事例 修正大血管転位に弁膜症と心不全を来した高齢患者さん

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患者さんは 70歳女性で

修正大血管転位症、右胸心(心臓が左右逆位置にあります)、

解剖学的三尖弁閉鎖不全症TR (通常の心臓で言う僧帽弁閉鎖不全症に相当します)、

解剖学的僧帽弁閉鎖不全症MR (通常は三尖弁閉鎖不全症に相当)、

肺高血圧症、心不全、慢性心房細動のため手術を希望してハートセンターへ紹介・来院されました。

クラス4度と言われる高度な心不全のため肝臓と腎臓の機能障害を併発されていました。

 

註:修正大血管転位では心室や大血管のつながり方は正しいのですが、

左室と右室が入れ替わっており、ある程度の年齢になると、もともと弱い右室が強い左室の代わりができなくなって心不全や弁の逆流等で亡くなることが多いです。

くわえて不整脈もよく起こります。

 

修正大血管転位症の常識の中では末期ともいえる状態で、他病院でも手術は危険と言われ、最後の望みをかけて来院されました。

心不全症状が強く(NYHA 4度)、緊急入院して頂き、約1か月かけて体調改善を行い、心臓手術に進みました。

 

1通常血行動態がやや改善する全身麻酔下でも、血圧は約80mmHg、肺動脈圧は60mmHgと高く、重症であることを示しました。

胸骨正中切開ののち心膜を切開しますと、心臓は強く張っていました。

とくに左房は極めて高圧で、患者さんは今日までさぞ苦しかったろうと実感する所見でした

(写真上。画面右下に左心耳が一部見えています)。

 

体外循環下に上行大動脈を遮断しました。

解剖学的僧帽弁はちょうど体心室の背側つまり術野で深い所にあるため、すべて大動脈遮断下(つまり心停止させておいて)に行うことにしました。
CTGA-MV
23_map  まず心臓全体を脱転し右房を切開、僧帽弁を展開しました

(写真左、前尖が見えています)。

弁は予測どおりとくに弁尖の器質的問題はなく、

弁輪拡張が逆流の原因と判断できたため、

柔軟リング29mmで弁輪形成を行いました。

4_isthmus逆流試験で問題がないことを確認し(写真上右)、

僧帽弁輪―冠静脈洞―下大静脈をつなぐライン、

いわゆる峡部を冷凍凝固し(写真左)、

右房を2層に閉じて右房操作を終えました。

 

今度は患者さんの左側から、左房の左心耳を切開し三尖弁にアプローチしました(写真下左)。

CTGA-TV

Photo6_tvr  三尖弁は解剖学的右室の拡張のためいわゆるテント化を起こし、

かつ弁輪拡張のため高度の逆流を起こしていました。

三尖弁の二次腱索がピーンと張って右室を支えている形でした。

三尖弁そのものが寿命の限界と考えられ、

かつ術前の全身状態が悪いため、

ここは安全と確実さを優先して全腱索乳頭筋を温存し、右室を守りつつ、一発で生体弁弁置換することにしました。

乳頭筋や筋束に生体弁ストラットが当たらないように位置と向きに留意しつつブタ弁27mmを入れました(写真上右)。

78  縫着に先立ち冷凍凝固を用いて、肺静脈隔離と、僧帽弁輪周囲部の遮断を行い(メイズ手術、写真左)、

弁を縫着し、左房を二層に閉じ(写真右)て大動脈遮断を解除しました。

将来のブロックと心不全に備えて、両室ペーシングの心外電極を左室と右室そして心房に取り付けました。

 

体外循環からの離脱には少量の強心剤のみ要しました。

リズムは除細動成功し洞性つまり正常リズムでした。

血圧は80mmHgが90mmHg台へ、肺動脈圧は60mmHgが約40mmHgまで改善しました。

経食道エコーにて三尖弁(生体弁)・僧帽弁とも逆流なく、両室機能もまずまず保たれていることを確認しました。

 

術後経過はおおむね順調で、術翌日、一般病棟へ戻られました。

その後2週間ほどで階段昇降ができるほどに元気になられました。

「先生を信じてはいたけれど、ここまで良くなるとは思いませんでした」と何度も何度もお礼を述べて戴きました。私は感動でものが言えませんでした。お役に立てて本当にうれしく思いました。

 

修正大血管転位症では成人期に左室や右室を入れ替えることは極めて危険なので、この患者さんの場合は心室の構造と機能を守りつつ、確実に弁膜症つまり2つの弁とリズムを治しました。

根本治療ではないため今後も注意深く見守る必要はあります。

しかし左室や右室がまずまずの力がある限り、普通の生活を送ることは可能で、希望も十分あると考えます。

 

なおこの手術は評価を戴き、2011年9月、この領域のトップジャーナルである J Thorac Cardiovascular Surg誌に掲載されました。上のきれいなメディカルアート(図)はその論文に掲載されたものです。皆さんありがとう。

追記:術後5年が経過しました。現在もお元気で定期検診に来られます。うれしいことです。同時に修正大血管転位症の患者さんたちに大きな励みになっています。この病気で心不全を克服して70代後半まで元気に生きておられることは昔なら考えにくかったといわれるからです。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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2b) 僧帽弁疾患―さまざまなタイプが。治せるものは? 【2019年最新版】

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最終更新日 2019年2月15日

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◾️先天性僧帽弁疾患とは?

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生まれた時から僧帽弁に狭窄症(弁が狭くなること)や閉鎖不全症(弁が逆流すること)がある状態です。

成人の先天性僧帽弁疾患(先天性僧帽弁膜症)にもさまざまなタイプがあります。

典型的な僧帽弁形成術の仕上がりの様子です心内膜床欠損症・共通房室弁口と言われるタイプから、

単なる心室中隔欠損症VSDあるいは心房中隔欠損症ASDを伴うもの、

あるいは弁尖に裂け目(クレフト cleft)があるタイプのもの、

広い意味では扁平胸に伴うもの、

その他があります(事例 先天性僧帽弁閉鎖不全症)(事例:クレフトのある僧帽弁閉鎖不全症)。

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◾️先天性僧帽弁疾患の治療は?

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弁の壊れ方が強いと手術が必要となります。

手術では僧帽弁の逆流を治すことはもちろん、合併病変も同時に治す必要があります。

弁は極力、弁形成術を行い、やむを得ない場合のみに弁置換術を行います。

若い患者さんであればあるほど、弁形成術のメリットが大きくなります。というのは人工弁では若い方には不利な側面が多いからです。たとえば機械弁では何十年もワーファリンを飲み続けるつらさがあり、生体弁では10年も持たない恐れがあります。弁形成なら、ワーファリンも不要で長持ちし、再手術を回避できる可能性が高くなります。

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とくに将来の妊娠・出産を考えておられる女性患者さ StJudeValveんには弁形成術は重要です。

人工弁(機械弁)(右図)をつけるとその方はワーファリンが一生必要になるからです。

ワーファリンを飲んでいると妊娠出産は危険です。胎児の奇形や流産なども増加してしまいます。母体への命の危険性さえあります。

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ここで僧帽弁形成術とこどもの心臓手術の経験とノウハウが活躍します。

Ilm03_ba01013-s現代は先天性心疾患の手術と後天性心疾患の手術を同じチームが行うことは少ないため、後天性の専門家である私たちは、先天性の専門家の協力を得て、高いバランスで手術をしています。

また私自身が、かつてこどもの先天性心疾患の研修を長い間受けた経験が役に立っています。

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成人期ともなれば長期間の心臓への負荷のために心房細動が発生していることも多くあり、それに対してはメイズ手術心房縮小メイズ手術で正常リズムを回復できるようにします。

それによってワーファリンなしで暮らせるようになり、安全性・快適性とも上昇するからです。

つまりしっかりとした不整脈手術の裏付けがあってこそ弁形成術が意義あるものになるわけです。

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MICS_congMR

◾️ミックス–––さらに進んだ先天性僧帽弁疾患への手術

先天性の僧帽弁閉鎖不全症では30歳前後で心臓に無理がかかり手術を受けられる患者さんが少なくないため、

安全性を確保しつつ、なるべく早い仕事復帰・社会復帰や精神的な苦痛の軽減をはかるため、

ミックス手術(MICS法)あるいはポートアクセスという小さい皮膚切開での手術を行うようにしています。

それが難しいような複雑な手術の場合でもポートアクセスでのMICSに準じた創が目立たない方法を取っています。

右図の右端が僧帽弁形成術のミックス手術、左端がやや複雑形成や同時手術がある場合のミックス手術です。

僧帽弁疾患では必ずしも先天性であるかどうか最初はわかりにくい時があります。

僧帽弁膜症の診断を受けられた段階でご相談されれば、その詳細は心エコーなどの精密検査の段階で明らかとなり、それはそのまま治療・手術にも役立ちます。

お若い患者さんが多いため、ミックスでの手術は心の傷も小さくなると喜ばれています。

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6. 先天性心疾患にもどる

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執筆:米田 正始
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事例 先天性僧帽弁閉鎖不全症

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患者さんは 30代前半の女性で、

複雑な僧帽弁閉鎖不全症 MRのため、関西のある大学病院からハートセンターへ紹介されました。

将来の妊娠出産を希望され、そのため僧帽弁形成術を求めての来院でした。

 

1四次元エコーにて僧帽弁前尖に裂隙(裂け目、クレフトと呼びます)が認められ、

そのクレフトが僧帽弁輪(弁の付け根)までおよぶという珍しい形でした。

 

全身麻酔のもと、体外循環・大動脈遮断下に右房を切開しました(写真左) 。

右房内にはとくに問題ありませんでした。

 

心房中隔を縦切開し、左房に入りました。

2僧帽弁はクレフトが正中線より後交連寄りにあり、

そのクレフトは僧帽弁輪(前方中央部)に達していました(写真左)。

 

いわゆる心内膜床欠損症に近い形ですが、

心室中隔欠損症 VSDはなく、その部に白色でたるんだ組織が残っており、VSDが自然閉鎖した可能性を示唆しました。

 

前尖の辺縁部とくにクレフト部には肥厚が見られました。(写真上左)。

 

乳頭筋は単乳頭筋に近い所見で、

前乳頭筋が発達し前尖の3/4を支え、後乳頭筋は小さく前尖の後交連側1/4を支えていました。

また後尖P3に腱索断裂が見られました。

 

3前尖の巨大なクレフトを弁の先端から弁輪まで縫合修復しました。

前尖は肥厚があるため、

かみ合わせを少しでも良くする目的で工夫しました

(写真左)。4

さらにP3の腱索断裂部をP2の近傍の腱索付着部に連結 し、

逸脱しないようにしました

(写真右)。

逆流試験にて逆流はほぼ消失していたため、

硬性リング30mmで全周性に弁輪形成し、

5_ok再度逆流試験OKを確認(写真左)して

から心房中隔を閉鎖しました。

 

77分で大動脈遮断を解除しました。

心拍動下に右房を閉鎖し、体外循環を離脱しました。

離脱は強心剤なしで、容易でした。経食エコーにて僧帽弁の逆流消失と良好な心機能を確認しました。

無輸血で手術を終えました。

 

術後経過は良好で、術翌日には一般病棟へもどられました。

遠方のため通常よりゆっくり滞在して頂き、十分な運動がこなせるようになった術後2週間で軽快退院されました。

今後は妊娠や出産も十分可能な状態となり、患者さんやご家族のご希望を叶えることができ大変うれしく思っています。

 

先天性の僧帽弁閉鎖不全症は通常の後天性のそれより複雑で検討すべき点が多く、そうした経験のあるチームがお役に立つと思います。

先天性の専門家のご協力を得て、多角的視点で最良の手術・治療を目指すようにしています。

 

弁形成術ができるかどうかで、その患者さんやご家族のその後の人生が変わりますので、ぜひご期待に沿いたいものです。

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2b) 僧帽弁疾患 へもどる

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執筆:米田 正始
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生体弁とは―より自然な生活と、、、【2020年最新版】

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最終更新日 2020年2月27日

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◾️生体弁とは

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生体弁とは生体材料から造られた人工弁で、金属(カーボン)でできた機械弁と比較されることが多いです

tissue_valve(写真左はその一例です)。

材料としてブタの大動脈弁やウシの心膜が多く使われます。

写真右下はウシ心膜弁で大動脈弁を置換したところです。

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◾️生体弁の特長は

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生体弁の最大の特長はワーファリン(血栓を予防するお薬)を飲まずにすむことです。

つまり 病院に毎月通って血液検査を受けて、毎日薬を忘れず飲んで、激しい運動は避けて、、、といったさまざまな負担が患者さんにかからなくなるということです。

患者さんご自身の弁とほぼ同様の状況ができるわけです。

これが機械弁と決定的に違う点です。

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◾️生体弁の弱点は

.ウシ心膜弁(これも代表的生体弁です)を大動脈弁の位置に入れたところです

しかし生体弁には弱点があります。

それは機械弁ほど長持ちしないことです。

かつては生体弁の寿命は10年弱と言われる時代がありました。

実際初期のタイプでは5-6年あまりで壊れたなどのケースもありました。

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その後改良が加えられ、現代は60代に手術を受ける患者さんで16-18年ぐらいは持つようになりました。

この数字は大動脈弁と僧帽弁で違いますし、報告によってもずれはあります。

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◾️生体弁の耐久性が改善しつつある理由

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生体弁が長持ちするようになった理由はいくつもありますが、弁のデザインが改善され、ヒンブタ弁(生体弁)が僧帽弁の位置に入ったところですジ(弁尖を支える場所)の設計が弁組織にあまり強いストレスや疲労を起こさないようになってから耐久性が改善されたような印象があります。

また血液中のカルシウムに弁がやられない等の化学処理が弁を長期間安定させることにつながったようです。

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写真右はブタ弁で僧帽弁を置換したところです。

なおいわゆる生体弁とはひと味ちがう、しかし共通点のある弁として、自己心膜による大動脈弁再建(いわゆる尾崎弁)、同じく自己心膜による僧房弁再建(いわゆるステントレス僧帽弁)があります。まだデータが不十分で長期の安定性などは不明ですが、今後に期待を持ちながら、エキスパート間で協力して育てて行こうと考えています。

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◾️生体弁と比較しての機械弁

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一方、機械弁(写真左はその代表例です)は構造的には100年以上もつように設計されていますが、現実には弁付近の組織の増stjudevalve殖のため弁が動かなくなることもあり、10-30年で再手術になるケースも見られます。

しかし一般には長持ちするという印象は強いです。

しかし現在もワーファリンは一生涯服用する必要があり、生活の質を多少とも落とし、しかも現在なお毎年1-2%は脳出血や脳塞栓などの合併症が見られます。

実際、生体弁を使うべきところを機械弁を使い、患者さんが危険にさらされるというケースが全国で見られたため、東京の加瀬川均先生や黒澤博身先生らはじめ仲間で集まり日本生体弁研究会を20年近く前に立ち上げ、生体弁の正しい理解と普及につとめました。

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◾️患者さんの意識の変化・進化

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そうした中で生体弁のメリットが次第に患者さんを惹きつけるようになりました。

かつて日本の 患者さんは「ワーファリンも血液検査も構いませんから手術はこれっきりにして下さいね」と言われる方が多く、

その一方、北米の患者さんは「10年経ったらまた来るよ」と、将来の再手術を恐れず、現在の毎日を楽しく暮らすという雰囲気がありました。

最近は日本の患者さんも欧米化して来ているのを感じます。

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◾️生体弁、その後の進歩

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生体弁の中にもバリエーションが増え、ウシ心膜弁、ブタ弁(ステント付き弁)、ブタ弁(ステントステントレス弁(ブタ弁を特殊加工したもの)を植え込んでいるところです。独特なメリットがありますレス弁)が現在の日本で使えます。

それぞれ特長があり、適材適所の活用が大切と思います。

写真右はステントレス弁を植え込んでいるところです。

ステントがないため柔軟な性質を持つのが見えると思います。

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医者あるいは友人として多くの患者さんとお付き合いする中で、生体弁での弁置換術後に脳梗塞・脳出血とか突然死された方をほとんど知りません。

機械弁の場合は、そう多くはなくても、ときたまそうした不幸を見聞きします。

やはり生体弁は安全、と実感することがよくあります。

もちろんこれは将来の再手術を安全に行ってこそ本当のトータル安全につながるため、しっかりした再手術戦略も含めてのことですが。

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◾️今後の進化

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弁膜症の患者さんには極力、弁形成術を完遂するようにしていますが、それが難しい弁の場合、生体弁を選ぶかどうかは極めて大切な問題です。

よくご自分のライフスタイルを考えて、弁膜症外科の専門家と十分に話合い、適切な選択をすることが勧められます。

 .

なお最近の流れとして、折りたたんだ生体弁をカテーテルで心臓まで運び、弁の位置で広げて、カテーテルで人工弁を入れるTAVI(タビ、経皮的大動脈弁植込術)が日本でもひろがりつつあります。

現時点では普通の大動脈弁置換ができない重症患者さんのみが対象ですが、この方法は、生体弁が壊れた患者さんにも有用で、生体弁の枠のなかで広げるだけ(バルブ・イン・バルブと呼びます)のため、安全で比較的容易です。

これによって再手術が避けられ、結果的に生体弁寿命が2倍とか3倍に伸びる可能性がでてきました(経験記1)。

2018年夏からバルブ・イン・バルブが保険適応となりました。大変良いことです。また情報が入ればUpいたします。

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メモ1: 生体弁では普通の心臓手術以上に、将来のもしもの再手術への対策が大切です。

このことは上記のTAVIが実用化しても、なお重要です。

というのは将来、別の心臓病のため再手術が必要になることもあり得るからです。

それを考えて、私たちは極力癒着が少ないように、心膜や脂肪組織をもとどおり再建し、将来に備えるようにしています。

やはり患者さんの長い一生を見据えた対応が、患者さんを守ることにつながると考えるのです。

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メモ2: 米田正始の手術を受けて下さった患者さんのFacebook記事から引用します。生体弁と機械弁の差がわかりやすく説明されています。受けられた手術は生体弁をもちいた大動脈弁置換術で、アスリートのためもあり創が小さく運動復帰が早いポートアクセス法で行いました。お便り104もご覧ください。

 私の心臓手術~1  2013.6.

私の患っている心臓弁膜症という病気は、数ある心臓病の中では比較的単純で分かりやすい部類に入ると思います。機械と同じです。

様々な分野の色々な機器に弁 という機構が組込まれたものは多いですね。当然故障もするでしょう。そんな時は弁パーツを新品にアッセンブリー交換で元通り動きますよね?心臓も理屈は同 じです。

大きな違いは、交換する新品パーツが2つとない点です!ない以上、同じ働きをする代用パーツを使うことになります。

代用パーツには2つのタイプが あります。一つは人工弁で、機械弁です。素材は、今やMTBトップライダーの誰もが乗るフレーム素材と同じcarbonです! MTB のように大きな負荷はかからないので死ぬまで交換不要です♪が、機械なので開閉の度に「カチッカチッ」と音がするそうです。また可動部で血液が固まりやす くなるため血栓予防のため血液凝固防止薬のワーファリンという薬を一生飲まないといけません。

もうひとつは生体弁と呼ばれ牛や豚の心臓弁で代用します。機械ではないため音はないし血栓の心配もないので薬の服用も必要ありません。優れもので術後は心電図も正常ですし聴診器で聴診しても正常な心音との聞き分け が医師でも難しいそうです!弱点は寿命です。10~15年。つまり私なら62~67歳の間で再手術となります。

しかし、スポーツをするのであれば生体弁が 有利だそうです。機械弁は私の好きなチタン製はないそうなので却下(笑)迷うことなく生体弁選択ですね!!でもどうせななら速そうなチーターの弁がいいの ですが逆却下(笑)

このように、機械弁や生体弁で置き換えるので、この手術方法を弁置換手術といい、現在の大動脈弁膜症のオペの90%以上は、この方法で 行われています。非常に高度な技術が必要なため行えるDr. も少ないし症例数も少ないですが、残り数%の別の手術があります!!

それは次回のお楽しみ♪って、心臓弁膜症講座になってきた(笑)

 

 

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⑤人工弁にはどんなタイプが? へもどる

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4b) MIDCAB(ミッドキャブ)手術とは?―小さい切開、大きな効果?【2020年最新版】

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最終更新日 2020年3月11日

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◾️MIDCABとは

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MIDCABとはアルゼンチンで生まれ1990年代に世界中に広がった小切開左開胸をもちいたオフポンプバイパス手術です

(左下図の赤い線がMIDCABの皮膚切開線です)。

まもなく日本にも導入され一時は話題になりました。

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MIDCABミッドキャブ手術の創は小さく目立ちにくいです通常のオフポンプ冠動脈バイパス手術の創はやや大きいです。その代わり完全な血行再建ができますMIDCABはその技術的な難しさと、限られた冠動脈にしかバイパスできないこと、まもなく出現した正中切開のオフポンプバイパス(右図、赤い線が皮膚切開線です)の方が自由度が高く便利なこと、などの理由から下火になりました。

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私たちはこのMIDCABの特長を活かして、それが患者さんに最も役立つ状況のときには積極的に使用し、ノウハウを蓄積して来ました。

手術事例: ハイリスク例に対するMIDCAB(ミッドキャブ)手術それぞれの治療法の特徴をわきまえてその患者さんにベストのものを選ぶことが大切です

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◾️MIDCABの特長は

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MIDCABの特徴は何と言っても皮膚切開が小さく、

かつそれが乳房の下部であるため傷が 目立たず、痛みも少なく、

胸骨を切らないため術後の回復や社会復帰も早い印象があることです。

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とくに冠動脈バイパス手術の最大メリットである左内胸動脈ー左前下降枝バイパスができることが大きな特長です

(これはいかなるステント治療よりも長期確実で安全という意見が多いです)。

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その代わり、小切開のための限界があり、回旋枝や右冠動脈にはバイパスがしづらいなどの弱点があります。

しかしこれは他血管に側副血行路が発達していたり、

カテーテル治療PCIとハイブリッドする場合はかなり補強できます。

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◾️MIDCABを発展させて

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001154m_bまた皮膚切開はMIDCABよりはやや長くなりますが、同じコンセプトで左開胸のオフポンプバイパス手術を行うことでリスクを軽減できることがあります。

たとえば 心臓患者さんで「エホバの証人」の方へのページでお示ししたバイパス再手術のケースはMIDCABに近い左開胸をすることで無輸血を容易に達成し、患者さんに大変満足して頂けました。これは現代のミックスバイパスの魁とも言えるでしょう。

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それらを考慮しますと、MIDCABはケースバイケースで一部の患者さんに大変役立つと考えています。

たとえば全身状態が悪いハイリスク例や高齢者、それも再手術などのケースや、

輸血ができないエホバの証人の患者さんで再手術例とか出血傾向が強いとき、

あるいは正中切開が安全上不利な時などが挙げられるでしょう。

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4. 虚血性心疾患 へもどる

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事例: ハイリスク例に対するMIDCAB(ミッドキャブ)手術

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患者さんは82歳男性。

20年前にCABG(3本バイパス)を受けられましたが、そのグラフトが閉塞し、

その後2回のカテーテル治療(PCI)でも改善せず、

4か月前から心不全症状著明(NYHA IV度)となりハートセンターへ来院されました。

 

来院時左室駆出率は41%(正常は約60%)で僧帽弁と大動脈弁に中等度の閉鎖不全がありました。

また慢性閉そく性肺障害COPD(一秒率63%)と腹部大動脈瘤(直径50mm)もありました。

 

B体力の余裕が少ない患者さんのため、

できるだけ低侵襲(体への影響が少ないことです)なMIDCAB(つまり左小開胸オフポンプバイパス手術)でバイパス手術をすることにしました。

 

 

再手術で視野が悪いため、MIDCABよりは大きめの皮膚切開を行いました。

心膜を切開し、前回の静脈グラフト(対角枝と前下降枝へつながる)を見つけました。

その周囲を剥離しました(写真左)。Litab

ここで左内胸動脈を剥離しました(写真右)。

 

古い静脈グラフトをたどって左前下降枝をみつけ、露出しました。

この静脈グラフトを切開しましたが、残念ながら内腔はほとんどありませんでした。

さらに左前下降枝も切開しましたが、すでに血管としては使えない状態でした。

Litasvgd1b 

 

そこで静脈グラフトを対角枝の吻合部付近で切開したところ、ここで血流が多量に見られたため、左内胸動脈を吻合しました

(写真左、吻合中)。

良好なフローパタンを確認して手術を終えました

(写真右下)。

術後経過は順調で胸痛も消失し、心不全も改善して運動能力も回復、10日後退院されました。B_2 

 

こうした患者さんつまり昔バイパス手術を受け、その後バイパスが閉塞し心機能が低下し、肺も悪く、高齢といった方は最近増加しています。

この方も元の病院では心臓手術はリスクが高くできないと言われていました。

こうした方を安全に、かつ必要最小限の治療を行うのもこれからの一つの考えと思います。

多少共通したハイリスクの患者さん(エホバの証人で再手術)の記事はこちらをご覧ください。

 

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弁形成術について【2025年最新版】

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最終更新日 2025年9月14日

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◆ 弁形成術とは?

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弁形成術とは、心臓の壊れた弁を「人工弁に置き換える」のでは

なく、自分の弁を修復して元の機能を取り戻す手術です。

人工弁置換術(弁を人工弁に取り換える手術)と比較されることが多く、
より自然で体に優しい治療といえます。

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◆ 弁形成術が人工弁置換より優れている理由

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人工弁置換の課題

  • 機械弁
     一生涯ワーファリンを服用する必要があり、脳出血や脳梗塞のリスクが年間1〜2%あります。

  • 生体弁
     抗凝固薬は不要ですが、若い方では10年以内に壊れて再手術が必要になることがあります。

弁形成術のメリット

  • 多くの場合、ワーファリン不要

  • 弁の位置を示します再手術のリスクが低い

  • 自分の弁を活かすため、自然な動きで心機能を守れる

ただし、形成術がしっかりと成功し、長持ちすることが前提となります。

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◆ 僧帽弁形成術

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僧帽弁形成術は1970年代にフランスのCarpentier先生が「French Correction」として体系化。
以後、David先生(カナダ)、Adams先生(米国)ら世界的な専門家の努力で確立しました。

当院でも前尖・後尖の複雑な逸脱やバーロー症候群など、難易度が高い僧帽弁形成にも積極的に取り組み、人工弁を使わず修復する方針をとっています。

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◆ 大動脈弁形成術

.若い方は弁形成術のメリットが極めて大きいです

大動脈弁閉鎖不全症に対する大動脈弁形成術はまだ特殊な手術とされますが、近年ドイツのSchaefer先生らが「有効高(effective height)」という客観的指標を導入し、成績が向上しています。

  • 若い患者さん(10〜40代)に特に有効

  • 生体弁では耐久性が短いため、形成術のメリットが大きい

  • 自己心膜パッチを必要最小限用いる方法もあり

当院では若年者の二尖弁大動脈閉鎖不全症を中心に積極的に弁形成術を行っています。

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◆ ご高齢の患者さんでは?

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80歳を超える患者さんや体力が弱い方では、短時間で確実にできる生体弁置換を選ぶ場合もあります。

一方で、若い方では弁形成術のメリットが圧倒的に大きいため、形成を最優先としています。

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◆ 三尖弁形成術

.Ilm09_cc04001-s.

三尖弁閉鎖不全症の多くは弁輪拡張が原因であり、弁形成術が可能です。
ペースメーカーが原因の三尖弁閉鎖不全症では形成が難しいとされますが、私たちは僧帽弁形成術の経験を応用し、できる限り弁形成で対応しています。

三尖弁は弁置換術の長期予後が良くないため、弁形成の価値が特に高い弁です。

ペースメーカーによる三尖弁閉鎖不全症を参照

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◆ 弁形成術に必要な専門性

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弁形成術は誰でも行える手術ではありません。
経験豊富な専門チームが行うことで初めて、長期予後が保証されます。

当院では、僧帽弁・大動脈弁・三尖弁すべてで形成術を第一に考え、必要に応じてMICS(低侵襲心臓手術)を導入しています。
小切開で傷跡を目立たせず、社会復帰を早めることを目標としています。

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◆ まとめ

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  • 弁形成術は人工弁に頼らず自分の弁を守る治療

  • 特に若い患者さんでは大きなメリット

  • 三尖弁や大動脈弁でも形成の可能性を追求

  • 経験豊富な専門医に相談することが大切

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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僧帽弁逸脱症―リスクがいくつも 【2025年最新版】

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僧帽弁の位置を示します最終更新日 2025年1月5日

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◾️僧帽弁逸脱症とは?

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僧帽弁の開閉部は2つの部分からなり、前の方にあるものを前尖、後ろの方にあるのを後尖 と呼びます。

この前尖または後尖がかみ合わず、左房側に落ち込む状態を「僧帽弁逸脱症」とよびます。

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僧帽弁逸脱症そのものは病気ではなく、逸脱症だけなら手術もお薬も不要です。

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◾️しかし弁の逆流が発生してしまうと、、、

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前尖または後尖の逸脱(落ち込み)が強くなり(下図、前尖と後尖が基準線より左房側に落ち込んでいます)、弁が閉じるべき時に閉じられなくなると、血液が左房向きに逆流します。

これは僧帽弁閉鎖不全症と呼ぶ状態でこれが強くなると病気の範囲に入ります。

 

僧帽弁の逸脱(いつだつ)の様子を矢印でしめします僧帽弁逸脱症が僧帽弁閉鎖不全症となり、肺などのうっ血や心不全などに進んでしまうと内科治療(安静やお薬などで症状を和らげ体調を改善します)が必要となり、さらに悪化しますと死亡率が高まるため外科治療(心臓手術)が必要となります。

手術では多くの場合、僧帽弁形成術で治り、ワーファリンなどのやや手間のかかるお薬もなしで行け、普通の生活にもどれます。

ミックス手術(MICS、ポートアクセス法)という創の小さい、社会復帰も早い手術が一部施設にて可能です。

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◾️そこで方針です

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そのため僧帽弁逸脱症の方には定期健診をお勧めします。

一度外来にて心エコーその他の基本検査(痛みや苦痛や危険性がほとんどありません)を撮 カレンダーkomono_0028り、その所見に応じて1年ごと、あるいは3年ごとなどの期間をおよそ決め、フォローしていくことで安全性が高まります。

一度検査しておけば、次回の検査のときに比較できますので検査がより正確になります。

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なおマルファン症候群など、弁組織が弱い方の場合は通常よりやや密なフォローが勧められます。

たとえば3年に1回のところを1年に1回として早めの対応ができ、かつ安心できるようにするなどですね。

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◾️僧帽弁逸脱症で注意すべきことは

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僧帽弁逸脱症の方は感染性心内膜炎になりgum06_fr01002-sやすいというデータが知られています。

けがや抜歯などの際には傷をきれいにしたり抗生物質を前もって使うなどの注意が勧められます。

そのあとに熱が出て下がらない場合は早めに専門家に相談するのも大切です。

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繰り返しになりますが僧帽弁逸脱症そのものは病気ではありません。

ただし病気予備軍と言えるケースがあるため、弁膜症の専門家に相談し、定期健診を行えば安心安全につながります。

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元・京都大学医学部教授
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天理よろづ相談所病院 ――医師の基盤を与えて戴いた

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天理よろづ相談所病院(以下、天理病院)は奈良県天理市にある基幹総合病院である。

詳しくはそのHPをご参照戴きたいがここではそこで6年あまり研修・修練させていただいた者としての観点および一人の奈良県民の視点から述べてみたい。

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天理病院は奈良県民にとってはいわば憧れの病院であり、奈良県生まれの著者も医学生になる前から将来は天理病院で勉強してみたいと思っていた。

診療所の時代まで含めれば長い歴史のある病院だが、現在の基幹病院としての態勢と規模は1960年代に出来上がった。

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当時としては循環器内科や呼吸器内科をはじめ臓器別内科を持つ高度な病院で、奈良県民の間では東洋一天理病院の本体部分。ユニークな形をしていますという誇らしい評判をよく聞いた。

心臓血管外科もまた同様で、ヘリで重症患者さんを遠方から搬送し手術するという、当時としては離れ業をやって世間の評価は一段と上がった。

当時から天理病院から全国の大学の教授になっていく方は多く、それも病院の信頼を一層高めていたと言われる。

同時に天理病院は「憩いの家」の愛称が示すように、宗教の良さを活かした全人医療が行われていたのも先進的であった。

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当時著者が感心したのは病院内の空気が他宗教に対して極めて寛大で、それどころか他宗教の患者さんがさみしい思いをしないように気遣ってさえいたことである。

患者中心というのは多くの公的病院でもお題目のように語られるキーワードだが、実際には勤労者中心つまり患者は二の次というのが実態である病院が少なくない。

天理病院はその点でも看板に偽りなしであった。

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天理病院がさらなる飛躍を遂げたのは1970年代にレジデント制度(研修医制度)が誕生してからと思われる。

卒後1-2年のジュニアレジデント研修(初期研修)では、今中孝信先生という熱い指導者のもとで甲子園球児のような心構えで毎日朝から(翌)朝まで努力していたような印象がある。

これが現在の我が国の初期研修の魁となったと言われる。

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天理病院のレジデント研修では情熱と自分の足腰を駆使して様々な部門を走りまわればどんな複雑な疾患や問題を持つ患者でも最良の方策が見出せるという、患者を軸に据えた問題解決の経験を積めたことが大きな収穫だった。

その一方、それほど悪くなくとも怒られるという我慢教育は少々辛かったが、今思えば重要なことを教えて頂いたと納得できる。

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褒めるだけでは若い先生方への参考にならないと思われるため、自分の視点から天理病院の研修制度の弱点をあえて記載すれば、それは初期研修の2年間は技術習得がやや遅いということであろうか。

ただ初期研修は目先のテクニックを学ぶことよりも医師としての基本姿勢を学ぶことの方がはるかに重要であるし、技術習得環境もその後改善されているのかもしれない。

また個人の努力でかなりカバーできるところは当時からあった。

要は心構えと努力の継続、そしてそれを容易ならしめる人間関係(広義の問題解決能力)ということかもしれない。

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当時、大変お世話になった院長の柏原貞夫先生は、いつも叱咤激励をして下さり、感謝に絶えなかった。ある日、酒の席でこう言われて私は倒れそうになった。「天理には飲む場所がない、飲む時間もない、そもそも飲む必要がない」。若い間はこれぐらい本気で修練するのが良いのだと感心した。

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シニアレジデント研修(後期研修)では心臓血管外科専門のコースを進み、多くを学ばせて頂いた。

ジュニア・シニアレジデント時代を通じてもっとも感心したのは、そこにいる先輩・同輩・後輩とも、誰にも頼らず自分の腕で立派に生きているプロ根性にあふれた臨床医の集まりであったことである。

後年、結果的に大勢の人たちが時代の要請に応える形で大学教授に栄転して行ったのが自然なことのように感じられる。

制度の良さもさることながら、そこでの出会いがその後の人生に大きな意味を持ったと思われる。

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現在の天理よろづ相談所病院も活発と聞くが、その内部の空気を著者は知らない。

当時の熱さが息づいていれば幸いである。

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執筆:米田 正始
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京都大学医学部心臓血管外科 ――優れた研究機関

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京都大学医学部(京都大学病院)心臓血管外科では1998年から2007年までの約10年間教授として勤務した。

教授および一人の外科医の視点からこの施設を振り返ってみた。

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教授の守備範囲は臨床・研究・教育とそれぞれに関連して医学部や病院全体のさまざまな仕事や約30ある関連病院のサポートその他多岐にわたった。
京都大学医学部および付属病院は研究とくに実験研究をやるには極めて恵まれた環境であった。

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基礎医学、内科系、外科系の教室をはじめ、再生医工学研究所や理学部・工学部さらには他大学やセンター研究部門との連携が容易で、

さまざまな方法論、材料、経験を活用させていただき、単に大学院生が医学博士号を取得するための研究にとどまらず、心臓血管外科の新しい治療法とくに術式を開発したり、検証するという方向性の研究が多数できた。

この10年弱で約180本近い英語論文それも臨床または臨床に近いものを仕上げることができた。臨床主体の方針からは過剰達成と思えるほどの業績となった。

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教育では現在の研修制度がまだ実施される以前のことで、多数の学生や研修医が学内はもとより全国から参加し賑やかで夢のある時代であった。

学生の海外病院実習では150名以上の諸君を欧米豪の大学病院で学んで戴くことができた。

学生時代にしっかり指導やお世話をすれば卒業後、入局してくれる人が多いという素朴な時代で、毎年平均8名の研修医が京大を含めた全国の大学から京都に参集してくれた。

この数字は心臓血管外科のような少数精鋭の科では突出して大きなものと言われた。

彼らはまもなく全国の関連施設へ赴任して行き、医師・外科医として活躍し腕を磨いて行った。

多数の仲間の活躍のおかげて京都大学心臓血管外科同門会は発展し、年間4000例(全国の約10%)の開心術を行い、結果的に10名の教授を輩出した。

もともと教授職に関心のない臨床人が多かったことを考えるとこれは意外に大きな数だったかも知れない。

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臨床は研究と比べるとかなり回しづらいところで、症例数を約2倍弱に増やし、通常例をほぼ全例元気にし、重症例を一人でも多く救命するのが精一杯で、

病棟・ICU・手術室・麻酔科その他さまざまな制約を解決できず、社会・患者さんへの貢献や教室員の教育の観点から考えた目標数の半分にも届かなかった。

当初から京都大学病院で多数の心臓手術をすることは難しいというのが京大病院内外での大方の意見・忠告であり、常識的にも結果的にもそのとおりであった。

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独立行政法人化が手術数を倍増させる基盤を造ると予測し、実際そのようになった大学病院は旧帝大にも複数あるが、京大病院ではそのような方向性が生まれなかったのは著者の読み違いであった。

ある腕利きの心臓外科医が言われた。「先生、京都大学(病院)はやはり研究機関ですよ」。

研究機関でしっかり臨床をやろうとするのは場違い、それが結論なのだろう。

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新研修制度に関連したメジャー科離れや国公立病院に顕著にみられる医療崩壊、あるいは医学博士や専門医への社会的評価の逆転現象、さらには若手医師の人生観の変化から大学病院の位置づけに揺れが見られる。

大学を離れた臨床現場の盛り上がりをみて、一層それを感じる。

海外の大学病院で見られるように本来大学病院は研究のみならず臨床の実力をつけるためにも重要拠点であり、大切な役割を持った病院であるべきなのであるが。

ただしこうしたジレンマは心臓外科に比較的特異的であり、研究主体の領域の方々には大学は住み心地良い場であるため共感も理解も得にくいと考えられた。

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個人的には、より改良洗練した手術でより多数の患者を救うには循環器専門施設とくに足腰が強く理解も深い私立病院、あるいはそうした方向性を持てる専門施設がこの国ではやはり適していると考えるこの頃であるし、数字はそれを物語っている。

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ともあれ私立の専門施設の良さが本当に理解できるのは、国立大学病院で10年間努力した賜物であり、若手中堅の先生方の行く末だけはまだまだ心配だが、私自身については多くを学べた点で大学病院での努力と経験は無駄ではなかったと思うのである。

ある優秀な医局員がかつて言ってくれた言葉にそれが凝縮されている。「関連病院では心臓外科を学べたが、京大病院では人生を学べました(苦笑)」。

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追記:

その後、京大病院はどうであろうか。

さまざまな事故がその後も起こり、2011年には肺移植や肝移植で死亡事故が起こっている。

大変遺憾なことである。

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しかしかつて京大病院で滅私奉公で医学医療や母校の発展を願い毎週90時間以上仕事し、臨床に力を入れたものとして残念なのは、何か事故が起これば、医師にその解決を押し付けて解決としていることである。少なくともそのように聞いているし医師専用サイトにそうした書き込みが多数なされている。

たとえば透析や血液浄化の回路組み立てを素人同然の若手医師に義務づけたり、ベンチレーターの回路交換を医師が行うことでナースの協力をとりつけたり、世界の標準からはおよそ考えられない形で「解決」が図られていることである。

こうしたルーチンワークこそ熟練コメディカルがチーム全体の責任と検証のもとで行うべきもので、医師はたとえ頭脳は明晰でも熟練度はゼロに近く、まして大学病院では毎年のようにメンバーが変わるため、熟練度の維持ができないのである。

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ちなみに民間専門病院では熟練コメディカルがすべてやってくれて、医師はチェックしたり意見を聴くだけで安全なルーチンができている。これは世界の標準と言える姿である。

労働組合や公務員気質におもねらない、患者中心の、世界に誇れる道を歩んでほしいと思うのは私だけではないのだが、ますますずれて行っているように見える。

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その上、事故のたびに警察署に届け出るのは一見潔いことだが、現実には刑事事件として扱われることとなり、現場で直接関与した人たちが送検されたり、運が悪ければ起訴されるのである。

たとえ事故がシステムエラーであっても刑事事件では現場の個人の罪となるのが決まりなのである。大学病院のこうした現状を聞くにつれ、ただ残念に思うのである。

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