事例 先天性僧帽弁閉鎖不全症

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患者さんは 30代前半の女性で、

複雑な僧帽弁閉鎖不全症 MRのため、関西のある大学病院からハートセンターへ紹介されました。

将来の妊娠出産を希望され、そのため僧帽弁形成術を求めての来院でした。

 

1四次元エコーにて僧帽弁前尖に裂隙(裂け目、クレフトと呼びます)が認められ、

そのクレフトが僧帽弁輪(弁の付け根)までおよぶという珍しい形でした。

 

全身麻酔のもと、体外循環・大動脈遮断下に右房を切開しました(写真左) 。

右房内にはとくに問題ありませんでした。

 

心房中隔を縦切開し、左房に入りました。

2僧帽弁はクレフトが正中線より後交連寄りにあり、

そのクレフトは僧帽弁輪(前方中央部)に達していました(写真左)。

 

いわゆる心内膜床欠損症に近い形ですが、

心室中隔欠損症 VSDはなく、その部に白色でたるんだ組織が残っており、VSDが自然閉鎖した可能性を示唆しました。

 

前尖の辺縁部とくにクレフト部には肥厚が見られました。(写真上左)。

 

乳頭筋は単乳頭筋に近い所見で、

前乳頭筋が発達し前尖の3/4を支え、後乳頭筋は小さく前尖の後交連側1/4を支えていました。

また後尖P3に腱索断裂が見られました。

 

3前尖の巨大なクレフトを弁の先端から弁輪まで縫合修復しました。

前尖は肥厚があるため、

かみ合わせを少しでも良くする目的で工夫しました

(写真左)。4

さらにP3の腱索断裂部をP2の近傍の腱索付着部に連結 し、

逸脱しないようにしました

(写真右)。

逆流試験にて逆流はほぼ消失していたため、

硬性リング30mmで全周性に弁輪形成し、

5_ok再度逆流試験OKを確認(写真左)して

から心房中隔を閉鎖しました。

 

77分で大動脈遮断を解除しました。

心拍動下に右房を閉鎖し、体外循環を離脱しました。

離脱は強心剤なしで、容易でした。経食エコーにて僧帽弁の逆流消失と良好な心機能を確認しました。

無輸血で手術を終えました。

 

術後経過は良好で、術翌日には一般病棟へもどられました。

遠方のため通常よりゆっくり滞在して頂き、十分な運動がこなせるようになった術後2週間で軽快退院されました。

今後は妊娠や出産も十分可能な状態となり、患者さんやご家族のご希望を叶えることができ大変うれしく思っています。

 

先天性の僧帽弁閉鎖不全症は通常の後天性のそれより複雑で検討すべき点が多く、そうした経験のあるチームがお役に立つと思います。

先天性の専門家のご協力を得て、多角的視点で最良の手術・治療を目指すようにしています。

 

弁形成術ができるかどうかで、その患者さんやご家族のその後の人生が変わりますので、ぜひご期待に沿いたいものです。

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僧帽弁形成術について へもどる

2b) 僧帽弁疾患 へもどる

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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事例: ハイリスク例に対するMIDCAB(ミッドキャブ)手術

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患者さんは82歳男性。

20年前にCABG(3本バイパス)を受けられましたが、そのグラフトが閉塞し、

その後2回のカテーテル治療(PCI)でも改善せず、

4か月前から心不全症状著明(NYHA IV度)となりハートセンターへ来院されました。

 

来院時左室駆出率は41%(正常は約60%)で僧帽弁と大動脈弁に中等度の閉鎖不全がありました。

また慢性閉そく性肺障害COPD(一秒率63%)と腹部大動脈瘤(直径50mm)もありました。

 

B体力の余裕が少ない患者さんのため、

できるだけ低侵襲(体への影響が少ないことです)なMIDCAB(つまり左小開胸オフポンプバイパス手術)でバイパス手術をすることにしました。

 

 

再手術で視野が悪いため、MIDCABよりは大きめの皮膚切開を行いました。

心膜を切開し、前回の静脈グラフト(対角枝と前下降枝へつながる)を見つけました。

その周囲を剥離しました(写真左)。Litab

ここで左内胸動脈を剥離しました(写真右)。

 

古い静脈グラフトをたどって左前下降枝をみつけ、露出しました。

この静脈グラフトを切開しましたが、残念ながら内腔はほとんどありませんでした。

さらに左前下降枝も切開しましたが、すでに血管としては使えない状態でした。

Litasvgd1b 

 

そこで静脈グラフトを対角枝の吻合部付近で切開したところ、ここで血流が多量に見られたため、左内胸動脈を吻合しました

(写真左、吻合中)。

良好なフローパタンを確認して手術を終えました

(写真右下)。

術後経過は順調で胸痛も消失し、心不全も改善して運動能力も回復、10日後退院されました。B_2 

 

こうした患者さんつまり昔バイパス手術を受け、その後バイパスが閉塞し心機能が低下し、肺も悪く、高齢といった方は最近増加しています。

この方も元の病院では心臓手術はリスクが高くできないと言われていました。

こうした方を安全に、かつ必要最小限の治療を行うのもこれからの一つの考えと思います。

多少共通したハイリスクの患者さん(エホバの証人で再手術)の記事はこちらをご覧ください。

 

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執筆:米田 正始
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元・京都大学医学部教授
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事例 エプシュタイン病

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患者さんは 52歳女性で、

エプシュタイン病三尖弁閉鎖不全症 TR心房中隔欠損症ASD、心不全、発作性心房細動 PAF)のためチアノーゼとクラス4度の強い心不全があり、ハートセンターへ来院されました。

 

術前は三尖弁が無いのと同じ状態で右室と右房が一体化し、肝臓がうっ血し肝機能不全を起こし始めていました。

また左室が極度に小さく巨大右室と対照的な状態でした。

幸い肺高血圧はありませんでした。

 

1_22  手術時の所見として、心臓は高度に拡張し

(写真左)、

右心室は高度に拡張し、

とくにエプシュタイン病に特異的な下壁部は瘤状に拡張していました(写真右)。

3_asd4体外循環・大動脈遮断下に右房を切開しました。

まずASDをゴアテックスパッチにて閉鎖しました

(写真左)。

三尖弁は典型的なエプシュタイン病のそれで、

弁輪が右室側に4cmあまり移動し、弁輪拡張著明で前尖と後尖はかなり大きく、

中隔尖は左1/3のみ作動し残りは右室中隔壁に張り付き固定した形で機能を失っていました(写真上右)。

5そこで後尖を右室付着部から切断し、さらに前尖の後尖側半分まで切断を進めました。

中隔尖の固定部は切断さえできない、弁が廃絶した形でしたので触らず、まだ機能を残す左1/3を残りの中隔尖から切り離しました。

ここで右室の心尖部近くまでを観察し、異常に拡張・ひ薄化した右室瘤とでもいうべき部分を内側から縫縮しました(写真左)。

67_tap右室から前尖の左側以外を外した三尖弁を組立て、

Cone状になった三尖弁を本来の三尖弁輪に縫着しました

(写真左、だいぶ弁らしくなりました)。

刺激伝導系を温存し房室ブロックを予防しました。硬性リングで三尖弁輪形成を行いました(写真上)。

89

冷凍凝固を用いた右房メイズ手術を行い、

さらに峡部を冷凍凝固アブレーションし(写真左)、

AFなどの発生をできるだけ予防するようにしました。右房を縫縮閉鎖し体外循環を離脱しました。

心臓はポンプ前と比べて格段に縮小しました(写真上右)。

 

離脱当初は右室不全所見がありました。

この患者さんでは左室が機能良好ながらその直径が30mm以下とかなり小さいこと、エプシュタイン病に特有の右室から右室機能は低下していることなどから、右室は右室形成と三尖弁形成、左室は頻脈気味にして一回拍出量の不足を数で補うようにし、さらにカテコラミン類を追加することで安定しました。

 

血行動態・全身状態とも次第に安定し術後2日目に一般病室へ退室されました。

術後はチアノーゼ消失し、二階まで登るレベルに運動能は改善し、2週間で退院後、さらに心臓リハビリに精を出しておられます。

週術前にはほとんど存在しなかった三尖弁は機能するまでに改善しましたがなお多少の逆流があり薬で治療しています。

 

50歳代のエプシュタイン病の手術は相対禁忌という意見もあり、慎重に治療すべきですが、

座して死を待つ(心不全や肝不全などが迫っていました)よりも、勝ち目のある手術を最も良い状態で行うのも意義あることと考えています。

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4) エプシュタイン病 へもどる

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事例 肺高血圧症をともなう成人の心房中隔欠損症ASD

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患者さんは 55歳男性。

1心房中隔欠損症 ASD三尖弁閉鎖不全症 TR

そして血圧の3分の2に達する高度な肺高血圧症と動悸(複数の種類の不整脈が出ていました)のためハートセンターへ紹介・来院されました。

よくここまで我慢されましたねと思えるほどの状況でした。

 

胸骨正中切開ののち心膜を開けますと右心系は著明に拡張していました(写真左)。

見渡す限り右心系(つまり右房と右室)という所見で、長年の右心への負荷を示すものでした。

 

体外循環・大動脈遮断下に右房を切開(メイズ切開)しました。

2_asd 3_asd心房中隔欠損症 ASDは大きめで、40 x 25 mmのサイズがあり、単心房に近い血行動態でした(写真左)。

これを自己心膜パッチを用いて閉鎖しました(写真右)。

 

術前に動悸を訴えられていたことと、右房の高度な拡4  6_tap張があったため、

三尖弁輪―冠静脈洞―IVCを結ぶ峡部を冷凍凝固でアブレーションしました(写真左)。

ここで大動脈遮断を解除し、心拍動を再開しました。

三尖弁は弁輪の拡張が著明でしたが、弁葉にはとくに問題がないため心拍動下にリングをもちいて三尖弁形成術を施行いたしました(写真上右)。

逆流がないことを確認してから右房を縫縮しつつ閉鎖しました。

エア抜きののち、体外循環を容易に離脱しました。
経食エコーにて心房中隔欠損症ASDでのシャントの消失とTRの消失および良好な心機能を確認しました。

肺動脈圧は血圧の4分の1にまで改善しました。入念な止血ののち、無輸血で手術を終えました。

右房が小さくな7り、心膜腔にはかなりの空きスペースができました

(写真左、黒い部分は一時的ペースメーカーのケーブルです)。

 

術後経過は順調で出血も少なく、血行動態も安定し、翌朝一般病室へ戻られました。

術前からの不整脈のためしばし薬で治療し、軽快ののち退院されました。

 

心房中隔欠損症ASDは放置すると命にかかわる重症になり得る病気です。

健診などでこの病気を指摘されたら、まよわずまず専門家にご相談下さい。

一部の施設では最近はポートアクセス法ミックス手術、MICS)にて小さい創での手術が可能となっています。

私たちも少ない苦痛と早い社会復帰を考えて積極的にこの方法をもちいています。

 

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3) 心房中隔欠損症(ASD)へもどる

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事例 がん患者さんに対するオフポンプバイパス手術

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患者さんは 79歳男性です。

前立腺癌の治療中で、閉塞性動脈硬化症ASOもあり、右上腕骨折されています。

そこに狭心症が発生し、冠動脈2枝病変と診断されました。

今後のがん治療のさまざまな局面を考えて、手術(オフポンプCABG)のため紹介されてハートセンターへ来院されました。

カテーテル治療で薬剤溶出ステントを使うと、強力な抗血小板剤が必要となり、

その後がん手術などが必要になっても抗血小板剤のため出血が止まらず手術ができないことがあるからです。

 

右腕がギプス固定をまだ外せない状態のため、右前腕を腹部に乗せる形で体位を整え手術を開始しました。

胸骨正中切開ののち左内胸動脈を採取しました。

同時に左大伏在静脈を採取しました。

 

心膜を切開し、まず心臓を軽く脱転し血管を確認しました。


この患者さんの前下降枝は心尖部を回って下壁まで灌流していたため、最初に前下降枝を遮断吻合することは若干危険と判断したため、中間枝から始めることにしました。

まずデバイスを用いて静脈グラフトを上行大動脈に吻合しました。

ついでそれを中間枝に吻合しました。


その上で左内胸動脈を前下降枝中央部に吻合し、操作を終えました。

 

Photo写真は2本のグラフトの完成図を示します。

手前が前下降枝への内胸動脈グラフト、向こう側が中間枝への静脈グラフトです。

なおグラフトの選択につきまして、前立腺癌の存在を考えますとグラフトはすべて静脈をということも考えましたが、

上行大動脈が硬化著明であまり操作しない方が良いことと、がんの長期予後が改善する場合に対応するため、内胸動脈を用いることにしました。

グラフトのフローは両方とも好ましい拡張期パタンでした。

経食エコーに 00027508_20090216_CT_504_4_4て心機能は良好でした。

術後のMDCTでバイパスはいずれもきれいに開存し良く流れていました。


術後経過は順調で、術翌日、一般病室へ戻られ、2週間で退院されました。

冠動脈バイパス手術DES(薬剤溶出ステント)の使い分けについて、議論がまだまだ多いようですが、冠動脈バイパス手術のあとは強力な抗血小板剤(副作用も強い)を使わなくて済むため、さまざまながん治療を支援します。

心臓が薬なしで安定するためがん治療がやりやすくなるからです。

大腸ファイバーや胃カメラ、それらを使った生検などもやりやすいです。

国際的な大規模研究であるシンタックストライアルでもこうした複雑病変ではバイパス手術のほうが患者さんの長生きに役立つことが示されています。

 

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4) 冠動脈バイパス手術の安全性はどのくらいですか?へもどる

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事例 左室緻密化障害 2

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患者さんは 19歳男性。左室緻密化障害のため心不全症状が強くなり、在宅酸素療法を受けておられました。

仕事もできず社会的にも困った状態になっておられました。

 

左室緻密化障害の手術治療ができると聞いてハートセンターへ来院されました。

胸骨正中切開でアプローチしました。

21心臓を観察しますと、

冠動脈左前下降枝も第二対角枝も左室側にカーブし、

左室前側壁に多くの血液供給が必要である状態を反映しているものと推察しました(写真左)。

写真右は左室の横隔膜面の外観を示します。

34  体外循環・大動脈遮断下に左室心尖部を切開しました(写真左)。 

左室を切開しても、内部には心筋や結合組織様のものが充満し、内腔はまったく見えませんでした。


白色で硬い繊維化組織を切除し、徐々に僧帽弁に向けて進んで行きました。

それから僧帽弁が見え、両乳頭筋を確認しました(写真上右)。

5両乳頭筋を守りつつ、異常突出した心筋組織を切除し、

最後に薄い心尖部をゴアテックスパッチでセーブ手術の方法で形成し(写真左はパッチ閉鎖中)、

70分で大動脈遮断を解除しました。

最後に左室切開部を二重に閉鎖しました。

十分なエア抜きと止血ののち体外循環を離脱しました。離脱はカテコラミンなしで容易でした。


経食エコーにて左室内の異常心筋は左室なかほどの狭窄部や心尖部では切除できましたが、乳頭筋周囲とくに乳頭筋基部の異常心筋はそのまま温存されていました。

僧帽弁は問題なく、左室の容積も増え、左室機能は良好に見えました。

78  写真左は術前、右は術後です。

左室が心尖部まで機能するようになったことがわかります。

また心尖部はパッチで守られています。

入念な止血ののち、無輸血にてオペを終えました。


術後経過は順調で、2週間後、元気に退院されました。

その後も経過良好で、術前に必要だった在宅酸素療法はすっかり不要になり、普通の生活に戻られました。

 

左室内狭窄部が取れ、左室腔が正常サイズに拡大したため血行動態・症状とも大きく改善したものと考えれられます。

さらに左室内血流の改善によって左室内血栓もできにくくはなるものと期待しバイアスピリンにて慎重にフォローしています。

 

今後も心臓手術や治療の戦略をさらに検討し、改良を加えていく予定ですが、これまでの経過から考えますと、左室緻密化障害はこれからは治せる病気になって行くのではないかと思います。

肺高血圧症が高度になればいくら熟練チームでもオペができない(体が耐えられない)こともありますので、早めにご相談下さい

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左室緻密化障害の手術 へもどる

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事例 僧帽弁の再々手術

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患者さんは 73歳男性。

35年前に僧帽弁形成術を、12年前に僧帽弁置換術を他の病院で受け、

最近心不全と溶血(赤血球が壊れ、貧血になり、かつ腎臓が弱ります)が進むためハートセンターへ来院されました。

地元では手術は危険と言われ、遠方から来られました。

 

人工弁機能不全と弁周囲逆流の診断で、このままでは体力が弱り、とくに腎不全になる可能性が高いため、手術することになりました。

 

1_2Photo_2再手術ですから心臓と周囲の組織との癒着があり得るためCTを撮りました。

そのCTにて胸骨が無名静脈に食い込んでいる所見があったため、

慎重に剥離を進め無事通過しました。

癒着の安全な剥離は安全な再手術のカギのひとつです。

体外循環・大動脈遮断下に左房を切開しました。左房の拡張は長い病悩期間を反映して高度でした。

前回縫着された機械弁(写真上左)には1cmほど弁輪がスリット状に切れて弁周囲逆流になっていました(写真上右、人工弁切除中の写真ですが裂け目が黒く見えます)。

このように人工弁が一部でもはずれたり、弁が完全作動しなくなると溶血が起こりやすいのです。

僧帽弁輪を温存しつつ人工弁を摘除しました。

左室側に輪状にパンヌスが幅5mmほどで発達し(写真下 左)、機械弁の動きを制約し、人工弁内部の逆流のもとになっていたものと推察しました。

写真下右は切除したパンヌスの一部です。
JpgPhoto_3

パンヌスを切除し、

十分な強度を保てるよう工夫して生体弁を縫着しました。

念のための逆流試験にて、人工弁・縫着部とも問題ないことを確認しました(写真下)。

経食エコーにて良好な僧帽弁機能と心機Reremvr能を確認しました。

 

術後経過は良好で、翌日には一般病室で心臓リハビリを開始し、

溶血も解消、腎臓も回復し、お元気に退院されました。

 

これまでは機械弁のため多い目のワーファリン使用が避けられず、鼻血によく悩んだとのことですが、今回はせっかく再手術するのに生体弁にしない手はありません。

そこで生体弁で僧帽弁置換を行いましたので、それからは心房細動用の少な目のワーファリンで行けるようになり、鼻血も起こらなくなり喜ばれました。

このように再手術は必要あって止む無く行うものですが、大きなメリットをもたらすのです。

 

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5) 再手術(再開心術) ②どんな問題が? へもどる

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IHSS(HOCM)の手術事例 2

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患者さんは59歳女性です。息切れを強く訴えておられました。

大動脈弁下狭窄症 (IHSS)(別名HOCM 閉塞性肥大型心筋症)大動脈弁狭窄症のためハートセンターへ紹介・来院されました。

発作性心房細動という頻脈発作をよく起こされ、手術まえにも何度も救急外来へ来られるという状態でした。

この病気はときに肥大型閉塞型心筋症HOCMと紛らわしいことがあります。

1

ともあれこのままでは患者さんは仕事や生活もままらなず、突然死の危険さえあるため手術することになりました。

体外循環・大動脈遮断下にまず左房を開けました。

左房は正常サイズでしたので、冷凍凝固を用いたメイズ手術を施行し(写真左)、左房を閉鎖しました。

写真は僧帽弁輪周囲部を治療しているところで、この部の治療の有無が重要というデータがセントルイスのグループから発表されています。

Aここで上行大動脈を切開しました。

大動脈弁は3尖で硬くなっており(写真左)、弁および石灰を摘除しました。

大動脈弁そのものの狭窄(狭くなること)も手術が必要なレベルでしたが、それ以上に弁の下、つまり左室の出口付近が狭くなっていましたので、異常に張り出した心筋を切除することにしました。

Ihss大動脈弁輪ごしに左室流出路を観察しました。

異常心筋の張り出しが著明でした(写真左)。

写真で左室の出口の大半が異常心筋で覆われ、普通なら見える左室内部がほとんど見えません。

写真で左室の出口の下半分に見えているのは僧帽弁前尖です。

Ihss_2トロントのウィリアムズ先生直伝の方法(モロー手術の変法)で、異常心筋を切除しました。

左室の出口にあった異常心筋の張り出しは、心筋の切除のあとは大きく減り、奥の方に僧帽弁や乳頭筋が見えるまでになりました。

つまりそこではもう狭さくはないわけです。

このIHSS(HOCM)の異常心筋の切除に際しては、刺激伝導系(心臓内の神経)に注意しつつ、そこには触れないよう距離を置きました。

合計10x30x8mmの心筋を切除できました。深い部位の作業でしたが腱索・乳頭筋などへの損傷はありませんでした。

Avr生体弁(ウシ心膜弁)を用いて大動脈弁置換を行いました(写真左)。

人工弁越しに左室がよく見えるようになりました。

また人工弁はこの患者さんのご体格では十分ななサイズを満たしていました。

心拍動下に右房をメイズ切開し、冷凍凝固をもちいて右房Photoメイズ手術を施行しました。(写真左)

手術の後、経食道エコーにて大動脈弁(人工弁)には問題なく、

左室流出路の狭窄は大きく減少し、僧帽弁にも異常なく、血行動態も良好でした。

術後経過は順調で元気に退院されました。

手術前に頻発し患者さんを苦しめた不整脈発作は術後は出なくなり解決しました。

 

このIHSSに対する異常心筋切除術は患者さんの安全やQOL生活の質の向上におおいに役立つのですが、日本ではこの手術の経験が豊富なチームが少なく、遠方からも患者さんが来られます。

IHSSはかなり安全に治せる病気ですのでご相談いただければと思います。

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事例 冠動脈バイパス術後、慢性透析の大動脈弁置換術

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患者さんは59歳男性。

約4年前に他院で冠動脈バイパス手術を受け、その後お元気にしておられました。

慢性腎不全・血液透析のため大動脈弁狭窄症(圧較差93mmHg)を発症し、ハートセンターへ来院されました。

高度の左室肥大があり左室壁厚は約16mmでした。

1_2前回手術でつけられた内胸動脈バイパスグラフトも静脈グラフトも開存していました。

そのため胸を開くときにこれらグラフトに傷をつけないよう、

普段以上の細心の注意が必要なケースです。

まず丁寧に胸骨正中切開を行い、癒着を剥離していきます

(写真左)。

2手術前のCTと、これまでの再手術の経験から

およその位置感覚・方向感覚はあるため必要な剥離を完了、

逆に不要な剥離は行わずにすみました。

大動脈弁置換をするために体外循環下に 大動脈遮断する必要がありますが、

遮断部位の近くに前回手術の静脈グラフトがあるため、前もってこのグラフトを剥離し、位置を少し変えました(写真左)。

3_a4_a大動脈遮断下に上行大動脈を横切開しました。

大動脈弁は肥厚・硬化・石灰化が著明でした

(写真左)。

弁と石灰を すべて摘除しました(写真右)。

5_2大動脈そのものが硬くなり大きな弁は入らない状況だったため、高性能な機械弁を入れました。

これにより十分なサイズと性能が確保できました

(写真左)。

70分で大動脈遮断を解除し、スムースに体外循環を離脱しました。

術後経過は順調で、翌朝には透析を再開し一般病室へ戻られ、まもなく元気に退院されました。

半年後の心エコーでは大動脈弁圧較差は27mmHgと改善し、左室壁厚は12-13mm と左室肥大もかなりの改善傾向にありました。

術後3年経過した時点でもお元気に暮らしておられます。

 

慢性血液透析は全身の動脈硬化を悪化させる傾向があり、全身の動脈に注意が必要です。

この患者さんの場合は冠動脈は以前のバイパス手術で動脈硬化になりにくい内胸動脈グラフトを持っておられるため冠動脈関係は大丈夫でしたが、

大動脈弁が動脈硬化に似た硬化を起こし、大動脈弁狭窄症を発生し、手術に至りました。

 

近年はこうした透析患者さんの再手術とくにバイパスグラフトが開存した状態の再手術が増えました。

わずかなミスでも命にかかわることがあるため、経験と入念な準備が必要です。

 

この患者さんも心臓外科をもつ病院からのご紹介で、大切な患者さんを病院の垣根を越えて皆で守るというチームワークはこれからますます大切になるものと思います。

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大動脈弁狭窄症

大動脈弁置換術

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事例 心室中隔欠損症と大動脈弁閉鎖不全症

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患者さんは30台後半の男性。

健診で心室中隔欠損症VSD大動脈弁閉鎖不全症を指摘されハートセンターへ来院されました。

1心室中隔欠損症は I 型と呼ばれる心室中隔の高い部位に発生したもので、

その欠損(穴)に大動脈弁が落ち込んで次第に大動脈弁閉鎖不全症が発生してきていたため手術になりました。

体外循環・大動脈遮断下に主肺動脈を切開し、

肺動脈弁ごしに心室中隔欠損症にアプローチしました(写真左)。

2_vsd予想どおり、大動脈弁の一部が穴を覆い、

一見心室中隔欠 4_2損症の穴は小さくなっているように見えましたが、

実際には大動脈弁が徐々に壊れ始めているという所見でした

(写真左と右)。

そこで穴の周囲の筋肉組織や肺動脈弁の付け根のしっかりした組織を活用して糸をかけ、

ゴアテックスのパッチを縫いつけ、穴を閉じるとともに、

大動脈弁を守るようにしました(写真上右と下)。5_vsd

実際手術前には心エコーにて大動脈弁の一部が少し穴に落ち込み、

軽 い大動脈弁閉鎖不全症が発生していたのが見えていました。

それらが手術の後には治っていました。

もし必要なら大動脈弁の形成手術も準備してはいましたが、そうするまでもなく、きれいに治りました。

手術後、心室中隔欠損症は消え、大動脈弁も肺動脈弁も正常でした。

 

このタイプの心室中隔欠損症は時間とともに大動脈弁の閉鎖不全(逆流)という新たな病気が発生してくるため、通常はこどもの間に手術することが多いのですが、何らかの理由でその時期を逸し、大人になって手術を受けるケースが現在もちょくちょくあります。

 

健診などで心雑音を指摘されたら一度は心臓専門医に念のための診察を受けられるのが安全上、勧められます。

大動脈弁の破壊が高度になりますと人工弁が必要となり、その場合はワーファリンを一生飲む必要が生じるなどのリスクが出てきます。

やはり予防や早期治療が有利です。

なお当時は普通の創で手術しましたが、現在はミックス法にて約10cmの小さい創で手術することが多くなりました。患者さんの心の傷もより小さくなればと思います。

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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