心尖部「凍結」式の左室形成術ーーー治療成績をさらに改善 【2025年最新版】

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最終更新日 2025年9月11日

1.心尖部凍結式の左室形成術とは?

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**Frozen-Apex SVR(心尖部凍結式左室形成術)**は、従来の左室形成術(Surgical Ventricular Restoration: SVR)の利点を維持しながら、

  • 短時間で施行可能

  • 手技が確実で安全性が高い

  • 患者さんへの負担が少ない

という特徴を持つ新しい外科手術です。

従来の「心尖部瘤切除」とは異なり、左室本体を間接的に正常な形へ近づける手術であり、重症心不全患者さんにも応用できる治療選択肢です。

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2.開発の経緯

2011年に発表されたSTICH試験では「左室形成術は効果がない」と結論づけられ、世界的に衝撃を与えました。
しかし、その対象症例は本来手術適応とならない軽症例が多く、臨床現場とは乖離があることが後に判明しました。この点については、メイヨークリニックのHartzel Schaff教授や、STICH委員であったRobert Michler教授

も「研究方法に問題があった」と指摘しています。
一方、イタリアや日本の専門施設では、良好な手術成績が報告されており、適切な症例選択と熟練外科医による手術では十分な有効性があることが示されています。

3.復活と改良の動き

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私たちは「より安全で成績の良い左室形成術」を目指し、改良を重ねてきました。

  • 一方向性ドール手術:左室を理想的な形に短時間で再構築、死亡率をほぼゼロに

  • 内視鏡やMICS技術の活用:より深部でも安全に操作可能

そして到達したのが、**Frozen-Apex SVR(心尖部凍結式左室形成術)**です。

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4.最近の成果

  • 図2

    手術操作自体は15分以内で完了

  • 患者さんへの侵襲が大幅に軽減

  • 術後は全員が元気に社会復帰

  • これまでに20例以上で良好な長期成績を確認

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    • 特に、80代で左室破裂の既往がある方

    • 大規模心筋梗塞後に重度心不全となった方
      など、従来は困難とされた症例でも回復を得ています。

 

この成果は日本胸部外科学会や米国胸部外科学会(AATS)で発表し、2018年には米国の著名ジャーナルの表紙も飾りました。

5.心尖部凍結型左室形成術が優れている根拠

  • 図1

    心尖部は形態維持に重要だが、機能的負担は小さい

  • 左室のねじれ運動に必須の部位を温存できる

  • 左室中央部には手を加えないため拡張機能を損なわない

  • 心尖部を正常形態に復元することで、左室全体のサイズと形が自然に整う

7年以上の追跡調査でも、心機能改善が維持されています。

参考:
いい心臓・いい人生第107号 アメリカでまた発表して参りました
いい心臓・いい人生100号 アメリカ胸部外科学会で発表することに
いい心臓・いい人生99号 第31回日本冠疾患学会にて。
いい心臓・いい人生98号 日本胸部外科学会総会(2017)にて。

Seminar

2018年秋にこの新しい左室形成術はアメリカのメジャージャーナルの表紙を飾ることができました(右図)。

その後も報告を続けており、より完成度を高めて世界の多くの患者さんたちにお役に立てるようにして行きたく思います。
新しいデュアル形成術を知る

6.これからの展望

  • 拡張型心筋症・虚血性心筋症など、従来は「打つ手なし」とされた患者さんにも治療の道を開く

  • カテーテル治療(PCI, M-Clip)で改善しない心不全にも有効な可能性

  • 合併症(大動脈弁狭窄症・心房細動など)も同時に治療し、全体的な予後改善を目指す

⚠️ 注意点:状態が進行して寝たきりや集中治療室に入ってからでは、体力不足のため手術適応外となることがあります。
👉 まだ歩けるうちに早めのご相談が望まれます。

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まとめ

  • Frozen-Apex SVRは、従来より短時間で安全性の高い左室形成術

  • 重症例でも良好な成績を示し、社会復帰された患者さん多数

  • 世界的にも注目される新しい治療法であり、日本から発信しています

「もう打つ手がない」と言われた方も、ぜひ一度ご相談ください。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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成人期エプシュタイン病の三尖弁治療 ― MICSでのコーン手術【2025年最新版】

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更新日:2025年9月30日
執筆:福田総合病院 心臓血管外科専門医 米田正始

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◆エプシュタイン病と三尖弁の問題

エプシュタイン病(Ebstein奇形)は、三尖弁の位置や形に異常があり、重症例では弁形成が非常に難しい病気です。
従来の手術成績は安定せず、「外科医泣かせの疾患」と言われてきました。

この状況を大きく変えたのが2007年に登場したコーン(Cone)手術です。

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◆コーン手術とは?

コーン手術では、Cone手術シェーマ

  1. 三尖弁尖を一度取り外す

  2. 異常に右室へつながった筋肉を切除

  3. 弁尖を円錐(コーン)状に組み直す

  4. 本来の正しい三尖弁輪に縫い付ける

という手順で、弁を本来の機能的な形に再建します。
その結果、右心室の働きを取り戻し、三尖弁逆流を劇的に改善できるのです。

この方法は「三尖弁形成術の革命」と呼ばれ、現在ではエプシュタイン病の標準的治療の一つとなっています。

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◆コーン手術のもう一つの利点 ― 右室形成効果

コーン手術では、弁を修復するだけでなく、巨大化した右室を縫縮して正常な形に戻す効果もあります。
そのため、右心房のように拡張してしまった右室を再び本来の右室として機能させることができます。

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◆MICS(低侵襲心臓手術)でのコーン手術

EbsteinConePreopIMG_4061b.

当院では、先天性心疾患の専門家と連携し、小切開(MICS)でのコーン手術を実現しています。

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  • 通常の胸骨正中切開(約25cmの大きな傷跡)と比べ、骨を切らず傷跡が小さい

  • 心エコーで見ると、術前は弁が閉じず強い逆流がありましたが、術後は円錐状の弁がきれいに閉じ、逆流がほとんど消失

EbsteinConePostopIMG_4062b

  • 患者さんは顔色が改善し、運動能力も大きく向上

  • 傷跡が目立たないため、社会復帰が早く、心理的負担も軽減

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特にお仕事や外見上の傷が気になる患者さんにとって、大きなメリットがあります。

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左写真はMICSで行ったコーン手術の術前(上)と術後(下)の心エコー写真です。三尖弁の逆流が減り、巨大だった右室と右房が著明に改善しています。

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◆安全性への配慮

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MICSによるコーン手術は魅力的ですが、心臓手術の原則は安全第一です。

  • 正中切開と同等の安全性を確保すること

  • 慎重な術前検討と綿密な手術計画が必要

これらを守ることで、患者さんにとって本当に有益な心臓手術になります。

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◆まとめ

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  • エプシュタイン病は従来難治とされた三尖弁の先天性異常です。

  • コーン手術は、弁を円錐状に再建し右室機能も回復させる革新的な方法です。

  • 当院では、MICSによる低侵襲コーン手術を導入し、傷跡の小ささと早期回復を両立しています。

  • 安全性を最優先に、患者さん一人ひとりに最適な治療を提供しています。

👉 成人期エプシュタイン病で三尖弁の手術が必要と診断された方は、ぜひご相談ください。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
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元・京都大学医学部教授
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周術期つまり心臓手術がらみの心筋梗塞による拡張型心筋症【2020年最新版】

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最終更新日 2020年2月28日

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◾️周術期心筋梗塞とは?

心臓手術たとえば弁膜症手ccbo024-s術や冠動脈バイパス手術の際に心筋梗塞が合併することがまれにあります。

これを周術期心筋梗塞と呼び、命に係わることもある大きな合併症と位置づけ、その予防に全力を上げています。

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しかし世の中ではこの周術期心筋梗塞のためいのちを落とす患者さんは少なくありません。

中にはその病院のチームで全力挙げた治療で生き延び、しかしそのために拡張型心筋症になって心不全で苦しむというケースもあります。

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◾️周術期心筋梗塞がもとで拡張型心筋症になると

心筋梗塞を起こした部位が次第に広がり悪化すると、それ以外のもともと健康な左室壁が反応して広がり、悪化します。運が悪いと拡張型心筋症という、大きな動かない左室になってしまいます。

私たちはこれまで拡張型心筋症の手術で多数の患者さんをお助けして参りましたが、その中にこの周術期心筋梗塞による拡張型心筋症が含まれています。

この病気はケースバイケースであることが多いのですが、中に助けられる、元気になれることがあります。

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つい最近も他院にて2弁置換手術の際に周術期心筋梗塞を合併し、その後心臓が次第に大きくなり、左室の直径が10cm(正常の2倍、体積では8倍近いです)を超え、心不全が悪化して私の外来に来られた40代の患者さんがおられます。

基本的に心移植の適応ですが、まだ歩くちからがあり、補助循環(いわゆる人工心臓)では生活の質QOLが悪いからとこれを拒否されて私の外来に来られました。

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すでにCRTDという心不全用のペースメーカーも入っており、左室形成術は難しいと他院で考えられていましたが、工夫をしてCRTDケーブルを温存しつつバチスタ手術の改良型を施行し、元気になられました。左室の直径は65mmまで縮小し、駆出率は2倍以上の32%まで改善しました。これからお薬や心臓リハビリの調整で一層の改善を目指しています。

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◾️しかし、治せることが多々あります

周術期心筋梗塞にもとづく拡張型心筋症では左室の悪いところと良いところが比較的明瞭で、悪いところを形成しつつ、良いところがちからを発揮できるように左室をまとめあげる、こうしたことが他の心筋症よりやりやすいことがあるのです。ただし再手術というハンデがあり、再手術に熟練したチームであることも必須です。ちなみに上記の患者さんは4回目の手術で、癒着はかなりありましたが、これは手術の工夫で切り抜けることができました。

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もしこうした周術期心筋梗塞による拡張型心筋症でお困りの方がおられましたら一度ご相談ください。お役に立てることがあるかも知れません。

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執筆:米田 正始
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左室形成術とは【2025年最新版】

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最終更新日 2025年1月11日

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◾️左室形成術とは?

左室形成術とは左室瘤拡張型心筋症その他の状態に対して左室の容量・サイズと形を整え調整することで左室の機能をできるだけ回復させる手術です。

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古典的なものとしては心筋梗塞のあとの左室IMG_0690b3瘤(右図、左室の一部がこぶのようにポコッと膨らみそれが左室機能を悪くしたり血栓ができて障害が起こる)に対しての瘤切除があり、多数の患者さんを救命して来ました。1990年代はまだこうした時代でした(英語論文 15番などをご参照ください)。

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その後カテーテル治療PCIやさまざまな薬の登場でいわゆる左室瘤が減ったものの、それに代わって虚血性心筋症という、左室全体が動かないタイプが増えました。

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図 梗塞後リモデリング

◾️この10-20年の流れ

これまでの左室瘤の手術では、左室の悪いところを切り取るために術後は良くなるのはある程度自明でしたが、虚血性心筋症となると左室の悪いところと良いところの差が小さく、良いところも切り取ってかえって悪くなるという心配がでてきたのです(左図)。

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さらにこうした患者さんたちは手術前から心不全のため内臓が壊れたり全身の体力が落ちていることも多々あり、手術はできても体がついて来ない、ということのないように、注意が必要なのです。

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それをさまざまな工夫をして左室機能を良くするような切り方としたのがバチスタ手術であり、セーブ手術ドール手術オーバーラッピング手術、エリート手術なのです。詳しくはそれぞれのページをごらんください。

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それぞれ特徴があり、長所と短所をもっているため、一概にこれがベストと言いづらいところがあります。

どの左室形成術が良いかを考えるよりも、どれがこの患者さんに一番ぴったりくるかを考える、これが大切と思います。

そのため私はこれらの左室形成術をすべて活用しており、適材適所で選ぶようにしています。

そしてこの数年間、より患者さんの負担を減らし効果をあげる心尖部凍結型左室形成術を考案し、成績を改善しつつあります。左室形成術で死亡する患者さんはほとんどない、というレベルに達しました。

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◾️もっと患者さんを救うために

心移植がまだまだ患者さんのニーズを満たすほどに普及していない現在、左室形成術はうまくやれば患者さんをお助けする奇跡の手術になり得ます。心移植の手前の段階での治療と位置付けられている補助循環つまり人工心臓は太いケーブルにつながれている不自由さとその感染症などの合併症の多さからQOL(生活の質)が低く、なかなかなじめないというのが現状です。プロモーションビデオでは補助循環をつけた形でゴルフなどしておられる一コマもありますが、では実際に1ラウンドし、その後皆でお風呂に入り、食事を楽しみ、、それも隣に監視の医療者がいない状況で、といった普通の楽しみができるかとなればかなり???マークがつくでしょう。

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あるいは年齢その他の医学的、社会的条件のため、心移植や補助循環が許可されない患者さんでは左室形成術は唯一の治療法となることさえあります。

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このように患者さんにとって極めて有用有益な左室形成術ですが、内科の先生方の評判はそれほど良くありません。というよりあまり知らないという先生が多いのです。

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それは左室形成術そのものがそう多数行われている手術ではないこと、その成果を見る機会が内科の先生方に少ないこと、さらに欧米で行われたSTICHトライアルという欠陥研究で左室形成術は効果がないという結論を出されたため、頭からこれが消えてしまっているという現実があることも理由のひとつです。

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しかし私たち左室形成術を得意とするグループはこの良さを科学的に数字で示そうと研究会(重症心不全外科研究会)を立ち上げてデータを蓄積しているところです。

また私たちは2017年の日本胸部外科学会と重症心不全研究会で改良型ドール手術と心尖部凍結型左室形成術を発表し、前向きのコメントを多くいただきました。2018年のアメリカ胸部外科学会でもこの成果を発表し、世界に問いかけました。

この10年ほどの間に補助循環(一種の人工心臓)が改良され、これまでの心移植へのつなぎ(ブリッジ)だけでなくDTつまり一生人工心臓で行くという治療が増えつつあります。といっても補助循環で長期間生きるのはまだまだ大変です。その中で、左室形成は補助循環へのつなぎ(ブリッジ)としての位置付けをもつケースが出て来ています。ともあれ皆の英知を結集して重症心不全の患者さんが一人でも多く、一年でも長く生きられる、それも楽しく生きられることを目指して努力したいものです。

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心不全でお悩みの患者さんにおかれましては左室形成術を熟知した医師に相談され、ベストの選択をされることをお勧めします。

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■ 患者さんの想い出はこちら:

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東京HOCMフォーラム2015にて

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恒例になったこのHOCMフォーラムに今年も参加して参りました。
4回目の今回は慶応大学循環器内科の前川裕一郎先生が当番幹事で開催されました。

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学会が多数でき、それぞれ内容のある学術集会が開かれている昨今ですIMG_1838が、この会のようにHOCMに特化してまる一日、さまざまな角度から深く掘り下げることができる機会はそうありません。

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参加して有意義な一日だったと思います。私なりに感じたところをざっとお書きします。

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まず教育セッションとしてHOCM診断や評価のためのCTを榊原記念病院の歌野原祐子先生が、心エコーを東京大学の大門雅夫先生が、HCMへの治療デバイスとしてICDを榊原記念病院の井上完起先生が概説されました。

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私は前日夜まで大阪で仕事していたため、朝一番で出発してもこのセッションには間に合いませんでしたが良い内容であったと聞きました。

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それから症例発表が行われました。
日本医大の厚見先生は不安定な潜在的HOCMに対して複数の圧格差誘発試験により高度な圧格差を証明し、PTSMAで軽快した一例を報告されました。

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安静時には圧格差が見えなくても負荷をかけると変動して圧格差が生じるケースは私も経験があり負荷エコーの有用性を示すものと思います。変動型のほうが軽症とはいうものの、体を動かせない、仕事ができないというのは重症と言ってよく、しっかり治療するのが正しいと再認識しました。

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心臓血管研究所の嘉納先生は症状の管理に難渋し、最終的に外科治療を要したHOCM症例を報告されました。
中隔枝がちょうど良いところに存在しないときはアブレーションには無理があり、外科治療の適応のひとつになります。とくに乳頭筋異常を伴えばより外科が役に立ちます。これらを確認できた報告でした。

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仙台厚生病院の伊澤先生は事前の心臓CTが焼灼する中隔枝の決定に有用であったHOCMの一例を報告されました。左室のCTと冠動脈CTを併せて考えるとより正確な位置決めができ有用です。画像診断の進歩は素晴らしいと思いました。

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国立循環器病研究センターの天木先生は僧帽弁形成術後に発生した僧帽弁閉鎖不全症に対してアブレーションが効いたS字状中隔のケースを報告されました。

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僧帽弁形成術が増えた現在、こうした難症例をときおり経験します。術後はすっかり元気になって頂いてこそ弁形成ですので、私は術中にSAM予防策をより徹底して行うか、そうでなければモロー手術を同時施行するようにしています。参考になった報告でした。

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ランチョンセミナーでは日本医大の天野先生はLGE(ガドリニウム遅延造影)だけではない、HCMの造影CMRを解説されました。

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LGEは主に心筋の瘢痕を見ているためDCMなどで問題となる線維化は良く見えません。また心筋の壊れはじめの状態を見つけることも難しいです。この点、T1マッピングはびまん性線維化の評価ができ、そして造影後シネ画像で梗塞と閉塞の同時評価ができ、これらを従来の検査法に加えれば診断精度はより上がるわけです。今後の展開が楽しみになりました。

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午後のセッションのトップバッターとして榊原記念病院の高梨秀一郎先生がSeptal Reduction Therapyのお話をされました。
HOCMの外科治療を積極的に行っている施設は少数で、この手術を経験したことのない心臓外科医が多数おられます。そうした中でこの治療を定着させようというご努力は立派と感心しました。
診断の進歩や病態の理解が進み、左室中部閉塞型が増えたこともあり、最近はかつての経大動脈アプローチだけでなく経心尖部アプローチが増えているとのことでした。MayoクリニックのSchaff先生の報告以来、この方法が理解され、今後伸びるものと思いました。

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私はMICS技術を応用し、経大動脈弁で左室中部閉塞までは十分対処でき、その場合皮膚切開も小さく傷跡を見えにくくできるため、左室をなるべく傷つけないという方針で進めて来ました。しかし心尖部にも病変があるケースが増えているため、左室心尖部アプローチが役立つときには積極的に使おうと思いました。左室形成術で100例以上の経験蓄積があり、この経験で心尖部アプローチは大変やりやすいためこれからより重症にも対応できることを期待しています。

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なおこの心尖部肥大型HCMは従来知られていたよりも予後が悪く、今後の治療の進歩で救われる患者さんが増えるものと感じました。

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引き続いて共催セミナーがありました。
慶応大学の湯浅先生はエンドセリン受容体拮抗薬を用いたHCM治療の可能性について講演されました。ノーベル賞のiPS細胞のおかげでHCMの病態の理解が進み、現在この病気はサルコメア構造遺伝子に異常がある、サルコメア病であることがわかっています。これまでの薬物では特異的なものがないため成果も不十分です。エンドセリンのひとつであるET1にはETAとETBの2つのレセプターがあり、このうちETAのブロッカーを使うことで心筋の乱れが減ることが分かったとのことで、今後の展開が楽しみです。

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それからまた症例発表が続きました。
その中で小倉記念病院の林先生の心不全を呈した重症AS・大動脈弁狭窄症合併のHOCM症例が目につきました。
86歳とご高齢のためなるべく侵襲を下げたい、しかし治療が中途半端ではかえって不利、ASとHOCMを順々に治すか、その場合どちらを先にするか、あるいは外科手術で両方同時に治すか、さまざまな議論がありました。
まさにケースバイケースで、しかし安全第一で、後悔を残さない治療が大切と思いました。

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同様の症例報告が慶応大学の秋田先生からもありました。とくに悪性リンパ腫が見つかったとなると、それを進行させないよう、なるべくカテーテル治療を優先させるのが賢明と思いました。
またこうした狭窄が複数ある症例では通常のドップラー計測ができず、カテーテルでも微妙な位置決めが必要で必ずしも容易ではありません。心エコーではプラニメトリーで眼で見ての評価が必要となり、より熟練が必要かと感じました。

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これにも関連して、公立陶生病院の浅野先生が心エコーによる加速血流評価が有効であった複合型HOCMの一例を報告されました。

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ついで教育セッションとして、
1. HCM診療における遺伝子診断の役割(愛媛大学の大木元明義先生)
2. 失神を示すHCMの評価(榊原記念病院の高見澤格先生)
3. 日本におけるHCM登録研究(高知大学の北岡裕章先生)
の講演がありました。

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S字状中隔によるHOCMでは遺伝子変異が10%にしかないのに、心室中隔全体の肥厚では80%に遺伝子変異がある、しかし心尖部型では30%程度というのは興味深いデータでした。

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失神の鑑別では1.心室性や上室性不整脈、2.徐脈性不整脈、3.左室流出路閉塞、4.自律神経の障害、5.心筋虚血と拡張障害の相互作用、などを総合的に勘案する必要があり、また最近6か月以内の原因不明の失神では突然死の危険性があるというのは重要なメッセージと思います。HCMでも30%の患者さんに失神が起こるというのも同様です。

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最後に共催セミナーII パネルディスカッションが開催されました。
高山守正先生とともに不肖私も座長として仕事させて戴きました。

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HCMの年代別治療というテーマで、
まず大阪大学の小垣先生が小児領域におけるHCM重症例への対策の現状を概説されました。HCMの多くは特発性つまり原因不明で、1歳未満で診断がついた患者さんは予後が悪く、2歳までに心不全死することが多いのですが、学齢期に達しても心臓突然死という問題があること、治療では代謝性のHCMでは欠乏する酵素を補うことで改善できるものの、そうした治療ができないタイプでは有効な治療が難しく心移植に頼る傾向があること、などなどをお話されました。

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ついで榊原記念病院の内藤先生が40歳未満のHCMに対する心筋切除術を解説されました。40歳未満のケースでは左室中部閉塞型が多いためか左室内圧格差が低く僧帽弁閉鎖不全症の合併が少なく突然死のリスクが高いこと、手術では心尖部アプローチが増えていることなどを報告されました。

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榊原記念病院の高見澤先生は成人HCMを内科の立場から検討されました。35歳がターニングポイントで若くして診断された患者さんは心臓突然死が多く左室肥大や乳頭筋異常が多いことを示されました。心不全、不整脈などの突然死、脳梗塞などを予防するトータルマネジメントの重要性を強調されました。外科的治療は若年者、より高度な肥厚、併存心疾患や乳頭筋異常などがある場合に適応になりやすいとまとめられました。

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最後に慶応大学の前川先生は高齢者HCMの治療を内科の立場からお話されました。高齢者では1.Fraility、2.Comorbidity、3.Disabilityなどに注意して治療を考える必要があること、高齢者や担癌患者ではPTSMAになりやすい、80歳以上についてはこれからEBMを蓄積する必要があることなどを示されました。

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全体のパネルディスカッションの中でHCMはHOCMよりも心臓突然死が多く注意が必要であることも示されました。

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これまで何となく手つかずであったHCMやHOCMに対してきめ細かい治療戦略ができつつあることを実感しました。

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帰りの電車の都合で懇親会には参加できませんでしたが、内容のあるディスカッションが十分にできた素晴らしいフォーラムであったと思います。前川先生、高山先生、お疲れ様でした。

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心尖部肥大型心筋症 【2025年最新版】

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最終更新日  2025年9月9日

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◾️心尖部肥大型心筋症とは?【症状・原因】

肥大型心筋症(Hypertrophic Cardiomyopathy:HCM)は、左室心筋が分厚くなる病気です。従来は予後良好とされていましたが、**心尖部に肥大や狭窄を伴うタイプ(心尖部肥大型心筋症:Apical HCM)**では、

  • 心不全の悪化

  • 致死性不整脈

  • 突然死

のリスクが高いことが近年の研究で明らかになっています【Mayo Clinic報告など】。

よくある症状

  • 息切れ(労作時呼吸困難)

  • 失神発作

  • 動悸・不整脈

これらがある場合、早期に専門医の診断が必要です。

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◾️心尖部肥大型心筋症の治療法【保存療法と手術】

保存的治療(内科的治療)

β遮断薬や抗不整脈薬が用いられますが、症状が強い場合や重症例では十分な効果が得られないこともあります。

外科的治療(手術)

  • 異常心筋切除術(モロー手術を応用)

  • 左室形成術(心尖部から左室に入り、狭窄や肥大を解除)

  • 必要に応じて大動脈弁側からのアプローチを併用

私たちは、100例を超える左室形成術・心尖部アプローチの実績を有し、世界的にも稀な症例に対応しています。米国を代表する施設であるメイヨクリニックとの交流も役に立っています。

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成績まとめ

  • 手術死亡はなし

  • 多くの患者さんが日常生活や仕事に復帰

ApicalHCMpreop.

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◾️手術事例と成績【症例報告】

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  • 症例:50代男性

    • 術前MRI:心尖部が異常心筋で閉塞 → 心不全進行

    • 術後MRI:心尖部まで血流が改善 → 駆出正常化ApicalHCMpostop

    • 経過:心不全消失、仕事復帰

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🔳SCO(収縮期閉塞腔型)とは?【心尖部HCMの亜型】

**SCO(Systolic Cavity Obliteration)**は心尖部HCMのサブタイプで、収縮期に左室腔が閉塞してしまう病型です。

  • 強い心不全

  • 致死性不整脈

  • これまで移植しかないとされてきた難治例

が対象となります。

当院では、手術により不整脈が消失し、社会復帰された患者さんも複数例経験しています。

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◾️よくある質問(Q&A)

Q1:心尖部肥大型心筋症は突然死のリスクがありますか?
→ はい。失神や強い息切れがある場合は特にリスクが高いとされています。

Q2:手術ができる病院はありますか?
→ 世界的にも手術実績は限られており、日本でも数施設のみ。私たちは心尖部からのアプローチ手術経験が豊富です。

Q3:薬だけで治せますか?
→ 軽症では薬で症状コントロール可能ですが、重症例では外科手術が根本的治療となります。

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◾️まとめ【チーム米田の特徴】

  • 世界標準術式(モロー手術、David-Komeda手術)の経験豊富

  • 100例を超える左室形成術・心尖部アプローチの実績

  • Mayo Clinic、Toronto General Hospitalなど海外の知見を応用

  • 緊急例を除き、手術成績はきわめて良好

「不治」と言われた患者さんが元気に社会復帰された例も少なくありません。
諦める前に、ぜひ一度ご相談ください。

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お便り117 HCMと好酸球増多症で絶体絶命と言われてから社会復帰まで

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世の中には難しい心臓病が今なお多数残されています

この患者さんも山口県からお越しいただいた時には、一瞬どうしようかと不安になったほどでした

 

というのはHCMつまり肥大型心筋症の重症で左心室の心尖部側半分が異常心筋で充満し、動きも悪く、血圧を上回るほどの肺高血圧症があり、僧帽弁閉鎖不全症と三尖弁閉鎖不全症とも高度になっていたからです。

 

加えて大動脈がお腹の部分でほぼ閉塞しており、下肢の血流の流れも危険レベルに近づいているというおまけまでついていました。以前に受けられた下肢バイパス(大腿動脈ー膝窩動脈バイパス)も十分には作動できない状態でした。

 

その背後には好酸球増多症というまだまだ詳細不明な病気がありました。IMG_0441

 

中でも肺高血圧はSuper-systemicと呼ばれる危険な状態で、無理すれば突然心臓が止まる、つまり突然死も起こり得る状態でした。

 

まずは状況をしっかり把握し、手術前に調整できるものは調整し、できるだけ勝てる要素を増やそうということでさっそく入院していただき、治療を開始しました。

 

抗凝固療法や心不全に対する治療そして好酸球への対策を積極的に行い、予想以上に反応がありました。

大動脈内の血栓が溶け、おそらく肺動脈の眼に見えないレベルの血栓も溶けたのでしょうか、肺高血圧も突然死のレベルよりは改善し、手術ができる状態になりました。

 

といっても日本ではこのタイプの肥大型心筋症HCMに対する手術の経験を持つチームはほとんどありません。

 

幸い私たちは左室緻密化障害の患者さんで同様の形をもつ左室の形成術をこれまで数例経験していたこと、そして拡張型心筋症に対する左室形成術は100例以上の経験があること、さらに左室の内部に狭窄を伴うHOCMへの手術経験も多いため、この心尖部肥大型HCMの手術を行いました。

 

結果は上々で左室はほぼ正常の形とパワーを取り戻し、患者さんはまもなくお元気に退院して行かれました。

 

手術前に数週間もかけて治療しましたが、術後は早かったです。退院の時にはご本人さまおよび奥様と一緒に、あの頃は絶望的だったけどうまく行って本当に良かったと喜び合いました。

 

外来でお元気なお顔を拝見するたびに苦しかった頃を想い出します。

 

以下はその患者さんからのメールです。頑張って下さりありがとうございました。

 

*******患者さんからのメール******

 

この度の手術では、大変お世話になり有難うございました。

 

手術を含め73日間の入院期間中、医師・看護師・スタッフの皆様方の温かい対応で
入院生活はとても快適でした。

 

昨年に心臓の病気が見つかり他病院で入院・治療中でしたが、妻が「心臓手術なら米田先生しか
いない」と言うことでお世話になることにしました。

 

手術に向けての血液状態調整や各種検査
状況もその都度説明を頂き不安な気持ちはありませんでした。

 

そして手術前の先生からの親切丁寧な説明を受け家族を含め安心して先生に託することができ手術に対する不安は全くなく前夜も不思議なほど眠れました。

 

術後の経過も順調で看護師の方がびっくりするほどの回復で先生に大変感謝しております。
退院後は自宅周辺を毎日、妻と一緒にウォーキングをしています。

 

以前は長い坂道等では息苦しくなり心臓に負担がかかっていましたが術後は見違える程体調もよく順調に推移しております。
今後も外来でお世話になりますので宜しくお願い致します。

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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3) 拡張型心筋症とは?―各治療法の限界を踏まえるとかなり治せます【2025年最新版】

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最終更新日 2025年9月20日

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◆拡張型心筋症とは?

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図 DCMと正常拡張型心筋症(DCM:Dilated Cardiomyopathy) とは、心臓の主なポンプである 左心室(左室)が異常に拡大し、壁が薄くなってしまう病気 です。

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その結果、心臓が十分に血液を送り出せなくなり、心不全を引き起こします。

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*拡張型心筋症と似た病態に虚血性心筋症があります。心筋梗塞が原因で心筋が傷む点が特徴で、治療法も異なります。

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症状は以下のように進行します:

  • 初期:運動時の息切れ・動悸

  • 進行期:安静時にも息苦しい、起坐呼吸(横になれない)

  • 末期:強い心不全、下肢のむくみ、胸痛、失神

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◆拡張型心筋症が怖い理由


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DCMは「悪循環」に陥る病気です。心筋症の中でも要注意と言われるゆえんです。図 梗塞後リモデリング

  1. 左室が拡大

  2. 壁への負担が増える(ラプラスの法則)

  3. 壁がさらに薄くなり、ポンプ機能が低下

  4. 心室がさらに拡大し悪化

このサイクル(悪循環)が続くことで、やがて死に至ることもあります。

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さらに、左室の変形で 僧帽弁や三尖弁が閉じなくなり、逆流(機能性僧帽弁閉鎖不全症) を起こすことが多く、心不全を加速させます。

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◆拡張型心筋症の治療法

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Zoki_021. 内科的治療(第一選択)

  • 心不全治療薬(ACE阻害薬、ARB、ARNI、β遮断薬、MRAなど)

  • 利尿薬による症状緩和

  • 心臓リハビリテーション

  • 在宅で使えるASV(非侵襲的換気補助)

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2. デバイス治療

  • CRT(心室再同期療法):両心室をペースメーカーで同調させ、心臓の効率を改善

  • ICD(植込み型除細動器):致死性不整脈から命を守る

  • カテーテルアブレーション:重度の不整脈治療

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3. 外科的治療Ilm09_ag04003-s

  • 左室形成術(リバースリモデリング):壊れた部分を補強し、左室の形を整えて機能を回復

  • 弁形成・弁置換術:弁膜症を合併した場合に有効

  • 冠動脈バイパス術(CABG):虚血が原因の続発性DCMに

※左室形成術は一時期「STICHトライアル」で過小評価されましたが、専門施設では今も有効例が多く報告されています。

*外科的な選択肢として左室形成術があり、心臓の形態を整えることでポンプ機能を改善できる場合があります。

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4. 補助循環・人工心臓

  • 重症例では 補助人工心臓(VAD) を装着

  • 5年生存率は約65%と、心移植に匹敵するレベルに改善

5. 心移植

  • 日本でも1998年以降に実施可能に

  • ドナー不足はあるものの、拡張型心筋症の最終治療法

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6. 再生医療(研究段階)

  • iPS細胞やES細胞から作った心筋細胞を移植する研究が進行中

  • 心筋を直接修復する治療法として期待

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◆アフターケアの重要性A316_004

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  • 手術後や治療後も、薬物療法を組み合わせて 心機能を長期的に保護

  • 心臓リハビリで体力回復

  • 定期的なフォローアップで悪化を防ぐ

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◆まとめ:拡張型心筋症は「治療可能な難病」

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  • 難病指定ではあるものの、薬・手術(たとえば左室形成術)・デバイス・補助循環 を組み合わせれば改善できる病気

  • 体力があるうちに専門医へ相談することが、救命につながります

  • 患者さんやご家族は、むやみに恐れず、早めに治療選択肢を検討することが大切です

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患者さんやご家族にお願い:心不全が悪化し、ICUに入るなど、危険な状態になってから手術相談をされる方が今なお少なくありません。手術に耐える体力があって初めて手術ができますので、ある程度体力がある(例えば何とか歩ける)うちにご相談頂けますと、それだけお役に立ちやすくなるでしょう。

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虚血性僧帽弁閉鎖不全症とは 【2025年最新版】

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最終更新日 2025年9月23日

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◆はじめに ― この記事を読んでほしい方

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  • 心筋梗塞を経験された方

  • 息切れや動悸が続く方

  • 心臓の弁膜症と診断されたが詳しく知りたい方

  • 僧帽弁逆流・虚血性心筋症といわれ不安を感じている方

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虚血性僧帽弁閉鎖不全症(Ischemic Mitral Regurgitation:IMR)は、心筋梗塞後に僧帽弁がきちんと閉じなくなり、血液が逆流する病気です。
放置すると心不全が進行し、突然の呼吸困難や脳梗塞、生命に関わるリスクが高まる危険な病気です。
しかし現在は薬・カテーテル治療・外科手術の進歩によって、多くの患者さんが改善できるようになっています。

この記事では、虚血性僧帽弁閉鎖不全症の原因・症状・診断・治療法の選択肢について、患者さんやご家族にも分かりやすく解説します。

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◆虚血性僧帽弁閉鎖不全症とは

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虚血性僧帽弁閉鎖不全症(Ischemic Mitral Regurgitation:IMR)とは、心筋梗塞や虚血性心筋症の後に生じる僧帽弁の逆流症です。
一見すると「弁膜症」に分類されますが、実際の原因は弁そのものではなく左心室の障害にあります。

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心筋梗塞や虚血で左室が拡張・変形すると、僧帽弁を支える腱索が横方向に引っ張られ(=テザリング)、弁がきちんと閉じなくなり逆流が生じます。
このテザリングの解明と治療法は、1990年代に私がスタンフォード大学で研究を重ねてきたテーマでもあります。

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👉 関連ページ: 機能性僧帽弁閉鎖不全症とは

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◆症状

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初期は運動時の息切れ・動悸が中心ですが、進行すると**安静時や就寝時の呼吸困難(起坐呼吸)**が出現します。
胸痛を伴う場合は虚血が進んでいる可能性があり注意が必要です。

危険な兆候としては:

  • 夜間の強い息苦しさ

  • 下肢のむくみ

  • 突然の胸痛や動悸

これらがあれば早めの受診が推奨されます。

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◆治療法

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内科的治療

  • 薬物療法(利尿薬、β遮断薬、ACE阻害薬など)

  • 心臓リハビリ

  • **ASV(加圧式マスク)**による補助

  • **MitraClip(Mクリップ)**などのカテーテル治療(軽中等度例に限られる)

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外科的治療

薬やカテーテルで十分な改善が得られない場合、外科手術が選択肢となります。
虚血性僧帽弁閉鎖不全症はかつて「難病」とされていましたが、現在では**僧帽弁形成術や乳頭筋最適化術(PHO)**などの進歩により、多くの症例で良好な成績が得られるようになっています。

👉 詳細はこちら: 虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対する弁形成術

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◆なぜ症状が変動するのか? ― ロプノール湖の比喩

.IMRとロプノール湖

かつてこの病気は「消えたり現れたりする不思議な病気」と思われていました。
入院中は塩分制限・安静・点滴で一時的に改善し、退院すると再び逆流が悪化する…その原因を説明するのがテザリング現象です。

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左室が少し拡張するだけで、腱索が引っ張られ弁逆流が一気に増えるのです。(右下図、状態悪化すれば左図から右図へと変化)
このため手術(PHO)では前尖・後尖の両方を調整し、テザリングを解消することが重要になります。

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この詳細はPHO(乳頭筋最適化術)のページをごらんください。また開発の歴史もご参照ください。

テザリングと弁逆流.

 

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◆検査の進歩と注意点

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従来は心臓カテーテル検査が中心でしたが、現在では心エコーが診断の主役です。
理由は:

  • 心エコーは血流・弁の動き・ジオメトリーを詳細に評価できる

  • 外来や症状が強い時に繰り返し検査が可能

  • カテーテル検査は入院・安静下で行われ、実際より逆流が軽く出ることがある

現代では、心エコーを主体にカテーテルを補助的に利用するのが標準的です。

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◆ハートチームでの治療

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虚血性僧帽弁閉鎖不全症は、心臓外科・循環器内科・麻酔科・リハビリ科が連携するハートチームでの治療が不可欠です。
患者さんごとに最適な治療法を選び、内科治療・カテーテル治療・外科手術を組み合わせることで、より良い予後が期待できます。

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◆まとめ

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  • 虚血性僧帽弁閉鎖不全症は心筋梗塞後に起こる僧帽弁逆流

  • 本質は弁の病気ではなく左室のリモデリングとテザリング現象

  • 初期は薬・リハビリ、進行例ではMitraClipや外科手術が有効

  • 最新の僧帽弁形成術・PHOで治療成績は大きく改善

  • エキスパートチームによる個別化治療が重要

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👉 関連記事:

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
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元・京都大学医学部教授
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乳頭筋接合術とは

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虚血性僧帽弁閉鎖不全症をはじめとする機能性僧帽弁閉鎖不全症に対して行う弁形成術のひとつです。

当て布付の糸で前乳頭筋と後乳頭筋を根本か中ほどか先端部で寄せ、あたかも一本の乳頭筋のようにするのがこの方法の特徴です。

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この方法のコ LevineSchemeンセプトは2000年にMGH(マサチューセッツ総合病院)のRobert A. Levine先生らが提唱された両乳頭筋間の左室を縫い縮める方法から始まっているようです(左図)。

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それと並行して、拡張型心筋症に対するバチスタ手術で左室側壁を切除するとき、ちょうど両乳頭筋間の左室を切除することが多く、それはそのまま乳頭筋接合術を兼ねていたともいえます。多くのばあい、僧帽弁閉鎖不全症は軽減し良い結果をもたらしていました。

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日本ではこの方法を北海道大学の松居喜郎先生らが積極的に施行され成果を上げておられます。

私たちもこの乳頭筋接合術を行った時期があり、成果を上げることができました。

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その後、乳頭筋ヘッド最適化術(PHO)を開発してからはこちらの方を多用しています。PHOのページで示していますように、後尖の形が自然かつきれいで、長期間の再発が少ない形をしているためです。いわゆる後尖テザリングと呼ばれる現象が軽いのです。これは長期的に有利な形で、この点で乳頭筋接合術(後尖には効かない)より優れていると考えるわけです。

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それとすべての外科手術術式は自

199621043

自然に学ぶことが治療成功のカギと教えられました

然に学ぶのが良い、人工的な構造には慎重であるほうが安全であるという恩師 David先生の考えにそって、自然の構造から開発したPHOのほうがなじみやすいのかも知れないと考えてのことです。

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ともあれ今後も皆で検証を続けながらより良い治療法を開発、定着させていきたく思います。

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