事例 腹部大動脈瘤へのステントグラフト

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腹部大動脈瘤に対するステントグラフト(略称EVAR)

データの蓄積がある程度でき、

確立した治療法となりました。

といってもまだまだ未知の部分もあり、

これは従来型の手術が有利と判断できるものも少なくありません。

何でも手術とか何でもステントグラフトというのではなく、

内科とも相談してその患者さんに最適のものを選択するようにしています。

 

PreopCT1 PreopCT2 患者さんは57歳男性です。

 

以前から胃潰瘍のため近くの病院に通っておられ、

半年前にフォローアップのCTにて

腹部大動脈瘤(AAA)を指摘されました。

 

そこで手術の相談のため私たちのハートセンターへ来られました。

 

なお20歳のころに虫垂炎の手術、

そして半年余り前に膀胱がんの手術を受けておられます。

CTなどによる精密検査の結果、ステントグラフトの適応と判断しました。

 

PostopCT1 PostopCT2 そこで腹部大動脈の一部と

左右の腸骨動脈の一部を置換する形で

ステントグラフトを取り付けました。

 

術後経過は良好で

すぐ元気に歩行、

食事等ができるようになり、まもなく軽快退院されました。

術後2年が経ち、腹部大動脈瘤は徐々に縮小傾向にあり、良い傾向です。

お元気にしておられます。

 

ステントグラフトの予後は一般に良好と言われていますが、

中には瘤が小さくならないとか、

ときには瘤がまた拡大を始めたなどの報告が見られます。

注意深いフォローアップが大切と考えます。

なおこの患者さんの場合は瘤の血液は完全に閉ざされた形ですので、

予後は良いと考えられます。

 

Ilm11_bc08003-sステントグラフト(EVAR)はこのように患者さんに優しい治療法です。

とくに腹部大動脈瘤や胸部では下行大動脈瘤(TEVAR)がベストの適応になりやすいです。

皮膚もほとんど切らずに治療ができ、

治療後まもなく食事も運動もできます。

今後さらに応用範囲が広がり発展することが期待されています。

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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事例: 気管支喘息をもった二尖弁大動脈弁狭窄症の患者さん

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COPDのためバレルチェストになっておられました  

心臓弁膜症の患者さんが肺疾患や腎臓その他の内蔵の病気を併せもっておられるというケースは年々増える傾向にあります。

心臓手術に際しては心臓を治すのはもちろんですが、全身の状態を考えて、全身が守られる状態で治療することが大切です。

患者さんは79歳女性です。

圧較差140mmHgの大動脈弁狭窄症のため来院されました。

入院中の心エコードップラー画像 左室壁厚は16-17mmと左室肥大著明でした。

他に気管支喘息、高血圧症、高脂血症をお持ちでした。肺機能について、%肺活量は51%、肺活量実測値は1.04L、一秒率は52%でした。

全身麻酔下に胸骨正中切開しました。


上行大動脈は左図のように拡張していました。長坂 術前上行大動脈の拡張

上行大動脈の遠位部で通常大動脈遮断する部位に直径1cmのプラークが認められ、

脳塞栓防止のためここを避けてすべての大動脈操作をするようにしました。



長坂 A弁二尖弁b 体外循環・大動脈遮断下に上行大動脈を横切開しました。

 

大動脈弁は2尖でいずれも強く肥厚・石灰化し相互に癒着していました。

長坂 切除したA弁b型的な二尖弁の硬化による大動脈弁狭窄症の所見でした。

また上行大動脈の拡張もこのためでした。

これを切除し、弁輪まで及ぶ石灰をすべて摘除しました(左図)。

長坂 AVR後の状態2b

ウシ心膜弁21mmを縫着しました(右図)。

狭小弁輪の傾向がありましたが、この患者さんの体格に必要なサイズであるため工夫して入れました。

必要あらば弁輪拡大を行えばよいのですが、

弁輪拡大なしで行ければそれだけ短時間に低侵襲(体への負担が少ないこと)で手術できるので、工夫したわけです。

 

上行大動脈を二層に閉じ、エア抜きののち大動脈遮断を解除しました。


カテコラミンを使用することなく体外循環を容易に離脱いたしました。

経食エコーに良好な大動脈弁機能と心機能を確認しました。

長坂 上行大動脈ラッピング後上行大動脈が手術前に直径55mm近くまで拡張していたため、本来は上行大動脈置換術を行いたかったのですが、

肺機能が悪く、なるべく短時間で体外循環を終えることが患者さんにとって大切であるため、体外循環をまず終えてから、ラッピングという方法で上行大動脈のほぼ全部を包みこみ、将来の瘤化を防ぐようにしました。

その結果、上行大動脈の径は40mm近くまで改善しました(右図)。

 

止血ののち、心膜を閉じ、閉胸し手術を終えました。

 

術後の大動脈弁(生体弁)は良好な機能と状態となりました。 術後経過はおおむね順調で、

血行動態良く出血も少なく、神経学的問題もなく、

術翌朝抜管し、一般病棟へ戻られました。

もともと気管支喘息をお持ちのため呼吸器の管理・治療にも力を入れ、

早い時期から呼吸訓練や運動を開始しました。

その後も経過順調で、肺の治療などに時間を十分使い、術後3週間で元気に退院されました。

 

術後1年でお元気に暮らしておられ、大動脈弁(生体弁)も心機能も良好で、

左室壁厚も12-14mmまで改善しつつあります。

術後3年でも心臓・上行大動脈とも安定しており、お元気に過ごしておられます。

 

大動脈弁狭窄症は高度になれば手術前は突然死の心配もあり要注意です。

しかしいったん手術を乗り切ればあとはかなり安全性が高まります。

このケースのように気管支喘息などの肺疾患があっても

心臓の状態が改善しているため比較的工夫がしやすいです。

 

ただ肺疾患のために入院期間が長くなることがあり、

それを避けるために、上記のようにできるだけ手術をコンパクトにまとめ上げる、

熟練度を活かして短時間で仕上げるようにしています。

また近年はミックス手術(MICS、小切開低侵襲手術、代表例はポートアクセス法)で

早い社会復帰や痛みの軽減、きれいな仕上がりをはかることが増えました。

痛みが減れば、深呼吸などの呼吸訓練もやりやすくなり、安全性の向上に役立つのです。

その患者さんの状態にあったベストな方法を選ぶようにしています。

 

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3) 大動脈弁 ②大動脈弁狭窄症ではどんな注意を?

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
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元・京都大学医学部教授
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事例: コレステロール塞栓と虚血性僧帽弁閉鎖不全症の患者さん

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患者さんは59歳男性です。

近くの病院で冠動脈狭窄に対してカテーテル治療PCIを受けられました。

 

その際に、不運にも大動脈内のプラーク(油などの塊)が外れて下肢の方へ流れ、

足の血管を詰まらせてしまったとのことでした。

いわゆるコレステロール塞栓という不運な状態で、

大変予後が悪く、下肢の虚血に加えて炎症反応などが惹起され、

命の危険がある状態でした。

あと2週間の命と言われてハートセンターへ来院されました。

 

その時点では心臓はPCIで改善せず弱っており、

駆出率35%(正常は60%台)と低下し、

しか 手術前には僧帽弁は逆流し弁のテント化もみられました虚血性僧帽弁閉鎖不全症心房細動(脈が不規則になり心臓のパワーも低下します)を合併していました。

かつ下肢も全身も悪い状態で、どこから手をつけてよいか、考えこむような状況でした。

そこでまず、お薬や点滴などで下肢や腎機能等を一旦安定させ、

そのタイミングで心臓を手術等で安定させ、

心臓が回復したところでさらにコレステロール塞栓でやられた下肢の治療を進め、

再生医療へ持ち込む、という方針を立てました。

胸骨正中切開ののち心膜を切開しました。

心臓は球状化し心不全の重症度を示す所見でした。

冠動脈バイパス手術を行うため左内胸動脈と左大伏在静脈を採取しました。

 

まず右冠動脈の枝に静脈グラフトを縫い付けました 体外循環・大動脈遮断下にまず静脈を右冠動脈4PD枝に吻合しました。

これ以後、心筋保護液はこのグラフト越しにも注入し、心筋の保護に努めました。

左房を右側切開しました。

僧帽弁葉はとくに問題なく、

多少のテント化(弁が左室側へ 僧帽弁輪に糸がかかったところです けん引されること)はエコーで認められたものの、

主に後尖側弁輪の拡張が逆流の原因と考えられました。

 

そこで硬性  リング24mmを用いて僧帽弁輪形成術MAPを施行しました。

テント化が強いときは乳頭筋や腱索に操作を加えて弁の安定化を図りますが、

この患者さんの場合はそれは不要でした。 

 

僧帽弁輪にリングがついたところです 写真右は弁輪への糸がかかったところで、写真下はリングを縫着した写真です。

 


拡張していた後尖弁輪がかなり小さくなりました。

写真左上は肺静脈と左房本体を冷凍凝固にて電気的に離断しているところです(メイズ手術)。

写真右上は僧帽輪周囲を同様にアブレーションしているところです。

これらによってほとんどの場合心房細動は正常化します。左房を2層に閉鎖しました。

 

心臓を軽く脱転し左内胸動脈LITAを回旋枝の鈍縁枝に吻合しました。

最後に静脈グラフトの 左内胸動脈グラフトが冠動脈回旋枝についたところです 中枢吻合を行い大動脈遮断を解除しました。

写真左は鈍縁枝にLITAを吻合したところです。

ここで体外循環を離脱しました。

離脱は心房ペーシングにて強心剤なしで容易にできました。

 

経食エコーで僧帽弁閉鎖不全症の消失と左室壁運動の改善、僧帽弁テント化の軽減を確認しました。

ドップラーにて2本のグラフトが良好なフローパタンを有するのを確認しました。

 

術後経過はまずまず良好で、少量のカテコラミンと血管拡張剤PGE1を使用してコレステロール塞栓のため弱っている足を守りつつ、

まもなく状態安定し 二本のバイパスグラフトは良好に流れていました

術翌朝抜管し一般病棟へ戻られました。

 

心臓や全身は良くなってもしばらくは足の痛みは残っていました。

そこで大学病院で再生医療を検討して戴きましたが、

その適応はなく、足指の腐ったところだけ切除し、退院されました。


その後はお元気に暮らしておられます。

術後4年以上が経ちますが、外来でいつも笑顔を見せて下さるのをうれしく思います。

写真右はバイパスが良く流れていることを示します。

 

術後は僧帽弁のテント化は軽減し逆流も消えました 写真左は僧帽弁テント化が改善したことを示します。

コレステロール塞栓は命にかかわる重い病気ですし、

虚血性僧帽弁閉鎖不全症は心臓が弱っているときに発生する病気ですからそれも重症でした。

しかし工夫と患者さんの頑張りで無事社会復帰して頂いたことをうれしく思っています。

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6) 狭心症が悪化して心筋梗塞になってからでも手術はできるのですか? へもどる

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手術事例:特発性拡張型心筋症に僧帽弁と大動脈弁の閉鎖不全症を合併

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大動脈弁閉鎖不全症は心臓弁膜症の中ではよくある病気です。治療も弁形成か弁置換で改善します。

これが拡張型心筋症(略称DCM)に合併するといろいろな用心が必要になります。

心不全が強くなりさまざまな問題が起こるからです。

患者さんは61歳女性です。和歌山県南部の遠方からお越し下さいました。

中等度の大動脈弁閉鎖不全症、高度の僧帽弁閉鎖不全症、そして左室駆出率43%(一時は30%まで低下したといいます)、左室径LVDd 68.6mmと中等度の左室機能低下がみられます。心不全を反映してか、発作性心房細動もみられました。

私たちが平素治療にあたっている患者さんの中ではまだ心機能は良いほうですが、長期間元気に暮らして頂けるよう、できるだけ改善を図れるような手術を行いました。

胸骨正中切開にてアプローチしました。現在ならば小切開で手術するところですが、この頃は標準的切開を用いていました。

体外循環・大動脈遮断下に上行大動脈を横切開しました。

大動脈弁は3尖でいずれもやや肥厚し短縮し、弁口の中央部が閉じなくなっていました。さらに右冠尖に直径3mmの穴がありこれが後方向いたARジェットの原因と考えました。弁形成よりも生体弁の長期予後の方が良いと判断できたため弁を切除しました。なお右冠尖の穴はHealed IEではないかと推察しました。

ここでいったん術野を移し、左房を右側切開しました。
僧帽弁は前尖・後尖とも器質的変化はなく機能性逆流(つまり左室が弱ったための二次的逆流)の所見でした。

弁輪は後尖側で拡大し、その結果後尖のP2-P3間やP3-PC間も離れて逆流しやすい形になっていました。ただ術前エコーでDCMの左室拡張・球状化のため乳頭筋が後方にずれ後尖のテント化が起こっていましたので、弁輪形成MAPだけでなく乳頭筋操作をくわえることにしました。

まず大動脈弁越しに両側乳頭筋の先端部にゴアテックスCV-5糸を縫着し、これを僧帽弁輪前中央部つまり大動脈弁輪との接点部分に吊り上げました。私たちが考案したPHO法ですね。

その上で左房ごしに、リング26mmを縫着しました。良好な弁の形態とかみ合わせを確認しました。

DCMでPAF様の動悸を訴えておられたことと、将来AFになる懸念が強いことからメイズ手術を冷凍凝固を用いて施行しました。左房を閉じてAVR操作に進みました。

上行大動脈はやや細めながら、この患者さんの体格からはウシ心膜弁21mmが必要サイズであるため、これを工夫して縫着しました。
縫着後、人工弁ごしに左室の人工腱索が良い形であることを確認しました。
体外循環を少量の強心剤ドパミン・ドブタミンにて容易に離脱しました。

経食エコーにてAR、MRの消失と、僧帽弁前尖のテント化の改善、そして僧帽弁後尖のまずまず良好な形態を確認しました。

術後経過は順調で、血行動態良好で出血も少なく、術当日夜、抜管いたしました。その後も安定しておられ、術翌朝、一般病棟へ戻られました。

その後の経過も順調で、遠方からお越しであることに配慮し、十分な運動リハビリを行い、術後2週間半で元気に退院されました。

心臓手術から3年後も、お元気に定期健診のため外来へ来られます。ProBNP(心臓のホルモン)も手術前の2600(重症心不全レベルです)から現在は248まで改善し、お役に立ててうれしい限りです。

 

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手術事例:複雑弁形成術を要した腱索断裂による急性僧帽弁閉鎖不全症

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僧帽弁閉鎖不全症のなかでも腱索断裂によるものは弁の逆流が急に発生するため、強い心不全に陥りがちです。

内科での治療では対処できないときには心臓外科で緊急手術をすることがちょくちょくあります。

下記の患者さんは56歳男性で、来院3日前から動悸がひどくなり、息切れも強くさらに血痰まで出たため救急外来へ来られました。

検査の結果、腱索断裂による強い僧帽弁閉鎖不全症という診断で、手術となりました。

胸骨正中切開、心膜切開で心臓に到達しました。

体外循環・大動脈遮断下に左房を右側切開しました。

僧帽弁は後尖P3(後交連に近い部分)が腱索断裂のため強く逸脱し、慢性MRのためか肥厚・瘤化していました。

さらに前尖A1(前交連に近い部分)に新しい腱索断裂がみられ、逸脱していました。

加えてAC(前交連部の小さい弁葉)が数本の細い腱索の断裂のため逸脱していました。

所見からはP3の腱索断裂が以前に起こり、慢性の中等度のMRがあり、そこへつい最近、A1とACの腱索断裂が加わりSevere MRとなって急性心不全になったものと推察いたしました。

そこでまず上記P3の腱索断裂部・瘤部を三角切除し、P3の残りの部分とPCを連結することで再建しました。

さらにA1の腱索断裂部に前乳頭筋につけたゴアテックス糸4本を人工腱索として縫着しA1が逸脱しないようにしました。
逆流試験にて概ね良好な弁のかみ合わせを確認したためサドルリング30mmにて僧帽弁輪形成術を施行しました。
ここで再度逆流試験をしますと修復部は良好な状態ながら、前交連部で小さな逆流があり、ACの逸脱が残ったためと判断し、A1とP1の一部を連結しかみ合わせの改善を図りました。逆流が軽減したため左房を閉じて大動脈遮断を解除しました。

心拍動下に経食エコーにて弁を調べますと、前交連部にまだ軽度―中等度のMRがあるため、上行大動脈を再度遮断し左房を開けました。

ACの逸脱は弁が薄く弱いため修復が難しいと判断、前交連部のみA1-P1を閉鎖する形で前交連部のMRを消すようにしました。逆流試験でも問題ありませんでした。僧帽弁形成術、完成です。

左房を閉じて大動脈遮断を解除し、体外循環を容易に離脱しました。血行動態は良好でした。

経食エコーにて前交連部にごくわずかなMrがある他は心機能・弁機能とも問題なしでした。

術後経過は順調で、血行動態良好で出血も少なく、術翌朝抜管し、一般病棟へ戻られました。

その後も経過は良く、術後9日目に元気に退院されました。

術後2年半ほどのころに、睾丸腫瘍がみつかり、その手術を受けられましたが、心臓は安定しており、腫瘍も良性でスムースに経過しました。

術後3年以上が経ちますが、定期健診に外来へ来られます。僧帽弁閉鎖不全症もほとんどゼロで不整脈もなく、お元気に暮らしておられます。

また外来で元気なお顔を拝見するのを楽しみにしています。

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事例: 前尖の完全逸脱を形成したマルファン症候群の患者さん

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患者さんは57歳男性です。

術前長軸収縮期エコーです。前尖が大きく左房側へ逸脱(落ち込む)しています 高度な僧帽弁閉鎖不全症心不全発作性心房細動のため来院されました。

マルファン症候群をお持ちでした。

この症候群は結合組織が弱くなるため

血管や弁を支える組織がやられることがあるものです。

術前短軸収縮期エコーとドップラー。広範な逆流は後方へ向いており前尖逸脱の所見です

僧帽弁を心エコーで調べますと

前尖全体が完全に左房側に落ち込んでいました。

その原因はマルファン症候群のため腱索組織が弱くなり伸びきって、

弁を支えられなくなったためと推測しました。

全身麻酔下に胸骨正中切開しました。

前尖は全体的に逸脱していましたが、柔らかさや可動性は保たれており、形成可能と判断しました 上行大動脈は全く拡張がないばかりか、

壁の性状も良く、

当初予定していました上行大動脈ラッピング(外から補強すること)はやらないことにしました。

体外循環・大動脈遮断下に左房を右側切開しました。

僧帽弁前尖はほぼ完全に逸脱し(写真左)、

前尖そのものはやや肥厚と軽度に瘤化していましたが柔軟性はあり形成には十分耐えられる所見でした。

後尖は中央部を中 後尖は短縮気味ながら逸脱はありませんでした 心に低形成で、

左房後壁に張り付くような形でした。

僧帽弁輪は拡張していました(写真右)。

まず僧帽弁輪形成術の糸を弁輪にかけました。
前尖A2に人工腱索を立てつつあるところです
ついで後乳頭筋にゴアテックス糸を固定し、

前尖中央部  に3度往復する形で糸をかけ(写真左)、

合計6本の人工腱索で前尖中央部のほぼ全域をカバーしました。

同様に前乳頭筋に別のゴアテックス糸を固定し、

前尖左側に合計6本の人工腱索をかけて(写真右)、

前尖左側全域を人工腱索でカバーしました。 前尖A1に人工腱索を立てているところです

この段階で仮の逆流試験をしますと、前尖と後尖は良くかみあい、逸脱は消失していました。

合計12本の人工腱索にも問題はありませんでした。

そこで硬性リング30mmを縫着しました。

逆流試験で逆流はほとんどなくなりました 再度逆流試験をしましたが、逆流は消失していました。

写真左は生食を左室内に充満したところで逆流はありません、

写真上右は僧帽弁前尖を押して逆流を誘発したところ。

逆流試験OKの所見です。

冷凍凝固をもちいて左房メイズ手術を行い(写真右:僧帽弁輪周囲部のブロック)、

左房を メイズ手術施行中。肺静脈隔離術だけでは治らない心房細動もこうして完全メイズで行えばほとんどのケースで治ります。 二重に閉じて102分で大動脈遮断を解除しました。

129分で体外循環を離脱しました。

離脱はカテコラミンなしで容易にできました。

経食エコーにて僧帽弁の逸脱や逆流が消失したことを確認しました。

リズムは正常で心機能も良好でした。無輸血にて手術を終了しました。

術後2CV ドップラーです。僧帽弁逆流はほぼありません。
術後経過は順調で出血も治まり、

血行動態や全身状態は良好で、

術翌朝人工呼吸を離脱し一般病棟へ戻られました。

 

リズムも正常でした。その後の経過も順調でまもなく元気に歩行退院されました。

 

前尖の逸脱に対しましては腱索の短縮や後尖腱索の移動 術後長軸エコー。僧帽弁前尖の逸脱はありません。 その他の方法もありますが、

マルファン症候群の方をはじめ、多くの患者さんでは腱索そのものが弱くなっているため、

弁の所見により必要なら、私たちはより信頼度の高い人工腱索を用いています。

 

アメリカのクリーブランドクリニックからも

腱索の短縮は長期成績に劣ることが報告されています。

 

また遠隔期には人工腱索表面には自己細胞が成長して平滑になるという報告もあります。

ゴアテックス人工腱索を用いる方法も私たちがトロントで開始した1980年代後半から進歩があり、

最近はドイツのモーア先生が考案されたループ法も使える方法の一つです。

ただしこのループ法は比較的簡単ながら一か所に2本ずつ人工腱索を立てるという無駄があり、

私たちのトロント法の改良型なら一本一本を適切な間隔で立てるため

弁の仕上がりがきれいで、血栓ができる心配もありません。

 

それ以外にもさまざまな方法が開発され、自らも多数の経験と国内外交流の中で工夫して、

それらの中から個々の患者さんに最適な方法を選ぶことで、

これまで難しいと言われた複雑な弁形成もかなり完遂できるようになって来ています。

術後の逆流が軽微以内であれば長期の安定もよく、

ワーファリン不要のためQOL生活の質も優れたものがあります。

 

最近は欧米や国内の学会だけでなく、タイ、インド、マレーシア、シンガポール、ベトナム、中国などアジアの仲間たちともこうしたケースの検討をする機会が増えました。

より多くの患者さんに恩恵が届けばうれしいことです。

 

質問1:マルファン症候群では大動脈の病気が多いと聞いていましたが、僧帽弁なども病気になりやすいのですか?

 

回答1:そうです。大動脈よりは少ないですが、結合組織が弱いためいったん逆流が起こって弁に無理がかかると進行しやすい印象です。

上記のように人工腱索なら弱い腱索に頼る必要がなくなり、長期間安定しやすいでしょう

 

質問2:マルファン症候群の患者さんが他に注意すべきことは?

回答2:心臓や血管の定期健診を受け、

血圧なども良好にたもち、ニューロタンなども活用して、なるべく予防につとめ、

予防できない場合でも早期発見に努めれば予後は改善します。

さらに背骨などの骨や眼、皮膚などにも注意し専門家の定期健診を受けることが望ましいです。

私たちは総合診療科や全身治療の経験を活かし、

そうした全身管理のお手伝い、コオディネーターを行うようにしています

 

それともうひとつ、ご家族の定期健診を勧めて頂くことです。とくに長身で手足や指が長い方がおられましたら、心臓血管の専門医にいちど見せて頂くことが安全につながります。

こうして突然死を免れたケースもあるのです。やはり備えあれば憂いなしですね。

 

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事例: 突然死寸前の状態で来院された大動脈弁狭窄症の患者さん

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患者さんは69歳女性です。

重い大動脈弁狭窄症のため

和歌山県南部からはるばるハートセンターまで来院されました。

息苦しく立つことさえ厳しい状態でした。

 

弁は圧較差(弁の前後での圧の差、一般に60mmHg以上あればそろそろ手術が必要なレベ 術前長軸エコーです。大動脈弁はほとんど開かず、左室もぶ厚くなり高度の左室肥大でした ルです) 174mmHg、

弁口面積 0.27cm2(正常の10分の1未満)というシビアな状態でした。

弁口面積は0.6㎝2でオペが必要とガイドラインでは示されていますので、きわめて重い大動脈弁狭窄症です。

左室壁厚は部位によって17-19mmもあり高度の左室肥大でした。

駆出率も46%まで低下していました。

ガイドライン上、絶対の手術適応です。

 

しかも二次的に僧帽弁閉鎖不全症や肺炎(高感度CRP 9.98)まで発生していました。


長年の喫煙のためCOPD(たばこ肺)もあり、危険な状態でした。

地元で心臓手術を受けるには危険すぎると言われたそうです。(写真左)


心不全に肺炎と慢性のタバコ肺が加わった状態で来院されました

心不全と肺水腫に肺炎が合併していましたので

入院後2日間の間に抗生物質でこれをできるだけ治し、

CRP(感染などを調べる検査です、正常は0です)を3台にまで下げて手術に臨みました。

 

症状が強く、血行動態が不安定なため、

術直前に透視下にIABP(心臓補助のための風船ポンプ)を挿入・開始しました。

スムースに全身麻酔導入し、胸骨正中切開で心臓に到達しました。


体外循環・大動脈遮断下に上行大動脈を切開しました。

 

弁は3尖でいずれも石灰化が強く、その石灰化は弁輪までおよんでいました。

そのためこの弁は真ん中の小さい開口部のみというピンホール状態になっていました。

高度な大動脈弁狭窄症が確認されました。

確かに危ないところでした。弁と石灰を完全に切除しました。

(註:手術写真は現在工事中です、申し訳ありません)


狭小弁輪(弁の土台そのものが小さいこと)のため

高性能な新型ウシ心膜弁19mmを縫着しました。

通常の生体弁の23mm相当のサイズで

この患者さんの体格からは十分な弁口面積が得られると考えられました。


上行大動脈を2層に閉じて、数回にわたるエア抜きののち、体外循環を離脱しました。

離脱は強心剤なしで容易でした。

入念な止血ののちオペを終えました。


経食エコーにて弁の機能良好と狭窄・逆流等がないことを確認し、

また術前中等度あった僧帽弁閉鎖不全症が消失したことを確認しました。

これは大動脈弁が人工弁で良くなり、

左心室の圧がほどよく下がって自然に僧帽弁も逆流しなくなったわけです。

退院時には心臓も落ち着き肺もかなりきれいになりました。その後心臓の肥大も徐々に改善していきました。

術後経過は順調で、術翌朝、人工呼吸が外れ、

その翌日、一般病棟へ戻られました。

その後肺も回復し元気に退院されました。


大動脈弁狭窄症は圧較差が高くなると心不全、胸痛息切れが出てきて、

さらに進行すれば突然死も起こる病気です。

この患者さんの場合は突然死の一歩手前でした。

しかしいったん外科手術を乗り切ると普通の生活に戻れることが多く、

この患者さんもずいぶんお元気になられました。

遠方から時間をかけて定期健診に来て下さるのですが、

笑顔ではつらつとしておられる姿を拝見し、

お互い喜びがこみあげて来ます。

 

患者さんの決断と、ご指導下さった地域の先生に敬意を表したく思います。

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大動脈弁狭窄症にもどる

大動脈弁置換術にもどる

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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事例: 大動脈弁狭窄症に冠動脈病変を合併したご高齢患者さん

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近年は弁膜症患者さんも多種多様な病気をお持ちの方が増え、総合的に治すことがより大切になりました。

患者さんは86歳男性です。 弁膜症と冠動脈疾患のため心不全と心肥大が発生していました

大動脈弁狭窄症と上行大動脈拡張、

そして冠動脈2枝病変のため心不全となり来院されました。

他に心房細動と腎機能障害をお持ちでした。

 

左室駆出率38%(正常は60%台)と心臓の力が落ち、

大動脈弁口面積0.66cm2(正常の5分の1以下)、

圧較差53mmで、左室肥大著明(壁厚13.3-14mm(正常は7-11mm))、

このままでは危険なため手術を行うことにしました。

 

全身麻酔のもとで、まず胸骨を正中切開し、

冠動脈バイパス手術に使う左内胸動脈と左大伏在静脈を採取しました。

 

心臓は拡張が強く、かつ上行大動脈には石灰化病変を多数触れしました。


また上行大動脈は直径が5cmで大動脈弁置換術の際に上行大動脈置換術を行うべき水準ですが、

この患者さんの年齢・体力を考え、置換せず無理なく形成することにしました。

体への負担を減らすため、メイズ手術も含めて敢えて行わないことにしました。

 

冠動脈バイパス術、左内胸動脈を左冠動脈前下降枝につないだとことです 体外循環・心拍動下に左内胸動脈を左冠動脈前下降枝に吻合しました

(写真左、グラフト先端部はわざと盲端にする吻合法です)。

上行大動脈を最も硬化の少ない部位で遮断し、これを横切開しました。

 

弁は3尖(弁の可動部分が3つある正常タイプ)で、

大動脈弁は板のように硬くなり、相互に癒着もして、ほとんど開かない状態になっていました。危険な状態でした。 いずれも肥厚・硬化・石灰化が顕著でした(写真右)。

典型的な動脈硬化性の大動脈弁狭窄症の所見です。

 


弁を切除し、石灰を大動脈弁輪まで摘除しました。

サイズは21mmというこの患者さんには十分な生体弁が入ることがわかりました。

静脈グラフトを右冠動脈の枝につないだところです。 ここで右冠動脈の4PD枝に静脈グラフトを吻合しました

(写真左)。

これ以後、右冠動脈への心筋保護液はこのグラフト越しにも注入することにしました。

ここで再びAVR操作にもどり、ウシ心膜弁21mmを縫着しました(写真右)。 人工弁(生体弁)が入ったところです

大動脈は当て布を用いて2層に閉鎖しました。

この時、長期予後を改善すべく上行大動脈を縫縮し、

直径を小さくするようにしました。

 

最後に静脈グラフトの中枢吻合を行い、

117分で大動脈遮断を解除しました。

 

入念なエア抜きののち、体外循環を離脱しました。離脱は容易でした。

人工弁・バイパスとも出来上がりました。上行大動脈もやや細くなりました。 写真上は完成図を示します。

 

術後経過はおおむね順調で術翌日朝、抜管しその翌日、一般病棟へ戻られました。

その後お元気に歩いて退院されました。

術後のMDCTで冠動脈バイパスは2本とも良好に流れ、

左内胸動脈バイパスは良く流れていましたエコーにて生体弁も良く作動していました。

左室の駆出率は59%まで改善し、

人工弁の圧較差も21mmHgまで良くなっていました。

 

静脈バイパスも良く流れています 高齢でかつ動脈硬化が強い患者さんの場合、

こうした大動脈弁狭窄症冠動脈疾患はしばしば合併します。

 

その結果、突然死を含めた危険な状態が心配になる患者さんが増えました。

 

大動脈狭窄症そのものが、動脈硬化と同様に起こる、いわば弁硬化なのです。

いったんこうした状態で心不全が強くなると手術が必要になります。

動脈硬化が強いときは、脳梗塞などのリスクが上がることがありますが、

うまく工夫してそれらを切り抜けることが大切で、

いったん元気なれば心機能の改善も良好で、

その後の予後(見通し)は良くなります。

 

おまけにジーンと来た後日談があります。それはこちらに。

 

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事例 病気を多くもった大動脈弁狭窄症の患者さん

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患者さんは、85歳男性。

大動脈弁狭窄閉鎖不全症(圧較差109mmHg)、

三尖弁閉鎖不全症(高度)、僧帽弁閉鎖不全症(軽度)、心房細動心不全、のため来院されました。

糖尿病、心筋梗塞後状態、睡眠時無呼吸症候群、呼吸機能障害などもお持ちでした。

現代の高齢化社会、西洋式生活の時代にはよくある状態です。

 

手術前の胸部レントゲン写真です。心臓が大きく肺にうっ血と胸水(胸に水が貯まる)が見られます。かなり苦しい状態です 上記疾患とくに大動脈弁狭窄症による心不全のためハートセンター内科にて治療を行っていました。

心臓カテーテルにて肺動脈せつ入圧が30mmHgもあり(つまり強い肺うっ血、心不全)、

このままでは退院できず危険なためご家族とも相談の上、準緊急で手術を行いました。

 

全身麻酔下でも肺動脈圧は50mmHg台で肺高血圧・左心不全の所見でした。

 

胸骨正中切開、心膜切開を行いますと、心臓は強く拡張し張っていました。

術前CTにて上行大動脈に多数の石灰化が見られたため、

表面エコーにて最も動脈硬化が少ない部位を調べ、ここを大動脈遮断部位としました。

 

体外循環(つまり人工の心臓と肺)・遮断(心臓を一時止めることです)下に大動脈を横切開しました。

できる最良の部位で遮断しましたが、それでも硬化はあり、

遮断が不十分で血液が少しは流出するためそれを心膜腔へ逃がすように工夫し、弁操作へと進みました。

なお大動脈や基部の内側にも多数の硬化病変がありました。

 

上行大動脈を開けて大動脈弁を調べているところ。弁がカチコチに硬くなっていて開きません。 弁は三尖で、

いずれも高度に肥厚・短縮・石灰化し、

弁口は真ん中のわずかな小穴だけになっていました(写真左)。

高度の大動脈弁狭窄症です。

弁と石灰化を大動脈壁付近まで十分に切除しました。

切除した大動脈弁です。カチコチに硬化しており、弁の本来のしなやかさはありません。 写真左は切除した弁尖で、

写真右は弁切除後・石灰摘除後の大動脈基部を示します。 大動脈弁輪の内側を示します

ここでウシ心膜弁(代表的な生体弁です)21mmのサイズを調べましたが、

患者さんの弁の土台が小さいため入りにくく、

この患者さんの術前状態からなるべく短時間で手術をまとめあげる必要から

あえて最適サイズをほぼ満たす19mmサイズのものを選択しました。

人工弁(生体弁)が入ったところを示します。自然な形で弁が入りました。 そのおかげで基部や弁輪の硬化にもかかわらず、

人工弁の座りは良好でした(写真下左)。

上行大動脈を2層に閉じて

90分で遮断を解除しました。

心拍動下に右房を切開しました。

大動脈基部の拡張のため、視野展開に工夫を要しました(写真下左、拡張した三尖弁輪の一部が見えます)。

三尖弁輪は拡張著明でした。 三尖弁は拡張著明で硬性リング28mmを縫着し、

良好な弁の閉鎖とかみ合わせを確認しました

(写真下右、リングの左側は大動脈基部です)。 三尖弁輪形成後。弁はきちんと閉じるようになりました。

右房を縫縮しつつ2層に閉鎖しました。

エア抜きと止血ののち、168分で体外循環を離脱しました。

離脱には少量のカテコラミン(強心剤のことです)を要しましたがおおむね容易でした。

春日井 右房縫縮後下右の写真は縫縮後の右房の姿を示します。

かなり正常サイズにもどりました。


経食エコーにて大動脈弁(生体弁)と三尖弁の機能良好を確認し、僧帽弁の逆流は術前より減少し良好、右房が小さくなったのを認めました。

術前の肝うっ血のため出血傾向は予想どおりあり、平素より時間をかけて止血をしました。

 

術後の胸部レントゲン写真です。術前よりかなり改善しました。なお術前は状態が悪くポータブルレントゲンで、やや大きめに映りますが、それを勘案しても心臓はかなり小さくなり改善しました。 術後経過は予測よりは順調で、出血もまもなく治まり、

血行動態(心臓や血圧そして全身の血のめぐり)は良好で心配された呼吸機能もまずまずの回復ぶりでした。

 

術前から肝うっ血のために総ビリルビンが3以上に上昇していたため、慎重に治療しましたが、

大過なく軽快されました。お元気に退院されました。

 

近年はこうした生活習慣病のデパートのような患者さんが増えました。

心臓手術もそのあとの治療も大変で、リスクも高くなるのですが、

それぞれの問題に対して手を打っていけばほとんどの場合乗り切れるようになりました。

患者さんやご家族の理解と協力も大変力になりました(ありがとうございます)。

まさに関係者全員のチーム医療ですね。

 

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3) 大動脈弁 ②大動脈弁狭窄症ではどんな注意を? へもどる

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事例 修正大血管転位に弁膜症と心不全を来した高齢患者さん

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患者さんは 70歳女性で

修正大血管転位症、右胸心(心臓が左右逆位置にあります)、

解剖学的三尖弁閉鎖不全症TR (通常の心臓で言う僧帽弁閉鎖不全症に相当します)、

解剖学的僧帽弁閉鎖不全症MR (通常は三尖弁閉鎖不全症に相当)、

肺高血圧症、心不全、慢性心房細動のため手術を希望してハートセンターへ紹介・来院されました。

クラス4度と言われる高度な心不全のため肝臓と腎臓の機能障害を併発されていました。

 

註:修正大血管転位では心室や大血管のつながり方は正しいのですが、

左室と右室が入れ替わっており、ある程度の年齢になると、もともと弱い右室が強い左室の代わりができなくなって心不全や弁の逆流等で亡くなることが多いです。

くわえて不整脈もよく起こります。

 

修正大血管転位症の常識の中では末期ともいえる状態で、他病院でも手術は危険と言われ、最後の望みをかけて来院されました。

心不全症状が強く(NYHA 4度)、緊急入院して頂き、約1か月かけて体調改善を行い、心臓手術に進みました。

 

1通常血行動態がやや改善する全身麻酔下でも、血圧は約80mmHg、肺動脈圧は60mmHgと高く、重症であることを示しました。

胸骨正中切開ののち心膜を切開しますと、心臓は強く張っていました。

とくに左房は極めて高圧で、患者さんは今日までさぞ苦しかったろうと実感する所見でした

(写真上。画面右下に左心耳が一部見えています)。

 

体外循環下に上行大動脈を遮断しました。

解剖学的僧帽弁はちょうど体心室の背側つまり術野で深い所にあるため、すべて大動脈遮断下(つまり心停止させておいて)に行うことにしました。
CTGA-MV
23_map  まず心臓全体を脱転し右房を切開、僧帽弁を展開しました

(写真左、前尖が見えています)。

弁は予測どおりとくに弁尖の器質的問題はなく、

弁輪拡張が逆流の原因と判断できたため、

柔軟リング29mmで弁輪形成を行いました。

4_isthmus逆流試験で問題がないことを確認し(写真上右)、

僧帽弁輪―冠静脈洞―下大静脈をつなぐライン、

いわゆる峡部を冷凍凝固し(写真左)、

右房を2層に閉じて右房操作を終えました。

 

今度は患者さんの左側から、左房の左心耳を切開し三尖弁にアプローチしました(写真下左)。

CTGA-TV

Photo6_tvr  三尖弁は解剖学的右室の拡張のためいわゆるテント化を起こし、

かつ弁輪拡張のため高度の逆流を起こしていました。

三尖弁の二次腱索がピーンと張って右室を支えている形でした。

三尖弁そのものが寿命の限界と考えられ、

かつ術前の全身状態が悪いため、

ここは安全と確実さを優先して全腱索乳頭筋を温存し、右室を守りつつ、一発で生体弁弁置換することにしました。

乳頭筋や筋束に生体弁ストラットが当たらないように位置と向きに留意しつつブタ弁27mmを入れました(写真上右)。

78  縫着に先立ち冷凍凝固を用いて、肺静脈隔離と、僧帽弁輪周囲部の遮断を行い(メイズ手術、写真左)、

弁を縫着し、左房を二層に閉じ(写真右)て大動脈遮断を解除しました。

将来のブロックと心不全に備えて、両室ペーシングの心外電極を左室と右室そして心房に取り付けました。

 

体外循環からの離脱には少量の強心剤のみ要しました。

リズムは除細動成功し洞性つまり正常リズムでした。

血圧は80mmHgが90mmHg台へ、肺動脈圧は60mmHgが約40mmHgまで改善しました。

経食道エコーにて三尖弁(生体弁)・僧帽弁とも逆流なく、両室機能もまずまず保たれていることを確認しました。

 

術後経過はおおむね順調で、術翌日、一般病棟へ戻られました。

その後2週間ほどで階段昇降ができるほどに元気になられました。

「先生を信じてはいたけれど、ここまで良くなるとは思いませんでした」と何度も何度もお礼を述べて戴きました。私は感動でものが言えませんでした。お役に立てて本当にうれしく思いました。

 

修正大血管転位症では成人期に左室や右室を入れ替えることは極めて危険なので、この患者さんの場合は心室の構造と機能を守りつつ、確実に弁膜症つまり2つの弁とリズムを治しました。

根本治療ではないため今後も注意深く見守る必要はあります。

しかし左室や右室がまずまずの力がある限り、普通の生活を送ることは可能で、希望も十分あると考えます。

 

なおこの手術は評価を戴き、2011年9月、この領域のトップジャーナルである J Thorac Cardiovascular Surg誌に掲載されました。上のきれいなメディカルアート(図)はその論文に掲載されたものです。皆さんありがとう。

追記:術後5年が経過しました。現在もお元気で定期検診に来られます。うれしいことです。同時に修正大血管転位症の患者さんたちに大きな励みになっています。この病気で心不全を克服して70代後半まで元気に生きておられることは昔なら考えにくかったといわれるからです。

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