乳頭筋最適化術(Papillary Head Optimization)とは 【2025年最新版】

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最終更新日 2025年1月1日

1.乳頭筋ヘッド最適化手術とは?

乳頭筋のヘッドを糸で束ねて前方に吊り上げ、僧帽弁の逆流を止める手術です。略称はPHOです。
アメリカのKron先生の方法をもとにして、私たちが世界に先駆けて開発した術式です。虚血性僧帽弁閉鎖不全症などの機能性僧帽弁閉鎖不全症に対して威力を発揮します。
この領域の権威であられる産業医大循環器内科教授・学長の畏友・尾辻豊先生のご意見で命名しました。 以下もう少し詳しくご説明します。

2.虚血性僧帽弁閉鎖不全症や機能性僧帽弁閉鎖不全症の手術で大切なことは

心筋梗塞後の虚血性僧帽弁閉鎖不全症や特発性拡張型心筋症の機能性僧帽弁閉鎖不全症では前尖だけでなく後尖のテザリングつまり弁尖が左室側に引き込まれる現象をいかに治すかがカギとなります。

そのため前尖だけでなく後尖も治せるこのPHO法は当初、両尖最適化(Bileaflet Optimization)という名前で、より多くの患者さんたちにお役にたつものとして発表しました。しかし直接的には乳頭筋に手を加えて治すため、このPHOという名前が分かり易いと言われたのです。

PHOシェーマ

なるほど鋭いご指摘、さすがは尾辻先生と感心し、以後このPHO法という名前を発表のときには使っています(開発の歴史のページをご参照ください)。

3.従来の手術との成績の比較

これまでの手術法とくらべてこの乳頭筋最適化術(PHO法)はどのくらい良い結果を出せるのでしょうか。

まず現在まで標準術式と言われている僧帽弁輪形成術、つまりリングをもちいて僧帽弁の弁輪を締める方法(略称MAP)と比べてみると、
前尖のテザリングについてはMAPもそこそこは行けるもののPHO法が有利、とくに重症の虚血性僧帽弁閉鎖不全症や重症の機能性僧帽弁閉鎖不全症でテザリングが高度なものではPHO法が断然有利です。

後尖については、MAPでは手術後は術前より悪化します。しかしPHO法をMAPに併用すれば悪化しません。有意に改善とまでは行きませんが良くなる傾向があります。つまりここでMAPだけの従来法にはない、大きなメリットが発生するわけです。

これらを合わせると、これまでのMAP法で治せなかった虚血性僧帽弁閉鎖不全症や機能性僧帽弁閉鎖不全症をこの乳頭筋最適化術PHO法では治せる、その限界線が高くなったと言えそうです。

4.もう一つの手術法との比較では

PHOとPMA
この乳頭筋最適化術PHO法と、近年ある程度使われている乳頭筋接合術(PMA法)を比較しました。
PHOは乳頭筋先端を前方へ吊り上げるのに対してPMAでは両乳頭筋を寄せるのです(左図)。簡便な良い方法と思います。
すると前尖についてはどちらも善戦健闘するものの、PHO法のほうが有効性が高いという結果でした。後尖についてはPMA乳頭筋接合術では悪化したのに対してPHO法では悪化しませんでした。

心臓とくに大切なポンプである左室のサイズや動きパワーについてはPMAよりPHO法のほうが有利という結果でした。PMAも悪くはないのですが、PHOでは明らかに改善する項目が多かったのです。

総合的に判断すると、乳頭筋接合術PMAより乳頭筋最適化術PHO法のほうが有利という結果でした。ただしその差は前述のMAP法との差よりは小さく、PMAはかなりつけているとも言えましょう。後尖のテザリングがそうひどくなければどちらも使える方法だと思います。

こうした結果を、2012年のヨーロッパ心臓胸部外科EACTSと、2013年のアメリカ胸部外科学会AATSの僧帽弁セッションともいえるMitral Conclaveなどで発表し、多くのご質問や前向きのコメントを頂きました。2017年にはアメリカ胸部外科学会の本会で発表でき、その効果が世界に知られるようになりました。

内外の学会でぜひ使いたいと言って下さった先生方も増え、光栄なことです。

5.乳頭筋最適化術(PHO)の限界は

ただしいかなる術式もそうであるように、このPHO法にも限界はあると思います。

そもそも左心室があまりにも壊れているケースでは、僧帽弁閉鎖不全症がきれいに消えても、それだけではパワー不足という大きな、かつ根底的問題が残ります。
何しろ、これらの手術が対象とする患者さんは、心臓の筋肉が大きく壊れたり失われた方々ですから、もとの出発点が厳しいのです。

しかし、だからこそ、少しでもパワーアップをという努力は大切と思います。PHO法が患者さんにとって有利で、かつ威力を発揮できるような使い方をすることが大切です。

パワーに関しては、ここまでの研究で、PHO法と同じ前方吊り上げによって、左室収縮機能が改善することが心不全の動物モデルで証明できています。これは手術前に僧帽弁閉鎖不全症をもたないモデルですので、弁の逆流を消したため左室機能が良くなったのではなく、PHOという操作自体が左室機能を良くしたことになります。
これは人間ではなかなか証明できない、実験研究ならではのメリットと考えています。

というのは人間の患者さんで、僧帽弁閉鎖不全症のないひとにこうした術式を行うことは倫理的に許されないからです。

それ以外にもPHO法が左室のパワーアップに役立つという傍証があります。それはコアプシスCoapsysという左室を前後に圧迫するデバイスで左室機能がある程度改善するというデータが実験でも患者さんの臨床データでも報告されています。PHO法で左心室を前後に圧迫するちからとかなり近いちからのかかり方です。そのため同法でも同様のパワーアップが期待しやすいのです。

.

6.限界を打ち破る、最近の展開は

Apf1107-s

そうこうしながら、60名を超える患者さんにこのPHO法を行い、その前のバージョンである腱索転位法(トランスロケーション法)と併せると100例近い数になりました。

なかでも新しいPHO法で予想以上に活発な生活を送っておられる方が多いことが、実感のあるよろこびです。

こうした最近の成果を内外の主要学会のシンポジウムなどで発表し啓蒙に努めています。

参考:
いい心臓いい人生99号 第31回日本冠疾患学会(2017)にて。
いい心臓いい人生98号 日本胸部外科学会総会(2017)にて。
いい心臓・いい人生96号 ソウルに行って参りました(第19回国際弁膜症シンポジウム
いい心臓・いい人生92号 アメリカでちょっと頑張りました(アメリカ胸部外科学会)

それともうひとつ、この方法にいったん慣れるとかなり短時間で手術操作が完了します。上記のように大きなメリットを患者さんに提供できるだけでなく、それがたかだかプラス10分あまりの時間でできてしまうという利点は今後に期待ができると考えています。短時間でできるということは、患者さんの体力を消耗せずにすむことであり、体力が落ちた重症患者さんにとって大きな利点となります。

PHO and others

私たちが開発したPHO手術(図の左)は、その効果の高さからご活用くださる施設が増え始め(図の右)、光栄なことです。医学研究のオリジナリティを守るため、私たちの原著を引用頂けると良いのですが、、、、

 

さらに新しい左室形成術(心尖部凍結型左室形成術と言います→もっと見る)で短時間で左室の修復が行えるようになり、アメリカのメジャージャーナルの表紙を飾りました(右図の赤矢印)。

Seminar

これまでPHOが使えなかった巨大な左室にも使えるようになり、盛り上がりを見せています。PHOと新しい左室形成術の併用効果は大きく(デュアル形成術)、2019年のアメリカ胸部外科学会・僧帽弁シンポジウムで発表し反響がありました。→→デュアル形成をもっと知る

それやこれや、こうした努力のメリットと限界とを常に考え、患者さんが損しないようにバランス感覚を磨きつつ、日々精進しています。またこれからこのPHO法を海外や国内の先生方にも安心して使って頂けるよう、啓蒙活動を行う予定です。

7.カテーテル治療・Mクリップとの比較では

近年循環器内科で話題のMクリップは、心臓外科手術のアルフィエリ法をカテーテルで行うものです。アルフィエリ法では僧帽弁前尖と後尖を真ん中にてつなぎ、僧帽弁を2つに分けて閉じやすくするものです。
良い方法なのですが、本質的に僧帽弁を治すものではなく、まして原因である左室を直せないため効果は限定しています。アルフィエリ法そのものが不十分治療である場合が多いため、そのコピーであるMクリップも同様と心臓外科医は考えています。ただMクリップはカテーテルでからだへの負担が少ないため試みる価値があるケースは存在すると思います。
これをやってみてダメなら上記の乳頭筋最適化手術(PHO)というのは一つの方法と思います。
Mクリップについて、さらに見るのはこちら
Mクリップが効かないときはこちら

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僧帽弁膜症のリンク

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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お便り86: 虚血性僧帽弁閉鎖不全症の再々手術で

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虚血性心筋症・虚血性僧帽弁閉鎖不全症は心筋梗塞のあと心臓が次第に壊れて強い心不全になる病気です。

一般には心臓の力が心移植レベル近くまで落ちて、全身の体力も衰弱状態となれば、心臓手術も拒否、あとはお薬でなるべくそっと持たせた後、お見送りをするだけということが多いです。

つぎの患者さんもそのお一人です。

ある日、沖縄から一通のメールが届きました。

その方のお義父さん(80歳近いご年齢)が危篤状態で何とか助けて下さいとのことでした。

患者さんは大動脈弁置換術を昔受 A335_009け、その後何年も経ってからこんどは冠動脈バイパス手術を受けられました。さらにペースメーカーの植え込み術まで必要あって受けられ、心不全がいよいよ悪化して近くの病院に入院されました。

心臓のちからはひどく落ちていました。

もうあまり生きられない、しかし手術は危険、そもそも沖縄本島でもこの手術ができるところはない、かといって飛行機で本土まで行くことさえ危険すぎるという状況で、本土でも受け入れてくれる病院はわからないというなかで、思い余って私にメールを送ってこられたのでした。

これまでも同様の患者さん・ご家族と向き合ってきた経験から、現地の状況はよく理解できました。

沖縄の主治医の先生が送って下さったデータを拝見し、虚血性心筋症・虚血性僧帽弁閉鎖不全症が悪化しており、しかもせっかくのペースメーカーもそのリード線が三尖弁を圧迫して高度の三尖弁閉鎖不全症を合併していました。すでに2度の心臓手術を受けておられ心臓は周囲の組織に癒着しており、かつ上行大動脈も拡張ぎみで、うかつに触れない状態でした。

このままでは死を待つだけの状態、しかしこの虚血性僧帽弁閉鎖不全症もペースメーカー三尖弁閉鎖不全症も再手術も私たちがちからを入れて来た病気で、手術そのものはできると考えました。

そこで当院の心臓外科医を沖縄まで派遣し、患者さんに随伴する形で守りながら名古屋までお越し頂きました。

治療戦略をチーム全員でとことん検討しました。冠動脈に新たな狭窄ができていたため、これをまず内科の先生がカテーテル治療(PCI)で応急治療してくれました。いわゆるハイブリッド治療ですね。

そして手術ではできるだけ体に負担をかけぬよう、ミックス手術を応用して右胸をやや小さ目に開け、これまでで最も有効と考えられる乳頭筋最適化術(PHO手術)を行い僧帽弁形成術としました。

さらに右房も開け、私たちの方法で三尖弁形成術を無事に完成しました。

手術前は強心剤の点滴なしでは血圧が十分には出せないほど重症でしたが、術後は次第にお元気になられ、毎日心臓リハビリで運動をこなし、栄養をつけ、心臓と全身の体力をつけて頂きました。

もとの状態よりはるかにお元気に退院され皆、うれしく思いました。

以下はその患者さんのご家族からのお礼のメールです。

こうした重症になりますと、いつもうまく行くとは限りません。しかし多くの方々が元気に生還し長生きしておられるのも事実です。やはりネバーギブアップで、まず相談と思います。

お互い、一緒に考えてそんすることは何もないと思います。

 

********患者さんのご家族からのお便り********

 

米田先生へ

おかげさまで義父は孫と話したり、少し外を歩いたりと、元気に過ごしております。

もちろん以前のように苦しがって不安で夜中に病院に行くようなこともなく、家族みな安心しております。

これも米田先生はじめ、チームの先生方のおかげです。

わたくしが3か月前、一番初めに先生にメールでご相談したとき、先生はお忙しい身でありながら、しかも紹介でもない見ず知らずの私に、3時間後にすぐさまお返事くださいましたね。

あの時は涙が止まりませんでした。


そしてこちらの病院では、高齢で余病が多く三度目の手術になることと心臓の弱り方からして、空路で転院させるのも危険だと言われた状況下、名古屋からわざわざチームの先生が迎えに来ていただいたこと、無事に手術を成功させていただいたこと、元気に帰していただいたこと、本当に本当に感謝しております。

またこれまで長年にわたって義父を守り、米田先生のところまでいのちをつないで下さった地元の病院の先生や関係の皆さんにも感謝の気持ちで一杯です。

本来なら、そちらに出向きお礼を申し上げたいところですが、取り急ぎメールにて失礼いたします。

また近況報告させていただきます。

****

 

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事例:石灰化僧帽弁(MAC)と虚血性心筋症に僧帽弁置換を行った患者さん

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慢性腎不全・血液透析の患者さんには独特な注意とケアが大切です。

冠動脈はじめ全身の動脈に硬化がおこり、血管が詰まったり狭くなったりします。

また僧帽弁や大動脈弁も壊れやすくなります。

とくにMACと呼ばれる僧帽弁輪への石灰沈着は高度になると手術の障壁になりかねません。弁形成や弁置換しようにも針が石灰を通らなくなるからです。

しかし現代はこのMACにも対策があり、治せる病気になりました。

患者さんは56歳男性です。

19年前に慢性腎炎による腎不全のため血液透析を導入されています。

以前から僧帽弁閉鎖不全症大動脈弁狭窄症が見られていますが心電図で左脚ブロックが次第に強くなるため当院内科へ来られました。

00040121_20091111_CR_1_1_1内科にて精査の結果、冠動脈左前下降枝と右冠動脈に狭窄がみつかり、それぞれロータブレーターと薬剤ステントDESをもちいたカテーテル治療PCIにて軽快しました。3か月後の検査で左前下降枝は再狭窄していたためここにも薬剤ステントを入れられました。

その半年後に僧帽弁閉鎖不全症のため心不全がコントロールできなくなり、心臓外科に紹介されました。

右図はそのときの胸部X線写真です。

00040121_20091006_US_1_16_13b僧帽弁には僧帽弁輪石灰化MACがあり、肺高血圧症PHもある、虚血性心筋症・心不全(駆出率27%と正常の半分以下)ともいえる状態でした。(左図)

PCI後に時々起こる心筋症です。

胸骨正中切開・心膜切開で心臓にアプローチしました。心臓は拡張著明でした。
体外循環・大動脈遮断下に左房を右側切開しました。

僧帽弁は後尖のP2(後尖の中ほど部分です)弁輪に石灰化著明で、P1(後尖の前交連側)とP3(後尖の後交連側)にも石灰化は及んでいました。また前尖A1(前尖の前交連側)とAC(前交連部)にも石灰は強くありました。

後尖腱索の大半を切除し後尖を反転させてこれらの石灰化を左室筋肉に傷をつけないよう注意しながら摘除しました。

最初はロンジュールという道具で石灰を砕いてはずし、以後は超音波破砕器CUSA(キューサ)で石灰化を乳状化して溶かすように切除し心筋にまで影響が及ばないようにしました。

後尖と後尖弁輪が石灰摘除のためやや弱くなったため、前尖を弁輪から5mmのところで切断しこれを左右に二分して後尖側へ再固定し、後尖縫合部の補強と心機能の改善・左室破裂の予防を図りました。

その上でSJM機械弁27mmを縫着しました。

この患者さんの体格からは十分なサイズで、かつ拡張した左室の基部をある程度縮小し心機能を改善する効果も多少は期待できるサイズです。

石灰摘除部でも人工弁がきれいに乗っていることを確認し、念のため逆流試験にて縫合部や弁の開閉に問題がないことを確認しました。左房を2層に閉じて87分で大動脈遮断を解除しました。

00040121_20091124_US_1_18_18b体外循環を離脱しました。術前心機能の弱い患者さんでしたが離脱はカテコラミンなしで容易でした。入念な止血ののち、手術を終えました。
経食エコーにて良好な弁の縫着と機能を確認しました(右図)。

術後経過は順調で、血行動態安定し出血も少なく、術翌朝抜管し透析を行っています。

透析と心不全のため時間をかけて回復を促し、手術後1か月半で元気に退院されました。

00040121_20130115_CR_1_1_1手術から3年あまりが経過し、外来へ定期健診にこられます。

左室駆出率も術直後の11%から27%まで回復し、まずまずお元気です。

今後も健康管理をしっかりし、お元気で暮らして頂きたく思います。

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僧帽弁膜症の関連リンク

原因 

閉鎖不全症 

狭窄症

◆  機能性僧帽弁閉鎖不全症

弁形成術

◆ リング


虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対するもの

腱索転位術(トランスロケーション法)

両弁尖形成法(Bileaflet Optimization)

乳頭筋最適化手術(Papillary Head Optimization PHO)

 

④ 弁置換術

◆ ミックス手術(ポートアクセス法)によるもの  


⑤ 人工弁

    ◆ 機械弁

生体弁 

       ◆ ステントレス僧帽弁: ブログ記事で紹介

心房細動

メイズ手術

心房縮小メイズ手術

心房縮小メ イズ手術 


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事例: PCI後、急性心筋梗塞後の冠動脈バイパス手術

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冠動脈バイパス手術(CABG)の良さがあらためて認識されつつあります。

このことは昨年改訂された日本循環器学会のガイドラインが物語るところです。

3枝病変や左主幹部病変で複雑な病変があるケースはCABGが第一選択と明記されたのです。

さらに若い先生方を中心に、ガイドラインを順守する向きが増えたことも一因です。

ただしそれまでも患者さんの状況や状態によってはカテーテル治療(PCI)ができる場合でも前向きにCABGを選択されることはよくありました。

患者さんは46歳男性です。

冠動脈3枝病変があり、カテーテル治療PCI後で、最近急性心筋梗塞AMIで来院されました。

来院前は近くの診療所で心室細動VFになり、AEDで蘇生ののち救急車で当院へ搬送されるという、ぎりぎりの状態でした。

来院当夜は緊急カテーテルで右冠動脈1番にステントを入れて救命できました。しかしそれ以外の冠動脈にも問題がありました。

もともとびまん性病変つまり冠動脈のあちこちが悪くなっている、しかも若い患者さんのため、長期的な安全を考えて、PCIではなくバイパス手術を行うことにいたしました。

 

胸骨正中切開ののち両側内胸動脈と左大伏在静脈SVGを採取しました。

図1心膜を切開し、まず右内胸動脈RITAを左前下降枝LADにオンレイパッチ吻合しました。

この患者さんのLADは数か所の狭窄がありましたので、

末梢側の狭窄を切開しこれを拡大する形でバイパスをつけ、広域を灌流するよう努めました(写真左)。

切開した狭窄症は内膜が肥厚・石灰化し針を通すのに工夫を要しました。

ドップラーにて良好なフローパタンを確認しました。

図2ついで心臓を脱転し、左内胸動脈LITAをまず中間枝IMに側側吻合しました(写真右)。

IMはLAO viewで比較的良い血管に見えたためバイパスをつけることにしましたが、

血管を開けてみますとやや細く、ドップラーでのフローも少ないパタンでした。

図3このLITAをさらに末梢の鈍縁枝OMに端側吻合しました(写真左)。

この吻合もプラークを切開し灌流域を広げるようにしました。

ドップラーで良好なフローパタンを確認しました。

回旋枝末梢枝は細く、かつ病変で策状になっていたためバイパスはつけませんでした。

 

ここでSVGを 図4上行大動脈にデバイスを用いて吻合し、心臓を頭側へ脱転し、このSVGを4PD枝に吻合し、操作を完了しました(写真右)。

良好なフローパタンを確認しました。

 

手術中、血圧・血行動態は安定していました。

経食エコーにて良好な心機能を確認しました。入念な止血ののち、無輸血にて手術を終えました。

術後経過は順調で、出血も少なく、血行動態も良好なため、術当日夕方、人工呼吸から離脱し、翌朝、一般病棟へ戻られました。

00021915_20090113_CT_501_5_5 00021915_20090113_CT_501_4_4術後のMDCTでバイパスはすべて開存し、良く流れている様子でした。

左図は両側内胸動脈グラフトが開存し、

右図は静脈グラフトが開存している状態を示します。

 

その後も経過良好のため術後10日目に元気に退院されました。

来院前はAEDで蘇生救命されるなど、じつに間一髪の危ない状況でしたが、すっかり良い形になられました。

これから永く楽しく過ごして頂ければと思います。

 

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SYNTAXトライアル、5年の結果がでました

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SYNTAXトライアル(研究)5年のデータがでました。ライプチヒのモーアMohr先生らがとりまとめて権威あるランセットLancet誌から発表されました。

このSYNTAX研究では欧米の85施設で冠動脈の3枝病変か左主幹部LMT病変の患者さんを無作為にカテーテル治療(PCI)か冠動脈バイパス手術(CABG)に割り振り、その治療成績を年余にわたって比較検討したものです。

PCIでは第一世代のパクリタキセル徐放ステントを使用されています。

今回はその5年後の成績です。多くの循環器内科医や心臓外科医の注目のなかでの発表でした。

下のグラフで、赤い線がPCI後、青い線がCABG後の結果です。


図1

1800名という大勢の患者さんを割り振り、897名がCABG、903名がPCI治療を受けましたた。

5年間で大きな心脳血管系事故(MACCE)発生はCABG後では26.9%でしたがPCI後では37.3%と多かったです(p<0.0001)(上のグラフをご参照ください)。

心筋梗塞になるのはCABG後は3.8%に留まりましたがPCI後は9.7%にもなりました(p<0.0001)。(これらも上のグラフを。)

血行再建繰り返しはCABG後は13.7%でしたがPCI後は25.9%と多かったです(p<0.0001) 。

がんその他、あらゆる原因を含めた死亡はCABG後が11.4%、PCI後は13.9%で有意差はありませんでした。

脳卒中も3.7%対2.4%で同様に差はありませんでした。

 


図2

 

上のグラフでは両群に差がない項目は灰色で暗くしてあります。

 

冠動脈病変が軽い例(SYNTAXスコアが低い)でMACCEはCABG後28.6%に対してPCI後は32.1%と同レベルでした(P=0.43)。

LMT病変のあるCABG後では31%、PCI後は36.9%と差はありませんでした(P=0.12)。
 

しかし

冠動脈病変が中ぐらいある例(SYNTAXスコアがやや高い)では、MACCEがCABG後25.8%なのにPCI後は36%にもなり(P=0.008 )、

冠動脈病変が進んでしまったSYNTAX高スコアの患者さんにいたってはCABG後26.8%に対してPCI後44%とうんと高くなってしまいました(p<0.0001)。


図3冠動脈3枝病変の患者さんで比較検討したところ、CABGはPCIと比較して、MACCEも低く、死亡率や心筋梗塞でも大きく優れていました。

かつて脳卒中の予防ではPCIが有利と言われましたが、すでに差はないというレベルまでCABGは改善しています。

 

 

そこで結論は、、、


中または高度の病変がある(SYNTAXスコア中または高)ではCABGを今後も標準治療とすべきです。

低い病変(SYNTAXスコア低)やLMT病変(SYNTAXスコア中または低)ではPCIを行っても良い。

複雑な多肢病変がある患者さんにはすべて、心臓外科とインターベンション内科医の相談と最適治療への合意が必要です。

これまでの「PCIやれる限りやってよい」は否定されたわけです。患者さんの長生きや幸せにはならないからです。

このSYNTAXトライアルの結果は1年目からCABGが有利な傾向がありましたが、時間が経つにつれてその傾向が顕著になりました。Illust1447

ディスカッションのなかで、PCIのステントはさらに新しく良いものが出ているから、今後PCIの結果はもっと良くなるとの意見もありましたが、ここまでの内容からは第二世代、第三世代の新型ステントも結果に大差なく、このSYNTAX5年の結果と同様のものになるでしょうとの見解がありました。

また日本とくに有力施設では体外循環を使わないオフポンプバイパス術が浸透しているため、CABGは一層有利になるでしょう。

時代は進んでいます。医学医療もそれに即応して、患者さんにベストなものを常に追求しなければならないのです。

患者さんにおかれましては、これから受ける狭心症治療の内容を内科と外科の両方から聴くという慎重な姿勢が安全安心のために望まれるでしょう。

 

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執筆:米田 正始
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事例: 数回のPCIのあと冠動脈バイパス手術の患者さん

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狭心症、冠動脈狭窄症の治療はその重症度に応じて何段階かあります。

軽症なら食事、運動療法とお薬による治療、もっと重症になればカテーテルによる冠動脈形成術(PCI)、さらに重症になれば外科による冠動脈バイパス手術があります。

患者さんは70代半ばの男性で、四国からお越し頂きました。

もともと糖尿病をお持ちで狭心症となり、地元の病院で4年あまり前に薬剤溶出性ステント(DES)による治療を受けられました。

お元気にしておられましたが、4年半後、狭心症が再発し、再度カテーテルによるPCI治療を受けました。

残念ながらその1か月後にまた狭窄し、3度目のPCI治療を、その1か月後に4度目の治療を受けられましたが、うまく行きませんでした。

冠動脈がすでにうんと悪くなり、ステントではどうにもならなくなったのです。

術前LAD2この間の心筋梗塞などのため、左室のちからは駆出率25%と、通常の半分以下に落ちてしまいました。

思い余ったご家族が米田正始のところへ連絡をしてこられ、ハートセンターでの治療となりました。

手術前の冠動脈造影では右写真のように前下降枝がステントで覆われていますが、完全に詰まっていました。

術前LADしかし他の冠動脈からかろうじて流れてくる血液をみると、この左前下降枝は内胸動脈を丁寧につなげば何とかなるだろうという判断となりました。

さらに右冠動脈にもバイパスがつけられる血管があり、ここから何本かの枝へ血液が流れ、前下降枝へもつながりがあるため、患者さんの虚血の改善はかなりできそうと考えました。

状態が悪いため、安全を見越してIABPという補助の風船ポンプを入れてオフポンプバイパス手術を行いました。

前下降枝はさすがに 4回のPCI治療で傷んではいましたが、内胸動脈の血管保護作用で使えそう、右冠動脈もあまり良い血管ではないものの、使える所見でした。

術後LITA_LADそれぞれに内胸動脈グラフトと静脈グラフトをつなぎ、手術は問題なく終わりました。

術後の冠動脈のCT画像を示します。2本のバイパスは良く流れ、かなりの広範囲の心筋を灌流しているようです。

右図は内胸動脈が左前下降枝を灌流している所見です。その右上にミミズのように見える白っぽい構造物がステントと肥厚内膜です。

下図は静脈グラフトが右冠動脈を灌流している所見です。何本かの枝に流れるためこれも役に立つバイパスになる術後SVG_4PDでしょう。

これなら患者さんの予後の改善に役立つでしょう。地元の先生と協力して、心臓を守る薬をしっかりと使えば効 果はさらに上がるかも知れません。

遠方かつ体力のない患者さんのため、通常よりややゆっくり入院していただき、術後12日目に元気に退院され、四国へ戻られました。

その後もお元気に暮らしておられます。

こうした患者さんのお役にも立ててうれしいことです。

 

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冠動脈瘻(ろう)や冠動脈瘤に対するミックス手術 【2019年最新版】

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最終更新日 2019年1月6日

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◾️冠動脈瘻の手術

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冠動静脈瘻、または冠動脈瘻あるいは冠動脈瘤の手術にはいくつかの大切なポイントがあります。

そもそもこの病気ではつぎの2つの問題点があります。

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冠動脈ろうで血液が奪われるのは、心臓の筋肉にとっては泥棒にお金を取られるようなものです1.冠動脈の血液は心臓の筋肉つまり心筋へ流れて、心筋は酸素や栄養を受け取り、パワーがでて心臓としてポンプ機能を発揮します。

この心筋へ行くべき血液が静脈その他へ奪われるため、心筋が虚血つまり酸欠状態となります。

その結果として狭心症(胸が痛くなります)や心不全(息切れなどが起こります)となってしまいます。

患者さんの中には左室のパワーが著しく低下している方があります。

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Aneurysm rupture2.冠動脈から静脈その他へ血液が逃げるため、逃げた分だけ血流が増えて、冠動脈が太く大きくこぶのようになります。

いわゆる冠動脈瘤の形になります。

これがあまり進んでいくと、瘤が破裂して突然死などが起こることがあります。

大動脈などの瘤(右図)と同じです。

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6629578治療は冠動脈と静脈あるいは肺動脈などをつなぐ異常血管をすべて取り去るか閉塞させることです。これによって上記の1.と2.とも解決します。

軽ければお薬で行けることもあります。

上記の1.と2.が顕著になると手術が必要となります。

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◾️冠動脈瘻へのミックス手術

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冠動脈や異常血管の位置や状態によって手術法は異なります。

異常血管を閉塞させる、手短には潰すことで安定化が図れる場合は、体外循環を使わないオフポンプの形で、手術ができます。

Lower Hemisternotomy MedianSternotomy私たちの経験では、こうしたケースの多くはミックス手術で骨を部分的に切り、

皮膚切開も通常より小さい胸骨下部正中切開が多くの場合、使えます。

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右の図が通常の正中切開、左図が胸骨部分切開の創です。

皮膚の創だけでなく、骨も一部しか切りませんのでさまざまなメリットが生まれます。

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178560395これによって1.早い仕事復帰、社会復帰が図れ、2.痛みの軽減と創の治りの促進、3.ばい菌による感染症の予防などに役立ちます。

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◾️冠動脈瘻のため大きな冠動脈瘤になっている時は

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冠動脈や虚血つまり心筋の酸欠状態などによっては冠動脈を形成する aneurysmorapphyという術式になることもあります。瘤を切り開いて、中をきれいにしてからちょうど良いサイズまで瘤を小さくするのです。

こうした場合でも極力オフポンプバイパス手術の方法をもちいますが、それが危険な部位や状況では無理をせず、安全に体外循環(人工心肺)をもちいてゆうゆうと手術することもあります。

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◾️まとめ

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こうして高い成功率と低い合併症率を達成しつつ、痛みや苦痛の軽減や早い社会復帰、さらにミックスをうまく活用することで美しい美容効果を目指すわけです。

この病気は若い患者さんも多いため、こうした方針とくにミックスでの手術は一層喜ばれています。

冠動静脈ろうの患者さんには前向きに、安全を確保する治療法をご検討頂ければ幸いです。

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参考ページのIndex:

MICS(ミックス手術)とは 

  危険なの
  
  術後の痛み軽減について
  
  社会復帰が早いわけは?
  
  美容について
  
  胸骨「下部」部分切開法とは
  
ビデオ 連合弁膜症のご高齢患者さんへのミックス法
  

患者さんやご家族からのお便り

お便り43 がんの術後に心臓腫瘍がみつかった患者さん

お便り46 遠方からご自分の信念で来院下さった患者さん

お便り48: ミックス手術ですみやかに社会復帰された患者さん

お便り62: 同、弁形成と冠動脈バイパスを受けた患者さん

お便り66: バルサルバ洞破裂と心室中隔欠損症などを克服した患者さん

 

 

 

 

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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冠動脈の治療、日本の新しいガイドライン

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狭心症や心筋梗塞に代表される虚血性心疾患の治療の中で冠動脈の治療はその中心を占めます。

医学の歴史のなかではお薬などの内科的治療(保存的治療とも言います)から始まり、外科的治療つまり心臓手術でしっかり治せるようになり、さらにまた内科的治療(こんどはお薬だけでなくカテーテルとか内視鏡その他も含めて)が皮膚を切らずに治せる、患者さんに優しい治療として進歩する、という変遷をたどることが多くありました。

冠動脈治療も同様に、お薬の治療から1960年代に冠動脈バイパス手術が始まり、効果があるため世界中に広がって行きました。1980年代にカテーテル治療が発達し、1990年代にはステントが広がって次第に外科治療に代わる代表的治療法となって行きました。

2000年代にはいって薬剤溶出ステント(略称DES)という抗がん剤などをコーティングしたステントができ、再狭窄が少ないためこれまでのステント(ベアメタルあるいはBMSと呼ばれます)に代わって増えて行きました。

当時はこれでバイパス手術が次第に消えて、ステントに代表されるカテーテル治療(PCI)で冠動脈治療のほとんどは行われるのではと予想されたものです。

ところがこの素晴らしいDESにも弱点があることが判明し、雲行きはまたあやしくなりました。DESを入れた冠動脈は、プラビックスなどの強いお薬(抗血小板剤)を複数使わないと心筋梗塞を起こして患者さんが突然死することが以前から知られてはいましたが、いつまでたってもなかなかそのお薬が切れないのです。

さらにそれまでのBMSと呼ばれるステントは患者さんの生命予後を改善する傾向がありましたが、DESではその効果がないのです。

その一方、冠動脈バイパス手術(略称CABG)は皮膚や骨(胸骨)を切るという、野蛮な一面はあるものの、手術のあとの安定度が良く、患者さんの生命予後を改善するつまり長生きできることが次第に明らかになりました。

冠動脈バイパス手術(CABG)は当初は大伏在静脈が中心でしたが、1980年代から内胸動脈(略称ITA)を使用するようになり、成績が改善しました。1990年代からは左右2本の内胸動脈を使用する施設も増え、1本使用より優れた成績が次第に明らかとなりました。さらに1990年代から体外循環を使わない、オフポンプバイパスという方法が汎用されるに連れて、脳梗塞や出血などがさらに減るようになりました。

こうしたカテーテル治療と冠動脈バイパス手術の進歩を受けて、欧米で2000年代後半に行われた大規模臨床試験がシンタックス研究(Syntax Trial)です。

この臨床研究にはもともと外科のバイパス手術の対象となっていた重症例たとえば3枝病変や左冠動脈主管部病変などが主であるため、外科の特長がよく見えるのではないかという期待がありました。たぶん5年から10年の間に大きな差がでるのではと思っていた医師も多かったと思います。

ところが、治療後わずか3年で重症例では生存率の差がはっきりと出て、冠動脈バイパス手術の良さが見直されることになりました。

それを受けて2年前のESC(ヨーロッパ心臓学会)、EACTS(ヨーロッパ心臓胸部外科学会)のガイドラインが改訂され、重症の冠動脈病変の大半で冠動脈バイパス手術をクラスIつまり強くお勧めという位置づけになりました。

日本でも上記のシンタックストライアルの結果や、国産データベースであるKredo Kyotoあるいは多数の臨床検討をもとに新しい冠動脈治療のガイドラインが発表されました(Medical Tribune誌などで)。

日循ガイドライン2012これを見ますと、重症冠動脈疾患の多くは外科手術が勧められ、カテーテルによる治療は主に軽症の疾患に良いという方向性が明らかになりました。

左図でIAとあるのは本格的・科学的なデータにもとづいて、しっかりお勧めできる治療法という意味です。IIaはお勧めできる可能性が高い、IIbはお勧めできるかも知れないレベルとお考えください。IIIはやってはいけないレベルです。

このガイドラインでは、すでに欧米では常識になっているハートチームという考え方も導入されました。

つまり内科、外科その他関係の領域のチーム全体で治療方針を熟考し決定することが日本では初めて求められたのです。

またステートメントとして、DESが患者の生命予後や心筋梗塞発症率を改善するというエビデンスがないことも明記されました。

同時に冠動脈バイパス手術が生命予後や心筋梗塞発症率を改善する、つまりそれだけ長生きできることも明記されたのです。

 

かつては冠動脈の領域ではガイドラインを無視する医師も少なくなく、カテーテル治療ができるなら何でもカテーテル治療すれば良いとする空気が日本ではありました。

Illust215bしかし最近の流れは、医療の客観化・公正化や安全管理の徹底、あるいはEBM(証拠にもとづく医学・医療)が年々定着し、医師が独断で治療法を決めるという昔の風習が廃れる方向にあります。これは若い医師の間でとくに顕著です。

どんな治療でも、それができるからやる、というのではなく、それが患者さんにとってベストだからやる、それも科学的データに基づくものだからやる、これが現代の医療の正しいあり方です。

その意味で冠動脈治療の新しいガイドラインは大きな影響力をもつものと考えられています。

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執筆:米田 正始
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冠動脈バイパス手術のふしぎな力【2025年最新版】

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最終更新日 2025年1月2日

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◼️天皇陛下のご選択

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天皇陛下(現在の上皇陛下)が冠動脈バイパス手術を受けられてから、この心臓手術は存在を認められ、国民的支持を頂いたような雰囲気があります。

それでは冠動脈バイパス手術はなぜ選ばれたのでしょうか。あるいはなぜ優れているのでしょうか。

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まず冠動脈バイパス手術にもちいる内胸動脈という血管が優秀であることが挙げられます。

この血管は動脈硬化がほとんど起こりません。冠動脈よりも血管年齢が若いとも言えます。つまり冠動脈バイパス手術によってその心臓は多少とも若返るわけです。

これは悪くなった冠動脈を力で広げてそこへ金属の筒を入れるステント治療よりはるかにバイオなわけです。

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◼️内胸動脈なぜ若い?

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ではなぜ内胸動脈はそれほど「若い」のでしょうか。その理由はまだ不明なところもありますが、いくつか解明されています。

Haru_0155ひとつには、プロスタグランディンEという活性物質・ホルモンを自ら造るちからがあり、このために動脈が老化しにくく、血栓もできにくいのです。

またNO(エヌ・オー、一酸化窒素)という物質も造るため、血管がリラックスし、良い状態が続きやすいのです。

内胸動脈の内側の表面にある細胞(内皮細胞)はそれ以外の、血管を守るちからも持っています。

神が与えた血管と言われるゆえんです。

内胸動脈でバイパスをつけた冠動脈の下流には動脈硬化が起こりにくいという意見もあります。

つまりその冠動脈全体にわたって何らかの保護効果があり得るのです。

SYNTAX_logo

 

こうした効果のおかげで、冠動脈バイパス手術を受けた患者さんはステントの患者さんよりも長生きできることが欧米の大規模臨床試験(シンタックストライアル試験と言います)で示されています。

これは冠動脈の病気が複雑なタイプの場合で、なるほど、実感と一致すると私たちは感心しました。

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◼️バイパス手術のもう一つの利点

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また同じ理由で冠動脈バイパス手術のあとは、強いお薬が要りません。

とくに抗血小板剤のプラビックスやパナルジンなどが不要となります。

バイパスピリンさえ必要あらば止めることができます。

 

このおかげで、早期がんの生検や手術、あるいは背骨の手術など、中高年の患者さんによく必要となる検査や治療が、バイパス手術のあとは問題なく行えるのです。

前立腺がんを治療された陛下にとっては、つよいお薬の不要なバイパス手術は一段とお役に立てる治療法だったものと思います。

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◼️他にもあるバイパス手術の利点

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それ以外にも、冠動脈の入口が通常は2つしかないのに、冠動脈バイパス手術によって2-5つも入口が増えて、さまざまな角度から血液が行き、余裕が生じるという説もあります。

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また内胸動脈や胃大網動脈は、「時間差攻撃」の力もあります。

つまり血圧のピークが大動脈よりも遅れるため、心臓がリラックスする拡張期の圧が内胸動脈では高くなるのです。

拡張期こそ、冠動脈に血液が良く流れる時期ですから、この効果は大きいのです。

Trp1006-sクルマのエンジンに例えれば、ターボを付けて性能をアップしたような印象です。

それやこれやで、冠動脈バイパスはカテーテルによるPCI治療、ステントとは違う利点をもつのです。

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◼️バイパス手術だけが良いというわけではなく

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ただし誤解のないように申し上げれば、私はどちらが良いとか悪いとかを論じているのではありません。

それぞれ使い道があるのです。

適材適所でこそ、威力を真に発揮するのです。

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Ilm20_ae04023-sたとえば冠動脈の病気がシンプルな場合はPCI・ステントが良い場合が多く、冠動脈が複雑に壊れているときには冠動脈バイパス手術が威力を発揮します。

このことは、重症の糖尿病や、慢性腎不全・血液透析の患者さんではいっそう顕著です。

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それを裏付けるように、透析30年の患者さんでも、その内胸動脈はきれいでやわらかかったのを覚えています。

ちなみにそれらの患者さんたちの冠動脈は硬化のためガチガチのボロボロでした。

その血管を守るためにも内胸動脈は役立っているでしょう。

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こうした利点をもつ冠動脈バイパスがステントとうまい使い分けのもと、天皇陛下をはじめ多数の患者さんのいのちと健康を末永く守ってくれることを期待しています。

 

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天皇陛下が冠動脈バイパス手術を受けられるわけは?

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朝日新聞などの各種報道によれば天皇陛下が2月18日に冠動脈バイパス手術を受けられることになったとのことです。天皇陛下の一日も早いご全快を祈るものです。

 

私のこの心臓血管外科情報WEBにも多数の閲覧があり、報道当日は通常の3倍近い、5700もの閲覧がありました。

また直接、なぜ天皇陛下は冠動脈バイパス手術を受けられるのですか?なぜカテーテル治療(PCI)じゃだめなんですか?とのご質問を戴きました。

 

天皇皇后両陛下。いいお写真ですね。もちろん私は主治医団の一員ではありませんので、周辺状況から推測するだけなのですが、

主治医の先生方はかなり多角的に、陛下の冠動脈や心臓だけでなく、長期間の健康や、以前に受けられた前立腺がんの治療なども総合的に考えられたからではないかと愚考します。

 

カテーテルによる冠動脈形成術(PCI)はメスを使うことなく、冠動脈の狭いところにステントと呼ばれる金属の網の筒を入れるため、患者さんにやさしい治療として広く使われています。

優れた治療法と思います。

 

しかしステントは、現在その多くが薬剤溶出性ステントという、抗がん剤などを表面に塗ったものが多く、患者さんの細胞を寄せ付けない傾向があり、金属がむき出しの状態のままになることがよくあります。

そこでは血栓ができやすく、いったん血栓ができると、冠動脈は血栓で詰まって、患者さんは心筋こうそくとなって死亡します。

こうしたことを防ぐため、強力な血栓予防のお薬、抗血小板剤を長期間にわたって飲む必要があります。

 

その抗血小板剤のため、他臓器の手術や出血しやすい検査がやりにくくなるのです。

Ilm09_dd04001-sたとえば大腸にポリープと呼ばれるきのこ状のできものができると、いずれがんになる可能性があるため内視鏡で切除するのですが、抗血小板剤が入っていると切除は出血の危険性のため消化器内科の先生も二の足を踏むことがしばしばなのです。

あるいはせっかく早期胃がんがみつかっても、あるいは歩けなくなるような背骨の病気が手術で治せるときでも、抗血小板剤が入っていると手術しづらくなるのです。

 

こうしたPCI・ステントの影の部分が最近指摘されることが増えました。

冠動脈バイパス手術のあとなら、こうした問題はほとんどありません。

 

ここで大切なこと、それはPCI・ステントと冠動脈バイパスのどちらが良いかという偏狭な議論をしているのではないということです。

それぞれの特長を活かし、患者さんの状態や年齢・生活・仕事などを勘案してベストのものを選ぶのが良いという意味です。

 

欧米の大規模臨床試験であるSYNTAXトライアル(シンタックストライアル)では冠動脈の病変が複雑な場合、冠動脈バイパス手術のほうが患者さんは長生きできるという結果がでています。

そのため複雑な冠動脈病変の患者さんには欧米では公式ガイドラインでバイパス手術を第一選択として推奨されているのです。

天皇陛下の場合は今後のがん治療のことも考慮して冠動脈バイパスを選択されたものと考えます。

もちろん抗血小板剤が不要で、長期安定性も良いため、公務やスポーツなどものびのびやれるため、というのも理由のひとつでしょう。

■追補: 手術の後の経過が良好で陛下はお元気に公務に戻られたのは皆さんご存じのとおりです。強いお薬や冠動脈血栓症などの心肺なく仕事に打ち込めるのがバイパス手術の特長です。詳細はこちらをどうぞ。

 

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天皇陛下の冠動脈バイパス手術の成功を慶ぶ」のページへ

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All Aboutのページ「天皇陛下が受けられる冠動脈バイパス手術とは」はこちら

 

 

 

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