事例:複雑な僧帽弁形成術 その2

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僧帽弁形成術にはさまざまな難易度のものがあります。術前に普通程度と予測されていたケースが手術してみたら、けっこう難題であったこともあります。

医師とくに外科医の昔からある諺に「オペを安全確実にしたければ一段上のものが自信をもってできる、そういう状況で手術しなさい」というのがあります。たとえば虫垂炎の手術を確実にしたければ、腸切除の技術を十分に身に付けてからにしなさいというわけです。

これを僧帽弁形成術でいえば、普通の後尖の一部切除でできるケースを安全確実にやりたければ、その一段うえのゴアテックス人工腱索が自信をもってできるようにしてからやれ、となります。

そうしたことをあらためて実感させてくれたケースでした。

 

患者さんは34歳男性です。

僧帽弁閉鎖不全症三尖弁閉鎖不全症、そして発作性心房細動をお持ちでした。


当初はかかりつけの先生から弁膜症ということで近くの病院へ紹介されましたが、患者さん自身、医療関係者で本やネットで勉強しハートセンターへ来院されました。

図1
 手術のとき、僧帽弁は後尖の中央部(P2)と右側(P3)がくっつきかつ瘤化し、完全に逸脱していました(右図)。

その腱索は1本が断裂し、他は伸展していました。

図2前尖も中央部(A2)と右側(A3)、

そして交連部部分(PC)が逸脱していました。

前尖は肥厚していました。

後尖の逸脱部 図3分を四角切除すると後尖の6割を切除しなくてはならず、それでは成り立たないため、

まずP2+3の中央部の瘤化部分を三角切除しました(右図)。

P2+3の残る部分を再建しました。

図4 こで、逆流試験で調べてみると前尖の逸脱がより鮮明になりました。

また再建P2+3も逸脱していたため、ゴアテックス人工腱索をこれらに付けることにしました。

 

人工腱索をまずPCに2本、さらにA3に4本つけ、さらにA2の後交連側に2本つけました。

つまり前尖とPCと併せて8本の人工腱索を付けたのです。左上図はその操作中の様子です。

流試験にて逆流の消失を確認しました。図5

逆流試験はOKでも、後尖の逸脱は残存していましたので後尖にもゴアテックス人工腱索をつけることにしました(右図)。

再建後のP2+3にゴアテックスCV5を5mm間隔で4本つけました。

逆流試験で逆流だけでなく逸脱も無いことを確認しました。

図6ここで僧帽弁輪形成術MAPのリングサイズを検討しました。

弁の肥厚があり、かみ合わせを良くするためやや小さめの28mmのリングを選択しました。

リング縫着後、逆流試験で逆流がないことを確認しました。左図です。

弁尖のかみ合わせを測定するため青いインクをもちいたインクテストを行うため、弁尖は青い色になっています。

そして左房メイズを冷凍凝固法にて行いました。

左房を閉鎖し大動脈遮断を解除しました。

図8三尖弁は弁輪拡張著明であったため、硬性リング30mmで三尖弁輪形成を行いました。

逆流試験にて逆流がないことを確認しました(左図の中下部分)。

それから右房メイズ施行しました(右下図)。

 

自然の状態で経食エコーを調べますと、僧帽弁の形図7は概ね良いのですが、前尖の収縮期前方変位(SAM)が発生しそのため中程度の逆流が起こっていました。

こうした場合、ベータブロッカーなどのお薬を使えば改善しますが、若い患者さんで将来永く薬なしで行ける方が良いですし、追加形成する時間は十分あるため、さらに形成を加えることにしました。

もとのリングをはずし、2サイズ大きくしてやり直しました。逆流試験では多少の逆流が見られましたが、体外循環の後は良くなると確信したため、そのまま左房を閉じました。

その結果、経食エコーにてSAMはほぼ消失改善、僧帽弁閉鎖不全症もゼロになりました。

比較的複雑な僧帽弁形成術になりましたが、無事きれいな形で仕上がりました。

術後経過は順調で、手術翌朝には集中治療室を元気に退室され、術後10日目に元気に退院となりました。

このレベルの複雑僧帽弁形成術となると、ちょっと形成やっているという病院ではお手上げ状態となり、人工弁をもちいた弁置換になることが多いです。

僧帽弁形成術に豊富な経験をもつチームを選ばれた患者さんの努力の賜物と思います。

またこうした方に選ばれたことを私たちは大変光栄に思います。

やはりこうした心のつながり、絆をもって手術に臨むのは素晴らしいことです。

手術後まる3年が経過し、僧帽弁閉鎖不全症もほぼゼロで安定し、外来でお元気なお顔を拝見してはうれしく思っています。

 

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原因 

閉鎖不全症 

逸脱症

リウマチ性僧帽弁閉鎖不全症

弁形成術

◆ ミックスによるもの

◆ ポートアクセス手術のMICS中での位置づけ

◆ 形成用のリング

◆ バーロー症候群

◆ 三笠宮さまが受けられた僧帽弁形成術

虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対するそれ

④ 弁置換術

◆ ミックス手術(ポートアクセス法)によるもの  


⑤ 人工弁

    ◆ 機械弁

生体弁 

       ◆ ステントレス僧帽弁: ブログ記事で紹介

心房細動

メイズ手術

心房縮小メイズ手術

ミックスによるもの:

心房縮小メ イズ手術 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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事例: 僧帽弁閉鎖不全症と巨大左房

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僧帽弁閉鎖不全症は時間が経つと左房が大きくなり、酷い場合には巨大左房となります。

そうなると心房細動は必発ですし、血栓ができやすく、脳梗塞の危険性が高まります。

原因である僧帽弁閉鎖不全症をそうなるまでに治すことが一番患者さんの安全に役立ち、実際ガイドラインでもそれが推奨されています。

以下の患者さんはそうした状態に僧帽弁形成術心房縮小メイズ手術などを行い、お元気になられたケースです。

患者さんは68歳女性です。

僧帽弁閉鎖不全症MR、三尖弁閉鎖不全症TR、巨大左房と慢性心房細動AF、慢性肝炎・血小板減少症を患っておられ、結構重症の弁膜症です。

通常の医学常識ではこうしたケースの心房細動は手術でも治せないことになっています。

図1手術では 、まず僧帽弁は前尖の左側A1、前尖の中ほどA2が逸脱していました(写真右)。

図2その原因としてA1腱索の太い1本が断裂し(写真左)、

その他の腱索も伸展していました。

まず僧帽弁輪形成術の糸をかけて視野を確保しました。

図3ついでゴアテックス人工腱索を前乳頭筋先端に4本かけ、これを前尖のA1部にほぼ均等につけました。

さらに同人工腱索2本をA2部にかけ、これは後乳頭筋先端にかけました。

右図はその操作中の様子です。

図4ここでいったん方向を変え、まずリングをつけて僧帽弁輪形成術を行いました。

左図はそのリングが入ったところです。

左房の拡張が顕著です。

左図でリング(白い色のバンド状のもの)の下側がお鏡餅のようにたるんでいるのが、拡張左房の壁なのです図5

そこで拡張している左房を縫縮縮小しました。

右図がその様子です。上図のお鏡餅のようなものがぺしゃんこになり、左房が小さくなたことがわかります。

この縫縮ラインを冷凍 図6凝固いたしました(左図)。

左房を小さくでき、さらにカテーテルでは焼きづらいところまでしっかり焼ける(といっても温度は60℃程度で麻酔もあって痛みはありませんが)、

これが手術の良いところです。

なお左心耳は内側から閉鎖しました。

その 図7上でリングを僧帽弁輪に縫着した糸を結紮ししっかりと固定しました。

逆流テストにて僧帽弁の逸脱や逆流がないことを確認しました。

右図です。僧帽弁がしっかりと張って、しかも水の漏れがないのが見えます。

図8さらに心拍動下に右房をメイズ切開(房室間溝にほぼ垂直)し、右房メイズを施行しました。

三尖弁は強く拡張(写真左)していたため、

リング28mmで三尖弁輪形成を行いました(写真右、その中央の紐状のものがリ 図9ングです)。

右房を縮小縫合閉鎖しました。

 体外循環からの離脱は心房ペーシング下にカテコラミンなしで容易にできました。

経食エコーにて良好な僧帽弁および三尖弁機能と、良好な心機能を確認しました。

心房の運動性もかなり回復していました。止血には平素より時間をかけ、そののち手術を終えました。

術後経過はおおむね順調でした。もともと出血傾向があったため止血に努力しました。

手術翌日に集中治療室を無事退室し、運動療法を進めつつ、不整脈の治療と安定に時間をかけ、1か月後に元気に退院されました。

あれから4年が経ちますが、外来でお元気なお顔を見せて頂けるのが何よりです。

僧帽弁、三尖弁とも良好ですが、

リズムも正常リズムで、よろこんで頂けました。何しろ通常のメイズ手術では治せないタイプの心房細動だったのですから。

重症ほど弁形成の意義は大きく、弁形成するならこうした強化型メイズ手術の意義が大きくなります。

心房縮小メイズ手術は一部の欧米施設では活用されていますが、日本ではまだまだこれからで、さらに磨いて啓蒙もしたく思います。

 

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原 因 

閉鎖不全症 

逸脱症

リウマチ性

弁形成術

◆ ミックスによるもの

◆ ポートアクセス手術のMICS中での位置づけ

◆ リング

◆ バーロー症候群

◆ 三笠宮さまが受けられたもの


虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対する僧帽弁形成術

④ 弁置換術

◆ ミックス手術(ポートアクセス法)によるもの  


⑤ 人工弁

    ◆ 機械弁

生体弁 

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心房細動

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執筆:米田 正始
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元・京都大学医学部教授
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事例: 僧帽弁閉鎖不全症などで心不全となった高齢の患者さん

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成人先天性心疾患つまり生まれつきの心臓病をもった成人の患者さんの場合は、もとの心臓病と、加齢にともなって発生あるいは二次的に合併した病気の両方を考えて治療に臨むことが大切です。

患者さんは80歳代半ばの女性。

つよい息切れで安静にしていても苦しくなりかかりつけ医を受診されました。

高度の心不全と心雑音もあるため私の外来へ紹介されました。遠方の長野県からお越し下さいました。

心エコーにて心室中隔欠損症(略称VSD)と僧帽弁閉鎖不全症00033274_20090408_US_1_8_8bが高度にあることがわかり(左図にて両方が見えています)、

Pro-BNPという心臓のホルモン上昇傾向で、なにより起坐呼吸という高度の心不全症状が取れないため手術することになりました。

ちなみにエコーでの左室拡張末期径は51mmと小柄な体格を考えると左室もかなり大きくなっておられました。

かなりリスクつまり危険性が高い状態で、手術しないのもひとつの手であるという意見さえ聞かれました。

しかし私の信念として、このまま座して死を待つ患者さんなら、手術で助かる可能性がある以上は見捨ててはいけないと考え、手術を決断しました。

図2 VSDパッチ閉鎖心臓手術ではまず肺動脈を切り開き、右室の中を調べますと直径4mmの心室中隔欠損症VSDを認めました。

これをゴアテックスのパッチで閉じました(写真右の白いものがパッチです)。

その際に心房中隔欠損症ASDの小さいものも見つかったため、これを閉鎖しました。

さらに左房を開き、僧帽弁を調べました。

図4 僧帽弁観察僧帽弁はバーロー病(Barlow病)という、弁全体がもこもこと変性したタイプで、一般に弁形成は難しいといわれるタイプでした(写真左)。

私たちはバーロー病の弁形成にはちからを入れており、ほとんどの患者さんで僧帽弁形成術を成功させていますが、この患者さんは80代半ばとご高齢で、手術前の状態が悪い ことから、ごく短時間で決めるほうが患者さんにとって安全上有利という方針から、迷うことなく生体弁僧帽弁置換術を行いました(写真右)。

もう少し若い患者さんなら弁形成がながもちし有利図5 MVR完成ですが、80代半ばなら生体弁は20年は持つと予想されるため、耐久性でも十分、それなら早く確実に手術を完成できる弁置換が患者さんのためになるというわけです。

その甲斐あって、手術当日には人工呼吸を離脱し、手術翌日には集中治療室を無事に退室されました。

体力がひどく落ちておられたため、十分な運動を行い、術後1か月で元気に退院されました。

いまも定期健診に外来へ来られ、お元気なお顔を拝見しています。

高齢者でしかも複数の心臓病があり、状態も悪くて「もうダメ」と言われても経験豊富なエキスパートに相談すれば道が拓けるかも知れないことを皆さんに知って頂ければ幸いです。


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原因 

閉鎖不全症 

逸脱症

狭窄症

リウマチ性

◆  HOCM(IHSS)にともなうもの

◆  機能性僧帽弁閉鎖不全症

弁形成術

◆ ミックスによるもの

◆ ポートアクセス手術のMICS中での位置づけ

◆ リング

◆ バーロー症候群

◆ 三笠宮さまが受けられたもの

◆ 交連切開術


虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対する僧帽弁形成術

腱索転位術(トランスロケーション法)

両弁尖形成法(Bileaflet Optimization)

乳頭筋最適化手術(Papillary Head Optimization PHO)

 

④ 僧帽弁置換術

◆ ミックス手術(ポートアクセス法)によるもの  


⑤ 人工弁

    ◆ 機械弁

生体弁 

       ◆ ステントレス僧帽弁: ブログ記事で紹介

心房細動

メイズ手術

心房縮小メイズ手術

ミックスによるもの:

心房縮小メ イズ手術 

 

先天性心疾患 (成人期)

1) 先天性心疾患について

2b) 僧帽弁疾患

  ■ ミックス手術(MICS、低侵襲小切開手術、ポートアクセス)による僧帽弁形成術僧帽弁置換術

5) 心室中隔欠損症(VSD)

心室中隔欠損症に対するミックス手術(MICS手術)

 

 

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お便り85: ポートアクセスで僧帽弁置換術を

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Ilm17_da05018-s創がちいさいミックス手術とくにポートアクセス法は若い患者さんや仕事に早く復帰したい働き盛りの方々に喜ばれています。同時に比較的ご高齢のかたには痛みや苦痛を減らし、合併症を減らすというメリットがあります。

下記の患者さんは関西からこのポートアクセス法での僧帽弁手術を希望してご来院されました。

2階まで昇っても息切れと動悸がし、胸が苦しくなるという症状がでていました。

ちかくの病院で検査を受け僧帽弁閉鎖不全症の重症と診断されたのでした。

手術で僧帽弁を実際にみたところ、リウマチ性の変化があり、弁尖が短縮肥厚している箇所がいくつかあり、逸脱していた弁尖を切除しても逆流が残るという所見でした。

お若い患者さんでは生体弁が長持ちしないため、心膜パッチなども適宜使って弁形成するところですが、比較的ご高齢で体力も弱めで、生体弁も長持ちするため、

無理なく元気になれるよう生体弁で僧帽弁置換術を行いました。

術後経過は良好で、遠方のためややゆっくりと入院していただき、術後2週間で元気に退院されました。

以下はその患者さんからのお便りです。

*******患者さんからのお便り*******

 

名古屋ハートセンタースタッフ御一同さま

この度、無事に退院できました事、

お便り85
心よりお礼申し上げます。

手術には執刀して頂きました米田先生はじめ、北村先生、深谷先生、木村先生、麻酔科の先生、その他スタッフの皆様方には長時間にわたり、大変お世話になりました。

本当にありがとうございました。

手術日の朝、先生方が、お部屋にお越し下さり「頑張りましょう!!」と、優しい笑顔でのお言葉に不安な気持ちも払拭いたしました。

こんな素晴らしい先生方に手術をして頂きました事、私の一生の自慢にして行きます。

手術後も、先生の心温まる回診に心がいやされ、ホッとしたものです。

又、手術室等、色々な説明をして下さった看護師様が、夜勤明けにもかかわらず、4階からわざわざ来て下さり、

「大丈夫、大丈夫やからね!!」と私の手を両手で握って下さいました。

その優しい手の感触は、今も忘れられません。

涙が出そうでした。

看護師皆様も、ニコニコと接して下さり、こちらが色々とお世話になっていますのに。

「ありがとうございます!」と頭が下がります。

毎日毎日、手厚い看護に感謝で一杯でした。

そして子供にも、こちらの病院を選んでくれた事に感謝です。

一か月後の受診時には、ずっと元気になって先生にお目にかかれる様頑張ります。

 どうぞ、スタッフご一同様、

くれぐれもお身体を大切になさって下さいませ。

まだまだ一杯お礼を申し上げたい事多々ございますが、

これで失礼致します。

平成25年1月28日

****

 

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第19回アジア太平洋循環器学会APSCに参加して—僧帽弁と心筋症

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この2月21日から24日まで、アジア太平洋循環器学会APSCのためタイ国のパタヤへ行って参りました。

IMG_1647パタヤはタイ国の首都バンコックから南東方向へクルマで2時間、半島の先端にある海辺の街です。

立派というより巨大なリゾート地で、その一層の振興のためか2-3年前に大型のコンベンションセンターつまり会議場が造られ、今回の学会はその新しい会議場で行われました。これは医療ツーリズムつまり海外から多くの患者さんを受け容れて治療するという国の方針と軌を一にするものと感じました。

このAPSCはアジア太平洋エリアの循環器学会として2年に一度、持ち回りで開催されていて、今回はタイで行われました。

心臓血管外科のセッションもあり、私はそこへ講演のため招待して頂きました。

1日目のオープニングセレモニーではタイの国王妃が来賓として出席され、物々しい警備の中、笑顔で歓迎のスピーチをされました。

国王妃が来られるというのは確かに大きなインパクトがあり、この学会あるいは医学医療をタイ国がいかに大切に思っているか、あるいは医学医療の領域が大きい力をもっているかを示すものでしょう。

日本ではこうしたことは稀で、医学医療よりも建設業界のほうがはるかに団結しちからがあるということを改めて感じました。福祉・医療費が5000億円削られてもそう大きな反発はない、しかし建設のため公共事業費が5000億円削減されれば大騒ぎになり、それを恐れて政治家は福祉・医療費を削ることはあっても公共事業費は手をつけないという話をときどき耳にします。国民が健康を守る、国民的運動としてこの問題を考えねばならない時期に来ているようです。

IMG_1634bともあれ学会は賑やかにスタートし、いくつかの分野に分かれて熱い講演・発表と討論が行われました。

私の担当は1日目の心筋症のセッションで、心臓外科の僧帽弁手術が心筋症治療の中で占める位置づけ、貢献についてお話ししました。

心筋症とくに拡張型心筋症といえば、治らない病気として内科の先生もお薬でそっとしておき、いよいよダメになったら心移植という考えが今なお残っています。

しかし拡張型心筋症はお薬でしっかり予防すればかなり効果があり、予防しきれない場合でも心臓手術とくにあたらしい僧帽弁形成術や左室形成術でかなり持ち直せることをお話ししました。

というのは拡張型心筋症が進行し、心不全が強くなると、左室の形が崩れて僧帽弁閉鎖不全症が発生するからです。そうなるとただでさえ弱っている心筋への負担が倍増し、患者さんは急速に力を失い、死にいたります。そこでの悪循環を心臓手術で断ち切り、安定をはかろうというわけです。

この場合の僧帽弁形成術は通常の僧帽弁閉鎖不全症にたいするものでは効果がありません。拡張型心筋症にともなう僧帽弁閉鎖不全症では治し方がちがうのです。ここまでの心臓手術の歴史を振り返りつつ、その弱点を克服すべく開発した私たちの僧帽弁形成術である乳頭筋最適化手術、英語で略称PHO法をご紹介しました。

これによって従来助けられなかった患者さんたちのかなりの部分が助かるものと期待しています。アジアの先生方の中にも、是非使いたいと言ってくれる方が増え、うれしいことです。

この発表では、それ以外にも、心臓外科のお役にたてることをご紹介しました。たとえば拡張型心筋症が悪くなったら、両室ペーシング(略称CRT)が心機能回復に役立つことがあります。また命にかかわる悪性の不整脈が出てくれば、植え込み型除細動器(略称ICD)が患者さんのいのちを助けます。さらにこれらを合体させた方法、CRTDも活躍しつつあります。

しかしこれらのペースメーカー的な治療法はどうしても三尖弁を通過して右室にリード線を配置する必要があり、それは少なからず三尖弁閉鎖不全症(TR)を引き起こします。いわゆるペースメーカーTRと呼ばれる状態ですね。この場合の閉鎖不全症は悪性で、心不全さらに肝不全まで合併して死に至ることが多くあります。これらが私たちの工夫した三尖弁形成術で、人工弁を入れることなく助かることをお示ししました。

また「僧帽弁は左室の一部である」ことは医者の常識になっていますが、この考え方をもう一歩進めて、「左室は僧帽弁の一部である」「だからこそ、僧帽弁形成術においても、左室をできるだけ治さねばならない」ことをご説明しました。これはけっこう受けたようです。

その一環として、比較的短時間で、しかも壊れた左室が最大限パワーを回復できる方法をご披露しました。私たちが考案した「一方向性ドール手術」です。これによってセーブ手術という優れた方法と同じだけきれいな形に左室を修復でき、しかもドール手術と同じぐらい短時間で仕上がることをお示ししました。

こうした心臓外科の方法を多数の内科の先生方が熱心に聴いて下さったのはうれしいことでした。

一日目はその他に心筋症、心不全、不整脈などでも最近の治療法の進歩が紹介され、充実した内容でした。ヨーロッパ心臓学会(略称ESC)から多数の先生方が参加され、東洋と西洋の交流も含めたレベルの高い国際学会となりました。

2日目は欧米の新しいガイドラインや最近の進展のまとめを各分野ごとにまとめて解説されるというセッションに参加しました。冠動脈で何でもPCIという状況が、冠動脈バイパス手術(CABG)を適材適所で使いわけるということがアジアにも浸透しつつあることを感じました。またカテーテルで植え込む生体弁(略称TAVI、タビ)の最近の進展も熱く論じられました。

Plt018b-s日本は政府の構造的問題でドラッグラグ(患者さんに必要な新薬がなかなか認可されない)とデバイスラグ(救命や治療に必要な道具類の認可に年月がかかる)のために、欧米より遅れていることは以前から問題になっていますが、アジア諸国にも後れをとっていることを改めて感じました。

これは政府・官僚が新薬や新デバイスを認可して、もしも副作用などが発生したら、その官僚が責任を取らねばならない、するとそのひとはもはや出世できない、という構造があるために起こっているのです。国民不在の構造ですね。医師だけが文句を言っても、票数ではわずかでその影響力は小さく、やはり国民がもっと声を上げるべきです。ということでこのブログにもそれをお書きし、皆さんに現実を知って頂くようにしています。

さて私の2日目の講演は、心不全や心筋症に続発する機能性僧帽弁閉鎖不全症にたいする僧帽弁形成術についてでした。

ここまでのコンセプトの変遷とともに僧帽弁形成術も進化してきた歴史を振り返り、現在のPHO法にまでたどりついたこと、そしてその手術のコツや注意点などをお話ししました。パキスタンの先生(座長)から「機能性僧帽弁閉鎖不全症もここまで治るようになったんですね!」とお褒め戴いたのがうれしかったです。せっかく皆で努力して良い手術法を創ったのですから、これからひとりでも多くの方々に使って頂けるよう努力したく思いました。

IMG_7233bそのあと、夕方までの間に時間ができたため、仲間(東邦大学の尾崎重之先生、山下先生ら)と観光に行ってきました。3時間ほどのミニツアーですが、私はぜひ仏教とトロピカルが合体したものを写真にしたいと思っていたため、無理に時間をやりくりして出かけました。ちなみに尾崎先生は自己心膜での大動脈弁再建をライフワークとして実績を上げておられ、今回もその啓蒙のために来ておられました。私もこの弁には大いに関心あり、かつてトロントでやっていたステントレス大動脈弁の発展型という気持ちもあり、お世話になっています。

IMG_7241bまずSanctuary of Truthという海辺の寺院へ行きました。フランスのモン・サン・ミッシェルを想起させる場所にあり、見事な木造の寺院と無数の仏像の四次元的な世界でした。さらに面白かったのはその近くに木工所のようなところがあり、ここで多数の仏師?の方々が仏像を造っておられたことです。そういえばこの寺院に着く直前にたくさんの見事な大木が並んでいたのはこの仏像の材料だったのだと納得しました。木造ゆえ、ヨーロッパの寺院のように何百年も持たず、改修しつづける必要があるようで、これはバルセロナのサクラダファミリアのようで、東西の共通した熱意を感じました。

その他高い岩山に仏像を描いたブッダマウンテンなどにも足を延ばしました。仏教への信仰の厚さを少し感じるところがありました。

それからまた学会場にもどり、といってもディナーパーティですが、アジアの先生方と楽しいひと時が持てました。ひとつ感じたのはアジアの循環器内科の先生方は歌が上手だということです。聞けばタイではカラオケが今も大人気とのこと、日本ではいつのころからか、あまりカラオケに行かなくなったのは残念でした。

アジアの良さと、少しは国際貢献できたかも、という満足感、なにより寒い日本から3日間だけでもトロピカルなところで骨休めできたという感謝の念をもって、そのまま学会のはしごをするためタイを後にして東京へ向かいました。

ご招待下さったタイやアジアの先生方、ありがとうございました。

 

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事例: 先天性僧帽弁閉鎖不全症・バーロー症候群の弁形成術

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先天性つまり生まれたときからの僧帽弁閉鎖不全症は心臓専門病院では少なからずみられる病気です。

逆流が強くなり心臓とくに左室が大きくなったり、心不全の症状がでると手術が必要になります。

また時間とともに左房も大きくなり、その結果心房細動などの不整脈が出てくると手術が勧められることもあります。

次の患者さんは当時31歳の女性で、僧帽弁閉鎖不全症に発作性心房細動を合併し、手術を希望して来院されました。術前エコー長軸

そのころ、疲れやすくなり、会社の健康診断で僧帽弁閉鎖不全症を指摘され、ホームページを見て米田正始の外来へ来られたのでした。

術前の経胸壁エコーでも術中経食エコーでも前尖後尖とも全体的に逸脱しているように見えたため(右図をご覧ください)、

そして強い僧帽弁の逆流も、逆流ジェットが複数ある(左図)ことから複数病変それも通常と少しちがうものなど、様々な状 術前エコー4CVD況と対策を考えて手術に臨みました。

皮膚をなるべく小さく切開し、心臓にアプローチしました。今ならポートアクセス法などのミックス手術でより小さい創で手術するでしょうが、当時としてはかなり小さい創で手術しました。

僧帽弁は後尖の中央部分にクレフトつまり裂隙があり先天性のものと思われました。

さらに後尖の後交連近くに腱索断裂があり、その部分は逸脱つまり左房に落ち込む傾向にありました。

また後交連部は大きめで腱索伸展著明で逸脱していました。(手術写真準備中です)

前尖はやや逸脱傾向はありながら、後尖の上記以外の部位とはちょうどバランスが取れた形でした(つまりどちらもやや逸脱傾向にありました)。

前尖と後尖の逸脱部は慢性MRのジェットのためか肥厚し、後尖の逸脱部は若干瘤化していました。

全体としていわゆるBarlow症候群つまり組織変性が強い弁で僧帽弁全体が弱いという印象でした。

こうした弁でも逆流が治れば長持ちし得ることが知られており、予定どおり全力あげて形成することに致しました。

まず確実に病変がある後尖中央部のクレフト部を閉鎖し、その際に余剰組織を併せて縫縮しました。

次に後交連部と後尖の後交連寄り部分を連結し、併せて余剰(瘤化)組織を縫縮しました。

この時点で逆流試験を行いますと前尖後尖はちょうどバランス良くかみ合い、逆流もほぼ消失しました。人工腱索も検討していたのですが不要でした。

そこで仕上げに前尖サイズのリングで弁輪形成を行いました。

それにより逆流試験でMRはほぼ消失しました。

冷凍凝固によるメイズ手術を行い、左房を2層に閉じて78分で大動脈遮断を解除しました。

心臓が拍動を再開しまもなく洞性リズムを回復しました。

術直後エコーD経食エコーにて僧帽弁閉鎖不全症はほぼ消失しました。

入念な止血ののち無輸血にて手術を終えました。右図は術後1週間の経胸壁ドップラーで僧帽弁の逆流は消失していました。

また下図は同長軸エコーで前尖と後尖の良好なかみ合わせを示します。

術直後エコー長軸術後経過は良好で、出血も少なく血行動態も安定しており、術当日の夕方、人工呼吸器を外し、術翌朝、一般病棟へ戻られました。

経過良好で手術後10日に退院予定でしたが、患者さんのお父さんが風邪のため、移されないようしばし入院続行し、術後経2週間で元気に退院されました。

術後3年4CVD術後3年経った現在、お元気で暮らしておられます。年一度の定期健診でお元気なお顔を見せて頂いています。

右図は術後3年のドップラーで僧帽弁の逆流はありません。

弁置換術と比べて弁形成術が優れているのはどの年代の患者さんでもそうですが、こうした若い女性の場合はとくにそれが顕著です。

この患者さんは妊娠出産も問題なくこなせますし、今後の人生が文字通り健康なものになるでしょう。実際、手術のあとは大変快活になられ、この点でもうれしく思っています。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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重症僧帽弁閉鎖不全症の治療ガイドライン―症状が軽くても危険なことが?

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2014年にアメリカACCとAHA合同のガイドラインが改訂されました。

以下にその概略を記載します。

2014AHA-ACC_GL MR

原文は英語ですが、わかりづらいところは日本語に訳しました。

この新しいガイドラインにはいくつかの特徴、進歩がみられます。

たとえば一次性つまり僧帽弁そのものが壊 図 虚血性MRメカれているタイプと二次性つまり左室が壊れているタイプをより明確に分けて考えていること。

両者は見かけは似ていることもありますが、別の病気ですので当然のことですね。

ちなみに二次性は心筋梗塞の後とか、拡張型心筋症などに合併することが多いです。

右図は二次性僧帽弁閉鎖不全症の代表例である虚血性僧帽弁閉鎖不全症の特徴を示します。弁そのものではなく、左室の障害が原因なのです。

Ilm09_ag04004-sそして僧帽弁形成術をより重視する傾向にあり、病院間格差を考慮して弁形成がうまくできない施設では心臓手術をあまり勧めないという方針がより明確になったことも特徴です。

症状がなくても、これから心臓が悪化する場合、弁形成が確実にできる施設なら手術を勧めるという傾向が強まりました。

 

なお

クラスI(いち)とは手術すべき、という意味です。

クラスIIaは手術するのが良い、

クラスIIbは手術しても良いことがある、

クラスIII は手術のメリットがないか、害がある、

という意味です。

以下は参考までに過去のガイドラインです。

 

********過去のガイドラインから********

慢性重症僧帽弁閉鎖不全症の治療ガイドライン (アメリカACCとAHA学会、2006年)
にて、
手術がクラス I (有効性が証明ずみ)で勧められるのは、

 

■自覚症状があり左室形成術収縮能が保たれている(駆出率>30%、LVDs<=55mm)とき


■自覚症状はないが左室収縮機能が低下している(駆出率60%以下、

4valves

LVDs>=40mm)とき

 

さらに、クラス IIa (データ等から有効の可能性高い)として勧められるのは

■自覚症状はなく左室収縮機能も正常(駆出率>60%、LVDs<40mm)だが心房細動の新規発症や肺高血圧症があるとき


■上記で心房細動や肺高血圧症はないが、弁形成が可能なとき


■その他

(注釈:駆出率とは左室の中にある血液の何%を一回の拍動で送り出せるかという数です。LVDsは左室収縮末期の直径です。)

重症の僧帽弁閉鎖不全症では

時間とともに心臓が壊れて、

遅いタイミングの手術では心臓が完全には回復しないことや

手術そのもののリスクが上がることがその背景にあります。

 

なお日本の僧帽弁閉鎖不全症のガイドライン(日本循環器学会)はこちら (8ページ)をご参照ください。

基本コンセプトは極めて近いです。以下同ページから転載いたします

 

表17 僧帽弁閉鎖不全症に対する手術適応と手術法の推奨

クラスⅠ
(註:有効性が証明済み)

1 高度の急性MRによる症候性患者に対する手術

2 NYHA心機能分類Ⅱ度以上の症状を有する,高度な左室機能低下を伴わない慢性高度MRの患者に対する手術

3 軽度~中等度の左室機能低下を伴う慢性高度MRの無症候性患者に対する手術

4 手術を必要とする慢性の高度MRを有する患者の多数には,

弁置換術より弁形成術が推奨され,

患者は弁形成術の経験が豊富な施設へ紹介されるべきであること

クラスⅡa
(註:有効である可能性が高い)

1 左室機能低下が無く無症状の慢性高度MR患者において,MRを残すことなく90% 以上弁形成術が可能である場合の経験豊富な施設における弁形成術

2 左室機能が保持されている慢性の高度MRで,心房細動が新たに出現した無症候性の患者に対する手術

3 左室機能が保持されている慢性の高度MRで,肺高血圧症を伴う無症候性の患者に対する手術

4 高度の左室機能低下とNYHA心機能分類Ⅲ~Ⅳ度の症状を有する,器質性の弁病変による慢性の高度MR患者で,弁形成術の可能性が高い場合の手術


クラスⅡb
(註:有効性がそれほど確立されていない)

1 心臓再同期療法(CRT)を含む適切な治療にもかかわらずNYHA心機能分類Ⅲ~Ⅳ度にとどまる,

高度の左室機能低下に続発した慢性の高度二次性MR患者に対する弁形成術

クラスⅢ
(註:有用でなく有害)

1 左室機能が保持された無症候性のMR患者で,弁形成術の可能性がかなり疑わしい場合の手術

2 軽度~中等度のMRを有する患者に対する単独僧帽弁手術

 

左室機能 (LVEF またはLVDs による)
        正常 :LVEF ≧ 60%,LVDs <40 mm
        軽度低下 :LVEF 50 ~ 60%,LVDs 40 ~ 50 mm
        中等度低下 :LVEF 30 ~ 50%,LVDs 50 ~ 55 mm
        高度低下 :LVEF < 30%,LVDs >55 mm
肺高血圧症
        収縮期肺動脈圧>50 mmHg(安静時)または> 60 mmHg(運動時)

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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お便り29 僧帽弁閉鎖不全症の患者さん

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はるばるスコットランド(イギリス)からお便りを戴きました 今年の春のある日、イギリスのスコットランドからメールが届きました。

まだ40代のお若い男性で、僧帽弁閉鎖不全症で心臓が拡張し、

不整脈も起こっているようで、

現地イギリスでは僧帽弁置換術人工弁を植え込む手術)しかないでしょうと言われたそうです。

人工弁になれば若いご年齢ゆえ機械弁になる可能性が高く、

ワーファリンという血栓予防のお薬を一生涯飲まねばならなくなります。

親身なプロ医師がついておればまだしも、普通はなかなか大変なことです。

それをよく勉強されよく理解してメールを送ってこられたわけです。

 

イギリスは心臓外科の先進国で、多くの心臓外科医が同国で研修を積んで来られましたし、

私もさまざまな形で同国の先生とはご交誼をいただき、

またお世話になって来ました。

そのイギリスで僧帽弁形成術が難しいと言われた患者さんなので、

おもわず力が入ったのを覚えています。

 

実際お会いしますと頭脳明晰で熱い、しかしきさくな方で、

仕事にも熱心なご様子でしたので、

Ilm10_de02013-s ぜひとも弁形成を完遂して楽しい健康生活が送れるようにしようと、あらためて決意しました。

患者さんのお父上もよく勉強しておられ、光栄で、ぜひご期待に沿いたく思いました。

また昔お世話になったイギリスに少しでも恩返しできればという気持ちもありました。

 

僧帽弁閉鎖不全症の手術では僧帽弁の向かって右半分が壊れており、

比較的複雑な形成になりましたが、無事一発で決まり、

手術前に心房細動の不整脈があったため強化メイズ手術を行いました。

念のため心エコーで世界のトップクラスと言われる川崎医大循環器内科(吉田清教授(当時))の先生にもご参加いただき、出来栄えをお褒め戴きました。

 

その後の経過も順調で、僧帽弁閉鎖不全症つまり逆流不整脈もすべて治り、まもなく元気にスコットランドへ戻られました。その患者さんからのお便りです。

(2010.9.記 )

追記: あれから3年、弁も心臓も快調で患者さんはお元気にしておられます。毎年フォローアップのため米田正始の外来へきて下さいます。うれしいことです。

 

***********患者さんからのメール********

米田先生、深谷先生、北村先生、小山先生、看護師の方々

残暑厳しい中如何御過ごしでしょうか。

手術後一ヶ月あまりでこちら(スコットランド)へ戻ってきましたが気温はかなり涼しく、スコットランドの夏は日本の秋のような気候でした。いろいろと忙しくご挨拶と御礼が遅くなってしまいました。

術後の経過は順調で今はほとんど普通に生活しております。顔色も以前よりよくなったとよく言われます。

手術前はどうなることかと不安がよぎり、今までの人生を振り返ったりと何か戦地に赴くような言いようのない思いに捕われていましたが、先生看護士の方々のサポートもあり何の疑問もなく落ち着いて心臓手術を受けることができました。

今は手術を受けて本当に良かったと思っています。深く感謝しています。米田先生に診察していただくことができ、ハートセンターで治療を受けることができたのも幸運でした。日本の医療水準が世界最高であることを身を以て体験しました(いろいろ問題が指摘されてはいますが)。

一昨日こちらの病院で検査(心電図)してもらいましたが何も異常はありませんでした。ただ少し脈が早いようだと医者から言われました(今現在85/分)。血圧は7月28日時点で122/82でした。夜遅く疲れた時などに一瞬動悸を感じることはたまにあります。エコーの検査も受けるはずだったのですが、何故か省略されてしまい、また予約し直すことになりました(おそらく年末かもしれません)。肝心の僧帽弁の状態を確認したかったのですが仕方ありません。多分何の問題もないと思いますが。エコーの検査は念のためで、それが終わったらもう定期的に検診を受ける必要はないだろうということでした。

アスピリンの服用はこちらの医者からもやめていいと言われたのでもう飲んでいません。肌寒いせいもあり、この2、3週間風邪をひいてしまい咳に悩まされましたが、今はほとんど快復しました。

また帰国したときにそちらへ術後の検査へ伺うと思いますが、よろしくお願いします。最後になりましたが、本当にありがとうございました。

 

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お便り12  僧帽弁閉鎖不全症の患者さん

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000943m_b患者さんは44歳男性で高度の僧帽弁閉鎖不全症のためにハートセンターに来られました。

おなじ僧帽弁閉鎖不全症でもいろいろで、僧帽弁全体の4分の3以上が壊れて落ち込むという広範囲の病気のため、

弁の大半の部分に手をつける複雑な僧帽弁形成術になりました。

 

しかしお若い患者さんで弁形成術のメリットが大きい方ですので、さまざまな方法を駆使して人工弁置換を無事回避し、弁形成を仕上げることができました。

僧帽弁閉鎖不全症はきれいに治りました。

長期的にも安定する所見です。

途中でくじけそうになりましたが、患者さんが手術前、敢然と手術を決意して下さったことを思い出し、

逆に励まされる気持ちで粘り強く僧帽弁閉鎖不全症の形成手術を完遂できました。

 

患者さんが医者を育てるというのはこういうことだと実感しました。

以下のお手紙は退院時に投書箱へ入れて下さったものです。

 

************************************

米田先生初め、北村先生、深谷先生、小山先生、また担当戴きました看護師の皆様には心より感謝申し上げます。

米田先生にお会いするまでは騙し騙しぎりぎりまで手術を先延ばしするつもりでしたが、今なら弁形成が可能であり、また置換と形成との効果の相違、また放置した場合と現時点で手術した場合のリスクを、分かり易く比較して説明して頂き、今後のQOLを充分に鑑み家族と話し合い手術する決意をする事ができました。

術前も、先生方が積極的にインフォームドコンセントを含めたコミュニケーションを取って頂き全く不安なく(本人は)手術を受けることが出来ております。

今後は健康な体になり、気兼ねなく仕事に打ち込める事や、高校・中学の2人の息子や妻ともスポーツを交えた楽しい時間を過ごす機会を与えられ社会復帰が楽しみです。

貴院に於かれましては志の高い看護師の方々が、更にスキルアップしようと研修に積極的に参加されている様子などから益々患者からの信頼性の向上が期待され発展される事を信じております。

本当にありがとうございました。

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執筆:米田 正始
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①b 僧帽弁閉鎖不全症について―治せる病気です【2020年最新版】

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最終更新日 2020年2月25日

.

◾️僧帽弁閉鎖不全症とは?

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僧帽弁越しに血液が逆流する病気で、弁が何らかの理由でうまく閉じなくなるた僧帽弁閉鎖不全症のさまざまなタイプを示します。このタイプによって治し方が異なりますめに起こります。右図をご参照ください。

.

◾️弁のパーツ(部品)から考えますと、、、

.

1.弁尖(弁そのもの)、あるいは

2.弁輪(弁尖の付け根)、

3.腱索(弁尖を支える糸のような組織)、

4.乳頭筋(腱索と左室をつなぐ筋肉、それ自体心臓のパワーアップのカギを握ります)

のいずれもが関与します。

.

◾️病気の原因から考えると、、、

.

1.加齢性つまり年齢が上がるにしたがって弁組織が弱るタイプ、

2.結合組織の疾患(マルファン症候群など)や

3.炎症性疾患(ベーチェット病その他)にもとづくもの、

4.リウマチ性、

5.感染性心内膜炎(略称IE)、

6.機能性つまり左室そのものがやられるタイプ(心筋梗塞や拡張型心筋症などのため)、

7.その他、

などがあります。


要するに弁のどこかの部分がうまくかみ合わなくなるわけですね。

重症になれば弁のあちこちに不具合が生じることもあります。

僧帽弁閉鎖不全症ではリウマチ性などを別とすれば一般に、弁そのものはガチガチに硬くなったり、極端に分厚くなったりしないため、

かみ合わせさえ治してあげれば逆流は止まり、病気も治ります。

つまり僧帽弁形成術が成り立つ病気です。

 

この点、弁が硬くなったり肥厚・短縮・石灰化しやすく、弁形成術がやりにくい僧帽弁狭窄症とは治療の上からは違いがあります。

(もっとも私たちはこの病気にさえ最近は積極的に弁形成に取り組んでいますが、これはまだ一般的ではありません。)

 .

◾️僧帽弁閉鎖不全症が悪化すると、、、

.

僧帽弁閉鎖不全症は、その逆流がある限度を超えると、心臓とくに左心室や左心房に大きな負担となります。

というのは逆流血液を左心房が受け止めねばならず、その血液はすぐに左室へ戻ってくるため、逆流した血液量だけ左房にも左室にも負担になるからです。

その結果、僧帽弁閉鎖不全症では心室も心房も拡張するため、弁輪(弁の付け根)も広がり、弁がいっそうかみ合わなくなります。つまり逆流が増え、悪循環に陥るわけです。

「逆流が逆流を呼ぶ」ということわざは、僧帽弁閉鎖不全症の特徴を示すものです。

 

しかも左心房が大きくなってしまうとその壁がこわれて心内の電気信号が正しく流れなくなります。

そのため、心房細動などの不整脈も発生しやすくなり、血栓ができて脳梗塞などになりやすく、心臓手術しない場合に数年以内に死亡する率が上がります。

また左房がぷるぷると震えて有効に左室を補助できなくなるため、心不全の度合いがいっそう強くなってしまいます。

まさに悪循環が重なっていくのです。

 

◾️怖い例は、、、


たとえば今、静かにしているとそれほど苦しくないという程度の症状の方でも、強い僧帽弁閉鎖不全症がそのままだと、やがて脳梗塞や肺炎になったり心不全から別の病気を合併すれば変わり果てた状態となる心配があります。

 

Ilm09_ad10002-s たとえば2012年7月、三笠宮さまが僧帽弁閉鎖不全症のため心不全が悪化し、お薬や点滴などでどうにもならなくなられました。

96歳というご高齢ではありましたが、心臓手術(僧帽弁形成術)を受けて元気に回復されたことは記憶に新しいところです。

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◾️ガイドライン

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そこで体にはっきりと負担がでるほどの僧帽弁閉鎖不全症になると国内外のガイドラインでも手術が勧められているわけです。

面白いのは、権威あるアメリカのガイドラインでは「弁形成ができる病院ならやや早めの無症状のタイミングでも手術が勧められる」と最近明記されたことです。

 

弁形成ができない病院ではもっと待ちなさいともいえる内容で、ガイドラインで初めて病院での治療の質的な面に言及したわけです。

まもなく日本のガイドライン(日本循環器学会という日本の心臓トップの学会)でも同様の措置が取られました。

それほど弁形成手術は単純なワンパターン手術ではなく、豊富な経験が求められるとも言えましょう。

つまり僧帽弁閉鎖不全症は近くの病院より実績や信頼のある病院での治療が勧められる病気であるわけです。

弁形成術がきれいに仕上がれば、10年後の安定性や予後も良好です。今後、20年30年のデータも増えて行き、僧帽弁形成術への信頼度は増していくでしょう。

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メモ1: 僧帽弁閉鎖不全症では腱索伸展や弁輪拡張など徐々に逆流が増える場合と、腱索断裂など急速に逆流が増える場合があります。

徐々に逆流が増える場合は、患者さんにとって対応や順応する時間が得られるため、かなり高度の逆流になって左心室のちからが相当低下してもあまり症状がでないことがあります。

また患者さんの生活の知恵で、息切れがするとうまく休憩を入れて、ご自身では「症状がほとんどない」と錯覚されることがあります。

それでも左室機能がまだ保たれていればよいのですが、それがひどく低下したケースでは、せっかく手術しても左室機能が完全にはもどらないことがあるのです。

そうした不幸なケースを予防するためにもガイドラインはあるのです。臨床の実力がないひとほどこれを否定するきらいがありますが、それこそ己を知るべきなのです。多くの専門家が集まって衆知を結集して創られたガイドラインを活かしたいものです。

 .

メモ2: 僧帽弁閉鎖不全症の手術ガイドラインについて

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患者さんの想い出1はこちら: 

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患者さんの想い出2 はこちら:

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患者さんの想い出3はこちら:

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