事例 冠動脈瘤

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患者さんは75歳男性で胸痛を主訴としてハートセンターへ来院されました。

精密検査の結果、冠動脈に複数の瘤ができ、破裂する危険性があるため手術を行うことになりました。

冠動静脈ろうはなく、また川崎病の既往も所見もない、純粋な冠動脈瘤です。

 

1.冠動脈造影にて3つの瘤がみつかり、そのうち左冠動脈前下降枝と中間枝の瘤が破裂しそうな状態でした。

鈍縁枝の瘤は軽度の拡張と動脈の狭窄が主体でした。

そこで手術治療になりました。通常のバイパス手術より複雑なためもとの病院では手術困難と言われ紹介されて来られました。

 

普通の動脈瘤とは違い、冠動脈瘤では瘤やその付近から枝が出ている場合、瘤を単につぶしてしまうと心筋梗塞になりますし、血管が細いため大動脈のように人工血管で瘤を置き換えることもできません。

 私たちは冠動脈バイパス術と瘤の閉鎖またはカバーを組み合わせて、瘤破裂と虚血・梗塞の両方を予防するようにしています。

これによって短期と長期の安全を確保しやすいと考えています。

 

瘤は先天性の可能性が高いと思われますが、原因がはっきりしないため、もしもの新規瘤発生の事態も考え、将来再手術になっても安全に手術できるよう、

図4 瘤は静脈と脂肪の下内胸動脈グラフトは1本とし、静脈グラフトを1本(シーケンシャルというスキップ吻合にて2本相当)というデザインにしました。

 2.冠動脈瘤がある左室基部を観察しましたが、冠静脈と脂肪に覆われて見えません

(写真左のグラフトの向こう側)。

オフポンプで剥離するには出血が多くなる可能性があり、オンポンプの方がむしろ安全で簡単と判断しました。

図1 LITA-LAD 図3 SVG-IM 3.まず左内胸動脈を左冠動脈前下降枝にバイパスをつけました

(写真左)。

4.ついでオンポンプで大伏在静脈を鈍縁枝につけ、これをさらに中間枝に吻合しました。

鈍縁枝は細くかつ心基部にあったためスムースなレイアウトにするため逆U字型のデザインを使いました(写真右)。

 

図5 瘤を露出 図6 LAD瘤を閉鎖 5.ここで主肺動脈をかわしながら、前下降枝と中間枝の瘤を露出しました

(写真左)。

6.前下降枝の近くに重要な冠動脈中隔枝があったため、これを傷つけないよう注意して瘤全体を押さえ込みました

(写真右)

図7 IM瘤を閉鎖  7.同様に中間枝の瘤も押さえ込み閉鎖しました

(写真左)図8 瘤を覆う

 

8.2つの瘤はもとどおり、心外膜と脂肪組織で覆い、周囲組織と癒着しづらいようにしました。

9.3本のグラフトのフローはいずれも拡張期型の良好なフローパタンを示しました。

容易に体外循環を離脱しました。00028456_20090323_CT_509_8_8

 

術後経過も良く、術翌日には一般病室へ戻られました。

術後のマルチスライスCTにて全部のバイパスグラフトがきれいに流れているのを確認しました。

また将来の万一の事態に備えてもとの冠動脈に PCI ができるよう、もとの冠動脈も細いながらも残すことができました(写真右)。

こうした内科外科の垣根を越えた、様々な治療オプションを確保しておくことが、長期的に患者さんをよりしっかり救うことにつながると信じます。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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③b 腱索転位術(トランスロケーション法)―機能性MRの治癒をめざして

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虚血性僧帽弁閉鎖不全症または機能性僧帽弁閉鎖不全症に対する腱索転位法(トランスロケーション法)による僧帽弁形成術

この新しい僧帽弁形成術は僧帽弁の自然構造(二次腱索と言います)を温存して左室機能を守りながら、僧帽弁前尖の変形(テント化と呼びます)を治す方法です。

アメリカの代表的ジャーナル(Journal of Thoracic Cardiovascular Surgery誌)に2007年に初めて掲載されました(英語論文187をご参照下さい)。

その続編が、同じジャーナル2008年10月号の表紙にも採用していただき、今後さらに患者さんのお役に立てればと念じています。

 

当初は僧帽弁前尖のテント化(左室側に引っ張られて閉じにくくなること)を治すために開発しましたが、後尖のテント化にもある程度有効であることがわかりました。

自然の構造を温存することの意義を感じます。

この腱索転位術(トランスロケーション法)を発表し始めた2005年ごろは日本の学会でも「難しすぎる」「理解しづらい」「だから普及しにくいだろう」といわれたものでした。

しかしその後この基本コンセプトつまり二次腱索を前方へつり上げるという考えはその後さまざまな工夫、改良とともに活用して頂けるまでに発展しています。

この腱索転位術(トランスロケーション法)を育て発展させて頂いた北海道大学の松井喜郎先生、京都府立医大の夜久均先生、東京医科歯科大学の荒井裕国先生、長崎大学の江石清行先生、和歌山日赤の青田正樹先生らに感謝申し上げます。開発の歴史のページもご参照ください。

 

  虚血性僧帽弁閉鎖不全症は単なる弁の病気ではなく左室そのものが壊れた結果、虚血性心筋症性となり、左室の中心とも言える僧帽弁が逆流します。

 拡張型心筋症などに合併する機能性僧帽弁閉鎖不全症も同様です。

 

腱索転位術(トランスロケーション法)は心臓血管外科のトップジャーナルと言われる米国JTCVS誌の表紙に掲載して戴き光栄に思っていますそのため治療ポリシーも左室を治すことが弁を治すことにつながり、長期生存を促すと考えて手術しています。

そこで左室形成の適応があればこれを行い、その適応がなければトランスロケーション法による僧帽弁形成術を行うようにしています。

 

実際、以前から単に弁だけを治したのでは長く生きられないというデータがアメリカやヨーロッパから報告されています。

その最たるものは虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対して僧帽弁置換術を行う方法で、予後が良くないことが知られています。

やはり原因療法つまりできるだけ左室を治すことが大切です。

 

現在、この病気で僧帽弁後尖のテント化が難題として残っており、この腱索転位術(トランスロケーション法)またはその応用法でも十分解決できないケースがあります。

そこで私たちは開発者の経験と責任の両方の意味で、より完成度の高い方法を行っています。

両弁尖適正術」 (Bileaflet Optimization) と呼んでいる僧帽弁形成術で、すでに30名以上の患者さんに行い、全員で成果が上がりつつあり、

2011年のアメリカ胸部外科学会の僧帽弁ミーティング(Mitral Conclave 2011)や2012年のヨーロッパ心臓胸部外科学会EACTS、さらに2013年のMitral Conclave 2013で発表し、関心を集めました。

識者のお勧めにて現在は「乳頭筋最適化手術 Papillary Heads Optimization (PHO)」と呼んでいます。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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③虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対する僧帽弁形成術―先人から学ぶ【2023年最新版】

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最終更新日 2023年1月8日
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まず虚血性僧帽弁閉鎖不全症あるいは機能性僧帽弁閉鎖不全症に対する僧帽弁形成術の開発歴史を簡単に列挙します。海外のジャーナルに掲載された論文をリストアップします。(一般の方には読みづらく申し訳ありません。リストは著者、論文の題名、そしてジャーナルの発行年とページなどが続きます)
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1998年

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Bolling SF, Pagani FD, Deeb GM, Bach DS.
Intermediate-term outcome of mitral reconstruction in cardiomyopathy.
J Thorac Cardiovasc Surg. 1998 Feb;115(2):381-6; discussion 387-8.
リングを用いた積極的な弁輪形成が虚血性MRを治し患者さんを助けると、当時話題になりました。
その後この方法はかなりの患者さんで効かないことが示され、現在は軽症の虚血性MRに使われるだけになりました。
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2002年

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Kron IL, Green GR, Cope JT.
Surgical relocation of the posterior papillary muscle in chronic ischemic mitral regurgitation.
Ann Thorac Surg. 2002 Aug;74(2):600-1.
初めて乳頭筋を吊り上げる術式が虚血性MRに用いられました。この方法は先駆的でしたが後方に吊り上げるため効果が不十分でその後使われることが減りました。
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2003 年

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Hvass U, Tapia M, Baron F, Pouzet B, Shafy A.
Papillary muscle sling: a new functional approach to mitral repair in patients with ischemic left ventricular dysfunction and functional mitral regurgitation.
Ann Thorac Surg. 2003 Mar;75(3):809-11.
前後乳頭筋を糸で束ねる方法で、その後の乳頭筋接合術の魁となりました。
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2005 年

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Matsui Y, Suto Y, Shimura S, Fukada Y, Naito Y, Yasuda K, Sasaki S.
Impact of papillary muscles approximation on the adequacy of mitral coaptation in functional mitral regurgitation due to dilated cardiomyopathy. Ann Thorac Cardiovasc Surg. 2005 Jun;11(3):164-71.
上記のHvassの発展型とも言える乳頭筋接合術を北海道大学の松居喜郎先生らが発表されました。この術式は簡便でわかりやすいという特長がありますが、後尖のテザリングには効かないという弱点を併せ持ちます。真摯なディスカッションの後、後年、この乳頭筋接合術に私たちの前方吊り上げを併用し、後尖のテザリング軽減まで術式を磨き上げられたのはさすがです。
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2007年

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Fukuoka M, Nonaka M, Masuyama S, Shimamoto T, Tambara K, Yoshida H, Ikeda T, Komeda M.  Chordal “translocation” for functional mitral regurgitation with severe valve tenting: an effort to preserve left ventricular structure and function.  J Thorac Cardiovasc Surg. 2007 Apr;133(4):1004-11. Epub 2007 Feb 26.
米田グループ(当時は京都大学)からKron法を改良し、より自然に近い前方吊り上げで弁逆流を治すだけでなく心機能も改善することを実験研究で科学的に示しました。乳頭筋の前方吊り上げとしては世界初で心臓外科トップジャーナルJTCVSに掲載されました。当時は二次腱索切断を伴っていましたが、その後それは省略可能と判明し、前方吊り上げだけに簡略化して行きました。この前方吊り上げは多くの腕利きエキスパートの先生方に採用され、光栄に思っています
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2008年

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Arai H, Itoh F, Someya T, Oi K, Tamura K, Tanaka H.
New surgical procedure for ischemic/functional mitral regurgitation: mitral complex remodeling.
Ann Thorac Surg. 2008 May;85(5):1820-2. doi: 10.1016/j.athoracsur.2007.11.073.
東京医科歯科大学の荒井裕国先生が乳頭筋の後方吊り上げと二次腱索切断の術式を発表されました。後年、荒井先生自らが後方吊り上げは良くないことを示され、この術式は次第に使われなくなりました。しかし進化の貴重なステップになったと思います。
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Masuyama S, Marui A, Shimamoto T, Nonaka M, Tsukiji M, Watanabe N, Ikeda T, Yoshida K, Komeda M. Chordal translocation for ischemic mitral regurgitation may ameliorate tethering of the posterior and anterior mitral leaflets. J Thorac Cardiovasc Surg. 2008 Oct;136(4):868-75.
2007年に米田グループから発表した乳頭筋前方吊り上げの第二報です。前方に吊り上げることで前尖だけでなく後尖のテザリングも改善することが実験で科学的に示されました。後尖テザリングが問題になっていたこともあって、幸いこれも高い評価をいただき、JTCVSの表紙を飾ることができました。
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2009年

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Masuyama S, Marui A, Shimamoto T, Komeda M. Chordal translocation: secondary chordal cutting in conjunction with artificial chordae for preserving valvular-ventricular interaction in the treatment of functional mitral regurgitation.
J Heart Valve Dis. 2009 Mar;18(2):142-6.
2007年に米田グループから発表した乳頭筋前方吊り上げの第三報です。実際の患者さんのデータで役立つ術式として発表されました。
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2012年

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Fattouch K, Lancellotti P, Castrovinci S, Murana G, Sampognaro R, Corrado E, Caruso M, Speziale G, Novo S, Ruvolo G.
Papillary muscle relocation in conjunction with valve annuloplasty improve repair results in severe ischemic mitral regurgitation.
J Thorac Cardiovasc Surg. 2012;143:1352-5.
イタリア・シシリーの畏友ファトゥーチ先生が交連部への吊り上げ法を報告されました。手術のやり易さと効果の丁度良い妥協点を見つけられたと思います。交連部吊り上げの弱点は乳頭筋を中央へ寄せたいのに、逆方向に移動することと、自然界に前例のない、非生理的方法であることと考えています。
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Komeda M, Koyama Y, Fukaya S, Kitamura H. Papillary heads “optimization” in repairing functional mitral regurgitation. J Thorac Cardiovasc Surg. 2012;144:1262-4.

乳頭筋を単に前方吊り上げするだけでなく、後尖ヘッドを前尖ヘッドに連結することで、後尖のテザリングをさらに確実に改善できるように工夫しました。米田グループ(当時は名古屋ハートセンター)乳頭筋前方吊り上げの第四報で、トップジャーナルに掲載され、術式として一応の完成を見ました。

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2014年

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Fattouch K, Castrovinci S, Murana G, Dioguardi P, Guccione F, Nasso G, Speziale G.
Papillary muscle relocation and mitral annuloplasty in ischemic mitral valve regurgitation: midterm results.
J Thorac Cardiovasc Surg. 2014;148(5):1947-50. Epub 2014 Feb 20.
交連部への吊り上げで10年間フォローアップし、長期の成績が良いことを示されました。交連部吊り上げでもこれほど良くなるなら、前方吊り上げならもっと、、、と期待をくれた論文です。
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Wakasa S, Kubota S, Shingu Y, Ooka T, Tachibana T, Matsui Y.
The extent of papillary muscle approximation affects mortality and durability of mitral valve repair for ischemic mitral regurgitation.
J Cardiothorac Surg. 2014;9:98.
北海道大学の松居喜郎先生らは乳頭筋接合術を研究し、極めて行かれました。その報告です。後日、この接合術に私たちの前方吊り上げを併用し、さらに効果を上げるという方法も発表しておられます。
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Watanabe T, Arai H, Nagaoka E, Oi K, Hachimaru T, Kuroki H, Fujiwara T, Mizuno T.
Influence of procedural differences on mitral valve configuration after surgical repair for functional mitral regurgitation: in which direction should the papillary muscle be relocated?
J Cardiothorac Surg. 2014;9:185.
マイナージャーナルではありますが、乳頭筋の前方吊り上げの方が後方吊り上げよりも後尖テザリング改善効果があることを示された興味深い論文です。2007年に私たちが発表した前方吊り上げの有効性を証明していただき、東京医科歯科大学の荒井裕国先生たちに感謝しています。
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2017年

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Komeda M.  Quick but effective surgery for functional mitral regurgitation secondary to aortic valve disease.  J Thorac Cardiovasc Surg 2017;153:275-277
乳頭筋前方吊り上げの米田グループ第五報でJTCVSに掲載されました。大動脈弁膜症に伴う機能性MRに対して、左房を開けることなく、機能性MRを治せる方法を優れた長期成績とともに示しました。
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2018年

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Komeda M, Uchiyama H, Fujiwara S, Ujiie T. “Frozen Apex” Repair of a Dilated Cardiomyopathy. Semin Thorac Cardiovasc Surg. 2018 Winter;30:406-411.

新しい低侵襲左室形成術の論文です。これと上記PHO(乳頭筋前方吊り上げ)の併用でこれまで弁形成できなかったような重症機能性僧帽弁閉鎖不全症にも弁形成ができるようになりました。JTCVSのSeminar誌の表紙を飾りました。

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***** 解説 *****

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◾️虚血性僧帽弁閉鎖不全症への僧帽弁形成術、苦難の歴史

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僧帽弁閉鎖不全症の中でも虚血性僧帽弁閉鎖不全症は最も形成が難しく予後が悪いといわれています。

20年前、米国ハーバード大学のCohn(コーン)教授らが、

この病気の場合は弁形成(患者さんご自身の弁を修復して活用します)でも弁置換(人工弁で取り替えます)でも成績に差がない、

つまりどちらも成績が悪いということを発表されたとき、専門家はこれではいけない、何とかしようと思Ilm17_ca05005-sったものです。

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それはこの病気の場合、心筋梗塞やカテーテル治療(PCI)の繰り返し等によって左心室が壊れて弱くなっているからです。

つまり普通の弁膜症より心臓のパワーが明らかに落ちており、患者さんの体力も低下しているからです。

またこの病気の場合に弁のどこがどう悪くなっているか、これまで解明されていなかったためもあります。

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◾️まず積極的弁輪形成術(MAP エム・エー・ピー)

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そのため当初は弁輪形成術とくに小さいリングを取り付けるBolling先生(シカゴ大学)の方法がつかわれました(上記)。

IMRMAP2 IMRMAP3 IMRMAP4

 

 

 

 

 

 

図は弁輪形成による逆流の制御を示します(我が恩師 Brian Buxton先生の教科書 Ischemic Heart Disease  Surgical Managementから引用)。

徐々に虚血側をよりしっかりと締めるようになっていきました。図はその方法です。

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◾️MAPの限界を打ち破る僧帽弁形成術へ

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しかしその後、弁が強く「テント化」(左心室側に牽引される)するケースではこれまでの弁輪形成術に代表される僧帽弁形成術の長期成績が悪い、弁逆流の再発が多いということが判明しました。

これは数年前にイタリアの畏友Calafiore先生(現在サウジアラビアでご活躍中)が発表され、それをもとにしてさらに弁形成の改良が世界のあちこちで行われました。

前後乳頭筋を太い糸で寄せる「スリング法」(上記)、そして乳頭筋同士をくっつける乳頭筋接合術、さらに乳頭筋を弁輪向けて吊り上げるKron先生らの「リロケーション法」(上記)などが発表され、目を見張る進歩がありました。

 

C0300081このように虚血性僧帽弁閉鎖不全症は難病として昔からよく知られ、これまでにいくつもの方法が欧米を中心に発表されて来ましたが、

私たちはこうした重症例でも必要に応じて左室形成手術を併用して左室そのものを治したり、

二次腱索を吊り上げることで再建する術式(腱索転位術、腱索トランスロケーション法 chordal translocation)(上記2007年の論文)を世界に先駆けて考案発表し、テント化を解決しつつ左室を守り、

ほとんどのケースで弁形成術に成功しています (事例5)。

それをさらに改良し、乳頭筋最適化手術(Optimization)として、よりしっかりと弁を治すだけでなく、左室をなるべくパワーアップするように心がけています(上記2012年の論文)。

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◾️治療、これからの流れ

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虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対する僧帽弁形成術は心臓外科領域で残された大きなフロンティアの一つであり、かつ循環器内科の先生方や開業医の先生方と力を合わせて克服すべき大きな領域です。

近い将来、患者さんのためにより大きな技術が確立されるでしょう。

近年、カテーテルによるMクリップが進歩をとげ、僧帽弁閉鎖不全症が強くて心機能がそう悪くないケースなどでは効果があることがCOAPT試験という大規模臨床試験にて示されました。今後はこうしたカテーテル治療が軽症例などで活躍するかも知れません。→→もっと見る

虚血性僧帽弁閉鎖不全症ではあまり大きな心筋梗塞のあとなどは心臓のパワー自体が少なすぎるため、補助循環(ある種の人工心臓)や心移植をはじめとした対策も今後さらに必要となるでしょう。

それと左心室の変形が強すぎて弁形成が安定しにくそうなときや、全身状態が悪く、とにかく手術を早く終えねばならないときなどには、あえて僧帽弁置換術を行うこともあります。これは安全のための緊急避難と位置付けています。

やはり僧帽弁形成術のほうが、自然で心臓のパワーアップが効きやすく、理想に近いため、私たちは内外のさまざまなデータを駆使し、知恵を集めてこの病気にたいする弁形成の完成に取り組んでいます。

 

さらに2014年から低侵襲、高効率の左室形成術である“Frozen Apex SVR”(心尖部凍結型左室形成術)を考案し、ごく短時間でできるため上記乳頭筋吊り上げと併用しても患者さんの体に負担になりにくく、成果が上がっています。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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11) 冠動脈瘻(ろう)―心不全・感染などが起こるまでに、、【2025年最新版】

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最終更新日 2025年9月17日

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◆ 冠動脈瘻とは?

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冠動脈瘻(かんどうみゃくろう) とは、心臓の冠動脈に異常な血管(瘻)ができ、本来とは違う経路で血液が肺動脈や右心房など圧の低い部位に流れ込んでしまう病気です。
正常な血流が「ショートカット」されてしまうため、心臓に十分な血液が届かず心不全や狭心症に似た症状を引き起こします。

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◆ 発生の原因

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冠動脈瘻は多くの場合、胎生期(お母さんのお腹の中)に存在していた血管の名残 が原因です。
胎児の心筋に血流を送っていた海綿状組織が冠動脈と異常につながることで発生します。

  • 生まれつき存在することが多い

  • 青年期以降に異常血管が拡大することもある

  • 約3割の患者さんで 冠動脈瘤(こぶのような拡張) を合併

検査(冠動脈造影)で見つかる頻度は 0.2%程度 と比較的まれな病気です。

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◆ 症状と合併症

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術前CT冠動脈瘻を通る血液の量(シャント量)が多いと、次のような症状が出ます:

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  • 息切れや動悸などの 心不全症状

  • 心筋への血流不足による 狭心症様の胸痛

  • 感染性心内膜炎の合併

  • 冠動脈瘤の破裂による突然死の危険

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血液が「漏れる」だけでなく、本来冠動脈を流れるべき血流が奪われるため、心筋の酸素不足(虚血) も問題になります。(手術事例 冠動脈瘤)

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◆ 診断方法

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  • CT検査:異常血管の位置や範囲を可視化CAVFyn1

  • 心エコー:血流の異常を確認

  • 冠動脈造影:詳細な血流の経路を評価

必要に応じてMRIや心臓カテーテル検査を行い、心筋虚血や心不全の有無を判断します。

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◆ 治療法 ― カテーテル治療と手術

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● カテーテル治療

コイルやプラグを用いて瘻を閉じる方法です。

  • 低侵襲で体への負担が少ない

  • 軽症例に有効
    ⚠️ ただし、血管がもろい場合は破裂のリスクもあり注意が必要です。

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● 外科手術

カテーテル治療が難しい場合や重症例では手術を行います。

  • 瘻の 入口と出口を縫合閉鎖

  • 必要に応じて瘤全体を閉鎖

  • オフポンプバイパス(人工心肺を使わない方法) による低侵襲手術も選択可能

近年では、MICS(小切開低侵襲手術) による冠動脈瘻閉鎖も行っており、術後の痛みが少なく社会復帰が早い点がメリットです。

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◆ 私たちの手術の工夫

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  • 9-27b術中高速エコー(15MHz) を直接心臓に当て、血液の漏れがないか徹底確認(文献129をご参照)

  • 「第2の眼」で心臓内部までチェックし、再発を防止

  • 世界的学会(Annals of Thoracic Surgery, 2017年)にも新しい術式を発表(英語論文267をご参照)

これらの工夫により、冠動脈瘻をより安全に、再発なく根治できる可能性を高めています。

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◆ 予後と生活への影響

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冠動脈瘻は適切に治療すれば完治可能な病気です。
特にMICSやオフポンプ手術を組み合わせることで、術後の回復が早く、早期の仕事復帰や運転再開も期待できます。

ただし放置すると心不全・感染・瘤破裂といった重大リスクにつながるため、早めの専門医相談が大切です。

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◆ まとめ

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  • 冠動脈瘻は 生まれつきの異常血管 が原因で起こる稀な心臓病

  • 症状が進行すると 心不全・心筋虚血・感染・瘤破裂 の危険あり

  • カテーテル治療外科手術(オフポンプ・MICS) で治療可能 (ハートチーム)

  • 術中エコーを用いた丁寧な確認で 再発予防・安全性向上 を実現

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12) 大動脈 弁下狭窄症 IHSS へ進む

6. 先天性心 疾患 の扉ページへもどる

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執筆:米田 正始
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4. 虚血性心疾患―心臓が酸欠状態になるため危険 【2023年最新版】

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最終更新日 2023年1月7日

1. はじめに

虚血性心疾患は多数の方々を襲う可能性のある現代病です。
動脈硬化のために冠動脈(右図の赤い細い血管)が狭窄(せまくなること)したり閉塞するために起こります。
とくに心筋こうそくに至ってしまうと命の危険が高い病気です。

しかしこの病気はかなり予防できますし、予防できない場合でも早期発見と早期治療で死亡リスクを減らすことが可能です。社会復帰の見込みも高まります。

この虚血性心疾患になりやすい、いわゆるリスクファクターをお持ちの方々、たとえば糖尿病や腎不全あるいはメタボなどの場合は、そうした努力が一層意味をもちます。

2. 虚血性心疾患とはどういう病気ですか

糖尿病や慢性腎不全・血液透析の患者さんは、対策を立てない場合は冠動脈がどんどん悪化するという心配がありますが、より重点的な予防策を立てることで安心安全を確保しやすくなります…

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  • 糖尿病について

    万病のもとですが打つ手はあります…

    続きを見る

  • 慢性腎不全・血液透析について

    心臓や血管を守れば予後は大きく改善します…

    続きを見る

  • ご高齢の患者さんについて

    今は楽しく長生きするのが普通の時代です…

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  • 糖尿病性網膜症につきまして

    意外に心臓や血管もやられているものです…

    続きを見る

2. 市民公開講座から、狭心症や心筋梗塞の解説です

まず予防、ついで早期発見と正しい治療がいのちを救います
(註:ここでNO(エヌオー)とは一酸化窒素のことで冠動脈を開き動脈硬化を予防するはたらきがあります。サウナで気持ち良くなるのもこのエヌオーのおかげと言われています)

3. 治療につきまして

虚血性心疾患の治療はまず予防、ついで生活改善やお薬での治療が行われます。
それでもダメなときや、心筋梗塞の危険が迫っているときなどは、カテーテルという管を使って冠動脈を広げる治療(PCI、ピーシーアイ)が行われます。
PCIでもダメなときや、PCIが適切でないときには外科で冠動脈バイパス手術が有効となります。

1. 狭心症にたいする冠動脈バイパス手術とはどういう手術ですか

以前から長持ちする治療法として知られていましたが、近年、カテーテルによるステントより長生きできることが証明され、その価値が見直されています…

続きを見る

2. 薬剤溶出性ステント(DES)は万能なのですか

皮膚へのやさしさと内蔵へのやさしさのどちらが大切かということも考える必要が時にあります…

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Fotosearch_CCP05008
  • かつてカテーテル治療(PCI)やステントを受けられた患者さんたちへ

    油断は禁物です。
    定期検診によって楽しく安全確保ができます…

    続きを見る

3. とくにオフポンプバイパス手術について

すでに定番の手術となり、多くの方々によろこばれています…

続きを見る

  • MIDCAB(ミッドキャブ)手術とは?

    以前からある手術ですが、最近その良さが見直される方向にあります
    右図のように小さい創で骨もほとんど切らず、術後も楽です…

    続きを見る

    カテーテルによるPCIとのハイブリッド治療でも役立ちます…

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  • MICS-CABGとは?

    小さい傷跡で、しかしバイパス手術の良さはそのままに。これからの手術法です。同時にミックスでなくても早く仕事復帰できる方法も…

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  • 川崎病患者さんの成人期の冠動脈疾患につきまして

    こどものころの川崎病は完治していても、大人になってから動脈硬化が進行し狭心症や心筋梗塞を発生することがあります…

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  • Syntax研究3年の結果と欧州のガイドラインはこちらです。

    EBMにもとづく医療を推進するためにもぜひごらんください…

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  • SYNTAX研究4年の結果

    ついに生存率でバイパス手術がカテーテル治療PCIより優位に立ちました…

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  • 天皇陛下(当時)が冠動脈バイパス手術を受けられるわけは?(手術前の考察)

    医師団が陛下の全身と今後を考慮された結果と思います…

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  • 天皇陛下(現・上皇)のバイパス手術

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  • 冠動脈バイパス手術のふしぎな力とは

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  • 日本の新しい治療ガイドライン

    日本循環器学会が2012年に発表された最新の治療指針を解説します…

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  • SYNTAXトライアル研究、5年の結果がでました。

    CABGが患者さんに役立つことがさらに明らかになりました…

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4. オフポンプバイパス手術は心筋に埋もれた冠動脈には弱いと聞きましたが

工夫ができます…

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5. ハイブリッド治療とは?

内科治療と外科治療の良いところを組み合わせて患者さんにベストの治療を提供するものです…

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6. 冠動脈ろう

冠動脈から肺動脈や右房その他へ血液が漏れ出る病気です。
心不全、狭心症、IE(感染性心内膜炎)への注意が必要です。
より確実に安全に手術できる工夫があります…

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7. 冠動脈瘤

冠動脈の壁の一部が壊れてこぶのように膨らむ病気です。
とくに川崎病の後遺症としてできることが知られています。心筋梗塞や破裂に至ると危険です…

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4. もっと悪くなってからでも

虚血性心疾患の治療は、心筋梗塞になるまでに行うのが良いのですが、そうは言っても心筋梗塞が発生してから病院へ来られるということは、まま起こることです。
右図は冠動脈が閉塞し心筋が壊れて心筋梗塞になるときの様子を示したものです。
しかし心筋梗塞が起こればもうおしまい、というわけではありません。現在は有効な治療法が多くあり、決して単純に諦めていけません。

1. 狭心症が悪化して心筋梗塞になってしまってからでも手術はできるのですか

できます…

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2. 虚血性心筋症にたいする左室形成手術にはどういうものがあるのですか?

いくつかの方法を患者さんの状態に応じて使い分けます…

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  • 左室瘤の治療は?

    大きな左室瘤などでは手術が有益です。手術後とくに元気になりやすい病気です。このことは医師の間でも意外に知られていないことがあります…

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3. 心筋梗塞のあとなどに起こる虚血性僧帽弁閉鎖不全症(虚血性MR)は治療が難しいと聞きますが

ずいぶん進化しました。
ハイリスクと言われるタイプの患者さんでもその手術死亡率は低下しました

私たちが考案した手術法です。これによって弁の安定性が向上しました

  • 機能性僧帽弁閉鎖不全症とは?

    心臓のパワー確保が大切です…

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  • なかでも虚血性僧帽弁閉鎖不全症は、心筋梗塞で左室が壊れてあまり動かなくなるときに起こりやすく

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  • 虚血性MRに対する弁形成術

    先人から学ぶ: 欧米の先人の手術と工夫を学ぶところから始めました…

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  • 虚血性MRに対する新しい弁形成術

    このようにして開発して行きました。成績が良いためこれから国内外にもっと広めたく…

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  • 虚血性MRへのより効果的な手術(デュアル形成)

    これまでの適応限界を大きく破りしました…

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4. 心筋梗塞のあと、心臓が破れたり中の壁に穴が開いても手術できるのでしょうか

できます。
ただし生きて病院にたどり着かねばなりません

私たちは救命実績を何例ももっています
しかしそのまえに、まず予防、そのために平素からの健康管理が大切です…

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5. 心筋梗塞のあと、心臓の中(心室中隔)に穴があく心室中隔穿孔VSP(VSRと略称することも)ではどうでしょうか?

かつては治しづらい病気でしたが、現代は体の状態がまだ保たれているうちに手術すればほぼ治せるようになりました。…
しかも年々進化しています…

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1989年にアメリカ心臓学会で発表した図です。当時の手術死亡率を3分の1まで下げる貢献をしました

5.近未来の医療が現実に

心筋梗塞や梗塞のあとのさまざまな問題は、これまで難病あつかいになっていました。
しかしこれも治せるという光が見えて来ました。
上記の外科治療や内科治療に加えて再生医療を行えば、極端に弱った心臓でもそのパワーを取り戻す、そういう時代がすぐそこまで来ています。

1. 心臓の再生治療は使えますか?

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6. 病診連携(医療者向け)の講演会から

H25.10.に奈良市で行われた米田正始の講演録です
医療者の皆さん向けです。音がやや小さいため、ボリュームを上げてごらんください。ご要望にお応えし字幕をつけました。
早期発見、適切な治療がいのちを救い、長期の健康を守ります。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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10) 心筋梗塞後の心室中隔穿孔 VSP(VSR)―急いで治療しないと危険【2025年最新版】

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最終更新日 2025年9月18日

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◆ 心室中隔穿孔(VSP/VSR)とは?

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心室中隔穿孔(VSP:Ventricular Septal Perforation、VSR:Ventricular Septal Rupture) は、心筋梗塞のあとに 心室中隔(左室と右室を隔てる壁)に穴が開く病気 です。

  • 発症すると数時間~数日で急速に悪化し、放置すれば致死率が極めて高い

  • 心不全・ショックを合併し、緊急の治療が必要

かつては手術を行っても死亡率が高い「難治の心疾患」でしたが、現在では新しい手術法や補助循環(インペラ・ECMO)の導入により、救命率が大幅に改善しています。

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◆ VSP/VSRの原因と発症メカニズム

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  • 急性心筋梗塞 によって心筋が壊死し、その壊れた部分に穴が開く

  • 左室の血液が右室へ流れ込み(シャント)、心臓や肺に過大な負担がかかる

  • 突然の血圧低下・呼吸困難・新しい心雑音の出現で気づかれることが多い

診断は心エコーで容易につき、左室から右室への異常な血流 を確認します。

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◆ VSPの治療:心筋梗塞部除外術(David-Komeda法)

左室を治せば孔(VSP)は結果として閉じる、これが心筋梗塞部除外法のポイントです。ゴルフでいえば良いスイングをすれば結果としてボールは良く飛ぶ、というのと似ています。.

1980年代、私たちはトロント大学で Tirone David先生の指導のもと「心筋梗塞部除外術(Exclusion法)」 を開発しました。。(英語論文#14をご参照)

これは世界的に広まり、現在も標準術式として多くの心臓外科医に用いられています。(虚血性心疾患・手術事例7 )

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  • 穴そのものを直接縫うのではなく、壊れた心筋ごとカバーして結果的に穴を閉鎖

  • もろい心筋を傷つけずに修復できるため、成績が大幅に改善

  • 世界では 「Komeda-David法」「David-Komeda法」 と呼ばれることもあります

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左の3つの図はBrian Buxton先生の教科書 Ischemic Heart Disease: Surgical Management. Mosby, London, UK. 1998に引用掲載されたものです。

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VSP current surgery

◆ 改良型手術と新しいアプローチ

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2000年代以降、さらに改良を加えています。

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  • 柔らかいパッチを余裕を持ってデザイン → 縫合部への負担を軽減

  • 2枚目のパッチを弁状に使う「サンドイッチ法」 → より確実な閉鎖 (右上図)

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  • VSP transRV operation右室アプローチ:心筋梗塞が軽く、穴だけが開いた症例では、右室経由で2枚パッチ閉鎖(磯田・浅井式を改良)を行う(右下図)

    .

このように「患者さんの心筋の状態に応じて最適な方法を選ぶ」ことが重要です。

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◆ 補助循環(インペラ・ECMO)と治療のタイミング

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VSPは「発症直後の手術死亡率が極めて高い」という問題があります。

  • 発症当日:死亡率90%

  • 3週間後:死亡率10%

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この差を埋めるため、近年は インペラやECMO(エクペラ)による補助循環 を用いて全身を守りつつ、心筋が落ち着くのを待ってから手術を行う戦略が取られています。

  • 数日〜数週間サポートし、心筋が強くなったところで除外術を施行

  • 特に日本人の体格では工夫が必要ですが、治療成績改善に直結する新しい流れ です

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◆ 高齢化と重症化への対応

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近年は 80代の高齢者や、虚血性心筋症を合併した重症例手術事例)が増えています。
この場合、体力の限界を超えないように 短時間で確実に修復する技術 が必要です。

私たちはこれまでの経験を活かし、低侵襲で心筋を守る術式 を改良し続けています。

またウェットラボや教科書・講演その他の方法で、この手術を若い先生方に指導するようにしています。(記事

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◆ VSPの最新成果と国際的評価

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  • Journal of Thoracic and Cardiovascular Surgery に最新の改良術式を発表

  • ビデオ付き解説で、若い心臓外科医でも安全に執刀できることを確認

  • 2019年 AATS(米国胸部外科学会)でも発表し、国際的に高い評価を受けています

VSP治療は「待つ戦略+除外術+適宜右室アプローチ」でさらに成果を上げつつあり、今後も進歩が期待されます。

米田正始・英語論文の 266番です。→この論文を読む (注:原本はカラーでビデオ付きですので、そちらもご参照ください)

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◆ 心室中隔穿孔の注意点(まとめ)

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  • 心筋梗塞後に 急な呼吸困難・血圧低下・新しい心雑音 があれば、VSP/VSRの可能性

  • 時間との勝負 → 直ちに心エコーで確認し、心臓外科へ搬送

  • IABP(大動脈内バルーンポンプ)やインペラ・エクペラなどで一時的にサポートしつつ、迅速に外科チームと連携

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◆ まとめ

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心筋梗塞後の心室中隔穿孔(VSP/VSR)は放置すれば致死的な病気 ですが、

  • Komeda-David法(心筋梗塞部除外術)

  • 補助循環(インペラ・ECMO)を用いた治療戦略
    の進歩により、救命率は大きく改善しています。

早期診断と適切な外科チームへの紹介が、患者さんの命を救う最大の鍵です。

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執筆:米田 正始
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9) 心筋梗塞のあと、左室破裂しても手術できるのでしょうか?【2020年最新版】

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最終更新日 2020年2月21日

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◾️心筋梗塞後の左室破裂とは?

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心筋梗塞の後、まもない頃には左心室が破裂 (左室破裂) したり隣の右心室という部屋に破れたり (心室中隔穿孔VSP) することがあります。心筋梗塞のために左室の壁の一部が死んでもろくなるためです。多くの場合いきなり血圧が下がり、いわゆるショック状態になってしまいます。狭義の左室破裂には2つのタイプがあります。

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◾️ブローアウト型の左室破裂

私たちが開発した左室破裂用左室修復法です。ブローアウト型の厳しい破裂でも救命した経験があります.

このタイプの左室破裂は超重症で、血液が噴出し、心臓の周りにある袋(心膜)の中に血液が急に貯まり、心タンポナーデになり血圧が出なくなります。そのままでは患者さんはあっという間に亡くなってしまいます。

なにしろ一分間に1リッターなどという速度で出血することさえあり、人間の血液量が5リッターとするとこれはあっと言う間です。そのため急ぐのです。

私たちは新しい術式を工夫して、ブローアウト型で破裂した心臓を防護する手術を 5名の患者さんに行い、良い成績を上げています。

 

これにはタイミングも大切で、助かった患者さんたちはじわじわと破裂が進み、病院に到着してから本当に破裂したのかも知れません。

いずれにせよ疑わしいときは急いで相談していただくことが大切です。

おかしいとき、左室破裂が疑われるときには直ちにPCPSという足の付け根の血管をつかう体外循環でまずは命を支え、その間に胸を開けて治しに行きます。

この手術法は心臓の表面にある冠動脈をまたぐことでうまく回避できるため、しっかりとパッチを縫い付けることができるのです(上図)。

 

左室破裂は左室壁の心筋がジグザクに解離して起こるか、薄くなった場所と厚い場所の境目が裂けるために起こることが多いため、左室の外側から内側に向けて十分に深く糸をかけるようにしています。

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◾️ウージング型左室破裂

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もう少し穏やかな破裂(ウージング型 左室破裂)では、出血はじわじわと出るだけですので、手術用の糊(のり)で心臓の表面を安定化することで治せます。

この方法は東京女子医大の遠藤真弘教授(当時、現在は東京ハートセンター)が開発されたもので、患者さんの体力的負担がきわめて軽いという利点があり、私たちも積極的に活用しています。

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ただしこの方法は左室の弱い部分を残すことになるため、中には時間を経て再拡張をきたすこともあり、慎重なフォローが勧められます。じっさい、手術のあと時間が経って左室瘤になったとか、また破裂したなどの報告が見られます。やはりこうした病気は丁寧な長期間のチーム医療が大切ですね。

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やはり心筋梗塞後は全体像を見失わない慎重かつ的確なフォローや治療が大切と思います。

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8) 虚血性僧帽弁閉鎖不全症は治療が難しい?―新手術開発の経緯 【2025年最新版】

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最終更新日 2025年9月11日

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要約(患者さん向けのポイント)

  • 虚血性僧帽弁閉鎖不全症(虚血性MR)は「弁の病気に見えて、左室の形のゆがみが本質」の病気です。

  • 症例に合えば**僧帽弁形成術(修復)**で人工弁を使わずに改善できることが多く、**左室の再建(左室形成術)**と組み合わせると再発を減らせます。

  • 当院は**腱索転位(Translocation)PHO(Papillary Head Optimization:乳頭筋前方吊り上げ適正化術)**を含む外科的最適化を行い、機能改善と再入院の抑制をめざしています。

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1. 虚血性僧帽弁閉鎖不全症とは

 

  • 心筋梗塞や虚虚血性僧帽弁閉鎖不全症、略して虚血性MRは弁膜症の形をした左室疾患です。この本質を踏まえて手術・治療すれば修復できる場合が多く、人工弁はほぼ不要です。血で左室が拡大・変形し、僧帽弁の土台(乳頭筋・腱索)が後方へ引かれて弁が閉じきらず**逆流(MR)**が生じます。

  • 症状:息切れ、むくみ、動悸、運動耐容能の低下。重症化すると入退院を繰り返します。

  • 本質は左室リモデリングにあり、弁だけでなく左室をどう直すかが成否を分けます。

 

2. “難しい理由”と治療の考え方

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  • 冠動脈バイパス手術CABG)だけで回復する例もありますが、左室の形が戻らないケースではMRが持続しやすく再入院の原因になります。

  • 基本戦略(概略)

    1. CABGで血流回復 → 改善見込みが高ければ僧帽弁形成術追加

    2. 左室の拡大・瘤・強いテザリングがありCABG+弁形成だけでは不十分な時 → **左室形成術(SVR)**を併用

    3. 左室形成術が不利な条件では、**乳頭筋・腱索・弁尖を“前方へ適正化”**する発想で再建

      (参考:虚血性僧帽弁閉鎖不全症への弁形成術、開発の歴史

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3. 私たちの外科的工夫と開発の歩み

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  • 腱索転位(Translocation)

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    • 乳頭筋‐腱索‐弁尖の幾何学を前方へ再配置し、弁が閉じやすい位置関係に再構築。

      .

  • PHO:Papillary Head Optimization(乳頭筋前方吊り上げ適正化術)

    私たちが開発したPHO手術は、その効果の高さからご活用くださる施設が増え始め、光栄なことです。医学研究のオリジナリティを守るため、私たちの原著を引用頂けると良いのですが、中には、、、.

    • 前尖のみならず後尖の“テント化”を抑制するよう前後の乳頭筋ヘッドを連結し、前方に最適化

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  • 弁逆流の是正+左室ポンプ機能の回復をめざす点が特徴です。

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  • これらは国内外学会(AATS/EACTS など)で報告・論文化され、症例適合性が高いと再発を抑制し得ることを示しました。

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4. カテーテル治療(MitraClip等)との位置付け

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  • 経皮的エッジトゥエッジ修復(いわゆるMクリップ)は低侵襲で、全身状態が不良な方の橋渡し対症的軽快に有用です。

  • ただし左室のジオメトリーそのものは変えにくいため、左室リモデリングが本体の虚血性MRでは、外科的最適化(弁+乳頭筋+必要ならSVR)根本改善に寄与する場合があります。

  • どちらが“上”ではなく、病態・リスク・患者さんの希望最適を選ぶのが現代標準です。

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5. よくある質問(Q&A)

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Q. 人工弁を入れずに治せますか?
A. 多くの症例で弁形成(修復)が可能です。左室の条件が悪い場合はPHOや腱索転位左室形成術を組み合わせ再発を抑えます。

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Q. 再発は多いのですか?
A. 左室テザリングが強い症例で弁輪縫縮のみだと再発しやすい傾向があります。乳頭筋・腱索の前方最適化SVRの併用で改善が期待できます。

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Q. 高齢でも手術できますか?
A. 全身状態や虚血・腎機能などを評価し、低侵襲アプローチや段階的治療を含めて検討します。個別にご相談ください。

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6. 成績と限界、今後の展望

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  • 当院では、CABG+僧帽弁形成を基本に、PHOや**左室形成術(SVR)**を適切に組み合わせ、息切れの改善・再入院予防・社会復帰を目標に治療しています。

  • **Frozen-Apex SVR(心尖部凍結式左室形成術)**など新しいSVRの併用で、より低侵襲に左室形態を整える取り組みも進行中です。

  • ただし、重篤な全身衰弱や多臓器不全では適応が限られるため、体力が保てる時期の受診・相談が重要です。

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7. 受診の目安(早めの相談が大切)

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  • 運動時の息切れや浮腫が増えてきた

  • 退院と再入院を繰り返している

  • 「弁の逆流はあるが年齢的に手術は難しい」と言われた

    選択肢は1つではありません。弁形成、乳頭筋・腱索最適化、SVR、カテーテル治療を個別最適化します。まずはご相談ください。

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まとめ

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  • 虚血性MRは左室リモデリングが本質

  • 弁形成+乳頭筋・腱索の前方最適化(PHO)、必要時はSVRを組み合わせることで機能改善と再発抑制を図ります。

  • **患者さん一人ひとりに合わせた“総合的再建”**が鍵です。

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患者さんの想い出:

                                                                                                                                    .

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7) 虚血性心筋症に対する左室形成術にはどういうものがあるの?【2022年最新版】

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図 梗塞後リモデリング最終更新日 2022年1月30日

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◾️まず虚血性心筋症とは?

心筋梗塞のため左室の筋肉つまり心筋が失われ、左室の形が歪んだり全体のパワーが不足し心不全になる状態です。しばしば虚血性僧帽弁閉鎖不全症という僧帽弁の逆流を伴います。この虚血性心筋症が重くなると患者さんは長く生きられない、あるいは心不全のため日々苦しい状態になってしまいます。

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◾️それに対する左室形成術とは?

左室形成術とは左心室の壊れた部位(右図の左室の壁が薄いところ)を切り取ったり縫い縮めたり左室形成術パッチを貼ったりしてサイズと形を整える治療法です。

上手く手術するとそれによって左心室はパワーをある程度以上取り戻し、患者さんはその分元気になれるのです。
虚血性心筋症は上記のように心筋梗塞やそれに準じた状態が原因となって起こりますので、左室のなかで比較的良いところと悪いところがはっきりしており、経験豊富な心臓外科医なら左室を効果的に「組み立て」なおし、そのパワーアップを図ることができます。

言い換えれば、良いところがもっと力を発揮できるように、整えるのです。

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◾️左室形成術の試練

2009年にスティッチトライアル(Stich Trial)という多施設で の臨床研Nurse_shock究が発表されましたが、識者の間でも話題になるほどの欠陥研究で、私たちが心臓手術しないような軽い虚血性心筋症を主にあつかい、それにごく簡単な左室形成術を行って、それほどメリットがないという、ひどいものでした。

.

しかしアメリカのNIHという政府機関が予算を出して行なった研究のため、権威だけはあり、内容をご存知ない循環器内科の先生方が虚血性心筋症の患者さんを心臓外科に紹介されなくなったことは大変不幸な出来事でした。手術を受ける機会が奪われ、かといって心移植は年齢や他病のため適応外となり、死んで行った方が多くありました。
虚血性心筋症の患者さんの救命に力をいれてきた私たちはこの結果を踏まえて、より重症の患者さんでもより安全に効率よく治療ができるように、全国や海外の仲間と協力して検討を進めています。

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◾️心臓外科の巻き返し

以来、超重症の方を助けるべく、バチスタ手術とその他の左室形成術

ドール手術(Dor手術)(事例2)を改良したセーブ手術(SAVE手術)(事例3)(心臓の形を自然できれいに保ち、傷んだ部分を十分に修復し心臓の力が最大限に発揮できます)や

バチスタ手術(変法)改良バチスタ手術とも呼んでいます、心臓の先端部分を温存し自然の構造を守るのが特長です。心筋症のページをご参照ください)を用いてさらに成績を改善しました。

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さらにセーブ手術の良さとドール手術の簡便さを併せた術式(一方向性ドール)を考案し、比較的短時間できれいに仕上がるため、術前に体力が消耗した患者さんの安全性を向上するために役立っています。(事例1)(事例2

この1方向性ドールを始めてから、左室形成術単独での手術死亡や病院死亡はありません。

 .

◾️多角的な工夫を

また左室形成術に加えて両室ペーシング(CRTと略します)という方法を併用することで一層術後の心機能を改善させています(事例4)。

 .

5_2心臓や全身の状態にもよりますが、心臓移植しかない(しかし年齢等の制約で移植ができない)と言われていた患者さんがこれらのオペで元気になられたというケースが多数あります。

改良バチスタ手術と一方向性ドール手術は左室を修復する場所におうじてきれいに使い分けています。

適応があれば80歳代のご高齢の方にも左室形成術を行い元気になって戴いています(事例5)。

またオーバーラップ手術(Overlap手術)(事例6)という方法も使うことがあります。

手技が簡便というメリットがあるからです。

ただ効果が左心室の根っこ部分にはあまり効かずかつ病変部を残すため長持ちしない心配が強く、動物実験でもあるていどそれを確認しているため、ケースバイケースで活用しています。

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◾️そしてさらなる展開

A318_066不全・心筋症に対する左室形成術ではあちこちの病院から手術依頼があり、それに応えていますし、近隣地域はもとより遠方の移動できない重症患者さんのために出張してオペした実績も多数あります。

より大きなチーム医療が役立つ領域です。

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そして2014年からより進化した左室形成術である心尖部凍結法を開始しています。短時間ででき、調節性に富むため安全性がこれまでの左室形成術より数段高いと考えています。実際、重症の患者さんも順調に元気になられ、この手術単独では手術死亡がこれまでありません。かつて救えなかったレベルの患者さんたちが救えるようになりつつあるのです。

こうして心移植の対象とならない方(重い糖尿病や腎不全など)や、補助循環(人工心臓)を避けたい方々などにお役に立っています。心不全で苦しい方はご相談ください。

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◆患者さんの想い出1:


左室形成術にも多数の想い出があります。それは虚血性心筋症をはじめ、重症の患者さんが左室形成術を受けられるため苦労も多く、かつ元気になられたときの喜びも大きかったためです。
京大病院に奉職していたころ、ちょうど20年ほどまえに、40歳前後の若者Aさんが虚血性心筋症で来院されました。
そこで当時としてはまだ珍しかったドール手術と言う左室形成術を行い、心臓は劇的に改善し、Aさんはお元気に退院して行かれました。
当時のことですから、現在よりは完成度も低く、リスクも高かったのですが、患者さんは見事に応えて下さり、健康を回復されました。その後、左室形成術は多数のいのちを救うことになりますが、その記念すべき第一歩としていまも忘れられず、感謝しているのがこの患者さんなのです。

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◆患者さんの想い出2:
Bさんは大阪から当時私がいた京大病院へ搬送されて来ました。まだ40代の若い男性ですが、大きな心筋梗塞のため虚血性心筋症となり、左室駆出率がなんと10%未満(正常は60%台)という厳しい状態でした。左室のごく一部しか動いていませんでした。欧米なら当然心移植というレベルの心臓でしたが当時の日本ではまだごく一部のひとしか恩恵にあずかれない状況でした。

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Bさんとよく相談のうえ、リスクは高くとも、左室形成術で頑張ろうということになりました。Bさんは男らしい性格の方で、このまま何もできずに延命を図るよりも、いちかばちかでも心臓手術をやってくれとのことでした。厳しい病気であることは理解しているので、死ぬか元気に生きるかどちらかにして下さいということでした。同様の患者さんをそれまで何名もお助けして来た私は左室形成術をお引き受けしました。術式としてセーブ手術という方法を選びました。ちょうど良いサイズ・形で左室はまとまりましたが、やはりちからが不十分です。

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Bさんは徐々に回復して行かれましたが、まだIABPという補助ポンプがどうしてもはずれません。何とかはずせても、数日間でまた必要になるのです。これでは先がないということで補助循環(人工心臓)を装着することにしました。死ぬか元気に生きるかどちらかが良い、その中間つまりただ生きる状態は困ると言っておられたため、しばらく我慢して下さい、いずれ元気に生きられるからまずは機械で生きて下さいとお願いし、了解を頂きました。その時には安全を考慮し、人工物であるパッチをはずし、自己組織だけでできるオーバーラップ法に切り替えてから人工心臓を付けました。これでBさんは元気さを回復されました。

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その後私は京大でトラブルに巻き込まれ、いずれ京大病院を去ることを考えるようになり、Bさんには今後のことを考えて移植センターに転院して戴きました。 あれから3年が経ち、Bさんが無事心移植を受け、お元気になられたことを聞きました。Bさんの心臓では左室形成術といえども十分ではなかったのですが、とりあえず心移植までのつなぎを果たせたこと、安堵しました。Bさん、これからお元気な生活を楽しんで下さい。あのとき、苦しいなかを補助循環にOKを下さりありがとう。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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6) 狭心症が悪化して心筋梗塞になってからでも手術はできる?―可能な事が多い【2020年最新版】

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最終更新日 2020年2月20日

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手術できます。 胸痛person_0429b

すでに心筋梗塞になってしまわれた患者さんには、その失われた心筋心臓の筋肉を元に 戻すことは現在のところ不可能ですが、残った心筋をフルに効果的に活躍させることで心臓の力を高めることは可能です。

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◼️左室瘤や虚血性心筋症

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たとえば左室瘤(心筋こうそくにやられた場所がこぶのように膨らんでしまいます)や虚血性心筋症(左心室全体の動きが悪くなります)には左室形成手術LVRと略します)が役に立ちます。

図 ドールとセーブ心筋梗塞後の左室形成術では左室の特に悪い部分を小さく縫い縮め、形を整えて、残った部分のパワーを上げようというわけです。

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私達は左室形成術を通算で130名以上の患者さんに行い、手術前に心筋梗塞のために心臓も全身も衰弱しておられた超重症の患者さんを除けば多くは救命できています。そしていったん回復した患者さんは長期間生存する率が高いことが判明しています。

図 梗塞後リモデリング.

◼️虚血性僧帽弁閉鎖不全症

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また左室の形が崩れたり大きくなりすぎて僧帽弁がゆが み、弁逆流を起こす虚血性僧帽弁閉鎖不全症が発生すれば、外科手術が活躍します。

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患者さんの心臓のパワーや全身の体力が落ちていることを考え、できるだけコンパクトな手術で、しかしポイントを押さえることを心掛けています。

手術事例: コレステロール塞栓と虚血性僧帽弁閉鎖不全症の患者さん

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心筋梗塞はなるべく起こさないのが望ましいのですが、不運にして梗塞が起こってからでも手術で治せるところが多々あるわけです。

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◼️治るためには

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大切なことは、まだパワーのある心筋(心臓の筋肉)がある程度以上残っていること、そして手術に耐えられる体力がまだあること、なのです。

そこで、体力がとことん落ちてもう生きるのに精いっぱいという状態ではなく、それより一歩でも二歩でも早い時期にご相談頂ければ、結果はよりよくなります。

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しかしあれよあれよといううちに状態が悪くなることもあります。そういう場合は、単にもうダメ、手遅れというのではなく、いったん入院して戴き、さまざまな方法で状態をある程度上向けてから手術することもあります。

Ilm17_bc01004-sなので、やはり「迷うぐらいなら、まず相談」なのです。

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◼️問題は

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とくに心筋梗塞後の心不全の治療経験が少ない主治医の場合は、はやばやとギブアップされるケースが後を絶ちません。むしろ主治医ご自身が、誰か助けてくれる先生はいないかと困惑しておられることさえよくあります。だからこそ相談が大切なのです。

近い将来には再生医学によって血管を増やしたり、さらには失われた心筋を新たに作り直して心臓をより効率的に回復させる治療が出てくるかも知れません。

現在、再生医療の準備を進めています。

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メモ: 心筋梗塞のあとの左心室関係の二次的問題を心筋梗塞後の機械的合併症と呼び、以下が代表例です

1.左室瘤Zoki_02

2.虚血性心筋症

3.虚血性僧帽弁閉鎖不全症

4.3.の中でも乳頭筋断裂、

5.心室中隔穿孔(VSP)、

6.左室破裂

いずれも治療や手術は可能ですが、タイミングを逸するとそれができないことがあります。

早目の対応が大切なわけです。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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