12) 肥大型閉塞性心筋症 HOCM―突然死に注意、しかし治せる病気です 【2025年最新版】

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最終更新日 2025年9月10日

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■HOCMとは?

図4 IHSS日本語

肥大型閉塞性心筋症(Hypertrophic Obstructive Cardiomyopathy:HOCM

、別名 IHSS 特発性肥厚性大動脈弁下狭窄症) は、左心室の出

口付近(流出路)が心筋の肥厚によりトンネル状に狭くなる病気です。

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主な症状

  • 運動時の息切れや動悸

  • 胸痛

  • 失神発作

  • 病状が進むと突然死のリスクも

軽度であれば経過観察や薬物療法で対応できますが、重症化すると左室の出口が「蓋をされたように」塞がり、強い心不全や致死的不整脈を起こす可能性があります。

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■HOCMの外科治療

異常心筋の形態に応じて治療法が選択されます。

  • 膜様の狭窄 → 膜の切除+周囲の異常心筋を除去IHSS術前後エコー

  • 繊維筋症による狭窄 → 広範囲の心筋切除(モロー手術:Morrow procedure)+必要に応じて僧帽弁形成

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手術効果(症例画像より)

  • 術前:心室中隔の肥厚とSAM(僧帽弁前尖の収縮期前方移動)で流出路が狭窄

  • 術後:左室流出路が広がり、僧帽弁の動きも正常化

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■カテーテル治療(PTSMA)の位置づけ

経皮的中隔心筋焼灼術(PTSMA)では、冠動脈からアルコールを注入して異常心筋を縮小させます。

ただし課題もあります:

  • 冠動脈と肥厚部位の位置が合わないと効果が不十分

  • 過剰焼灼で壁が薄くなりすぎる可能性

  • 約10%で完全房室ブロック → 永久ペースメーカーが必要

したがって症例ごとの適応判断が重要です。

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■HOCMに見られるSAMとは?

SAM(Systolic Anterior Motion:僧帽弁前尖収縮期前方移動) はHOCMでよく見られる現象です。

血流が僧帽弁前尖を吸い込み、弁が閉じなくなるため僧帽弁閉鎖不全を引き起こします。
これは異常心筋による構造的問題であり、心筋切除術によって弁の動きが自然に改善することが多いです。 (事例1 )

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Williams pic
ウィリアムズ先生は先天性心疾患の外科で世界的に高名な心臓外科医ですが、優れた教育者としても知られています.

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A307_116当院の経験と手術技術

  • トロント総合病院 Prof. W.G. Williams (右)直伝のモロー手術を継承

  • 術前シミュレーションに基づく設計 → 狭窄の完全解除、再発ほぼゼロ

  • 日本国内外での発表・学会報告を通じて技術を研鑽

  • 高齢者から若年者まで幅広い症例に対応

これまでに多くの患者さんが息切れ・胸痛・失神発作から解放さ

れ、社会復帰されています

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■日本の現状と課題

193237727.

残念ながら、HOCMの認知度は低く、循環器内科医でも十分な対応ができないケースがあります。

  • 失神発作を放置 → 心内膜炎から脳梗塞・死亡に至った例

  • 「治せない病気」と説明されたが、外科手術で改善できた例

👉 専門性の高い心臓外科医による評価と経験豊富なチームでの手術が不可欠です

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■今後の展望

  • 技術の進歩により、左室流出路だけでなく心室中部・心尖部まで安全に形成可能

  • 必要に応じて大動脈弁狭窄症や不整脈(心房細動)などの合併症も同時に治療(事例2 へ)

  • 患者さん一人ひとりに合わせた包括的な手術戦略が可能になっています

■まとめ

  • HOCMは突然死を起こし得る重い病気

  • しかし、熟練した専門チームによる外科治療で改善できる病気です

  • 息切れ・胸痛・失神などの症状がある場合は、早めに専門医へご相談ください

 .

患者さんの想い出

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HOCMの手術ガイドライン

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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事例:左室形成術が不要な虚血性僧帽弁閉鎖不全症

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患者さんは 65歳男性で、冠動脈三枝病変+左主幹部病変、左室駆出率30%台の虚血性心筋症虚血性僧帽弁閉鎖不全症のため手術となりました。なお術前、虚血性僧帽弁閉鎖不全症の悪化による肺水腫・心不全のため緊急入院とドパミン点滴を必要としました。

画面下が心臓です。表面がざらざらに見えるのは癒着を剥離した後だからです麻酔導入ののち血行動態が悪化したためIABP(左室を補助する風船がついた管で、大動脈の中で風船が膨らんだりしぼんだりして血液ポンプの作用をします)を挿入・開始し安定しました。

左室壁はバイパスによって回復すると考えられる状態のため左室形成術はやらず、バイパス手術と僧帽弁形成術をすることにしました。                .

写真左:左室側壁は心膜と癒着し、以前の心筋梗塞によるものと考えました。

バイパスグラフトの保護のため、まず僧帽弁形成術を体外循環・大動脈遮断下に行い、そののち体外循環・心拍動下にバイパス手術を行うことにしました。

口を開けた形になっているのが僧帽弁です                                                             .

体外循環・大動脈遮断下に左房を右側切開しました。

僧帽弁は弁輪拡張が認められましたが(写真左) 、弁に顕著な器質的変化はありませんでした。

虚血性僧帽弁閉鎖不全症の所見で、かつテザリングtethering (弁が左室側へ引っ張られる現象、別名テント化)はそれほど強くないため、

小さめのリングで僧帽弁形成術MAPを行うことにしました。

リングで弁輪のサイズと形を適正化し、逆流が消えました

                                        .

リング24mmを縫着し、良好なかみ合わせを確認ののち左房を閉じました。

SVGの中枢吻合を上行大動脈に行ったのち、61分で大動脈遮断を解除しました。

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写真左はMAPの糸をかけた状態の僧帽弁、写真上右はリングを縫着したあとの僧帽弁です。サイズがかなり小さくなったことが判ります。

心臓の下側の冠動脈にバイパスを縫いつけているところです                                                            .

心拍動下に、まず心臓を頭側に脱転し、

大伏在静脈SVGを

右冠動脈4PL枝(プラークあり)に吻合しました(写真左)。

                                                             .

ドップラーにて良好なフローを確認しました。

左側が頭側です。

 

心臓の前側にある冠動脈に内胸動脈バイパスを縫いつけています ついで心臓を少し前へ起こし、

前もって脂肪と心筋内から掘り出した左前下降枝LADに右内胸動脈RITAを側側吻合しました。

さらにこのRITAを第一対角枝D1に端側吻合し sequential graftとしました。

RITAはLADだけにでもぎりぎりの長さでしたが、工夫してLADとD1の両者を灌流するようにしました(写真上)。

この患者さんのD1は大きく、重要度が高いものと考えました。
心臓の裏側にある冠動脈に内胸動脈バイパスを縫いつけています

最後に心臓を右側へ脱転し、左内胸動脈LITAを鈍縁枝OMに吻合し、冠動脈バイパス手術操作を完了しました(写真左)。

いずれのグラフトでも良好な拡張期フローパタンをドップラーにて確認しました。

体外循環を容易に離脱しました。術前からのIABP使用下に、カテコラミンなしで離脱できました。

経食エコーにて虚血性僧帽弁閉鎖不全症の消失と左室機能の改善を認めました。
術後経過はおおむね順調で、翌朝IABPから離脱し、抜管しました。その後はさすがに通常よりゆっくりとしたペースで、しかし確実に回復され、元気に退院されました。

MDCTにてバイパスグラフトはすべて開存が確認され、虚血性僧帽弁閉鎖不全症はほぼ消失し、左室機能は著明な改善を認めました。

こうした見極め、つまり心筋が回復するかどうか、左室形成術は不要かどうか、などのいわば「戦略」は大切です。適宜、MRIやエコー、術中所見などを総合して決定するようにしています。見極めることで、不要な手術操作を省略し、必要な操作に専念することができるのです。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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事例:超高齢者例 1

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患者さんは91歳女性、高度な大動脈弁狭窄症 AS、冠動脈一枝病変、左室肥大 のため手術となりました。心臓を治し元気になってもっといろんなことをやりたい、前向きに生きたいと希望されたため、91歳のご高齢であっても意義は大きいと考え手術をお引受けしました。

まずオフポンプバイパスで静脈グラフトを冠動脈に縫いつけました手術時の所見でも心臓はかなり張っていました。

左前下降枝LADは慢性閉塞していましたが、心筋保護の目的もありバイパス手術を併せ行うことにしました。

高齢で体格も小さく体力も余裕ないことから体外循環時間を節約するために、

まずオフポンプバイパスで大伏在静脈SVGをLADに吻合しました(写真左)。

大動脈弁は硬くてほとんど開かない状態でした体外循環・大動脈遮断下に上行大動脈を横切開しました。

大動脈弁は3尖で石灰化は弁尖から弁輪まで見られました(写真左)。

弁は硬くてピンセットで押しても引いてもほとんど開きませんでした。弁と石灰を摘除しました。

大動脈弁輪は狭小弁輪で、生体弁の最少サイズ19mmでもぎりぎりの状態でしたので工夫して弁が入りやすいようにしました。

工夫して狭いところに人工弁(生体弁)を無事縫いつけました。体力に余裕がある患者さんでしたら弁輪拡大などを併用するところですが、

この患者さんはそうする余裕もないため丁寧に入れ込みました。

心膜弁(生体弁)を縫着しました(写真左)。狭い大動脈基部に目一杯入った生体弁が見えます。

大動脈基部も狭いため大動脈切開部が裂けないように留意しつつ上行大動脈を2層に閉じました。

Cabg_2上記SVGグラフトの中枢側吻合(写真左)を行ったのち、78分で大動脈遮断を解除しました。

体外循環を容易に離脱しました。カテコラミンも不要でした。

経食エコーにて良好な人工弁状態と左室機能を確認しました。ドップラーにてSVGグラフトの好ましい拡張期フローパタンを確認しました。

術翌朝抜管しましたが、さすがにご高齢のためその後誤嚥(食べ物などを誤ってのどに詰めることです)があり、しばし呼吸管理ののち元気に回復されました。

高齢化社会のなかで心臓病患者さんも高齢化が見られます。大動脈弁狭窄症や冠動脈疾患はじめ多くの心疾患では超高齢者でも手術(弁形成や弁置換、オフポンプバイパス手術など)によって元気になられ、予後だけでなくQOLの改善も目覚ましいため手術適応になることが多くなりました。

とくにこの患者さんのように高度な大動脈弁狭窄症では手術までに突然死されることも稀でなく、きめ細かい注意とともに早目のコンサルトが勧められます。治せる病気で命を落とすのはもったいないと思います。

またあまりご高齢の方に心臓手術などしてもお金の無駄とする考え方があるのも事実です。しかし患者さんがまだまだ有意義に生きておられ、そしてもっと生きたいと希望されれば、あるいはご家族がそれを望んでおられるなら、私は手術の意義があると信じています。

年寄だから見捨てるという社会は身体障害者や低所得層といった社会的弱者を切り捨てる社会につながる恐れがあります。それは許してはならないと思うのです。

世間では医療安全管理ということでこうした患者さんたちがハイリスク例として手術を断られることが増えているようですが、熟練チームなら手術を安全に乗り切れる可能性が高くその後も何年も元気に生きる可能性のある方を断ることが医療安全と言えるかどうか、疑問を感じます。断られた患者さんたちの予後は極めて悪いからです。真の医療安全を皆で考えるときが来ていると思います

メモ1.こうした努力が雑誌・文芸春秋に紹介されました。生きるとは、生きたい気持ちとは何かということを皆で考えることが高齢化社会では大切と思います。メディアのページからご覧ください。

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執筆:米田 正始
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事例:大動脈炎症候群にベントール手術を

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患者さんは 57歳女性、大動脈炎症候群大動脈基部拡張大動脈弁閉鎖不全症AR、高血圧のため手術となりました。

手術前から大動脈炎に対して長年ステロイド剤を服用してこられました。

内科の先生のご尽力でステロイドは一日7.5mgまで減量されていました。

Photo 

 

手術では上行大動脈のなかほどから基部まで拡張著明でした(写真左)。

ARのため左室も拡張し機能低下していました。

全体に組織はぜい弱で少しの伸展で裂ける傾向が見られました。

大動脈の炎症のための拡張とステロイド剤の影響が考えられました。

体外循環・大動脈遮断下に上行大動脈を横切開し、離断しました。

Photo_2大動脈弁は3尖でいずれも肥厚と短縮が見られました(写真左)。

大動脈炎症候群では大動脈壁が炎症で壊れ、弁そのものは壊れにくいのですが、

この患者さんでは長期の弁逆流のため二次的に弁も壊れていました。そこで

これらをすべて切除し基部置換(ベントール手術・ベンタール手術)することにしました。

大動脈基部は拡張し、右冠尖バルサルバ洞の冠動脈入口部と弁輪の間に石灰化が見られました(写真左)。

                                                                                                                                    .

Photo_3弁をすべて切除し、さらに大動脈基部を剥離展開しました。

まずバルサルバ洞付きダクロン人工血管30mm径の内側にATS機械弁27mmを縫着したものを作 り、

この人工血管を大動脈弁輪に縫着しました。 

  .

弁輪が大動脈炎症候群で弱っている可能性を考え、大動脈の外からも糸をとおし、二重縫合とし一層の安全を図りました。

2  

 ここで左冠動脈入口部をボタン状にくりぬき、

上記のバルサルバ洞付き人工血管に

直径4mm程度の穴をあけて

縫合しました

(写真左)。

 

Photo_4同様に右冠動脈入口部もボタン状にくりぬき、

上記人工血管に直径5mmの穴をあけて縫合しました

(写真左)。

これによって、

大動脈壁は基部付近には事実上残さない形になり、

かつ冠動脈入口部付近のわずかな大動脈壁も

ほぼ人工血管で守られる形になりました。

Photo_5上行大動脈遠位部に人工血管を縫合し(写真左)、

146分で大動脈遮断を解除しました。

大動脈基部置換手術(ベンタール手術)完成です。

体外循環からの離脱はカテコラミンなしで容易に行えました(写真左)。

経食エコーにて大動脈弁や左室右室の機能良好、および左右冠動脈入口部の良い形態を確認しました。

術後は通常の基部置換よりは慎重に治療し概ね順調で、感染などのステロイド剤の副作用もなく、再開し3週間で元気に退院されました。

あれから3年以上が経ちますが、お元気に暮らしておられます。

大動脈炎の患者さんとくにステロイド服用中の患者さんは手術ができないと言われることがよくあるようですが、心臓外科の専門家の間では必ずしもそうではありません。まずは相談です。

さらに弁尖の破壊が軽ければ、患者さんご自身の弁を温存するデービッド手術が可能です。やはり相談がたいせつです。

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執筆:米田 正始
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事例: 複雑な僧帽弁形成 (マルファン症候群の患者さん)

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患者さんは30代女性で、マルファン症候群が背景にあります。

以前に他院で僧帽弁形成術を受けられいったん改善したものの次第に悪化し、その複雑な弁の形態のためもはや再弁形成術は困難との判断を受け、私の外来を受診されました。

「弁形成がうまく行かず、来週、機械弁をつかった弁置換をと言われたのです。先生なんとかして下さい」と涙ながらに懇願されました。

 

このお若い年齢ですでに一度開心術を受けているという状況では一般には機械弁をもちいた弁置換となる可能性が高いのですが、それはその後の妊娠・出産が事実上不可能になるということを意味します。

機械弁はワーファリン使用が一生必要で、ワーファリンは胎児と母体への危険性が高いからです。

 

Photo_2僧帽弁の形態を詳しく調べますと私たちがこれまで検討し形成成功してきた複雑病変の中でもとくに特徴的な「逆L字型変形」(英語論文221番をご参照下さい)であることがわかり、僧帽弁形成術を請け負いました。

心臓は強く拡張し左胸壁にまでおよんでいました。高度な癒着を剥離しました。

体外循環・大動脈遮断下に左房を開け、僧帽弁にアプローチしました。

 

Photo_6僧帽弁は前尖全体が強く逸脱し、

前回の手術でつけられたゴアテックス人工腱索は

その付け根のところから切れていました。

また後尖の前交連側、

いわゆるP1部も逸脱していました。

 

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M_2まず前回、他院でつけられた僧帽弁輪形成用のリングを切除しました。

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リングをはずした跡はかなり組織が弱そうであったため、

これを補強するような形で新たなリング用の糸をかけました。

 

A2_2A_2  二次腱索が短縮し前尖を逆L字型に変形させていたため、

これを切断しました。

左室機能は良好なため私たちが開発した腱索移転 chordal translocationは行いませんでした。

前後乳頭筋のそれぞれに新しいゴアテックス人工腱索を立て、僧帽弁前尖全体を、バランスを考えて均一にかけた合計12本の人工腱索で支えるようにし、僧帽弁形成術を組立てました

(写真上:左はA2に対して、右はA1に対して人工腱索を立てているところ)。

Photo_7ここで僧帽弁輪形成用のリングを縫着しました。

前尖の逸脱は消失しましたが、後尖P1は逸脱傾向がありました。

そこでこのP1部を形成し、最終的に逆流はほぼ止まりました。

写真左は逆流テストで僧帽弁の逆流がないことを示しているところです。僧帽弁形成術の完成です。

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Photo_8術前発作性心房細動の既往があったことと、左房左室とも拡張著明であったため、

冷凍凝固を多用したメイズ手術を行いました。

写真左は僧帽弁輪周囲部を冷凍凝固しているところです。

最近普及したデバイスでは主に肺静脈と左房を隔離するのが中心で、この弁輪部操作をやらないことが多く、

本家Dr. Coxのデータでも弁輪周囲部まで治療しないと除細動率は劣ることが示されています。

 

術後経過は順調で、出血も少なく、翌朝には抜管し、僧帽弁逆流がほぼ消失したのを確認し、元気に退院されました。

手術前は少し動くと息切れで苦しんだそうですが、手術後は階段を含めて運動しても苦しくなくなりましたと言って頂きました。

左室・左房のサイズも正常化し、BNPも退院時すでに術前の半分以下になりました。

 

僧帽弁形成術の成功によってこの患者さんは妊娠出産が可能となりました。

またワーファリンが不要となるため病院にも毎月通う必要がなくなり、長期的な生活の質(QOL)も向上するでしょう。

もとの病院の主治医の先生にもご報告し、お礼を述べて頂きました。

 

マルファン症候群など、結合組織が弱くなる病気では腱索や弁輪など、しっかりした人工物で安全に置き換えられる部位は置き換えるのが長期的に有利と考えられます。

実際、これまで10年レベルで長期的に高い安定性が示されています。さらなる検討と発展が期待できます。

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執筆:米田 正始
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事例:ペースメーカー三尖弁閉鎖不全症 2

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患者さんは67歳女性。

完全房室ブロックに対して以前に他院で永久ペースメーカー手術を受けられました。

当初は調子が良かったそうですが、その後、次第にペースメーカー三尖弁閉鎖不全症が発症・悪化し、心不全のため日常生活が制限され、この3か月は肝機能障害も発生し、このままでは肝不全の心配、いのちの心配があるため来院されました。三尖弁形成術はできませんと他病院の心臓外科で言われて、私たちのところへ来られました。

Photo患者さん・ご家族や内科の先生方と相談し、肝臓や全身の状態が保たれている間に手術することに決めました。

体外循環(人工心肺)に乗せ、心臓を拍動した状態のままで右房を切開しました(写真左)。

三尖弁を見ますと心室用のペースメーカーケーブルが三尖弁の一部に強く癒着し、腱索をも巻き込み、そのために三尖弁が動けず閉じることができなくなっていました(写真左下)。

三尖弁形成術といえば弁の付け根のところにリングを縫いつけるTAP三尖弁輪縫縮術が通常は行われるのですが、この患者さんの状況では通常のTAPでは逆流が取れないと判断しました。

Photo_2そこで私たちが開発した新しい三尖弁形成術を使いました。

ペースメーカーと三尖弁や腱索との癒着を丁寧にはがしました。

その上である程度自由に動けるようになったペースメーカーケーブルを弁の交連部に埋め込み、今後ケーブルが弁を圧迫しないようにしました。

その上でリングを用いて、三尖弁輪縫縮形成術を行い(写真斜め下左)、三尖弁の逆流がほぼ消失したことを確認しました。三尖弁形成術の完成です。

Photo_4なおペースメーカーケーブルはリングの外に位置し、今後も弁の動きの邪魔をしないように確 実を期しました。

写真下左では手前にあるケーブルが右心房用のもので三尖弁は通過しません。

右室用のケーブルは弁輪の外側に配置され、三尖弁もしっかり開閉します。これによって三尖弁の長期的な安定が図れます。

右心メイズ手術を冷凍凝固法を用いて行いました。右房を閉じて手術を終えました。

Photo_3術後経過は順調で、出血も少なく、心臓も正常リズムで良好な機能と状態で、術後2週間で元気に退院されました。

心配された肝臓もすでに良くなっています。

ペースメーカーによる三尖弁閉鎖不全症は新しい三尖弁形成術で治せる病気です。

悩まずにご相談されることをお勧めします。

ペースメーカー友の会のご友人でこうした悩みをお持ちの方をご存じでしたら教えてあげてください。治せる病気で、治療法を知らずに命を落とすのは残念なことですから。

 

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執筆:米田 正始
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事例: ペースメーカー三尖弁閉鎖不全症 1

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患者さんは82歳男性。ペースメーカー植込み後、三尖弁閉鎖不全症(逆流)が発生、徐々に悪化し、肝機能も悪化し始めたためハートセンターへ来院されました。

いくつかの病院で三尖弁置換術(長期予後にまだ心配があります)つまり人工弁を入れるしかないと言われ、ペースメーカー友の会やあちこちの病院を探したのちに来院されたのでした。弁形成なら予後が良いからです。

Photo体外循環・心拍動下に右房を切開し三尖弁を観察しました。

三尖弁の後尖と腱索がペースメーカーケーブルに癒着し巻きついて、弁が正しく閉じなくなっていました。(写真左)

そこでペースメーカーケーブルを三尖弁から剥離し自由に動くようにしました。

このとき必要に応じて適宜ゴアテックス人工腱索で腱索を再建します。この患者さんでは人工腱索はきれいに剥がれたため不要でした。

この技術がないため弁置換になるケースが一般には多いと言われています。

Photo_2ケーブルを弁の動きを妨げない場所に格納し、その上で弁輪形成のリングを縫いつけて弁が十分閉じられるようにしました(写真左)。

右心メイズ手術右房縮小手術を行い、手術を完了しました。

術後心エコー・ドップラー検査では三尖弁の逆流は消失し、リズムも長期の心房細動が取れ正常リズムにもどり、心臓の機能は良好になっていました。

また術前心配された肝機能も良く維持され、安全なレベルを維持していました。三尖弁の逆流(閉鎖不全)はほぼ消失し、患者さんは元気になりかつてのような心不全症状も肝臓症状もでなくなりました。ご高齢でしたが年齢を感じさせないほどの回復でした。

三尖弁に対する弁置換術は機械弁・生体弁を問わず、まだまだ長期成績不安定ですので、極力弁形成で対処するのが有利と考えています。

この患者さんのように、上記の技術・方法と僧帽弁複雑形成術の技術ノウハウを併用することで、今後多くのペースメーカー三尖弁閉鎖不全症の患者さんに恩恵が届けばと思います。

これはICD(植え込み型除細動器)やCRTD(両室ペーシングとICDの両方の機能をもつペースメーカーです)の患者さんも同様です。

ペースメーカーの患者さんで体調が思わしくない方はご相談ください。

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執筆:米田 正始
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事例 ベントール手術

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1011.弁の逸脱と破壊、基部の拡張が認められます。

 

弁の破壊が強いときは、それを修復・形成しても長持ちするという根拠が不十分なため、ベントール手術の適応と判断しました。

この患者さんのように弁の破壊が強い場合、50歳代の年齢であれば機械弁ベントール、

65歳以上の患者さんであれば生体弁ベントールまたはステントレス生体弁をもちいたミニルート法(入れ子の形で弁を入れる、インクルージョンとも呼びます)が患者さんにとって長期予後の観点から有利と考えます。

 

10代20代などとくに若い患者さんの場合は

性別、妊娠希望の有無、激しいスポーツや職業の有無などを勘案して、上記や基部再建(デービッド手術、他)などの方法を十分な相談の上、選ぶのが良いと考えます

 

1022.弁付き人工血管を大動脈基部に縫い付け、左冠動脈入口部吻合中です。

自然な形(根本に膨らみをもつ)のバルサルバ人工血管を使用するようにしています。

従来のまっすぐなタイプの人工血管よりもむしろ吻合しやすく、冠動脈口に人工血管のほうから近づくことができる分だけ吻合部が守られやすく良い選択と考えています。

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10313.右冠動脈入口部吻合中。

かつては冠動脈のみ別の小さい人工血管で再建してから大動脈基部の大きな人工血管と連結するキャブロール手術を行ったこともありますが、

冠動脈への血栓が報告されてからこの方法はできる限り使わないようにしています。

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1044.出来上がり。

より自然な形のバルサルバ洞をもつこの人工血管が長期的にどのような利点をもたらすか、

今後が期待されています。


さらに近年はこうした手術が私たちの施設ではミックス法で行えるようになりました。これなら創が見えにくく、夏服などのおしゃれもしやすいため喜ばれています。

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元・京都大学医学部教授
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事例 ステントレス弁によるミニルート手術

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患者さんは65歳女性。

大動脈弁閉鎖不全症 III度、大動脈弁輪拡張症AAE、低左心機能(左室駆出率30%(正常は約60%)、冠動脈ステント治療後)、上行大動脈瘤・近位弓部大動脈瘤のため手術となりました。

このままでは瘤が破れて死亡するか、心不全で危険な状態になるからです。

 

ベントール手術(入れ子のように植え込むミニルート法で)、近位弓部大動脈置換(ヘミアーチ置換) ・上行大動脈置換・冠動脈バイパス手術CABGなどを施行しました。

 

9111.上行大動脈を切開し内部を見ているところです。

大動脈基部が高度に拡張しています。

大動脈弁が硬く厚く、自己弁を温存するDavid手術(デービッド手術)はやらないことにしました。

 

人工弁の選択については、65歳という年齢から生体弁が適切と判断しました。

ただし遠い将来、再手術となる可能性はあるため、その時に癒着を減らし安全性を高めるため、同じベントール型手術でも内側に入れるミニルート法を選択しました。

 

92_22.ステントレス弁を大動脈基部に内側から縫い付けているところ。

人工弁の自然な形がわかります。

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Lco_23.左冠動脈入口部吻合中。

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通常のベントール手術よりはやや狭い術野で操作するため相応の工夫をします。

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Rco_24.右冠動脈入口部吻合中。

ステントレス弁が入れ子のように大動脈基部の中に入っているのがわかります

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945.リベット打ちと呼んでいるステントレス弁の補強操作。

これで万一の破裂を防ぎます。

 

 

ステントレス弁を用いたベントール手術、

いわゆるフルルート法の弱点をこのようにして補います。

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Photo6.遠位部の人工血管との吻合。

 

すでに行った近位弓部大動脈置換術の人工血管と大動脈基部のステントレス弁および大動脈基部をまとめて連結・吻合します。

 

癒着防止の観点からは大動脈基部の手術をしない場合と同様に、癒着が起こりにくい状態です。

これは将来のもしもの再手術の場合に、安全確保のために役立ちます。

こうした長期的安全策もまた患者さんを守るために大切と考えます。

 

957.術前の大動脈造影。

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大動脈基部の著明な拡張と

大動脈弁閉鎖不全が見られます。

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.968.術後の大動脈造影。

大動脈基部から弓部大動脈にかけて良い形にもどりました。

大動脈弁(ステントレス弁)もきれいです。

3年半経過しお元気に暮らしておられます。

ワーファリンはもちろん不要で、外来も毎月通う必要がありません。またステントレス生体弁も15年以上は持つ可能性がデータから示唆されており、その間のQOL(生活の質)の高さとあわせて、やさしい治療と考えます。

近年はこの手術も創が小さいミックス法でできるようになりました。若い患者さんや創やおしゃれにこだわりのある前向きな方々にもお役に立てるでしょう。


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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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事例 大動脈弁形成術

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患者さんは17歳男性。

大動脈弁閉鎖不全症 III-IV度、二尖弁です。

患者さんの年齢や希望を考慮して大動脈弁形成術を施行しました。

8年後も健康な日常生活を送っています。

 

81_21.III度以上の大動脈弁閉鎖不全症が認められます。

高校生で機械弁の大動脈弁置換術AVRは毎月病院通いとなるのはかわいそうですし、

生体弁は成長期でカルシウムの代謝が盛んなため長持ちしません。

 

ロス手術では肺動脈弁のホモグラフトが日本では入手困難という問題と長期成績に疑問のデータもあるため選択肢からはずしました。

大動脈弁形成手術がこの患者さんに最も適切な術式との判断に至りました。

 

822.大動脈弁尖の余剰部分を形成するため評価とデザインをしているところです。

弁の形を直すことは難しくないのですが、それが長持ちするように、耐久性のあるものにすることは、必ずしも簡単ではありません。

組織そのものが弱い、あるいは病気で壊れていることがしばしばあり、肉眼では見えないレベルの病変も少なくないからです。

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83_33.交連部の形成中です。

この患者では交連部に小穴があいていたため、

弁中央部ではなく交連部で形成し、

穴の部分を補強しました。

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844.問題にならない程度の軽微な逆流のみ残し大動脈弁形成は完了しました。

もうすぐ術後10年になり、この大動脈弁形成術は患者さんに役立ったと言えるかもしれません。

青春時代をワーファリンなしで行けるというのは様々な点で患者さんに大きなメリットがあります。

 

現在ゴアテックス糸を用いた弁の形成・補強や自己心膜・ゴアテックスをもちいた弁の補充その他の工夫が報告されています。

まだ僧帽弁形成術ほどの完成度には至っていませんが、わたしたちも海外の仲間たちの経験と私たちのこれまでの大動脈弁形成術のデータを突き合わせ、より安定度の良い自己心膜による弁形成術を進めています。


それと並行して、ポートアクセス法(創が小さく仕事復帰も早いです)をもちいて大動脈弁形成術や大動脈弁置換術を行うことも推進しています。患者さんはご自身の仕事や生活にもっとも適したものを選べるわけです。

今後さらなる進展が望まれる領域です。

 

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執筆:米田 正始
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