法をお聞きできたからです。

 

又、遠方からということで、必要な検査も一日でしていただき、たいへんなご配慮をいただきました。これまでいくつもの病院にお世話にますましたが、ここまで気配りしていただいたのは初めてです。

.
手術は、レアケースだったらしく、三尖弁の傷みが相当酷く、ほぼ人工弁にせざるを得ないだろうとの説明を受けていましたが、「弁形成」を希望していた自分の気持ちを汲んでくださり、相当な工夫や技術で弁形成をしていただきました。米田先生だからこそできたとありがたく思います。

.
術後に肺気腫や、除脈等の合併症(?)発症というオマケがつきましたが、その都度、適切な処置をしていただき、無事退院までこぎつけました。

 

家までの帰り道、高の原駅まで歩いている時、入院の時に歩いたこの道がこんなにも近かったのかと驚きました。

 

手術前はやっとの思いで病院までたどり着いていたので、凄く遠かった気がしていたからです。本当に良くなったんだと実感できた瞬間でした。

.
入院中は、米田先生はじめチーム米田のスタッフの気配りやサポートをいただき、遠方ゆえの寂しさも紛らわせていただき、深く感謝しております。

 

本当にありがとうございました。

 

お問い合わせはこちら

.

患者さんの声のページへもどる

.

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。

関西胸部外科学会にて

Pocket

第58回学術集会が岡山で開催され、出席して参りました。

 

会長は岡山大学呼吸器外科の三好新一郎IMG_1566教授でした。メインテーマは温故創新、三好先生らしい素晴らしいテーマと感心しました。温故知新から発展した考え方と思いますが、登録商標?のため5万円を権利者に支払われたという噂は本当でしょうか。それだけの価値はあったと個人的には思います。

 

岡山は榊原病院の吉田清先生のご縁があってこれまで何度もお邪魔しているせいか、何か楽しい地という印象が強く今回も楽しみにしていました。個人的にはシンポジウムでの発表が2つあり、さらに若手の受賞かけての発表も2つあったため、真面目に参加しました。

 

全体として若い先生方の教育やモチベーション向上のため配慮が十分された会だったと思います。学生諸君も多数参加しておられたようです。

 

3Kとも6Kとも言われる心臓外科、胸部外科にこころある若者が来てくださるよう、そのやりがい、楽しさを十分にアピールすることは大切です。ちょっと大げさに言えば、この国の将来がかかっているとさえ思えます。

 

さて一日目には朝からYoung Investigator Awardsのセッションが続き、若くて熱い議論が交わされていました。

それから心臓・大血管のビデオセッションに参加しました。神戸大学の肺肉腫に対する腫瘍摘出術+右肺全摘術はこれまでの心臓手術と集学治療を集めた優れたものと感心しました。ベントール手術がらみの興味深い症例が北野病院や徳島日赤病院から発表されていました。兵庫医大のベントール手術後の大動脈弁置換AVRは私にとっては25年も昔のトロント時代から行っているHome-madeグラフトなのでうれしく思いました。京都府立医大のELITE法による左室形成術と乳頭筋吊り上げの僧帽弁形成術も同様でした。

cTAGをもちいたステントグラフト、手術の際にそれを使うオープンステント、Jグラフトのオープンステントも興味深い内容でした。

 

ランチョンセミナーでは大阪大学の倉谷徹先生の大動脈解離にはcTAGでっか?という大阪人らしい実質本位の素晴らしい講演がありました。これからステントグラフトはさらに進化する、上行大動脈さえ外科手術から離れるかも、しかし急性解離のエントリー閉鎖パッチや、慢性解離でのTEVARなど、限界もまた見えて来た、おそらくその限界を超えて見せようという気概も感じられたハイレベルのご講演でした。

 

三好会長の立派な会長講演につづいて、ドイツのシェーファー先生の講演がありました。
大動脈弁形成術ではいまや世界の最高峰と言われるシェーファー先生の緻密なジオメトリー研究とより良い弁形成の結果を拝聴し大変参考になりました。ちかぢかブリュッセルで同先生と双璧をなすクーリー先生らとの共同シンポジウムがあり、私も楽しみにしてますよとお伝えしたところ、待ってるぜ!とのことでした。

 

大動脈弁形成術はまだ進化の途中にありますが、かなり完成度が上がったと思います。これからより多くの患者さんたちのお役に立つと期待しています。

 

それから大動脈弁形成・大動脈基部再建のシンポジウムがありました。畏友神戸大学の大北裕先生と同・倉敷中央病院の小宮達彦先生の司会で行われました。

 

まず東邦大学の尾崎重之先生が尾崎弁の最近の展開を報告されました。完成度がさらに上がった感があります。

有力施設からの大動脈基部再建や大動脈解離とARなどのご発表に交じって、私はMICSと弁形成とバルブインバルブTAVIの観点からお話させて戴きました。こうした視点の発表は他になかったためか、一部のMICS専門家の議論になったように思います。これからさらに完成度を高めつつ、多くの病院で役立てて戴けるよう、啓蒙活動が必要なようです。

 

医療安全講習会では疲労と事故についての貴重なお話を名古屋大学の相馬孝博先生から戴きました。これまで疲労なんてへっちゃらさと思って来ましたが、やはり人間が起こすミスを科学的に減らすという観点から一段高いところから自分自身を監視するマインドフルな姿勢、疲労対策は大切と思い、勉強になりました。

自分だけでなく皆で楽しくストレス発散、なども大切なようです。

 

夜は全員参加の懇親会がありましたが、若い先生方や学生さんたちも参加されており、良い雰囲気でした。

 

学会2日目は朝から若手アワードつまり受賞のための発表コンテストに参加しました。当院の小澤達也先生が、興味深い症例2例を発表してくれました。小澤先生が発表してくれたのは次の2例でした。

 

1つは世界的にも珍しい神経鞘腫というタイプの心臓腫瘍でした。手術前は粘液腫と思われていましたが、その位置が普通と違い、大動脈基部に近いため、場合によっては大動脈弁や僧帽弁形成術を含めた大手術の可能性もあったため正中からアプローチしました。完全切除でき患者さんはお元気に退院されました。傷跡も小さく、夏服が着られるとよろこんで頂きました。

 

IMG_1564
受賞風景です。小澤君はこの日の夜当直のためすでに会場を去っていましたので彼の姿はこの写真にはありませんが。

もうひとつは、他の病院で2回弁置換手術を受けられた患者さんで、左室後壁が生体弁の先端のためにえぐれて瘤になり、このままでは破裂→突然死の恐れがあった患者さんでした。もとの弁を外して瘤になった左室後壁をがっちり修復補強し新たな人工弁を入れて治しました。患者さんは元気に退院されました。
あとで後者の症例提示が受賞したことを知り、小澤先生には大変良い経験をしていただけたこと、うれしく思いました。

 

立ち上げて軌道に乗って間もないかんさいハートセンターを去ることになった私ですが、最後にまたひとつ想い出が残せてうれしく思いました。

 

先天性心疾患の教育講演に少し顔を出し、国立循環器病研究センターの市川肇先生の右室流出路再建のさまざまな方法の講演を拝聴しました。頭の中がすっきり整理されたように思います。余談ながらあのラステリ手術のラステリ先生は37歳の若さで逝ってしまわれ、それを惜しんだメイヨクリニックの仲間たちがラステリの名前を残そうと努力して、ジャンプグラフトを何でもラステリ手術と呼ぶほどになったというエピソードをお聞きし、心に響くものがありました。

 

梯子してTEVARのシンポジウムを聴きました。天理病院の山中一朗先生のオープンステントの努力に頭が下がりました。

 

ランチョンでは滋賀医大の浅井徹先生の司会のもと、大動脈弁形成術の講演が2つありました。ひとつは心臓血管研究所の國原孝先生、いま一つは昨日に引き続きてシェーファー先生の大動脈弁形成術のお話の続編でした。

國原先生は日本での多施設研究を立ち上げつつあり、弁のジオメトリーや病態から始まって臨床結果さらに血行動態の詳細までを検討し始めておられ、その成果が楽しみです。

 

シェーファー先生は大動脈弁とそれを支える基部の形態を詳細に論じられ、大動脈弁形成で安定した成績を上げるために何が必要かを詳しく論じられました。同先生が創られたeffective Height測定ゲージの正しい使い方と誤った使い方なども、当然とはいえ、有用なお話でした。

 

IMG_1558
Chang先生の講演風景です

午後には韓国の畏友、Byung Chul Chang先生の不整脈外科の歴史と新たな努力についてのご講演がありました。思えば永い道のりを進んで来たものだと感慨深いものがありました。私にとってはまだトロント留学中の1991年ごろにアメリカの学会でJames Cox先生のお話に感銘を受け、それから徐々に進めて来た不整脈外科でしたが、そのころのデータなども拝見し私の心は若い日々にもどっていました。Yonsei大學での新たな試みなども紹介され、勉強になりました。

 

それを受けて、不整脈外科のシンポジウムがありました。

日本医大の新田隆先生はこの領域の新リーダーにふさわしい基調講演をされました。メイズ手術の際の肺静脈隔離のときにBox LesionとU Setのどちらが良いか、多角的に検討されました。これまで多数の立派な研究が一見矛盾するような結論になっていた理由がある程度理解できました。

ともあれ肺静脈隔離や冠静脈洞などのアブレーションを完璧に行うことの重要性は間違いないようです。

 

国立循環器病研究センターの草野研吾先生は循環器内科の不整脈治療とくにカテーテルアブレーションの最近の進歩と成果をきれいにまとめられました。正確な治療のための3Dマッピング、より安全に深達度を増やせるイリゲーションカテーテル、冷凍凝固バルン、その他新デバイスの数々は素晴らしいと思いました。

外科もこうした内科の進歩を積極的に取り入れ、ハートチームの仲間としてふさわしいものを着々と造らねばと思いました。

その他ガングリオンプレクサスへの外科的アブレーションの工夫努力、メイズ手術での盲点の克服その他興味深い内容たっぷりでした。

 

私はMICSでのメイズ手術とくに心房縮小メイズについてお話しました。心房拡張が心房細動IMG_0820bの治療成績をもっとも悪くする因子のひとつなのに、外科ではまだそれほど心房縮小の努力がされていません。

 

10年ほど昔にアメリカ胸部外科学会AATSその他で心房縮小メイズ手術を発表して以来、継続的に発表して参りましたが、なかなか普及するまでに至っていません。慣れるまでは難しい手術と思われているようです。

 

それをさらに難しいMICS(写真右、傷跡の長さは5cm台です)で行うのですから、いっそう多くの外科医が敬遠するのかも知れません。今日の手応えをもとに、これからは心房縮小メイズとMICSメイズの両方の視点から啓蒙活動したく思いました。

 

最後にこの秋から始まる医療事故調査報告制度のご説明が岡山大学名誉教授の清水信義先生からありました。この制度は医療事故を予防するために、10年近く前からモデル事業としてトライされた事業の完成版です。これによって訴訟が激減したという実績があります。ただ病院経営者のなかには、これによって訴訟が増える、おそらく報告書を患者さんのご家族に見せるから訴訟になるというお考えの向きが多々おられるそうです。

 

しかしそれは清水先生によればご家族に事実を見せない、結局は破たんする姿勢でありもともと論外の考えとのことでした。これはいわば、患者さんが不幸にして亡くなってもきちんとした説明がなされてご家族が疑義を抱かないことが大切であるという意味でもあるようです。私は一人立ちして以来20年以上、訴えられたことはありませんし、亡くなられた患者さんのご遺族さえご支援くださったのは、そうした姿勢のおかげと思っています。

 

ともあれ、全力投球の医療を行い、第三者的評価に耐えられる内容としっかりした説明を行うことを基本にすればこの報告制度は良い結果をもたらしやすいと感じました。まずは襟を正して気をひきしめて日々精進して行こうということでしょう。

 

最後に上記の受賞式がありました。当科の小澤先生は当直業務があるため早々に帰途についていましたので式には出席できませんでしたが、私がその旨お伝えして了解を頂きました。

 

近年、心臓血管外科や呼吸器外科など、メジャー外科は厳しいしんどいつらいといういことで若手が敬遠する傾向が強くなっています。学会をあげて有為な若者を支援する、育てる、これは大変重要なことで、今回の関西胸部外科学会も大きな貢献をされたことと思います。

会長の三好先生、岡山大学の皆様、お疲れ様でした。

 

米田正始 拝

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。

お便り115: MICSの僧帽弁形成術で健康を回復し

Pocket

僧帽弁閉鎖不全症つまり弁がきちんと閉じずに血液が逆流する病気は残念ながら進行性です。

その程度が軽いあいだは良いのですが、重くなると左心室や左心房への負担も増加していきます。

.203114998

下記の患者さんはこの僧帽弁閉鎖不全症で半年以上前に神戸から私の外来へ来られました

歯の治療の際に感染性心内膜炎、略称IEを発症してからこの病気になられたそうです。

.

当初は逆流は強くても心臓はがんばって持ちこたえていたため、お薬で経過を見ていました。

.

ところが次第に左室、左房が拡張し症状も強くなって来たため心臓手術を決意されました

.

もとの病院では弁が壊れているため胸の真ん中を大きく切って、しかも人工弁を入れる手術しかないと言われておられましたが、

私が拝見したところ、MICSで傷跡の目立たない、しかも僧帽弁形成術で行けると判断したため、

患者さんも前向きになって下さったようです。

.

手術は弁の悪いところを取るだけでなく、壊れた部位が広かったためゴアテックスの人工腱索つまりきれいな糸をもちいて弁形成を完遂しました。

.

お元気に退院して行かれました。

以下のお手紙はその患者さんからのものです。

.

これから前向きに、楽しく活発にお過ごしください!

.

****** 患者さんからのお便り *****

.

米田先生へ

先生、この度はひとかたならぬお世話になりましてありがとうございました。

ミックス手術による自己弁形成をしていただき、私は今、もったいないくらい幸せです。

.

ICUで術後初めて先生にお目にかかれました時の喜びは、心に深く刻まれています。

一口めのアイスクリームも甘くて冷たくておいしかったです。

.

私は、先生に治していただいた心臓を大事にして、

充実した日々を過ごせますよう体調管理に努めてまいります。

.

先生も大変お忙しいおからだと存じますが、どうぞ御大切になさって下さいませ。

.

そして、先生をお慕い申し上げますたくさんの患者さんのひとりとしてこれからもずっとご指導下さいませ。

よろしくお願いいたします。

.

先生、本当にありがとうございました。

.

       ❤

心臓手術のお問い合わせはこちら

患者さんからのお便りのページにもどる

.

.

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。

お便り114: 92歳でも大動脈弁狭窄症を克服し

Pocket

大動脈弁狭窄症(略称AS 、エーエスと呼びます)は80歳前後から急速に増える病気です。

.

かつてはリウマチ性の弁膜症として起こることが多かったのですが、近年は高齢化社会とあいまって、動脈硬化が弁尖(ひらひらと動き開閉する部分です)に起こり、弁が硬くなって起こることが増えました。193510016

.

この大動脈弁狭窄症 ASになると、左心室の出口をなかば閉ざされたようになり、次第に無理が起こります。

.

とくにこれが重症となり、息切れやふらつき、あるいは胸痛などが起こってくると1年以内に大半の方がいのちを落としてしまうというデータさえあります。

.

そのため日本循環器学会のガイドラインでも症状のある重症ASには手術が必要ということが明記されています。

.

この患者さんの場合は1年前から心不全が悪化し下肢のむくみなども起こっていました。心臓手術、具体的には大動脈弁置換術(AVR)が比較的安全にできる見込みが立ったことと、大動脈にも硬化がありカテーテルで入れるTAVIは当時まだ発展途上ということもあり心配があったため十分な検討ののち前者を選びました。

.

術後経過は良好で十分な心臓リハビリののち退院して行かれました。

.

外来でいつも最高の笑顔を見せていただき、うれしく思っています。

.

ご高齢とはいえ、広い庭で草引きをしたり、買い物に行ったり、お元気な生活を楽しんでおられるご様子で、治療をお任せ頂いた者としてジーンとなってしまいます。

.

以下はこの患者さんが退院されるときのご家族からのお手紙です。

毛筆の素敵なお手紙でした

短くても実感のこもったものでした。

.

これからも外来でお元気な笑顔を見せてください。
.IMG_1490b

********患者さんからのお便り*******

.

この度は先生のお陰により又、

生命を継ぐことが出来、

本当に有難うございました

.

生かされた命を大切に日々送ってもらいたいと思って居ります

心より感謝申し上げます

.

       ❤

心臓手術のお問い合わせはこちら

患者さんからのお便りのページにもどる

.

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。