冠動脈バイパス手術の良さ―SYNTAX研究4年目の結果

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冠動脈バイパス手術

薬剤溶出性ステントDESによるPCI(カテーテル治療)の

どちらがどう良いかという大規模前向き研究であるSYNTAXトライアル

満4年のデータが先日の欧州心臓胸部外科学会EACTS(リスボン、ポルトガル)で発表されました。

PCIの大御所であるSerruys先生(オランダ)が発表者でした。

 

SYNTAX4yr resultsこの研究が始まって満4年、

今回初めて冠動脈バイパス手術がPCIよりも生存率ではっきりと上回ることが示されました。

つまり、バイパス手術を受けた方が患者さんは長生きできるわけです。

 

死亡+脳卒中+心筋梗塞の全体では両群に大きな差はありませんでした。

これは1年目にバイパス手術群で脳卒中がやや多かったことが影響したためですが、

4年目では脳梗塞でも冠動脈バイパス手術はPCIと同レベルにまでつけています。

 

表のなかでMACCEは心臓や脳の大きな問題の発生、

Death/stroke/MIは死亡/脳卒中/心筋梗塞です。

またAll-cause mortalityはがんや事故その他を含めたすべての原因による死亡、

cardiac deathは心臓が原因の死亡、

repeat revascularizationは追加治療です。

 

その結果、

複雑な冠動脈病変に対しては冠動脈バイパス手術を標準治療として考えるべきで、

冠動脈病変がそれほど複雑でない患者さんつまりSYNTAXスコアが22点未満ではPCIは選択肢になり得ると述べられました。

つまり左主幹部病変や3枝病変の患者さんの75%は冠動脈バイパス手術がベストな治療であり、

残りの25%の患者さんにPCIを行うことができる、というわけです。

 

Jab110-sこのあと白熱の議論が交わされ、

外科からは、4年でこれほどの差が出る以上、もっと長期になればいっそう大きな差が出る、

冠動脈バイパス手術が優れているのはもはや明らかだ、という意見がでました。

その一方、

内科からはこの研究で使われたTaxusステントよりも新しいXienceステントを今は使っているので、

この結果はもはや古いという声も。

卑怯千万、正面から堂々と勝負せよという声が外科医から聞こえてきますが、

何しろ患者さんの多くはまず内科の門をたたくため

どうしても内科の先生の好みが反映されがちなのです。

ともあれこうした研究と議論を延々と続けていくことになるということになりました。

 

Ilm17_ca05007-sこのように外科の冠動脈バイパス手術の優位性が示されたSYNTAX4年の結果でしたが、

ESCヨーロッパ心臓協会のガイドラインはこれまでと同様でした。

つまり冠動脈複雑病変には冠動脈バイパス手術をというわけです。

これが世界の主流の考えです。

 

日本はさまざまな理由によって必ずしもそうではありません。

今後さらに多くのデータを突き合わせていく必要があるでしょう。

 

その後、今年3月の日本循環器学会の内科外科合同シンポジウムでも、

「これまではガイドラインを守らずにステントをどんどん入れる内科医が多かったが、これからの若い内科医はガイドラインを順守するような気がします」

といったご意見が権威筋の内科の先生からも出され、流れがすこし変わって来たという印象をもちました。

患者さんのほうからも勉強し、「患者力」を発揮するときが来ているのかも知れません。

医療の主体は患者さんなのですから。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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機能性僧帽弁閉鎖不全症とは?――心臓のパワー確保がたいせつ 【2023年最新版】

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最終更新日 2023年1月8日

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◾️まず機能性僧帽弁閉鎖不全症とは?

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機能性僧帽弁閉鎖不全症とは、僧帽弁そのものは壊れていないのに左室がパワーダウンして形がゆがむために僧帽弁まで歪んで逆流が発生するという病気です。かつては不思議な病気と思われていましたが、

現代はこの病気の原因や状態、治療法なども格段に進歩しています。

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◾️機能性僧帽弁閉鎖不全症は大きく2つに分けられます

(1)ひとつは心筋梗塞や狭心症などに伴う虚血性僧帽弁閉鎖不全症、 いまひとつは

(2)心筋症や心不全にともなう非虚血性僧帽弁閉鎖不全症です。

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◾️虚血性僧帽弁閉鎖不全症の場合は

Fotosearch_CCP01042

心筋梗塞や虚血つまり心臓への血液の流れが不足して心臓が酸欠状態となり、左室の形や動きが悪くなり、僧帽弁を支える糸(腱索と呼びます)が左心室に引っ張られて弁が閉じなくなります。左図は冠動脈の主な3系統を示します。

 .

そのため虚血そのものをバイパス手術やカテーテル治療PCIあるいはお薬などで改善し、

またすでに心筋梗塞などで左室がかなり壊れている場合には僧帽弁形成術左室形成術などを併用して弁がきちんと作動するように治します。

 .

近年この虚血性僧帽弁閉鎖不全症が増加傾向にあり、日頃の健康管理から、胸が痛い・苦しいなどのときに早期診断・早期治療することが命を救います。あまり重症になると心筋が多く失われていて、それらは今の医学では簡単には回復できないため心機能不足が解決しづらくなるのです。

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Fotosearch_CCP01051◾️非虚血性僧帽弁閉鎖不全症の場合は

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原因になっている病気を見つけ、治すことが必要です。冠動脈は正常範囲内です。たとえば大動脈閉鎖不全症僧帽弁閉鎖不全症などの心臓弁膜症などが長期間そのままになっているとこの状態になることがあります。

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そうなるまでに心臓手術で治すことが患者さんの安全上有利なため、
日米の主要学会が作っているガイドラインでも、

適切なタイミングでのオペを推薦しているわけです。

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図 DCMと正常弁膜症以外では特発性拡張型心筋症に代表される心筋症が(2)の原因として重要です。

この場合は塩分制限、適度な運動、お薬から始まり、

それらで不足する場合は両室ペーシング(略称CRT)や

必要に応じて左室形成術バチスタ手術ドール手術セーブ手術など)その他の方法をもちいて左室を治します。

近年、私たちのチームではこの左室形成術が進化し、限界点がかなり高くなりました。

なおこれらでも対処できないほど重症になれば、

補助循環つまり人工心臓さらには心移植も考慮する必要が出てきます。

 .

◾️そこで方針

このように機能性僧帽弁閉鎖不全症は

左心室が壊れた、あるいは弱った状態ですので、

早期診断と早期の適切な治療が患者さんを救います。

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Ilm09_ad09001-s患者さんから見れば、

階段を登るとき息切れが強くなったとか、

足がむくみやすいとか、

体がえらい、疲れやすいなどのときにまずかかりつけの先生に相談されるのが良いでしょう。

心臓が大きいと言われたら、心臓専門医にご相談されるのが安全です。

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また健診で心雑音を指摘されたり、

生活のなかで胸が痛くなるとか胸が不快な感じがするときなどにも早めに相談されることが勧められます。

なお、心臓専門家の間でもこの病気は治せない、看取りする病気というお考えの先生も少なくありません。もしそう言われたら、諦める前に米田までお問い合わせください。できれば寝たきりになるまでに、つまりまだ体力が少しは残されているうちにご相談いただければ幸いです。

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両弁尖形成術(Bileaflet Optimization)とは――難病克服への努力を

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両弁尖形成術(Bileaflet  Optimizaiton)は

虚血性僧帽弁閉鎖不全症あるいは機能性僧帽弁閉鎖不全症の解決のために私たちが開発した新しい心臓手術です。

これはこれまでに発表して参りました腱索転位法Chordal Translocationをさらに改良し、

より高い効果をより安全にあげるための手術法です。

できるだけ患者さんの体力に負担をかけないようにすること、

そしてしかも左室の保護やパワーアップに役立つようにすること、

の2点を考えた結果です。

 

虚血性僧帽弁閉鎖不全症の患者さんは心筋梗塞の後の状態で、

かつ弁の逆流のため心機能も全身も弱っておられます。

しかも弁の修復が通常の僧帽弁閉鎖不全症とは違うため

これまで成績がなかなか改善しませんでした。

 

腱索転位法 Chordal Translocationを2000年代の半ばに開発し、

治療の成績がかなり安定しました。

しかしそのころ次第に明らかにされた僧帽弁後尖のテント化が逆流の再発をおこし、

課題になっていました。

転位法では乳頭筋を前方へ吊り上げるため、

他の方法よりも後尖のテント化が起こりにくく、

左室を拡張から守るというメリットもあり(実験でも証明しました)

これまでは一番安定した成績を上げやすいと考えていました。

これは海外の主要ジャーナルでも発表しました(英語論文187番、193番、225番、232番、236番など。開発の歴史のページをご参照ください)。

一般に行われているリングをもちいた僧帽弁形成術よりは

明らかに良好な成績をあげていました。

 

Bileaflet Optimization しかしそれでも

重症例になると後尖のテント化の治療には十分とは言えず、

そこから開発したのが両弁尖形成術 Bileaflet Optimization法です

(左図の真ん中の方法、右側が従来の僧帽弁輪形成術です)。

 

  この両弁尖形成術 Bileaflet Optimizationは僧帽弁を支える2つの乳頭筋つまり前乳頭筋と後乳頭筋が

それぞれ前尖をささえる枝(しばしばヘッドと呼びます)と後尖を支えるヘッドを持っていることに着目し、

まず前尖ヘッドと後尖ヘッドをつなぎ、

あとはこれまでの腱索転位と同様に前つまり僧帽弁輪前中央へ吊り上げるのです。

 

これにより僧帽弁は前尖だけでなく後尖まできれいに開くようになり、

逆流の解決のみならず弁が狭くなることも防げるのです。

 

しかも、この両弁尖形成術 Bileaflet Optimization法では左室の大きさや形を守る作用もあるため、

虚血性僧帽弁閉鎖不全症の病気の本質である心室の弱さをある程度治すあるいは守るというメリットもあるのです。

もちろん弁の逆流を解消することで心室がうんと楽になり、

良くなることは言うまでもありません。

共同研究チームである川崎医大循環器内科の吉田清教授や

尾長谷喜久子先生、斉藤顕先生らのお力添えは極めて大きいものがあり

この場を借りて感謝申し上げます。

 

Mysterious IMR この手術法は2011年の米国胸部外科学会の僧帽弁シンポジウムとも言われるMitral Conclaveにて発表させていただきました。

さらに同年の日本心臓病学会のパネルディスカッションで

共同研究者の尾長谷先生が、

また教育講演(右写真はそのときの表紙のスライドです)で私、米田正始が詳しく発表し

多くの先生方からありがたいコメントを頂きました。

 

このようにいいことずくめのような両弁尖形成術 Bileaflet Optimizationですが、

課題もまだあります。

たとえばこの手術は左室の中での操作が多く、深いところでの作業となるため、

僧帽弁形成術と虚血の心臓に熟練した心臓外科医でなければできないほど

デリケートな一面があります。

 

また患者さんによっては乳頭筋の構造がこの術式に合わないことがまれにあります。

現在その課題を解決すべく手術法を改良しており、すでに実績が上がりつつあります。

こうして今後さらに安全性と効果の安定性を向上させるつもりです。

 

なおこの手術術式は、専門家の先生方のご意見をいただき、乳頭筋先端形成術または乳頭筋適正化手術(Papillary Heads Optimization、略称PHO)と改名いたしました。

この方がより正確に手術内容を示しているからです。今後はこちらの名前で呼んで頂けましたら幸いです。こちらをご覧ください

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お便り41 冠動脈バイパス手術を受けた透析歴23年の患者さん

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血液透析の患者 Ilm09_ag07002-sさんは動脈硬化が速くなる傾向があります。

 

平素の健康管理たとえば血液透析はもちろん、

塩分や血圧の管理、コレステロール、血糖値その他の脂肪の管理をはじめ、

きめ細かい管理やケアによって長期間の健康や安全性は高まります。

 

Ilm10_df01002-s しかしそれでも冠動脈などの動脈が硬化し病気を引き起こすことはあります。

そこでは早期診断と的確な早期治療が役立ちます。

 

以下の患者さんは50歳そこそこのお若いご年齢ながら、

慢性の血液透析のため狭心症・冠動脈狭窄症を発生された大阪の患者さんです。

ふとしたご縁で、私のHPをご覧になり、名古屋まで来ていただきました。

 

冠動脈バイパス手術の代表例です血液透析の患者さんは一般には冠動脈も悪くなっていますが、

逆に、冠動脈バイパス手術が威力を発揮する状況とも言えます。

それはカテーテル治療PCIでは悪い血管を無理にひろげた上に抗がん剤を塗った金属のステントを入れるのに対して、

冠動脈バイパス手術では冠動脈よりもはるかに動脈硬化が起こりにくいスーパー動脈である内胸動脈をつなぐため、長期の安定性が良いからです。

天皇陛下もこの心臓手術を受けられたのはみなさん記憶に新しいところと思います。

 

手術では、いつもどおり体外循環を使わないオフポンプバイパス手術の方法で、

その内胸動脈2本と静脈グラフト1本を付け、

いずれもきれいに開存し、十分な血流が心臓へ行くようになりました。

 

以下はその妹さんからの感謝のお手紙です。

なお遠方からの患者さんに対しては、できるだけ距離がハンデにならないよう、

配慮しています。

アフターケアも地元の病院と協力して患者さんが困らないようにしています。

 

**************************

 

前略 先日は、兄****の入院、手術に際しまして大変お世話になり、本当にありがとうございました。

退院後10日程が経過し、まだまだ万全な体調とは申せませんが、おかげ様で順調に回復しているようです。

手術前は、いつ胸痛が起こるのかわからない不安から夜も熟睡出来ず、食も細くなって体力が落ち、兄本人だけではなく周りの私共家族としましても、大変心配な状況が続いておりました。

狭心症で手術適用と判断された場合、早急に手術をした方が良いという米田先生からの直接のアドバイスをお電話で頂いた事で、最終的に名古屋へ行く意思が固まり、この様な素晴らしい手術を施して頂きまして、本当に有難く思っております。

今となって思い返せば、既にいつまでもぐずぐずと手術を先延ばしにしておける様な状況にはなく、先生からアドバイスを頂きました通り、早急な手術が必要であったと強く感じております。この様な状況を見抜き、適切な助言と対応をしてくださった名古屋ハートセンターの先生方への感謝の念に絶えません。

8年前に兄が、大学病院で腎臓摘出手術をした際、術後に感染症から高熱と痛みに苦しみ、側にいる家族として何も出来ない辛さを感じた経験がございます。今回は、術後一度も発熱する事も無く、手術後2、3日で少し歩く事も出来ましたので、本当にその違いには驚きました。

今は、食欲も少しずつ戻りつつあり、これならば体の方も思ったより早く回復していくのだろうと、本人も手応えを感じているようです。今後、足の方のカテーテルによる手術も外科的手術とのコラボが必要との事、是非名古屋ハートセンターでまたお願いしたいと家族一同念願しております。

兄は、透析生活23年目ですが、今回の手術により、心機能が良くなりましたので、後は規則正しい生活、食生活、適度な運動を心がけ、普通の人以上に長生きをして欲しいと願っております。

私は茨城県**市にてベンチャー企業を経営しておりますので、開発関係の仕事でも一緒に出来る程に回復してくれるかも知れないという前向きな期待も、おかげ様で持てるようになりました。

名古屋ハートセンターは素晴らしい病院です。これからも激務の中、多くの患者さん達を救う為にも、どうぞ先生御自身のお体もご自愛下さいませ。

現状御報告かたがた御礼申し上げます。なお、ワープロにて大変失礼致しました。
 

草々

6月23日                          ****

米田 正始先生

 

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Syntax研究3年の結果と欧州のガイドライン―守られていない?

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Cover 欧米の主要施設が協力して、

重症冠動脈病変(3枝病変や左主幹部病変)に対して

薬剤溶出性ステント(DES)を使用するカテーテル治療(PCI)と

冠動脈バイパス手術

どちらが良いかを検討されています。

 

これが有名なSyntax(シンタックス)トライアル(研究)です。

同じ病気に2つの異なる治療法があるとき、患者さんは迷います。

 

正確なデータが必要ですが、まだまだ不十分です。

また患者さんが最初は循環器内科を受診されるため、

外科の治療(冠動脈バイパス手術)を知らずにPCIを受ける傾向が強いと言われています。

 

そこで欧米の85施設が協力して、

3000人を超える重症狭心症患者さんのデータを調べ、

どういうときにどういう治療法が適切かを調べたのがSyntaxシンタックス研究です。

 

Allcausedeathこの研究が始まってちょうど満3年が経ちました。昨年(2010年)のことです。

少しずつ差が見えてきました。

 

  まず3年の総死亡率は両者で明らかな差はありません。

 

これはがんその他を含めたすべての死亡率で、予想されたことですが

、冠動脈バイパス手術は3年間で6.7%死亡と、

PCIの8.6%死亡よりやや良好な傾向を示しました。

 

もともと短期間の差がでにくい領域のため、もう少し長期のフォローアップが必要と考えられます。

 

MACCE3yrsLow 心血管や脳血管の大きな合併症の発生(略称MACCE)について、

冠動脈病変が比較的単純で軽いケースでは両群に差はありませんでした。

左のグラフです。

 

つまり冠動脈硬化が比較的軽いときは

PCIで良いというわけです。

左のグラフのように、簡単な病変ではPCIは良くこなせるという結果です。

むしろ侵襲(体への負担)が小さい分だけ有利といえます。

 

MACCE3yrsIntermediate ところが、

冠動脈病変が少し複雑になると、様子が一変します。

冠動脈バイパス手術はPCIより合併症がおこりにくく、良好な成績を出しました。

右のグラフです。

やはり複雑な病変では冠動脈の破壊が強く、

傷ついた動脈を金属で広げて使うことの不自然さと弱さを感じます。

冠動脈バイパス手術では冠動脈より動脈硬化が少ない内胸動脈を使うため、

それだけ改善効果が期待できるのです。

 

MACCE3yrsHigh さらに冠動脈病変がうんと複雑になると、

バイパス手術はPCIを大きく上回る成績を見せました。

左のグラフです。

こうした複雑な冠動脈病変をもつ患者さんには

冠動脈バイパス手術が安全上有利であること

があらためて示されたわけです。

 

これは多くの臨床医の印象と合致し、

バイパス手術で動脈硬化が起こりにくい内胸動脈グラフトを使用するおかげと考えられました。

 

そういうことで、まとめとして、

複雑な冠動脈病変をもつ患者さんで3年間のMACCEでは

冠動脈バイパス手術がPCIより優れているというデータです。

GuidelineCABGvsPCI逆に、冠動脈病変が簡単なときは、

両群の差が少なく、

PCIが活躍し得るというわけです。

 

  この結果をうけて、

ヨーロッパ心臓協会(ESC)と

ヨーロッパ心臓胸部外科学会(EACTVS)で

ガイドラインが造られました。

 

もちろん内科と外科が協力してのことです。

左の表で、CABG(冠動脈バイパス手術)のところの多くが1Aです。

表にあるほとんどの状況でバイパス手術が推薦されていました。

たとえば左前下降枝の中枢部の狭窄では

一枝病変でも二枝病変でも冠動脈バイパス手術の適応と謳われています。

その他三枝病変や左主幹部病変でもバイパス手術を勧めると結論しています。

 

GuidelineDM つぎに、さまざまな状況別に検討がされました。

たとえば、糖尿病を背景にもつ患者さんでも

冠動脈バイパス手術が推薦されていることが多かったです。

糖尿病があると、冠動脈は一層悪くなる一方、

内胸動脈はその良好な内膜の状態が維持されやすいため、

両群でよりおおきい差がでるのでしょう。

 

CKD(慢性腎機能不全)を背景にもつ患者さんの場合も同様で、

バイパス手術とくにオフポンプバイパス手術が推奨されることが多くありました。

GuidelineCHF

 

心不全のある患者さんでは

昔から冠動脈バイパス手術が安全と言われてきましたが、

今回の検討でも推奨されています。

 

このように薬剤溶出性ステントを使用するカテーテル治療(PCI)ができても、

重症例・複雑例では冠動脈バイパス手術がガイドラインとして勧められているのが2010年のSyntaxシンタックス研究の結果です。

 

日本ではこうしたデータは顧みられず、

PCIが行われ続けていますが、

今後、学会などでもっと話し合いベストの治療を選ぶ方向性が検討されています。

 

狭心症の患者さんも、ご自身の安全のため、

複数の医師から意見を聴くなどの慎重な姿勢が勧められます。

 

メモ: 2011年にはSyntax研究4年のデータが出ました。外科の冠動脈バイパス手術で患者さんがより長生きできることが示されたのです。こちらをご覧ください。

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事例:川崎病のあと、冠動脈瘤の患者さん

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PreopCAG1川崎病そのものは

ガンマグロブリン療法その他の治療法が確立したおかげで

患者さんたちは早期発見・早期治療を受ければ安全安心な生活を続けられるようになりました。

しかし冠動脈瘤をはじめ、冠動脈とくに内膜に傷がつくと長期的に注意が必要です。

 

   手術事例、患者さんは34歳男性です。

 

7歳のときに川崎病を患われましたが回復されました。

PreopMDCTその後、何度か心臓カテーテル検査を受け、冠動脈瘤を指摘され定期検診を受けていました。

 

このところ検診を受けずに元気に暮らしておられましたが、

1か月前に地下鉄の階段を上がるとき息苦しくなり近くの病院を受診されました。

そこで狭心症の疑いとなり当院へ紹介されました。

 

検査の結果、冠動脈瘤と冠動脈の狭窄が数か所見つかり(写真上左と上右)、

冠動脈瘤の部分を中心に石灰化も強いため、

カテーテル治療(PCI、ステント)よりも冠動脈バイパス手術が適しているという判断で手術となりました。

 

PostopCAG1手術は体外循環を使わないオフポンプ冠動脈バイパスを行いました。

 

   まず左内胸動脈を左前下降枝ついで対角枝に取り付け(術後写真左)、

さらに右内胸動脈を中間枝に(術後写真右)付けて完了しました。

 

良好な血流パタンと良好な心機能を手術中に確認して手術を終えました。

 

PostopCAG22枚の写真は術後1週間後の冠動脈造影のものです。

術後経過良好で外来フォローとなりました。

 

心臓手術からまる2年が経ちました。

お元気で定期健診のため外来へお越しになります。

術後2年の冠動脈CTでもバイパスグラフトはすべてきれいに開存していました。

 

川崎病の患者さんの冠動脈内膜は傷がついていることがよくあり、

こどもの間以上に大人になると注意が必要です。

普通の生活習慣病以上のスピードで動脈硬化が進む懸念があります。

しかしできるだけの予防、定期検診、早期発見によって安全を確保することはできるでしょう。

いざ冠動脈が危険レベルにまで狭くなった場合は、そのパタンにもよりますが、

冠動脈バイパス手術が役立つことが多々あります。

 

川崎病の患者さんの血管内膜は壊れていることがあり、そこでは動脈の硬化や狭窄が進みやすいのですそれは冠動脈の内膜は川崎病や瘤のために壊れていても、

内胸動脈の優れた内膜(強力な動脈硬化抑制作用があります)のおかげで冠動脈や心臓が守られるからです。

 

こどものころに川崎病の既往のある方、

とくに冠動脈瘤と言われたことがある方は川崎病を熟知した専門医にご相談下さい。

 

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川崎病の成人期の冠動脈疾患について―これから要注意です。それは、、、【2020年最新版】

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最終更新日 2020年3月11日

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◾️川崎病とは

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川崎病はかつて赤ちゃんが発熱のあと原因不明の突然死をおこす恐ろしい病気として医学界でも大きな話題になりました。

 .

DrKawasaki 当時、川崎富作先生という小児科の名医が昼夜を問わず

患者さんの傍らで治療しながら症状や経過を詳細に観察されるなかから

この病気の存在と姿が次第に明らかとなりました。

患者さん本位の、臨床家ならではの研究でした。

.

その後詳細が解明され冠動脈がこぶのように拡張して瘤をつくり、血栓ができてその下流に心筋梗塞を作るのがわかりました。

その多大な功績のため、川崎先生に敬意を表してこの病気を川崎病と呼ぶようになりました。

日本人の名前が、世界で通用する病名としてついているのはいくつかありますが

(たとえばこの川崎病のほかに橋本病、高安病などなど)、誇らしく思います。

 .

私は数年前、世話人を務めさせていただいている近畿川崎病研究会で川崎先生とゆっくり歓談する機会をいただき、
その真摯かつ熱いご姿勢に感銘を受けたのを今も覚えています。

.

◾️川崎病、現在は

 .

現在は診断法が進歩し、

かつガンマグロブリン療法そして抗血小板療法はじめ効果的な治療が確立し、

こども時代に命を落とすことは少なくなりました。

こどもでもときに冠動脈バイパス手術などが行われることがあり結果は良好です。

 .

しかし冠動脈が瘤破裂や心筋梗塞まで重症化しなくても

血管内膜細胞つまりこの動脈の内側の表面をおおう細胞が川崎病の感染や炎症でダメージを受けると、

長年月のうちにこの動脈が本来の機能を失い、

川崎病の既往のない方よりかなり高度な動脈硬化が起こることが心配されています。

 .

◾️川崎病、これからの課題

.

動脈が油や血栓を掃除できなくなると動脈硬化が加速することがあります
動脈は単なる血液を流すチューブではなく、

油や血栓などをみずから掃除し、

小さい傷は修復する働きをもった立派な臓器なのです。

人体の中で最大の臓器と呼ぶ研究者もおられるほどです。

だからこそ血液という栄養つまり脂肪や糖分をたっぷり含み、

血球をたくさん載せたどろどろの液体が何十年も流れても

まずまずきれいな表面を維持できるのです。

 .

あのきれいでさらさらで透明な水道水でも

10-20年も流れれば水道管には水垢が貯まってさまざまな問題が起こることを思えば、

血液のようなどろどろの液体を何十年も流せる動脈はまさに驚異的な機能する管なのです。

 .

ところが川崎病で冠状動脈の内側表面の細胞つまり内膜細胞が傷つくと、

その掃除や修復が十分にはできなくなり冠動脈疾患が起こりやすくなるのです。

 .

いったん冠動脈疾患が発生したら、その硬化が高度なため、

その壊れたところを金属で押し広げて血液を流すステント(PCI)よりも、

動脈硬化に強い、血管年齢の若い、内胸動脈などをもちいる冠動脈バイパス手術のほうが

長持ちしやすいというのは理解できることです。

.

◾️大人の川崎病の治療、ステントとバイパス手術

.

ステントとくに抗がん剤を塗布した薬剤溶出性ステントでは

冠動脈の内膜機能を低下さ 図 CABG せることが知られています。

逆に冠動脈バイパス手術で使う内胸動脈は

NO(エヌオー、一酸化窒素)やプロスタグランディンなどの血栓や動脈硬化を抑えて血管を広げる作用のあるホルモン類を自ら作る、
高性能内膜を持っているのです。

ある意味冠状動脈よりもずっと若くて生きのよい血管といえましょう。

それを使うため冠動脈バイパス手術は冠動脈の悪い患者さんにはとくに威力を発揮するのです。

ちょうど重症糖尿病透析患者さんにたいするバイパス手術がステントより長期成績・生存率が良いように。

.

もちろんその患者さんの冠動脈病変の位置や数、つまり病変の進行度を多角的に検討し、

血管の内膜機能の低さもあわせて考え、

冠動脈バイパス手術が有利と判断できるときにバイパス手術を行うようにしています。(手術事例

 .

◾️元・川崎病の大人の方々に

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小さいころに川崎病を患われた方、

とくに冠動脈瘤などを指摘されたり治療を受けられた方は、

成人されたあとも、定期健診を受けられることをお勧めします。

川崎病による内膜障害に成人期の動脈硬化が加わると、ダブル障害で病気が発生する心配があります。

専門医による定期健診で安全と安心が得られるでしょう。

最近のCT(MDCTと呼びます)で冠動脈はかなり詳細まで短時間で調べることができますし、

この動脈の一番根本の部分は心エコーでもある程度以上わかります。

それらで異常があればカテーテルを考慮し、

正確で安全な治療へと進むことができます。

MDCTで異常なければ、定期健診で行けるでしょう。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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左室瘤の手術について―古くて新しい手術?パワーアップを 【2020年最新版】

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図 梗塞後リモデリング最終更新日 2020年2月17日

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◾️左室瘤とは?

左室瘤とは心筋梗塞のために左心室壁の一部が死んで薄くなり、左室が収縮する時に外側に張り出す状態です。

右図は虚血性心筋症の発生のしくみを示しますが、

左室瘤ではこれがより局所的に起こり、左室全体への影響は少なくなります。

つまり左室の良いところと悪いところがはっきりと分かれるのです。

心筋梗塞後の機械的合併症のひとつとして知られています。

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◾️左室瘤が悪化すると、、、

左室瘤の薄いところは心筋が死んでおりパワーがないため、

瘤が大きくなると心臓全体にも悪影響が及び、心不全が発生します。

また左室瘤の部分では血流がよどむため血栓ができやすくなり、

それがもし外れて血流に乗って他の臓器へ流れると大問題になってしまいます。

たとえば脳へ飛べば脳梗塞になります。

また心筋梗塞を生き残った心筋細胞で障害を受けた細胞が危険な不整脈を発生するときも注意が必要です。

LVA1 LVA3

 

 

 

 

 

 

 

(図はBrian Buxton先生の教科書 Ischemic Heart Disease  Surgical LVA4Management からの引用です。古典的な左室瘤切除とパッチ形成です)
左室瘤が小さいときには上記の問題が起こりにくいため、

ていねいな経過観察で良いのですが、

瘤が大きいときには、心不全や今にも飛びそうな危険な血栓があるとき、

あるいは治療しづらい危険な不整脈があるときには心臓手術の適応となります。

 .

CABG

◾️左室瘤の手術は

左室瘤の手術は熟練した心臓外科医のチームなら比較的安全に行えます。

手術方法は冠動脈バイパス手術左室形成術
そして必要に応じて僧帽弁形成術や不整脈手術などが行われます。

 .

◾️左室瘤と虚血性心筋症の違いは

左室瘤は虚血性心筋症とはちがう病気ですが、

時間経過とともに紛らわしいこともあります。

それは瘤が大きくて心不全が起こり、瘤でない左室部分まで悪くなることが多々あるからです。

虚血性心筋症では左心室全体が悪くなり、動きが低下しますので結果的に良く似た状態となることがあります。

 .

そうした場合、心筋がどれだけ生きているかのMRI検査を行ったり、

カテーテル、エコー、CT、MRIなどの総合判定で、

オペによってある程度以上回復する、つまり切除するほど悪くない左室壁はなるべく温存し、

その部位には必要に応じてバイパスをつけて少しでも回復するようにします

 .

図 ドールとセーブ 梗塞を起こした左室部分が左心室全体の足を引っ張っていることが明らかとなれば、

それを左室形成術で修復すると、

術後の心機能のレベルアップが図れます。

左室形成術としてはその部位と状態に応じてドール手術セーブ手術オーバーラップ手術などを用います。

 .

◾️左室形成術の注意点

ここで大切なのは、たとえばドール手術ならどのチームで行っても同じドール手術というのではなく、

適切な形とサイズで左室を再建できるかどうかによって、

その安全性や術後の心機能が大きく変わるということです。

左室形成術は経験豊かなチームで行わねばならないというのはそのためです。

 .

私たちはこれまでの100例以上の左室形成術の経験 一方向性Dor手術をもとに、ドール手術の簡便さと、セーブ手術の精確さをもつ、方向性ドール手術を開発し、

これまで10例以上で死亡ゼロという良好な成績を得ています。

図は日本胸部外科学会シンポなどで発表したこの術式のシェーマです。短軸方向と長軸方向を別々にコントロールできることを示します。

改良バチスタ手術とともに欧米ですでに評価を戴き、さらに進めていく予定です。

手術事例1)(事例2

さらに私たちが近年力をいれている心尖部凍結型左室形成術を左室瘤切除に併用すれば短時間で一層心機能の改善が図れるでしょう。→→もっとくわしく見る

 .

またオペのあとに強い僧帽弁閉鎖不全症を残すと危険なこともあり、

生存しても心不全が発生して長生きできにくくなりますので、注意が必要です。

虚血性僧帽弁閉鎖不全症と呼ぶのですが、

ここまできちんと治す必要があるのです。→→もっと詳しく見る

また必要に応じて両室ペーシング(CRT)を併用することもあります。

 .

◾️左室瘤の予後は

左室瘤は瘤以外の部位は比較的良好な状態のため、適切な手術のあとの経過は良い CRTDもかなり小さくなり患者さんにやさしくなりました のがふつうです。

しかし長期的に、リモデリングと呼ばれる心室や心筋の変化を予防することも大切です。

そこでオペしっぱなしではなく、

術後長期間にわたって、循環器内科や開業医の先生方と協力して、

お薬や適切な心リハビリテーションで患者さんや心機能を守ることが大切です。

危険な不整脈が残っているときは埋め込み型除細動器ICDなども活用して患者さんを守ります。

上記のCRTと併せてCRT-Dとして植え込むこともあります(写真右)。

 .

なおお薬としてはACE阻害剤、ARB、抗アルドステロン剤、βブロッカーなどがあり、

それらを血圧などに注意しつつ丁寧に、かつしっかりと使うことで患者さんの予後を改善することが可能です。

このようにして長期間のいのち、とくに元気な生活を守れるわけです。

心移植が法律の改訂のあとかなり増える傾向にあり、

患者さんにとっても医療者にとっても朗報です。

ただしドナーの不足には変わりなく、当面65歳以上は心移植の対象にならず、

やはりこうした非移植治療が重要な位置を今後ももつものと考えられます。

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◆患者さんの想い出

左室瘤は左室形成術でいちばん改善する病気です。とくに心室が大きくなっているときにはその効果が顕著です。

Aさんはまだ30代の若者でしたが、心筋梗塞を患い、その救急治療がうまく行かず、次第に左心室が拡張して左室瘤となって病院に来られました。

関東の有名病院でも断られるほど心機能が低下していました。しかし私の見立てでは、左室が瘤に近い状態であるため、心臓手術によって心機能の改善がかなり見込める。もちろん正しい形とサイズに調整してこそ威力が大きい、というものでした。

Aさんの左室瘤のオペでは、私たちが新たに開発した一方向性ドール手術という、心室の形を整えながらサイズを小さくでき、しかも短時間でできて患者さんの身体への負担が少ないという方法を用いました。

果たして患者さんは術後経過良好で元気に退院して行かれました。術前の駆出率は10%前後でしたが、術後は30%台に回復しました。

左室瘤は心臓手術が威力を発揮できる心臓病の一つです。これからもこの治療を磨き完成度を上げて、より多くの患者さんたちのお役に立てるようにしていく決意です。

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事例: コレステロール塞栓と虚血性僧帽弁閉鎖不全症の患者さん

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患者さんは59歳男性です。

近くの病院で冠動脈狭窄に対してカテーテル治療PCIを受けられました。

 

その際に、不運にも大動脈内のプラーク(油などの塊)が外れて下肢の方へ流れ、

足の血管を詰まらせてしまったとのことでした。

いわゆるコレステロール塞栓という不運な状態で、

大変予後が悪く、下肢の虚血に加えて炎症反応などが惹起され、

命の危険がある状態でした。

あと2週間の命と言われてハートセンターへ来院されました。

 

その時点では心臓はPCIで改善せず弱っており、

駆出率35%(正常は60%台)と低下し、

しか 手術前には僧帽弁は逆流し弁のテント化もみられました虚血性僧帽弁閉鎖不全症心房細動(脈が不規則になり心臓のパワーも低下します)を合併していました。

かつ下肢も全身も悪い状態で、どこから手をつけてよいか、考えこむような状況でした。

そこでまず、お薬や点滴などで下肢や腎機能等を一旦安定させ、

そのタイミングで心臓を手術等で安定させ、

心臓が回復したところでさらにコレステロール塞栓でやられた下肢の治療を進め、

再生医療へ持ち込む、という方針を立てました。

胸骨正中切開ののち心膜を切開しました。

心臓は球状化し心不全の重症度を示す所見でした。

冠動脈バイパス手術を行うため左内胸動脈と左大伏在静脈を採取しました。

 

まず右冠動脈の枝に静脈グラフトを縫い付けました 体外循環・大動脈遮断下にまず静脈を右冠動脈4PD枝に吻合しました。

これ以後、心筋保護液はこのグラフト越しにも注入し、心筋の保護に努めました。

左房を右側切開しました。

僧帽弁葉はとくに問題なく、

多少のテント化(弁が左室側へ 僧帽弁輪に糸がかかったところです けん引されること)はエコーで認められたものの、

主に後尖側弁輪の拡張が逆流の原因と考えられました。

 

そこで硬性  リング24mmを用いて僧帽弁輪形成術MAPを施行しました。

テント化が強いときは乳頭筋や腱索に操作を加えて弁の安定化を図りますが、

この患者さんの場合はそれは不要でした。 

 

僧帽弁輪にリングがついたところです 写真右は弁輪への糸がかかったところで、写真下はリングを縫着した写真です。

 


拡張していた後尖弁輪がかなり小さくなりました。

写真左上は肺静脈と左房本体を冷凍凝固にて電気的に離断しているところです(メイズ手術)。

写真右上は僧帽輪周囲を同様にアブレーションしているところです。

これらによってほとんどの場合心房細動は正常化します。左房を2層に閉鎖しました。

 

心臓を軽く脱転し左内胸動脈LITAを回旋枝の鈍縁枝に吻合しました。

最後に静脈グラフトの 左内胸動脈グラフトが冠動脈回旋枝についたところです 中枢吻合を行い大動脈遮断を解除しました。

写真左は鈍縁枝にLITAを吻合したところです。

ここで体外循環を離脱しました。

離脱は心房ペーシングにて強心剤なしで容易にできました。

 

経食エコーで僧帽弁閉鎖不全症の消失と左室壁運動の改善、僧帽弁テント化の軽減を確認しました。

ドップラーにて2本のグラフトが良好なフローパタンを有するのを確認しました。

 

術後経過はまずまず良好で、少量のカテコラミンと血管拡張剤PGE1を使用してコレステロール塞栓のため弱っている足を守りつつ、

まもなく状態安定し 二本のバイパスグラフトは良好に流れていました

術翌朝抜管し一般病棟へ戻られました。

 

心臓や全身は良くなってもしばらくは足の痛みは残っていました。

そこで大学病院で再生医療を検討して戴きましたが、

その適応はなく、足指の腐ったところだけ切除し、退院されました。


その後はお元気に暮らしておられます。

術後4年以上が経ちますが、外来でいつも笑顔を見せて下さるのをうれしく思います。

写真右はバイパスが良く流れていることを示します。

 

術後は僧帽弁のテント化は軽減し逆流も消えました 写真左は僧帽弁テント化が改善したことを示します。

コレステロール塞栓は命にかかわる重い病気ですし、

虚血性僧帽弁閉鎖不全症は心臓が弱っているときに発生する病気ですからそれも重症でした。

しかし工夫と患者さんの頑張りで無事社会復帰して頂いたことをうれしく思っています。

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6) 狭心症が悪化して心筋梗塞になってからでも手術はできるのですか? へもどる

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4a) とくにオフポンプバイパス手術について: よりやさしく、よりしっかりと治す

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◾️オフポンプ冠動脈バイパス手術(略称OPCAB オプキャブ)とは

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冠動脈バイパス手術ポンプつまり体外循環(人工体外循環(人工心肺)稼働中 心肺、写真右)の器械を使わずに行う手術です。

比較のためにこれまでの体外循環を使うものはオンポンプバイパス手術と呼ばれることがあります。

 .

オフポンプバイパス手術は日本へは1990年代後半に導入され、

当初はMIDCAB(ミッドキャブ)手術という方法で、

左胸を小さく開けてその付近にある左内胸動脈を剥離し、その直下に見える冠動脈(左前下降枝)に縫いつけます。

この方法は創が小さく、ポンプも使わない、患者さんに優しい画期的なオペとして一世を風靡した感がありました。

 .

まもなく胸骨(胸の真ん中にある骨です)を縦に切って心臓に到達し、治療する、普通の心臓手術と同じアプローチ法を用いるオフポンプバイパス手術が増えて行きました。

この方法ではMIDCABと違って、必要なら何本でもバイパスを付けることができます。

MIDCABは心臓の前側に限定されるため通常1本、せいぜい2本程度しか付けられませんが、

オフポンプバイパス手術ならいざとなれば5本でも7本でも付けられます。

 .

◾️草創期のオフポンプバイパス手術は

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ただ当初は心臓の裏側の冠動脈(鈍縁枝や回旋枝末梢部や右冠動脈 の枝)にバイパスを付けるために、安全に心臓を脱転つまりひっくりオフポンプバイパス手術中 返す技術がやや未完成であったこと、

手術器械が現在のものより性能が悪かったことなどのため、

難しいオペと思われていました

(写真右は心臓を脱転してバイパスを縫いつけているところ)。

 .

私がCalafiore先生(当時イタリア、現在サウジアラビア)のところで習ったオフポンプバイパス手術を

1999年12月の日本冠疾患学会でビデオ講演させて頂いたときはまだ変わった方法という見方をされたように記憶しています。

その後心臓を脱転するためのさまざまな工夫や器具ができ、現在はオフポンプバイパス手術が冠動脈バイパス手術の定番となりました。

虚血性心疾患・手術事例1 オフポンプバイパス手術

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◾️日本での展開は

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日本では冠動脈バイパス手術の約3分の2がオフポンプバイパス手術で、これは米国等と比べて突出した高い値です。

技術的にはオフポンプバイパス手術のほうが通常のオンポンプバイパス手術より難しく、

しかも日本人の冠動脈も内胸動脈も欧米人よりは若干細いため、

日本人の冠動脈手術そのものがやや難しいです。

日本の心臓外科医が行った努力は大変なものだったと思います。

典型的なオフポンプバイパス手術

これにはオフポンプバイパス研究会(小坂真一先生、南淵明宏先生ら)が大きな貢献をしたと言われます。私も及ばすながらオフポンプのライブ手術を2001年の研究会で初めて行い、以後毎年の会長が引き継いで下さり、日本ではこれが標準!と言えるレベルまで浸透しました。

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◾️オフポンプバイパス手術が優れている点は

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それではオンポンプバイパスと比べてオフポンプバイパス手術はどういう点で優れているので良いものは良い!しかしその証明は容易ではないことも しょうか。

理論的にはポンプ(体外循環)がある程度リスクとなる患者さんたとえば上行大動脈ががちがちに硬化しているなどの状況ではオフポンプバイパス手術は有利です。

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この10数年、さまざまな研究がなされました。

発表された範囲では手術死亡率には大差がなく、

輸血量や入院期間あるいは術後の神経学的異常などがオフポンプバイパス手術で減らせることが示されました。

 .

その結果はオフポンプとオンポンプの両方を多数行った心臓外科医の印象とは少し違うと思います。

かつてオンポンプバイパス時代にはハイリスクであったケースにオフポンプバイパス手術を行うと実にスムースに経過するのです。

結局こうしたハイリスク例での臨床研究が不足しているのであろうというのが経験ある心臓外科医の意見です。

それを裏付けるかのようにオフポンプバイパス手術を始めてから、バイパス手術で患者さんが亡くなられることはほとんどゼロになりました。

 .

◾️オフポンプ先進国・日本では

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オフポンプバイパス手術では術者が経験豊かであれば手術の質でもオンポンプバイパスに抗血小板剤を切れるのがバイパス手術の利点の一つです 引けを取りません。

それは術後のバイパスの開存率(つまりどれだけ機能しているか)でも劣っていないことが判明したからです。

そうなればカテーテル治療(PCIと略します)に匹敵する安全性と、

PCIより良好な長期安定性がオフポンプバイパス手術により得られることになります。

 .

しかもオフポンプバイパス手術の術後は最近のPCI(薬剤溶出性ステントDESを使います)と違って、

きつい薬剤(抗血小板剤たとえばプラビックスやパナルディン等)を永く使う必要がないため、

患者さんにとって長期安全性で有利です。

たとえばもしがんがどこかの臓器に発生してもその検査や手術も比較的安全に受けられます。

 .

◾️カテーテル治療(PCI)との協力へ

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オフポンプバイパス手術の後。バイパスグラフトがきれいに映っています。患者さんはお元気になりました しかしPCIは創がほとんどないという魅力があります。

またほとんどすべての患者さんはまず循環器内科の先生のところを受診されます。

それらのため、現時点ではPCIがバイパス手術より数の上で大きく勝っています。

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ヨーロッパで行われているSyntax研究(薬剤ステントを用いたPCIバイパス手術を比較)の3年間の成績が昨年秋に発表されました。

重症の冠動脈疾患ではバイパス手術はPCIより高い生存率を上げ、ヨーロッパのガイドラインでもバイパス手術をクラスIの適応つまり絶対推薦となったのです。

たった3年でこれだけの差がついたことは驚くべきことでした。、

そして2011年にSyntaxトライアル4年のデータが発表され、冠動脈バイパス手術を受けた患者さんはステントの患者さんより長生きできることがついに示されました

(写真左はオフポンプバイパス手術後のグラフトの姿、MDCT検査にて)。

 .

◾️まとめ

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もっとも識者の見方はどちらが絶対良いとか悪いとかではなく、

個々の患者さんに最も適した選択をする必要なら併用もする、という柔軟で患者目線の方針にあります。

 

ともあれオフポンプバイパス手術の進化により患者さんにとって、より安全で確実な治療法が増えたのは間違いないところで、

内科外科全体の総合循環器グループとして有用ツールとしてさらに育てたいものです。
心臓手術事例:数回のPCIのあと冠動脈バイパス手術を)(心臓手術事例:PCI後、急性心筋梗塞後のバイパス手術)

2012年1月18日には天皇陛下もこのオフポンプ冠動脈バイパスを受けて元気になられました。その利点が広く認識されたものと思います。

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◆患者さんの想い出:

Aさんは50代前半の男性です。当時米田がいた P1120179b名古屋へはるばる大阪から来て下さいました。

慢性血液透析のため血管が全身的に硬化し、すでに脳梗塞を患われていましたが、幸い頭脳は明晰でした。冠動脈はがちがちに硬化していました。

オフポンプ冠動脈バイパスを施行し、3本を左前下降枝、回旋枝、右冠動脈につなぎました。良好な流量を確認しました。透析の患者さんに絶大な威力を発揮する内胸動脈はもちろん左右とも活用しました。

かつては何でもカテーテル治療PCIというのが基本方針であった病院でも近年は慢性透析の方には冠動脈バイパス手術を選ぶ傾向が強まりました。ガイドラインの改訂と、やはり患者中心の医療が浸透したためと考えられています。

術後経過は順調でお元気に退院されました。それ以後、下肢の動脈も狭くなり、これはカテーテル治療PPIで軽快しました。

オフポンプバイパス手術から3年が経ち、バイパスのグラフトは健在で患者さんを守っています。米田正始が奈良にあるかんさいハートセンターを立ち上げてからはこちらの外来に通っておられます。これからも永く元気なお付き合いで行きましょう。


◆患者さんの想い出2:

Bさんは60歳の男性で P1120188b狭心症と発作性心房細動のため米田外来へ来られました。

冠動脈が中枢部で複雑にやられているためカテーテルPCIよりもオフポンプ冠動脈バイパス手術を行うことになりました。また比較的お若くこれからがあることも一因でした。

手術ではまず右内胸動脈を左前下降枝へつけ、さらに左内胸動脈を回旋枝につなぎました。良好な流量とパタンを確認しました。右冠動脈はかつてのステントがまだ使える状態のためバイパスはつけませんでした。

術前に不整脈発作とくに心房細動AFを繰り返しておられたため、簡略に直すことになりました。心臓がかなり張っていたため、安全確実に体外循環・心拍動下に冷凍凝固を行いました。

術後経過は良好でまもなくお元気に退院されました。

狭心症に心房細動が合併するのは近年は稀でなくなりました。こうしたケースではそのどちらも治すことが大切と思います。

Bさん、これから自然な生活を十分楽しんで下さい。


◆患者さんの想い出3:

Cさんは70代後半の男性で心筋梗塞を P1120192b患われ、四国から来られました。

地元の病院ではカテーテルPCIも冠動脈バイパス手術もできないと言われ、ハートセンターへ来院されたのでした。息子さんが頭脳明晰な方でネットや本で徹底的に調べられたのです。

データを拝見しますと、前下降枝が完全閉塞しており、カテーテルの動画を見ても血管が映ってこないという困った状況でした。右冠動脈も同様につよく壊れていました。地元の病院で治療できないと言われたのはなるほどと思いました。

しかしそのままではCさんは永く生きられません。何とかする必要があります。

上記のカテーテルやCT、心機能のデータを併せ考え、私の経験上、おそらくオフポンプバイパス手術ができる血管があるだろうという読みで心臓手術に臨みました。

案の定、良い血管(左前下降枝)が隠れているのをみつけました。そこへ内胸動脈をバイパスし、良好な流量とパタンを確認しました。

これでこの患者さんの予後はぐっと改善しますが、さらに右冠動脈にもバイパスを付ける部位があることがわかりました。その一点にバイパスを付けました。これも良い流量とパタンを得ました。これでオフポンプバイパス手術の威力はさらに増します。

術後経過は良好で、以前からの心不全は少しあるものの、これから薬などで次第に改善できそうな状況でした。退院前に、Cさんは「自分は経済的にあまり余裕がないのでおしゃれな御礼はできません。そこで自分の作品でよければどうぞ」と見事な御自筆の書を下さいました。以後私のオフィスに飾ってあります。

Cさん、お元気で。遠方ですが、私が大阪に異動し、少し近づきましたので時々でもお越し下さい。

 

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