お便り28 (エホバの証人の患者さん)冠動脈バイパス手術でマラソン復帰へ

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Sexmc009-s 信仰はそのひとにとっては命です。

これは私が天理よろづ相談所病院のレジデント(研修医)のころ、

当時院長だった柏原貞夫先生から教わった言葉です。

さらに当時の指導者であった今中孝信先生らから

病気を本当に治すためにはその病気や臓器だけでなく

その患者さんの全体、ひととなり、

さらにそのご家族や社会まで考えることを教えられ、

できるところから実践して来ました。

 

この考えは国内だけでなくその後海外での心臓外科臨床修練の際にも多くの患者さんのお役に立ちました。

 

 

お便り17

にもありますように、エホバの証人の信者さんは、宗教上の理由から輸血を受けられません。

治療するものとしてはこれは大変つらい、困ったこともあります。

輸血さえできればこの患者さんはすぐ元気になれるのに!という状況にはしばしば遭遇します。

しかし技術やくふうでできるだけ患者さんの夢を叶えることができるようにと念じて日々努力して来ました。

 

 

Wor1009-s 下記はお仕事のためシンガポール在住のエホバの証人の患者さんからのお便りです。

シンガポールには畏友CN Lee先生やHS Saw先生はじめ立派な心臓外科医がおられるのですが、

十分な下調べや勉強ののち日本のハートセンターに私を信じて来院して下さったことを光栄に思います。

 

手術は両側内胸動脈と1本の静脈グラフトを用いた4本バイパスで順調に完了しました。

冠動脈バイパス手術のあとはカテーテルによるステントと比べて強い薬も不要で、

スポーツなどにも向いており(お便り22 をご参照ください)、

患者さんの長生きと生活の質の向上の両方に貢献します。

 

重症の狭心症、冠動脈狭窄でしたが、

オフポンプ冠動脈バイパス術にて安全に、かつ問題なく元気に回復され、

シンガポールに戻られました。その患者さんからのお手紙です。

なおその1年半後、天皇陛下もオフポンプ冠動脈バイパス手術を受けられました。それへの感想を2つ目のメールとして戴きました。

それも記載させていただきます。

***************************************

米田正始様、スタッフの皆様、

 

この度は、米田先生を始め、深谷先生、北村先生、小山先生また担当看護師の皆様、本当にありがとうございました。

 

私は、8月3日、妻と共に無事シンガポールに戻ることができました。

冠動脈バイパス術という簡単ではない手術を、私の信仰上の理由から、無輸血という方法で実施していただくことを快く引き受け、無事成功させてくださったことに、言い尽くせない感謝の気持ちでいっぱいです。

思い返せば、マラソンを完走するため日々トレーニングに励み、健康だと思っていた体に、突然、心臓の血管が詰まっていると知らされたときは愕然としてしまいました。

その後、精密検査を受ける中で、バイパス手術が必要と知らされたときには、言いようもない不安に襲われたことを、今でも鮮明に思い出します。

 

私はエホバの証人で、聖書の教えによって体外からの血液を受け入れないことを信条としており、無輸血手術という条件の下で施術していただくことができる医療機関を探すことも挑戦となりました。

シンガポールの医療機関では、この条件に同意していただくことが難しい状況でしたので、知人の紹介なども受けつつ、インターネットで検索していたときに、偶然、米田先生のHPにたどり着き、私たちの信仰に対する先生のご理解に感銘を受け、早速、失礼ながらE-Mailでコンタクトさせていただきました。

さぞかし多忙を極めておられる先生だろうと思い、返事がすぐに返ってくることは期待せずメールを出したのですが、ものの1時間とかからずに返信メールが届き、私たちのような遠距離の患者に対する対応にも感激し、即座にこの先生にお願いしようと決意しました。

その後何度かのメールでのやり取りの後、実際に先生にお会いして、さらに信頼が深まり、安心してお願いすることができました。また、ご担当いただいた深谷先生、北村先生、小山先生からの回診時の励ましや、看護師さんたちの親身になったお世話により、”医は仁術”ということを実感しました。

現在、私は仕事に復帰し、徐々に運動量を増やしてマラソンに再挑戦する準備もしたいと思っております。

最後になりましたが、ハートセンターが私たちのような信条の患者にも開かれた医療機関として、今後もますます発展されますように祈念しております。

皆様への敬愛と感謝をこめて、

2010年8月8日


***********天皇陛下が冠動脈バイパス手術を受けられることになってメールを下さいました**********

 

米田正始様、

米田先生、いかがお過ごしでしょうか。
大変ご無沙汰いたしております。

先日、1月23日にシンガポールから一時帰国し、ハートセンターで、定期健診を受けました。治療していただいた冠動脈と心臓、血液については問題ないとの診断をいただき、安心しました。

先生にお会いするはずだったのですが、緊急手術のようだったので、お会いできずその点は残念でしたが、代わりに深谷先生とお会いすることができました。

先生に是非お見せしたかったものがあり、持参したのですが、深谷先生に見せました。フルマラソンを完走した証しのTシャツです。

ところで、今日ニュースを見ていますと、天皇陛下も冠動脈バイパス手術をされるとかで、判断の理由となったのは、ご公務を果たし、テニスなどの楽しみも続けられるように、今後の生活の質を維持するためとのことでした。

私も先生から生活の質(仕事や運動量)を維持するためにはバイパス手術が最善というご説明をいただき、フルマラソンを完走できるまでになったことを、本当に感謝しております。

これからもわたしたちのような疾患を抱えたものが一人でも多く助かり、普通の生活に復帰できるように、先生方の益々のご活躍を祈っております。

 

平成24年2月12日

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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2010年8月10日 ハートの日

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ハートの日2010ポスター 今年も恒例のハートの日 in Nagoya、つまりハートの日の名古屋バージョンが名古屋国際会議場で8月10日(本日)開催されました。

雨の中を600名以上の方々がホールを埋めるほどご参加下さり、厚く御礼申し上げます。

ことしは昨年に引き続き、いくつかの講演と西川流NOSS踊りの実演と指導が行われ、大いに盛り上りました。

  まず愛知県内科医会会長の太田宏先生のご司会にて、名古屋ハートセンターの外山淳治院長の百寿者に学ぶ「健やかに老いるとは」という講演がありました。外山院長は知る人ぞ知る、スポーツマン・健康オタクで医学的観点から長寿の秘訣を解説されました。圧巻だったのは最後の部分、妻に先立たれた夫は早死にする、しかし夫に先立たれた妻は長生きする、というデータでした。男性のちっぽけさと言いますか女性の偉大さを思い知らされるショッキングな講演でした。同時に女性は長生きするが、認知症も多く、動かない状態の方が多いというのも、うーんと唸らせるお話でした。それほど女性の生命力は強いとも考えられ、これをさらに活発な生活へと結びつける工夫が大切とも感じました。

余談ながら外山先生はハートの日の直前に、石垣島へ行かれダイビングしてマンタの写真をを撮ったり、鳥海山に登ってあわやの悪天候の中を立派に帰還されたりと相変わらずの自然派の面目躍如たるところを講演の中でも一部披露されました。多数のご参加を戴きました

続いて中日病院の池田信男院長先生のご司会にて、西川流第三代家元の西川右近先生のNOSS踊りをめぐっての興味深いお話がありました。日本伝統舞踊が現代にも立派に通用するという以上に西洋医学を上回るような特長を持つことが判り、心臓や血管の治療にますます応用が効きそうだと確信しました。つま先が下がるドロップフットは近年、高齢者の転倒の原因になりやすく、私たちも指導に限界を感じることがあるのですが、NOSS踊りをしっかりやればかなり改善しやすい、と判りました。また体の平衡感覚などの養成にも役立つことがわかり伝統は伊達じゃないと感心しました。

DSC_0429 中京大学体育学部長の湯浅景元先生はそれらを科学的に解明するお話をされ、大変明快で判り易い内容でした。湯浅先生は日本の宝、フィギュアスケートの浅田真央選手や安藤美姫選手らを育て、またハンマー投げの室伏広治選手を指導されるなど、日本スポーツ界の発展に多大な貢献をして来られました。その湯浅先生がNOSS踊りを解析されたのは説得力のあることでした。さらに湯浅先生と西川先生の軽快なトークでは早いテンポで踊りの特長を引き出す面白い企画でした。西川先生があぐらの体位からすっと力を入れることなく立ちあがるお姿に、名古屋おどりの真髄の一部を見た思いがしました。

それからNOSS踊りの実演と講習が講演会場と練習フロアの両方で行われ、多数の方々が参加され関心の強さをうかがわせました。大変盛り上がり、うれしい限りでした。

DSC_0519 休憩をはさんで、名古屋第二赤十字病院の平山治雄先生のご司会で松原徹夫副院長の循環器内科のお話がありました。平山先生は最近の循環器科の傾向をお話されましたが、さすが、全身医療にふさわしい、患者さんの真の健康を目指したご姿勢にあらためて感嘆しました。
とくに何でもカテーテルという現代の風潮に警鐘を鳴らし、

1.カテーテル治療では患者さんの生存率を改善できないし、
2.生活の質も改善できない、さらに
3.運動能力さえも改善していない、

したがって症状があまりない患者さんへの予防的カテーテル治療はもはや反省期に入っている、というのはまさにEBM(証拠にもとづく医学)データにもとづいたお話でした。カテーテル命の先生方には手厳しい話でしたが、こうした慎重かつ良心的なお話を依頼すること自体がハートセンターや鈴木孝彦先生の懐の大きさと感心しました。

松原先生はカテーテル治療PCIのエキスパートですが、平山先生のお話を受けて冠動脈疾患の予防にまで言及され、幅広くかつ良心的な治療内容を披露されました。しかしCTO(慢性完全閉塞)を突破する技術はいつ見ても見事でした。

最後に服部病院特別院長・藤田大学名誉教授の丸田守人先生のご司会で私、米田正始副院長が心臓血管外科の現況をお話いたしました。丸田先生はアメリカ仕込みの本格派外科医で、私の患者さんのご家族で切除不可能と言われたがんを完全切除し、治して下さったこともある先生です。藤田大学を退官されてからもそのメスさばきは健在です。司会して戴き光栄でした。

私のお話はおよそ次のようでした。冠動脈バイパス手術はNOS手術とも言え、バイパスに使う内胸動脈グラフトはNOS一酸化窒素合成酵素を持ち自ら一酸化窒素を造れるため、動脈硬化になりにくく、若い血管であり、そのためにバイパス手術後は長年にわたって心臓は安定し、強いお薬も必要ないことをお話しました。

また高齢者弁膜症たとえば大動脈弁狭窄症に対する大動脈弁置換術や、若年者の僧帽弁閉鎖不全症に対する弁形成術の発展ぶりを見て戴きました。10年以上もつ大動脈弁形成術もご紹介しました。さらに心筋梗塞でだめになった左室を修復する左室形成術の実際のビデオを見て戴き、決して短絡的に諦めていけないことをご説明しました。

最後に急性大動脈解離心房細動でもそのほとんどが解決できることを示し、患者さんには早目のご相談をお願いしました。診察の結果、大きな病気はないということになってもそれは決して恥ではないことを強調しました。

DSC_0483 以前名古屋ハートセンターにて手術させて頂いた患者さんから花束を頂いたり、久しぶりの再会を喜んで頂いたり、個人的にもジーンとくることの多い楽しいハートの日になりました。

会が終わったあと、打ち上げの懇親会がありました。皆で賑やかに飲み食べし、労をねぎらいました。

来年はもっと大きな会場を確保し、今年のように満員御礼で多数の参加希望者をお断りすることのないように全力を上げる所存です。今回、参加できなかった皆さまには心からお詫びするとともに、来年それを挽回致しますので、今後も是非よろしくお願い申し上げます。

最後に、お盆休みの中を協力して下さった名古屋ハートセンターの医師、看護師さん、MEさん、放射線技師さん、栄養士さん、事務職の皆さまたちを始め、支援して下さったメーカーの皆さまに心から御礼申し上げます。

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三重ハートセンター

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162 三重ハートセンターは平成16年11月に西川英郎院長が中心になり開設されました。

当初は19床の診療所としてスタートし、

平成18年8月に増床し病院となりました。

三重県下の従来型の公的病院の現状に飽き足らない方々が集まられたと聞いています。

 

その経過から想像されるように、医療過疎が話題になる三重県にあって民間施設の利点を活かし活発な診療活動が行われているようです。

 

国公立病院を中心にした医療崩壊が全国に広がるなかで、地方はとくに深刻な状況にあります。

同県もまたその例外ではありません。労働組合、公務員、労働基準法、、、それぞれ意味のあることなのは理解できるのですが、

現在の医療費のなかで院内勤労者に気遣いばかりしていては心臓や血管の患者さんは助けられません。

時間勝負で迅速かつ正確な対応が求められるからです。

もちろん医療を支えている職員全員を大切にすることは医療を守るためにも必要なのですが、

患者さんが二の次になっては本末転倒という意味です。

 

かんさいハートセンターはお隣の奈良県にあります。

一説には隣県にある施設ということで多少はバッティングしているのではないかと言われますが、

エリアも違いますし対象疾患・重症度もかなり違います。

 

たとえば僧帽弁大動脈弁の複雑弁形 ミックス手術とくにポートアクセス手術のあとの創はあまり目立ちません
成術、

心筋症・心不全

再手術や再々手術、

胸部大動脈瘤、複合手術、

小さい皮膚切開でのミックス手術(MICS、ポートアクセス手術)(右図)、

など私たちは私たちならではの実績ある領域で粛々と実績を積んでいます。

つまり協力できることの方が多いように思われるわけです。

 

医療崩壊の時代に三重ハートセンターとともに進んで行ければ幸甚です。

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事例: 気管支喘息をもった二尖弁大動脈弁狭窄症の患者さん

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COPDのためバレルチェストになっておられました  

心臓弁膜症の患者さんが肺疾患や腎臓その他の内蔵の病気を併せもっておられるというケースは年々増える傾向にあります。

心臓手術に際しては心臓を治すのはもちろんですが、全身の状態を考えて、全身が守られる状態で治療することが大切です。

患者さんは79歳女性です。

圧較差140mmHgの大動脈弁狭窄症のため来院されました。

入院中の心エコードップラー画像 左室壁厚は16-17mmと左室肥大著明でした。

他に気管支喘息、高血圧症、高脂血症をお持ちでした。肺機能について、%肺活量は51%、肺活量実測値は1.04L、一秒率は52%でした。

全身麻酔下に胸骨正中切開しました。


上行大動脈は左図のように拡張していました。長坂 術前上行大動脈の拡張

上行大動脈の遠位部で通常大動脈遮断する部位に直径1cmのプラークが認められ、

脳塞栓防止のためここを避けてすべての大動脈操作をするようにしました。



長坂 A弁二尖弁b 体外循環・大動脈遮断下に上行大動脈を横切開しました。

 

大動脈弁は2尖でいずれも強く肥厚・石灰化し相互に癒着していました。

長坂 切除したA弁b型的な二尖弁の硬化による大動脈弁狭窄症の所見でした。

また上行大動脈の拡張もこのためでした。

これを切除し、弁輪まで及ぶ石灰をすべて摘除しました(左図)。

長坂 AVR後の状態2b

ウシ心膜弁21mmを縫着しました(右図)。

狭小弁輪の傾向がありましたが、この患者さんの体格に必要なサイズであるため工夫して入れました。

必要あらば弁輪拡大を行えばよいのですが、

弁輪拡大なしで行ければそれだけ短時間に低侵襲(体への負担が少ないこと)で手術できるので、工夫したわけです。

 

上行大動脈を二層に閉じ、エア抜きののち大動脈遮断を解除しました。


カテコラミンを使用することなく体外循環を容易に離脱いたしました。

経食エコーに良好な大動脈弁機能と心機能を確認しました。

長坂 上行大動脈ラッピング後上行大動脈が手術前に直径55mm近くまで拡張していたため、本来は上行大動脈置換術を行いたかったのですが、

肺機能が悪く、なるべく短時間で体外循環を終えることが患者さんにとって大切であるため、体外循環をまず終えてから、ラッピングという方法で上行大動脈のほぼ全部を包みこみ、将来の瘤化を防ぐようにしました。

その結果、上行大動脈の径は40mm近くまで改善しました(右図)。

 

止血ののち、心膜を閉じ、閉胸し手術を終えました。

 

術後の大動脈弁(生体弁)は良好な機能と状態となりました。 術後経過はおおむね順調で、

血行動態良く出血も少なく、神経学的問題もなく、

術翌朝抜管し、一般病棟へ戻られました。

もともと気管支喘息をお持ちのため呼吸器の管理・治療にも力を入れ、

早い時期から呼吸訓練や運動を開始しました。

その後も経過順調で、肺の治療などに時間を十分使い、術後3週間で元気に退院されました。

 

術後1年でお元気に暮らしておられ、大動脈弁(生体弁)も心機能も良好で、

左室壁厚も12-14mmまで改善しつつあります。

術後3年でも心臓・上行大動脈とも安定しており、お元気に過ごしておられます。

 

大動脈弁狭窄症は高度になれば手術前は突然死の心配もあり要注意です。

しかしいったん手術を乗り切ればあとはかなり安全性が高まります。

このケースのように気管支喘息などの肺疾患があっても

心臓の状態が改善しているため比較的工夫がしやすいです。

 

ただ肺疾患のために入院期間が長くなることがあり、

それを避けるために、上記のようにできるだけ手術をコンパクトにまとめ上げる、

熟練度を活かして短時間で仕上げるようにしています。

また近年はミックス手術(MICS、小切開低侵襲手術、代表例はポートアクセス法)で

早い社会復帰や痛みの軽減、きれいな仕上がりをはかることが増えました。

痛みが減れば、深呼吸などの呼吸訓練もやりやすくなり、安全性の向上に役立つのです。

その患者さんの状態にあったベストな方法を選ぶようにしています。

 

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3) 大動脈弁 ②大動脈弁狭窄症ではどんな注意を?

 

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執筆:米田 正始
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事例: コレステロール塞栓と虚血性僧帽弁閉鎖不全症の患者さん

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患者さんは59歳男性です。

近くの病院で冠動脈狭窄に対してカテーテル治療PCIを受けられました。

 

その際に、不運にも大動脈内のプラーク(油などの塊)が外れて下肢の方へ流れ、

足の血管を詰まらせてしまったとのことでした。

いわゆるコレステロール塞栓という不運な状態で、

大変予後が悪く、下肢の虚血に加えて炎症反応などが惹起され、

命の危険がある状態でした。

あと2週間の命と言われてハートセンターへ来院されました。

 

その時点では心臓はPCIで改善せず弱っており、

駆出率35%(正常は60%台)と低下し、

しか 手術前には僧帽弁は逆流し弁のテント化もみられました虚血性僧帽弁閉鎖不全症心房細動(脈が不規則になり心臓のパワーも低下します)を合併していました。

かつ下肢も全身も悪い状態で、どこから手をつけてよいか、考えこむような状況でした。

そこでまず、お薬や点滴などで下肢や腎機能等を一旦安定させ、

そのタイミングで心臓を手術等で安定させ、

心臓が回復したところでさらにコレステロール塞栓でやられた下肢の治療を進め、

再生医療へ持ち込む、という方針を立てました。

胸骨正中切開ののち心膜を切開しました。

心臓は球状化し心不全の重症度を示す所見でした。

冠動脈バイパス手術を行うため左内胸動脈と左大伏在静脈を採取しました。

 

まず右冠動脈の枝に静脈グラフトを縫い付けました 体外循環・大動脈遮断下にまず静脈を右冠動脈4PD枝に吻合しました。

これ以後、心筋保護液はこのグラフト越しにも注入し、心筋の保護に努めました。

左房を右側切開しました。

僧帽弁葉はとくに問題なく、

多少のテント化(弁が左室側へ 僧帽弁輪に糸がかかったところです けん引されること)はエコーで認められたものの、

主に後尖側弁輪の拡張が逆流の原因と考えられました。

 

そこで硬性  リング24mmを用いて僧帽弁輪形成術MAPを施行しました。

テント化が強いときは乳頭筋や腱索に操作を加えて弁の安定化を図りますが、

この患者さんの場合はそれは不要でした。 

 

僧帽弁輪にリングがついたところです 写真右は弁輪への糸がかかったところで、写真下はリングを縫着した写真です。

 


拡張していた後尖弁輪がかなり小さくなりました。

写真左上は肺静脈と左房本体を冷凍凝固にて電気的に離断しているところです(メイズ手術)。

写真右上は僧帽輪周囲を同様にアブレーションしているところです。

これらによってほとんどの場合心房細動は正常化します。左房を2層に閉鎖しました。

 

心臓を軽く脱転し左内胸動脈LITAを回旋枝の鈍縁枝に吻合しました。

最後に静脈グラフトの 左内胸動脈グラフトが冠動脈回旋枝についたところです 中枢吻合を行い大動脈遮断を解除しました。

写真左は鈍縁枝にLITAを吻合したところです。

ここで体外循環を離脱しました。

離脱は心房ペーシングにて強心剤なしで容易にできました。

 

経食エコーで僧帽弁閉鎖不全症の消失と左室壁運動の改善、僧帽弁テント化の軽減を確認しました。

ドップラーにて2本のグラフトが良好なフローパタンを有するのを確認しました。

 

術後経過はまずまず良好で、少量のカテコラミンと血管拡張剤PGE1を使用してコレステロール塞栓のため弱っている足を守りつつ、

まもなく状態安定し 二本のバイパスグラフトは良好に流れていました

術翌朝抜管し一般病棟へ戻られました。

 

心臓や全身は良くなってもしばらくは足の痛みは残っていました。

そこで大学病院で再生医療を検討して戴きましたが、

その適応はなく、足指の腐ったところだけ切除し、退院されました。


その後はお元気に暮らしておられます。

術後4年以上が経ちますが、外来でいつも笑顔を見せて下さるのをうれしく思います。

写真右はバイパスが良く流れていることを示します。

 

術後は僧帽弁のテント化は軽減し逆流も消えました 写真左は僧帽弁テント化が改善したことを示します。

コレステロール塞栓は命にかかわる重い病気ですし、

虚血性僧帽弁閉鎖不全症は心臓が弱っているときに発生する病気ですからそれも重症でした。

しかし工夫と患者さんの頑張りで無事社会復帰して頂いたことをうれしく思っています。

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6) 狭心症が悪化して心筋梗塞になってからでも手術はできるのですか? へもどる

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手術事例:特発性拡張型心筋症に僧帽弁と大動脈弁の閉鎖不全症を合併

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大動脈弁閉鎖不全症は心臓弁膜症の中ではよくある病気です。治療も弁形成か弁置換で改善します。

これが拡張型心筋症(略称DCM)に合併するといろいろな用心が必要になります。

心不全が強くなりさまざまな問題が起こるからです。

患者さんは61歳女性です。和歌山県南部の遠方からお越し下さいました。

中等度の大動脈弁閉鎖不全症、高度の僧帽弁閉鎖不全症、そして左室駆出率43%(一時は30%まで低下したといいます)、左室径LVDd 68.6mmと中等度の左室機能低下がみられます。心不全を反映してか、発作性心房細動もみられました。

私たちが平素治療にあたっている患者さんの中ではまだ心機能は良いほうですが、長期間元気に暮らして頂けるよう、できるだけ改善を図れるような手術を行いました。

胸骨正中切開にてアプローチしました。現在ならば小切開で手術するところですが、この頃は標準的切開を用いていました。

体外循環・大動脈遮断下に上行大動脈を横切開しました。

大動脈弁は3尖でいずれもやや肥厚し短縮し、弁口の中央部が閉じなくなっていました。さらに右冠尖に直径3mmの穴がありこれが後方向いたARジェットの原因と考えました。弁形成よりも生体弁の長期予後の方が良いと判断できたため弁を切除しました。なお右冠尖の穴はHealed IEではないかと推察しました。

ここでいったん術野を移し、左房を右側切開しました。
僧帽弁は前尖・後尖とも器質的変化はなく機能性逆流(つまり左室が弱ったための二次的逆流)の所見でした。

弁輪は後尖側で拡大し、その結果後尖のP2-P3間やP3-PC間も離れて逆流しやすい形になっていました。ただ術前エコーでDCMの左室拡張・球状化のため乳頭筋が後方にずれ後尖のテント化が起こっていましたので、弁輪形成MAPだけでなく乳頭筋操作をくわえることにしました。

まず大動脈弁越しに両側乳頭筋の先端部にゴアテックスCV-5糸を縫着し、これを僧帽弁輪前中央部つまり大動脈弁輪との接点部分に吊り上げました。私たちが考案したPHO法ですね。

その上で左房ごしに、リング26mmを縫着しました。良好な弁の形態とかみ合わせを確認しました。

DCMでPAF様の動悸を訴えておられたことと、将来AFになる懸念が強いことからメイズ手術を冷凍凝固を用いて施行しました。左房を閉じてAVR操作に進みました。

上行大動脈はやや細めながら、この患者さんの体格からはウシ心膜弁21mmが必要サイズであるため、これを工夫して縫着しました。
縫着後、人工弁ごしに左室の人工腱索が良い形であることを確認しました。
体外循環を少量の強心剤ドパミン・ドブタミンにて容易に離脱しました。

経食エコーにてAR、MRの消失と、僧帽弁前尖のテント化の改善、そして僧帽弁後尖のまずまず良好な形態を確認しました。

術後経過は順調で、血行動態良好で出血も少なく、術当日夜、抜管いたしました。その後も安定しておられ、術翌朝、一般病棟へ戻られました。

その後の経過も順調で、遠方からお越しであることに配慮し、十分な運動リハビリを行い、術後2週間半で元気に退院されました。

心臓手術から3年後も、お元気に定期健診のため外来へ来られます。ProBNP(心臓のホルモン)も手術前の2600(重症心不全レベルです)から現在は248まで改善し、お役に立ててうれしい限りです。

 

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手術事例:複雑弁形成術を要した腱索断裂による急性僧帽弁閉鎖不全症

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僧帽弁閉鎖不全症のなかでも腱索断裂によるものは弁の逆流が急に発生するため、強い心不全に陥りがちです。

内科での治療では対処できないときには心臓外科で緊急手術をすることがちょくちょくあります。

下記の患者さんは56歳男性で、来院3日前から動悸がひどくなり、息切れも強くさらに血痰まで出たため救急外来へ来られました。

検査の結果、腱索断裂による強い僧帽弁閉鎖不全症という診断で、手術となりました。

胸骨正中切開、心膜切開で心臓に到達しました。

体外循環・大動脈遮断下に左房を右側切開しました。

僧帽弁は後尖P3(後交連に近い部分)が腱索断裂のため強く逸脱し、慢性MRのためか肥厚・瘤化していました。

さらに前尖A1(前交連に近い部分)に新しい腱索断裂がみられ、逸脱していました。

加えてAC(前交連部の小さい弁葉)が数本の細い腱索の断裂のため逸脱していました。

所見からはP3の腱索断裂が以前に起こり、慢性の中等度のMRがあり、そこへつい最近、A1とACの腱索断裂が加わりSevere MRとなって急性心不全になったものと推察いたしました。

そこでまず上記P3の腱索断裂部・瘤部を三角切除し、P3の残りの部分とPCを連結することで再建しました。

さらにA1の腱索断裂部に前乳頭筋につけたゴアテックス糸4本を人工腱索として縫着しA1が逸脱しないようにしました。
逆流試験にて概ね良好な弁のかみ合わせを確認したためサドルリング30mmにて僧帽弁輪形成術を施行しました。
ここで再度逆流試験をしますと修復部は良好な状態ながら、前交連部で小さな逆流があり、ACの逸脱が残ったためと判断し、A1とP1の一部を連結しかみ合わせの改善を図りました。逆流が軽減したため左房を閉じて大動脈遮断を解除しました。

心拍動下に経食エコーにて弁を調べますと、前交連部にまだ軽度―中等度のMRがあるため、上行大動脈を再度遮断し左房を開けました。

ACの逸脱は弁が薄く弱いため修復が難しいと判断、前交連部のみA1-P1を閉鎖する形で前交連部のMRを消すようにしました。逆流試験でも問題ありませんでした。僧帽弁形成術、完成です。

左房を閉じて大動脈遮断を解除し、体外循環を容易に離脱しました。血行動態は良好でした。

経食エコーにて前交連部にごくわずかなMrがある他は心機能・弁機能とも問題なしでした。

術後経過は順調で、血行動態良好で出血も少なく、術翌朝抜管し、一般病棟へ戻られました。

その後も経過は良く、術後9日目に元気に退院されました。

術後2年半ほどのころに、睾丸腫瘍がみつかり、その手術を受けられましたが、心臓は安定しており、腫瘍も良性でスムースに経過しました。

術後3年以上が経ちますが、定期健診に外来へ来られます。僧帽弁閉鎖不全症もほとんどゼロで不整脈もなく、お元気に暮らしておられます。

また外来で元気なお顔を拝見するのを楽しみにしています。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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ワールドカップ2010での雑感

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ワールドカップ2010が佳境に入り、ベスト4が出そろい山場を迎えています。

と言っても私(たち)には岡田ジャパンが善戦健闘し去って行ったときから力が抜けてワールド 岡田Japanは数々の感動を残して去りました カップも何となく終わったような気持ちになってしまっています。国際的視野をと言いながらこれも人情なのかも知れません。

岡田ジャパンは多くの見せ場を造り、私たちを感動させてくれました。皆さん感謝と満足を抱いていることと思います。

ただ前向きに考えると、評論家は守りの充実に比べて攻撃力の弱さを指摘しています。たしかにサッカーの素人である私が見ても、あれっと思うようなシーンが時々あったように思います。うまい形で相手ゴール近くに攻め入るところであっけなく相手方にボールを取られたり、ここだというところで陣形ができていなかったり。そこは歴史ある競合相手でサッカー命の人たちとの試合であるため致し方ないのでしょうか。

小さいころから本格的にサッカーをやるようにというご意見も もっと根底的な観点から、その道に詳しい人たちの議論では、サッカーボールが体の一部になるほどにはなじんでいない、まだまだサッカーとの接点が少ないという意見もあります。こどもたちが自由にサッカーを楽しむような広場や空き地が日本には少ないという指摘も耳にします。

そんな議論を聴いていて、ふと外科医の教育、とくに心臓外科医の教育はと考えました。

日本の心臓外科修練体制はまだまだ国際水準には立ち遅れています。個々の若手外科医は優秀で熱心です。若手のためのチャレンジャーズライブの審判をやっていても国際レベルと比較して決して見劣りません。しかし腕を磨く場が少ない。

かつてアジアは欧米豪と比べてまだまだだなあーと仲間内で語っていたようですが、最近の 今やアジア諸国は外科医教育でも先進国レベルに達しつつあります。 情勢は日本以外のアジアは急速に欧米に比肩する立派な制度を確立しつつあります。若手が十分な経験を安全に積み、一人前になって行く、その教育プログラムに身をおいて精進しておればおのずと立派に育つ、そういう制度ができつつあります。

それを支えているのが施設集約で、アジアの大学病院や基幹病院・専門病院では年間1000例前後が珍しくありませんし、大学病院では心臓センターのような形で独立して柔軟に動けるようになっています。自分の眼でみて、韓国でも中国でも台湾でもマレーシアでもシンガポールでもタイでもそうでした。一体日本より遅れている国がどこにあろうかという実感を持ちました。10年近く前にベトナムのホーチミン市(旧サイゴン市)の依頼を受けて私たちが心臓外科を立ち上げたチョーライ病院も今や年間1000例の立派な施設に成長しています。

それに比べて日本ではどうでしょうか。近年は日本心臓血管外科学会や日本胸部外科学会でも前向きに検討され、施設集約という言葉が半ば合言葉のような位置を得てようやくコンセンサスができたという感がありますが、一人当たりの手術数では海外に比べてあまりに少なく、それはとくに大学病院において顕著です。本来は大学病院こそ腕を磨ける環境というのが世界の常識なのですが日本では正反対になっているのが残念です。

といって大学病院で頑張っている先生方に非があるのではなく、大学病院の仕組みに問題がある、まさに構造的問題です。とりあえず市中病院とくに構造的問題が少ない私たち民間病院が頑張るしかないと開き直っています。とくに大学と協力し、偏狭な学閥を脱却して全国レベルで有意な人材をそだてる、そういう空気と歴史を創っていくことが大切と思います。

サッカーの将来性ある人材を見ていて心臓外科の有為な若手をつい想い、駄文をものしてしまいました。ご容赦下さい。

米田正始 拝

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事例: 前尖の完全逸脱を形成したマルファン症候群の患者さん

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患者さんは57歳男性です。

術前長軸収縮期エコーです。前尖が大きく左房側へ逸脱(落ち込む)しています 高度な僧帽弁閉鎖不全症心不全発作性心房細動のため来院されました。

マルファン症候群をお持ちでした。

この症候群は結合組織が弱くなるため

血管や弁を支える組織がやられることがあるものです。

術前短軸収縮期エコーとドップラー。広範な逆流は後方へ向いており前尖逸脱の所見です

僧帽弁を心エコーで調べますと

前尖全体が完全に左房側に落ち込んでいました。

その原因はマルファン症候群のため腱索組織が弱くなり伸びきって、

弁を支えられなくなったためと推測しました。

全身麻酔下に胸骨正中切開しました。

前尖は全体的に逸脱していましたが、柔らかさや可動性は保たれており、形成可能と判断しました 上行大動脈は全く拡張がないばかりか、

壁の性状も良く、

当初予定していました上行大動脈ラッピング(外から補強すること)はやらないことにしました。

体外循環・大動脈遮断下に左房を右側切開しました。

僧帽弁前尖はほぼ完全に逸脱し(写真左)、

前尖そのものはやや肥厚と軽度に瘤化していましたが柔軟性はあり形成には十分耐えられる所見でした。

後尖は中央部を中 後尖は短縮気味ながら逸脱はありませんでした 心に低形成で、

左房後壁に張り付くような形でした。

僧帽弁輪は拡張していました(写真右)。

まず僧帽弁輪形成術の糸を弁輪にかけました。
前尖A2に人工腱索を立てつつあるところです
ついで後乳頭筋にゴアテックス糸を固定し、

前尖中央部  に3度往復する形で糸をかけ(写真左)、

合計6本の人工腱索で前尖中央部のほぼ全域をカバーしました。

同様に前乳頭筋に別のゴアテックス糸を固定し、

前尖左側に合計6本の人工腱索をかけて(写真右)、

前尖左側全域を人工腱索でカバーしました。 前尖A1に人工腱索を立てているところです

この段階で仮の逆流試験をしますと、前尖と後尖は良くかみあい、逸脱は消失していました。

合計12本の人工腱索にも問題はありませんでした。

そこで硬性リング30mmを縫着しました。

逆流試験で逆流はほとんどなくなりました 再度逆流試験をしましたが、逆流は消失していました。

写真左は生食を左室内に充満したところで逆流はありません、

写真上右は僧帽弁前尖を押して逆流を誘発したところ。

逆流試験OKの所見です。

冷凍凝固をもちいて左房メイズ手術を行い(写真右:僧帽弁輪周囲部のブロック)、

左房を メイズ手術施行中。肺静脈隔離術だけでは治らない心房細動もこうして完全メイズで行えばほとんどのケースで治ります。 二重に閉じて102分で大動脈遮断を解除しました。

129分で体外循環を離脱しました。

離脱はカテコラミンなしで容易にできました。

経食エコーにて僧帽弁の逸脱や逆流が消失したことを確認しました。

リズムは正常で心機能も良好でした。無輸血にて手術を終了しました。

術後2CV ドップラーです。僧帽弁逆流はほぼありません。
術後経過は順調で出血も治まり、

血行動態や全身状態は良好で、

術翌朝人工呼吸を離脱し一般病棟へ戻られました。

 

リズムも正常でした。その後の経過も順調でまもなく元気に歩行退院されました。

 

前尖の逸脱に対しましては腱索の短縮や後尖腱索の移動 術後長軸エコー。僧帽弁前尖の逸脱はありません。 その他の方法もありますが、

マルファン症候群の方をはじめ、多くの患者さんでは腱索そのものが弱くなっているため、

弁の所見により必要なら、私たちはより信頼度の高い人工腱索を用いています。

 

アメリカのクリーブランドクリニックからも

腱索の短縮は長期成績に劣ることが報告されています。

 

また遠隔期には人工腱索表面には自己細胞が成長して平滑になるという報告もあります。

ゴアテックス人工腱索を用いる方法も私たちがトロントで開始した1980年代後半から進歩があり、

最近はドイツのモーア先生が考案されたループ法も使える方法の一つです。

ただしこのループ法は比較的簡単ながら一か所に2本ずつ人工腱索を立てるという無駄があり、

私たちのトロント法の改良型なら一本一本を適切な間隔で立てるため

弁の仕上がりがきれいで、血栓ができる心配もありません。

 

それ以外にもさまざまな方法が開発され、自らも多数の経験と国内外交流の中で工夫して、

それらの中から個々の患者さんに最適な方法を選ぶことで、

これまで難しいと言われた複雑な弁形成もかなり完遂できるようになって来ています。

術後の逆流が軽微以内であれば長期の安定もよく、

ワーファリン不要のためQOL生活の質も優れたものがあります。

 

最近は欧米や国内の学会だけでなく、タイ、インド、マレーシア、シンガポール、ベトナム、中国などアジアの仲間たちともこうしたケースの検討をする機会が増えました。

より多くの患者さんに恩恵が届けばうれしいことです。

 

質問1:マルファン症候群では大動脈の病気が多いと聞いていましたが、僧帽弁なども病気になりやすいのですか?

 

回答1:そうです。大動脈よりは少ないですが、結合組織が弱いためいったん逆流が起こって弁に無理がかかると進行しやすい印象です。

上記のように人工腱索なら弱い腱索に頼る必要がなくなり、長期間安定しやすいでしょう

 

質問2:マルファン症候群の患者さんが他に注意すべきことは?

回答2:心臓や血管の定期健診を受け、

血圧なども良好にたもち、ニューロタンなども活用して、なるべく予防につとめ、

予防できない場合でも早期発見に努めれば予後は改善します。

さらに背骨などの骨や眼、皮膚などにも注意し専門家の定期健診を受けることが望ましいです。

私たちは総合診療科や全身治療の経験を活かし、

そうした全身管理のお手伝い、コオディネーターを行うようにしています

 

それともうひとつ、ご家族の定期健診を勧めて頂くことです。とくに長身で手足や指が長い方がおられましたら、心臓血管の専門医にいちど見せて頂くことが安全につながります。

こうして突然死を免れたケースもあるのです。やはり備えあれば憂いなしですね。

 

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事例: 突然死寸前の状態で来院された大動脈弁狭窄症の患者さん

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患者さんは69歳女性です。

重い大動脈弁狭窄症のため

和歌山県南部からはるばるハートセンターまで来院されました。

息苦しく立つことさえ厳しい状態でした。

 

弁は圧較差(弁の前後での圧の差、一般に60mmHg以上あればそろそろ手術が必要なレベ 術前長軸エコーです。大動脈弁はほとんど開かず、左室もぶ厚くなり高度の左室肥大でした ルです) 174mmHg、

弁口面積 0.27cm2(正常の10分の1未満)というシビアな状態でした。

弁口面積は0.6㎝2でオペが必要とガイドラインでは示されていますので、きわめて重い大動脈弁狭窄症です。

左室壁厚は部位によって17-19mmもあり高度の左室肥大でした。

駆出率も46%まで低下していました。

ガイドライン上、絶対の手術適応です。

 

しかも二次的に僧帽弁閉鎖不全症や肺炎(高感度CRP 9.98)まで発生していました。


長年の喫煙のためCOPD(たばこ肺)もあり、危険な状態でした。

地元で心臓手術を受けるには危険すぎると言われたそうです。(写真左)


心不全に肺炎と慢性のタバコ肺が加わった状態で来院されました

心不全と肺水腫に肺炎が合併していましたので

入院後2日間の間に抗生物質でこれをできるだけ治し、

CRP(感染などを調べる検査です、正常は0です)を3台にまで下げて手術に臨みました。

 

症状が強く、血行動態が不安定なため、

術直前に透視下にIABP(心臓補助のための風船ポンプ)を挿入・開始しました。

スムースに全身麻酔導入し、胸骨正中切開で心臓に到達しました。


体外循環・大動脈遮断下に上行大動脈を切開しました。

 

弁は3尖でいずれも石灰化が強く、その石灰化は弁輪までおよんでいました。

そのためこの弁は真ん中の小さい開口部のみというピンホール状態になっていました。

高度な大動脈弁狭窄症が確認されました。

確かに危ないところでした。弁と石灰を完全に切除しました。

(註:手術写真は現在工事中です、申し訳ありません)


狭小弁輪(弁の土台そのものが小さいこと)のため

高性能な新型ウシ心膜弁19mmを縫着しました。

通常の生体弁の23mm相当のサイズで

この患者さんの体格からは十分な弁口面積が得られると考えられました。


上行大動脈を2層に閉じて、数回にわたるエア抜きののち、体外循環を離脱しました。

離脱は強心剤なしで容易でした。

入念な止血ののちオペを終えました。


経食エコーにて弁の機能良好と狭窄・逆流等がないことを確認し、

また術前中等度あった僧帽弁閉鎖不全症が消失したことを確認しました。

これは大動脈弁が人工弁で良くなり、

左心室の圧がほどよく下がって自然に僧帽弁も逆流しなくなったわけです。

退院時には心臓も落ち着き肺もかなりきれいになりました。その後心臓の肥大も徐々に改善していきました。

術後経過は順調で、術翌朝、人工呼吸が外れ、

その翌日、一般病棟へ戻られました。

その後肺も回復し元気に退院されました。


大動脈弁狭窄症は圧較差が高くなると心不全、胸痛息切れが出てきて、

さらに進行すれば突然死も起こる病気です。

この患者さんの場合は突然死の一歩手前でした。

しかしいったん外科手術を乗り切ると普通の生活に戻れることが多く、

この患者さんもずいぶんお元気になられました。

遠方から時間をかけて定期健診に来て下さるのですが、

笑顔ではつらつとしておられる姿を拝見し、

お互い喜びがこみあげて来ます。

 

患者さんの決断と、ご指導下さった地域の先生に敬意を表したく思います。

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