お便り24 IHSS(大動脈弁下狭窄症)等の患者さん

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患者さんは80歳女性で、

高度の大動脈弁狭窄症(AS、つまり大動脈弁が狭くなります)、

冠動脈3枝病変(心臓へ血を送る血管が詰まっています)、

特発性肥厚性大Health_0048動脈弁下狭窄症(IHSS)

しかも脳出血後の状態で来院されました。 

ここで特発性肥厚性大動脈弁下狭窄症というのは、略称IHSSとも呼び、

弁の下の筋肉が張り出して血が流れにくい、危険な状態です。

重症では突然死されることさえあります。

肥厚性閉塞性心筋症HOCMと同じ意味でつかわれることもあります。

 

患者さんは脳出血の後で車いす生活でもあり、私は手術をやや消極的に考えていましたが、

車いすの上で意識が薄れる発作が出現し、

いのちが危険な状態となったため、

患者さんやご家族と相談のうえ、

危険回避のために手術することにしました。

 

手術は大動脈弁置換術(AVR)

冠動脈バイパス手術(CABG)

左室流出路異常心筋切除を行いました。

術後経過も順調で意識が薄れることもなくなり、お元気に退院されました。 

その後はお元気に楽しい生活を送っておられます。

 

手術前、脳出血の後遺症がある中を、生きるために自らじっくり考え、決断し、

手術を受けますと言って下さったときの毅然としたお姿が今も脳裏に焼き付いています。

 

ある程度の高齢者の患者さんの場合は、

心臓手術のような大きな治療を手控える傾向が患者さんにもご家族にも社会全体に感じます。

とくに公的病院では手間のかかるケースやリスクの高いケースを安全管理委員会の名で断ることがよくあると言います。

しかしこれほどしっかりした患者さんなら、

手術後の充実した人生を有意義に過ごして頂けると思いましたし、

その通りになったように思います。

 

その患者さんのご家族からお礼のお手紙を戴きました。以下に掲載します。

 

 

****************************

謹啓

お便り24の実物写真 春寒しだいに緩む頃、益々ご健勝のこととお喜び申しあげます。
さて、このたびは心臓弁膜症の手術に際しまして大変お世話になりました。

 

今まで足腰以外に悪いところはないものと思っておりましたのに、二月の初めに検査にて、**病院の**先生に「心臓弁膜症です。すぐに手術をしたほうがよろしいですよ。しなければあと数年です。」と突然言われまして、どうしてよいか分からずに、目の前が真っ暗になり、相当ショックを受けました。

八十歳と年齢も高く足腰も悪いのでとても手術なんて無理と思い、また手術に対する恐怖もありまして不安でいっぱいでした。

そのような時にご紹介いただきました。

米田先生の「大丈夫ですよ。元気になれますよ。」と暖かく優しく力強いお言葉に励まされ、急なことで心の準備もできませんでしたが母も手術を決心することができました。Hana_9

米田先生をはじめ他の先生方のおかげで手術も無事に成功し、命を永らえることができましたことは言葉では言い表せないほど感謝申し上げております。

「先生は命の恩人です。生かしていただいた命を大切にしたい。」と母も心より喜んでおります。今後は療養に努め焦らずゆっくりと元気を取り戻し、楽しい余生を過ごすことができればと思っております。

米田先生、本当にありがとうございました。書面にて失礼ながら今後ともお世話になります。なにとぞ宜しくご指導賜りますようお願い申し上げます。

謹白

平成二十二年三月七日

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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お便り23 僧帽弁置換術の患者さん

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患者さんは鹿児島在住の40代の女性です。

 
20年近く前に地元の病院で僧帽弁狭窄症に対して僧帽弁交連切開術を受けられました。

Tutuzi房中隔欠損症への手術も合わせて受けられました。

 

その後お元気にしておられましたが、僧帽弁は次第に再狭窄(せまくなることです) を起こし、

さらに三尖弁閉鎖不全症や慢性心房細動AFも合併したため

2度目の心臓手術が必要と言われました。

2度目の手術はご自分の納得行く病院でと考えられ、

熟慮のうえで名古屋ハートセンターまでご来院されました。

 

そして手術(僧帽弁置換術三尖弁形成術そしてメイズ手術)を受けられ、

心不全はもとより不整脈(心房細動)も治り、順調な経過で退院されました。

 

近年は狭窄といえどもなるべく弁を形成するようにしていますが、

この患者さんの場合は僧帽弁が石のように硬くなっていたことと、これで最後の手術にしようという考えで、僧帽弁置換術を行いました。

 

私たちは患者さんがじっくり納得行くまで調べ、

そして私たちの治療を求めて遠方からお越し下さったことを光栄に思い、

チーム全員、張り切って手術と治療をさせて頂きました。

遠方からも多数の患者さんが来て下さいますが、

距離のハンデを埋めるべく一層の努力をしています。

治療前からお互いの信頼関係があるとき、医療はスムースに進みます。

医療の原点と思います。

 

以下はその鹿児島の患者さんからのお手紙です。

 

*********** お手紙 ***********

 

米田先生、北村先生・深谷先生・小山先生、スタッフの皆さま

お久しぶりです。

手術の時は大変お世話になり有難うございました。

手術する前は、階段を上がることもできず主人に背負ってもらいながら周りの冷たい視線を気にしていたものでした。

 

今は、手術が無事に終わった喜びと、自分が正しい選択「病院」が出来たことへの満足の毎日です。

私は、今回2度目の開心術でした。

同じように心臓病で悩んでいらっしゃる方にとって、少しでも参考になれたらと思い、今までの経過を書いてみました。

 

最初の手術は1992年、地元の病院で受けました。

生まれつき心臓に穴があいている「心房中隔欠損症」と「僧帽弁狭窄症」で、

手術は無事成功して元気に過ごしていました。

 

今から5年前(2005年)、「心臓粗動」という不整脈になり、

カテテーションアブレションで根治手術を受け、

その時の説明の中で「僧帽弁狭窄症」は軽症という診断でした。


不整脈が治った喜びもつかの間、3年後(2008年)、

「心房細動」という不整脈になり手術が必要と言われました。


手術を受けるなら再手術の危険性も考えて自分で納得できる病院を見つけようと思いました。

大学病院の先生に手術の事を相談し、

ハートセンターへの紹介状を書いてもらいました。

私の住んでいる所から遠い病院です。

 

米田先生のブログを目にする機会があり、

先生の医療に対する取り組み、考え方に感動して、

まだ会ったことのない米田先生への尊敬の気持ちから手術をするならこの先生にお願いしたいと思ったからです。


「弁置換(僧帽弁置換術)なら手術方法にたいした差はないですよ」


「メイズ手術もこれくらいの心臓の大きさなら縮小手術はしませんよ」

 

そう言われてはいたのですが、不安な気持ちの中、初診で初めて米田先生にお会いした時、私達夫婦の「お願いします」という言葉に「はい、解りました」と答えてくれた米田先生の言葉でほっとしたのを今でも覚えています。


手術説明も解りやすく丁寧に話してくださり、

不安な気持ちも半減し安心して手術を受けることができました。

 

術後はスタッフの親切丁寧な看護のおかげで経過も良く、

日ごとに体調も回復していきました。

それと院内がとても明るく綺麗で、快適に入院生活を過ごすことができ、

また隣にマックスバリューもあり買い物とかも非常に助かり便利でした。


これからは塩分・水分の制限に気をつけながら毎日過ごしていきたいと思います。


有難うございました。

これからも宜しくお願い致します。

平成22年4月

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お便り22 オフポンプ冠動脈バイパス手術の患者さん

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狭心症・虚血性心疾患の治療には

食事や適度な運動療法、お薬から始まってカテーテル治療(PCI)さらに冠動脈バイパス手術とくにオフポンプ冠動脈バイパス手術であります。

冠動脈の重要部分が狭くなり胸の痛みが強く、あるいは痛みはそれほどではなくても心筋梗塞になりそうなときや命の危険があるときなどにはそうした強力な治療を考えます。

 

日本では手軽なことが受けてPCIが断然多いのですが、

オフポンプ冠動脈バイパス手術にも長所があり、うまく使い分けようというのが識者のご意見です。

 

前者は創も小さく回復も早いのですが、

この数年間多用されるようになった薬剤溶出性ステントは強力なお薬、抗血小板剤という血栓予防のお薬を使わないと心筋梗塞で突然死するケースがまれにあることが判り、

当初は3カ月間だけとか1年間だけという意見もありましたが、

最近は延々と使うケースが多くなりました。

その場合、がんの手術には支障があり得ますし、

たとえば大腸ファイバーでポリープ(がんの前の状態です)をせっかく見つけても普通のようにファイバーで軽く切除できないケースが多く、学会でも問題になり始めています。

もし34b出血すれば止めることが難しいからです。

前立腺がんや乳がんその他でも同様です。

つまり薬剤ステントは手軽で便利ですが新たな病気を抱え込むという一面があります。

必ずしも優しくない治療法という一面があるのです。

 

オフポンプ冠動脈バイパス手術は創は大きいですが、

あまり強力な抗血小板剤を飲まなくても良いですし、

必要なら全然飲まずとも行けますので、スポーツを楽しみたい方や山登りその他怪我をする可能性のある趣味や仕事の患者さんに適した方法です。

最近の欧米の大規模臨床試験(Syntax トライアル)でもしっかり治せる治療法として認識されました。

このSyntaxトライアルの4年後のデータでは、冠動脈バイパス手術を受けた患者さんはステントの患者さんより長生きできることが示されました。

また重症糖尿病慢性腎不全・血液透析などの方にも同様に役立ちます。

この特長はとくに人工の心臓を使わなくて済むオフポンプ冠動脈バイパス手術で際立ちます。

 

将来的には眼科や耳鼻科のように内科外科が融合した総合循環器科の中で個々の患者さんに最も適したものを選んだり組み合わせたり(ハイブリッド治療と呼び欧米では増えています)することが患者中心医療に役立つと思います。

近年、欧米で提唱されているハートチームですね。

こうすることで初めて的確な使い分けができるのです。

 

下記の患者さんは循環器内科の世界的権威である先生から、この人にはオフポンプ冠動脈バイパス手術が適切だよとご紹介頂いた患者さんです。

登山をはじめ、さまざまなスポーツを楽しむ、活発な方です。

手術のあと、安心して仕事やスポーツを楽しんでおられる姿をみて、大変うれしく思います。

 

*********************************

米田先生


私は2009年7月6日に名古屋ハートセンターで米田先生にバイパス手術をして頂きました。
一言感謝の言葉を伝えたくメールしました。
12月27日現在までの経過をお伝えします。


3年前にT病院でバイパス手術しか治療方法は無いと告げられてから、何箇所かの病院の診察を受けました。


T病院で「発作が出たら即、死です」と説明されていましたので不安と恐怖ばかりでした。
頭から離れない不安の生活を続け最後に決断できたのは名古屋ハートセンターでした。
お任せしようと決心してからは迷いは全くなくなりました。

7月3日入院
6日手術
21日退院


退院後で一番不安な時期は9月上旬から中旬の間でした。


寝返りするとき、日常生活の動作の中でいたるところに痛みが現れて、経過が良くないのかと心配が続きました。


その度に「手術後2ヶ月間は痛みがありますから」と米田先生に言われたことを思い出し焦る気持ちを抑えていました。


私独自のリハビリですが入院中は大部屋に移動した翌日から二階のフロアーを開院前後に一日一万歩から二万歩を目標に歩きました。


(我が家は二階が生活ベースなので退院する前に階段を練習したかったのですが病院の階段は段差が大きくてリハビリには無理でした。)


退院後は翌日から近くの天白川沿いを毎朝夕、2時間くらい歩きました。


そして初めての通院8月4日の翌日からスポーツジムに通いはじめました。
(ゆっくり、のんびり2時間くらい)


まだ胸を広げる動作は出来ないのでストレッチや下半身の運動から。エアロバイクでビックリ、手術前の負荷95が60でギブアップ。


それでも週に5日は通い続け(現在は負荷も90)生活の行動範囲も広くなっていきました。
(乗り物に乗り、人ごみに出る練習でこの期間は今までになく映画をたくさん観ました)

 

初めてのハイキング、軽い登山開始は9月26日、岐阜城のある金華山です。

(瞑想の小路を往復)自信を得た私は家族に元気になった姿を見せに上京。たくさんの人が喜んでお祝いをしてくれました。


その後は温泉旅行で元気になれた喜びを感じました。

 

11月には夫の釣りのお供で伊豆大島まで行き三原山を登山したり大島のなかを4日間歩き回ってきました。


その後、曽爾高原ハイキング、鳩吹山を5時間かけて縦走を何度か繰り返し、そして目標だった鈴鹿の鎌ヶ岳を歩いてきました。


回復した実感を掴み嬉しくてなりません。

 

そして12月8日に初スキー、12、13日は御岳で滑り、本格的なスキーも北海道で4日間雪の降り続く中で滑ってきました。


去年までの発作が出たらと思う不安は全くなく、スキーは上達しなくても、マイナス7~8度の寒さの中にいる自分が考えられないくらいでした。もう何でもOKです。


この元気な姿を回りに見せられることがとても幸せです。


心配をかけた人への感謝の気持ちを伝えられたらと思っています。

 

米田先生から紹介して頂いた平光先生は海外スキーも「折角元気になったのだから楽しんできてください」と言ってくれました。


「天にも昇る」そんな気持ちで有頂天になり、早速仲間のオーストリアスキーに参加申込をしました。
来年の1月30日から9日間楽しんできます。

 

入院中に見舞ってくれた友達には「二度とスキーなんかしたくない」と言っていた時から半年も過ぎないうちに「手術したのは去年だったみたい」と勘違いするほどになりました。

 

これ程の元気、幸せ、大切な命を贈ってくださった先生に心から感謝いたします。

米田先生の「祇園ホテル」講演(註:米田正始の患者さんの会のことです)にも参加したいと思っています。

 

私は今回の手術が最高な先生、スタッフ、まわりの人たちの温かい中で行われて今、とても幸せに毎日を送っています。


そしてチョッピリ勇気と頑張った自分を褒めてあげたいと思っています。

 

皆さん本当にありがとうございました。

まとまらないメールです年内に感謝の気持ちを伝えたくてお便りしました。

 

2009年12月27日  ****

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お便り21 僧帽弁形成術の患者さん

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心臓手術はミスが許されない世界です。

そのため心臓手術の一例目というのは大変な神経を使い、

しつこいぐらい十分な準備と少々のことでは揺らがないチーム態勢を整えて臨む必要があります。

しかしどんな病院でも開設第一例目の患者さんは必ず存在します。

 

2008年10月に名古屋ハートセンターを開設したときにも当然第一例目の心臓手術患者さんがおられました。

僧帽弁閉鎖不全症のため僧帽弁形成術が必要になっておられました。

もち62149b2dろん前もって患者さんにこの病院での第一例目ですということをお話しお許しを得て手術させて戴きました。

この患者さんは二つ返事で手術を承諾して下さいました。

そのご信頼に応えるべく、私たちはできる準備は何でもやるという方針で臨みました。

 

病院オープン直後のことですから、酸素やガスあるいは吸引などの配管の検査も専門家とともに全部自分で確認しましたし、

手術道具から人工心肺の器械まで実地予行演習を行い、手術シュミレーションも何度もこなし、

当日は豊橋ハートセンターからも1.5チーム分の応援部隊に来て戴き、

それこそ今日はいったい何例手術するのと聞かれそうなほどの態勢で臨みました。

 

そのおかげか、手術(僧帽弁形成術)はスムースできれいな結果が得られ、

患者さんは間もなくお元気に退院して行かれました。

必ずうまく行くとお互い信じて手術を行ったわけですが、

今思い出しても勇気と決断力と信頼を患者さんは持っておられたと思います。

 

以下はその患者さんからのお便りです。僧帽弁形成術から1年あまり後の最近、頂きました。

思わずジーンとしてしまいました。

**********************************

米田正始先生

ご無沙汰致しております。

手術から早1年が過ぎました。

先生はじめ皆様に大変お世話になりましてお陰さまで順調に回復しまして感謝いたしております

ありがとうございました。お礼のお手紙遅くなり申し訳ございませんでした。

 

テレビで心臓病の番組を見ていた時、米田先生が出て見えて手術の時にはお願いしたいなと、思っていました。

一度診察して頂ければと思いメールさせていただきました。

その日のうちに先生から返信を頂き、診察をしましょうと、予約を頂き 豊橋ハートセンターへ行きました。

 

やはり凄い、思っていた通りの先生、不安が一変に喜びにかわりました。

 

僧帽弁の逆流で色々検査して頂いた結果手術をすれば体も楽になり2週間位で退院できますと言って下さいました。

直ちにその場で決心しました。

 

先生を信じていた為手術に当たって何一つ不安がなく、当日を迎えました。

名古屋ハートセンター開業第一番の手術となり豊橋ハートセンターからも応援に来て頂き盤石の態勢で手術が行われました。

 

手術の時期が遅くなるに従い状態が悪化し人工弁にせざるを得ない時もあるとの事、早期決断により僧帽弁形成術で済みました、

一番良い時期にして頂いたと今では思っています。

 

大成功でした。先生 看護婦さん また周りの方々皆さん行き届いた配慮で安定した入院生活を過ごせました。

心より感謝致しております。

 

術後胸を切ったにもかかわらず何処も痛まず先生に何で?と 何度も聞いていました。

順調に回復したからだと思います。

退院後 地元の病院に通院する段取りも先生がお忙しい中足を運んでくださいました。

 

坂道を登る時、息切れ すぐに体がだるくなっていたのですが今では苦にならなくなり本当に毎日の生活が楽に成りスムーズに過ごしております、皆様のお陰です。

 

益々のご活躍お祈りいたします。

 

平成21年12月**日 *****

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お便り20 ペースメーカー三尖弁閉鎖不全症の患者さん

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患者さんは鹿児島在住の72歳女性。

18年前に僧帽弁置換手術を地元の病院で受けられ、4年前に徐脈(脈が遅くなります)に対してペースメーカーの手術を受けられました。

ところがそのペースメーカーケーブルのために三尖弁閉鎖不全症(つまり弁が逆流します)を合併し、

肝臓がうっ血し肝硬変・肝不全の状態になってしまいました。

 

こうしたペースメーカー三尖弁閉鎖不全症のケースでの三尖弁の形成手術は一般には難しいとされており、

だからと言って三尖弁置換術つまり人工弁に取り換えるのはこの弁の場合は長期の成績が悪いため手術を躊躇する病院が多いです。

それ以上に肝不全があるため、オペを乗り切れるかどうかも不明のため、

近くの立派な病院でも断られ、息子さんがネットを探して米田にメールを送ってこられました。

 

何としても助けたいため、飛行機で来院して戴き、そのまま入院して頂きました。

患者さんご本人とご家族皆さんと相談し、悩んだ末の決断で、

私たちを信頼し命をかけて私たちのところまで来て下さったことをあらためて実感しBara_4感動しました。

 

内臓が衰弱している上に2度目の手術で普通以上の負担となるため、作戦を練りました。

時間をかけて体調を整え、心臓手術に臨みました。

手術法は私たちが開発した新しい三尖弁形成術でうまく行きました。

 

そのあとがさらに課題で、衰弱した肝臓や全身が持ちこたえてくれるかどうか、

みな祈るような気持ちで見守っていましたが、見事に回復してくれました。

その後、なんと畑仕事に復帰するまでに元気になっておられます。

患者さんやご家族が一体となって私たちを信用して下さり、

私たちも患者さんを自分の親のような気持ちで、覚悟を決めて臨んだことが良かったのだろうと思います。

 

退院前にあらためて患者さんがしみじみと御礼を言って下さいましたが、私は思わず私の方こそと御礼を述べてしまいました。

以下はその息子さんが退院後、私に送って下さったメールをもとに、読者に皆さんにも役立つようにと加筆して下さったものです。



*********患者さんの息子さんからのお便り**********

米田先生御侍史

お世話になります。


母の三尖弁形成手術では大変お世話になりました。


本日、退院させて頂き、鹿児島の自宅に18:00頃到着しました。
母は3ヶ月ぶりに自宅に戻り、とても感慨深く感じていたようです。


母は小さい時から心臓を悪くし、それに対してとても我慢強く生きてきましたが、今
回は一度はもう自宅には戻れないと覚悟していたようです。


幸いなことに、先生に心臓手術をお願いすることが出来、家族一同大変幸運であったとし
みじみと話しています。

思えば、本年10月18日に先生に突然ご相談のメールを差し上げたことが始まりでし
た。


その時には、入院していた鹿児島の専門病院から手術は不可能と言われて、本当にできないのか、自宅療養で病気が悪くなる恐怖を抱えながらひっそりと暮らすしか
ないのかと家族で悩んでいたときに、先生のホームページを見つけて勇気づけられ、
最後の頼みとしてご相談したのでした。

 

この体験記を読むことで私たち同様に、勇気づけられる皆さんが一人でも出てこられ
れば幸いです。
簡単にこれまでの経過を記します。

鹿児島在住の母親(72歳)は三尖弁閉鎖不全症による右心不全状態で当時鹿児島の専
門病院に入院しており、今後の治療についてお伺いしたくメールにて相談いたしました。

 

母は、約18年ほど前にリウマチ熱による後遺症で僧帽弁置換術を鹿児島の専門病院で
受け(平成15年頃ペースメーカー装着)、ずっと定期受診してきました。

しかし、ここ1~2年段々と体調が悪くなり、元気がなくなってきていたようですが、

最近になって体に水がたまり、いよいよ日常生活が困難となったため、本年9月1日にその専門病院へ入院しました。


主治医の説明によりますと、入院時、浮腫がひどく、また黄疸も出ていたとのことで
治療をしてきましたが、

三尖弁の閉鎖不全によって全身に、特に肺や肝臓へ水がたまった結果、高度の肝機能異常(総ビリルビン値約8)を来たしているとのことでした。

その後の治療により、浮腫も軽快し尿も一日1500ccほど出るようになり、総ビリルビン値も約4~4.5まで下がって来ました。

ただ主治医によれば、いつまた病態が増悪するか判らないため、この病態から脱するには最終的には三尖弁手術をするしかないとのことでしたが、

肝不全が強く、2度目の手術でもあるため、

当院でのオペは心臓外科の判断で、「術後の肝不全のリスクが高いため、不可能」と言われていたものです。

 

私は母親の今後について、当時の主治医の意見を参考に、家族とも相談してきました
が、

このまま自宅療養で安静に生活することを選択すべきか、

それともあくまでも心臓手術をして弁膜症を治療するべきなのか大変迷っておりました。

 

当時、鹿児島の専門病院の心臓外科より手術のリスクが相当高く(術後の肝不全)、

かえって寿命を縮める可能性があることからオペをしないという決断の勇気も必要で
あると説明を受け、

自宅療養でも何とかこのまま延命できるのではないかと淡い期待をもっていましたが、

米田先生に相談してかなり厳しい状況であることを理解しました。

 

結果として、米田先生の手術を受けることが出来て大変幸運であったと感謝していま
す。

術後は、三尖弁の逆流が改善したばかりか、肝機能もビリルビン値が1.5程度
まで低下し、本当に最良の結果となりました。

 

私たちは幸運にも先生に相談することが出来て、良い結果を得ることが出来ました
が、

一方では心臓手術を受ける機会を得ることなく不幸な転帰を取られる方々も多いので
はないかと思います。


私たちと同様の病気でお困りの皆さんが、この体験記を目にされましたら、是非一度
米田先生にご相談されることを強くお勧めいたします。

 

追伸:母は自宅に戻ってから本当に生きていることを噛み締めているようでした。


私たちも母に辛い手術を勧めたことで本当に良かったのかと悩んでいたことも報われ
た思いです。


母には苦しい思いを2度もさせてしまったこともあり、是非長生きして欲し
いと思います。


これからもよろしくお願いいたします。本当に有難うございました。

 

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お便り19 修正大血管転位症の患者さん

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成人先天性心疾患は生まれつきの心臓病が大人や場合によっては高齢になってから悪化するものも含まれまSumireす。

修正大血管転位症もその一つで、心臓の中に穴があいておらず、狭いところなどもなければ、若い間はまずまず元気に暮らせます。

しかし年齢とともに新たな病気や問題が発生し、次第にそれらが命取りになることがあります。

修正大血管転位症(強い左室と弱い右室が入れ替わっており徐々に無理がかかる)の場合は

三尖弁閉鎖不全症(普通の状態なら僧帽弁閉鎖不全症に相応)が発生すると心臓の力が落ちて行きます。

 

患者さんは70歳女性で

修正大血管転位症と三尖弁閉鎖不全症そして僧帽弁閉鎖不全症のためどうしても心不全が取れず岐阜県から来院されました。

しかも心臓の位置が通常と左右反対になっており(右胸心といいます)、手術の際にはさまざまな工夫が必要な状況でした。

無事手術はでき三尖弁は人工弁(生体弁)で、僧帽弁は弁形成できれいになりました。

慢性心房細動も強化したメイズ手術で治りました。

弱った心臓のパワーアップを図るよう、三尖弁の乳頭筋も温存し、心房の「キック」(ちょっと専門的ですみません)も効くように工夫しました。

すっかりお元気になられ、お手紙を頂きました。

 

お手紙を拝見し、派手ではなくても、素晴らしい人生を歩んでこられたこと、

そしてその素晴らしい人生に心臓手術によってお手伝いができたことをひとりの臨床医・外科医として誇らしく思いました。

この弱った心臓で農業をこなし、命を賭けて子供さんを産み、頑張り続けられ、

しかし一時間でもいいから楽な呼吸がしてみたい、、、

こういった患者さんをお助けするため自分は長年心臓外科の修業と研究を積んで来たのだとお手紙を読んで改めて思いました。

私の方こそ感動を頂いたように思えます。

 

***************患者さんからのお便り***********

米田正始先生

その後いかがお過ごしでしょうか。

手術の節には本当にありがとうございました。

 

修正大血管転位症 右胸心と言う病気を持って生まれて七十年の歳月を歩んで来て、

今もな お便り19の実物写真 お歩み続けております。

でも元気いっぱいと言うわけにはいかず、苦しい時間の方が多い日々でした。

 

年齢と共に体力も心臓も弱ってきて、

農家に嫁いだ私には仕事は重労働でとても辛いものでした。

そして子供を生むことは無理だと言われましたが、それでも子供は欲しく、

命懸けで二人の子供を授かることができ、今ではとても有難く幸せに思っています。

 

心臓の調子がだんだん悪くなり、六十歳頃手術を勧められましたが、

その頃には手術をする気持ちにはとてもなれませんでした。

でも時々起こる発作に苦しみこのまま心臓が止まってしまうのではないかと恐怖心を感じた事も何度かありました。

 

一度飲むだけでも何種類とたくさんの薬をもらい、飲み続けてどうにか普通の生活も出来ておりましたが、

七十歳になった頃から急激に心臓の衰えが増してきて体力もなくなり、

手足は夏でも冷たく、顔や足など浮腫んで横になっている日が多くなり、

話をするにも息切れがし、声を出す力も弱くなってしまいました。

お世話になっている病院の先生も弱っていく私の体を心配して下さいましたが、

私自身、気力も体力もなくなっていくばかりで残りの寿命も終わりが近づいている気がしてとても悲しい思いが込み上げてきました。

でも終わりになる前に一日でも一時間でもいいから健康な人と同じ様な呼吸がしてみたいと切実に思いました。

 

そんな苦しみの中で、ある日明るい希望が見えてきたのです。

その希望というのはハートセンターという病院です。

心臓専門で優れた経験と腕を持った米田先生を紹介して頂き、

兎に角一度お逢いして診ていただこうと車で二時間余りかけて米田先生を訪ねました。

 

体の疲れ、不安、心配をしながら米田先生にお逢い出来、早速色々な検査をして頂き、

検査の結果を丁寧に説明して下さり聞いているうちに想像以上に悪くなっている自分の心臓に驚いて、又、不安になってしまい、

それでも先生の「手術をすれば元気になれる」という言葉を聞いて安心はしたものの、

大変な事には間違いなく、すぐには決心は出来ません。

 

家に帰ってからも毎日色んな事を考え悩み、しばらくして二度目の診察日がきても気持ちは迷うばかり。

家族も手術を勧めてくれるし思い切って手術を受ける心を決めました。

体の方は苦しくなるばかりだし三回目の診察の日に入院させて頂き、

手術に向け体力を作る治療が始まりました。

 

四月二十日に手術を受けました。

怖いのと心配でいっぱいでしたが、もしこのまま目が覚めなくても寿命だと思い・・・

どの位の時間眠っていたのかわかりませんが、先生に声をかけられパッと目覚めた時、

「あっ生きている」と感じ、病室の明かりが本当にまぶしく目の中に入ってきたことを思い出します。

意識が朦朧としている中、喉の乾きがひどく水が欲しいと無理を言った事も覚えています。

時間が経つにつれ、あんなに苦しかった心臓がとても楽になっている事に気が付き、

これって本当かしらとすぐには信じられませんでした。

呼吸をしているのが不思議に思えました。

うれしい、良かった、生きていて良かったと涙があふれました。

 

米田先生はじめ北村先生、深谷先生、優しい看護師さん、

そして私に携わって下さった大勢の方々のお陰様で絶望から希望に変わり、

夢のような思いで毎日を送っています。

手術の日から十二日目には早くも退院ができ、

一日一日と元気になっていく私を家族も驚くほどです。

 

十月二十日で半年が過ぎ、経過を診てもらいに行き、笑顔で先生とお話でき、本当に良かったと思います。

まだまだ元気になれると言われ、益々元気が出てきました。

苦しい日が続くとどうして私ばかりがこんなに不幸な人生かと他人を羨み、生んでくれた親をつい恨んだりもした事が、

今は生まれて来て良かったとこんな大きな喜びを感じられる私は幸せ者だと思える様になりました。

 

私の命を救って下さった米田先生には感謝の気持ちでいっぱいです。

うまく言葉に表す事が出来ない私ですが、救われた命を日々大切に一生懸命生きていきたいと思います。

現代の医学と米田先生を信じて受けた手術はすごいものでした。

苦しんだ後の幸せはとても大きいものです。


本当に本当にありがとうございました。

 

平成21年11月**日  ****

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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お便り 18: 閉塞性動脈硬化症(ASO)の患者さん

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動脈硬化症は全身の病気ですので体の複数の場所がやられることがよくあります。

たとえば下肢の血管が動脈硬化で閉塞し( ASO 閉塞性動脈硬化症 と呼ぶ病気です)痛みのために歩けない患者さんが、

心臓の血管(冠動脈)にも同様の病気(冠動脈疾患)をもっておられることはしばしばあります。

 

下記の患者さんは近くの大きな病院でも下肢の手術はできないと言われてハートセンターへ来られました。

血管をよく調べると、これは行ける!と判断できたため、手術前検査を行ったところ、心臓にも強い病気が見Ring_l1つかりました。

閉塞性動脈硬化症ASOのため下肢が悪く歩けず、心臓の症状が隠れていたわけです。

 

そこで安全のためまず心臓を手術で治し、ついでゆとりをもって下肢の血管を手術で治しました。

なお心臓の主治医の先生がこの患者さんの場合は、

カテーテル治療(こうしたケースでは何度も治療が必要になったり強い薬が長期間欠かせないため他治療に支障が出ます)よりも

一発で治せる手術のほうが良いでしょうと判断して下さり、

心臓のオフポンプバイパス手術下肢動脈バイパス手術2つは外科手術で行い、もう少しお腹側の血管はカテーテル治療(ステント)で当院内科の先生にお願いしました。

 

長い間、さまざまな病気と闘って来られた方だけに、今回は喜びもひとしおで、下記の感謝状を送って下さいました。

他の患者さんにも参考になればと、ある程度説明も入れて下さいました。

決意と努力で永い闘病生活に打ち勝たれたこと、本当に感嘆いたしますし、嬉しく思います。

これからはうんと楽しんで戴きたく思います。

 

それからお便りの次にあるのは患者さんの息子さんからの感謝のメールです。

いずれもご本人さまのお許しを得て掲載させて頂きます。

***********患者さんからのお便りです************

米田正始先生様


北村英樹、深谷俊介、小山裕先生及び病棟スタッフの皆様へ

 

この度は私の余命を伸ばして頂き更には入院中は親身になった治療と介護を賜り心より感謝を申し上げる次第です。

以後は出来る限りの運動を重ね更に健全な歩行が出来るよう努力する所存です。


H21/11/15             ****

 

”私は心筋梗塞寸前への冠動脈バイパス手術と併せて長年苦労した下肢の慢性閉塞性動脈硬化症のバイパス手術を受けました!”

 

私は名古屋在住の76歳の男性です、H9/9に近くの総合病院で膵臓がんの開腹手術後(その後H13/8大腸がん開腹手術、H15/1前立腺がんの薬物治療開始)健康維持のため散歩を奨められました。

しかしH15/4頃散歩時に歩行障害を感じその病院の整形外科で脊柱間狭窄症との診断で治療を続けましたが何等改善しませんでした。

 

H18/11に他の総合病院の血管外科を紹介され診断の結果、右下肢の腸骨動脈が7㎝程閉塞(石灰化)が判り過去の手術歴から手術治療が出来ず、

所謂側副血管の発達を促す運動療法にて間歇跛行での運動を続けてきました

(その後毎年1回同血管外科の血流診断も受けていました)。

ところが本年始め頃より両足の痺れ・疼痛感・脱力感が激しくなり、7月頃には「閉塞性動脈硬化症ASOの第6度?」と思って先行きに困惑し生活に自身をなくしていました。

 

9月末に息子よりハ-トセンタ-の存在を知らされ、米田正始先生の「心臓外科手術情報WEB」を閲覧後、メ-ルにて米田先生宛9/29「再生治療法bFGF」の治療法の進展状況と私の現状を説明治療を望む旨連絡の処、

直ちに当日先生より「ハ-トセンタ-へ来院すれば状況を把握し、どういう治療が必要か、あるいは必要な場合は方針を立てることができる・・・」返信があり、翌日℡にて10/1にスーパードクター米田先生の診断を受けることとなりました。

診断当日諸検査後に先生は私のような下肢の疾患者は心臓の動脈疾患者が多く、当日出来なかった心臓の造影CTを10/6に造影カテ-テル画像で検査診断となり、

その結果先生の予告通り心臓の冠動脈の狭窄が判り狭心症の発作寸前の状況で先ず冠動脈のバイパス手術を先に実施し、

その後回復状況を見て下肢のバイパス手術の方針が決りました。

 

入院は10/9で、冠動脈のバイパス手術は10/14その後の経過も良く10/30に下肢のバイパス手術となり
11/13には退院の運びとなりました。

この間米田先生は親身になって説明と手配をされ更には入院前の1日に私のその後のアフタ-治療の手配までされ全く頭の下がる思いです。

 

ハ-トセンタ-と米田正始先生とその諸先生並びに病棟スタッフの皆様の細かい気配りと看護は忘れることが出来ません、有難うございました、

皆さんと出合った私は幸せものです。


なお、私の下肢のバイパス手術は左大腿動脈-右大腿動脈、左大腿動脈-左膝動脈の人工血管の手術と左腸骨動脈へのカテーテル治療で他の病院での血管外科手術では余り見られないと言われます。

 

最後に諸外国の様に日本の医学も益々発展して一人でも多くの人命が救われることが出来る時代になることを祈ります。

 

**************以下は患者さんの息子さんからのお便りです。

お褒めのお言葉はまだ修業中を自認する私にはお恥ずかしいのですが、喜んで戴けたことをうれしく思い、そのまま掲載させて頂きます

************

米田副院長先生御侍史Hana_1

この度は先生の「ゴッドハンド」のおかげで父に生きる希望を与えてくださいありがとうございました。家族、親族一同、心より感謝しております。

 

父は10年以上前に延命率のかなり低いといわれる膵臓癌を患い、転移による手術とホルモン療法を経て元気に暮らしていたのですが、

今年に入り、動脈硬化による足の激痛が進行しかかりつけの病院とそこから紹介していただいた病院での診察では手立てはないと言われ精神的なショックも相まって生きる希望を失いかけていました。

 

そんな中、私の会社の同僚からハートセンターの評判をお聞きして藁をもつかむ思いで父に勧めてみたのがきっかけです。

何の紹介もなく突然のお願いに対し快く、しかも迅速にご対応くださったおかげで、父の笑顔をみることができました。

 

心臓の冠動脈バイパス手術の回復はめざましいものがありましたが、引き続きの腹部大動脈のバイパス手術を施していただいて1週間経過しましたが、

院内を朝 2回、昼 6回、夕方6 回と巡回できるほどになっており驚いているところです。

明日からは階段歩行もするとはりきっておりました。

 

退院もあと1週間ほどのようで、痛みのない状態で歩けること、そして長く連れ添った母と一緒に”普通に”暮らしができる、孫達と遊んだり食事に行けることなど新たな希望を胸に抱いている様子です。


まだ退院前ですが、今日の父の様子を見て感謝の意をどうしても伝えたくメールさせていただきました。

 

私は1製薬企業に勤めており、友人を含めて多くのドクターにお会いする機会がありますが、

飛び抜けた技術と経験を持たれているだけでなく、先生のように患者目線で献身的、人間味のあるドクターにお会いしたことがありませんでした。


私には高1の息子がおりますが、人としての生き方について議論する機会をもち「将来どんな職業についたとしても米田先生のような人を目指しなさい。」と伝えました。

医学の発展に向けて日々研鑽され激務のご様子ですが、お体には気をつけてご活躍ください。会社でも先生とハートセンターの評判を広めております
^<^)

 

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

2009年11月**日

******あれから一年が経ちました。またメールを戴きました。*****

米田正始先生、他血管外科諸先生様、御侍史

早いもので沢山の病歴を持つ私の手術「狭心症・心筋梗塞寸前の心臓のオフポンプ冠動脈 伊藤富夫さんからのメール バイバス、

更には長年苦労した下肢の閉塞性動脈硬化症(ASO、両足)のバイバス手術とカテ-テル治療(ステント)」後一年が経ちました。

 

先日(10/12)の北村先生の再診(造影CT,心電図、X腺、血液検査)の結果は良好で次回の再診は一年後とのことで安堵しました。

 

この間再診の都度私の為にご多忙な時間をご丁寧な説明とご指導を頂き厚く御礼申し上げます。

次回一年後の再診に向かって健康に留意して、朝夕の散歩と家の中でのリハビリ-に専念して一日一日を大切に過ごす所存です。



向寒の折、諸先生とチ-ムご一同様のご健勝と、併せてハ-トセンタ-の発展と地域医療への貢献に尽力されて一人でも多くの人命が救われますよう望む者です。


先ずは、御礼まで。


平成22年10月29日

 

心臓手術と血管手術から丸3年が経ちました。

外来でお元気なお姿を拝見するたびにうれしく思っています。

手術から3年後の定期健診の外来のあと、つぎのメールを下さいました

 

*****術後3年経ってから戴いたメール*****

米田正始先生他血管外科諸先生 御侍史

拝啓 菊花薫るこの頃爽やかな候となりました。

 
早いもので沢山の病歴を持つ私の手術後早や3年が経ちました、先日(10/23)北村先生の術後の診察を受けました。検査の総て良好でした!

 
この後、第1腰椎の圧迫骨折、急性腎盂腎炎で1か月程入院しましたが、米田先生他諸先生はじめ看護師の方々のお蔭で今日を迎えることが出来ました事、改めて厚く御礼申し上げます。

以後も散歩と家の中でのリハビリに日々頑張ってまいります。

向寒の折、諸先生ご一同様のご健勝と併せて名古屋ハ-トセンタ-の益々のご発展と一人でも多くの人命が救われます様望みます。

先ずは、御礼まで。 次回4年後の診察を祈る者です。

   平成24年10月28日

***************

あれから1年ちかくが経ちました。

人間は誰でもある程度の年齢になると体のあちこちが弱り、その都度きちんと治して元気を取り戻すという作業が必要になりがちです。

しかしクルマでも何でも、長年使ったものは、多少とも消耗し壊れるのが世の常で、治せる部品はしっかり治してまた元気に動くというのが良いと思います。

この患者さんももともとのASO(閉塞性動脈硬化症)はまずまず良好に安定していましたが、脊椎つまり背骨のけがから調子が悪く歩けなくなられました。

そこで畏友でもある整形外科医をご紹介し、うまく治療をしていただき、またお元気な生活を回復されました。以下はその患者さんの息子さんからのお便りです。

こうした私のノウハウや人脈が患者さんのお役に立つというのは大変うれしいことです。これからもどしどし応援して行きたいものです。

******************

 

米田先生 御侍史、


父(****)がいつもお世話になっております。


父が先生のオペによりほぼ健康な暮らしができるようになるまで回復した後に本人の不注意から腰の骨折を患ったことがきっかけで足のしびれが徐々にひどくなり歩行が困難になってきておりました。

今年のハートセンターでの定期健診の時期を早めていただき、米田先生にお会いする機会をいただきました。

これまで薬や注射で痛みを軽減する治療ではなく、先端治療のセメント療法を薦めていただいた上に先生自ら、その領域でのスーパードクターの医療機関に紹介とお口添えをいただいき、本人はもう一度オペをすることにチャンレンジしてみようと思ったそうです。

オペの結果、1泊で退院でき、足の痛みもすっかり消え、
ハートセンター退院時ほどではありませんが、少し歩行できるようになったと母と一緒に大喜びしておりました。

またしても米田先生に助けていただいたので、ゆっくりとリハビリをしながら歩行距離を伸ばいきたいと父の心が前向きになったようです。

本当にありがとうございました。

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お便り17 エホバの証人の患者さん

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その方の宗教や哲学、人生観は大切に尊重されるべきと思いますエホバの証人という宗教を信仰する方々は宗教上の理由から輸血を拒まれます。

信仰はその人にとってはいのちと同じほど大切です。

私たちは信仰の自由を尊重するため、エホバの証人の信者さんの無輸血についても極力尊重・協力しています。

確かに大きな心臓手術あるいは出血しやすい状態とくに再手術(二度目の手術)のときはかなりの工夫が必要で、簡単ではありません。

患者さんやご家族と十分に話あい、納得できる方針でベストを尽くすようにしています。

 

ある60代のエホバの証人の患者さんが、昔、他の病院で冠動脈バイパス手術を受けられました。

年月が経って病気が進行し、狭心症が取れず、命の危険が迫る状態で、もとの病院での手術を断られ、ハートセンターへ来られました。

バイパス手術が唯一の救命手段でしたが、2度目の手術は出血がやや多くなり、輸血ができないときには危険性が高くなります。

そこはこれまで多数のエホバの証人の患者さんをお助けして来た経験を活かして工夫し、無事手術成功しお元気に退院されました。

 

以下はその患者さんからの感謝のお手紙です。なお個人情報は伏せさせて頂きました。

 

********************************

米田正始 先生

拝啓 朝晩は涼しくなって虫の音も澄みわたるこのごろですが、米田先生にはますますご健勝のこととお喜び申し上げます。

今年の3月*日に、ハートセンターにて冠動脈バイパス手術をしていただきました**です。早いもので手術後もう半年が経過しました。手術後の経過は非常に順調で充実した毎日を元気に過ごしています。これも米田先生をはじめハートセンターの高度な医療技術と、わたくしたち患者に対するやさしい心のこもった医療のおかげです。

今こうして再び健康で楽しい生活を享受できますことはひとえに米田先生やスタッフの皆様のご尽力の賜物と心から感謝を申し上げます。

わたくしは若いころから心臓が悪く30才の時に1度目の冠動脈バイパス手術を受けています。そして今回が2度目の手術でした。このこと自体が大きなリスクとなっていましたが、その上にわたくしは信仰上の身上により輸血をすることができません。このような2つのリスクを抱えておりましたので、わたくしの手術を執刀してくださる先生には非常に大きな負担をおかけしたことと思います。

果たしてわたくしのようなハイリスクを抱えている患者を受け入れて下さる病院が日本のどこにあるのだろうと不安におののきながら妻とともにハートセンターを初めて受診したのは今年の2月のことでした。

ところが、わたくしと妻の不安はいっぺんにどこかへ吹き飛んでしまいました。

それは、診察してくださった米田先生の「たしかに難しい手術で、大きなリスクは伴いますが、万全の体制のもとで手術を行いましょう」と言ってくださったその言葉に安堵感と病気に立ち向かう勇気とを得ることができたからです。初診のその日に必要な検査も行ってくださり、心が軽やかになって家路につきました。

帰りの車の中では妻と「すばらしい先生に出会えて本当に良かったね」と語り合いながら帰ったことを昨日のことのように思い出します。

そして、手術に際しましては万全の体制をしいてくださり、いよいよ3月*日の手術日をむかえました。すばらしい先生方と医療スタッフのチームワークの努力のおかげをもちまして、わたくしのハイリスクな手術は成功しました。

今は、長年にわたる胸痛の苦しさから解放されて喜びに満ちた生活を送ることができています。

まるで二度目の新しい人生をいただいたような健やかな毎日を楽しんでおりますことをお伝えしますとともに、わたくしの心からの感謝を申し上げます。これからも米田先生や名古屋ハートセンターのご発展をお祈りするとともに、わたくしのような非常に難しいリスクを抱えている患者のために益々ご尽力していただきますようお願い申し上げます。本当にありがとうございました。

敬具

2009.9.18. *****

 

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お便り16 マルファン症候群の患者さん

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Sakura_b患者さんは約30歳の女性で、

僧帽弁閉鎖不全症のためハートセンターへ来院されました。

以前からマルファン症候群(結合組織・弁や血管が弱くなります)のため僧帽弁が壊れ、他病院で手術を受けられましたが治らず、

このままでは心不全が進んで危険なので、ちかぢか弁置換手術(機械弁という金属製の人工弁で弁を取りかえる手術)を予定されていました。

 

しかし弁置換手術を受けると、一生涯ワーファリン(血栓予防のお薬)を飲む必要があり、

赤ちゃんの奇形を誘発する薬なので妊娠や出産はもうできなくなります。

そこで弁形成手術をしてくれる病院を探して私のところへ来られました。この手術は患者さんの命と人生を守る闘いという感があり患者さん・ご家族を含めたチーム全員で努力しました

 

私の経験ではマルファン症候群の患者さんの僧帽弁は弁が全体的に悪くなっているケースが多く、

一流の病院でも治せなかったほど「壊れた弁」でしたので、手術はさすがに複雑な弁形成となりましたが、

さまざまなテクニックを駆使して無事に完遂できました(心臓手術事例)。

手術の直後、結果をお話するときにご家族だけでなく私まで泣きそうになってしまったのは不覚でしたが、

それほど感慨深いものがありました。

自分が弁形成手術を長年勉強し取り組んで来たのはこうした患者さんたちのお役に立つためだと改めて想ったからです。

 

患者さんは手術のあと、どんどん元気になられ、まもなく退院して行かれました。

今は外来などで時々お会いするのが楽しみです。

 

マルファン症候群の患者さんは全身の結合組織たとえば血管や骨や眼の一部などが弱くなることがあるため、

外来でも心臓だけでなく全身に気をくばりながら、定期健診していく予定です。

 

以下はその患者さんからの御礼のお手紙です。

**********************************

 

この度は米田先生はじめ**先生、**先生そして担当して頂いた看護師の皆さまに心より感謝申し上げます。現在はとても元気になり、わんぱく盛りになった1歳半の息子を追いかける日々で、楽しく過ごしています。

2008年10月、私は毎日毎日泣いて過ごす日々を送っていました。

ある総合病院での2度目の手術が決まり、1度目は形成術でできましたが、2度目は90%機械弁の弁置換だと言われ、今後の人生がお先真っ暗になり、どう出産や子育てができるのか、不安に押し潰されそうでした。

そんな時、米田先生のホームページを偶然にも見つけ、10月に開院したばかりの名古屋ハートセンターの存在を知り、かじりついて読みあさり、気がついた時には病院を変えたい気持ちがとても大きくなっていました。

そして翌日には、主人と病院へ向かい経緯をお話しました。私自身、当然主人もそうですが、あと2週間後に迫った総合病院での手術を変えるなんて思いもよらない事で、実際家族からは不安な声もありました。

けれど、主人も私も先生にお会いして不安どころか”手術”という現実は変わらないのに、とても明るい気持ちとなり、そればかりか嬉しくて嬉しくて、小さな息子と三人で喜びの涙を流しました。あの日、私の心臓のエコーを見ながら「形成術はできますよ」と簡単に言われた事にビックリしたのと、変な言い方ですが、正直ワクワクしました。

今はどういう状態で、手術では何をどうするのか、、、手術が決まっている病院に対しての丁重な対応など、たくさんの話を冗談まじりに、でも真剣に、そして家族のように私の話を聴き、知って、説明して下さいました。

その安心感は、これから手術を受ける私にとって、なくてはならない気持ちだったように思います。そしてその温かい支えは病院嫌いの私にとって初めて味わう気持ちでした。あれだけ後ろ向きな気持ちが180度転換してしまった自分に驚き、「手術ということに変わりはなかったものの、本当に前向きに明るい気持ちで手術を迎えられた」事、感謝しております。

術後も回復は早く、入院生活も楽しく過ごせました。とても早く家に帰る事ができ、今ではキズもほとんど目立つ事なく、ファッションを楽しんでいます。

これからも長いお付き合いとなりますが、助けていただいた命を大切に楽しく生活をして行きたいと思っています。

本当にありがとうございました。

 

***************************

あれから4年が経ちました。

この患者さんには無事二人目のこどもさんが誕生しました。

妊娠中も一人目のときよりずっと楽で心不全もなく、順調だったようです。

2013年3月の定期健診外来に赤ちゃんとご夫婦の三人で来られました。

努力が実った、と共に喜び合いました。

何物にも代えがたい、感動のひとときでした。

 

 

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お便り15 大動脈弁二尖弁を形成した患者さん

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患者さんは19歳の男性です。

Hana_10東京の大学に通っておられる中で、検診で大動脈弁の二尖弁と逆流(大動脈弁閉鎖不全症と呼びます)を発見・診断されました。

心臓に負担がかかって来ており、危険な症状も出ているため手術を勧められ、

それから患者さんは自分の理想の病院を調べられたそうです。 

大動脈弁形成術を求めて探す中で、私のホームページ心臓血管外科情報WEB(註:現在の名称は心臓外科手術情報WEBです)を見つけられ、メールを送ってこられました。

 

ご本人さまはもちろん、ご両親はじめご家族と十分な相談のうえ、ハートセンターにて大動脈弁形成術を行い、うまく行きました。

 二尖弁は経験豊かなチームなら弁形成ができるため、さまざまな方法の中から最も適したものを選んで形成しました。

二尖弁のかみ合わせがきれいになった結果、手術前には高度だった逆流も術後は無視できるほどに治りました。

大動脈はかなり小さかったのですが、弁形成術のおかげで狭窄症(狭くなること)も起こりませんでした。

もしも弁置換なら不十分なサイズのものしか入らなかった状況でした。

 

大動脈弁形成によって普通の生活を取り戻して頂けたことはうれしい限りです良好な予後が期待されますが、二尖弁の常として、弁と大動脈の両方を注意深く定期健診することが大切と、ともに決意しました。

こうして患者さんの青春時代をワーファリンなしで過ごせるお手伝いができるのは大変うれしいことです。

 

術後経過も良好で術後9日目に元気に退院されました。

米田はその日はタイ国へ手術に出張しており、お祝いを言えなかったため、

お詫びとお祝いのメールをお送りしたところご両親からお返事が来ました。

それが下記のメールです。

 

**********************************

米田先生

メールをいただきありがとうございます。


本来なら、こちらからお送りせねばならぬところ


先生よりいただき大変失礼いたしました。

 

術後の回復も順調で、先生のお帰りを待つことなく
退院させていただくことになりました。

 

自宅に帰り、ベースギターを少し弾いたりして
通常の生活に少しずつ戻しつつあります。


本人は一刻も早く関東に戻りたいようです。


とはいえ、まだ疲れやすく無理もできないので
こちらに居る間は、ゆっくりさせたいと思っております。

 

大学の検診で、この疾病が発見されたとき、
治療は弁置換(機械弁)だというという説明を受けましたが、
本人として、その治療を理解するということ以外に
他の治療をも模索し、米田先生にめぐり会えたことは、
本当に幸運であったと思います。

 

弁形成という希望通りになったことはもちろんですが、
たとえ、人工弁の選択になっていたとしても
納得いく治療を受けることができたという気持ちは
今後の人生においてとても重要なことであるからです。

 

なぜならば、心臓との付き合いは一生であり、
ここで自分自身がしっかり受け入れられる結果でないと
ずっと疑問を持って生きていかねばなりませんから。

 

米田先生とのメールのやり取りや
診察時のわかりやすい表現でご説明いただいたことで
彼のみならず、家族も安心して手術に臨めました。


お恥ずかしい話ですが、毎日泣いていた母は、
先生にお会いしてからはやっと現状を受け入れることが
でき、それ以来、前向きに考えるようになりました。

 

(中略)

今後ともよろしくお願い申し上げます。

 

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