不整脈外科研究会にて

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この2月19日に第28回不整脈外科研究会(於、熊本)に参加しました。

日本心臓血管外科学会のサテライト研究会として毎年開催されている、不整脈外科についての実力派専門家の集まりです。今回は京都府立医科大学の夜久均教授が当番世話人でした。

数年前には私自身が当番で、充実したひとときを過ごさせて戴きました。

今回は「Maze手術後の心房機能について」、という渋いテーマでした。大変重要で患者さんにとって、大きな意味をもつものですが、意外に心臓外科医の世界ではあまり理解されていない領域でもあります。

はじめに代表世話人である日本医大の新田隆先生が心房細動手術における心機能というタイトルで講演されました。基調講演とも言える、内容のある、よくまとまった内容でした。

ついで不肖私、米田正始がMaze手術後の心房機能Update―心房縮小メイズ手術の検討からというタイトルで講演いたしました。

この10年ほど、メイズ手術でも治せない重症心房細動を心臓手術で治そうという意気込みで考案した「心房縮小メイズ手術」で、術後心房機能がけっこう回復することを示し、それゆえ、普通の心房細動の患者さんなら術後心房機能はもっと良くなるというメッセージを盛り込みました。

巨大左房と言えどもここまで小さくなり、これだけ動く、ということを実際の症例のエコーやMRIで示しました。かつてJTCVSやEJCTSから論文として世に問うた内容をリバイバル風にお示ししました。

さらに名古屋ハートセンターかんさいハートセンターで行った101例の強化メイズ手術の検討から、心房機能が術後半年の間にかなり回復し、術後1年以後は除細動率・心房機能とも100%近いレベルに達することをお示ししました。

さすが超専門家の集まりで、さまざまなご質問を戴き勉強になりました。

1.心臓外科の大先輩である川副浩平先生の心房縮小手術とどうちがうのですか、

2.どういったラインで心房縮小するのですか

3.なぜこれだけ成績が良いのですか

などですね。

1.は、川副先生の術式が発表された時代はまだメイズ手術の概念が十分でなく、メイズ手術の切開線とは違う縫縮線を用いられたため、現代のメイズ手術→除細動へとはつながらなかった。私の術式はメイズ手術を考慮した縫縮線であるため、心房縮小と除細動を同時に達成できるという利点があることをお話ししました。

2.については、言葉でご説明するのは少々わかりづらいと考え、ちょっと違った形でお示ししました。つまり、Autotransplant(自家移植)の縫合線と同じラインを縫縮することをご説明しました。

3.は、左房が術後うんと小さくなること、MRI計測でなんと3分の1の容積になること、そして心房拡張の原因である僧帽弁閉鎖不全症が手術で解消されていることから術後には時間とともに心房が小さくなって行くこと、それが時間とともに除細動率が高くなっていくことにつながる旨をお話ししました。

弁形成のリングのためMRIのシグナルが乱れて計測が不正確になるのではないかという鋭いご質問を頂きましたが、幸い私は当時、デュランリングというもっとも柔らかい、金属がわずかしか入っていないリングを用いており、MRI画像への影響はほとんど問題なかったことをお答えしました。

その後のディスカッションの中でも、巨大左房が患者さんの長期生存率を下げるため、これを手術で解消することは患者にとって大変役立つことをご説明しました。

いろいろ御意見やご質問を戴き、感謝の発表になりました。

それから名古屋大学と京都府立医科大学から心房機能の検討の報告がなされました。

特別講演は愛知医大の磯部文隆先生の「Maze手術後の心房機能について」で、豊富な文献的考察と同先生の経験とがあわさり、学ぶところが多く、つい調子に乗っていろいろご質問させて戴きました。

あっという間に過ぎた2時間でしたが、これからの不整脈外科手術に役立つ情報が得られた充実したひとときでした。

新田先生、夜久先生、関係の皆様、ありがとうございました。東京医科歯科大学の荒井裕国先生、来年は当番世話人がんばって下さい。

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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第4回日本ローカーボ食研究会にて

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糖質制限食の科学的研究会として発足した日本ローカーボ食研究会もいつしか第四回目の学術集会を持つようになりました。

今回は技術評論社から昨年11月に出版した教科書「正しく知る糖質制限食」の記念集会でもあり、会場は満杯で活気にあふれたものになりました。

遠方からのご参加もあり、関係者のひとりとして皆様に感謝申し上げます。

このNPO法人日本ローカーボ食研究会は春日井のアカデミック開業医・灰本元先生を軸にして、熱心な内科の先生方、管理栄養士さん、薬剤師さん、技師さんらが集まり今日の発展を迎えたものです。

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第4回研究会はまず灰本元先生から教科書出版の目的と経緯、ローカーボの背景にあること、が解説されました。これまでの糖質制限食の書物には科学性に欠けたものが多く、もし読者がそれを鵜呑みにすればがんが増えたり動脈硬化が悪化するおそれがあり(すでに米国ハーバード大学での本格長期研究で証明済み)危険である、その弊害を防ぐために科学的根拠のある教科書を創ろうとしたことが示されました。

そして教科書を創る過程で、かつては目の敵にしていた炭水化物が人類というより生命体にとって極めて重要な意義をもつことを知り、バランスの取れた総合的視野をもった穏やかな糖質制限食の本ができたことをお話しされました。

さらに糖質制限にまつわる様々な課題や問題点も指摘され、今後につなげる講演でした。

ついで小早川医院の小早川裕之先生がローカーボによる糖尿病治療におけるポイントをお話しされました。多数の臨床経験の中から、糖尿病の重症度に応じたローカーボダイエット、減量できない患者さんの対策、やせすぎの方への対応、長期間安定したダイエットのための考察、薬との関係などを解説されました。血中のインシュリンを増やすアマリールやアクトスなどの薬では体重が増えてしまうこと、逆にインシュリンを減らすメトグルコでは体重を下げることなどは興味深く、また実際の経験の中でうなづけるものでした。太った方には糖質をさらに減らすこと、やせた方には脂肪をもっと摂って頂くことなどもよく整理された対策と思いました。

渡辺病院の中村了先生はローカーボと体重について講演されました。ローカーボは低脂質ダイエットよりも早く効き(月単位)、早く体重を減らせる、しかし長期的(年単位)ではそれらの差がないことを示されました。大変興味深い内容と思いました。

患者さんの状態や食欲や考え方に応じて、こうした方法を使い分けることも良いのではとも思いました。肥満患者さんは単にメタボや糖尿病、脂質異常症、高血圧症、動脈硬化、CKDなどだけでなく、膝関節症、腰椎、逆流性食道炎(GERD)、睡眠時無呼吸(SAS)その他さまざまな問題を合併するため、これからさらに研究を進める必要があることがよくわかりました。その中で糖質制限食は有効な一打になることをあらためて感じました。

DSCN0119ついで私、米田正始がローカーボ食を心臓手術に応用するというテーマでお話ししました。そもそも心臓外科医の私がローカーボに関心をもったのは、心臓手術で患者さんが元気になっても、体調が良い、ごはんがおいしいと不健康な食事を摂ってメタボになるケースが少なくなく、このままではイカン、患者さんを本当に治したとは言えないと思うようになったことがきっかけでした。

つまり心臓手術後の健康管理にローカーボを活用したのですが、この2-3年は手術前の患者さんに応用することで、インオペ(手術不可)患者さんを手術可能にまで改善できることを発見しました。その成果をご披露しました。その内容を近々国際学会等で発表すべく準備しています。

私の講演のあと、平素敬愛する仲間の一人が「今日の発表で先生がやっておられることの意味がようやく判りました」と言って下さり、大変うれしく思いました。

皆さんのおかげで視野が広がり、治療手段が多様になり、患者さんへの恩恵がさらに増える、ありがたい限りです。

管理栄養士の篠壁多恵さんは現在名古屋大学大学院で研究する俊才で、きわめて勉強熱心な仲間です。6か月間のローカーボ食により摂取栄養素、食品群別摂取量の変化を調べられました。その結果、私たちが提唱するゆるやかローカーボ食では赤肉の摂取量が一日10gとわずかに増えるだけで、安全性が高いことが示されました。これはハーバード大学でのアメリカ人の研究成果と同じ方向性のもので、信頼に足りる内容と感心しました。

食の研究は個々の患者さんの生活の中でのことですので、食べたものを正確に把握する努力は大変なものだったと思います。

小又接骨院の村坂克之先生が恒例のアルコールの研究の続編を発表されました。わくわくする思いでこの成果を待っていたのは私だけではなかったものと思います。

糖尿病の患者さんでどのタイプのお酒のどの銘柄で血糖値が上がるか、あるいは上がらないかという実用的な研究で、先生ご自身が短時間で多量を飲まれ、そして血糖値を測るという体力気力が伴わないとできないものと、あらためて感心しました。

その結果、血糖値が下がったアルコールは、ある種の赤ワイン辛口、ある種のロゼ辛口、あるスパークリングワイン、ある糖質ゼロビール、ある種の純米酒など多数ありました。詳細は研究会の抄録をご参照ください。

こうしてキメ細かい、ゆるやかローカーボ食に合ったお酒の楽しみ方がこれから確立すると理想的と思いました。

名古屋大学名誉教授の加藤潔先生はアルコール代謝のご講演をされました。メタボリックマップの中でアルコールの位置がわかり、確かにうまく飲まないと体に悪い、エネルギー利用もおかしくなる、などが理解できました。この研究会で一番学術的な加藤先生ですので、サイエンスの眼を定着させて頂けるのはありがたい限りです。

第二部のパネルディスカッションではむらもとクリニックの村元秀行先生と灰本先生の司会でさまざまなディスカッションが行われました。

医師、薬剤師、栄養士、食品会社、薬品会社の方々がご意見をだされ、内容が充実しており勉強になりました。

痩せすぎの患者さんのダイエットをどうするか、逆になかなか痩せられないケースや長期的に良い状態を保つための工夫、あるいは高齢者の好みつまり脂肪を喜ばれない方々が楽しくダイエットして戴くにはどうするか、などなど熱く議論されました。

個人的には名古屋大学関係の外科や呼吸器外科の先生も出席され、興味深いコメントを下さり、心臓外科とは親戚のような領域ですのでうれしく思いました。

私のつたない研究にも関心をお寄せいただきありがたく存じました。

昼食は皆さん会場付近のレストランなどで摂られたようですが、私は協賛メーカーのローカーボ食品を戴いて勉強かたがた試食させて戴きました。脂肪のうまい使い方によってけっこう満腹感が得られました。

それやこれやで充実した第4回研究会でした。灰本先生、灰本クリニックの皆様、研究会の皆様、はじめご参加の方々に厚く御礼申し上げます。

 

平成26年2月8日

米田正始 拝

 

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執筆:米田 正始
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第27回日本冠疾患学会の報告記

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この12月13日ー14日に和歌山で開催された日本冠疾患学会に参加して参りました。

この学会は冠疾患つまり狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患の診断や治療を内科と外科の両方で協力して論じ、学ぶ会として発展してきたものです。

JCA27HPそのため、この2年あまり世界的に認められるようになったハートチームを提唱する魁とも言える立派な学会で、いつもそうした交流のなかで学ぶことが多いため、私は好んで参加しています。

今回はまず前日の理事会や評議委員会などの重要会議に出席する予定でしたが、かんさいハートセンターで緊急手術があり、どうしても私がやらねばならない、以前からなじみのある患者さんで、4回目の心臓手術(再々々手術)という大変リスクの高い状態でしたので、学会にお願いして理事会を欠席させて戴きました。

しかしお陰さまで緊急手術はうまく行き、大動脈弁を置換し、僧帽弁(人工弁)は形成して治すことでスムースに経過しました。

その日のよるから和歌山に入りました。

今回は和歌山県立医科大学・循環器内科の赤坂隆史教授が内科系会長を、同大学第一外科(心臓血管外科)の岡村吉隆教授が外科系会長を務められ、いずれもハートチームにふさわしい立派な先生方で、昔からお世話になっている畏友でもあり、張り切って参加させて戴きました。

今回の学術集会は華岡青洲から引用された「内外合一」という、ハートチーム時代にふさわしいもので、内容的にも内科外科それぞれの進歩だけにとどまらぬ、共同作業とも言える内容が随所にみられ、学ぶことの多い学会だったと思います。

スペースの都合で、ここでは私関係の活動報告を主にさせて頂きます。

まず初日の第17回再灌流療法フォーラムでは上松瀬勝男先生と本宮武司先生らのご厚意で外科系講演という栄誉を賜りました。

内科系は国立循環器病研究センター心臓血管内科部門長の安田聡先生の微小血管レベルでの再灌流障害と心筋保護というテーマでお話しされました。平素の疑問点に応えてくれる、優れた内容のご講演だったと思います。カテーテルによる冠動脈造影でも映らない細い血管が患者さんの予後に影響を与えており、これからこうした細動脈にもっと目を向けるべきと思いました。

ご意見を求めて頂きましたので、心筋梗塞後の左室破裂の所見や対策についてコメントさせて戴きました。これは病理的には心筋解離によるジグザグ型破裂で、その出口つまりre-entryの位置によって左室破裂心室中隔穿孔VSPかに別れ、治療法も部位により工夫するが基本は同じことをお話ししました。

私は外科手術(on-pump、off-pump)後の再灌流障害というテーマで講演いたしました。現代主流のオフポンプ冠動脈バイパスでは虚血再灌流障害はかなり少なく、特殊な状況たとえば急性心筋梗塞後のバイパスなど以外ではもはや再灌流障害は見られず、これも治療成績の進歩に役立った。しかし心臓を止めて行う通常型の心臓手術では、重症例を中心にまだ虚血再灌流障害を見ることがときにある。それに対するさまざまな対策をこれまでの研究データをもとにしてお話ししました。

たとえばポリフェノールを心臓手術の前に投与しておき、十分な抗酸化対策を立ててから手術すると、虚血再灌流障害はうんと軽くなる、あるいは他の薬剤たとえば free radical scavengerなどを用いても同様の効果が見られるなどですね。

この問題は心臓手術や急性心筋梗塞後の治療だけでなく、心筋梗塞後慢性期の心不全にも大いに影響し、これへの対策が大きな意味をもつことを、ACE/ARB研究やHANP研究、さらには再生医学でも酸化ストレスを減らす治療で長期的な心機能を改善することを示しました。

虚血再灌流障害の治療からもっと幅広く酸化ストレスの対策までを臨床から再生医学まで論じ、この領域の重要性をお示ししましたが、座長の上松瀬先生から壮大なお話しとお褒めいただき、恐縮してしまいました。

ともあれこのテーマのおかげで虚血再灌流障害をもう一度勉強しなおし、おまけに肺や肝臓などのそれも理解が進んだのはありがたいことでした。

会長要望ビデオのセッションでは、同時間のシンポジウムに私の発表が重なったため、高の原中央病院かんさいハートセンターの増山慎二先生に代演してもらいました。

虚血性心筋症・虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対する外科治療の努力ということで、私、米田正始のオリジナルの2手術を発表して戴きました。ひとつは拡張型心筋症や左室瘤に対する新しい左室形成術、一方向性ドール手術で、いまひとつは機能性僧帽弁閉鎖不全症に対する乳頭筋適正化手術(papillary heads optimization, PHO)でした。

会場から温かいコメントを頂いたようで、皆様に感謝申し上げます。増山先生、ご苦労様でした。

その発表と並行する形で、「この症例をどうするか」というセッションで最近私たちが経験した感動の症例を提示しました。お便り99に掲載した患者さんで、普通ならもうダメ、どうにもならない状況から元気に退院して行かれたケースでした。

私にとっては京大を辞めてから6年、日々磨きあげて来た新しい心臓手術の成果を端的に発揮できたケースでした。かつて助けられなかった患者さんへの想いや、これほどまでに私たちを信じて頑張って下さったこの患者さんへの感謝の念、そしてその間私に協力してくれた多数の方々への熱い想いが重なって心にしみるものがありました。

医学的には、こうした難症例の治療の選択肢をいくつか提示し、その中にはこれから普及するであろうTAVIやM clipなどのカテーテルベースの治療も含めて内科外科の皆さんと議論しました。

これほどの低心機能の患者を7年も生存させているだけでも素晴らしいとお褒め戴き恐縮しました。ともあれ、これからもっと記録を伸ばしていけると思います。患者さん、頑張って下さい。

夜の懇親会では楽しいひと時を持つことができました。余談ながら和歌山城が見える会場は素晴らしいとあらためて感心しました。

よく2日目は主に勉強させて戴きましたが、最後のセッションは内科外科合同のパネルで、左冠動脈主幹部病変や多肢病変への内科外科のアプローチというテーマでした。大阪大学の南都伸介先生と私、米田正始で司会をさせて頂きました。

Syntaxトライアル5年後の結果がでて、複雑冠動脈病変は基本的に外科手術つまり冠動脈バイパス手術が勧められるというガイドラインが出て、たまたま天皇陛下のバイパス手術などもあり、世の中は外科のほうに揺り戻しているように見えます。

しかし内科の御意見としては、すでに次世代のステントが広く使われており、Syntaxのころより優れた結果を出している、これからガイドラインも再検討すべきという声がありました。

一方、外科の御意見として、オンポンプバイパスが中心のSyntaxと違って日本ではオフポンプバイパスが中心であるため、外科はより一層安全で有利、だからガイドラインは一層外科寄りであるべきという空気がありました。

それぞれ優れたものがより優れた結果を目指しての内容で、素晴らしい議論と思いました。元小倉記念病院チーフの横井宏佳先生はより良いハートチームという観点からエビデンスとエクスペリエンス経験をそれぞれEBMとレジストリーからデータを出して極めていくべきと提唱されました。

近年カテーテルのときに多用されるようになったFFRをもっと活用して、より実際に合った適応やガイドラインを提唱されました。またDAPTと呼ばれる強い抗血小板治療の考え方やハイブリッド治療の重要性にも言及されました。

これから日本独自のより正確で安全なガイドラインへ向けて研究を進めて頂ければとお願いしてしまいました。

いろいろと勉強できる優れた学術集会になったと思います。会長の2先生や関係の皆様に御礼申し上げます。

平成25年12月21日

米田正始 拝

 

 

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第7回Mulu弁膜症シンポに参加して

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このアジアを代表する心臓弁膜症のシンポジウムに参加して参りました。弁膜症の患者さんたちや、心臓外科を学んでいる若い先生方の参考になればと印象記をお書きします。

IMG_0068bこの会は世界的に有名なロッキーマウンテン弁膜症シンポジウムのアジア版として10年以上まえに誕生しました。2年に一度、アジアのどこかで開催され、発展してきたものです。

私はひょんなご縁で第3回から講師として参加し、毎回成果をご披露して来ました。

欧米の友人たちとはまた違う、何か親戚のような親しみをアジアの友人たちに覚え、アジアの中で日本ができる貢献を考える場としても有難く、参加して来ました。

今回の第7回シンポはあの世界遺産・アンコールワットを擁するカンボジアで開催されました。以前からカンボジアを推薦して来た私にとっては一段とうれしい会になりました。私がアンコールワットの存在を知ったのは中学時代だったと思いますが、心に強く残るものがありました。栄華を極めたクメール王朝の文化、滅び行く美しいものに是非残って欲しいなどと思ったものです。あの激しかったベトナム戦争がカンボジアに飛び火し人命が失われることのつぎにこのアンコールワットの破壊を心配したものです。

ともあれシンポジウムではアジアや欧米の仲間とともに真面目に勉強にいそしみました。

始めにこのシンポのルーツであるロッキーマウンテンシンポの立役者、Carlos Duran先生の後継者であるMatt Maxwell先生が弁膜症のパイオニアの話をされました。

Duran先生や大御所Carpenter先生はもちろんその土台を創られた先生方を紹介し、偉大な先駆者に共通した点を挙げられました。とくに若い先生方の参考になれば幸いです。

1. Generous teacher & good students 優しい指導者かつ態度の良い学生であれ

2. Strict, skeptical scientists 厳密で懐疑的(何でも疑う)な科学者であれ

3. collaboration with engineers and technitians 技師や技術者と協力せよ

4. longitudital follow-up; clinical & structual 臨床と弁構造のフォローアップを

5. Impassioned & dedicated あふれる情熱と没頭を

これだけそろえば偉くならないほうが不思議です。幾多の困難を乗り越えて来られた先人たちの想いと努力を今一度思いだす機会になりました。

ついで人工弁や僧帽弁形成術用のリングの使い分けを数名の先生方が解説されました。インド・ムンバイ(旧ボンベイ)のPandy先生は僧帽弁形成術の今日的意義と、僧帽弁置換術では将来の再手術を念頭におかねばならないということを、ハノイのSon先生は機械弁の話をされましたが、それ以上に旧北ベトナムも発展していることを知りうれしく思いました。香港の友人Song先生は僧帽弁形成術リングの使い分けをきれいに整理され、参考になりました。

IMG_0043b夜の歓迎パーティでは州知事さんが参加され(写真右)、アジアでは相変わらず心臓外科が社会から大切にされていることを感じました。

弁膜症シンポジウムの2日目は僧帽弁形成術を論じました。

マレーシアIJNのChian先生はエコーの最近の成果と実際を解説され、よいまとめになりました。負荷エコーの有用性をとくに機能性MRなどで示されました。

畏友Calafiore先生(イタリア、現在はサウジアラビア)は僧帽弁形成術の新しい工夫を発表され、私も共感するところがありました。あとで一緒に共同研究しようということで前向きに検討することになりました。お互いいくつになっても新しい優れたものを追求できるというのは幸せなことと思いました。

オーストラリア・ブリスベンのFayers先生はARでの機能性MRや、それへの僧帽弁形成術の際に機能性MSが起こること、さらにMクリップなどの解説をされました。あとで私が同じ領域の現況をお話ししたときに、そんな方法があるとは知らなかった、やってみたいと言って下さり、うれしいことでした。

ベトナムの畏友Phan先生はCarpentier先生の弟子で、すでに世界一のリウマチ性僧帽弁膜症の弁形成の経験をお持ちです。今回はリウマチ性僧帽弁膜症のうちどういうケースがより難しいか、どういうケースが確実に形成できるか、をきれいに整理して話されました。

IMG_0058b不肖私はゴアテックスをもちいる僧帽弁形成術というテーマで、1.ポートアクセス法での複雑僧帽弁形成術でゴアテックス人工腱索を多数立てる方法をご披露し、さらに2.機能性MRで重症例を低い侵襲で救う工夫を発表しました。

シンポジウムの時も、そのあともいろんな方々から、そんな方法があったんですか、私もやってみたい、とか細かいテクニカルな点をご質問いただき、関心を持っていただきうれしく思いました。(右写真、左からGersak先生、私、Maxwell先生、Saw先生です)

オーストラリア・ブリスベンの大先輩Gardner先生は僧帽弁形成術の際におこり得るSAM (僧帽弁前尖が前方にめくれあがること)のメカニズムや対処法をお話しされました。

マレーシアのChian先生は話題のMクリップ(カテーテルでアルフィエリ型の僧帽弁形成術を行う)を報告されました。最近の一部の報告で機能性僧帽弁閉鎖不全症にこのMクリップが良いというのがありましたが、クアラルンプールのIJNという有力施設の経験ではテント化が11mmを超える症例や逸脱が強い症例にもこのクリップは不適ということでした。正直な発表でさすがと感心しました。

引き続いて三尖弁閉鎖不全症のセッションがありました。Calafiore先生は左室駆出率が40%を割る症例では右室拡張が起こりやすくそうなると三尖弁形成術の効果が落ちる、そうなるまでに手術するのが良いとのことで、重要なメッセージと思いました。

私などはそうしたタイミングを逃した患者さんの三尖弁手術をけっこう多数やっており、いざとなれば将来のTAVI(カテーテルで入れる生体弁です)を意識した三尖弁置換術を行うことがありますが、そのTAVIでのvalve-in-valveを三尖弁でうまくやれるということをCalafiore先生から直接聞き、うれしく思いました。今後多数の患者さんたちがこの恩恵を受けることでしょう。

神戸の岡田先生は日本弁膜症学会の重鎮で三尖弁形成術をまとめられました。心房細動、肺高血圧症、右室不全のケースでは小さ目のリングをというメッセージは役に立つと思いました。

IMG_0025b午後の心房細動のセッションでも活発な議論が交わされました。心房細動の期間の長さと左房サイズ(60mm以上)が重要であるということが大分認識されるようになり、かつ心房細動を治すことが患者さんの寿命を延ばすために大切であることが浸透するようになりました。10年近くまえから心房縮小メイズ手術でこの課題を克服して来た私たちとしてはより多くのひとたちにこの方法を知って頂けたらと思いました。

翌日は恒例の「遠足」で、参加者の親睦のため全員でアンコールワットに行ってきました。

ベトナム戦争のときのカンボジア内紛で人命とともにアンコールワットが破壊されることを懸念されたものですが、何とか無事に残っていて、よくぞ生き延びてくれたという気持ちになりました。もちろん世界遺産であり、アジア人の英知や文化を示すもので、皆さんこれからも機会をみつけて訪れて下さいとFacebookでお願いしてしまいました。

IMG_9468bというのはあちこちで破損がひどく、とくにこの地域の特徴でしょうか、木の根っこが建物の隙間に入り込み、そのまま木が成長して建物を根底から破壊するという現象が見られ、大掛かりな保存策が必要な状態と知ったからです(右写真)。

なおこの遠足のときに会場では若い先生らがウェットラボで手術練習をしておられました。これまで何回かその指導を楽しくやらせて戴きましたが、今回はアンコールワットに執着があり、ウェットラボはパスさせて戴きました。

シンポジウムの最終日も充実していました。

大動脈弁手術のセッションではサウジのAlShahid先生が手術の最適タイミングを論じられました。とくに大動脈弁置換術は現代の心臓手術の中では一番簡単な手術という位置づけにありますが、そのタイミングが遅れすぎた患者さんのリスクは高く、まだまだ内科も含めた検討や啓蒙活動が必要と感じました。やはり治せる病気でいのちを失ってはいけないと思いました。

同じくサウジアラビアのAl Halees先生は大動脈弁形成術の解説をされました。この大動脈弁形成術はまだ進歩しつつある領域で、その分未知のこともあり、力が入ったと思います。大動脈弁尖を心膜や特殊な材料で延長するcusp extension弁尖延長の成果を示されました。これと尾崎先生の弁尖置換の両方をやっている私としてはそれらの使い分け、どの場合にどちらが良いか、とくに長期的な安定はどうか、などに関心があり、議論させて戴きました。

中国武漢(ウーハン)心臓病院のLiang先生は心膜で大動脈弁再建を多数やっておられ、二尖弁や4尖弁の形成も努力しておられ、参考になりました。ここでも自己心膜よりウシ心膜が良いとの意見で、これから何が本当にベストかをしっかり検証したく思いました。

ひきつづいて行われたTAVIのセッションでは最近聞き飽きた感のある話もありましたが、オランダのAmrane先生は経上行大動脈のTAVIを報告されました。外科医が腕を振るえる治療のひとつで、うまくやれば患者さんにとって大きな光になるものと思いました。何しろ、動脈硬化の強い大腿動脈や弓部大動脈などを回避し、かつ心尖部のやや弱い組織も使わずにすむわけですから、これからが楽しみです。

それからMICSのセッションがありました。ポートアクセスで手術をやっている心臓外科医はこの熱心な参加者の中でも半分ぐらいで、まだ課題があることを窺わせました。

シンガポールのKofidis先生は視野を良くする工夫を含めた経験を紹介されました。スロベニアの畏友Gersak先生はより進んだポートアクセス手術を紹介され、私などはやってみたいと思いましたが、大方の印象はおたく過ぎて真似できないという感じでした。

しかし最近話題のsutureless valveつまりTAVIの良さを導入して、全部を糸で縫い付けるのではなく、大半は弁を広げて圧着固定する方法とポートアクセス法との組み合わせでの手術は今後の展開が期待できると思いました。

マレーシアの畏友Dillon先生はクアラルンプールでの多数の経験を紹介されました。以前に名古屋ハートセンターでポートアクセスを立ち上げたときに大いに参考にさせて頂いた方法で、じつはスタンフォードでハートポートを初めて成功したチームにYakub先生(マレーシアIJNのチーフ)がおられ、そこからの流れで、いわば昔からの同門みたいな親近感があり、楽しく聴くことができました。

Muluシンポジウムのオーラスの講演はCalafiore先生がされました。

Chr1006-s大変重要な講演でした。というのは最近話題のM Clipの研究発表が非常におかしい、という刺激的内容だったからです。世界のトップジャーナルのひとつであるNew England Journal of Medicineに掲載されたM clipの論文で、2単位以上の輸血が大きな合併症と位置付けられ、予後に影響する多量の遺残逆流を小さい合併症と位置付けられたこの研究はおかしいというわけで、一同なるほどと思いました。輸血はゼロが望ましく、私たちもできるだけゼロへの努力をしていますが、実際に2単位で肝炎になる確率は5万分の1もなく、患者さんへの迷惑はないといっても過言ではありません。それよりは僧帽弁閉鎖不全症を残すことのほうが大きな問題でしょう。

しかしそうした理不尽な論文が新しいデバイスを用いた研究ではちょくちょく見られるのです。これは企業の経済的圧力に屈したと言われてもしかたがないことです。

近年、そうしたことが看過できなくなったのでしょう、企業などから謝礼や寄付金を受けている研究者は、そのつどそれを公表することが義務付けられていますが、これをもっと強化する必要があると思いました。

それと結果やデータと、論文の結論に差があるという現象も大問題です。これは日本のPCIつまりカテーテルでの冠動脈ステント治療の研究でも指摘されたことですが、外科の冠動脈バイパス手術の患者さんのほうが長生きできている、そうした結果がでているのに、論文の結論にはそれが書いてない、ステントもまあまあ良いというお茶を濁した記載になっている論文があるのです。これからもっと正しい記載、正しい論文を皆でチェックし創り上げる必要があると感じました。

それやこれやで大いに学び、楽しんだ4日間でした。夜はGersak先生らと一緒に空港まで行き、再会を誓って(ちょっと大げさ)それぞれ帰途につきました。

この機会を戴いたSaw先生と支援し留守を守って下さった高の原中央病院の斉藤先生、増山先生、小澤先生ほかスタッフの諸君に感謝申し上げます。

 

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第三回伊賀塾

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この11月3-4日に三重県伊賀市で開催された第三回伊賀塾に参加して参りました。

伊賀塾写真この会は医療や医学の在り方を医師や看護師など医療者、市民、研究者、行政、企業などの多彩な顔ぶれで徹底して論じ学ぶ場として昨年からスタートしたものと聞いています。

心臓外科の大先輩であり、これまで雑誌の編集や学会などでいつもお世話になった小柳仁先生(東京女子医大名誉教授)が塾長を務められる会です。

すでに第三回目を数えます。私はこれまで他の用事のため参加したくてもできなかったのですが、今回ようやくスケジュール合わせができて、初めて参加できました。

参加してみてまず思ったことは、これまで自分が参加して来た学会や研究会とは違う、より包括的、人間的、哲学的な流れがあり、大変勉強になるということです。医学医療にも人生経験にも役立つと言えましょう。

そしてその授業が崇廣堂という、江戸時代の藤堂藩の由緒ある藩校で行われたことも特筆すべきと思います。300年の歴史がある建物で、昔と変わらぬ情熱で勉強していること自体が新鮮と感じました。

一日目には、まずカルビー株式会社社長の松本晃先生がNPO法人・日本から外科医がいなくなることを憂い行動する会の代表として「日本から外科医がいなくなる日」をテーマに講演されました。

IMG_1991bもと医療産業で豊かな経験をお持ちの松本先生ですので、深い洞察を感じるお話しでした。私、米田正始もご指名にて発言をさせて頂きました。外科をやりたいという若者はまだまだ多数いるが、日本独自の構造的問題のためにそれが阻まれていることをコメントしました。医療そのものの改革が必要と思うのですが、同時に外科の保険点数を上げるだけでも有効とお伝えしました。

大阪大学名誉教授の川島康生先生が締めのコメントをされました。新入の学生に対して、お金や楽しい生活を求める学生を大阪大学は求めてはいないことを毎年話するということで、わたしはこれぞ大学人とくに医学部魂の真髄と膝を叩きました。

ついで京都大学名誉教授の光山正雄先生が「医学研究と医療はこれからの医にどうかかわれるのか」という大きなテーマでお話しをされました。

光山先生はかつて京大にて大変お世話になった先生で、昔と変わらぬ聴く耳をもった深い洞察にもとづくお話しで感嘆しました。研究の重要性には疑いないと確信するのですが、臨床に直結しないケースもあり、それは研究も臨床もコラボレーションもそれぞれ積極的に進めながら良い形を追求すればよいと思っています。総花的ですが研究者の思いと臨床家の思いにはギャップがあり、そのギャップを埋める楽しい場を造りながら待つというのも着実で良いと思います。

畏友津久井宏行先生(東京女子医大心臓外科)が指定討論をされました。補助循環がここまで来たこと、それに研究が大きな貢献をなしたことなど、あらためて心に響く内容がありました。

ブレークのあと、聖路加看護大学学長の井部俊子先生が「看護師たちの慢性的な疲弊ー夜勤・交代制勤務の改革」についてお話しされました。

この問題は看護師さんだけでなく医療を守るための重要なもので、今後身体に無理のないシステムを早く構築すべきと痛感しました。たとえば準夜勤なら1か月間準夜勤すれば体調もなじみやすいと昔から提案して来たのですが、こうしたことがようやく真面目に議論されるようになったのは大慶です。 井部先生は論客ですが、独特のユーモア、ときにひとをドキッとさせるブラックユーモアが出て興味深く勉強させて戴きました。

国立病院機構大阪医療センターの渡津千代子先生が指定討論されました。私は若手医師の教育に比べてナースの教育は難しいことをコメントさせて戴きました。というのは、若手医師には頑張って実力をつければそれを発表する場もあり将来がいくらでも拓けるチャンスがある、いわば高校球児に「目指せ甲子園!」という明快な目標を示して楽しい汗を流せるのと同様の仕組みがいちおうある。しかしナースにはその甲子園というほどのものがない、何とかそうした楽しい仕組みができませんか、と投げかけました。市立奈良病院の看護部長さんがお答えくださり、専門ナース、認定ナースの制度ができつつあり、雰囲気が変わって来ましたとのことで、うれしいことです。私たちなりにそうした空気を盛り上げたく思いました。

最後に塾長の小柳仁先生が「グローバルスタンダードから40年遅れた日本の臓器移植ーここから何を学び、患者をどう守るのかー」というお話をされました。

小柳先生の移植へのご貢献は存じていましたが、これほど熱い情熱をもって取り組んでおられたことを知り、感嘆これ久しくしました。とくに患者さんへの愛情を素晴らしく思いました。さらに小柳先生は人と心の交流をもつための「言葉」、普通のコミュニケーションを超えるものを大切にしておられることを実感しました。さっそく戴いてこれから身に付けたく思いました。

指定討論は市立札幌病院救命救急センターの鹿野恒先生がされました。これほどこころのこもったケアを脳死の患者さんに対してできるのかと私は感動いたしました。さらに脳死云々だけでなく、脳死を防ぐ、つまり救命で立派な成績を出しておられるのには再度感心しました。

その夜のナイトセッションでは皆賑やかに飲んで食べて語り合えたこと、楽しいひと時でした。伊賀忍者と甲賀忍者はもともと親しい関係で、その後ライバル関係になったのは伊賀が徳川方に、甲賀は豊臣方についたからというお話しは忍者に興味のある私には面白いものでした。手裏剣はこれまで6連発ほどで投げるものと勘違いしていましたが、実際には毒を塗って一発必中で至近距離で投げるそうです。

その夜はサイエンスBarという面白そうなセッションがあったのですが、日本シリーズ第7戦の真っ最中のため、私は失礼してテレビの前におりました。

2日目も貴重なお話しが続きました。

IMG_1989b名古屋大学の杉浦伸一先生は「尊敬されるが、必ずしも好かれるとは限らない壁」という、痛いところを突いたお話しをされました。無意識の敵をできるだけ造らないというお考えにはうなづけるものがありました。また安定を求めるリーダーには、理解できないことを一緒にする勇気がないというのも、実例を思いだしなるほどと感心しました。こういう人たちがこの国の活力を下げているとあらためて思いました。ともあれいろいろ参考になるお話しで、尊敬されなくても良いから、好かれるようにしてみようと思いました。

ノンフィクション作家の後藤正治先生は奇蹟の画家をめぐってというテーマで石井一男さんのお話しをされました。情熱大陸で放映されたこの画家の絵を皆さんがどう感じておられるかを調べてその核心に迫られたものです。たしかに石井さんの絵を見ていると、なぜか心惹かれるものがあり、そこに温かさのような安心感のようなものを感じます。石井さんの生活態度は煩悩を離脱した、高い精神の世界と思いました。さっそくこの本を注文しました。

この伊賀塾が開催された崇廣堂ではトイレが少なく、コーヒーブレイク時には隣の小学校のトイレまで行くという、なかなか昔風の状態があり、それがこの歴史的建造物の中で勉強しているという喜びをより強く持たせてくれるものがありました。夏には講堂に氷柱をおいて皆汗を流しながら勉強するというお話しもどこか新鮮で、そこから何を感じ取れるか少々興味があるところです。

伊賀市上野総合市民病院の三木誓雄先生は怒るということ、怒らないということというテーマでお話しをされました。叱るが怒らないというのはレベルの高い教育者の叱り方であるというお考えに賛同しきりでした。三木先生はこの上野総合病院の活性化・改革に取り組まれ、3年で成果が見えてきたようで、とくに現場・ナースが創る緩和ケア病棟というのはコメディカルがこれから医療現場で主人公となり得る意欲的な試みと感嘆いたしました。医師もコメディカルも患者を守る砦でありお互い病院の主人公の誇りをもって一緒に進める仕組みが理想的と思いました。三木先生は肝移植の実績の豊富なスペシャリストですが、これから地域の星になって頂ければと思いました。ご本人はそろそろ裏方に隠れて貢献したいとおっしゃっていましたが、まだ佳境はこれからです。

現場といえばこの10月にオープンした高の原中央病院かんさいハートセンターでもコメディカルの進歩成長が日々感じられ、楽しみが増えています。彼らにもっと主体的に活躍して頂こうと思いました。

こうした、平素何となく考えたり悩んだりしていることを、各界の実力派の方々から解説や問題提議をしていただけた伊賀塾は、マンネリ化していた私の頭に鮮烈な刺激になりました。これからこうした場にまた参加して今後の糧にしたく思いました。

こうした場をご紹介下さった小柳先生や企画をされた三木先生、伊賀市役所の皆さん、協力者の皆さんに厚く御礼申し上げます。来年もまたよろしくお願い申し上げます。

 

平成25年11月6日

 

米田正始 拝

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
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元・京都大学医学部教授
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10年。

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いつの間にか長い時間が経ちましたが、まだ昨日の事のように覚えています。当時はまだ珍しかった、そして未知の部分が多かった左室形成術という手術を行った患者Mさんのことです。

本日日本胸部外科学会という心臓外科や肺・食道外科のトップ学会の分科会として仙台にて開催された重症心不全研究会で、ベストシナリオの症例ということで当番世話人の斎木東北大学教授のご厚意にてMさんの手術治療を紹介させて戴きました。

Mさんは10年前、私がまだ京都大学病院で勤務していたころに緊急入院して来られた患者さんです。以前の心筋梗塞のため心臓が年々悪化し、健康なときの4分の1のちからまで落ち、心不全のため近くの病院に入院退院を繰り返すまでになっておられました。しかもいのちにかかわる不整脈が出たり、左室の中に血栓の塊までできて、これがもし脳に流れれば即死する恐れさえある状態でした。

ただちに皆で治療方針を立て、準緊急手術で救命することになりました。たまたまそのころに朝日テレビの記者さんたちが私の取材に来ておられ、是非そうした患者救命の最前線を紹介したいと依頼されました。Mさんの手術は当時、というより10年経った今でも他より危険性が高い大手術で、それを報道陣の前で行うことは、何か不幸な結果がでれば私も引責辞任の事態さえ考えられる状況でした。

しかし患者さんがいのちを賭けた闘いに敢然と挑もうというときに、私もこの手術を確信もって行い、かつこの左室形成術という危険性はあっても患者さんにとって希望のひかりとなる手術を世の中に啓蒙する義務があると考え、手術も取材も予定どおり進めることになりました。

この取材を報道した番組の録画はこちらを をご参照ください。

手術は当時としては最先端の、セーブ手術という左室形成術だけでは不足するため、Septal Reshaping(心室中隔形成)という方法を併用し、同時に僧帽弁形成術、冠動脈バイパス手術、両室ペーシングなどをすべて心臓を動かしたまま行うというものでした。
よくそんな目茶ができるねと当時友人に言われたものですが、極度に弱った心臓のため、普通の心臓手術のように一度心臓を止めてしまうと二度ともとのパワーが出せなくなることを恐れたからです。

我がチームの興亡この一戦にありという気持ちで臨んだかと言われれば、むしろ逆で絶対勝てると確信して臨んでいました。これまで幾多の勉強や研究、議論を尽くして来たのはこうした患者さんを助けるためであり、これだけ準備して来たのだからきっとできると確信していました。

手術はうまく行き、患者さんはまもなく元気に退院して行かれました。

その後、私が大学病院で政治的に困難に局面したときも他の患者さんたちとともに署名などを集めて支援して下さいました。心臓外科医の苦労を知らず、ただ仕事をしたくない人たちの側について私を批判していた人たちが生涯知ることができない、熱い患者さんたちの心からの支援を何よりうれしく思ったものです。

その後、患者さんの会で定期的にお元気なお姿を見せていただき、いつもうれしく思ったものです。そのMさんの手術から10年が経ち、かかりつけの病院の先生(枚方市民病院の中島伯先生、ありがとうございます)が10年後のデータを送って下さいました。かつて正常の4分の1まで弱っていた心臓は何と正常レベルにまで復活していました。自分たちの努力がこういう眼に見える形で報われたこと、そして左室形成術という手術が条件を考えてしっかり行えば奇跡を起こすことも示されました。

重症心不全研究会は、左室形成術が患者さんに真に役立つことを科学的データをもって世界に発信し、まだまだ理解されていないこの術式を世界に役立ててもらおうという主旨で、松居喜郎北大教授や須磨久善先生はじめ日本の左室形成術のエキスパートが集まり造られた研究会です。私も及ばずながら手伝いさせて戴いております。

こうした素晴らしい仲間のまえで、忘れられない患者さんをご紹介できたのは望外の喜びでした。しかも私は翌日所用が奈良であり終電に間に合わせるために早退する必要から、我が弟子・増山慎二先生に発表して戴きました。立派な発表を最後まで聴くことができ、友人たちから温かいコメントも戴き、頑張ってくれた患者さんや当時のチームを想い出しながら帰途につきました。私は患者さんに生かされていると、ありがたく思った一日でした。

平成25年10月18日

米田正始 拝

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執筆:米田 正始
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東大寺学園の50周年記念会に参加しました

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高校時代というのはもはや遠い昔の夢のようなひと時のように思っていました。

本日、私の母校、東大寺学園高校の50周年記念式典に参加して参りました。東大寺総合文化センター(金鐘ホール)という近代的かつ東大寺の雰囲気にマッチした施設が旧校舎エリアにあり、そこで式典は開催されました。

そして懐かしい方々や若い現役の学生諸君と接して、高校時代を良い意味でひきずっていることを感じました。体の軸のひとつになっていて、今なお自分を助けてくれている、と言えましょうか。

IMG_1924b祝賀会の前半はさすが東大寺らしい物故者への法要、読経と学園関係の方々やご来賓の祝辞、そして学生諸君による室内楽コンサートでした。

学園関係の方々が口をそろえて大仏のような大きな人物を育てるという教育方針は昔も今も変わらない自由闊達な校風が健在であることを実感させてくれるもので、誇らしいことでした。

悪く言えば無茶苦茶な破天荒な一面もあったように記憶しますが、皆、前を見て努力して進んでいたように思います。

祝辞を述べられたご来賓は錚々たる顔ぶれで、荒井正吾・奈良県知事、仲川げん・奈良市長、津山恭之・奈良市副市長、山下力・奈良県会議長はじめこの高校が50年の間に社会から評価されるに至ったことを実感させてくれるものでした。また畏友・堀井巌さん(今年から参議院議員)も出席され、パワーを感じる祝賀会となりました。副市長の津山さんは私の1年先輩で、当時は野球のスターでありかつ親切にして戴いたこともあり、うれしい再会でした。

室内楽コンサートでは新旧の校歌が演奏され、中でもなじみのある新校歌で最後の一節、「東大寺東大寺学園われら」のところで思わずくちずさんだ方々が多かったのではないかと感じました。

セレモニーのあとは懇親会で、現校長の矢和多忠一先生、クラスメートの水野君、松岡君、田中君はじめかつてお世話になった中川先生、大地先生、渋谷先生や京大でも大先輩でいろいろご教示戴いた高井先生らとも懇談でき、気持ちはまさに青春のど真ん中と言ったところでした。高の原中央病院副理事長の斉藤正幸先生のおかげで、新しい知り合いができ、感謝感謝でした。

無骨でも自由なものの考え方、人生観、これは私の人生のなかで学んだ京都大学の内容・本質重視の気風やアメリカのパイオニア精神とも合致するところも多く、こんな素晴らしい教育をしていただけたことを、あらためて感謝した次第です。しかし当時は不勉強で恩師たちを嘆かせていたのはまずかったとまたまた反省してしまいました。

あるご来賓が東大寺学園の校歌を見て、世界に羽ばたく人材を育てている、これが現実になっているのはすごいと賛辞を送られました。別のご来賓が、学生時代に校門前の焼き芋屋のおじさんから、高いところ、遠いところを見て進むだけでなく、自分の足元をしっかり見据えることも忘れないようにと言われたお話しが含蓄深く心に残りました。それは奈良のこと、油断するとすぐ鹿のフンが靴に付くという落ちがついた、心憎いアドバイスでした。

ただ一つだけ、人知れず寂しく思ったことがあります。あの校舎と、グラウンドのない狭い校庭をもう一度見たかったのですが、それらはすでになく、上記の近代的な博物館になっていたことです。あの校舎と校庭は、努力と工夫でどんなところからでも立ち上がれる自立精神の象徴と自分なりに思っていたからです。それらはノスタルジアとして心の中に活かしておけば良いのでしょう。

郷里で心臓外科のライフワークを完成させるべく、高の原中央病院に「かんさいハートセンター」を立ち上げたこのときに、こうした原点回帰のようなひとときを頂けたこと、関係の皆様に厚く御礼申し上げます。

このちからを明日から心臓手術の患者さんのために役立てる所存です。

平成25年10月12日

米田正始 拝

 

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執筆:米田 正始
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須磨ハートクリニックの訪問記

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心臓外科の大先輩である須磨久善先生が心臓手術の現場から仮引退され、あたらしいクリニックを開設されたことは存じておりましたが、詳細がわからずそのままになっていました。(須磨先生、開院祝いもまだできておらず、失礼しました!)

 

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じっくり相談できることは心臓外科医療の原点です

先日の研究会の場で須磨先生と歓談しているときに、ふとその須磨ハートクリニックのお話しになり、いちど遊びにおいでと仰ったので早速後学のために行って参りました。

 

須磨久善先生のことはご存じの方が多いと思いますので、ここでは簡略にご紹介いたしますが、あのNHKプロジェクトXでも紹介されたバチスタ手術を日本で最初にされ、それも単に初めてというだけでなく、工夫を重ねて多数の患者さんを救命され、その成果を世界へ発信され、心不全の外科治療に貢献をされました。これは目の前の患者さんを、それも多数お助けするというにとどまらぬ、世界の、直接目に見えない患者さんたちにも恩恵を届けるという意味で素晴らしいことだったのです。

それともうひとつ、冠動脈バイパス手術でバイパスに使う血管として胃大網動脈という胃の周りにある動脈を初めて用い、それを実用レベルにまで完成され、これまた世界にその真価を発信されたというお仕事もしておられます。

こうした海外への発信がどれほど大変で、かつ有益かは、海外で長年汗を流したものにしかわからないところがあります。須磨先生のはそれを国産で、海外より恵まれない環境の中で、自分のあたまで考えて実行されたところが素晴らしいと思うのです。

その須磨先生が上記のように手術現場を仮引退され、開業されたのが須磨ハートクリニックです。私がしつこく「仮」引退とお書きしたのは、まだまだ引退ではなく、少し視点を変えて心臓外科をさらに発展させて戴きたいという気持ちからです。

須磨ハートクリニックは東京の話題の地、代官山の蔦屋書店T-SITEの中にあります。

個人的印象をお書きしますと、それはカリフォルニアのスタンフォード大学エリアを想起させてくれるようなおしゃれな知的空間の中にある、ゆっくりと心臓病の相談ができる場でした。蔦屋書店そのものが、ゆったりとしたスペースの中で幅広い文化書を網羅し、お茶を飲みながら読書できるという、少し日本離れした運営でした。その周辺にドイツのおもちゃ屋さん、デジカメの専門店、電気自動車の専門店、動物病院などとともに須磨ハートクリニックは位置づけられていました。聞けばこれは蔦屋書店の社長さんの新しいポリシーとのことでした。

須磨先生が以前に造られた新構想の心臓病院である葉山ハートセンターも私の心を惹きつけて離さぬものがありましたが、今度の須磨ハートクリニックはそれ以上のものでした。

葉山ハートセンターのときも、快適な病院、最高の環境、居心地が良い、富士山が見える、そもそも天皇陛下の保養所と同じエリア、もちろん優れた心臓外科医がいる、などの賛辞が聞かれ、いずれも正解だったと思いますが、私が感嘆したのは、そうしたものがセレブと言われる方々のみならず、普通の庶民の患者さんにも提供されていたことでした。こうした患者さんを大切にする病院というのは当時、国立大学病院にいた私にとってはどんなに努力しても真似できないことでした。(いずれこんなとこ辞めて患者本位のハートセンターを造るぞーと公言していたら、本当にそうなってしまいました)

今回のクリニックも同様で、須磨先生の考えられる医療の在り方に大変共鳴したものです。

 

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正しい情報を得ることが大切です

その診療内容は、どこか他の病院で心臓病と言われて、どうしたら良いか迷っておられる患者さんに適切な助言をし、必要に応じて病院を紹介するという、医療のブレーン役です。

 

そうしたブレーンがないため苦労した患者さんが世の中に多いことを考えますと、このクリニックの意義が理解できると思います。たとえばエキスパートなら弁形成ができるような僧帽弁膜症を、そうとは知らずに近くの病院で弁置換(機械弁を使うばあいは一生ワーファリンというお薬が必要)を受けて後で後悔した、などのケースが大半防げるのです。

また私がもうひとつ素晴らしいと感じたことは、そうしたセカンドオピニオン提供が、他の医療機関に良い刺激となり、地域医療のレベルを上昇させてくれるという二次効果です。わかりやすく申し上げれば、須磨先生から紹介して頂けるように頑張って良い医療をやろう、という機運が生まれるのではないかというわけです。

そしてまた、私自身もこれから新しい「かんさいハートセンター」で様々な患者さんの悩みを聴き、適切な助言と治療、病気内容によっては他院を紹介するほどの自信と幅をもった診療をやって行こうと思いました。

須磨先生、見学の機会を戴きありがとうございました。

平成25年8月18日

米田正始 拝

 

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第二回国際先端生物学・医学・工学会議にて

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この7月27日ー28日に名古屋で行われた会議に参加しました。

この会議は名古屋大学革新ナノバイオデバイス研究センターと国際先端生物学・医学・工学科学院の主催で、愛知県と日本生命倫理学会の後援にておこなわれる集学的な会議で、企画は医療・環境・再生研究機構(MERRO)という、医工連携のための国際会議です。

私はこれまで京都大学心臓血管外科で再生医科学研究所の田畑泰彦教授との共同研究で進めて来た、再生医療、とくに成長因子の徐放治療を患者さんの治療という観点からお話ししました。最近やっている海外の幹細胞移植とのコラボをもとに、ノーベル賞の山中伸弥教授のiPS細胞を視野に入れたお話しもさせて頂きました。

会議では愛知県知事の大村秀章さんや愛知がんセンター名誉総長の二村雄次先生、国立長寿医療研究センター理事長総長である大島伸一先生、さらに愛知がんセンター総長の木下平先生ら錚々たる方々のご挨拶から始まりました。

会議のサブタイトルが「夢の医療技術の構想(グランドチャレンジ)3大疾病の克服」が示すように、日本の優れた医学、工学技術を医療の中に活かし、かつ産業として成立するようなさまざまな努力が紹介されました。

ある種のカブトムシの産卵時の精緻な作業の解析から始まりサイエンスの盲点や考え方を面白く解説されたり、がんに対する分子標的治療薬の開発のお話しや、ヒトゲノム解読のさまざまなエピソードや貢献、韓国におけるゲノム医学の展開などなど、普段心臓手術や患者さんと向きあう生活に没頭している私にはひさびさの世界的視野のサイエンスの話の数々で、新鮮な刺激を頂きました。ロボットや医療用機器の進歩にもめざましいものがありますが、まだ世に出ていない試作品の中にも優れたものが多くあることもわかりました。

かつて京大医学部にてお世話になった放射線治療学の平岡真寛教授の産官学連携による医療機器開発のお話しもスケールの大きなものでした。なかでも乳がんの画像診断やさまざまな癌に対する放射線治療のレベルが格段に上がる最新のテクノロジーのお話しは心臓血管など他の領域にもインパクトのある素晴らしいものでした。日本の大学の制約過多のなかをこれだけ頑張っておられることにも感心しました。

私は上述のように、これまで遺伝子治療や細胞移植で一定の成果はありながら、それ以上に展開定着しなかった歴史のなかで、成長因子の徐放治療が副作用なく着実に効くことをお話ししました。ここまで15年近い検討のなかで、もっとも効率的で、しかも副作用が少ない方法であることが時間の経過とともに示されつつあるのは次のステップに向けて喜ばしいことと思います。

さらに日本と違って規制が比較的緩い開発途上国での胎児幹細胞移植で倫理性、安全性と有効性が示されつつあることを畏友Benetti(アルゼンチン)のデータをもとにお話ししました。さらにこれまでの基礎実験のデータからこの胎児幹細胞移植がbFGF徐放とセットすることで効率がさらに上がる可能性を示しました。

これからいよいよ患者さんに役立つ再生医療をまず海外ついで国内で進めて行ければと思いました。

シンポジウムではこうした先端医療をどう実用化するかについて文科省、経産省、名古屋大学、学会などの観点からの講演がありました。日本には優れた技術やシーズがあり、学問レベルでは大きなポテンシャルがあるのに、それを実用化するのにはさまざまな非効率な仕組みがあり、ポテンシャルの多くがそこで消えている現実をあらためて感じました。政府も大学も産業界もそれぞれに努力しているというのになぜ日本だけうまく行かないのか、その答えは日々の仕事環境を見ればわかるのではないかと感じました。一見丁寧で当たり障りのない保身主義、それをリーダークラスの大物が堅持している限り、進歩の芽の多くは摘まれてしまうと思います。自分の任期中は何も起こらないように、となるとチャレンジはないことになり、新たなものは生まれないことになります。こうした問題は大学や研究所だけでなく市中病院その他の組織でも見られます。最近は一般企業でも同様と言う意見も聞きました。

山中伸弥教授のiPS細胞研究の初期のころ、慧眼をもって支援した一部の指導者の存在がなければあの才能も研究もそのまま埋没したのではないかと言われます。産業化には研究以上のバリアーが存在します。個人が破ることは極めて難しいものです。

そういう環境で人生を浪費するよりは少なくとも社会貢献できる医療現場で患者さんと向き合いながら心臓手術でがんばって汗を流すほうが確実な道という考えが頭をもたげてしまいます。毎日心臓手術のあとで患者さんの笑顔を見るたびにハートセンターに来てよかったなあと思ってしまいます。

高い技術を誇ったシャープの沈没に代表されるように、この国の経済がいよいよ成り立たなくなればなりふり構わず産業振興、停滞の払拭から何もしない保身主義の人たちを新たな挑戦を行える人材に交換する、このぐらい切羽詰まった状況になるまで真の改革はないのかと、少々暗い気持ちになりました。

保身主義の指導者がどう悪いかという実例を示します。たとえば社内に無法者がいてわがまま放題の行動を続けるとき、それが経営者と多少のつながりがある、つまりその人物を叩くのは損と知ると指導もせず放置し、被害を受けている職員が辞めることで「解決」とする、その後同じ問題がまた起こっても同様の対応をする、いつまでも問題は解決しないがその指導者の首はつながっているのです。これは有意な人材を消耗し続けているという意味でも会社の機能が損なわれているという意味でも社会的に損失と思います。

このあたりで若い世代からの大きなブレイクスルー、ターニングポイントが起こることを念じるとともに、とりあえず日々目の前の患者さんを助けることだけ考えて、できる努力をしようと思いました。今回のすばらしい会議にこうした後ろ向きの意見で申し訳ないのですが、頑張っただけ報われない日本の若手研究者のことを想い、ちょっとぐちを言わせて戴きました。

それにしても日本には有為の人材が多い、もっと社会や組織の仕組みを改善すれば世界の一流国としてもっと繁栄するのではないかと思った一日でした。

この機会を下さった関係の先生方に厚く御礼申し上げます。

 

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第93回米国胸部外科学会(AATS)に参加して

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前述のMitral Conclave(僧帽弁手術の学会)に引き続いて、ミネアポリスで開かれた米国胸部外科学会に参加して来ました。

5月4日から8日までの5日間の学会でしたが、私は手術予定の患者さんが待ってくれているため5月7日に帰国の途につきました。主要な部分は参加できたため、ここに印象記をお書きします。

心臓血管外科では世界の最高峰ともいえる学会ですので、世界中から主だった心臓外科医が集まり、しっかり勉強や意見交換ができました。

学会の一日目、正確には本会の2日前にSkill And Decision Makingつまり技術と方針決定のためのセミナーがありました。今年からの新しい企画で、よりしっかりとちからをつけようというわけで、米国胸部外科学会も昔より親しみやすく、親切になったものだと思いました。

この1日コースではさまざまなトピックスが論じられました。

たとえば大動脈弁置換術のミックス手術や縫わずに入れ込むSutureless Valve、カテーテルによるTAVR(TAVI)、大動脈経由の弁の植え込み、バルブインバルブなどのホットトピックス、二尖弁や大動脈基部再建を含むさまざまな大動脈弁形成術、ハイブリッドのステントグラフトなどが論じられました。

さらに虚血性僧帽弁閉鎖不全症やロボットによる僧帽弁形成術、ミックスによる心房細動へのメイズ手術、最後にLVADと動脈グラフトを中心とした冠動脈バイパス手術などが解説されました。ロボット心臓手術は徐々に完成度を上げて安全に使えるレベルになっていますが、メイン創の大きさも小さくなく周囲に副次創がたくさんでき、かつ患者さんの経済負担が大きいため否定的意見も多いのですが、こうした技術を地道に磨き、いずれ優れた新型ロボットが出て来た時点で大きく花が開くものと期待しています。かつてロボットを愛用していた権威筋の先生ら数名に聞いてみても、ばかばかしくなって今は使っていないという声が多く、医学の進歩は思うようには行かないというのが実感です。

実に多くの内容を一日のセミナーに盛り込んだため、皆さんお疲れの様子でしたが、意欲的な企画でした。

とくに最近はどの学会でもカテーテルで植え込む大動脈弁(TAVR)の話が多いため、ちょっと食傷気味でしたので、より外科的な(要するに外科医の出番がある)上行大動脈経由のTAVIは興味を引きました。さらにミックスの小さい切開で行うSuturelessバルブつまりあまり縫わずに中で展開するTAVIのようなAVRは今後大いに期待されるものと思いました。うまく行けば、TAVRの良さと、従来型のAVRの良さを併せ持つ存在になるかも知れません。

IMG_1724b一日目の夜はソウル・アサン病院のLee先生が米国胸部外科学会の会員になられたので、そのお祝いのパーティが街中のステーキハウスでありました。彼と私の共通の恩師であるTirone E. David(デービッド)とRichard D. Weisel(ワイゼル)先生も参加され、ソウル・延世大学のチェン先生や慶応大学の四津良平先生も来られて賑やかなパーティとなりました。アメリカの巨大なステーキと巨大なエビを食べながら最初は医学談義をやっていましたが、次第に話が散乱するほど盛り上がり遅くなってしまいました。写真はロブスターで遊ぶDavid先生です。

二日目は恒例の卒後教育セッションで、引き続き実用的、教育的な講演が続きました。

Adams先生の僧帽弁形成術まとめはよくまとまっており参考になりました。とくにMACと呼ばれる石灰化の処理のサマリーは良かったと思います。僧帽弁形成術にミックス法と通常の胸骨正中切開のどちらが良いかというディベート(Galloway先生とMcCarthy先生)も興味深いものでした。ただ創が小さければ良いというものではない、やはり弁をしっかり治してこその低侵襲手術だという議論は当を得たものと思いました。Galloway先生が「僧帽弁形成術を年間30例以上やっていない外科医はミックスをやるべきでない」というのはまったく同感でした。私自身の経験では、ミックス法の完成度が日々上がり、熟練によって従来の方法より質的にも高いと思いました。

ついでIE(感染性心内膜炎)のセッションで、大動脈弁と基部の手術を恩師Dr. Davidが、レビューしました。大動脈基部膿瘍の手術は今なお大きな手術で、そのキモは使う人工弁の種類よりも感染組織を完全に取り去ることで、まったく同感でした。それにはそのあと完全に心臓を再建できる技術があってのことで、ここにDavid先生のすごいところがあります。こうしたことを学ばせて戴いたあのころを想い出し懐かしく光栄に思いました。

それに関連してPettersson先生の線維骨格つまり大動脈弁と僧帽弁をつなぐ組織の再建手術の解説がありました。Invasive IEつまり組織を破壊する悪性のIEという考えを示され、たしかにこの種のIEは要注意で、有益なお話しでした。

Reardon先生のTAVR(TAVIつまりカテーテルで植え込む大動脈人工弁)のお話しは、その領域の最近の展開をまとめる有用なものでした。これまでの大腿動脈経由や心尖部経由に加えて、上行大動脈経由や鎖骨下動脈経由なども加わり、動脈などが悪い患者さんにも有効な治療ができる選択肢が増えて何よりです。とくに右小開胸で上行大動脈から直接TAVRを入れる方法は欧米で急速に増えつつあり、下半身の血管が悪いケースなどで安全かつ効果的なようです。これから徐々にこうした選択肢が使えるようになると、ハートチームとしてさらに充実するでしょう。

starr190ランチオンの講演はあの有名なAlbert Starr先生(写真左)のThe Price of Innovationつまり技術革新の対価というもので、大きなテーマでした。Starr先生といえば、人類で初めての人工弁であるStarr-Edwardsボール弁の発明者で、若くして(おそらく20代)で心臓外科の世界の頂点に立ち、半世紀以上、トップの位置に君臨した、まさに心臓外科Innovationの象徴のような先生です。

私個人もお世話になったことがあり、スタンフォード大学での研究を終えたころ、Starr先生の病院と研究所で研究所副所長という教授待遇の内定まで頂いていました。ご縁があって、オーストラリアはメルボルンのBuxton先生のオースチン病院で助教授+コンサルタントとして手術をたくさん執刀できる方の選択肢を選びましたが、Starr先生にはおおらかにチャンスを頂き、今なお感謝しています。

そのStarr先生が技術革新の経験から、必要なものとして、Money(予算)とBrain Power(頭脳力、人材)、そしてCollaboration(コラボ、英知の結集)を挙げられました。世界中の頭脳を集めて国を発展させてきたアメリカの真髄を見た思いがしました。また隠れた優秀頭脳に光をあて、活躍させる、ひとつのアメリカンドリームがここにもあることを感じました。

世界に誇れる技術を持ちながらなかなか国力にまで進化させられない日本、あるいは優秀な人材をもちながら、医療制度の不備のために実力ほど世界に発信できない日本の医療、これらを考えるときにStarr先生のお話しされた視点はまさに的を得たもので、政府官僚に聴かせたい内容でした。

政府がこの調子では日本の制度、とくに大学はまだまだというより、ますます世界に後れを取っていくのは確実、と寂しく思いました。まあそうした弊害がすくない民間病院で頑張ろうという自分の考えが確認できてほっとしたとも言えますが。大学の教官の給与が東北大震災の余波でかなり減額になっている今日、民間からコラボレーションのお礼として経済支援するのも一法と思っています。

午後は「やらない場合」という面白い企画、セッションでした。

Bavaria先生のDavid手術をやらない場合というのは、私たちのように平素David手術をやる心臓外科医にとってはうなづけるところが多いお話しでした。同じ大動脈基部再建術でも人工弁をもちいるベントール手術の長期成績が秀逸であることを考えると、David手術では完全な仕上がりが求められます。この点で弁がある程度以上壊れている場合の判断はしっかりすることが大切です。マルファン症候群の患者さんでは通常以上に注意深く手術し、弁尖のFenestration(小穴)が3つ以上では慎重にとか、弁尖にゴアテックス補強もすべきでないというのは同感で、良い勉強になるセッションでした。

さらにセントルイスのDamiano先生がオフポンプバイパス手術(OPCAB)をやらない場合ということで、OPCABがOn-pumpのバイパス手術よりも優れていない場合を話されました。というより、欧米のデータではOPCABの優位性を示すデータが少なく、結論として無理にOPCABをする意味はないということでした。これは平素からこのHPで解説している事情があってOPCABの優位性を示す研究が組みにくいため、OPCABの優位性が証明できていないだけのことと思いました。こうした証明が将来できればとも思います。

やらない場合セッションはさらに続き、Ball先生のポートアクセス法僧帽弁形成術のお話しでした。こうした手術では常に謙虚に反省と改良を重ね、安全性確保を十二分にして進めることが大切で、そこで得るものは大きいと感じました。私たちはポートアクセス法で安全に僧帽弁形成術ができているので、反省とともに自信をつけることもできました。

スタンフォードのMitchell先生はA型急性解離で手術すべきでないケースについて論じられました。当然のように手術すべき病気がA型解離ですが、それでもここだけは慎重にという状況たとえば術前昏睡状態などですね、これらを話されました。こうしたものを克服すればすごい展開になるとも思いました。急性解離に対するEVARつまりステントグラフトがこれから治療成績を上げるかも知れないというのも楽しみな話です。

統合した心臓外科診療というテーマでクリーブランドのLytle先生(アインシュタインのような風貌で、内容ぎっしりなのに自然児のようなかざらない先生です)がアカデミック施設として話をされました。クリーブランドクリニックではスタッフといえども一年契約で、毎年評価ののち報酬も決める、医療スタッフが経営をする、全部の部門が一体となって動ける(multidiciplinary clinical integration)、それも高いモチベーションをもって、という素晴らしい組織を紹介されました。実力主義の厳しさと高いインセンティブややりがいがセットになった、日本の公務員制度や労働組合の下では考えられないことです。日本では民間でこうしたしくみを導入し、高いモチベーションで面白い仕事をめざせば良いと思います。

内容一杯の2日間が終わり、その翌日からAATS本体が始まりました。

朝一番のAATS会員総会に参加したあと、新会員の紹介がありました。畏友・天野篤先生とこれまた畏友・高梨秀一郎先生が今年会員となられました。また日本人で海外で活躍しておられる若手中堅からも会員になる方が増えつつあり、大変良いことと思います。野球で大リーグに日本人選手が活躍するのが普通のことになったような展開になると面白いと思います。

それからプレナリーセッションでオリジナルな優れた研究が何題か発表されました。

そのあと恒例の基礎医学講義ではメイヨクリニックのEdwards先生が外科病理の立場から心臓弁膜症を概説されました。たまにこうした深く掘り下げた考察をするのも頭の体操になって良いと感じました。たとえば同じ僧帽弁閉鎖不全症でもFEDでは遺伝子異常はありませんがバーロー症候群ではあるとか、大動脈弁狭窄症では炎症機転が重要などの考察ですね。心臓外科医は目の前の患者さんを元気にするのに没頭しすぎて、元気になればそれで良い、という形になることがあります。しかしそれだけでは長足の進歩がない、そういうことを感じさせてくれたセッションでした。

そしてメイヨのSchaff先生の会長講演がありました。Schaff先生は静かでいつも考えている学究肌とういより達観した哲学者のような雰囲気がありますが、大変親切で私も若いころに何度もお世話になった思い出があります。しかしいやな顔ひとつせず、まじめに話を聴いて下さった、そういう謙虚なスタンスのまま、AATSの会長になられたことが素晴らしいと思います。リーダシップとスカラーシップについて講演されましたが、彼にふさわしいテーマだったと思います。私だけでなく、多数の若手がお世話になったことから彼の教育への姿勢は実感あふれる良さがありました。講演のあと、皆総立ちで拍手を送り続けたことも当然と思いました。AATSの会長を終えて、来年からまた粛々と素晴らしい手術と研究、教育を推進されると思います。雑務からある程度解放されたSchaff先生の今後の展開が楽しみです。

そのあとも優れた発表が続きましたがそれは省略します。恩師David先生とMiller先生ともそれぞれ優れた発表があり、いつまでも走り続けて欲しく思いました。というよりそうお願いしてしまいました。

あと1日半を残して私はミネアポリスを後にして日本にもどりました。翌日、ポートアクセス手術の患者さんたちが待っていてくれていたからです。

Mitral ConclaveとAATSの合計約1週間、ひごろ不勉強な私としては考えられないほど勉強させて頂きました。メモが分厚い冊子のようになり整理するのも大変です。それ以上に大勢の先生方と旧交を温め、とくに恩師たちにお礼を述べることができ、また若い先生らに多少でもお役に立てたのであれば、こんなにうれしいことはありません。

平成25年5月12日

米田正始 拝

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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