お便り91: 困難と言われた僧帽弁形成術をミックス法で

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医師と患者さんの人間関係、とくに信頼関係は極めて重要です。

下記の患者さんは他府県から僧帽弁形成術をもとめて私の外来へ来られました。


Tutuji地元の大学病院でも形成は難しいと言われる、複雑な弁の壊れ方でした。

後尖、前尖とも後交連部で壊れていたからです。

さらに長期間の負担のためか、左房がひどく拡張し、そのため心房細動の不整脈も出ていました。

この状態になるとメイズ手術は歯が立ちません。そこで私たちが10年ほど前に開発した心房縮小メイズも併せ行いました。

僧帽弁も心房細動も治りましたが、同時にそれは小さい創でできました。いわゆるミックス手術ですね。

以下のお手紙はその患者さんからの礼状です。

遠方からお越し頂いただけの結果を出すことができ、それ以上にこうした絆をうれしく思います。またこれからも大切にして行きたく思います。


********患者さんからのお便り***********

 

米田 正始 先生

前略

僧帽弁形成手術及びMAZE手術を2012年11月8日に行っていただいた****です。
手術体験談のお話を受け、駄文ですが一筆記させていただきます。

小生が心臓に問題ありと診断されたのは2008年6月でした。そこから5年たち、状態は徐々に悪化してきて、ちょっと激しく体を動かしただけで動悸が激しく、休まないで行動ができなくなってきました。そこで地元の大学病院で診察していただいた結果、僧帽弁閉鎖不全症で手術が必要という結論となりました。

心臓にメスを入れることは、生命に直接関係すると思いましたので、自分自身が十分に納得した上で手術に望みたいとの気持ちが強くありました。そこでインターネットや近親者に、僧帽弁手術の事例や病院の対応に関する情報を集めた結果、名古屋ハートセンター・米田正始先生に執刀していただくことになったのですが、そういった決断を下すことになった主な理由は次の点です。

1. 心臓の手術は技能(症例数)が物を言う。そして、患者は医者を選ぶ権利がある。

米田先生のホームページ「心臓血管外科情報WEB(当時の名称)」に載っていた内容です。

特に外科手術では、執刀医の技術/技量がその成否に大きく影響することはよく知られていますが、最近の大学病院では、患者が医師を指名することまでは不可能と言って良いと思います。

外科手術の特性とご自身の豊富な経験に基づく自信とを、良く表している言葉と思いました。また、それを可能としている名古屋ハートセンターのシステムも素晴らしいと思いました。

2. 心エコー検査で「腱索断裂(少なくとも2本)」との所見が示された。

今まで受診した心エコー検査や経食道心エコー検査では、このように具体的な所見を示されたことはありませんでした。

画像の読影技術は重要であるとともに非常にむずかしいものであるとのお話は以前から知識としてありましたので、このように具体的な所見を示されたことは、名古屋ハートセンターのスタッフの技術が非常に高く、高度な診療を期待させるものでした。


3. 小生の僧帽弁閉鎖不全症は形成手術でなんとかいける。

今までの手術方法に関する説明では機械弁への置換手術が中心でした。ところが、米田先生から形成手術で多分大丈夫だろうとの診断を出していただいたことで、非常に安心したことを思い出します。

さらに、形成手術が不可能な場合でも、生活するうえで色々と問題のある血液抗凝固剤の服用をやめられる生体弁への置換という方法を示されたことです。

今、ドイツでは開胸せずに穿孔して生体弁の置換手術の事例が報告されており、生体弁の寿命のくるほぼ20年後では、ドイツの事例のような患者に負担をかけない手術が一般的になっているだろうとの、最新情報をもとにした方向づけを提示していただけました。

 以上の点に加え、地元の大学病院の医師も、米田先生を高く評価しており、安心して手術をお願いしたらどうかとのアドバイスもいただきました。

 こういった理由から、小生の場合なんの不安もなく手術に望むことができました。

今回は僧帽弁の形成手術、心臓縮小手術、心房細動に対するMAZE手術を施していただきましたが、全身麻酔でしたので気がついたら終わっていました。

次の曰には30mくらいでしたが、自分自身の足で集中治療室から個室に歩いて移ることができました。術後、気胸が発生しましたが、それも担当医の方の適切な処置で問題はありませんでした。

 さらに退院前の心エコー検査では僧帽弁の逆流も100%なくなっていることが確認できました。この時、「米田先生は、僧帽弁の手術が得意なんですよ。」と言った検査技師の言葉が今でも耳に残っています。

おかげさまで、仕事にも復帰できましたし、先日の6ヶ月検診も問題はありませんでした。

 手術という大きなイベントを抱えている時には、ちょっとしたことでも不安が増大してしまうものです。米田先生、名古屋ハートセンターが十分信頼の置けることを、手術前に自分自身で十分に確認/納得したことが、小生がなんの不安もなく手術に望むことが出来た大きな理由と思っております。

また、家族も患者本人が安心して手術に向かっている姿を見て、うろたえることなく平常心で手術に向かうことができました。


今回の入院も含めた治療では、米田先生をはじめ、佐藤先生、深谷先生、木村先生他スタッフの皆様に大変お世話になり、ありがとうございました。

 まだ、これからもよろしくお願いいたします。


敬具

2013年6月5日

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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事例: クレフトのある先天性僧帽弁閉鎖不全症

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先天性僧帽弁閉鎖不全症にはさまざまなタイプがあります。

単にクレフトと呼ばれる弁尖のき裂から、それが大きくなって弁輪に達するもの、さらに弁輪を割って心房中隔欠損症ASDや心室中隔欠損症VSDまでに至るものなど、さまざまです。

Ilm19_cb02025-sその他にもさまざまなき裂、低形成、腱索や乳頭筋の異常などがあります。

いずれにせよ、こどもの頃からの逆流のため、長い年月を経て弁の形も正常も変化変形します。

それぞれに応じた対応が大切と思います。それによって弁形成ができるからです。この病気では若い患者さんが多いため、きわめて重要なことです。

患者さんは30代後半の女性です。

11歳のときに心雑音を近くの病院で指摘され、以後毎年2回定期健診を受けておられました。

13歳ごろに倒れて近くの病院へ行き、そこで重い僧帽弁閉鎖不全症と初めて診断されたそうです。以後、2か月ごとに外来通院し内服治療を受けておられます。

来院の前年までは毎日仕事をしておられましたが、それ以後次第に息切れが増え、旅行などのときに苦しくなったこともあったそうです。何とか一日おきの勤務で頑張っておられましたが、弁形成ができるという話を聞いて米田正始の外来へ来られました。

心不全のある、高度な僧帽弁閉鎖不全症のため手術を行いました。

全身麻酔下に胸骨正中切開・心膜切開でアプローチしました。
体外循環・大動脈遮断下に左房を右側切開しました。

図1僧帽弁は術前診断どおり、前尖に裂隙(クレフト)があり、

僧帽弁輪中央部からやや後交連側に斜めに走行する形でクレフトができており、

クレフト部の前尖は肥厚と硬化が著明でした(写真左)。

僧帽弁輪そのものは何とか保たれていました。

乳頭筋は前尖のクレフトの左右比に近い形で、前乳頭筋が後乳頭筋よりもやや発達し 図2ていました。

また後尖はP1がやや低形成で、

P3が腱索伸展のため逸脱していました(写真右のセッシでP3を把持)。

P2-P3間のScallopが前尖のクレフトの対岸にあり、ここからMRが強く発生しやすい形でした。

総じて、先天性のクレフトMRで、その後P3の逸脱という後天性疾患が加わったもので、クレフトは共通房室弁口の亜形と考えられましたがASDやVSDはありませんでした。

図3まずクレフトを僧帽弁輪から弁尖まで結節縫合にて修復再建しました。

このとき、

弁輪近くの僧帽弁輪形成術MAPの糸は左室側から、大動脈弁を直接チェックしながら弁輪に刺入しました(写真左)。

さらにP3をP2にEdge-to-edgeで連 図4結し、

P2-P3間のScallopを閉鎖しつつ、

同時にP3の逸脱を防ぐようにしました(写真右)。

Duran柔軟リング25mmで全周性にMAPを行いました 図5(写真左)。

柔軟リングを用いることで隣接する大動脈弁のジオメトリーを変えないように、

また弁輪部のクレフトが再発しないようにしました。

逆流試験にてMRの消失を確認し(写真右)、

左房を閉 図6じて87分で大動脈遮断を解除しました。

経食エコーにてMRの消失と良好な心機能および大動脈弁を確認しました。弁形成の完了です。

入念な止血ののち手術を終えました。

術後経過はおよそ順調で、出血少なく血行動態もおおむね良好で、術当夜抜管いたしました。

術翌朝一般病棟へ帰室され術後10日目に元気に退院されました。

あれから3年が過ぎ、現在は毎年1回定期健診に来られます。

心臓もすっかり小さくなり、リズムも含めて正常化しました。お元気なお顔を拝見してうれしく思っています。

 

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僧帽弁逸脱症

◆  HOCM(IHSS)にともなう僧帽弁閉鎖不全症

僧帽弁形成術

◆ ミックスによるもの

◆ ポートアクセス手術のMICS中での位置づけ

◆ リング

◆ バーロー症候群


虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対する僧帽弁形成術

④ 僧帽弁置換術

◆ ミックス手術(ポートアクセス法)によるもの  


⑤ 人工弁

    ◆ 機械弁

生体弁 

       ◆ ステントレス僧帽弁: ブログ記事で紹介

心房細動

メイズ手術

心房縮小メイズ手術

ミックスによるもの:

心房縮小メ イズ手術 

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事例:複雑な僧帽弁形成術 その2

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僧帽弁形成術にはさまざまな難易度のものがあります。術前に普通程度と予測されていたケースが手術してみたら、けっこう難題であったこともあります。

医師とくに外科医の昔からある諺に「オペを安全確実にしたければ一段上のものが自信をもってできる、そういう状況で手術しなさい」というのがあります。たとえば虫垂炎の手術を確実にしたければ、腸切除の技術を十分に身に付けてからにしなさいというわけです。

これを僧帽弁形成術でいえば、普通の後尖の一部切除でできるケースを安全確実にやりたければ、その一段うえのゴアテックス人工腱索が自信をもってできるようにしてからやれ、となります。

そうしたことをあらためて実感させてくれたケースでした。

 

患者さんは34歳男性です。

僧帽弁閉鎖不全症三尖弁閉鎖不全症、そして発作性心房細動をお持ちでした。


当初はかかりつけの先生から弁膜症ということで近くの病院へ紹介されましたが、患者さん自身、医療関係者で本やネットで勉強しハートセンターへ来院されました。

図1
 手術のとき、僧帽弁は後尖の中央部(P2)と右側(P3)がくっつきかつ瘤化し、完全に逸脱していました(右図)。

その腱索は1本が断裂し、他は伸展していました。

図2前尖も中央部(A2)と右側(A3)、

そして交連部部分(PC)が逸脱していました。

前尖は肥厚していました。

後尖の逸脱部 図3分を四角切除すると後尖の6割を切除しなくてはならず、それでは成り立たないため、

まずP2+3の中央部の瘤化部分を三角切除しました(右図)。

P2+3の残る部分を再建しました。

図4 こで、逆流試験で調べてみると前尖の逸脱がより鮮明になりました。

また再建P2+3も逸脱していたため、ゴアテックス人工腱索をこれらに付けることにしました。

 

人工腱索をまずPCに2本、さらにA3に4本つけ、さらにA2の後交連側に2本つけました。

つまり前尖とPCと併せて8本の人工腱索を付けたのです。左上図はその操作中の様子です。

流試験にて逆流の消失を確認しました。図5

逆流試験はOKでも、後尖の逸脱は残存していましたので後尖にもゴアテックス人工腱索をつけることにしました(右図)。

再建後のP2+3にゴアテックスCV5を5mm間隔で4本つけました。

逆流試験で逆流だけでなく逸脱も無いことを確認しました。

図6ここで僧帽弁輪形成術MAPのリングサイズを検討しました。

弁の肥厚があり、かみ合わせを良くするためやや小さめの28mmのリングを選択しました。

リング縫着後、逆流試験で逆流がないことを確認しました。左図です。

弁尖のかみ合わせを測定するため青いインクをもちいたインクテストを行うため、弁尖は青い色になっています。

そして左房メイズを冷凍凝固法にて行いました。

左房を閉鎖し大動脈遮断を解除しました。

図8三尖弁は弁輪拡張著明であったため、硬性リング30mmで三尖弁輪形成を行いました。

逆流試験にて逆流がないことを確認しました(左図の中下部分)。

それから右房メイズ施行しました(右下図)。

 

自然の状態で経食エコーを調べますと、僧帽弁の形図7は概ね良いのですが、前尖の収縮期前方変位(SAM)が発生しそのため中程度の逆流が起こっていました。

こうした場合、ベータブロッカーなどのお薬を使えば改善しますが、若い患者さんで将来永く薬なしで行ける方が良いですし、追加形成する時間は十分あるため、さらに形成を加えることにしました。

もとのリングをはずし、2サイズ大きくしてやり直しました。逆流試験では多少の逆流が見られましたが、体外循環の後は良くなると確信したため、そのまま左房を閉じました。

その結果、経食エコーにてSAMはほぼ消失改善、僧帽弁閉鎖不全症もゼロになりました。

比較的複雑な僧帽弁形成術になりましたが、無事きれいな形で仕上がりました。

術後経過は順調で、手術翌朝には集中治療室を元気に退室され、術後10日目に元気に退院となりました。

このレベルの複雑僧帽弁形成術となると、ちょっと形成やっているという病院ではお手上げ状態となり、人工弁をもちいた弁置換になることが多いです。

僧帽弁形成術に豊富な経験をもつチームを選ばれた患者さんの努力の賜物と思います。

またこうした方に選ばれたことを私たちは大変光栄に思います。

やはりこうした心のつながり、絆をもって手術に臨むのは素晴らしいことです。

手術後まる3年が経過し、僧帽弁閉鎖不全症もほぼゼロで安定し、外来でお元気なお顔を拝見してはうれしく思っています。

 

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◆ ポートアクセス手術のMICS中での位置づけ

◆ 形成用のリング

◆ バーロー症候群

◆ 三笠宮さまが受けられた僧帽弁形成術

虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対するそれ

④ 弁置換術

◆ ミックス手術(ポートアクセス法)によるもの  


⑤ 人工弁

    ◆ 機械弁

生体弁 

       ◆ ステントレス僧帽弁: ブログ記事で紹介

心房細動

メイズ手術

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第19回アジア太平洋循環器学会APSCに参加して—僧帽弁と心筋症

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この2月21日から24日まで、アジア太平洋循環器学会APSCのためタイ国のパタヤへ行って参りました。

IMG_1647パタヤはタイ国の首都バンコックから南東方向へクルマで2時間、半島の先端にある海辺の街です。

立派というより巨大なリゾート地で、その一層の振興のためか2-3年前に大型のコンベンションセンターつまり会議場が造られ、今回の学会はその新しい会議場で行われました。これは医療ツーリズムつまり海外から多くの患者さんを受け容れて治療するという国の方針と軌を一にするものと感じました。

このAPSCはアジア太平洋エリアの循環器学会として2年に一度、持ち回りで開催されていて、今回はタイで行われました。

心臓血管外科のセッションもあり、私はそこへ講演のため招待して頂きました。

1日目のオープニングセレモニーではタイの国王妃が来賓として出席され、物々しい警備の中、笑顔で歓迎のスピーチをされました。

国王妃が来られるというのは確かに大きなインパクトがあり、この学会あるいは医学医療をタイ国がいかに大切に思っているか、あるいは医学医療の領域が大きい力をもっているかを示すものでしょう。

日本ではこうしたことは稀で、医学医療よりも建設業界のほうがはるかに団結しちからがあるということを改めて感じました。福祉・医療費が5000億円削られてもそう大きな反発はない、しかし建設のため公共事業費が5000億円削減されれば大騒ぎになり、それを恐れて政治家は福祉・医療費を削ることはあっても公共事業費は手をつけないという話をときどき耳にします。国民が健康を守る、国民的運動としてこの問題を考えねばならない時期に来ているようです。

IMG_1634bともあれ学会は賑やかにスタートし、いくつかの分野に分かれて熱い講演・発表と討論が行われました。

私の担当は1日目の心筋症のセッションで、心臓外科の僧帽弁手術が心筋症治療の中で占める位置づけ、貢献についてお話ししました。

心筋症とくに拡張型心筋症といえば、治らない病気として内科の先生もお薬でそっとしておき、いよいよダメになったら心移植という考えが今なお残っています。

しかし拡張型心筋症はお薬でしっかり予防すればかなり効果があり、予防しきれない場合でも心臓手術とくにあたらしい僧帽弁形成術や左室形成術でかなり持ち直せることをお話ししました。

というのは拡張型心筋症が進行し、心不全が強くなると、左室の形が崩れて僧帽弁閉鎖不全症が発生するからです。そうなるとただでさえ弱っている心筋への負担が倍増し、患者さんは急速に力を失い、死にいたります。そこでの悪循環を心臓手術で断ち切り、安定をはかろうというわけです。

この場合の僧帽弁形成術は通常の僧帽弁閉鎖不全症にたいするものでは効果がありません。拡張型心筋症にともなう僧帽弁閉鎖不全症では治し方がちがうのです。ここまでの心臓手術の歴史を振り返りつつ、その弱点を克服すべく開発した私たちの僧帽弁形成術である乳頭筋最適化手術、英語で略称PHO法をご紹介しました。

これによって従来助けられなかった患者さんたちのかなりの部分が助かるものと期待しています。アジアの先生方の中にも、是非使いたいと言ってくれる方が増え、うれしいことです。

この発表では、それ以外にも、心臓外科のお役にたてることをご紹介しました。たとえば拡張型心筋症が悪くなったら、両室ペーシング(略称CRT)が心機能回復に役立つことがあります。また命にかかわる悪性の不整脈が出てくれば、植え込み型除細動器(略称ICD)が患者さんのいのちを助けます。さらにこれらを合体させた方法、CRTDも活躍しつつあります。

しかしこれらのペースメーカー的な治療法はどうしても三尖弁を通過して右室にリード線を配置する必要があり、それは少なからず三尖弁閉鎖不全症(TR)を引き起こします。いわゆるペースメーカーTRと呼ばれる状態ですね。この場合の閉鎖不全症は悪性で、心不全さらに肝不全まで合併して死に至ることが多くあります。これらが私たちの工夫した三尖弁形成術で、人工弁を入れることなく助かることをお示ししました。

また「僧帽弁は左室の一部である」ことは医者の常識になっていますが、この考え方をもう一歩進めて、「左室は僧帽弁の一部である」「だからこそ、僧帽弁形成術においても、左室をできるだけ治さねばならない」ことをご説明しました。これはけっこう受けたようです。

その一環として、比較的短時間で、しかも壊れた左室が最大限パワーを回復できる方法をご披露しました。私たちが考案した「一方向性ドール手術」です。これによってセーブ手術という優れた方法と同じだけきれいな形に左室を修復でき、しかもドール手術と同じぐらい短時間で仕上がることをお示ししました。

こうした心臓外科の方法を多数の内科の先生方が熱心に聴いて下さったのはうれしいことでした。

一日目はその他に心筋症、心不全、不整脈などでも最近の治療法の進歩が紹介され、充実した内容でした。ヨーロッパ心臓学会(略称ESC)から多数の先生方が参加され、東洋と西洋の交流も含めたレベルの高い国際学会となりました。

2日目は欧米の新しいガイドラインや最近の進展のまとめを各分野ごとにまとめて解説されるというセッションに参加しました。冠動脈で何でもPCIという状況が、冠動脈バイパス手術(CABG)を適材適所で使いわけるということがアジアにも浸透しつつあることを感じました。またカテーテルで植え込む生体弁(略称TAVI、タビ)の最近の進展も熱く論じられました。

Plt018b-s日本は政府の構造的問題でドラッグラグ(患者さんに必要な新薬がなかなか認可されない)とデバイスラグ(救命や治療に必要な道具類の認可に年月がかかる)のために、欧米より遅れていることは以前から問題になっていますが、アジア諸国にも後れをとっていることを改めて感じました。

これは政府・官僚が新薬や新デバイスを認可して、もしも副作用などが発生したら、その官僚が責任を取らねばならない、するとそのひとはもはや出世できない、という構造があるために起こっているのです。国民不在の構造ですね。医師だけが文句を言っても、票数ではわずかでその影響力は小さく、やはり国民がもっと声を上げるべきです。ということでこのブログにもそれをお書きし、皆さんに現実を知って頂くようにしています。

さて私の2日目の講演は、心不全や心筋症に続発する機能性僧帽弁閉鎖不全症にたいする僧帽弁形成術についてでした。

ここまでのコンセプトの変遷とともに僧帽弁形成術も進化してきた歴史を振り返り、現在のPHO法にまでたどりついたこと、そしてその手術のコツや注意点などをお話ししました。パキスタンの先生(座長)から「機能性僧帽弁閉鎖不全症もここまで治るようになったんですね!」とお褒め戴いたのがうれしかったです。せっかく皆で努力して良い手術法を創ったのですから、これからひとりでも多くの方々に使って頂けるよう努力したく思いました。

IMG_7233bそのあと、夕方までの間に時間ができたため、仲間(東邦大学の尾崎重之先生、山下先生ら)と観光に行ってきました。3時間ほどのミニツアーですが、私はぜひ仏教とトロピカルが合体したものを写真にしたいと思っていたため、無理に時間をやりくりして出かけました。ちなみに尾崎先生は自己心膜での大動脈弁再建をライフワークとして実績を上げておられ、今回もその啓蒙のために来ておられました。私もこの弁には大いに関心あり、かつてトロントでやっていたステントレス大動脈弁の発展型という気持ちもあり、お世話になっています。

IMG_7241bまずSanctuary of Truthという海辺の寺院へ行きました。フランスのモン・サン・ミッシェルを想起させる場所にあり、見事な木造の寺院と無数の仏像の四次元的な世界でした。さらに面白かったのはその近くに木工所のようなところがあり、ここで多数の仏師?の方々が仏像を造っておられたことです。そういえばこの寺院に着く直前にたくさんの見事な大木が並んでいたのはこの仏像の材料だったのだと納得しました。木造ゆえ、ヨーロッパの寺院のように何百年も持たず、改修しつづける必要があるようで、これはバルセロナのサクラダファミリアのようで、東西の共通した熱意を感じました。

その他高い岩山に仏像を描いたブッダマウンテンなどにも足を延ばしました。仏教への信仰の厚さを少し感じるところがありました。

それからまた学会場にもどり、といってもディナーパーティですが、アジアの先生方と楽しいひと時が持てました。ひとつ感じたのはアジアの循環器内科の先生方は歌が上手だということです。聞けばタイではカラオケが今も大人気とのこと、日本ではいつのころからか、あまりカラオケに行かなくなったのは残念でした。

アジアの良さと、少しは国際貢献できたかも、という満足感、なにより寒い日本から3日間だけでもトロピカルなところで骨休めできたという感謝の念をもって、そのまま学会のはしごをするためタイを後にして東京へ向かいました。

ご招待下さったタイやアジアの先生方、ありがとうございました。

 

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事例: 僧帽弁閉鎖不全症と巨大左房・心房細動に僧帽弁形成術と心房縮小メイズ手術

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僧帽弁閉鎖不全症心房細動はよく合併します。

これは左房が僧帽弁の逆流のため拡張するためもあって起こります。

左房が巨大となると僧帽弁を治しても心房細動は治りません。

心房細動に対するもっとも強力な治療法といわれるメイズ手術も巨大左房には歯が立ちません。いわゆる「適応なし」として手術をやれないのです。

これを何とかしようと心房縮小メイズ手術を10年以上まえに開発しました。

患者さんは50歳女性です。

20年前から僧帽弁閉鎖不全症を指摘され他院で経過観察されていました。

5年前から心房細動になり、1年前から心不全症状が出てきました。

そこで私の外来へ来られました。 術前エコー2

心エコーにて高度の僧帽弁閉鎖不全症を認めるほか、

左房径(前後径)が76mmと巨大左房になっていました。

上図左は経食エコーで拡張左房を示します。同右では僧帽弁後尖の逸脱(弁が左房側へ落ち込む)を示します。

左室拡張末期径は58mmとやや拡張、左室駆出率は53%とやや低下していました。

心房細動にメイズ手術が効くことは知られていますが、いっぱんに左房径が60mm前後を超えたあたりから、メイズ手術はあまり有効でなくなり、ましてカテーテルアブレーションでは治せないと言われています。

そこでこうした患者さんたちのために私たちが開発した心房縮小メイズ手術をもちいることにしました。

四角切除手術では

まず僧帽弁形成術を行いました。

逸脱している後尖を四角切除し、リングをもちいて弁のサイズを正常 MVP完了化し、逆流が止まることを確認しました。

それから左房を縫縮つまり折りたたむ形で小さくしました。これで出血することなく左房を調整できるからです。

左房縮小中バチスタ先生がかつて提唱された自己移植術とほぼ同じ縫合線で左房を折りたたみ、きれいになりました。

そのうえで、その縫合線を冷凍凝固し、悪い電気信号が通らないようにしました。

三尖弁も形成し、 クライオメイズ右心房にも冷凍凝固でメイズ手術を行いました。

術後経過は順調で、術中から正常リズムとなり、術後3年以上経過した外来でも正常リズムを維持しておられました。

術後心エコーでは僧帽弁閉鎖不全症、三尖弁閉鎖不 術後えこー1全症とも消失し、左房径は術前の76mmから46mmまで改善しほぼ正常域にもどっていました。

この症例は2005年 術後えこー2のライプチヒシンポジウムでも発表し、多くの心臓外科医に喜ばれました。

その後、欧米やアジアでもこの心房縮小メイズ手術に関心を持って下さる心臓外科医は徐々に増え、これからもっと啓蒙活動をしてより多くの心房細動の患者さんたちをお助けできればと念じています。

心房細動は意外に怖い、いのちや仕事を奪う恐れのある病気だからです。

 

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僧帽弁膜症のリンク

原因 

閉鎖不全症 

逸脱症

弁形成術

◆ ミックスによるもの

◆ ポートアクセス手術のMICS中での位置づけ

◆ リング

◆ バーロー症候群

◆ 三笠宮さまが受けられたもの


虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対するもの

④ 弁置換術

◆ ミックス手術(ポートアクセス法)によるもの  


⑤ 人工弁

    ◆ 機械弁

生体弁 

       ◆ ステントレス僧帽弁: ブログ記事で紹介

心房細動

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心房縮小メイズ手術

ミックスによるもの:

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事例: 先天性僧帽弁閉鎖不全症・バーロー症候群の弁形成術

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先天性つまり生まれたときからの僧帽弁閉鎖不全症は心臓専門病院では少なからずみられる病気です。

逆流が強くなり心臓とくに左室が大きくなったり、心不全の症状がでると手術が必要になります。

また時間とともに左房も大きくなり、その結果心房細動などの不整脈が出てくると手術が勧められることもあります。

次の患者さんは当時31歳の女性で、僧帽弁閉鎖不全症に発作性心房細動を合併し、手術を希望して来院されました。術前エコー長軸

そのころ、疲れやすくなり、会社の健康診断で僧帽弁閉鎖不全症を指摘され、ホームページを見て米田正始の外来へ来られたのでした。

術前の経胸壁エコーでも術中経食エコーでも前尖後尖とも全体的に逸脱しているように見えたため(右図をご覧ください)、

そして強い僧帽弁の逆流も、逆流ジェットが複数ある(左図)ことから複数病変それも通常と少しちがうものなど、様々な状 術前エコー4CVD況と対策を考えて手術に臨みました。

皮膚をなるべく小さく切開し、心臓にアプローチしました。今ならポートアクセス法などのミックス手術でより小さい創で手術するでしょうが、当時としてはかなり小さい創で手術しました。

僧帽弁は後尖の中央部分にクレフトつまり裂隙があり先天性のものと思われました。

さらに後尖の後交連近くに腱索断裂があり、その部分は逸脱つまり左房に落ち込む傾向にありました。

また後交連部は大きめで腱索伸展著明で逸脱していました。(手術写真準備中です)

前尖はやや逸脱傾向はありながら、後尖の上記以外の部位とはちょうどバランスが取れた形でした(つまりどちらもやや逸脱傾向にありました)。

前尖と後尖の逸脱部は慢性MRのジェットのためか肥厚し、後尖の逸脱部は若干瘤化していました。

全体としていわゆるBarlow症候群つまり組織変性が強い弁で僧帽弁全体が弱いという印象でした。

こうした弁でも逆流が治れば長持ちし得ることが知られており、予定どおり全力あげて形成することに致しました。

まず確実に病変がある後尖中央部のクレフト部を閉鎖し、その際に余剰組織を併せて縫縮しました。

次に後交連部と後尖の後交連寄り部分を連結し、併せて余剰(瘤化)組織を縫縮しました。

この時点で逆流試験を行いますと前尖後尖はちょうどバランス良くかみ合い、逆流もほぼ消失しました。人工腱索も検討していたのですが不要でした。

そこで仕上げに前尖サイズのリングで弁輪形成を行いました。

それにより逆流試験でMRはほぼ消失しました。

冷凍凝固によるメイズ手術を行い、左房を2層に閉じて78分で大動脈遮断を解除しました。

心臓が拍動を再開しまもなく洞性リズムを回復しました。

術直後エコーD経食エコーにて僧帽弁閉鎖不全症はほぼ消失しました。

入念な止血ののち無輸血にて手術を終えました。右図は術後1週間の経胸壁ドップラーで僧帽弁の逆流は消失していました。

また下図は同長軸エコーで前尖と後尖の良好なかみ合わせを示します。

術直後エコー長軸術後経過は良好で、出血も少なく血行動態も安定しており、術当日の夕方、人工呼吸器を外し、術翌朝、一般病棟へ戻られました。

経過良好で手術後10日に退院予定でしたが、患者さんのお父さんが風邪のため、移されないようしばし入院続行し、術後経2週間で元気に退院されました。

術後3年4CVD術後3年経った現在、お元気で暮らしておられます。年一度の定期健診でお元気なお顔を見せて頂いています。

右図は術後3年のドップラーで僧帽弁の逆流はありません。

弁置換術と比べて弁形成術が優れているのはどの年代の患者さんでもそうですが、こうした若い女性の場合はとくにそれが顕著です。

この患者さんは妊娠出産も問題なくこなせますし、今後の人生が文字通り健康なものになるでしょう。実際、手術のあとは大変快活になられ、この点でもうれしく思っています。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
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元・京都大学医学部教授
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お便り83: 拡張型心筋症と僧帽弁閉鎖不全症から立ち直り

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拡張型心筋症は難病で、重くなるとしばしば打つ手なしという扱いになることが世間では多いようです。

私たちはこの拡張型心筋症の治療にちからを入れてまいりました。

A335_007心臓外科の観点からは、拡張型心筋症が悪化したときに合併する機能性僧帽弁閉鎖不全症をしっかり治し、かつ左室をできるだけ良くすることが重要と考えています。

そのため、単に手術で頑張るだけでなく、その後のアフターケア、丁寧な薬の治療が大切です。

以下の患者さんは50代前半の男性で、駆出率20%台つまり健康な心臓の3分の1のパワーまで落ちた状態で、しかも高度の僧帽弁閉鎖不全症を合併して来院されました。

そこで僧帽弁形成術を工夫し、弁だけでなくなるべく左室のパワーアップを図るようにしました。

術後経過は良好でまもなく退院されましたが、その後も時間をかけてβブロッカーやACE阻害剤、ARBなどを使用し、じわりじわりと心機能を改善させていきました。

そして手術から1年後には駆出率44%へ、2年後には56%まで改善し、その後術後3年半の現在もこれを維持しています。現在のデータだけを見れば、もう心筋症や心不全の姿はありません。

ともに心臓手術を勝ち抜き、さらに時間をかけてじっくり薬を効かしここまでに回復された患者さんは、仲間そのものです。

その患者さんが手術のあと、退院されるときに意見箱に入れて下さったお便りです。

*********患者さんからのお便り*********

 

米田先生はじめ北村先生、深谷先生、小山先生、また担当戴きました看護師の皆様には心より感謝申し上げます。

米田先生にお会いするまでは騙し騙しぎりぎりまで手術を先延ばしするつもりでしたが今なら弁形成が可能であり、また置換と形成との効果の相違、また放置した場合と現時点で手術をした場合のリスクを、分かり易く比較して説明して戴き、今後のQOLを十分に鑑み、家族と話し合い手術する決意をする事ができました。

術前も、先生方が積極的にインフォームドコンセントを含めたコミュニケーションを取って頂き全く不安なく(本人は)手術を受ける事ができております。

今後は健康な体になり、気兼ねなく仕事に打ち込める事や、高校中学の二人の息子と妻ともスポーツを交えた楽しい時間を過ごす機会を与えられ社会復帰が楽しみです。

貴院に於かれましては志の高い看護師の方々が、更にスキルアップしようと研修に積極的に参加されている様子などから益々患者からの信頼性の向上が期待され発展されることを信じております。

本当にありがとうございます。

こちらの病院の看護師、受付、各職員の方々どなたも私ども患者に対しての応対が、低姿勢で丁寧と大変感心いたしました。

また担当のドクターの方々皆様、ハイレベルで人当たりも良く、患者の質問に丁寧に説明していただき、大変満足しており、感謝いたしております。

平成21年5月30日

*****

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お便り74 ポートアクセス法で僧帽弁形成術とメイズ手術を受けた患者さん

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僧帽弁形成術は僧帽弁閉鎖不全症の患者さんを長期にわたって守る、優れた手術法です。

なかでもポートアクセス法による、小さい創で骨も切らずに行うミックス手術(低侵襲手術)は、患者さんの社会復帰が早く、僧帽弁形成術の良さをいっそう引き出す方法と思います。

つぎのお便りは、大阪から来られた50代男性患者さんからのものです。

僧帽弁閉鎖不全症と心房細動のため、ポートアクセスで僧帽弁形成術と左房メイズ手術を行いました。

弁の逆流はきれいに取れ、リズムも正常にもどりました。

経過良好で、遠方のためすこしゆったりとリハビリをしながら入院していただき、術後10日目に元気に退院されました。

 以下はその患者さんからのお便りです。

 

 *******患者さんからのお便り*******

6月7日に手術を受け経過も良く本日6月17日退院させていただく事になりました

心臓弁膜症とメイズ手術を同時に受けました。

ポートアクセス法にて(メイズ手術)も同時にして頂き、体への負担も少なく、痛みもそれ程感じませんでした。

経過も良好で本日6月17日退院します。

お世話になった米田ドクター、北村ドクター、深谷ドクター、木村ドクター始め沢山のナース、スタッフの方ありがとうございました。

若い看護師さんも沢山いて皆さん元気で頑張っておられます。

上司の方や、特に若手の医師の方にお願いです。 看護師さんを大事にしてあげて下さい。 また たまには励ましの
一言をかけてあげて下さい。

また、米田先生の外科医としての高い技術を頼りここに来て本当に良かったと思います。

本日6/17 日 退院します。

ここに来て思った事の1つに一流の方はどこまで行っても謙虚であられるという事です。

また米田先生はもちろんのこと北村先生を始め全スタッフの方に感謝いたします。

ありがとうございました。

 

************************

その後、この患者さんはたまたまお腹の急病を発生し、危篤状態となられ近くの病院でお腹の緊急手術を受けられました。

大きな手術でしたが、心臓はびくともせず、患者さんももちまえの頑張りで見事に回復され、私の外来へ健診と報告にお越しになりました。

こうした不慮の場合も考えますと、僧帽弁置換術に比べた僧帽弁形成術の良さは一段とひかると思います。

それだけばい菌にも強く、出血もしにくく、他手術も安全に行いやすいわけです。

患者さんがこれから健康を完全に取戻し、楽しい生活を送られることを信じ、また祈っています。

 

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Mitral Conclave(僧帽弁形成術の国際シンポ)に参加して

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2012-09-15 20.04.17bこの9月15-16日と、軽井沢の万平ホテルという伝統と趣のある場所で行われたMitral ConclaveにFacultyとして参加して参りました。会長は慶応大学の四津良平先生で、昨年のアメリカ胸部外科学会AATSでのそれの日本版という予想でしたが、国際シンポジウムの名にふさわしい立派なものでした。

実際心臓外科関係ではニューヨークのAdams先生とAnyanwu先生、タイのTaweesak Chotivatanapong先生、Weerachai Nawarawong先生、Chaiyaroj先生、ベトナムのPhan Nguyen Van先生、シンガポールのCN Lee先生、循環器内科ではRandy Martin先生はじめ、おなじみの有名人がFacultyとして名を連ね、これまでの交流や理解が深められる素晴らしい場となりました。個人的にはどこか弁膜症愛好会の同窓会のような雰囲気でした。

このシンポに先立って、朝からステントレス僧帽弁(Normoノルモ弁)の特別セッションがありました。ウェットラボで実技指導を頂いて、これからの臨床応用と認定施設決定に役立てるための重要な会とあって、執刀医レベルの先生が集まり賑やかでした。私も名古屋ハートセンターでこのステントレス僧帽弁を始めるための施設認定のための準備として参加させて頂きました。2012-09-15 17.21.39b

開発者の加瀬川先生、そしてその仲間である榊原記念病院の高梨先生や田端先生らを始め多数の同好の士がわいわいと賑やかに手術を行いました。もちろん動物の心臓をもちいてのシュミレーションですが、細部にわたるコツや落とし穴がわかり、有意義でした。

私はたまたまご縁あって、大阪市立総合医療センターの実力派・柴田先生とペアを組んで一例執刀させていただきました。心臓手術自体も有意義でしたが、それ以上に柴田先生や加瀬川先生らとのDiscussionが面白く、あっという間に3時間が過ぎました。できあがりは一応合格点で、こうした練習や研究を積んで十分自家薬籠中のものとしてから患者さんに使うというのは大変良いことと思いました。

15日正午からMitral Conclaveが始まりました。

興味深い発表とDiscussionの連続でした。若い先生らには得難い勉強と刺激の場になったものと思います。上記の先生方が前向きに楽しい議論をしてくれるため、退屈することのないセッションが続きました。

私に与えられた仕事は午後の虚血性僧帽弁閉鎖不全症のセッションでの司会と講演でした。司会は畏友・神戸大学大北先生と一緒にやらせていただきました。

北海道大学の松居先生が乳頭筋を束ねて前方に吊り上げる術式が後方に吊り上げるよりずっと良いことを示され、東京医科歯科大学の荒井先生が乳頭筋の単独吊り上げが後方より前方が有効であることを発表されました。

前方吊り上げの効用をこの10年近く主張してきた私にとって、大変うれしいことでした。どういう術式が良いかは患者さんが教えてくれる、このことを心の支えに頑張ってきた甲斐があったと思いました。

私・米田正始は川崎医大の吉田教授らと共同研究してきた乳頭筋ヘッド最適化(略称PHO, Papillary Head Optimization)の術式を発表しました。多くの質問をいただき、これほど関心をもっていただいてうれしいことでした。大御所のAdams先生はじめ、上記の先生方がぜひ君の術式を使いたいと言って下さり、これまでの楽しい苦労が一層楽しいものになったような気がします。

外来でこのPHO術後の患者さんとよくお会いしますが、手術前の状態とくらべて大変お元気なお姿にジーンときます。一緒に苦労してくれてありがとう、今の健康はあなたが頑張って勝ち取ったものだよと言いたくなります。逆に患者さんのほうからたくさん御礼を述べていただき、一層ジーンときます。

このセッションではニューヨークのAnyanwu先生が新しいLVAS補助循環の活用も話されました。超重症で手術に耐える体力がない方や、心臓の余力があまりにも少ない患者さんたちにはLVASが役立つというのはこれまでも知っていたことですが、僧帽弁置換術後の左室破裂という稀でも恐ろしい合併症にLVASが大変有効であるというのはなるほどと膝をたたくインパクトがありました。これからはこうした超重症といいますか、どうにもならない患者さんにも救いの手が伸びるという実感を得られたことは大収穫でした。

2012-09-15 18.36.31b夜のディナーパーティでは多くの方々と歓談できました。高名な先生方はもちろん、日頃あまり話する機会のない、あちこちの若手中堅の先生方と話ができてうれしく思いました。自分が若いころ、海外の大物先生と話することがどれほど夢をかきたて、モチベーションを上げたかをふと思いだしました。

二日目の朝と午後には僧帽弁形成術の詳細・各論についての発表と議論が交わされました。ループテクニックという比較的初心者でもやりやすいと言われる方法がさまざまな形で論じられていました。それ自体は良いことと思うのですが、日本全国でも限られた数しかない僧帽弁形成術を、全国の心臓外科医が分け合ってやるとなると、不慣れな心臓外科医が年間数例ずつやる、という状況へつながりかねない話です。それは即、患者さんにとって不幸なこととなる、そういう懸念をもちました。実際、経験豊かな先生方も同じ心配をしていました。

それ以上に、このループテクニックでは僧帽弁の一か所を支えるために1対つまり2本の人工腱索がひつようで、たとえば前尖全体が逸脱している場合なら、私たちなら8-12本できれいに形成できるところを、その2倍の16-24本も人工腱索が立つことになります。これはもし腱索が硬化や肥厚をすると大問題になるでしょう。もっと議論が必要と感じました。

Adams先生の僧帽弁輪形成術つまりリングの講演はよく整理され、よくこなれていて、さすがと感心しました。

2012-09-16 12.46.47b2日目には三尖弁形成術や心房細動のセッションもありました。新田先生やChaiyaroj先生らのMICSメイズ手術は私たちもちからを入れている領域ですので興味深く拝聴しました。

三尖弁形成術で本当に難しいのは、右室機能不全が起こって三尖弁の弁尖が右室側へ引き込まれる、テザリングが起こる重症ケースです。Adams先生にそれを質問しましたが、さすがの彼もそういうケースは経験ないとのことで、彼の友人の経験談を話してくれました。正直で親切な人柄にあらためて感心しました。

もうひとつ感慨深かったことがあります。Adams先生の講演の中で、強い心不全をともなうケースでは右室と三尖弁輪が拡張しておれば三尖弁の逆流がそれほどでなくても、同時に治しておくことが良い、ヨーロッパ心臓協会の新しいガイドラインではそれはクラスIIaつまりやる意義があるという水準になった、というものでした。

このことは数年以上まえからエキスパートの中ではすでに知る人ぞ知る、方法でした。私は前任地の京大病院で必要があればこの方法で三尖弁形成術を加えていました。少しでも心機能を改善し、患者さんが永く生きられるように。

ところが前任地では、打ち合わせ会議と称する場で、ある心臓外科の先生が「米田先生は逆流があまりない弁まで形成している」と発言し、そのため「そんないい加減な適応で手術しているのか」と誤解する先生まで現れ、発言の機会さえ与えられず、心臓外科の臨床やEBMデータを知らない人たちは本当に困ったものだと、情けなくなりました。今、ヨーロッパの心臓協会がこの方法を正式に認めたというのは、ようやくお墨付きが出たわけで、自分がデータをもとに信じてやって来たことがようやく本筋の治療になったと、感慨深いものがありました。

まあ不勉強な人たちや悪意の人たちにわかってもらえなくても、患者さんや一流の人たちは理解してくれていると思えば、納得が行きます。そういう満足感が得られるセッションでした。それにしてもそうした大学病院はもはや最高学府とは言えないのではないかと残念に思いました。

もうひとつうれしかったのは、当院内科はもちろん、エコースペシャリストである川崎医大循環器内科の先生方と協力してやって来た、内科と外科のコラボレーションが、あのRandy Martin先生やAdams先生に喜んで頂けたことでした。来年の発表依頼まで頂いて、こちらも感動してしまいました。

それやこれやで忙しく賑やかな2日間でしたが、軽井沢を散策する暇もなく、しかし充実感を頂いて名古屋への帰途につきました。

素晴らしい会を開いて下さった四津先生はじめ慶応大学の先生方、国内外のFacultyの先生方、関係の皆様に深く感謝申し上げます。ありがとうございました。

平成24年9月16日

米田正始 拝

 

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執筆:米田 正始
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お便り68 ポートアクセス法の僧帽弁形成術を受けたバーロー症候群患者さん

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僧帽弁形成術は年々進化を続けています。

私たちも内外の仲間と常に切磋琢磨しながら、患者さんのお礼のことばを糧として、日々反省と勉強を続けています。おそらくこの仕事を続けるかぎり、その熱い毎日は止むことなく続くでしょう。

バーロー症候群はかつては弁形成がなかなか難しいilm23_df01001-sと言われました。現在でも慣れないチームには難問です。

私たちもかつてはバーロー症候群で形成があと一歩のところで仕上がらず、涙を呑んで弁置換したことがありました。もう20年近く前のことですが、あの悔しさは今も忘れることができません。

そうした経験をもとに、いつしかバーロー症候群といえども、とくに問題なく普通に形成できるようになりました。

現在はこれをポートアクセス法という、ミックス手術のなかでも一番創の小さい、難しい視野の手術で普通にこなせるまでになりました。

そうすることで、より多くの患者さんが、より少ない痛みや苦しみで、より短期間に仕事復帰し、しかも心の傷がより小さくなって明るく人生の再出発ができるようになったことを、大変うれしく思っています。

以下はそうしたバーロー症候群の僧帽弁閉鎖不全症に対してポートアクセス法での複雑な僧帽弁形成術を受け、元気に退院された患者さんからのお便りです。

お役に立てて、こんなにうれしいことはありません。

 

*******患者さんからのお便り(心臓手術の体験記)******

 

米田正始先生

謹啓 9月になりましたが、まだ暑い日が続いています。

先生はじめ名古屋ハートセンターの皆様にはご清祥のことと存じます。

8月18日に退院し、長野県に戻りました。

手術に際しましては大変お世話になりました。

皆様優しい方ばかりで良い環境で入院生活を送ることができました。感謝申し上げます。

 

今振り返りますと、ここ2年ほど風邪がなかなか治らないような感じで調子の悪い時が何回かありました。

6月1日から36.9度~37.1度くらいの微熱が続き、たまに頭が痛い。

重いものを持ったり、5分も歩くと疲れてしまう。

自分の判断では、肝炎かもしれないと思いました。

かかりつけ医のところで血液尿検査を行いましたが、問題はない。

1ヶ月続いたところで総合病院に紹介していただき、7月6日(金)に診ていただきました。

内科の先生が聴診器を胸にあてて雑音を発見、心エコー検査して、すぐに循環器内科へ回されました。

「弁に逆流がある」「僧帽弁閉鎖不全症」「手術しないと治りません」「すぐに入院してください」私は、体の状態は理解できましたが、仕事のこともありすぐ入院といわれ焦りました。

「仕事の段取りを整えなければいけないので一度職場へ行かなければなりません」

「それじゃ、今日もう一度来てください。必ず来てください」 ‥‥ 16時再び参りました。

「月曜日入院してください」経食道エコーとカテーテル検査で2泊入院ということでした。

すぐ入院ではなかったのか。一度帰宅したときにインターネットで調べて職場には、本日入院、手術後3ヶ月療養と告げてきました。

 

時間をいただきましたので、土日インターネットで調べました。

闘病体験記がいくつもあり、写真を掲載しているものもありました。

スーパードクターを紹介するものもあり、低侵襲手術についても載っていました。

ポートアクセスのMICS手術は経験豊富な外科医が熟練したチームでおこなう。

どこの病院でもできるわけではない。

複数の病院がわかりました。

米田先生の「心臓血管外科WEB」「遠方の患者さんの場合は ‥‥ 自宅と病院の往復回数をできるだけ減らすよう、必要な検査等は集中的に行い ‥‥ 」とても姿勢が良い。患者思いの先生だと思いました。

「心臓血管外科WEB」に心カテーテル検査と経食道エコーは必要ないと書かれています。

私は検査を受けた方がよいのかメールで相談いたしました。

30分で返事が来ました。うける必要はないということでした。

米田先生の迅速な対応にビックリしました。

翌日、両方断っては申し訳ないと思い、経食道エコーだけは受けました。

担当の先生と話して、米田先生に手術をお願いしたいと考えていますと伝えました。

「じゃあ、紹介状書くから」と検査を受けないことを許してくれました。

帰宅後、名古屋ハートセンターへ電話し、米田先生の診察を予約しました。

担当の看護師さんに伝えてくださってあり、米田先生ってきめ細かいなあと感心しました。

夕方、手術日はいつか、職場復帰はいつ頃かメールでたずねました。

20分で返事が来てまたまたビックリしました。

 

7月18日名古屋ハートセンターで検査と米田先生の診察です。

手術日は8月7日と決まりました。

MICS手術でいける。

療養期間は8月いっぱい。9月から職場復帰。

CTも撮りました。

8月3日入院しました。

米田先生には、8月6日の手術が夜までかかり遅い時間にもかかわらず、私と家族に翌日の手術について1時間説明してくださいました。

私自身は、52歳でもう人生に悔いはないといつも悟ったような気持ちでいました。

加えて米田先生を信頼していましたので、手術に関して心配事はありませんでした。

「心臓血管外科WEB」で学習しているので、理解するというより確認するという感じです。

16日間入院し、僧帽弁形成術で治していただきました。

オペ室スタッフの皆様、北村先生、深谷先生、木村先生にもお世話になりました。

看護師さん、食事担当の皆様どうもありがとうございました。

清掃は行き届いていました。

担当の皆様ありがとうございました。

これで安心して残りの職業生活を続けられます。

1ヶ月後にはまた名古屋へ参ります。お世話になります。

 

 20日には元の総合病院へ行ってきました。

担当の先生は、胸を見て、「ほう、右胸を切ったんだ。珍しい手術だね。内視鏡見ながらやるのかね。珍しいね。」とおっしゃるので、「見ていないのでわかりませんが、たぶんそうです」と答えました。

 米田先生、お忙しいスケジュールと思います。無理をなさいませぬよう患者の一人としてお願い申し上げます。

また、名古屋ハートセンターがますます発展されますようお祈り申し上げます。      

 

敬白 

 平成24年9月1日
                                                   ****

 

*註:米田正始は現在、医誠会病院仁泉会病院で仕事しています

 

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