僧帽弁形成術に使うリングについて―適材適所で 【2025年最新版】

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最終更新日 2025年1月6日

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◾️弁形成に使うリングは人工弁とは別物です

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弁形成のリングと言えば、患者さんたちは「???」と目を丸くされることがあります。弁の形成なのに人工のものを入れるの?人工弁とどうちがうの?ワーファリンはどうするの?と質問は尽きません。

リングがついて弁の逆流が消えました
僧帽弁形成術のリングとは弁輪を補正あるいは補強する人工物です。ここで弁輪とは弁のひらひらする弁尖(べんせん)とか弁葉(べんよう)とか呼ばれる部分の根本のところ、硬い輪のようになっている組織です。

リングはこの弁輪を治すだけですので、生体弁のように寿命が来ることもなく機械弁のように血栓ができる懸念もないのです。

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◾️弁形成のためのリング、少し時間が経つと、、

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心臓手術から数週間たてばその表面には患者さんご自身の細胞が張ってつるんとした滑らかな形になります。

そのため術後1カ月あまりでワーファリンは不要となります(心房細動などの状況があれば話はべつです。ぎゃくに、だからこそメイズ手術等で心房細動を治すようにしているわけです)。

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弁輪が良い形と大きさで安定すれば僧帽弁逆流が減り機能しやすくなります。また僧帽弁形成術で修復した弁の状態を維持しやすくなります。私は動物実験でリングをつけ、その上で弁の腱索を一部切断したことがありますが逆流は起こらずびくともしませんでした。実験チーム皆で「へえ―」と感心したことがあります。そういう効果があるわけです。

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◾️僧帽弁形成術のためのリング、その変遷

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Carpantier先生の初代リング 僧帽弁形成術の進歩に沿ってリングもまた進歩して来ました。当初は半月型の硬いものしかありませんでした。ただこれが現在なお通用する内容を持っているというのはまさに開発者Carpentierカーパンチエ先生の慧眼だったと感嘆します。

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Duran先生の柔らかリング ついでDuranデュラン先生が開発された柔らかいタイプが世に出ました。これは状況によっては心臓のパワーアップに役立つもので、私は恩師デービッド先生のもとで実際の患者さんのデータで研究させていただき、この効果を証明することができ、お役に立ててうれしく思ったものです(英語論文11番)。

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◾️弁形成のリング、さらなる展開

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Cosgrove先生の柔らかい部分リング サドル状のリング1 その後リングはさまざまな展開を見せ、より簡便な後尖弁輪つまり僧帽弁の後ろ3分の2だけを修復するもの(Cosgroveコスグローブ先生が考案)や、

僧帽弁の自然なサドル形状(馬の鞍の形)をまねたタイプ、 サドル状のリング2

さらに虚血性僧帽弁閉鎖不全症(Adamsアダムス先生らが開発)や拡張型心筋症にともなう僧帽弁閉鎖不全 Adams先生らのリング 症などに役に立つもの(Bollingボーリング先生が開発)などさまざまなものが開発され、適材適所の使い方ができるようにまで発展しました。元祖Carpentier先生のリングも時代とともに研究成果を取り入れて進化して行きました。

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それらはいずれも一理も二理もある考え方で造られていますが、実際の患者さんにおける利点についてはまだこれから検証して行くべきものも多く、今後の課題です。しかし印象としてはある程度は役立つのではないかと思っています。

僧帽弁形成術用の小さいリングひとつを取っても多くの先人たちの大変な努力の跡が感じられ、心に響くものがあるのです。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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⑥a ベントール手術―安全で確実な基本手術で難手術のセーフティネットにも【2025年最新版】

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最終更新日 2025年9月25日

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◆ベントール手術とは?

**ベントール手術(Bentall手術/ベンタール手術)**は、大動脈基部拡張症に対して行う大動脈基部置換術の標準手術です。

大動脈基部拡張症は、マルファン症候群、大動脈二尖弁、大動脈炎症候群などに合併しやすく、放置すると大動脈瘤破裂や重症の大動脈弁閉鎖不全症を引き起こす危険性があります。

ベントール手術は、このようなリスクを根治的に取り除くために行われます。

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◆ベントール手術で行う3つの操作

ベントール手術の3操作


  1. 大動脈弁置換術:人工弁を用いて大動脈弁を置換

  2. 上行大動脈置換術:人工血管で置き換える(人工弁と一体型の人工血管を使用)

  3. 冠動脈の再建:左右冠動脈の入口部を人工血管に縫い付ける

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つまり、大動脈基部にある構造をすべて人工物に置き換える包括的な手術(大動脈基部再建手術)です。
これにより、大動脈弁逆流・上行大動脈瘤・バルサルバ洞拡張を一度に解決できます。

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IMG_0723◆成績と位置づけ

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ベントール手術は、心臓血管外科の中でも「大手術」とされてきました。
操作が多く、いずれも不完全だと重大な合併症につながるため、高度な技術が要求されます。

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しかし、確実に完遂すれば長期予後は非常に良好です。
特に機械弁を用いた場合、10年間の再手術率はきわめて低いことが知られています。

現在では、バルサルバ洞を再現できる人工血管の開発により、さらに自然な構造と良好な成績が期待されています。

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アメリカ・ジョンズホプキンス大学をはじめ、心臓外科の修練プログラムではかつて「ベントール手術を確実に行えること」が一人前の外科医の証とされるほど、代表的な手術です。

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◆人工弁の種類と選択

  • 機械弁:耐久性が高く、若年者に多く選ばれる。ただしワーファリン内服が必要。

  • 生体弁:60〜65歳以上で多用される。近年は若年者でも自然な生活を求めて選択する人が増加。将来的にカテーテル治療(TAVI)で再治療が可能な見込み。

  • 自己弁温存(David手術(右図)・Yacoub手術):大動脈弁がまだしっかりしている場合に可能。ワルファリン不要で長期耐久性も期待でき、特に若年患者さんに有利。IMG_0719

ただし、自己弁の強度が不十分な場合は、より安全で確実なベントール手術が適切とされます。その意味で、ベントール手術は難症例のセーフティネットとしても重要です。

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◆合併症対策と改良点

かつては出血や冠動脈吻合部の瘤形成などが問題でしたが、現在は以下の工夫により大幅に改善しています。

  • 完全止血と瘤再発防止の徹底

  • 冠動脈の入口部を「弱い大動脈壁に頼らない方法」で移植

  • 冠動脈のねじれや狭窄を防ぐ位置決めの工夫

  • 将来の再手術やTAVIに備えた安全な再アクセス設計

私たちのチームでは、生体弁を人工血管に組み込む工夫を行い、将来の再手術をより安全に行える設計を導入しています。

またMICSの良さ(創が見えにくいことと痛みが少ないこと)のうち痛みが少なく、早く仕事復帰、運転復帰ができる方法(もうひとつのMICS)を使っています。

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◆Q&A:よくある質問

弁の状態に加えて患者さんの年齢やライフスタイルその他を考慮し、相談して手術法を決めるのが安全安心です

Q1. マルファン症候群の大動脈基部拡張では必ずベントール手術が必要ですか?
→ 大動脈弁が壊れている場合はベントール手術が根治法です。
弁が保たれていれば、デービッド手術など自己弁温存術が可能な場合があります。

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Q2. ベントール手術は危険ですか?
→ 昔と比べて合併症は大幅に減少しています。止血技術や冠動脈再建の工夫により、安全性は大きく向上しました。

◆まとめ

  • ベントール手術は大動脈基部置換の基本かつ標準的な手術です。

  • 確実に行えば長期予後は良好で、心不全や大動脈破裂のリスクを根治的に解決できます。

  • 自己弁温存術(David手術等)とともに、大動脈基部再建の両輪をなしています。

  • 患者さん一人ひとりの年齢・生活スタイル・大動脈弁の状態に応じて、最適な方法を選ぶことが大切です。

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執筆:米田 正始
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事例: 気管支喘息をもった二尖弁大動脈弁狭窄症の患者さん

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COPDのためバレルチェストになっておられました  

心臓弁膜症の患者さんが肺疾患や腎臓その他の内蔵の病気を併せもっておられるというケースは年々増える傾向にあります。

心臓手術に際しては心臓を治すのはもちろんですが、全身の状態を考えて、全身が守られる状態で治療することが大切です。

患者さんは79歳女性です。

圧較差140mmHgの大動脈弁狭窄症のため来院されました。

入院中の心エコードップラー画像 左室壁厚は16-17mmと左室肥大著明でした。

他に気管支喘息、高血圧症、高脂血症をお持ちでした。肺機能について、%肺活量は51%、肺活量実測値は1.04L、一秒率は52%でした。

全身麻酔下に胸骨正中切開しました。


上行大動脈は左図のように拡張していました。長坂 術前上行大動脈の拡張

上行大動脈の遠位部で通常大動脈遮断する部位に直径1cmのプラークが認められ、

脳塞栓防止のためここを避けてすべての大動脈操作をするようにしました。



長坂 A弁二尖弁b 体外循環・大動脈遮断下に上行大動脈を横切開しました。

 

大動脈弁は2尖でいずれも強く肥厚・石灰化し相互に癒着していました。

長坂 切除したA弁b型的な二尖弁の硬化による大動脈弁狭窄症の所見でした。

また上行大動脈の拡張もこのためでした。

これを切除し、弁輪まで及ぶ石灰をすべて摘除しました(左図)。

長坂 AVR後の状態2b

ウシ心膜弁21mmを縫着しました(右図)。

狭小弁輪の傾向がありましたが、この患者さんの体格に必要なサイズであるため工夫して入れました。

必要あらば弁輪拡大を行えばよいのですが、

弁輪拡大なしで行ければそれだけ短時間に低侵襲(体への負担が少ないこと)で手術できるので、工夫したわけです。

 

上行大動脈を二層に閉じ、エア抜きののち大動脈遮断を解除しました。


カテコラミンを使用することなく体外循環を容易に離脱いたしました。

経食エコーに良好な大動脈弁機能と心機能を確認しました。

長坂 上行大動脈ラッピング後上行大動脈が手術前に直径55mm近くまで拡張していたため、本来は上行大動脈置換術を行いたかったのですが、

肺機能が悪く、なるべく短時間で体外循環を終えることが患者さんにとって大切であるため、体外循環をまず終えてから、ラッピングという方法で上行大動脈のほぼ全部を包みこみ、将来の瘤化を防ぐようにしました。

その結果、上行大動脈の径は40mm近くまで改善しました(右図)。

 

止血ののち、心膜を閉じ、閉胸し手術を終えました。

 

術後の大動脈弁(生体弁)は良好な機能と状態となりました。 術後経過はおおむね順調で、

血行動態良く出血も少なく、神経学的問題もなく、

術翌朝抜管し、一般病棟へ戻られました。

もともと気管支喘息をお持ちのため呼吸器の管理・治療にも力を入れ、

早い時期から呼吸訓練や運動を開始しました。

その後も経過順調で、肺の治療などに時間を十分使い、術後3週間で元気に退院されました。

 

術後1年でお元気に暮らしておられ、大動脈弁(生体弁)も心機能も良好で、

左室壁厚も12-14mmまで改善しつつあります。

術後3年でも心臓・上行大動脈とも安定しており、お元気に過ごしておられます。

 

大動脈弁狭窄症は高度になれば手術前は突然死の心配もあり要注意です。

しかしいったん手術を乗り切ればあとはかなり安全性が高まります。

このケースのように気管支喘息などの肺疾患があっても

心臓の状態が改善しているため比較的工夫がしやすいです。

 

ただ肺疾患のために入院期間が長くなることがあり、

それを避けるために、上記のようにできるだけ手術をコンパクトにまとめ上げる、

熟練度を活かして短時間で仕上げるようにしています。

また近年はミックス手術(MICS、小切開低侵襲手術、代表例はポートアクセス法)で

早い社会復帰や痛みの軽減、きれいな仕上がりをはかることが増えました。

痛みが減れば、深呼吸などの呼吸訓練もやりやすくなり、安全性の向上に役立つのです。

その患者さんの状態にあったベストな方法を選ぶようにしています。

 

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3) 大動脈弁 ②大動脈弁狭窄症ではどんな注意を?

 

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執筆:米田 正始
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元・京都大学医学部教授
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事例: コレステロール塞栓と虚血性僧帽弁閉鎖不全症の患者さん

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患者さんは59歳男性です。

近くの病院で冠動脈狭窄に対してカテーテル治療PCIを受けられました。

 

その際に、不運にも大動脈内のプラーク(油などの塊)が外れて下肢の方へ流れ、

足の血管を詰まらせてしまったとのことでした。

いわゆるコレステロール塞栓という不運な状態で、

大変予後が悪く、下肢の虚血に加えて炎症反応などが惹起され、

命の危険がある状態でした。

あと2週間の命と言われてハートセンターへ来院されました。

 

その時点では心臓はPCIで改善せず弱っており、

駆出率35%(正常は60%台)と低下し、

しか 手術前には僧帽弁は逆流し弁のテント化もみられました虚血性僧帽弁閉鎖不全症心房細動(脈が不規則になり心臓のパワーも低下します)を合併していました。

かつ下肢も全身も悪い状態で、どこから手をつけてよいか、考えこむような状況でした。

そこでまず、お薬や点滴などで下肢や腎機能等を一旦安定させ、

そのタイミングで心臓を手術等で安定させ、

心臓が回復したところでさらにコレステロール塞栓でやられた下肢の治療を進め、

再生医療へ持ち込む、という方針を立てました。

胸骨正中切開ののち心膜を切開しました。

心臓は球状化し心不全の重症度を示す所見でした。

冠動脈バイパス手術を行うため左内胸動脈と左大伏在静脈を採取しました。

 

まず右冠動脈の枝に静脈グラフトを縫い付けました 体外循環・大動脈遮断下にまず静脈を右冠動脈4PD枝に吻合しました。

これ以後、心筋保護液はこのグラフト越しにも注入し、心筋の保護に努めました。

左房を右側切開しました。

僧帽弁葉はとくに問題なく、

多少のテント化(弁が左室側へ 僧帽弁輪に糸がかかったところです けん引されること)はエコーで認められたものの、

主に後尖側弁輪の拡張が逆流の原因と考えられました。

 

そこで硬性  リング24mmを用いて僧帽弁輪形成術MAPを施行しました。

テント化が強いときは乳頭筋や腱索に操作を加えて弁の安定化を図りますが、

この患者さんの場合はそれは不要でした。 

 

僧帽弁輪にリングがついたところです 写真右は弁輪への糸がかかったところで、写真下はリングを縫着した写真です。

 


拡張していた後尖弁輪がかなり小さくなりました。

写真左上は肺静脈と左房本体を冷凍凝固にて電気的に離断しているところです(メイズ手術)。

写真右上は僧帽輪周囲を同様にアブレーションしているところです。

これらによってほとんどの場合心房細動は正常化します。左房を2層に閉鎖しました。

 

心臓を軽く脱転し左内胸動脈LITAを回旋枝の鈍縁枝に吻合しました。

最後に静脈グラフトの 左内胸動脈グラフトが冠動脈回旋枝についたところです 中枢吻合を行い大動脈遮断を解除しました。

写真左は鈍縁枝にLITAを吻合したところです。

ここで体外循環を離脱しました。

離脱は心房ペーシングにて強心剤なしで容易にできました。

 

経食エコーで僧帽弁閉鎖不全症の消失と左室壁運動の改善、僧帽弁テント化の軽減を確認しました。

ドップラーにて2本のグラフトが良好なフローパタンを有するのを確認しました。

 

術後経過はまずまず良好で、少量のカテコラミンと血管拡張剤PGE1を使用してコレステロール塞栓のため弱っている足を守りつつ、

まもなく状態安定し 二本のバイパスグラフトは良好に流れていました

術翌朝抜管し一般病棟へ戻られました。

 

心臓や全身は良くなってもしばらくは足の痛みは残っていました。

そこで大学病院で再生医療を検討して戴きましたが、

その適応はなく、足指の腐ったところだけ切除し、退院されました。


その後はお元気に暮らしておられます。

術後4年以上が経ちますが、外来でいつも笑顔を見せて下さるのをうれしく思います。

写真右はバイパスが良く流れていることを示します。

 

術後は僧帽弁のテント化は軽減し逆流も消えました 写真左は僧帽弁テント化が改善したことを示します。

コレステロール塞栓は命にかかわる重い病気ですし、

虚血性僧帽弁閉鎖不全症は心臓が弱っているときに発生する病気ですからそれも重症でした。

しかし工夫と患者さんの頑張りで無事社会復帰して頂いたことをうれしく思っています。

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6) 狭心症が悪化して心筋梗塞になってからでも手術はできるのですか? へもどる

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執筆:米田 正始
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手術事例:特発性拡張型心筋症に僧帽弁と大動脈弁の閉鎖不全症を合併

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大動脈弁閉鎖不全症は心臓弁膜症の中ではよくある病気です。治療も弁形成か弁置換で改善します。

これが拡張型心筋症(略称DCM)に合併するといろいろな用心が必要になります。

心不全が強くなりさまざまな問題が起こるからです。

患者さんは61歳女性です。和歌山県南部の遠方からお越し下さいました。

中等度の大動脈弁閉鎖不全症、高度の僧帽弁閉鎖不全症、そして左室駆出率43%(一時は30%まで低下したといいます)、左室径LVDd 68.6mmと中等度の左室機能低下がみられます。心不全を反映してか、発作性心房細動もみられました。

私たちが平素治療にあたっている患者さんの中ではまだ心機能は良いほうですが、長期間元気に暮らして頂けるよう、できるだけ改善を図れるような手術を行いました。

胸骨正中切開にてアプローチしました。現在ならば小切開で手術するところですが、この頃は標準的切開を用いていました。

体外循環・大動脈遮断下に上行大動脈を横切開しました。

大動脈弁は3尖でいずれもやや肥厚し短縮し、弁口の中央部が閉じなくなっていました。さらに右冠尖に直径3mmの穴がありこれが後方向いたARジェットの原因と考えました。弁形成よりも生体弁の長期予後の方が良いと判断できたため弁を切除しました。なお右冠尖の穴はHealed IEではないかと推察しました。

ここでいったん術野を移し、左房を右側切開しました。
僧帽弁は前尖・後尖とも器質的変化はなく機能性逆流(つまり左室が弱ったための二次的逆流)の所見でした。

弁輪は後尖側で拡大し、その結果後尖のP2-P3間やP3-PC間も離れて逆流しやすい形になっていました。ただ術前エコーでDCMの左室拡張・球状化のため乳頭筋が後方にずれ後尖のテント化が起こっていましたので、弁輪形成MAPだけでなく乳頭筋操作をくわえることにしました。

まず大動脈弁越しに両側乳頭筋の先端部にゴアテックスCV-5糸を縫着し、これを僧帽弁輪前中央部つまり大動脈弁輪との接点部分に吊り上げました。私たちが考案したPHO法ですね。

その上で左房ごしに、リング26mmを縫着しました。良好な弁の形態とかみ合わせを確認しました。

DCMでPAF様の動悸を訴えておられたことと、将来AFになる懸念が強いことからメイズ手術を冷凍凝固を用いて施行しました。左房を閉じてAVR操作に進みました。

上行大動脈はやや細めながら、この患者さんの体格からはウシ心膜弁21mmが必要サイズであるため、これを工夫して縫着しました。
縫着後、人工弁ごしに左室の人工腱索が良い形であることを確認しました。
体外循環を少量の強心剤ドパミン・ドブタミンにて容易に離脱しました。

経食エコーにてAR、MRの消失と、僧帽弁前尖のテント化の改善、そして僧帽弁後尖のまずまず良好な形態を確認しました。

術後経過は順調で、血行動態良好で出血も少なく、術当日夜、抜管いたしました。その後も安定しておられ、術翌朝、一般病棟へ戻られました。

その後の経過も順調で、遠方からお越しであることに配慮し、十分な運動リハビリを行い、術後2週間半で元気に退院されました。

心臓手術から3年後も、お元気に定期健診のため外来へ来られます。ProBNP(心臓のホルモン)も手術前の2600(重症心不全レベルです)から現在は248まで改善し、お役に立ててうれしい限りです。

 

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手術事例:複雑弁形成術を要した腱索断裂による急性僧帽弁閉鎖不全症

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僧帽弁閉鎖不全症のなかでも腱索断裂によるものは弁の逆流が急に発生するため、強い心不全に陥りがちです。

内科での治療では対処できないときには心臓外科で緊急手術をすることがちょくちょくあります。

下記の患者さんは56歳男性で、来院3日前から動悸がひどくなり、息切れも強くさらに血痰まで出たため救急外来へ来られました。

検査の結果、腱索断裂による強い僧帽弁閉鎖不全症という診断で、手術となりました。

胸骨正中切開、心膜切開で心臓に到達しました。

体外循環・大動脈遮断下に左房を右側切開しました。

僧帽弁は後尖P3(後交連に近い部分)が腱索断裂のため強く逸脱し、慢性MRのためか肥厚・瘤化していました。

さらに前尖A1(前交連に近い部分)に新しい腱索断裂がみられ、逸脱していました。

加えてAC(前交連部の小さい弁葉)が数本の細い腱索の断裂のため逸脱していました。

所見からはP3の腱索断裂が以前に起こり、慢性の中等度のMRがあり、そこへつい最近、A1とACの腱索断裂が加わりSevere MRとなって急性心不全になったものと推察いたしました。

そこでまず上記P3の腱索断裂部・瘤部を三角切除し、P3の残りの部分とPCを連結することで再建しました。

さらにA1の腱索断裂部に前乳頭筋につけたゴアテックス糸4本を人工腱索として縫着しA1が逸脱しないようにしました。
逆流試験にて概ね良好な弁のかみ合わせを確認したためサドルリング30mmにて僧帽弁輪形成術を施行しました。
ここで再度逆流試験をしますと修復部は良好な状態ながら、前交連部で小さな逆流があり、ACの逸脱が残ったためと判断し、A1とP1の一部を連結しかみ合わせの改善を図りました。逆流が軽減したため左房を閉じて大動脈遮断を解除しました。

心拍動下に経食エコーにて弁を調べますと、前交連部にまだ軽度―中等度のMRがあるため、上行大動脈を再度遮断し左房を開けました。

ACの逸脱は弁が薄く弱いため修復が難しいと判断、前交連部のみA1-P1を閉鎖する形で前交連部のMRを消すようにしました。逆流試験でも問題ありませんでした。僧帽弁形成術、完成です。

左房を閉じて大動脈遮断を解除し、体外循環を容易に離脱しました。血行動態は良好でした。

経食エコーにて前交連部にごくわずかなMrがある他は心機能・弁機能とも問題なしでした。

術後経過は順調で、血行動態良好で出血も少なく、術翌朝抜管し、一般病棟へ戻られました。

その後も経過は良く、術後9日目に元気に退院されました。

術後2年半ほどのころに、睾丸腫瘍がみつかり、その手術を受けられましたが、心臓は安定しており、腫瘍も良性でスムースに経過しました。

術後3年以上が経ちますが、定期健診に外来へ来られます。僧帽弁閉鎖不全症もほとんどゼロで不整脈もなく、お元気に暮らしておられます。

また外来で元気なお顔を拝見するのを楽しみにしています。

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事例: 前尖の完全逸脱を形成したマルファン症候群の患者さん

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患者さんは57歳男性です。

術前長軸収縮期エコーです。前尖が大きく左房側へ逸脱(落ち込む)しています 高度な僧帽弁閉鎖不全症心不全発作性心房細動のため来院されました。

マルファン症候群をお持ちでした。

この症候群は結合組織が弱くなるため

血管や弁を支える組織がやられることがあるものです。

術前短軸収縮期エコーとドップラー。広範な逆流は後方へ向いており前尖逸脱の所見です

僧帽弁を心エコーで調べますと

前尖全体が完全に左房側に落ち込んでいました。

その原因はマルファン症候群のため腱索組織が弱くなり伸びきって、

弁を支えられなくなったためと推測しました。

全身麻酔下に胸骨正中切開しました。

前尖は全体的に逸脱していましたが、柔らかさや可動性は保たれており、形成可能と判断しました 上行大動脈は全く拡張がないばかりか、

壁の性状も良く、

当初予定していました上行大動脈ラッピング(外から補強すること)はやらないことにしました。

体外循環・大動脈遮断下に左房を右側切開しました。

僧帽弁前尖はほぼ完全に逸脱し(写真左)、

前尖そのものはやや肥厚と軽度に瘤化していましたが柔軟性はあり形成には十分耐えられる所見でした。

後尖は中央部を中 後尖は短縮気味ながら逸脱はありませんでした 心に低形成で、

左房後壁に張り付くような形でした。

僧帽弁輪は拡張していました(写真右)。

まず僧帽弁輪形成術の糸を弁輪にかけました。
前尖A2に人工腱索を立てつつあるところです
ついで後乳頭筋にゴアテックス糸を固定し、

前尖中央部  に3度往復する形で糸をかけ(写真左)、

合計6本の人工腱索で前尖中央部のほぼ全域をカバーしました。

同様に前乳頭筋に別のゴアテックス糸を固定し、

前尖左側に合計6本の人工腱索をかけて(写真右)、

前尖左側全域を人工腱索でカバーしました。 前尖A1に人工腱索を立てているところです

この段階で仮の逆流試験をしますと、前尖と後尖は良くかみあい、逸脱は消失していました。

合計12本の人工腱索にも問題はありませんでした。

そこで硬性リング30mmを縫着しました。

逆流試験で逆流はほとんどなくなりました 再度逆流試験をしましたが、逆流は消失していました。

写真左は生食を左室内に充満したところで逆流はありません、

写真上右は僧帽弁前尖を押して逆流を誘発したところ。

逆流試験OKの所見です。

冷凍凝固をもちいて左房メイズ手術を行い(写真右:僧帽弁輪周囲部のブロック)、

左房を メイズ手術施行中。肺静脈隔離術だけでは治らない心房細動もこうして完全メイズで行えばほとんどのケースで治ります。 二重に閉じて102分で大動脈遮断を解除しました。

129分で体外循環を離脱しました。

離脱はカテコラミンなしで容易にできました。

経食エコーにて僧帽弁の逸脱や逆流が消失したことを確認しました。

リズムは正常で心機能も良好でした。無輸血にて手術を終了しました。

術後2CV ドップラーです。僧帽弁逆流はほぼありません。
術後経過は順調で出血も治まり、

血行動態や全身状態は良好で、

術翌朝人工呼吸を離脱し一般病棟へ戻られました。

 

リズムも正常でした。その後の経過も順調でまもなく元気に歩行退院されました。

 

前尖の逸脱に対しましては腱索の短縮や後尖腱索の移動 術後長軸エコー。僧帽弁前尖の逸脱はありません。 その他の方法もありますが、

マルファン症候群の方をはじめ、多くの患者さんでは腱索そのものが弱くなっているため、

弁の所見により必要なら、私たちはより信頼度の高い人工腱索を用いています。

 

アメリカのクリーブランドクリニックからも

腱索の短縮は長期成績に劣ることが報告されています。

 

また遠隔期には人工腱索表面には自己細胞が成長して平滑になるという報告もあります。

ゴアテックス人工腱索を用いる方法も私たちがトロントで開始した1980年代後半から進歩があり、

最近はドイツのモーア先生が考案されたループ法も使える方法の一つです。

ただしこのループ法は比較的簡単ながら一か所に2本ずつ人工腱索を立てるという無駄があり、

私たちのトロント法の改良型なら一本一本を適切な間隔で立てるため

弁の仕上がりがきれいで、血栓ができる心配もありません。

 

それ以外にもさまざまな方法が開発され、自らも多数の経験と国内外交流の中で工夫して、

それらの中から個々の患者さんに最適な方法を選ぶことで、

これまで難しいと言われた複雑な弁形成もかなり完遂できるようになって来ています。

術後の逆流が軽微以内であれば長期の安定もよく、

ワーファリン不要のためQOL生活の質も優れたものがあります。

 

最近は欧米や国内の学会だけでなく、タイ、インド、マレーシア、シンガポール、ベトナム、中国などアジアの仲間たちともこうしたケースの検討をする機会が増えました。

より多くの患者さんに恩恵が届けばうれしいことです。

 

質問1:マルファン症候群では大動脈の病気が多いと聞いていましたが、僧帽弁なども病気になりやすいのですか?

 

回答1:そうです。大動脈よりは少ないですが、結合組織が弱いためいったん逆流が起こって弁に無理がかかると進行しやすい印象です。

上記のように人工腱索なら弱い腱索に頼る必要がなくなり、長期間安定しやすいでしょう

 

質問2:マルファン症候群の患者さんが他に注意すべきことは?

回答2:心臓や血管の定期健診を受け、

血圧なども良好にたもち、ニューロタンなども活用して、なるべく予防につとめ、

予防できない場合でも早期発見に努めれば予後は改善します。

さらに背骨などの骨や眼、皮膚などにも注意し専門家の定期健診を受けることが望ましいです。

私たちは総合診療科や全身治療の経験を活かし、

そうした全身管理のお手伝い、コオディネーターを行うようにしています

 

それともうひとつ、ご家族の定期健診を勧めて頂くことです。とくに長身で手足や指が長い方がおられましたら、心臓血管の専門医にいちど見せて頂くことが安全につながります。

こうして突然死を免れたケースもあるのです。やはり備えあれば憂いなしですね。

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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事例: 突然死寸前の状態で来院された大動脈弁狭窄症の患者さん

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患者さんは69歳女性です。

重い大動脈弁狭窄症のため

和歌山県南部からはるばるハートセンターまで来院されました。

息苦しく立つことさえ厳しい状態でした。

 

弁は圧較差(弁の前後での圧の差、一般に60mmHg以上あればそろそろ手術が必要なレベ 術前長軸エコーです。大動脈弁はほとんど開かず、左室もぶ厚くなり高度の左室肥大でした ルです) 174mmHg、

弁口面積 0.27cm2(正常の10分の1未満)というシビアな状態でした。

弁口面積は0.6㎝2でオペが必要とガイドラインでは示されていますので、きわめて重い大動脈弁狭窄症です。

左室壁厚は部位によって17-19mmもあり高度の左室肥大でした。

駆出率も46%まで低下していました。

ガイドライン上、絶対の手術適応です。

 

しかも二次的に僧帽弁閉鎖不全症や肺炎(高感度CRP 9.98)まで発生していました。


長年の喫煙のためCOPD(たばこ肺)もあり、危険な状態でした。

地元で心臓手術を受けるには危険すぎると言われたそうです。(写真左)


心不全に肺炎と慢性のタバコ肺が加わった状態で来院されました

心不全と肺水腫に肺炎が合併していましたので

入院後2日間の間に抗生物質でこれをできるだけ治し、

CRP(感染などを調べる検査です、正常は0です)を3台にまで下げて手術に臨みました。

 

症状が強く、血行動態が不安定なため、

術直前に透視下にIABP(心臓補助のための風船ポンプ)を挿入・開始しました。

スムースに全身麻酔導入し、胸骨正中切開で心臓に到達しました。


体外循環・大動脈遮断下に上行大動脈を切開しました。

 

弁は3尖でいずれも石灰化が強く、その石灰化は弁輪までおよんでいました。

そのためこの弁は真ん中の小さい開口部のみというピンホール状態になっていました。

高度な大動脈弁狭窄症が確認されました。

確かに危ないところでした。弁と石灰を完全に切除しました。

(註:手術写真は現在工事中です、申し訳ありません)


狭小弁輪(弁の土台そのものが小さいこと)のため

高性能な新型ウシ心膜弁19mmを縫着しました。

通常の生体弁の23mm相当のサイズで

この患者さんの体格からは十分な弁口面積が得られると考えられました。


上行大動脈を2層に閉じて、数回にわたるエア抜きののち、体外循環を離脱しました。

離脱は強心剤なしで容易でした。

入念な止血ののちオペを終えました。


経食エコーにて弁の機能良好と狭窄・逆流等がないことを確認し、

また術前中等度あった僧帽弁閉鎖不全症が消失したことを確認しました。

これは大動脈弁が人工弁で良くなり、

左心室の圧がほどよく下がって自然に僧帽弁も逆流しなくなったわけです。

退院時には心臓も落ち着き肺もかなりきれいになりました。その後心臓の肥大も徐々に改善していきました。

術後経過は順調で、術翌朝、人工呼吸が外れ、

その翌日、一般病棟へ戻られました。

その後肺も回復し元気に退院されました。


大動脈弁狭窄症は圧較差が高くなると心不全、胸痛息切れが出てきて、

さらに進行すれば突然死も起こる病気です。

この患者さんの場合は突然死の一歩手前でした。

しかしいったん外科手術を乗り切ると普通の生活に戻れることが多く、

この患者さんもずいぶんお元気になられました。

遠方から時間をかけて定期健診に来て下さるのですが、

笑顔ではつらつとしておられる姿を拝見し、

お互い喜びがこみあげて来ます。

 

患者さんの決断と、ご指導下さった地域の先生に敬意を表したく思います。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
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事例 病気を多くもった大動脈弁狭窄症の患者さん

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患者さんは、85歳男性。

大動脈弁狭窄閉鎖不全症(圧較差109mmHg)、

三尖弁閉鎖不全症(高度)、僧帽弁閉鎖不全症(軽度)、心房細動心不全、のため来院されました。

糖尿病、心筋梗塞後状態、睡眠時無呼吸症候群、呼吸機能障害などもお持ちでした。

現代の高齢化社会、西洋式生活の時代にはよくある状態です。

 

手術前の胸部レントゲン写真です。心臓が大きく肺にうっ血と胸水(胸に水が貯まる)が見られます。かなり苦しい状態です 上記疾患とくに大動脈弁狭窄症による心不全のためハートセンター内科にて治療を行っていました。

心臓カテーテルにて肺動脈せつ入圧が30mmHgもあり(つまり強い肺うっ血、心不全)、

このままでは退院できず危険なためご家族とも相談の上、準緊急で手術を行いました。

 

全身麻酔下でも肺動脈圧は50mmHg台で肺高血圧・左心不全の所見でした。

 

胸骨正中切開、心膜切開を行いますと、心臓は強く拡張し張っていました。

術前CTにて上行大動脈に多数の石灰化が見られたため、

表面エコーにて最も動脈硬化が少ない部位を調べ、ここを大動脈遮断部位としました。

 

体外循環(つまり人工の心臓と肺)・遮断(心臓を一時止めることです)下に大動脈を横切開しました。

できる最良の部位で遮断しましたが、それでも硬化はあり、

遮断が不十分で血液が少しは流出するためそれを心膜腔へ逃がすように工夫し、弁操作へと進みました。

なお大動脈や基部の内側にも多数の硬化病変がありました。

 

上行大動脈を開けて大動脈弁を調べているところ。弁がカチコチに硬くなっていて開きません。 弁は三尖で、

いずれも高度に肥厚・短縮・石灰化し、

弁口は真ん中のわずかな小穴だけになっていました(写真左)。

高度の大動脈弁狭窄症です。

弁と石灰化を大動脈壁付近まで十分に切除しました。

切除した大動脈弁です。カチコチに硬化しており、弁の本来のしなやかさはありません。 写真左は切除した弁尖で、

写真右は弁切除後・石灰摘除後の大動脈基部を示します。 大動脈弁輪の内側を示します

ここでウシ心膜弁(代表的な生体弁です)21mmのサイズを調べましたが、

患者さんの弁の土台が小さいため入りにくく、

この患者さんの術前状態からなるべく短時間で手術をまとめあげる必要から

あえて最適サイズをほぼ満たす19mmサイズのものを選択しました。

人工弁(生体弁)が入ったところを示します。自然な形で弁が入りました。 そのおかげで基部や弁輪の硬化にもかかわらず、

人工弁の座りは良好でした(写真下左)。

上行大動脈を2層に閉じて

90分で遮断を解除しました。

心拍動下に右房を切開しました。

大動脈基部の拡張のため、視野展開に工夫を要しました(写真下左、拡張した三尖弁輪の一部が見えます)。

三尖弁輪は拡張著明でした。 三尖弁は拡張著明で硬性リング28mmを縫着し、

良好な弁の閉鎖とかみ合わせを確認しました

(写真下右、リングの左側は大動脈基部です)。 三尖弁輪形成後。弁はきちんと閉じるようになりました。

右房を縫縮しつつ2層に閉鎖しました。

エア抜きと止血ののち、168分で体外循環を離脱しました。

離脱には少量のカテコラミン(強心剤のことです)を要しましたがおおむね容易でした。

春日井 右房縫縮後下右の写真は縫縮後の右房の姿を示します。

かなり正常サイズにもどりました。


経食エコーにて大動脈弁(生体弁)と三尖弁の機能良好を確認し、僧帽弁の逆流は術前より減少し良好、右房が小さくなったのを認めました。

術前の肝うっ血のため出血傾向は予想どおりあり、平素より時間をかけて止血をしました。

 

術後の胸部レントゲン写真です。術前よりかなり改善しました。なお術前は状態が悪くポータブルレントゲンで、やや大きめに映りますが、それを勘案しても心臓はかなり小さくなり改善しました。 術後経過は予測よりは順調で、出血もまもなく治まり、

血行動態(心臓や血圧そして全身の血のめぐり)は良好で心配された呼吸機能もまずまずの回復ぶりでした。

 

術前から肝うっ血のために総ビリルビンが3以上に上昇していたため、慎重に治療しましたが、

大過なく軽快されました。お元気に退院されました。

 

近年はこうした生活習慣病のデパートのような患者さんが増えました。

心臓手術もそのあとの治療も大変で、リスクも高くなるのですが、

それぞれの問題に対して手を打っていけばほとんどの場合乗り切れるようになりました。

患者さんやご家族の理解と協力も大変力になりました(ありがとうございます)。

まさに関係者全員のチーム医療ですね。

 

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3) 大動脈弁 ②大動脈弁狭窄症ではどんな注意を? へもどる

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執筆:米田 正始
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②b 大動脈弁置換術について―より安全に、より快適に【2020年最新版】

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大動脈弁2最終更新日 2020年2月27日

.

◾️大動脈弁置換術とは?

.

強い狭窄(狭くなること)や強い閉鎖不全(逆流すること)を起こした大動脈弁が、

弁形成に適しない状態のときに、

その壊れた弁を切除し、人工弁で置き換える手術です。

 .

大動脈弁狭窄症の場合は

弁が硬く厚くなっていることが多いため弁形成術には適せず、

その多くに大動脈弁置換術が行われます。

10代―50代などの若い患者さんや二尖弁の患者さんでは形成を行うことも増えましたが。

事例 病気を多くもった患者さん
事例: 冠動脈病変を合併した患者さん

.

大動脈弁閉鎖不全症では弁の破壊が少なかったり限局されていることが多く、

大動脈弁形成術になることが少なからずあります。

 .

◾️大動脈弁置換術での人工弁の選択は

.

tissue_valve大動脈弁置換術には患者さんの年齢やライフスタイル、

とくに職業や妊娠出産の希望、スポーツの好み等に合わせて

機械弁(金属の弁)と生体弁(ウシやブタの組織でできた弁)を使い分けます。

生体弁(左写真)と機械弁(右下写真)の特徴や選択上の注意については生体弁をご覧ください

 .

大動脈弁に縫い付けた機械弁は、僧帽弁の場合と比べるとワーファリンもやや少なめで使えるというメリットがあり、

生体弁もこの弁につけた場合は僧帽弁につけた場合よりやや長持ちします。stjudevalve

 .

◾️大動脈弁置換術のリスクは

.

大動脈弁置換術は他臓器に病気がなければおよそ1%の死亡リスク(危険性)で手術できます。

逆に成功率99%とも言えます。

オペしない場合のリスクがそれより明らかに高い場合、オペが勧められます。

これはガイドラインどおりです。

 .

大動脈弁狭窄症に対して大動脈弁置換術を行う場合、いったん心臓手術を乗り切ればその後の心機能や経過は良好です。

それで90歳代のご高齢患者さんでも意欲のある方や体が元気な方には手術をしています。

高齢者の事例
事例: 突然死寸前の状態で来院された患者さん
事例: 肝臓がんと大動脈弁狭窄症)
事例:大動脈弁狭窄症と脊椎後弯の女性)

.

一方、大動脈弁閉鎖不全症に大動脈弁置換術を行うとき、

術前の左心室の状態がひどく悪いときは予後に注意が必要です。

たとえば左室駆出率が30%を割るようなケースではリスクはやや高くなり、

より慎重な戦略が威力を発揮します。

私たちは術前の駆出率が10%台の重症患者さんでも、内容を吟味し、勝てると踏めば、さまざまな工夫をこらして手術しています。たとえば乳頭筋最適化手術を組み合わせて心臓の保護や強化を図ります。

 .

◾️ミックスでの大動脈弁置換術

.

新しいポートアクセス法さらに患者さんにやさしいミックス手術(MICS、低侵襲小切開手術)を推進しています。

動脈硬化があまりない患者さんでは右胸に小さい創を開けるだけで大動脈弁置換術ができます(ポートアクセス法)が、

動脈硬化のある患者さんの場合は正中線での小切開で行うようにしています。

これにより、痛みを減らし、早期の社会復帰を支援し、

また小さい創で患者さんの気持ちを和らげるようになれば幸いです。

 .

Doctor01メモ1: 大動脈弁を生体弁で取り換えれば、手術から回復したあとは健康人と見分けがつかないほどになります。

心音も普通の音とほとんど同じです。

心房細動などの不整脈がなければ術後約1カ月でワーファリンのお薬も不要になります。

一方機械弁の場合でも昔と比べるとカチカチした音はずいぶん静かになりました。

もちろん弁そのものが高性能で長持ちするという機械弁のメリットは健在です。

 .

今後の方向として

カテーテルをもちいた大動脈弁置換術(TAVIタビ、経皮的大動脈弁植込術)がハイリスクな患者さんなどを中心に増えるものと予想されます。

まだまだ問題・課題はあるようですが、今後の展開が期待されます。

 .

メモ2: 大動脈弁狭窄症に対する大動脈弁置換術の日米ガイドラインはこちら

また、大動脈弁閉鎖不全症に対する心臓手術ガイドラインはこちらです


メモ3: 患者さんの想い出はこちら

 

.

質問1:慢性腎不全 Ilm09_ag07002-sのために血液透析を受けている患者さんでも大動脈弁置換術はできるのでしょうか?

回答1:できます。

通常は問題なくできますが、上行大動脈に石灰化などの動脈硬化の変化が強い場合には工夫が必要です。

通常ならここをゴムのついた道具で軽く遮断して心臓を止めて中へ入るのですが、

上行大動脈が硬化で悪くなっていると

遮断や遮断解除の際に石灰その他が外れて飛ぶ可能性があり、やや特別な工夫をして対処します。

 .

Ilm09_ad06001-s質問2:大動脈弁置換術前の注意点は?

回答2:病気によりますが、とくに大動脈弁狭窄症(弁が狭くなります)では

無理をすると突然死などの心配があるため走ったり怒ったりというのは控えるようにして下さい。

大動脈弁閉鎖不全症の患者さんでも

気を失ったり胸が痛むなどの場合は主治医に連絡されるのが良いでしょう。

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