事例7 心筋梗塞部除外法 (いわゆるDavid-Komeda法)

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患者さんは75歳男性、主訴:心窩部痛。急性心筋こうそく1日目で入院、冠動脈造影にて左冠動脈前下降枝LAD 起始部で完全閉塞していました。

カテーテル冠動脈治療 PCI にて再開通しました。

 

2日目、エコーにて少量の心嚢水を認め、4日目には心嚢水増加と心室中隔穿孔VSPを認めました。

心嚢ドレナージにて血性のため心破裂合併と診断され、当科へ来られました。

 

711.経食エコーにて心室中隔で左室から右室へのシャント(血液が漏れること)が見られます。

 

心室中隔穿孔の確定診断です。

手術の絶対適応であり、かつ可及的速やかにというタイミングが勧められます。

時間を稼げば梗塞部心筋が安定し、手術は楽になりますのでかつては遅い時期の手術が勧められました。

しかし手術を待つ間に死亡する患者さんが多いため、手術時期を先延ばしにすることは現代は一般には不利と考えられています。

 

722.

人工心肺下に左室を梗塞部で切開しています。ちょうど切開がもとの破裂部にさしかかったところです。

切開部の左室壁は暗赤色で血腫になっており左室破裂の本質つまり心筋内解離を示唆する所見です。

その本質を考え、解離のいわばエントリーを治すのがこのVSP Exclusion法(VSP除外法、いわゆるDavid-Komeda法)の特長です。

 

733.

左室前壁から心室中隔にかけて梗塞のため赤く変化しています。

矢印が穿孔部分です。

左室が心臓外に破裂することを左室破裂とよび、

左室が右室へ破裂することを心室中隔穿孔と呼びます。

2.と3.はそれが同時に起こり得ることを示します。

 

744.

ウマ心膜パッチを縫着しています。

まず心室中隔から。梗塞部を避けて遠巻きに除外(Exclusion)するようにします。

梗塞部から離れるほど、術後の縫合線の安定度が増し、良好な成績が得られますが、

左室がパッチだらけになるのも困るため、上手な妥協が求められることがあります。

とくに心筋梗塞が大きい場合などです。

 

755.

パッチを左室側壁へ縫い進んでいます。

やはり梗塞部を遠巻きに除外しています。

心室中隔から左室自由壁に移行する付近での縫合線の決定が一つのキーです。

縫合線にあまり張力がかかりすぎると、あとで縫合線がちぎれたり、破たんする懸念があります。

ここがこの手術のポイントの一つです。


766.パッチ形成し、よく膨らむようになりました。

あとは左室を閉じて完成です。

この方法(Exclusion法)は私たちのオリジナルで(1989年発表)、現在さまざまな工夫をし改良して使って戴いています。

たとえばGRF糊を縫合線付近の心筋に注入したり、2枚目のパッチを穿孔部付近につけたり、術後の縫合部リークを予防するための工夫が挙げられます。

現在私たちの行っている工夫はパッチを支える心筋がたとえちぎれても、なお穴を防げる方法です。

 

777.左室の切開部を閉鎖しています。

パッチは十分に膨らみ、新しくできる左室の形を整え、

かつ縫合部にかかるストレスを減らします。

このExclusion法では多少の出血はVSP越しに右室へ逃がすため、心臓の外側へ出血しにくいという利点があります。

VSP(穿孔の穴)を逆に活用するわけです。

 

788.体外循環から容易に離脱しました。

経食エコーでパッチが見られ、

VSPのシャントがきれいに消失したのがわかります。

軽度の僧帽弁逆流が見られますが問題ありません。

こうして患者さんは生命の危機から脱出できます。

                                               .

なお最近は急性心筋梗塞に対する PCIの進歩により、左室前壁がほぼ保たれたVSP症例も経験するようになりました。

こうしたケースでは状況によっては、梗塞部をなるべく除外しながらも、アプローチを右室経由にする工夫も行っています。

同時に右室経由ではうまく行かなかったという報告も増えており、やはり左室を守り、左室を治すという本来の手術法の意義を再認識しています。こうしてさらに患者さんに役立つ方法に磨かれていくものと思います。

 

■トピックス2017: VSPへのExclusion法を年々改良して参りましたが、近年大きく進歩しました。もっと短時間に、もっと確実に治せる方法になりました。海外のトップジャーナルにも新しい手術法として発表できました。英語論文のページ、266番の論文です。ご参考になれば幸いです。

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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事例6 オーバーラップ手術

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この手術法は拡張型心筋症に対する左室形成術のひとつで、フランスの心臓外科医ギルメ先生が1980年代に初めて行 い、日本では北海道大学の松居先生らが心筋症に対して施行され効果を報告されたものです。

1.左室前壁(矢印)と心室中隔前部を縮小するため

61前者を後者へ落とし込むところです。

比較的簡単に左室の縮小が得られることと

パッチを使わずにできるのがこのオーバーラップ法 overlap法のメリットです。

しかしその反面、将来悪化(再拡張)しやすい病変部や周辺部を多量に残すことや、左室基部の形成ができないことがこの方法の「玉に傷」です。

622.左室前壁(矢印1)が

心室中隔の中ほどの所へ入り込んでいます。

縫合線の両端部を中心に

止血をこの段階で確実にすることが望ましいです。

.

.

633.そして左室前壁の心室中隔側を左室側壁につなぐ

デザインを確認しています。

左室形成術にもいくつかの方法があり、

それぞれ特長があります。

このオーバーラップ法もその特長が活かせる時には積極的に活用するのが良いと考えています。

 

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事例5 ドール手術 2

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患者さんは虚血性心筋症83歳女性。

主訴は労作時胸部不快感。左室形成術にはややご高齢ではありますが、これはお元気になって戴けると判断し、手術に臨みました。

心胸郭比CTR78%、冠動脈造影で3枝病変。心エコーにて左室拡張末期径LVDd48m、駆出率23%、MR I度。

高齢の患者さんですが、心臓が良くなればアクティブな生活を送れる方であり、かつ心臓を良くできるめどが立つため手術を行いました。

5111.心エコー4室像にて

左室拡張末期(左)と

同収縮末期(右)像。

 

 

.

 

522.まず冠動脈バイパス手術から。

右冠動脈4PD枝に

静脈グラフトをつけています。

                                                                              .

 

 

                                                                           .

 

533.つぎに右冠動脈本管にも

バイパスをつなぎます。

年齢と心機能を考えて

適切なグラフト選択を心がけています。

ここでは静脈グラフトが最適と判断しました。

 

                                                                        .

 

544.さらに左冠動脈の回旋枝にも

バイパスをつけました。

 

 

 

 

                                                                             .

ここでも完全血行再建は重要です。                                                                                   .

                                                                           .

                                                                                   .

555.左室でやられたところが心尖部つまり先端付近であったためドール手術を行いました。

この病変の位置と性質ならドール手術でも左室の形を歪めず、

患者さんは元気になれると判断したためです。

なお現在はこれまでの100例以上の左室形成術を検討した結果、セーブ手術の特長をもったドール手術を開発し、心基部までやられた左室でも、形を崩さず形成縮小できるドール手術を行っています。国際学会でも発表していますが、近いうちにジャーナルでも発表いたします。

 

56_26.僧帽弁輪形成術(MAP)を左房ごしに行いました。

矢印が形成用のリングです。(僧帽弁形成術を参照)

左室形成術にこのMAPを併用することで、成績がさらに上がった感があり、

とくに術後のMRの出現はゼロに近づきました。

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577.最後に左内胸動脈(矢印)をつなぎました。

左前下降枝つまり心室中隔がやられたケースでの左前下降枝に対するバイパスには議論がありますが、

私たちは心室中隔の根元の心筋とくに冬眠心筋や可逆障害心筋をできるだけ助けるために、

また時に右室機能をも守るために、左前下降枝にバイパスをつけるようにしています。

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8.左室駆出率も23%から42%へと増加し、患者さんはご高齢ですが十分な心臓リハビリと体力回復ののち術後30日目に元気に退院されました。この手術と年齢で、当時としてはまずまずの入院期間でした。

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事例4 セーブ手術その2 

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患者さんは60歳男性、26歳時に大きな心筋梗塞を患い、次第に心不全が悪化し、不整脈発作や左室内可動血栓もあり来院されました。診断名としては虚血性僧帽弁閉鎖不全症をともなった虚血性心筋症です。

突然死のおそれもある危険な状態のため準緊急手術を行いました。

4111.術前の経食エコー像です。

左が拡張末期、

右が収縮末期の像です。

左室の動きがほとんどありません

                                                                .


422.体外循環下に左室前壁を切開しているところです。

左室前壁は僅かに心臓の筋肉が残っていますが、

大半は線維組織で置き換わり、力が出せなくなっていました。

仕事をしていない部分を切っても心臓の力はほとんど落ちません。

心臓は止めずに拍動させています。

                                                                                                                                                                                                                                 .
.
433.左室内部の可動血栓を取り去っています(矢印)。

これで脳こうそくなどが起こりにくくなります

こうした血栓をかかえて、無事病院まで来られたのは幸運でした。

 

 

                                                                                .

                                                                                   .

444.術前に心室粗動などの危険な不整脈が出ていたため、

冷凍凝固(クライオアブレーション)で不整脈のもとを焼きました(矢印)

                                                                            .

 

                                                                      .
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455.セーブ手術の糸をかけているところです。

すでに心室中隔はかけおわり(矢印)、左室側壁を作業中です。

この間ずっと心臓は動いています。

心臓が動いていますと、左心室の悪い部分(つまり病変部分)と良い部分との差は歴然で、写真でも心室中隔後部はダムの堤防のようにはっきりと判ります。

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466.僧帽弁輪形成術(MAP)の糸をかけています(矢印)。心臓が動くと視野が狭くなるため工夫します。(僧帽弁形成術の項を参照)

MAPは左室基部の縮小と運動性の改善をもたらすことを私たちは動物実験で証明しました(英語論文192番)。

この患者さんのように以前の心筋梗塞で多量の心筋細胞を失ったかたには、

MAPは心機能改善のために有効と思います。

477.セーブ手術のパッチを固定しています。心臓内の空気抜きも同時に行います。

このパッチの向こう側が新しい左室となります。

手前側のスペースの分だけ左室が縮小されたことがわかります。

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488.左室の切開部(開いたところ)

を閉じているところです。

出血しないように何重かの処理を加えています。

                                                                               .

                                                                                .

                                                                                  .

 

49_2

9.心筋に埋もれた冠動脈を

高速エコーで的確に見つけ(矢印1)、

これを心拍動下に

オフポンプバイパスの要領でバイパスします。

矢印2は左内胸動脈です。

                                                                               .

 

 

 

                                                                             .

                                                                          .

41010.両室ペーシング(CRTと略します)のケーブルをつけています。

この患者さんでも有効でした。

心電図でQRS延長がないとCRTは効かないとお考えの先生も一部おられます。

実際にはエコーで左室各部の収縮タイミングを調べながら、QRS幅正常でも不同期の時間があればCRTを試みるようにしています。

 

 

41111.手術前は僧帽弁逆流が強く、

かつ弁が左室側に引かれていました

(テント化、矢印)。

                                                                                 .

 

 

                                                                                  .
.

41212.手術後は逆流も消え、

弁のテント化も軽くなりました(矢印)

手術後6ヶ月の心機能も左室拡張末期径LVDdが81mmから62mmへ、駆出率も18%から36%へ改善しました。

術後5年経つ現在もお元気にしておられます。

米田正始の患者さんの会にもよく参加して下さいます。

◆余談 この患者さんの経過はスーパードクターのテレビで放映され話題になりました(メディアのページご参照)。

当時こんな重症の患者さんをテレビで発表してもし失敗したらどうするのとよく聞かれました。

しかしこの患者さんは絶対助ける、テレビカメラのあるなしは関係ないと信じて皆で頑張りました。

こうした治療法を多くの方々に知って頂くことが大切と考えたのです。

 

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事例 3 セーブ手術

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患者さんは12歳女子、5年前の僧帽弁手術の際に発症した虚血性心筋症が悪化し心停止を来たし心肺蘇生ののち緊急手術となりました。虚血以外の理由で悪くなった可能性がある部位(拡張型心筋症の疑い)もあり慎重に対処しました。

311.薄くなった左室前壁(矢印)を切開して左室内に入ります。心臓は動かしたままで手術を進めています。

術前に心臓が一度停止していた重症例では、

術中に一度心臓を止めると動きが再開しない心配があったためです。

またこうすることで、左室の悪い部分と良い部分がより明瞭にわかるためもあります。

.

322.セーブ手術のパッチの糸をかけているところです。

ドール手術ではこれだけ心室中隔の基部までやられているケースでは左室が術後、丸くなり心機能がより低下する心配があります。

そこで形を歪めないセーブ手術を施行しました。

最近はこうしたケースでも安心して使えるドール手術を開発し、

術後の左室の形の良さと左室機能の改善を確認できています。

333.昔のオペで取り付けられた弁が血栓弁になっていたため、これを再弁置換中(矢印)です。

通常は左心房から行う操作ですが、

この場合は時間の節約(つまり患者さんの体力の保護)のため左室経由で行いました。

通常と逆の位置から人工弁を入れるため、その向きに注意して入れます。

当然とはいえ、重要なチェックポイントです。

.

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344.セーブ手術のパッチが左室内に入ったところです。

左室はうんと小さくなりました。

新しい左室はパッチ(矢印)の奥にあり、

パッチの手前のスペース分だけ左室が小さくなりました。

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35_25.左室を閉鎖しつつあるところです。

長い心不全と入院生活のため回復には時間がかかりましたが、着実に回復し、学校生活にもどりました。

その後も順調に回復し、普通の生活を取り戻しておられます。

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361_26.セーブ手術前後の左室短軸エコーを示します。大きさが比較できるようスケールを合わせました。矢印が5cmです。

術後どれほど心臓が小さく、また動きが改善したかが見て戴ければ幸いです。

重い心不全でもあきらめてはいけないことを教えてくれたケースです。

手術から7年以上たちました。現在も元気に、かつ前向きに暮らしておられます。

世の中の人たちの役に立ちたいと、勉強し、ボランティア活動などもやっておられる姿を見て、私は感動を禁じ得ませんでした。

この患者さんの治療成功は、左室形成術と小児科・内科・外科・麻酔科・ICU・病棟・関連チームの協力で行う集学的治療の威力を示すもので、京大小児科の馬場先生・土井先生らが海外のジャーナルで発表して下さいました(英語論文244番)。

 

手術前に手術の説明をしたときに、手術を受けますとみずから言ってくれた少女の勇気が今も忘れられません。

こうした心臓外科医あるいは臨床医として患者さんやチームから戴く感動は何物にも代えがたい大切なものです。

 

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事例 2 ドール手術

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患者さんは70 歳、男性。主訴は起座呼吸(仰向けになると息苦しくなる、心不全の症状です)。

17回の冠動脈カテーテル治療 PCIと47回(!!)にもわたる冠動脈造影 CAGの後、心不全症状を繰り返すため患者さんも手術を決意され転院して来られました。

左室造影で駆出率 13% (健康人の4分の1以下)の虚血性心筋症と II度の虚血性僧帽弁閉鎖不全症を認めました。

21_21.梗塞を起こした左室心尖部と

左室前壁(矢印)を切開しました。

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222.フォンタン糸と呼ばれるタバコ縫合(広がっている部分を口すぼみ状に小さくできます)

を行い左室を小さくしています。

これによって左室は悪い部分を中心に小さくなり、

健康な部分の力が発揮しやすくなります。

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233.パッチを縫着し新しい左室が概ねできました。

ドール手術の長所(短時間で患者さんの負担少なくできます)を活かし、

短所(注意しなければ左室が丸くなり十分に良くならない恐れがあります)を補う努力・工夫をしながら手術をしています。

この手術から5年以上経った現在、より左室の形を守れてセーブ手術よりシンプルな「方向性ドール手術」を開発し、成績の改善をみています。

244.左室を閉鎖したところ

出血しないように入念な止血法を用いています。

現在はこの写真の方法をより強化した3枚フェルトと止血材圧着法を用いています。

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255.MAP(僧帽弁輪形成術)で仕上でます。

こうすることで左室基部が改善することを

すでに証明ずみです

(論文のページをご参照下さい)。

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266.CABG(バイパス手術)を行いオペ完了へ向かいます。

内胸動脈をできるだけ有効に使います。

このバイパスグラフトをつける主な目的は

心室中隔とくに基部の心筋をできるだけ回復・保護することにあります。

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277.15MHz高速エコー・ドップラーでバイパスのグラフトのフローとそのパタンが良好であることを確認します。

弁形成手術で経食エコーをもちいて

術中に納得行く結果を得てから手術終了するのと同様に、

バイパス手術でも安心できる形を確認してから手術を終了します。

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事例 1 オフポンプバイパス手術

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患者さんは53歳男性、ステント治療後の狭心症のため手術になりました。糖尿病が背景にあります。
オフポンプバイパス(OPCAB、1999年当時はまだ比較的珍しかったのですが、現在は標準手術となりました)を施行しました。

私たちがオフポンプバイ パス手術(OPCAB)をやり始めた1990年代後半はまだ器械も未発達で、オンポンプバイパスより危険という印象を持たれていましたが、イタリアのカラフィオーレ先生の方法を用いて努力しました。

 

10年間の進歩でオンポンプよりむしろ 楽という感じさえあります。

 

豊橋ハートセンターの方法を加味し、さらに安定感が増しました。

大学病院では日によっては麻酔の先生が不慣れなときなどに不安定気味だった血圧もうそのように 安定し、やはりすべての職種・スタッフが一定し熟練している専門病院は有利と実感しています。

111.左冠動脈の前下降枝(心臓の前部にある最重要血管です)に内胸動脈(矢印)を吻合しています。

左が頭側です。

内胸動脈は最強のグラフトでカテーテル治療でもこれにはおよばない安定性と安全性があります。

近年発展めざましい薬剤溶出ステント(Drug Eluting Stent, 略称DES)といえども、患者さんによっては内胸動脈グラフトにはかなわないという認識がすでに欧米ではできています。

たとえばDESでは強力な抗血小板剤が長期にわたって必要になり、がんなどが見つかって手術が必要なときも薬を止めると冠動脈内に血栓ができて死亡するケースが少なからず出現しました。

一方、内胸動脈グラフトはそうした薬は不要かごく軽く使う程度ですし薬を安全に止めることもできます。バイパス手術はステント治療よりも自然で安定した治りができるわけです

122.心臓を頭側へひっくり返して胃大網動脈(矢印)を右冠動脈の枝に吻合しているところです。

右がお腹側です。

10年前はまだ心臓をひっくり返すことは大変なことと言われましたが現在は普通のことです。

胃大網動脈GEAはITA(内胸動脈)よりスパスム(血管が縮んで細くなることです)を起こしやすいのですが、吻合後拡張する分を見越して吻合すれば(つ まりより小さい歩みで吻合する)、あとの吻合形態やフローは良好です。

ただし冠動脈側の狭窄があまり高度でな い、たとえば70%程度の狭窄の場合はフロー(血液の流れ)競合に負けてGEAがやせ細ることがあり、注意が必要です。そういう場合はフロー競合に強い静 脈グラフトを活用することもあります。適材適所ですね。

 

133.左とう骨動脈を回旋枝(心臓の裏側にある血管)に吻合しています。

とう骨動脈は有用なグラフトですが以前ほどは多用していません。

静脈グラフトはそれとは違う特徴があり、それぞれの特徴を活かしたグラフト選択を心掛けています。
と う骨動脈は比較的扱いやすくサイズもちょうど便利なものであるため一時多くの心臓外科医に好まれました。私もメルボルンにいたころはルーチン使用しまし た。

当時進めていた無作為割り付け前向き臨床試験の結果が出るにつれて、静脈グラフトに対する優位性が期待したほどではないということになり、現在は両側内胸動 脈が使いづらい状況など、特殊な場合に限定した使用になっています。

ということでやはり左右の内胸動脈がベストの質と長期安定 性をもち、それに次ぐグラフトという位置づけです。

再 生医学・組織工学の進歩でとう骨動脈がリバイバルする日がくると冠動脈バイパス手術とくにオフポンプバイパス手術OPCABはさらに発展するだろうと期待 しています。

144.とう骨動脈と内胸動脈を吻合してY字グラフトを作成し糸結び中です。

このYグラフトもかつては多用した有効な方法 ですが、フローの取り合い現象が起こる時は不利な ので狭窄が強いとき、両側 in situ 内胸動脈が使いづらい状況などに限られた適応になりました。

ま た優れた中枢側吻合デバイスの出現により、一段とYグラフトの使用は限られるようになりました。ただし時に患者さんの救命に役立つバックアップ法として、 使えるようにしておくのは賢明と思います。

ハートセンターのような専門病院ではすべての職種のスタッフがこうした手術に熟練しているため、オフポンプバイパス手術も安全・安定・快適にできます。

 

オフポンプバイパス手術OPCABの特長はやはり体外循環にともなう合併症を減らせることです。

もちろん弁膜症その他の体外循環が必要なケースでは適宜オン ポンプバイパスとして行うこともあります。

総合的に体への負担が軽くなり、手術治療成績がより向上すれば良いと考えています。

薬剤溶出性ステント(DES)の問題点や限界が次第に明 らかになり、糖尿病や慢性腎不全・透析例をはじめ、バイパス手術のメリッ トが再認識されています。

 

今後もバイパス手術の特長を活かして、内科の先生方と協力して虚 血性心疾患・冠疾患の治療成績の向上に貢献したいものです。

2012年2月に天皇陛下がこのオフポンプバイパス手術で健康を取り戻されたことも、この手術の優秀さを示すものと歓迎されています。

ハートセンターでは緊急手術・準緊急手術とも病院全体の支援とチーム医療体制で円滑に行えるため、患者さんに長期間待たせることなく必要な手術が必要なタ イミングでできますので、患者さんに喜ばれています。


メモ:  冠動脈バイパス術後の患者さんの安定度には定評がありますが、最近の欧米の臨床研究(Syntaxシンタックス研究)でも術後のくすりによるケアの大切さも認識されるようになりました。

患者さんの全身を守る、心臓はもちろん、糖尿病やコレステロール、脳血管その他も考えたトータルケアを行うことで、バイパス手術の良さはさらに光るでしょう。

 

メモ: このSyntaxトライアルの3年後のデータが2010年に発表されました。

冠動脈バイパス手術は薬剤ステントと比べて長期成績で優れているというデータが、冠動脈病変が進行したケースで示されました。

 

メモ: Syntaxトライアル4年後のデータが2011年に発表されました。冠動脈バイパス手術を受けた患者さんはステントの患者さんより長生きできることがより鮮明になりました。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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事例 セーブ手術とバチスタ手術 (変法)の併用

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患者さんは54歳男性。10年前に心筋梗塞を発症し、以後虚血性心筋症・心不全の治療を内科にて受けていました。

その後心不全が進行し、ショック状態(つまり血圧が十分出ない状態です)となり IABP(大動脈内バルン)使用下に緊急搬送されました。極めて危険な状態でした。

冠動脈は前下降枝(#6)と回旋枝(#13)が完全閉塞していました。

左室の拡大(LVDd左室拡張末期径69mm)と機能低下(駆出率10%台)、虚血性僧帽弁閉鎖不全症 4度、TR 4度あり。

心室中隔は虚血性心筋症ですが、左室側壁病変は冠動脈走行と合致せず非虚血性変化の合併も考えられました。

 

311.体外循環・心拍動下に左室を調べました。

左室側壁が病変で薄くなり動かなくなっていたため、心尖部温存するバチスタ手術でまず左室側壁を切除・縮小しました。

心尖部(矢印)はきれいに温存されました。

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322.心室中隔の奥深いところから左室前壁までが昔の心筋梗塞でやられていたため、セーブ手術でパッチを用いて修復しています(矢印)。

パッチの奥(裏側)が新しい左室となります。

左室の形をゆがめないセーブ手術だからこそ、バチスタ手術との併用も問題なくできました。

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333.僧帽弁と左室基部を同時に形成するためにリングを僧帽弁輪に縫着(僧帽弁輪形成術MAP)します。

このケースでは柔軟なリングを使いました。

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344.冠動脈バイパスと三尖弁輪形成(TAP)を行って手術完成です。

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この方法をもっと低侵襲化(つまり患者さんの体への負担を軽くする)して、より多くの患者さんとくに全身状態の悪い方を救命すべく検討を続けています。

近々国内外の学会でも発表の予定です。

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355.術前の左室造影。

収縮末期像

(左室が血液を送り出し一番小さくなった瞬間の姿)

です。

左室は丸くなり、

僧帽弁閉鎖不全症MRのため左房が造影されています。

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366.バチスタ手術+セーブ手術、術後の左室造影、収縮末期像です。

左室は小さくかつかなり細長くなり、左室機能は改善しました。

僧帽弁も形・逆流量とも著明に改善しました。

術後5年以上経ってもお元気にしておられます。

強い心不全でも、左室形成術は有効なことが多々あり、あきらめてはいけないという見本のようなケースです。

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
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元・京都大学医学部教授
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事例 心筋梗塞で乳頭筋断裂した僧帽弁閉鎖不全症への弁置換術

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患者さんは60歳女性。

急性心筋梗塞後、乳頭筋断裂による虚血性僧帽弁閉鎖不全症を発症しました。


たまたま大動脈弁閉鎖不全症もあり、心臓と全身の状態を考慮し、ワントライで確実に完成する2弁置換を僧帽弁大動脈弁に施行しました。

術後元気に回復されました。

 

611.体外循環下に心臓を止め、左房を右側切開して僧帽弁を見ているところです。

断裂した乳頭筋先端以外は温存されています。乳頭筋の一部が見えます。

この乳頭筋温存により術後の左室機能は良好に保たれます。

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62_22.切除した僧帽弁と乳頭筋です。

乳頭筋のかなりの部分が心筋梗塞のためちぎれています。

最近増加している虚血性僧帽弁閉鎖不全症とは心筋梗塞後という意味では似ていますが、乳頭筋そのものが物理的に破壊されているという意味では少し違います。

そこで手術で治すポイントも違ってきます。.

 

 

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633.人工弁(機械弁)の縫着途中です。

手術前、急に発生した逆流のため左房が小さく、視野が悪いためさまざまな工夫を行います。

状態に余裕があれば僧帽弁形成術を行いたいところですが、

他弁の疾患があり機械弁がもともと必要であったこと、さらに患者さんの安全上、一撃離脱が必要な状況のときにはこのように人工弁使用を決断しています。

この患者さんもそうした判断でまもなくすっかりお元気になられました。

 

弁形成手術と弁置換手術のEBMで盲点になっているのは、弁形成で長時間ねばったあとでそれがうまくいかず、そのあと弁置換して、結果が悪い場合、それは弁置換のせいにされる場合が多々あることです。

患者さんの真の安全性を考えるとき、こうしたことも検討する必要があります。

この手術事例は5年以上前のことですので、今なら蓄積したノウハウを活かして弁形成を考慮するかもしれません。

ただし同時に患者さんの体力と心臓の力を考えて確実に短時間で完了するという方針が揺るがないようにすることが患者さんの真の安全のために必要でしょう。

 

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執筆:米田 正始
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事例 腱索「転移」(トランスロケーション)術

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患者さんは46歳男性。

虚血性心筋症同・僧帽弁閉鎖不全症・慢性心房細動に対して腱索「転移」術・左室形成術 Dor手術、心房縮小メイズ手術などを施行。

虚血性僧帽弁閉鎖不全症は弁そのものの疾患ではなく左室の疾患です。

左室が心筋梗塞のため変形し拡張した結果、僧帽弁が異常に引っ張られ、うまく閉じなくなった状態だからです。


このため単に弁を治すだけでは本質的な治療になりません。

可能な限り左室そのものを治すことが理想的です。

しかし左室を治し切れない状態のときに僧帽弁そのものを治す方法が必要です。

腱索「転移」法はそのために開発した方法で僧帽弁形成術のひとつです。

 

51_31.僧帽弁前尖が二次腱索に引かれて閉じなくなっています。

これをテザーリングtetheringまたはテンティングtentingと呼び、安定した弁形成術にはこれを解決することが大切です。

手術ではまず二次腱索を切断し、ついで二次腱索と同じ力のかかり方を人工腱索にて再建します。

つまり各乳頭筋の先端と僧帽弁輪前正中部をつなぎます。

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2.腱索転移により前尖は自由に動けるようになりテザーリングは解消(A)、

52_2しかも乳頭筋と弁輪の連続性は人工腱索によって保たれて心臓の力は守られています(B)

左室壁と僧帽輪が乳頭筋を介してつながっていることは左室のパワー効率を保つために重要です。

これはスタンフォード大学のCraig Miller先生やパリのCarpentier先生らが二次腱索の重要性を説いて来られた内容を考慮してのことです。

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しかもこの方法で乳頭筋が自然と同様に前方に引かれるため、最近問題になっている後尖のテザリングはかなり解消しています。

この方法が生理的と言われる所以です。私たちが開発した新術式を権威あるJTCVS誌が表紙に掲載して下さいました


さらに単に二次腱索を引くだけの方法よりも拡張期テザーリングが起こりにくく、引きすぎが予防できるため拡張機能も守られやすいと考えています

この方法は光栄なことにアメリカのトップジャーナルの表紙にも掲載して頂きました(写真右)

日本国内でも和歌山日赤医療センターの青田先生はじめ、いくつかの有力施設で活用いただき、光栄に思っています。

 

現在はこれをさらに改良した両弁尖形成術(Bileaflet Optimization法)によって、前尖のテント化はほぼ解決、後尖のテント化も効果的に取れるようになりました。

2011年のアメリカ胸部外科学会AATSの僧帽弁部門であるMitral Conclave 2011にて発表いたしました。

川崎医大循環器j内科の吉田清先生らとの共同研究です。多くのご質問やご意見をいただき、うれしく思っています。


テント化がきれいに取れれば、弁形成の効果は長持ちします。患者さんにとっての恩恵は大きいでしょう。

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