お便り34 感染性心内膜炎(IE)の患者さん

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感染性心内膜炎(略称IE)は怖い病気です。

ばい菌が心臓の中で増えて弁や筋肉、血管などを壊すだけでも重い病気ですが、

そのばい菌の塊が血液の流れに乗って脳へ行けば脳梗塞になりますし、

体のどの臓器へ流れてもその臓器に感染が起こります。

 

  9ilm17_da05017-s月下旬のある日、広島からメールが届きました。

感染性心内膜炎で脳梗塞を起こされた患者さんの御家族からでした。

内容から考えて、これは何とかできるし、

また何とかしなければならない、と判断し、

名古屋までお越し戴きました。

 

治療の方針として、お薬で感染がかなり落ち着きつつあるため、

まず完全に菌を消し、菌の心配がない状態にし、

そのうえで僧帽弁をしっかりと形成する、

脳梗塞はある程度時間が経っているため脳を守りながら手術をすれば経験上、十分行けるという方向で考えました。

 

手術は僧帽弁のほぼ右半分を形成する、

人工腱索も8本立てる、

比較的複雑なものになりました。

私たちはこうした手術は平素からこなしているため落ち着いて完遂でき、弁はきれいに治りました。

 

以下はご家族からのメール複数回を束ねたものです。

患者さんの状態が良くわかるすぐれたお便りですので、

この意味からもご参考になると考え、載せることにしました。

冗長に思われる部分は飛ばし読みして下さい。

 

******患者さんの御家族からのお便り******

(最初のお便り)

はじめまして。広島県在住の****と申します。母の病気の件で、いろいろ お便り34の実物写真 と調べている中で、こちらのホームページを見つけてメールをさせていただいてます。

発端は、9月8日の朝7時頃に、同じ町内に住んでいる母が自宅の階段で急に動けなくなり、近くの**病院に救急車で運ばれました。

病院に着いてからCT・MRIの検査をしたところ、左脳の血管で詰まりかけている部分が見つかりましたが、また脳梗塞は起こしていませんでした。念のため入院をすることになり、病室に入るまでの待ち時間の間に脳梗塞を起こしたようで、その日からすぐに点滴が始まりましたが、後遺症として言語の失効と右足のしびれなどが残りました。

入院2日目くらいから37度5分~38度8分の熱が続きましたが、座薬と解熱剤の処方と途中から抗生剤の点滴など行いました。(熱は12日くらい続きました)入院3日目からは、左の頭に突き上げるような痛みが(見た感じのイメージです)続き、食事も取れないような痛みだったので、ロキソニンを処方され、痛くなると飲んでました。主治医の先生は、肩を触って、肩こりからくる神経痛でしょう。とのこでした。

熱が下がった頃、頭痛もなくなり(9月19日ころ)点滴とワーファリンを併用して、薬の量を調整していたので、そろそろ退院できると思っていたら、9月21日の早朝、激しい腹痛でCTを撮って、内科の先生に診てもらったところ、脾梗塞の可能性が高いとのこと。救急車で運ばれた時に、不整脈もあったので、心臓のエコーの検査をしました。

心臓血管内科の先生に診ていただいたら、弁膜が完全に閉じてなく、血液の逆流があるとのこと。(入院のときにもエコーを撮っていましたが、その時は逆流はありませんでした)ばい菌がいる可能性があるので、カメラを飲んで検査を・・・とのことで診てもらうと、やはり弁にばい菌が付いて、弁に少し穴も開いているようだとのこと。

その病院には心臓の外科がないので、すぐに紹介をしてもらい、9月22日に**病院に転院。その日に、また一通りの検査をしてもらい、心臓血管外科の主治医の先生から説明を受けました。診断は、感染性心内膜炎、僧帽弁閉鎖不全約3度とのことでした。(持病に甲状腺機能亢進賞、糖尿病もあります)お話の内容では、血液検査のCRPが11.3、白血球が14800と高く、かなり厳しい状態で、すぐにばい菌を殺す抗生剤投与により、炎症をコントロールしていきます。場合によっては心臓の手術が必要になります。(感染が制御できない・大きなゆうぜいがある・心不全の進行の場合)そして、今の状態でもし手術になると、かなりリスクが高く、もし菌がなくなって、良い状態で手術をすればリスクは少なくなります。などの説明を受けました。

心臓ということで、家族である私たちもかなりのショックを受け、どうすればいいのかとても不安になりました。そして、9月27日の血液検査ではCRPが3.0、9月29日の血液検査では0.8と幸いにも菌の方は落ち着いてきているようなのですが、主治医の先生のお話だと、心臓の弁の手術はしなくてはいけないとのことで、人工弁に置き換える手術をタイミングを見てするようになりそうなのですが、人工の弁ともなるとやはり術後の経過なども心配で、何とか他に方法はないものかと考えておりました。

更に心配なのが、母が転院してからというもの、気持ちの落ち込みが激しく、言葉が話せない情けなさなどもあると思うのですが、毎日のように泣いて精神的にもまいってしまっています。長文になり申し訳ありません・・・

家族としては、心臓の手術ともなると、やはりかなりのリスクがあって、不安や心配も耐えません。本人にも安心して受けてもらうためにも、より良い環境での手術を望んでいます。こちらのホームページをみて、ここしかない!と思いメールをさせていただきました。宜しくお願いいたします。

*****(感染性心内膜炎、手術後のお便り)******

米田副院長先生

10月28日の心臓の手術は、母が大変お世話になりました。当日は、私と妹も子供を連れて名古屋へ行っておりましたので、術後の説明などで先生にもお会いできませんでした。

父から心臓弁の形成術と心房細動の手術まで無事に終えていただいたと連絡をもらい、とても安心して広島に帰ることができました。ありがとうございました。

術後に母の顔を見ていなかったので、11月2日にそちらに伺った際も、とても元気そうでリハビリにも励んでいる様子だったので、つくづく遠方でも米田先生に手術していただいて良かったね~と話をしたことでした。

(中略、事務的なご相談など)

父も広島に戻り、しばらくは母ひとりでお世話になります。退院の日程が決まりましたら、その前々日くらいには父が名古屋の方へ行くようにする予定でおります。
名古屋ハートセンターの先生方や看護師さんたちも、とても気持ちの良い方たちばかりで、安心してお任せしております。宜しくお願いいたします。

***(追伸、ここまでを振り返って礼状を下さいました)***

米田正始先生

母が脳梗塞で近くの病院に運ばれたのは、9月のはじめのことでした。検査の後、すぐに入院・治療となりましたが、失語症という言語障害が残ってしまいました。本人はもちろんのこと、家族としても大変つらい思いでしたが、なんとか前向きにリハビリにも励もうと思っていた矢先、入院から2週間が経ってそろそろ退院という頃でした。

お便り34の実物写真2 心臓の弁にバイ菌が付いて、弁を破壊してしまう感染性心内膜炎になっていると分かりました。すぐに血液の中のバイ菌をなくすための抗生剤の投与を開始して、できれば心臓の外科手術ができる病院に転院した方がいいとの話を聞かされ、とてもショックを受け途方にくれました。でも、一刻をあらそう状況でしたので、すぐに地元の心臓血管外科のある病院に転院し、点滴治療を開始しました。

転院してからすぐに、心エコー・血液などの検査をして、主治医の先生から聞かされた話は、私たち家族にとっては、本当につらいものでした。心臓の僧帽弁が菌によって破壊されていて、血液の中の菌の値も非常に高く、とても危険な状態だということ、まずは菌をなくさないといけないが、もし緊急手術ということになるととてもリスクが高いこと、心臓の弁は破壊されたものは元には戻らないから人工弁をいれるしか方法はないということ・・・本当にどうしていいか分からなくなり、もうどうしようもないのかと諦めかけていました。

そんな中、少しでも希望の持てる話はないか、いろんなことをネットで検索していて、「心臓 名医」で調べたら、米田先生のお名前を見つけたのです。リンクをたどっていくと、先生が管理されているホームページがあり、隅から隅まで必死で読みました。

いろんなページを見る度に、今まで暗くて不安な気持ちしか持っていなかったのが、すごく明るく希望に満ちた気持ちになりました。そこには、僧帽弁形成術という方法があることが書かれていました。

いろんなメディアでも活躍されていて、とてもそんな先生に手術はしてもらえないかもしれない。と思いましたが、そこに書かれている一言一言が信頼でき安心できる内容だったので、私はすぐに米田先生にメールを送り、母の状況を相談しました。先生からのお返事はすぐに届きました。患者やその家族を気遣っていただく言葉もあり、絶対にこの先生に母の手術をお願いしたいと思いました。母にも家族にも話をして、血液の菌が落ち着いて退院をして間もなく、名古屋に向かいました。先生とお会いして直接話を聞いて、母もとても安心したらしく、1週間後には手術となりました。

手術は僧帽弁形成術と心房細動の方まで治していただき、思った以上に回復も順調で、母もほんとに先生にお願いしてよかったと言っております。今まだ入院中で、広島に住んでおりますので、ちょっと顔を見に行くということはできないのですが、米田先生をはじめ北村先生、小山先生、深谷先生も看護師さんたちも、とても良くしていただいて、安心してお任せしております。

今回思ったことは、心臓手術という大変なことだからこそ、患者やその家族を安心させてくれる先生に出会えたことはとても重要なことだったということです。もちろん、リスクが0ということはありませんが、同じリスクがあるにしても、気持ちを大切にしてくれる先生方がおられたから、母もこの大変な手術を受けることができたのではないかと思ってます。母が退院の際は、また名古屋ハートセンターに伺うのを楽しみにしております。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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お便り33 心内膜床欠損症(一次口欠損症)の患者さん

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患者さんは69歳女性で、

12年前に心内膜床欠損症の不完全型あるいは一次口欠損症という病気にもとづく心房中隔欠損症ASD

心室中隔欠損症VSDの閉鎖術および

三尖弁閉鎖不全症に対して三尖弁形成術を受けておられます。

 

今回はかつての病気とくに心内膜床欠損症がもととなって、僧帽弁閉鎖不全症MR

大動脈弁下狭窄症IHSS(左室の出口近くの圧較差112mmHg(大変狭いです))、

巨大左房のため、

強い心不全となり、高度の肺高血圧も合併し、このままでは危険な状態となって来院されました。

しかも肺そのものが大変悪くなっていました。

少し専門的ですが、肺の一秒率38%(極端に低いです)、

%肺活量40%(これも大変低いです)は医療崩壊の現代では麻酔科の先生が手術拒否されるレベルです。

いくら超重症とはいえ、結果が悪いと心ない、医療の大変さを知らない周囲から糾弾されるからです。

 

私たちはこうした患者さんをお助けするために平素から努力して来ましたので、

厳しい状況を打開し元気になられた患者さんやご家族の勇気と努力に敬意を表したく思います 者さん・ご家族と一体となって手術や治療を頑張ろう、そして社会復帰して戴こうという方針になりました。

 

この心内膜床欠損症(一次口欠損症)という病気では

左室の出口がせまくなるのが特徴ですので、

弁形成術では出口をさらにせまくする恐れがあり、

治療法は人工弁とくに背丈の低い機械弁が安全で、推奨されています。

 

それらを十分考えた上で、左室出口の狭い部分を切除して広げました。

僧帽弁に機械弁を入れ、巨大な左房を小さくしました。

二回目の手術のため止血もいっそう念を入れました。

 

手術で心内膜欠損症がらみの弁も左室内の狭いところもすべてきれいに治りましたが、

肺は弱いため時間をかけて徐々に人工呼吸を外し、徐々に日常生活を取り戻すようにしました。

 

外来でお見かけするときには別人のようにお元気になられ、

旅行を楽しむほど元気になられました。

かつて大変お世話になったからと、病棟の看護師さん達にもお礼に訪問して下さり、

皆も努力が報われてよろこんでくれました。

 

以下はその患者さんの御家族からのお手紙です。医者冥利につきるお手紙で光栄に思っています。(2010.10.記)

*********お便り*********

米田先生さま

先生、母を助けてくださりありがとうございました。
早いものでもうすぐ手術から5ヶ月が経とうとしています。

思い返せば、まさかまた手術をすることなるとは思ってもいませんでした。 お便り33の実物写真

12年前に心臓の手術をし、その当時とても大変だった母の姿をよく覚えています。

 

 
70歳という年齢や肺の機能も悪く、

又その他の面からもリスクの高い手術はできれば避け、

このままお薬で維持していきたいと私達は考えていました。

でも、とうとう心不全をおこしてしまいました。

「手術をしなければ長く生きられないでしょう」と先生からお話があった時、悩みました。

先生は丁寧に時間をかけて、私達家族がわかりやすいように何度も何度もお話をしてくださいました。

そうやってコミュニケーションを図りながら信頼関係を築き、

「この先生なら大事な母を任せられる」と決心がつきました。

手術後も心配な状態がしばらく続きました。

先生はじめ、チームの皆さまにはとても良くしていただきました。


只、なかなか元気にならない母を目の当たりにして、

私達家族も気持ちにゆとりが持てず何かと先生には失礼なことを申してしまったかもしれません。

 
「どんなことでも良いので話してください」といつも母や家族の気持ちをわかろうとしてくださいました。

先生のお陰でまた穏やかな家族3人と犬一匹の暮らしが始まっています。

入院前から楽しみにしていたクラシックコンサートにも行くことができました。

 
以前なら上がれなかった階段も今は普通に上がることができるようになりました。

 
また、家族で旅行に行きたいと思っています。

先生と出会っていなければ今の幸せはなかったでしょう。

不安でいっぱいだった数ヶ月前が嘘のようです。

いつも1階玄関に飾ってある先生の写真に「母をお願いします」と心の中でつぶやいてから帰りました。

手術の前日は家族で病院の回りを散歩しました。

「これが最後になったら嫌だな」と切なかったことを思い出します。

大変だったけれども、今となっては良い思い出です。

 

最近は母と当時のことを「あれ、覚えてる?」と話しますが、

「え、そんなことあったの?」と記憶にないこともしばしばです。

「こんな失礼なことも言ってたんだよ」と教えてあげると「先生たちに悪いことしちゃったわね~」と苦笑いしています。

 

今の楽しみは数ヶ月に一度の外来に家族揃って先生たちに会いに行くことです。

最後になりますが、本当に本当にありがとうございました。

心から感謝しています。

平成22年9月26日

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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お便り32: 心房細動の患者さん

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心房細動は世間一般に思われているよりも怖い病気です。

野球の長嶋さんやサッカーのオシムさんの例に見るまでもなく、

突然脳梗塞を起こしてその方の仕事や人生を壊したり、

かつての総理大臣小渕さんの時のように命を奪うことさえあります。

 

Ilm18_be07018-s
心房細動はときに脈を速くし、その状態が続くと心臓の筋肉が弱くなります。

普通は薬やカテーテル治療である程度以上治すなり調整できるのですが、

ときにアレルギーなどのためにそれらができないこともあります。

 

私のツイッター友達で、心筋症・心不全で打つ手なし、今後は自宅静養しかありません、

と主治医の先生に言われて、

希望のないつらい毎日を送っておられた方がおられました。

 

心境をふと漏らされたのがきっかけとなり、状態をお聞きするうちに、

これは治せるかも!と考えるようになりました。

いわゆる頻脈(脈拍が速すぎる状態)性心房細動による心筋症・心不全です。

 

これまでに何人か、頻脈性心房細動を手術で治すことで心機能が劇的に改善したケースを経験していますが、

これまでは弁膜症手術や心臓腫瘍など、客観的に手術が必要・妥当といえる状態でした。

この方の場合は心房細動のみ(孤立性心房細動 Lone AFと呼びます)の治療のため、手術には慎重にならざるを得なかったわけです。

 

その方の主治医の先生ともご相談し、検討を進めた結果、

このつらいこう着状態を Ilm10_df01002-s 打破し、

まだ50代でお若い患者さんのこれからの人生を切り開くのは手術しかない、

と考えるようになりました。

薬やカテーテル治療を何とかさらにトライする道はないか、

検討を重ねた結果の結論でした。

 

人間誰でも手術は嫌ですが、

患者さんはそれを押して、充実した人生を取り戻すために手術を希望されたのです。

茨城県という遠方から名古屋の私の外来まで足を運び、

その後も私がいろいろと検討し時間をかけていると、「先生はここまで覚悟を決めている私を治して下さらないのですか!」とお叱りを頂戴するほどでした。

 

手術のときは、長期間の心房細動とすでに心臓の力が相当弱っていたために、

心房細動自体もかなり治りにくい心配がありました。

そこでこれまで重症例・難治例で培った強化型メイズ手術(心房縮小メイズ手術)ノウハウを十分に駆使した手術を行いました。

巷ではやりの簡易型メイズ手術ではなく、

オリジナルのCox先生の完全メイズ手術をさらに強化した方法をつかいました。

治りにくい状態の心房細動とはいえ、

引き受けたからには何としても治さねばならないという緊張感の中での手術でした。

 

結果は上々で、手術によって心房細動はきれいに取れ、正常リズムが戻りました。

心機能も手術前は健康人の3分の1近くまで落ちていましたが、

術後1週間ほどですでに健康人レベルにまで回復しておられました。

 

医者を一番動かすもの、それは患者さんからの信頼であり、

また患者さんとの人間関係、お互いに好きになる・友達になるという、自然で基本的なことと思います。

 

以下はその患者さんからのお便りです。「ひきこもり生活」というお言葉に、当時のつらかった状態がよくわかる気がします。

(2010.10.記)

 

******* お便り *******

 

米田先生、北村先生、深谷先生、小山先生

入院中は大変お世話になりました。

おかげさまで退院直後にもかかわらず お便り32の実物写真

どのぐらい動けるかと市内をうろうろと散策することができましたし(心拍数80)、

また昼食にでもと名古屋名物のきしめんを探していたところ、「なだ万」を見つけ、「秋だ!!」と・・・とびこみうまい昼食をとることが出来ました。

これもひとえに米田先生をはじめとする先生方、スタッフの皆様のおかげです。

ありがとうございました。

退院一日目ですが、すごくすっきりと朝を迎えることができ名古屋とは違い寒い朝でしたが

楽に起きることができ、ついこの間までのひきこもり生活から早く体力もつけ良くな
り病気から卒業をするようがんばりたいと思います。

今後とも宜しく御願い致します。

 

******* ツイッターでのつぶやき集 *******

今日の心境 株価は最悪、パソコンが固まりさらに最悪、売り損ねた。ただし悪
いことの後にはいい事があの名医のスーパードクターである米田先生がフォロワ
ーさんになってくれた、もしかすると診察してもらえるかもしれない。ワクワク
と不安が交差する???
6月7日

いよいよすばらしいお医者さんが見つかり今月名古屋の病院へ検査にいきます。
予約入れたし後は二週間待つだけ、期待でワクワクでも結果しだいでは期待が大
きいだけにガッカリとなる。うーんむずかしい!
6月9日

名古屋行きのチケットを指定券ともに購入しました。後二週間です。駅の階段が
退院後初めて登ったんだけどきつかったですこんな体で治るのかな?
6月10日

@mikio_sugiyama 情報ありがとうございます。今回は元京都大学教授の米田先生
です。今は名古屋にいらっしゃるみたいですので検査など予約をいれました。今
週はアメリカということで来週になりましたが患者側の立場にたって予約を受け
ていただけます。
6月14日

名古屋からついさきほど帰ってきました。バンザイ バンザーイ 天にも上る気
持ちです。天は私を見放してはいなかった。心臓が手術でなおるとのことです、
米田先生ありがとうございます。薬を試してみてから腹を決めます。ツィツター
最高!!
6月27日

@kurusukotomi まだ日取り決まらないけど、手術することにした。
7月5日

余命二年といわれてはやくも一年半です。早いね? このことは今朝妻から聞き
ました。退院するときに主治医にいわれたと・・・その前はもっと短かかったの
で、危ないといわれて家族が呼ばれたりしていたので私はさほど死を意識してい
ないのです。手術でなおるといわれたし、後は米田先生しだい。
7月6日

@kurusukotomi  ありがとう、手術は最悪は死のみこれ以上はなーい。まだ医者
から連絡なし明日でも電話する予定。寿命だからね生も死もね。おやすみ
7月6日

@kurusukotomi  はーい こんばんわ ようやく連絡とれたけど今の主治医に依
頼書もらってからなので手術は九月以降になると思うしさらに依頼書もらえない
ともっとおそくなるかもね。めんどうだね!! 爆発しそう。おやすみ
7月9日

@rumirumi1008 ありがとう感謝いたします。先日名古屋まで行き循環器血管外科
の先生に診察を受けましたところ手術でなおるとの力強い言葉をいただきました
ので循環器内科の先生とは天と地の差です。秋には手術するつもりです。
7月13日

八月二日か 後六日だ。依頼状をもらえることができると手術が早くなりもらえ
ないと遅くなる。さてとどうなることやら、日赤の大口医師しだい。徐々に緊張
が高まるがあさってに下の娘と孫が帰ってくる、リラックスして交渉したい。
7月27日

あーあ 健康になるという夢がだめになるかも手術が・・・・・・
8月3日

神は孫にはみかたしたみたいだ、日差しが夏モードに。神よ私にもみかたして。
8月5日

米田先生ありがとうございます。 とりあえず私にも神さまはほほえんだ。
8月5日

医者より帰還、さてと名古屋に郵送でもしますか。手術は依頼状の内容しだいだ

そうですが六月にお会いしたとき手術を勧めたのは先生ですよね。
8月6日

いやだねー 頭の中は手術のことばかりだ、早く切って治してくれーと叫びたい
。わぁー
8月6日

なんだか最近は疲れますね。何もしない、できないからそして待っているからか
な。
9月5日

@CVsurgeonKomeda おはようございます。三週間たちましたが、私はどうしたら
いいんでしょうか?
9月5日

今日はもしかすると記念すべき日になるかも、ようやく待ちに待っていた医師か
らの連絡がありました。別に手術日が決まったわけではないのですが、ようやく
と私の考えなどに理解を示していただきました。先生ありがとう、神様がいるの
ならありがとう、みんなありがとう。
9月8日

手術日が決まりました、他の患者さんの都合により空いた日があり早く手術をう
けることが可能になりました。ばんざーいバンザーイ 運が向いてきたのかな。
9月9日

今週中に入院予定、手術は来週予定です。いままでみなさんありがとう。ツイッ
ターの目的達成です。すばらしい医師がフォロワーについていただきましたので
来月にはまたツイッターに復帰かな?
9月12日

昨日退院しました。みなさーん生きていますよ。またまた宜しくでーす。
10月2日

退院したばかりでやることがいっぱいです。私が手術で救われたのはなんとツィ
ツターのおかげなんですよ、フォロワーさんの一人です。ツィツターを始めたの
もアレルギーがあり造影剤がつかえないためカテーテルができず、何か方法はな
いかと・・・でした。それが運よく先生にまでたどりつきました。
10月3日

私はフォロワーさんが2000名こえたころに健康を手にすることができました
。よく10000名越えている方々が世界が変わると話していますよね、除いて
見たくなりました。
10月4日

@sl_lama ありがとうございます。二年間の引きこもり生活から解放されます。
10月4日

体への不甲斐なさからかなり苛立つのがひどかったんだけど、治まってきたみた
いだね。げんきんなもんだ!!
10月5日

心臓の手術は胸骨正中切開という方法なので三日間は動けないらしいことをネッ
トにて調べておりましたがその三日目に個室にもどりました。麻酔がきれてから
直ぐに水飲ませてもらいましたし二日目の重症個室にも車椅子から降りて歩いて
いきました。九日目には退院しました。
10月5日

@yubeshikun ありがとうございます。ひきこもり生活から飛び立てます。
10月5日

秋晴れ いいね 骨がつながっていれば遊びに最高
10月7日

土曜日朝より心拍数が160にて体調不良、日曜日に名古屋にいって来ました。土
曜日に予約いれておきましたので直ぐに診察処置と早い早い、点滴にて心拍数が
おさまらないので電気ショツクAEDついに戻りました。その日に家へ帰ってこれ
ました。深谷先生ありがとうございます。
10月11日

散歩行こうかなと思うが今日は家内に止められています。迷っているうちに寒そ
うなので中止。
10月12日

夜中にトイレばかりで体がだるい。早く良くなれ我体!!
10月15日

熱ぽいのでおやすみ
10月15日

なんかね体調がよくないと色々見えてくる。
10月17日

昨日は熱が一日さがらずさらにめまいがしていたので寝ていました。今日は今の
ところめまいも熱もなし。家内がいうように元気になるのはいつのことやら? 猪
木のように元気があれば・・・早くなおりたい。
10月18日

今日は寒い ブルブルブル。散歩は無理かな? 昨日は調子よく歩けたのに今風
邪ひいたら胸骨の針金切れてしまう。やめようかな?
10月20日

名古屋からちょつと足を延ばせば伊勢神宮に行けるのに・・・・ざんねん。早く
胸骨つながってくれー!! 名古屋は来週です。名古屋の方々、手羽先は山ちゃん
と風来坊どっちがおいしいの?
10月21日

心臓への負荷、来週名古屋にいくので一週間で30㌔ほど歩いてみる予定。
10月22日

いゃー外は寒いね、本日一回目の散歩終了。心拍数最大102 午後二回目の散歩
を予定。
10月22日

昨日も熱が出た、10月に入ってから毎週。とほほほ
10月24日

今日の散歩は寒かった、午後の散歩は特に! ただ足取りはいずれも軽やかに歩
けたので良い方向にはいっている・・・後は土、日の熱が上がらなければ? 金
曜日が名古屋行きなのでさてどうなるか? 楽しみと不安が交差する。
10月27日

今日は名古屋で検査、朝早く5時から起きて、木枯らしふくなか6時すぎの新幹
線で行ってきました。帰りに娘と孫に合流し帰りは7時ごろでした。結果はよか
ったけど疲れたー体力不足でさらに貧血気味だからかな? おゆすみ
10月29日

胸の傷って天気予報できないみたいだ。いままでの傷跡は三年ぐらい天気予報で
きたけど・・・それでかな、ほとんど痛くない。ワーファリンもリブバンドも来
月飲まない、使用せずとなる。
10月30日

いい天気だ、さぁーリハビリ、リハビリ。
11月3日

今日は足首が一週間前よりかゆくなったので皮膚科まで、帰りは暖かったのでリ
ハビリに歩いて家まで(4.5㌔)一時間ほどかかりました、まだまだ牛の歩みで
す。
11月6日

今日の散歩は19分で2㌔そして消費カロリーは136カロリーでした。
11月7日

今日もいい天気ですね、孫が今日帰りますが胸骨切開のため孫を抱きかかえるこ
とができません。寂しいですね、家内は思い切り孫を抱きしめられることができ
るのですから・・・後一ヵ月半で抱きしめられるのですが孫は春まで家に来ない
のですから半年後になりそうです。
11月8日

おはよう 風もなく暖かくなり今日はリハビリ日和。午後は医者、ようやくワー
ファリンとお別れとなる長かったキレのよい薬ありがとう。
11月10日

バイバイ ワーファリン 納豆食べましたよ。やはりうまい!
11月11日

毎日4~6キロ歩いている、体の調子はいいが順調すぎて不安。
11月12日

あーぁ鼻風邪ひいてしまった、くしゃみすると傷がずきんと痛い。今日は一日リ
ハビリを休み体の調子を整えるもまだ今市だ(現日光市)。くしゃん ズキン 寝
るか、おやすみ
11月13日

午後の散歩は雨が降る前に4㌔歩けるかだな、早めに出発しよう。体を動かせる
ってすばらしい。このペースでいけば来春はトレッキングに山にいけそう、高尾
山にいってみたい。
11月15日

散歩コースを退院後設定し歩いていますが10月初めにに20分かかっていたと
ころがついに16分と短縮しました。何せ今はこれしかすることがない私ですか
ら時間と勝負しています。4キロコースは今のところ40分でのんびりと歩いて
います。一日に6キロ前後、これが今の私の全。
11月16日

からっとした天気、気分が最高でリハビリ日和。
11月18日

今朝ほどから家内に散歩つれていってもらえなかったマリンが鳴いているので、
胸骨がまだついていない私がやむを得ず二ヶ月ぶりに散歩です。犬の散歩はまだ
一ヶ月先の許可後になります。
11月26日

今日は日赤で検査しましたところ、すこぶる順調で血液検査も25項目ぐらいで
2箇所だけちょっと引っかかったのみ。このままこのままとのこと明日からまた
6キロあんよアンヨします。
12月8日

いい天気だリハビリ日和、歩け歩け。後一週間ほどで骨がつく、長い三ヶ月だっ
た。しかし循環器内科の医師はゴルフはさらに三ヵ月後とのことでここまできたら
焦らず、ガマンガマン。
12月18日

検査結果はOKでしたが、良性の不整脈がちらりとそれで以前飲んでいた薬を一日
一回だけ飲むようにとの指示でさっそく薬局にとりにいきました。歩き過ぎたの
かな?ちよっと気がかりですが退院時に半年か長くって一、二年がそろそろ二年
になりますしね、本来ならそろそろ仏さんになっていたころです。
12月24日

今年始めての温泉、まほろばの湯へ10時ころから一時間ほどはいってきました
。帰りに那須神社の金丸八幡宮により初詣。人がいっばいで参拝時に並んで待つ
状態でこの神社では初めてのことです。皆今年に期待しているんですね、政府に
しっかりしてもらいましょう!
1月1日

雨上がりの朝で空気がきれい、そしてまたまた今日も晴れ。昨日はまほろばの湯
につかり夜は雨でぐっすりと就寝、一歩づつ普段の生活を取り戻し中。
2月7日

米田先生 お久しぶりです。体の方はすこぶる調子が良いです今日も6キロほど
歩いてきましたが心拍数も安定(80前後)していました。これもひとえに先生お
蔭です、ありがとうございます。HPの件ですが皆さんの励みになるのであれば掲
載していただいてかまいません。今後とも宜しくお願致します。
19分前 2月8日

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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お便り31 大動脈弁形成術の患者さん

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若い患者さんでも弁膜症は少なからずあります。

大動脈弁の内容が2枚(通常は3枚)になる状態を二尖弁と呼びます。

それ自体は病気とは限らないのですが、

弁が壊れやすく、手術が必要になることがよくあります。

 

Ilm10_de02004-s この二尖弁という状態は生まれたときからのものですので、

10代や20代という若い時期に手術が必要になることもあります。 

その場合、人工弁による弁置換が世間一般では多いのですが、

この若さでは生体弁はあまり長持ちせず、機械弁が多いです。

しかしそのために何十年もワーファリン(血栓予防薬)を飲み続ける必要があり、

男性患者さんでは格闘技のような激しいスポーツや多忙な仕事に支障がでたり、

女性患者さんでは妊娠出産が難しくなります。

そこで弁形成術の意義が大きくなります。

 

しかし大動脈弁形成術は難しく、

それをこなしている病院は少ないのが現状です。

 

またそのため内科・循環器内科の先生でさえ、弁置換のみを考えてご説明されるケースが多いようです。

そのために弁形成の時期を逸することがあるのは残念です。

 

以下はハートセンターにて大動脈弁形成術を受けられた20歳代の患者さんの奥様からのお手紙です。

大動脈弁形成術は無理という誤解・雑音に迷ったあと、勇気を出して、私の外来に来られました。


お役にたてて本当にうれしく思いました。

**********患者さんの奥様からのお便り*******

先日大動脈弁の手術でお世話になった、**の妻の**です。

米田先生には本当にお世話になりありがとうございました。

 

お便り31実物 結婚して2年になりますが結婚直前に大動脈弁閉鎖不全症重度と診断されて、

いつか手術をしなければならないと聞いたときには不安がいっぱいで気が遠くなる思いでした。

それからいろんな病院で検査をしてきましたがさまざまな見解があり、

いつ手術をすべきなのか一向に判りませんでした。

そんな時にインターネットでハートセンターを知り一度診てもらおうと思ったのです。


米田先生に診てもらい夫婦一緒に今後の話をして頂いた時の米田先生のすごく自信に溢れている「形成術で手術しましょう!!大丈夫です!!」の言葉がずっと抱えていた不安を吹き飛ばすかのようにすっごく安心感がありました。

結果的にも手術は大成功をして、米田先生にお願いして本当によかったなと思いました。

入院生活はとてもきれいな病院でほかの先生がたもすごく親身に接して頂きましたし看護師のかたもすっごく明るく元気な方たちばかりで快適な入院生活がおくれたと聞いています。

私も毎日仕事帰りにお見舞いに行く際に遅い時間の面会にも嫌な顔をひとつせずいろいろ教えてくださったりで看護師さんとお話しするのも楽しかったです。

 

形成術がもしかしたら駄目だったかもしれないところを形成術でしていただいたこと、

本当に米田先生にお願いしてよかったと思います。感謝しております。

 

また、通院の際は米田先生は忙しいと思いますのでなかなかお目にかかる機会は少ないと思いますが遠くでちょっとでも気にかけてくださいね☆

(米田註:私は自分が手術した患者さんの悩みや質問には必ずお答えするようにしています。ご心配あればメール、手紙、外来、お電話、その他の方法でいつでもどうぞ。)


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お便り30 血液透析と狭心症の患者さん

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透析の患者さんは冠動脈バイパス手術で救われます 世の中には治療すれば助かる見込みの高い病気なのに、早合点して諦めたり、よく考えずに誤った選択をして亡くなる患者さんがおられます。

慢性腎不全で血液透析を週3回、長年続けて来られた患者さんはしばしば冠動脈がやられて詰まったり狭くなります。しかしそうした時にはカテーテル(PCI)によるステントよりも冠動脈バイパス手術が患者さんの寿命を延ばすことがよくあります。データがそれを示しています。いわゆるEBM、つまり証拠に基づく医学医療ですね。

以下の60代の患者さんも永年の血液透析のなかで冠動脈疾患を合併し、狭心症のため透析ができなくなり、三重県からハートセンターへ来院されました。ただちに調べ、危険な状態のためその日のうちに方針を立て、まもなく冠動脈バイパス手術し全快されました。全身の状態に余裕がないため、いつもどおり体外循環を使わないオフポンプバイパス手術を使いました。

現在は血液透析中に血圧が下がったり苦しくなることもなく、安全に透析や毎日の生活が送れる Ilm10_dh03002-s ようになっておられます。

慢性腎不全・血液透析の患者さんが長期的にお亡くなりになる原因の多くは心臓血管系の病気が合併することです。そこでバイパス手術で心臓が長期間安定するようにすれば、透析の患者さんにも長生きできる道が開けるわけです。

以下はその患者さんのご家族からのお手紙です。

****** お手紙 ******

 

拝啓

 

秋というのにまだまだ暑い日が続いておりますが、米田先生にはますますご活躍のことと存じます。

この度は手術をはじめ、父が大変お世話になりありがとうございました。

思い返すとあれは春頃、父は透析中の血圧低下が多くなり、毎日不安な日々でした。
その頃から歩いていてもすぐ椅子に腰を下ろして休んでいる姿を見るようになり、聞くと胸が苦しい気がすると言っていました。

お便り31の実物写真 その後、総合病院での診察をお願いする事になったのですが、当たり前とは思っていましたが、予約を入れて一つの検査をするのに一週間、診察の予約が一週間とすべての検査と診察に一ヶ月かかり、その診察時に医師は「**さんの場合は発作が起きたら即死の場所ですよ」とおっしゃいました。そして早い手術で七月末か八月との事でした。

私はこの医療体制、医師の会話に疑問でいっぱいになり、病気についてやいろんな事について調べる様になりました。実は当初、父も母も心臓の手術は全く考えておらず、できる範囲の手術のない治療でと思っていました。それはこの十年、父は入退院を繰り返していましたし、その頃から医師にいつ心臓や脳の発作で倒れてもおかしくない事、また同じ年代の透析病院のお仲間が一人、二人と亡くなっていき、半年ほど前も心臓の手術をした方が術後二週間で亡くなったのを目の当たりにしたからです。

ですが、病気の事を調べていくうちに色んな事を知り、その中でも米田先生のウエブサイトは全て読ませて頂きました。「倒れたらそれも天命」と少しでも思っていた自分を恥じる気持ちでいっぱいになりました。無知とは恐ろしい事です。

その後、貴ハートセンターにお電話するとすぐ予約を入れて頂き、先生が海外から帰国されるのを心待ちに一日、一日発作が起きない事を祈りながら過ごしておりました。

米田先生にお会いできた七月一日は家族一同忘れられない一日です。お話からお人柄が素晴らしく、医師のあるべき姿だと痛感しました。先生との会話の中で「救える命がたくさんあるのに間に合わない方がたくさんおられる」その言葉に本当に心打たれました。

その日を境に凄まじい速さで時間が流れました。早い対応をして頂き、入院、手術と米田先生のお陰で手術中も安心して過ごす事ができました。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。また多くの先生方、スタッフの皆様にも大変お世話になりました。宜しくお伝えください。

書面にて長々とお話しました事どうかお許しください。父がまた体調に異変がありましたら今後ともご相談、ご指導頂けましたら嬉しく存じます。

大変なお仕事ですが一人でも多くの命を救ってくださる事をお祈りしております。

本当にありがとうございました。

敬具

 

平成二十二年九月

****

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お便り29 僧帽弁閉鎖不全症の患者さん

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はるばるスコットランド(イギリス)からお便りを戴きました 今年の春のある日、イギリスのスコットランドからメールが届きました。

まだ40代のお若い男性で、僧帽弁閉鎖不全症で心臓が拡張し、

不整脈も起こっているようで、

現地イギリスでは僧帽弁置換術人工弁を植え込む手術)しかないでしょうと言われたそうです。

人工弁になれば若いご年齢ゆえ機械弁になる可能性が高く、

ワーファリンという血栓予防のお薬を一生涯飲まねばならなくなります。

親身なプロ医師がついておればまだしも、普通はなかなか大変なことです。

それをよく勉強されよく理解してメールを送ってこられたわけです。

 

イギリスは心臓外科の先進国で、多くの心臓外科医が同国で研修を積んで来られましたし、

私もさまざまな形で同国の先生とはご交誼をいただき、

またお世話になって来ました。

そのイギリスで僧帽弁形成術が難しいと言われた患者さんなので、

おもわず力が入ったのを覚えています。

 

実際お会いしますと頭脳明晰で熱い、しかしきさくな方で、

仕事にも熱心なご様子でしたので、

Ilm10_de02013-s ぜひとも弁形成を完遂して楽しい健康生活が送れるようにしようと、あらためて決意しました。

患者さんのお父上もよく勉強しておられ、光栄で、ぜひご期待に沿いたく思いました。

また昔お世話になったイギリスに少しでも恩返しできればという気持ちもありました。

 

僧帽弁閉鎖不全症の手術では僧帽弁の向かって右半分が壊れており、

比較的複雑な形成になりましたが、無事一発で決まり、

手術前に心房細動の不整脈があったため強化メイズ手術を行いました。

念のため心エコーで世界のトップクラスと言われる川崎医大循環器内科(吉田清教授(当時))の先生にもご参加いただき、出来栄えをお褒め戴きました。

 

その後の経過も順調で、僧帽弁閉鎖不全症つまり逆流不整脈もすべて治り、まもなく元気にスコットランドへ戻られました。その患者さんからのお便りです。

(2010.9.記 )

追記: あれから3年、弁も心臓も快調で患者さんはお元気にしておられます。毎年フォローアップのため米田正始の外来へきて下さいます。うれしいことです。

 

***********患者さんからのメール********

米田先生、深谷先生、北村先生、小山先生、看護師の方々

残暑厳しい中如何御過ごしでしょうか。

手術後一ヶ月あまりでこちら(スコットランド)へ戻ってきましたが気温はかなり涼しく、スコットランドの夏は日本の秋のような気候でした。いろいろと忙しくご挨拶と御礼が遅くなってしまいました。

術後の経過は順調で今はほとんど普通に生活しております。顔色も以前よりよくなったとよく言われます。

手術前はどうなることかと不安がよぎり、今までの人生を振り返ったりと何か戦地に赴くような言いようのない思いに捕われていましたが、先生看護士の方々のサポートもあり何の疑問もなく落ち着いて心臓手術を受けることができました。

今は手術を受けて本当に良かったと思っています。深く感謝しています。米田先生に診察していただくことができ、ハートセンターで治療を受けることができたのも幸運でした。日本の医療水準が世界最高であることを身を以て体験しました(いろいろ問題が指摘されてはいますが)。

一昨日こちらの病院で検査(心電図)してもらいましたが何も異常はありませんでした。ただ少し脈が早いようだと医者から言われました(今現在85/分)。血圧は7月28日時点で122/82でした。夜遅く疲れた時などに一瞬動悸を感じることはたまにあります。エコーの検査も受けるはずだったのですが、何故か省略されてしまい、また予約し直すことになりました(おそらく年末かもしれません)。肝心の僧帽弁の状態を確認したかったのですが仕方ありません。多分何の問題もないと思いますが。エコーの検査は念のためで、それが終わったらもう定期的に検診を受ける必要はないだろうということでした。

アスピリンの服用はこちらの医者からもやめていいと言われたのでもう飲んでいません。肌寒いせいもあり、この2、3週間風邪をひいてしまい咳に悩まされましたが、今はほとんど快復しました。

また帰国したときにそちらへ術後の検査へ伺うと思いますが、よろしくお願いします。最後になりましたが、本当にありがとうございました。

 

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お便り28 (エホバの証人の患者さん)冠動脈バイパス手術でマラソン復帰へ

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Sexmc009-s 信仰はそのひとにとっては命です。

これは私が天理よろづ相談所病院のレジデント(研修医)のころ、

当時院長だった柏原貞夫先生から教わった言葉です。

さらに当時の指導者であった今中孝信先生らから

病気を本当に治すためにはその病気や臓器だけでなく

その患者さんの全体、ひととなり、

さらにそのご家族や社会まで考えることを教えられ、

できるところから実践して来ました。

 

この考えは国内だけでなくその後海外での心臓外科臨床修練の際にも多くの患者さんのお役に立ちました。

 

 

お便り17

にもありますように、エホバの証人の信者さんは、宗教上の理由から輸血を受けられません。

治療するものとしてはこれは大変つらい、困ったこともあります。

輸血さえできればこの患者さんはすぐ元気になれるのに!という状況にはしばしば遭遇します。

しかし技術やくふうでできるだけ患者さんの夢を叶えることができるようにと念じて日々努力して来ました。

 

 

Wor1009-s 下記はお仕事のためシンガポール在住のエホバの証人の患者さんからのお便りです。

シンガポールには畏友CN Lee先生やHS Saw先生はじめ立派な心臓外科医がおられるのですが、

十分な下調べや勉強ののち日本のハートセンターに私を信じて来院して下さったことを光栄に思います。

 

手術は両側内胸動脈と1本の静脈グラフトを用いた4本バイパスで順調に完了しました。

冠動脈バイパス手術のあとはカテーテルによるステントと比べて強い薬も不要で、

スポーツなどにも向いており(お便り22 をご参照ください)、

患者さんの長生きと生活の質の向上の両方に貢献します。

 

重症の狭心症、冠動脈狭窄でしたが、

オフポンプ冠動脈バイパス術にて安全に、かつ問題なく元気に回復され、

シンガポールに戻られました。その患者さんからのお手紙です。

なおその1年半後、天皇陛下もオフポンプ冠動脈バイパス手術を受けられました。それへの感想を2つ目のメールとして戴きました。

それも記載させていただきます。

***************************************

米田正始様、スタッフの皆様、

 

この度は、米田先生を始め、深谷先生、北村先生、小山先生また担当看護師の皆様、本当にありがとうございました。

 

私は、8月3日、妻と共に無事シンガポールに戻ることができました。

冠動脈バイパス術という簡単ではない手術を、私の信仰上の理由から、無輸血という方法で実施していただくことを快く引き受け、無事成功させてくださったことに、言い尽くせない感謝の気持ちでいっぱいです。

思い返せば、マラソンを完走するため日々トレーニングに励み、健康だと思っていた体に、突然、心臓の血管が詰まっていると知らされたときは愕然としてしまいました。

その後、精密検査を受ける中で、バイパス手術が必要と知らされたときには、言いようもない不安に襲われたことを、今でも鮮明に思い出します。

 

私はエホバの証人で、聖書の教えによって体外からの血液を受け入れないことを信条としており、無輸血手術という条件の下で施術していただくことができる医療機関を探すことも挑戦となりました。

シンガポールの医療機関では、この条件に同意していただくことが難しい状況でしたので、知人の紹介なども受けつつ、インターネットで検索していたときに、偶然、米田先生のHPにたどり着き、私たちの信仰に対する先生のご理解に感銘を受け、早速、失礼ながらE-Mailでコンタクトさせていただきました。

さぞかし多忙を極めておられる先生だろうと思い、返事がすぐに返ってくることは期待せずメールを出したのですが、ものの1時間とかからずに返信メールが届き、私たちのような遠距離の患者に対する対応にも感激し、即座にこの先生にお願いしようと決意しました。

その後何度かのメールでのやり取りの後、実際に先生にお会いして、さらに信頼が深まり、安心してお願いすることができました。また、ご担当いただいた深谷先生、北村先生、小山先生からの回診時の励ましや、看護師さんたちの親身になったお世話により、”医は仁術”ということを実感しました。

現在、私は仕事に復帰し、徐々に運動量を増やしてマラソンに再挑戦する準備もしたいと思っております。

最後になりましたが、ハートセンターが私たちのような信条の患者にも開かれた医療機関として、今後もますます発展されますように祈念しております。

皆様への敬愛と感謝をこめて、

2010年8月8日


***********天皇陛下が冠動脈バイパス手術を受けられることになってメールを下さいました**********

 

米田正始様、

米田先生、いかがお過ごしでしょうか。
大変ご無沙汰いたしております。

先日、1月23日にシンガポールから一時帰国し、ハートセンターで、定期健診を受けました。治療していただいた冠動脈と心臓、血液については問題ないとの診断をいただき、安心しました。

先生にお会いするはずだったのですが、緊急手術のようだったので、お会いできずその点は残念でしたが、代わりに深谷先生とお会いすることができました。

先生に是非お見せしたかったものがあり、持参したのですが、深谷先生に見せました。フルマラソンを完走した証しのTシャツです。

ところで、今日ニュースを見ていますと、天皇陛下も冠動脈バイパス手術をされるとかで、判断の理由となったのは、ご公務を果たし、テニスなどの楽しみも続けられるように、今後の生活の質を維持するためとのことでした。

私も先生から生活の質(仕事や運動量)を維持するためにはバイパス手術が最善というご説明をいただき、フルマラソンを完走できるまでになったことを、本当に感謝しております。

これからもわたしたちのような疾患を抱えたものが一人でも多く助かり、普通の生活に復帰できるように、先生方の益々のご活躍を祈っております。

 

平成24年2月12日

 

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お便り27 収縮性心膜炎の患者さん

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患者さんは50歳男性で

難治性心不全のため大阪から名古屋ハートセンターまで来院されました。

 

ことの起こりは次のようなお手紙(①)を患者さんのお母様から頂いたことでした。

心筋炎後の心筋症のため心不全に陥っておられるものと拝察し

早速名古屋まで来て戴きました。

その段階では場合によって僧帽弁形成術左室形成術などが必要かも知れないと考えていました。

 

検査の結果、重度の収縮性心膜炎であることが判明し、

まもなく手術を行いました。 Ilm10_de01003-s

 

心膜は厚さが1cmにもなるほど肥厚しており、

それも心臓の前後左右ともで、収縮性心膜炎の中でもかなり重い状態でした。

患者さんはほとんど動けないほどになっておられました。

 

手術ではオフポンプ冠動脈バイパスの方法を用いて体外循環を使わず、

肥厚した心膜を徹底して剥離・切除しました。

横隔膜面の心膜も病変著明だっためこれも切除しました。

 

その結果、収縮性心膜炎はほぼ解消され、心臓の性能は大きく改善しほぼ正常レベルにまで回復しました。

患者さんの症状が軽快しお元気になられたのは言うまでもありません。

術前の硬いご表情が柔らかな笑顔に変わったのが印象的でした。

 

退院後に患者さんのお母さんからまたお手紙を頂いたのが②です。

簡潔なお手紙のなかに心のこもったものを感じ、うれしく思いました。

 

*******************************

お手紙①

 

前略 突然のお手紙お許し下さいませ。

昭和35年生まれの長男が平成20年1月、急性心筋障害の為3ヶ月の入院、その時心臓の働きは健常者の2分の1ですと云われ多量の薬を服用して現在に至って居ります。

ダラダラ歩きは良いのですが、普通の速度ですと5分もしないうちに胸が苦しくなり顔は黒くなります。又、目の前が暗くなり座り込む事も有ります。

米田先生の事を知りまして、すがる思いでペンを取りました。私母74歳、母ひとり子ひとりですので私の元気なうちになんとか手術をして軽い仕事にでもつかせたいと願うばかりです。本人も強く望んで居り、希望が見えてきたように明るくなっています。

どうぞよろしくお願い申し上げましてペンをおきます。

米田先生御手許へ

*******************************

お手紙②

お便り27の実物写真 前略 退院の日はオペ室に入られたとのこと仕方なく帰って参りました。
本当に有難うございました。

帰路桜散る名古屋城の桜並木を歩いておりまして、気がつけば長男が先を歩いて居りまして、声をかけると本人も後ろを歩いている親を見て驚き感激して植込みに散り積もった桜の花びらを両手いっぱいにして頭からふりかぶって居りました。

外見とのギャップがありすぎて苦笑やら泣き笑いでございました。

18日はお伺い致しますが、お忙しい先生のこと必ずお遭い出来るとは限りませんのでお手紙致しました。
くれぐれもご自愛下さいますように。

米田先生御手許へ

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お便り26: メイズ手術の患者さん

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患者さんは40代の男性で、

以前に関東の大学病院で、

肺動脈弁狭窄症心房中隔欠損症(ASD)および心房細動への手術(いわゆるメイズ手術)を合計2度にわたって受けられました。

心房細動が難治性で手術でも治らず、

それを治して下さいと希望してハートセンターへはるばる来院されました。

 

このホームページの弁膜症のページなどでも論じていますように、

心房細動は近年、長期死 Hana_16 亡率の高い、予後の悪い疾患であることが認識されるようになりました。

それは心房細動が心房内に血栓を造りやすく、

それが壁から外れて血流に乗って脳に届くと脳梗塞になるからです。

たとえば野球の長嶋さんやサッカーのオシムさんらのように。

 

そこで心房細動の患者さんにはワーファリンという血栓予防のお薬を用いて対処するのですが、

ワーファリンは切れ味の鋭い薬で、

毎月病院へ通って血液検査を受け、薬の量を微調整することが安全上必要という、

患者さんにとって負担の大きい薬でもあります。

しかもワーファリンを飲んでいても、

時に脳梗塞や脳出血なども起こることがあるという困った状態なのです。

 

この患者さんは昔からよく勉強しておられ、

私たちが普通のメイズ手術では治せないような心房細動でも新しい術式や工夫で何とか治していることを知って、

心房細動をぜひ治してほしいと希望して遠方からお越し頂いたわけです。

 

外来で調べますと、上行大動脈が拡張して瘤になっていましたので、それだけでも手術が必要な状態でした。

一般に心房細動単独で手術することはほとんどないのですが、

他の心臓・大動脈の手術が必要ならそれを治すついでに心房細動も治すというのはガイドラインでも認められていることですので、

手術することになりました。

 

3度目の手術のため、いつもどおり丁寧に癒着(心臓と周囲組織が貼りつきます)をはがし、

それから上行大動脈を人工血管で置換し、

強化メイズ手術(心房縮小メイズ手術)を行いました。

術後経過はスムースでまもなくお元気に退院されました。

今回のメイズ手術は威力を発揮し、無事心房細動も正常リズムに戻りました。

 

以下はその患者さんからのお便りです。

特定の病院等の批判になってはいけませんし、

患者さんに迷惑がかかるのは避けたいものですから、

固有名詞は一部省略してあります。

表現は褒めすぎのところも多々あり、私はそれほどのものではありません。

ただ患者さんの苦悩を何とかしようと努力する執念が人一倍強いだけと思います。

 

より強力なメイズ手術もそうした気持ちから生まれたもので、発表して5年ほど経ちますが、

最近は欧米の学会等でも評価され始め、うれしく思っています。

 

 

******************************

私は、4*年前、先天的に心臓に奇形がある未熟児として、東京に生まれました。

 

当時から心臓の権威と言われていた、**大学病院(以下大学病院)で診察を受け5才までの成長を待ち、

昭和44年に1回目の心臓外科手術が行なわれました。

病名は、肺動脈弁狭窄でした。

心房中隔欠損も認められましたが、成長に従って閉じるであろう。と言う判断から放置されました。

 

Carnation_1 その後、母が心臓病で他界し、父が私を育ててくれました。

私は自分のハンディに負けまいと努力を重ね、美大のグラフィックデザイン科から最大手広告代理店に入社し第一線の現場で10年以上働きました。

その後一人息子と言う事情もあり実家に、

戻り鍼灸師と整体師の資格を取得して治療家の道を歩み始めました。

 

しかし長年の無理のせいか、私の心臓はとても悪い状態でした。

ついに平成20年6月私は急性心不全を起こし、大学病院に緊急入院しました。

検査の結果、慢性不脈脈があり、心房中隔欠損は1cm以上開き、

右心房と大動脈は拡大し、左心室は小さくなっていました。

 

経食道エコー検査では、左心耳のくぼみに血栓が見つかり、

血栓が完全に解けないと手術はできないと言うことで、

1年に渡るワァーファリンの治療が始まりました。

 

翌平成21年7月、2回目の胸部大手術が行われました。

目的は、中隔欠損の閉鎖と不整脈根治のためのメイズ手術でした。

東京ではこと心臓において同大学病院が日本一の病院であると、多くの人に信奉され、

実際多くの心臓病患者は同病院に頼るのが現実です。

 

私たち親子も、必ず手術は成功し、治ることを信じていました。

病院側も最大の努力はして頂いたと思います。

当初、手術は成功に見え、チアノーゼもなくなりました。

しかし、不整脈は残りました。

2度のDC(除細動)を行いましたが、治りませんでした。主治医は、私にワァーファリンを飲み続ける事、将来ペースメーカーを入れる事を進めました。

私は、将来を悲観し深く絶望してしまいました。

人はどんな境遇でも生きなければなりません。

しかし、なぜ自分だけがという無念の思いは、多くの心臓病患者に共通するものだと思います。

 

退院後、悩んでいた時、知人から名古屋に心臓外科専門の病院がある事を聞きました。

大学病院でも治らなかった、今の私の病気を本当に治して頂ける先生が居るのだろうかと、私は、藁をもすがる思いで、インターネットを検索していました。

そして、名古屋ハートセンターを見つけたのです。

そのホームページにあった米田正始先生の聡明なお顔を見て、私の胸は、不規則ながら高鳴りました。

先生のメイズ手術における論文や、輝かしい経歴を拝見しながら、

この先生なら私を助けてくれるかもしれないと思い、

父に相談すると早速、連絡する事を、承諾してくれました。

名古屋ハートセンターに電話すると、

担当の看護師さんが、米田先生の外来の日を速やかに決めて頂き、

先生にお会いすることができる事となりました。

私は茨城県に住んでいましたが、

先生に会うためにはどんな距離も厭わないと、名古屋行きを決めていました。

 

同センターの最新のCTなどの検査機器での検査後、初めて米田先生のお話を聞くことになりました。

先生は、私の画像データを見ながら、

一般に行なわれている簡易型メイズ手術と本物のメイズ手術では、その成績に差があると話され、

メイズ手術開発者のアメリカの先生と、この問題について議論されるそうです。

ですから名古屋ハートセンターでは、米田先生が本物のメイズ手術を行う事ができるので、

殆どの確率で心房細動を取る事かできる。とおっしゃっていました。

 

更に、先生は、わたしの拡張した上行大動脈瘤の将来の危険性を指摘され、

人工血管に置換する事を勧められました。

先生はこれらの話を、気さくにごく自然に話され、私は夢でも見ている心境でした。

同時にこの時、私の最後の救世主は、米田先生以外にいないと確信しました。

時期を見て、父との面談も経て、先生は心よく執刀を約束してくれました。

先生は、京都大学教授時代から日本を代表する心臓血管外科の名医として知られていた方で、

私は本当に幸運な患者の一人だと思います。

 

平成22年3月31日、私は三回目にして、

大学病院では治らなかった心房細動を治すための新メイズ術と、

最難関心臓血管外科手術と言われる大動脈瘤置換術を、

名古屋ハートセンターで、米田先生の執刀により受ける事となりました。

 

そして、集中治療室で、目を覚ました時、手術が成功した事を聞かされました。

 
米田先生からお父さんに電話してあげなさい。と言われ電話すると、

父は、嬉しさで号泣していました。

米田先生の優しさと偉大さには、心から感謝しています。

その後度々、先生が回診に来られ、私は順調に回復して行きました。

 

私は、大学病院と、米田先生の新メイズ術にどのような技術的な違いがあるのかわかりません。

しかし、はっきり自らわかる事は、拍動が以前より安定して、自分は助かったという実感につながったと言う事です。

あのままでは、一生薬を飲み続けなければならず、いつ脳梗塞になるかわからない、と言う状態から、

米田先生の手術で、健常者に近い状態にして頂いたという事です。

 

私は、幸運な偶然と皆様のお陰で、先生の手術を受ける事ができました。

しかし、全国の多くの心臓病患者は、先生の様なスーパードクターの存在をもっと知る必要があり、

心臓血管外科などの高度な専門医療おいては、

一般の社会通念では理解できない、技術に差がある現実を知る必要があると思います。

 

開かれた高度な日本の医療の発展と実現のために日々努力される先生方に対し、

我々患者も社会も国も深く理解を示し、敬意を持つ事が大切です。

米田先生も、日々後進のご指導にご尽力されている事と思いますが、

この分野において一人でも多くの経験豊かな先生の様な、名医が育つ事を、一患者として願ってやみません。

 

最後に私の治療のためにご尽力頂いた、米田先生はじめ若き先生方や、

ハートセンターのスタッフの皆様に心より感謝を表し、

私の手記とさせて頂きます。

本当にありがとうございました。

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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お便り25 連合弁膜症の患者さん

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患者さんとのお付き合いの中で信頼を得ることは医師医療者としてもっとも大切でうれしいこ 和歌山県の花です とです。

私個人の信頼のバロメーターとして、

かつて手術した患者さんのご家族が心臓手術が必要となったとき、

自分たちの病院へ来て下さるかどうかを重視しています。

 

下記の患者さんは以前に3度目の手術のため和歌山県から来て下さった患者さん(お便り5の方です)の奥様です。

奥様も連合弁膜症にかかられ、是非にということでハートセンターまで来て下さいました。

この信頼関係を私たちは大変うれしく光栄に思いました。

一見お元気そうでも、精密検査しますと心臓への無理がかなりかかっており、

近い将来状態が悪化することが明らかになりました。

連合弁膜症の名が示すように、複数の弁が壊れており、心臓やからだへの負担が普通の弁膜症よりも大きいのです。

 

日米のガイドラインでこれは手術が勧められるというレベルに達していたため、手術をお勧めしたわけです。 

 

以下の3つはその患者さんのご家族からのメールです。許可を得て掲載いたします。

********** 以下は手術直後のメールです **********

米田先生御机下

お世話になっております。23日の手術が無事終了し、有難うございました。手術では思いがけない血管病変があったようで、私たちの中で母のリウマチについては記憶が薄れていましたので情報としてお伝えできず申し訳ありませんでした。

12,3年前に白血球数と炎症反応が高く精査したところリウマチ疑いの診断をうけ、特に治療はしていませんでしたので、そのままとなっていました。昨年の父の手術に続き今回の母の手術に関してもハートセンターでお願いできてよかったと家族で喜び、感謝しております。

3月27日、28日に面会に行きましたが、手術後4日目にして元気な姿に驚きました。少し声が出にくいと聞いていましたが普通に話ができ食事もおいしいと言っておりましたし、28日には5階へ部屋替えとなり安心しました。

また、*先生へのご配慮も有難うございます。27日に父が帰省し*先生に受診した時に、米田先生から連絡があったと話されたようです。

これからも、よろしくお願いいたします。

********** 以下は退院時のメールです **********

米田先生御机下

今日、母親が無事に退院ことができ、本当に有難うございました。昨年の父親に引き続き、米田先生をはじめ先生方や看護師の皆様には家族全員が感謝をしています。

昨年の父親は3度目の手術でしたが、体調も悪く手術を迷うことはありませんでした。しかし、今回の母親は体調も日常生活に支障がない程度でしたので先生からの診断を受けるまでは将来的に手術を考えていましたが、早い時期での手術の大切さを聞いて手術をすることにしました。

手術では予想外の病変があって難しい手術になったそうですが先生方のおかげで予定通りに終えることができました。

心臓手術という大きな手術を二人が受けて、ともに元気になり、退院できたことは家族にとって本当にうれしいことです。これからも夫婦でハートセンターにお世話になりますがよろしくお願いします。

********* 以下は退院2週間後のメールです **********

米田先生御机下

退院して2週間がたちましたが、体の痛みも軽くなり母親の体調は順調に良くなっているようです。

電話の度に手術をして良かったと言っており、27日に名古屋に行くための切符を買うなどの準備をして活力も出てきています。
19日には*先生に受診をしてワーファリンが中止となりました。

父親と母親の二人の心臓手術が無事に終わり、おかげさまで二人とも元気になりました。特に母親は心臓以外に特に悪いところがなかったせいか二つの弁置換、一つの弁形成という大手術でしたが回復の早さに家族も驚きました。

これも米田先生をはじめハートセンターのスタッフのみなさまのおかげだと感謝しております。

 

HPの件は父親の時と同様、 先生のお役にたつことでしたら使って頂き、少しでも他の患者様、そのご家族の方々が私方のような思いを共有する事ができたらと思っています。

27日に受診をしますが、これからもよろしくお願いします。

********* 以下は退院半年後のメールです **********

米田先生 御机下

御無沙汰しております。3月の母の手術から半年が経過しました、おかげさまで体調も良く、元気を取り戻しています。9月の20日、21日に両親と私の家族と5人で京都へ行ってまいりました。

和歌山と京都は近いのですが、二人とも奈良、名古屋の病院には縁があっても旅行には縁がなかったようで、?十年ぶりにもう一度京都に行きたいとのことで今回の旅行に乗り気となっていました。

これも、今は二人とも体調がいいからそういう気持ちになったんだと思い、先生に願いして良かったとつくづく感謝しております。

旅行の計画を始めてからは、二人とも2カ月近く、毎日夕方に紀ノ川の河川敷でウォーキングをして準備をしていたと聞き楽しみにしてもらえたことをうれしく感じました。また、利尿剤服用中の不安もあったようですが、問題もなく安心したようでした。嵐山はトロッコ電車から人力車にのり緊張したようです、清水寺の階段が心配でしたががんばっていました。

今回のような親孝行ができたのも、父親についてはもちろんですが、母親の早期の手術をすすめて頂いたことのおかげだと思っています。両親が体調がいいと喜んでくれると、手術をすすめてくれた米田先生、それを受け入れてくれた三浦先生の2人の先生に出会えてよかったと話しています。親孝行をさせていただきありがとうございました。お忙しいところ、ずうずうしいとは思いますが写真をみて頂けると嬉しいです。

先生のご健康と、ますますのご活躍をお祈りしています。

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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