心室中部閉塞型心筋症 【2025年最新版】

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最終更新日 2025年9月10日

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◾️心室中部閉塞型心筋症とは?

typical HOCM

**心室中部閉塞型心筋症(Mid-ventricular Hypertrophic Obstructive Cardiomyopathy:mid-ventricular HOCM)**は、閉塞性肥大型心筋症(HOCM)の亜型で、左心室の中程に心筋の肥厚が生じ、血流が狭窄されるタイプです。

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通常のHOCM(右図)では左室流出路が狭くなり僧帽弁前尖が血流に引き込まれて逆流を起こしますが、心室中部閉塞型では狭窄部位が左室の中部にあるため、僧帽弁逆流を必ずしも伴わないのが特徴です(右下図)。

症状は以下のように現れます:

  • mid-ventricular HOCM息切れ(労作時呼吸困難)

  • 胸痛

  • 動悸、不整脈

  • 重症化すると突然死のリスク

日本循環器学会のガイドラインでも「心室中部閉塞型心筋症」として区別されています。

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◾️治療の課題

このタイプのHOCMは、手術の難易度が高いことで知られています。

  • 左室深部の視野が悪く、異常心筋を十分に切除できない

  • 不完全切除で心不全が残る

  • 無理をすると乳頭筋損傷や心室中隔穿孔などの重篤な合併症が起こる

実際、学会発表のビデオ症例でも「肥厚部が十分に切除できていない」ケースが散見され、術者の経験が極めて重要であることが分かります。

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Williams pic

◾️私たちの取り組みと技術的工夫

私たちは、

  • トロント大学 William G. Williams 先生(左)直伝の方法に基づく術前シミュレーション

  • HOCM our wayMICS(低侵襲心臓手術)技術を応用した深部心筋切除

  • 内視鏡を併用し、左室内部を徹底確認して取り残しを防止

  • 必要に応じて心尖部切開も併用

などの工夫を行っています。

さらに、胸骨を小さく切開するMICSや、胸骨再建によって早期の社会復帰・自動車運転再開を可能とする取り組みも進めています。

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◾️手術の成績と実際の効果

これまで「手術は無理」と言われた患者さんでも、

  • 術後に心不全症状が改善

  • 職場復帰や運動が可能

  • 傷跡が小さく、心理的負担も軽減

といった結果を得ています。

心室中部閉塞型心筋症は「治療困難」とされがちですが、専門チームによる適切な手術で改善できる可能性があります。

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◾️まとめ

  • 心室中部閉塞型心筋症は、通常のHOCMに比べて治療が難しい病型。

  • 経験豊富な専門施設では、低侵襲手術や内視鏡併用により安全かつ効果的に切除可能。

  • 息切れ・胸痛・失神などの症状や「手術は不可能」と言われた方でも、専門医の再評価を受けることをおすすめします。

独りで悩まず、ぜひ一度ご相談ください。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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日本心不全学会のシンポジウムにて

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秋は行楽のシーズンですが、医師や研究者にとっては学会のシーズンでもあります。

日本心不全学会は心不全の IMG_0600治療や研究にかかわるさまざまな職種の方々が参加される学会ですが、ご縁あってシンポジウムで発表させて頂きました。

今回の学会は国立循環器病研究センターの北風政史先生が会長で、テーマは「日本が創る心不全学の潮流 -実臨床と基礎医学の往還から―」というスケールの大きなテーマでした。

私が参加させていただいたのは心不全と弁膜症、ハートチームセッションというシンポジウムで、座長は吹田徳洲会病院の金香充範先生と鳥取大学循環器内科の山本一博先生でした。

まず国立循環器病研究センターの天木誠先生が機能性僧帽弁閉鎖不全症に対する非薬物療法の適否の評価についてお話をされました。

Carpentier先生の分類の解説から始まって、機能性僧帽弁閉鎖不全症がいかに予後不良かということ、そのメカニズム、弁逆流の重症度評価(Vena Contracta、逆流率、逆流弁口)を国内外のガイドラインを参照して解説されました。総じてこの逆流はふつうの弁逆流より過小評価されやすいため、一見軽症でも間違いのないようにすべきであることも示されました。

薬以外の治療法、とくに心臓外科手術にも言及され、僧帽弁輪形成術いわゆるMAP単独よりアルフィエリ法(僧帽弁前尖と後尖を中央部でくっつける方法)を追加すると成績が良くなること、そこからMクリップ(アルフィエリと同様のことをカテーテルで行います)への期待がもてそうなこと、テザリングの意味、前尖だけでなく、後尖の角度つまりテザリングが重要であることまで解説されました。

優れたレビューで、時間がもっとあればなお良かったと思うほどでした。

仙台厚生病院の多田憲生先生は機能性僧帽弁閉鎖不全症に対するMクリップのお話をされました。最近話題のトピックスです。

この方法で僧帽弁の逆流はある程度減りますし、心臓手術ができないような重症患者さんに福音になるかもと思いました。

しかしお薬による内科治療と比べて短期長期とも差がでていないというのはこのMクリップがそれほど効かない恐れもあり、更なる研究が必要と感じました。

現在アメリカでは手術ができない器質性僧帽弁閉鎖不全症つまり弁そのものが壊れた、通常タイプの弁に保険が承認されています。

ダメ元だから誰にでもどんどんやって良いという治療ではないことを皆で認識すべきです。かつてPCI治療を「何度でもやればやるほど冠動脈は良くなる」と言われた高名な先生がおられたことを想いだすのは大勢の外科医のトラウマでしょうか。あの時も医療費ばかりがかかり、患者さんの生命予後は改善しませんでした。最近はそうした歴史への反省から、ハートチームでじっくり相談して正しく進めようという空気があるのは幸いです。

なおこれまでのデータから僧帽弁輪形成術をともなわないアルフィエリ法での成績が悪いため、Mクリップ(弁輪形成術はできません)も慎重に進めていただくのが安全と思いました。(参考記事はこちら

ついで葉山ハートセンターの星野丈二先生は非虚血性心筋症における機能性僧帽弁閉鎖不全症に対する弁形成術と弁置換術の適応についてお話されました。

かつての須磨久善先生や現在の磯村正先生の手術を拝見した私にはなじみある、興味深いお話でした。

左室形成術ができる場合は弁形成術を、左室形成術ができないケースでは弁置換術を行うという結論はなるほどと思うところと、もう一工夫したいという気持ちが混在して拝聴しました。

左室のなかに切り取るほど悪い部分がない場合でも、乳頭筋などを工夫して形を整えれば弁逆流は止まるからです。ただ同時に、左室がひどく壊れたケースでは、患者さんの体力にも心臓にも余裕がないため、理想とは思えない弁置換でも一発で決めるメリットがあるというのも理解できました。

このシンポのトリは私、米田正始が務めさせて頂きました。

10年前から改良を重ねて来た乳頭筋前方吊り上げ(PHO手術など)を含めた僧帽弁形成術の成績をお示ししました。弁だけでなく左室そのものをできるだけ改善するための手術ですので、通常の僧帽弁輪形成術いわゆるMAPより成績が良く、とくに後尖のテザリングが防げて長期予後を良くできることをお示ししました。これは乳頭筋接合術と比べても同様で、後尖は明らかに良くなります。後尖が良くなると逆流再発が減って予後が改善するわけです。

さまざまなご質問をいただき、うれしく思いました。内科の先生のなかにはこうした左室や乳頭筋から治す方法をご存知なかったケースもあり、このシンポに参加して頂けたことを感謝します。

ご質問の中に「この方法は先生のオリジナルですか」というものがあり、吊り上げそのものはアメリカのKron先生の開発で、私はその弱点を直し、より効果が上がる前方吊り上げを初めて開発したことをお答えしました。つまりKron先生の後方吊り上げでは後尖のテザリングは改善しないのですが、私の前方吊り上げで初めて前尖後尖とも良くなったわけです。他人の仕事をなかなか評価できない日本の学会でこうした議論をしていただいたことをうれしく思いました。

ともあれ弁だけでなく左室もなるべく守る方法で外科医は患者さんや内科の先生方に貢献できるのではないかと期待しています。

かつて冠動脈PCIの全盛期にはPCIができなくなればあとは看取りという風潮がありました。外科がまだまだ患者さんを良くできるのにそのままというケースが多数ありました。Mクリップという新たな方法で内科の先生方のなかにも僧帽弁や心エコーに興味を持つかたが増えていることを心強く思います。

この心不全学会に久しぶりに参加させて頂いて感じたのは、医師だけでなくコメディカルの方々の参加がずいぶん増えたことです。当然とはいえ、すばらしいことです。

さまざまなケア、心臓だけでなく呼吸管理、リハビリや栄養など、実際の治療現場で重要なトピックスが多数議論され、大変勉強になりました。来年からはもっと大勢のコメディカル仲間と一緒に参加したく思いました。

 

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執筆:米田 正始
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HOCMフォーラムに参加して

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閉塞性肥大型心筋症、別名HOCMは今なお難病として課題が多数残っています。

私たちはこの病気に HOCMフォーラム2014
対して積極的に治療を行い良い成績をあげて来ました。

東京でこの研究会が開催されたため参加しました。榊原記念病院の高山守正先生が代表幹事で、今回は日本医大の高野仁司先生が当番でした。

テーマは「治療困難なHOCM症例に対する戦略の工夫」で、まさにタイムリーなものでした。ことしの日本循環器学会総会でこのテーマで私たちが発表したときにも多数のご質問をいただき、うれしく思ったものです。

始めに榊原記念病院の歌野原祐子先生がHCMのMRI診断、CT診断、病態に迫るというタイトルでお話されました。MRIがこれからさらに有用になること、中でもLGE(心筋の壊れたところが造影剤で光って見えること)所見が重要で、これが患者さんの予後を教えてくれること、さらに左室構築がわかることなどを示されました。

左室流出路狭窄があるとき、これを外科で心筋切除(モロー手術)すれば患者の生命予後が改善すること、さらにこのHOCMの病態の中に乳頭筋の異常がかなり含まれていること、そしてこれをより正確に行えるよう画像診断の組み合わせが役立つことなどを解説されました。

乳頭筋の異常は私たちも以前から取り組んできた課題で、悪い心筋をかなり切除でき、それによってさらに狭窄が解除されることを実感してきました。これがより正確なデザインと評価で完成度が上がるのではと楽しくなってきました。

日本医大の坪井一平先生は新しいHOCMガイドラインを解説されました。日進月歩のこの領域で、ガイドラインはとくに大切です。欧米が日本に先んじていることを感じました。

植え込み型除細動器ICDの適応基準や、心臓突然死のリスクファクター(年齢、左室壁厚、左房径、左室内圧較差、心臓突然死の家族歴)がさらに重要になったことを示されました。

榊原記念病院の矢川真弓子先生は同院でのICD経験やカテーテルによるアルコールアブレーション治療(PTSMA)の成績を検討されました。拡張機能はβ遮断剤では改善しないが、アブレーションでは改善しやすいというのはなるほどと思いました。心筋内カルシウムを調節することの重要性ですね。

 それから内科的、外科的症例の検討が数例ありました。どの症例も興味深く拝聴しました。

とくにPTSMAでうまく行かなかったケースが異常腱索のためであり、心臓手術で改善したというのはなるほどと思いました。高度あるいは広範囲の心室中隔肥厚があるHOCM症例の手術を積極的に手掛けている経験からDiscussionをさせて戴きました。心臓外科医が少数しか参加していなかったため、質問を頂いたり、多少でもお役に立てたとすれば光栄なことです。

Na₋Ca交換剤であるシベンゾリンの有用性と課題も聴けて良かったです。

特別講演として高山守正先生がゲストスピーカーの代演を見事にこなされました。欧米と日本の新たなガイドラインが望むHCMの臨床というホットなテーマでした。

心臓突然死と心不全の克服、心臓MRIで肥厚心筋の中で壊死が進むことへの対策、利尿剤への警告、ACEやARBが適しないこと、同じβ遮断剤でもカルベジロールはあまり良くないこと、などなど盛りだくさんの内容でした。

内科のPTSMAと外科の心筋切除(モロー手術)の使い分けでは、若い患者さんには外科手術であとあと薬があまり要らないように配慮しておられるのも賛同できました。

それからComplex Caseへの診断治療というテーマで何例かの症例が検討されました。

大動脈弁置換術後にHOCMが悪化し、PTSMAで救命できたケースには私もコメントさせて頂きました。同様のケースがあり、これは生体弁ごしにモロー手術を行って無事に切り抜けたのですが、確かにこの病気は経験豊富なプロのチームでこそ安全にできることを実感しました。

それから榊原記念病院心臓外科の内藤和寛先生が外科症例の検討をされました。

手術適応は若く、心室中隔肥厚(30mm以上)、弁膜症とセットの場合、腱索乳頭筋の異常があるとき、内科のPTSMAが不成功のとき、など、理にかなったものと思いました。

最近増えている広範囲の心室中隔肥厚例に対して、経僧房弁アプローチと経左室心尖部アプローチを紹介されました。それぞれ興味深いところで私たちの経大動脈弁アプローチの改良型と対比してDiscussionさせて戴きました。

こうして心臓手術が磨かれていけばうれしいことです。

心臓の構造のため、PTSMAでは約3分の1に右脚ブロックが発生し、外科の心筋切除では左脚ブロックが発生しやすいことを考えると、前者のあとで後者の治療をするときには注意が必要であることもわかりました。

ファイアサイドセッションは東邦大学の佐地勉先生が小児・若年の多彩な心筋症のレビューをされました。さすがこの道のオーソリティで、幅広い遺伝子異常の研究と実用化から始まり、さまざまな心筋症から私たちがちからを入れている左室緻密化障害にいたるものまでカバーされ、勉強になりました。

教育セッションIIでは高知大学の北岡裕章先生がHCMの診断基準を、九州大学ハートセンターの有田武史先生が心エコーによる左室流出路の考察、そして市立宇和島病院の濱田希臣先生が非閉塞型肥大型心筋症の薬物療法を解説されました。

いずれも心臓外科医の私にとっては貴重な勉強の場となりました。

有田先生のお話のなかで乳頭筋の異常は上述のお話とあいまって大変面白く思いました。私個人の経験では前乳頭筋の異常がよく目につくと感じていましたが、有田先生が引用された報告も同様でした。これと榊原記念病院の先生方が示された後乳頭筋の異常と合わせてかなり高精度の治療ができるものと確信しました。

濱田先生のお話は熱いお人柄のおかげか大変迫力があり、有用なメッセージを頂きました。とくにシベンゾリンの有用性は納得いたしました。拡張機能を改善すればHCMの患者さんには大きな福音となるでしょう。

帰りの電車の都合で最後までは参加できませんでしたが、大変有益で楽しいHOCMフォーラムでした。高山先生、高野先生、関係の先生方、お疲れ様でした。

 

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事例: 虚血性心筋症に対する新しい左室形成術 その2

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虚血性心筋症は現在も重症でしばしば心移植しか治療法がないと言われます。

そうはいっても心移植はなかなか順番が回ってきませんし、補助循環(いわゆる人工心臓)を使っている人たちが優先することが多いですので、普通の心不全の症状では逆に治療法に困ることがあるのです。

患者さんは60代男性で起座呼吸を主訴として来院されました。

つまり心不全としては4段階の4、つまり最重症に入ります。

過去20年間に4回のPCIつまりカテーテルによるステント治療を受けておられます。しかし心不全が悪化し、来院されました。心エコーにて左室駆出率28%つまり健康者の半分以下、そして僧帽弁閉鎖不全症の増悪も認められました。このままではもう、あまり長くは生きられないという状況でした。

しかしよく見ればまだ心筋がかなり残存している所見があり、左室の悪い部分が比較的明瞭で、心図1SVG-4PD臓手術とくに冠動脈バイパス手術左室形成術そして僧帽弁形成術で改善できると判断しました。

体外循環下、心拍動下にまず静脈グラフトを右冠動脈に取り付けました。

さらに左室を前壁で開け、中を調べました。

図2左室切開前壁と心室中隔の前部分が心筋梗塞でやられており、それ以外は比較的壊れていませんでした。

これは治せるという所見です。

そこでDor手術の簡便さとSAVE手術のきれいな形の両方をもつ、私が開発した方向性Dor手術を行いました

通常のフ 図3四分割Fontan糸ォンタン糸と呼ばれる糸を4分割して梗塞部分と健常部分の境界部にとりつけました。

そしてその糸をくくることで左室の短軸つまり横方向に主に縮小させました。

左室はかなり小さくなり、予定のサイズまで戻りました。

それと同時に形を長細い、洋なし型に整えました。

図4左室縮小前 図5左室縮小後

左写真の左側は縮小前、同右側は縮小後の姿です。

主に横方向に小さくしていますが、

心尖部が瘤化しているため長軸方向にもある程度は縮小しています。

これで左 図6パッチ縫着後室のパワーアップに役立つのです。

最後にパッチを縫い付けて左室形成術を半ば完成させました。

そのうえで、左房を開けて僧帽弁を調べました。

やはり左室 図9MAPと吊り上げ後が悪化したために弁が閉じなくなっただけで、弁そのものは良好でした。

そのため私が考案した乳頭筋の前方吊り上げを行い、それも前尖と後尖のどちらもが前方へ引かれるように工夫し、リングをつけて完成しました。

弁はきれいに閉じるようになりました。

図10LITA-LADと左室閉鎖後最後に左室の切開部を閉じ、内胸動脈LITAを前下降枝にバイパスし、操作を完了しました。

術後経過は良好で、まもなくお元気に退院されました。

あれから5年が経ちますが、お元気に普通の生活を送っておられます。

その後もこの左室形成術で多数の患者さんをお助けできていますが、昔、救命できなかった患者さんのことを想いだしてはさらに精進しお役に立てるような心臓手術を磨いていきたく思うのです。

 

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事例: 虚血性心筋症に対する新しい左室形成術

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虚血性心筋症拡張型心筋症に対する左室形成術は適切な患者選択によって大きな成果を上げることができます。しかしこのことは循環器内科の先生方に十分知られているとは限りません。

つまり左室形成術によって救命し、さらに元気を回復できる、そうした患者さんが恩恵を受けられないというケースが全国で発生しています。

現在、全国の仲間の協力で重症心不全研究会が立ち上がりEBMデータを蓄積し、多くの内科医・臨床医のご理解を頂けるように努力しています。

ここで提示する事例は関東在住の30歳代前半の男性で、3か月前に大きな心筋梗塞をわずらい、近くの病院で治療を受けて何とか退院されました。ところが心不全が次第に悪化し、複数の有名な病院でも心臓手術は無理と断られ、私の外来へ来られました。

術前検査で左室Dd(拡張末期径)89mm、左室駆出率0%(計算上)と危険な状態でした(末尾ちかくにある術前後のエコーの比較をご参照ください)。左冠動脈前下降枝は完全閉塞しており、これが原因の虚血性心筋症と考えられました。

こういう患者さんをこれまで長年、お助けしてきましたのでお引き図1左室切開受けすることにしました。

まず体外循環を回し、

心拍動のままで左室を開けました(写真右)。

左室内には血栓があり、

図2左室血栓摘除これが脳へ流れれば脳梗塞になるため完全に摘除しました。

写真左は血栓摘除中の様子です。

ついで心筋梗塞でやられた部分とそうでない部分の境目に糸をかけ(これをフォンタン糸と言います)、

通常のDor手術(ドール手術)ではこの 図5新フォンタン糸かけ後フォンタン糸をただ締めてくくるのですが、

これを前もって4分割し、

主に横方向に左室を小さくするという私の考案した「方向性Dor」という左室形成術を行いました。

図7パッチ縫着後左室がSAVE手術(セーブ手術)に負けないきれいな洋ナシ形で、

しかもより短時間で正常サイズに近づいたところでパッチを縫着し、

左室を閉鎖して仕上げました。

僧帽弁が術前にかなりゆがんでいたため、僧帽弁形成術を併せ行いまし 図9MAPた(写真右下)。

 

術後経過はおおむね良好で、一度だけ歓談中の不整脈発作でお互い冷や汗をかきましたが、チーム全員が努力して患者さんを守り抜き、元気に退院して行かれました。

図10術前後の心エコー真左は術前後の心臓の様子をエコ―でみたものです。

ほとんど動いていなかった左心室がかなり回復し、形もきれいで安定度が増したのがわかります。

あれから6年以上の月日が経ちますがお元気と聞いてい ます。

左室形成術は適応を選び、うまく使うと患者さんに大変お役に立つ手術です。

本来心移植をしても不思議でないほどの重症患者さんですので楽な治療ではありませんが、心移植の数が限られていることから、患者さんにお役に立つ心臓手術と申せましょう。

こういう重症の患者さんは手間がかかり赤字になりしかもリスクも高いため病院からは嫌われることが多いのですが、日々治療法を改善しながらチームを育てて多くの皆さんの理解を頂きながら患者さんの救命ができるように努力しています。

 

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手術事例: 虚血性心筋症に心室中隔穿孔(VSP)を合併した80代男性

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心筋梗塞後の心室中隔穿孔(略称VSP)は緊急手術を要する、きわめて重い病気です。

多くの場合、心臓手術しなければ、あるいはそのタイミングが遅れれば患者さんは死にいたります。何とかそれを避けねばなりません。

そこで私たちは患者さんが来院されると同時に、心臓と全身を守る治療を開始し、それと並行して素早く確定診断をつけて緊急手術へと進みます。

かつては比較的元気な左室に急性心筋梗塞が起こり、つづいて心室中隔穿孔が合併して緊急手術になった方が多かったのですが、最近はすでにうんと悪化した心臓に合併するというケースがみられるようになりました。まさに絶対絶命の状況です。

こうした患者さんをお助けすることに力をいれています。

患者さんは84歳男性です。

胸痛のため当院へ来院されました。

来院時、心エコーにて駆出率19%(正常は60%台ですから、19%は心移植に近いレベルです)と左室機能の極度の低下を認め、心尖部に瘤つまりこぶのような広がりがあり、以前に心筋梗塞を患われた跡がみられました。

つまり梗塞で左室の一部が死んでしまい、それが圧に負けて次第にこぶのように大きくなってしまったわけです。左室全体のちからも落ちて、いわゆる虚血性心筋症という重症の状態です。

 

血圧が十分にはでないショック状態のため、集中治療室ICUで強心剤の点滴を受けつつ、カテーテル検査に臨みました。

その結果、左冠動脈前下降枝が100%閉塞し、回旋枝も90%狭窄となっていました。そこでこれらの枝にカテーテル治療PCIでステントを留置し、改善を見ました。循環器内科の先生方のご努力に感謝です。

 

ところがその3日後、突然状態が悪化し、心エコーにて心室中隔穿孔が認められました。つまり心室中隔に穴が開いたわけです。

その穴を通って左室の血液が右室へと流れ込み、心不全と肺の強いうっ血が起こり危険な状態でした。

そこでただちにIABPという心臓補助のバルン(ふうせん)で状態を維持しつつ、まもなく緊急手術へと進みました。

 

図1左室切開後体外循環(人工の心肺です)・心拍動下に観察しますと左室前壁は心尖部から左室基部側2/3まで広い範囲にやられて薄くなっていました。

これを切開して左心室の中に入りました。

すでに壊れたところを切るため、心臓や患者さんへの影響はありません。


左室内を観察しますと、心室中隔と左室前壁が広い範囲にわたって薄くなり、その根っこがわ近くに直径6mmの穴が開いており(これが心室中隔穿孔VSPです)、その周辺部組織も死んでいました。

右上図の矢印がVSPです。周囲の心筋が壊死してぐちゃぐちゃになっているため、良く見ないと分かりにくいものです。

そこでまずこのVSPをプレジェット付き糸で直接閉鎖しました。

 

左室の瘤化した図2 4分割Fontan糸部分を形成しないと術後心機能が危険なレベルのため、私たちが考案した一方向性Dor手術を行うことにしました。

この方法では左室の洋ナシ型形態を保ちつつ、必要な左室縮小ができるからです。

神が創られた形に戻す、これがいちばん自然で良い結果が期待できるのです。

左室の中で、心筋梗塞・瘢痕部と正常部の境目に 図3 4分割Fontan糸完成後糸をかけ、おもに横方向にこの糸を引き、縫縮しました。

上図はその糸をかけているところです。

これできれいな形を取り戻すことができました。

右図はその糸をかけてくくった後の姿です。

上図とくらべて左室が細長い、自然な形にもどっているのが見えるでしょうか。

自然な形こそパワーを出しやすくする秘訣なのです。これはその後のいくつもの研究で証明されています。

図4パッチ縫着後そのうえで大きめのパッチを縫着し、パッチが良く膨らむようにしました。

これにより適正な左室容積が保てると判断したためです


左図はパッチをつけた後の姿をしめします。この時点ではまだわずかな圧しかかかっていませんが、すでにきれいに膨らみ、新しい左室の姿の一部を示しています。

体外循環を比較的少ない強心剤で無事離脱しました。

経食エコーでもVSPシャントつまり血液の漏れは消失していました。左室も適正な形と容積になり、動きも改善しました。

薬剤溶出ステントのための抗血小板剤プラビックスが3日前まで入っていたため、入念に止血を行いました。

術後経過は順調で、血行動態は改善し肺動脈圧も術前の50台から30台へ改善し、尿量も十分で術当夜には覚醒されたため抜管し、翌朝、一般病棟へ退室されました。

その後も経過が良く、術後2週間で元気に退院されました。

心臓手術から5年の時間が経ちます。すでに89歳におなりですがお元気に外来に定期健診に来られます。駆出率も38%にまで改善しておられます。

ご高齢だからといって、あるいは重症だからといって、内容を吟味せずに諦めるのは間違いと私は考えています。患者さんを比較的高い確率で救命でき、かつその後は楽しく暮らせる見込みが高ければ、頑張るべきと思います。

 

天皇陛下の冠動脈バイパス手術のあとで執刀医の天野先生が言われたのは、陛下がお元気で公務に復帰された時点で手術成功と言える、でした。このVSP患者さんの場合も同様で、本来の元気で楽しめる生活に戻ったところで成功だったと言えると思います。そしてその成功が5年以上維持できたとなれば、これは患者さんにとって極めて良い心臓手術になりましたと言っても支障ないと思います。

 

患者さんやご家族の頑張りに敬意を表するとともに、今後もお身体を大切に永く楽しく生きて頂きたく思います。

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お便り99: 虚血性心筋症術後7年、新たな心臓病を乗り切る

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虚血性心筋症は心筋梗塞のあとで、梗塞をまぬがれた心臓部分が次第に大きく弱くなる病気です。

時間とともに重症化し、長くは生きられない状態となります。

しばしば虚血性僧帽弁閉鎖不全症を合併し、いっそう寿命を短くしてしまいます。

私たちはこの20年以上、虚血性心筋症や虚IMG_5510b血性僧帽弁閉鎖不全症の手術に取り組んで参りました。年々その成果が上がるようになり、この数年間は死亡率もかなりゼロに近づきました。

さてこのお便りの患者さんは7年前、米田正始がまだ京大病院で仕事をしていたころに、虚血性心筋症のため手術させて戴いた方です。遠く長野県から来て下さいました。手術前、心臓とくに左室のパワーは正常の3分の1以下に落ち込んでいました。

当時はまだ珍しい手術であったセーブ手術と septal reshapingと呼ばれる心室中隔の形成術を含めた左室形成術、さらに僧帽弁形成術やメイズ手術そして冠動脈バイパス手術をセットで行いました。すべて心臓を動かしたまま行いました。

大きな手術でしたが患者さんはよく頑張って下さり、お元気に退院されました。この手術は学会などでも発表し評価を頂きました。

その後患者さんはお元気に暮らしておられましたが、あれから7年が経ち、大動脈弁が新たに壊れ大動脈弁閉鎖不全症となって心臓に負荷がかかって左室がまた拡張し、僧帽弁閉鎖不全症や三尖弁閉鎖不全症を合併し、心不全になって来院されました。

心の絆のおかげでしょうか、名古屋で仕事をしていた私をたずねてきて下さいました。

すでに80歳近いご年齢で消耗されやせ細っておられる、2度目の手術、それも3つの弁がやられている、もともと大きな心筋梗塞のあとで心臓のパワーが落ちているうえに、最近のあらたな大動脈弁閉鎖不全症のためいちだんと心臓が弱っている、といった厳しい状況でした。

患者さんは死んでも良いから生きるチャンスを下さいと、私を信頼してきて下さったのです。

私はその信頼に是非応えたく、この7年間に培ったノウハウを結集した心臓手術を行いました。

体への負担を最小限にするため、大動脈弁手術の負担だけで大動脈弁と僧帽弁の両方を治しました。通常は僧帽弁形成術では左房を開けるのですが、左房はそのままに、大動脈弁経由で乳頭筋を手直しし(私たちが開発した新しい手術です)、そのまま大動脈弁を置換して短時間で、最小限の剥離で一気に直しました。あと心臓が拍動した状態で三尖弁を修復し、その間に心臓を回復させてうまく行きました。

7年前はICU(集中治療室)を出るまで7日もかかりましたが、今回は僅か1日で退室できました。

この7年間の努力の成果が功を奏し、まもなくお元気に退院して行かれました。いのちを預けてくれた患者さんの期待に沿えてこんなにうれしく思ったことはありません。

以下のお手紙はその患者さんと、ご家族の皆さんからのものです。

 

********* 患者さんからのお便り ********

前略 

暑かった夏も去り、ようやく住み良い季節となりました。早速御礼状を差し上げるべきところなのに、すっかり遅れてしまい申し訳ありませんでした。

この度は、先生には、二度にもわたり、命を救って頂きまして御礼の申し上げようもない程、心より感謝致しております。本当にありがとうございました。いつの日かお会いする日を楽しみです。

 名古屋ハートセンターに在職中に、運良く手術をして頂けたことを、家族も含め、ラッキーだったと喜んでおります。

九月二日、無事に退院でき、その後、長野**病院の心臓センターの**先生にかかり、一週間検査入院もし、リハビリに通ったりし、今のところ、お陰さまで、何とか日常生活を送っております。

先生に助けて頂いた命なので、今後は大事にして余生を送りたいと考えております。今後ともよろしくお願い致します。

先生のますますの御活躍を祈っております。御礼まで。

米田正始先生

****

********* ご家族からのお便り **********

前略

先生には、ますます心臓病で苦しんでおられる人達のため命を救う、尊い使命に頑張る日々をお過ごしの事と尊敬申しあげております。

先日は、奈良の病院へ勤務された先生からわざわざごていねいな便りを頂きまして、本当に恐縮致しております。ありがとうございました。早速に御礼状をと思いながら、今頃になってしまいましたことを、お詫び致します。

名古屋ハートセンター退院後、長野**病院に診察に行き、退院後はリハビリに通ったり、家から歩いて十五分位なので、二週間に一度の約束で診察に行くことになりました。

何とか認知症の方もあまり進むこともなくて、今のところ一安心致しております。

唯こちら信州は、朝夕の温度が低く、寒くなって、体温と血圧が低いので、これからの厳しい冬を迎えるので心配ですが・・・ 

十月一日に名古屋ハートセンターへ、術後に診察に行き、問題ないと言って頂きました。 米田先生にお目にかかって、御礼を一言申し上げたく楽しみにしておりましたが、退院の時もお会い出来なかったので、主人は大変残念がっておりました。
 

次回の診察日は、二月初め頃と言われましたが、本人は、元気な姿を先生に、御礼申し上げたいので、奈良まで行きたいと楽しみにしております。それをはげみに、元気で生きていたいと、リハビリも頑張っております。体重も二キロほど増え、食欲はあまりありませんが、あわてずに療養していくと申しております。私も頑張ります。

 
「先生にお逢い出来て良かった!!生きていてよかったなァ」そんな感謝の心で、今回が無駄にならないよう、この命を大切にして生活すると、私も主人も、心に決めております。

先日信州そばを持っていきましたが、逢えず残念、信濃で名づけた「信濃スイート」の、りんごの収穫が始まりましたので、一つだけ、近々送ります。ほんの御礼の心ばかりですので、受けて下さい。お願い致します。

ありがとうございました。乱筆にて失礼。

平成二十五年 十月 十三日 
**妻** 子供たち一同

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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乳頭筋最適化術(Papillary Head Optimization)とは 【2025年最新版】

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最終更新日 2025年1月1日

1.乳頭筋ヘッド最適化手術とは?

乳頭筋のヘッドを糸で束ねて前方に吊り上げ、僧帽弁の逆流を止める手術です。略称はPHOです。
アメリカのKron先生の方法をもとにして、私たちが世界に先駆けて開発した術式です。虚血性僧帽弁閉鎖不全症などの機能性僧帽弁閉鎖不全症に対して威力を発揮します。
この領域の権威であられる産業医大循環器内科教授・学長の畏友・尾辻豊先生のご意見で命名しました。 以下もう少し詳しくご説明します。

2.虚血性僧帽弁閉鎖不全症や機能性僧帽弁閉鎖不全症の手術で大切なことは

心筋梗塞後の虚血性僧帽弁閉鎖不全症や特発性拡張型心筋症の機能性僧帽弁閉鎖不全症では前尖だけでなく後尖のテザリングつまり弁尖が左室側に引き込まれる現象をいかに治すかがカギとなります。

そのため前尖だけでなく後尖も治せるこのPHO法は当初、両尖最適化(Bileaflet Optimization)という名前で、より多くの患者さんたちにお役にたつものとして発表しました。しかし直接的には乳頭筋に手を加えて治すため、このPHOという名前が分かり易いと言われたのです。

PHOシェーマ

なるほど鋭いご指摘、さすがは尾辻先生と感心し、以後このPHO法という名前を発表のときには使っています(開発の歴史のページをご参照ください)。

3.従来の手術との成績の比較

これまでの手術法とくらべてこの乳頭筋最適化術(PHO法)はどのくらい良い結果を出せるのでしょうか。

まず現在まで標準術式と言われている僧帽弁輪形成術、つまりリングをもちいて僧帽弁の弁輪を締める方法(略称MAP)と比べてみると、
前尖のテザリングについてはMAPもそこそこは行けるもののPHO法が有利、とくに重症の虚血性僧帽弁閉鎖不全症や重症の機能性僧帽弁閉鎖不全症でテザリングが高度なものではPHO法が断然有利です。

後尖については、MAPでは手術後は術前より悪化します。しかしPHO法をMAPに併用すれば悪化しません。有意に改善とまでは行きませんが良くなる傾向があります。つまりここでMAPだけの従来法にはない、大きなメリットが発生するわけです。

これらを合わせると、これまでのMAP法で治せなかった虚血性僧帽弁閉鎖不全症や機能性僧帽弁閉鎖不全症をこの乳頭筋最適化術PHO法では治せる、その限界線が高くなったと言えそうです。

4.もう一つの手術法との比較では

PHOとPMA
この乳頭筋最適化術PHO法と、近年ある程度使われている乳頭筋接合術(PMA法)を比較しました。
PHOは乳頭筋先端を前方へ吊り上げるのに対してPMAでは両乳頭筋を寄せるのです(左図)。簡便な良い方法と思います。
すると前尖についてはどちらも善戦健闘するものの、PHO法のほうが有効性が高いという結果でした。後尖についてはPMA乳頭筋接合術では悪化したのに対してPHO法では悪化しませんでした。

心臓とくに大切なポンプである左室のサイズや動きパワーについてはPMAよりPHO法のほうが有利という結果でした。PMAも悪くはないのですが、PHOでは明らかに改善する項目が多かったのです。

総合的に判断すると、乳頭筋接合術PMAより乳頭筋最適化術PHO法のほうが有利という結果でした。ただしその差は前述のMAP法との差よりは小さく、PMAはかなりつけているとも言えましょう。後尖のテザリングがそうひどくなければどちらも使える方法だと思います。

こうした結果を、2012年のヨーロッパ心臓胸部外科EACTSと、2013年のアメリカ胸部外科学会AATSの僧帽弁セッションともいえるMitral Conclaveなどで発表し、多くのご質問や前向きのコメントを頂きました。2017年にはアメリカ胸部外科学会の本会で発表でき、その効果が世界に知られるようになりました。

内外の学会でぜひ使いたいと言って下さった先生方も増え、光栄なことです。

5.乳頭筋最適化術(PHO)の限界は

ただしいかなる術式もそうであるように、このPHO法にも限界はあると思います。

そもそも左心室があまりにも壊れているケースでは、僧帽弁閉鎖不全症がきれいに消えても、それだけではパワー不足という大きな、かつ根底的問題が残ります。
何しろ、これらの手術が対象とする患者さんは、心臓の筋肉が大きく壊れたり失われた方々ですから、もとの出発点が厳しいのです。

しかし、だからこそ、少しでもパワーアップをという努力は大切と思います。PHO法が患者さんにとって有利で、かつ威力を発揮できるような使い方をすることが大切です。

パワーに関しては、ここまでの研究で、PHO法と同じ前方吊り上げによって、左室収縮機能が改善することが心不全の動物モデルで証明できています。これは手術前に僧帽弁閉鎖不全症をもたないモデルですので、弁の逆流を消したため左室機能が良くなったのではなく、PHOという操作自体が左室機能を良くしたことになります。
これは人間ではなかなか証明できない、実験研究ならではのメリットと考えています。

というのは人間の患者さんで、僧帽弁閉鎖不全症のないひとにこうした術式を行うことは倫理的に許されないからです。

それ以外にもPHO法が左室のパワーアップに役立つという傍証があります。それはコアプシスCoapsysという左室を前後に圧迫するデバイスで左室機能がある程度改善するというデータが実験でも患者さんの臨床データでも報告されています。PHO法で左心室を前後に圧迫するちからとかなり近いちからのかかり方です。そのため同法でも同様のパワーアップが期待しやすいのです。

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6.限界を打ち破る、最近の展開は

Apf1107-s

そうこうしながら、60名を超える患者さんにこのPHO法を行い、その前のバージョンである腱索転位法(トランスロケーション法)と併せると100例近い数になりました。

なかでも新しいPHO法で予想以上に活発な生活を送っておられる方が多いことが、実感のあるよろこびです。

こうした最近の成果を内外の主要学会のシンポジウムなどで発表し啓蒙に努めています。

参考:
いい心臓いい人生99号 第31回日本冠疾患学会(2017)にて。
いい心臓いい人生98号 日本胸部外科学会総会(2017)にて。
いい心臓・いい人生96号 ソウルに行って参りました(第19回国際弁膜症シンポジウム
いい心臓・いい人生92号 アメリカでちょっと頑張りました(アメリカ胸部外科学会)

それともうひとつ、この方法にいったん慣れるとかなり短時間で手術操作が完了します。上記のように大きなメリットを患者さんに提供できるだけでなく、それがたかだかプラス10分あまりの時間でできてしまうという利点は今後に期待ができると考えています。短時間でできるということは、患者さんの体力を消耗せずにすむことであり、体力が落ちた重症患者さんにとって大きな利点となります。

PHO and others

私たちが開発したPHO手術(図の左)は、その効果の高さからご活用くださる施設が増え始め(図の右)、光栄なことです。医学研究のオリジナリティを守るため、私たちの原著を引用頂けると良いのですが、、、、

 

さらに新しい左室形成術(心尖部凍結型左室形成術と言います→もっと見る)で短時間で左室の修復が行えるようになり、アメリカのメジャージャーナルの表紙を飾りました(右図の赤矢印)。

Seminar

これまでPHOが使えなかった巨大な左室にも使えるようになり、盛り上がりを見せています。PHOと新しい左室形成術の併用効果は大きく(デュアル形成術)、2019年のアメリカ胸部外科学会・僧帽弁シンポジウムで発表し反響がありました。→→デュアル形成をもっと知る

それやこれや、こうした努力のメリットと限界とを常に考え、患者さんが損しないようにバランス感覚を磨きつつ、日々精進しています。またこれからこのPHO法を海外や国内の先生方にも安心して使って頂けるよう、啓蒙活動を行う予定です。

7.カテーテル治療・Mクリップとの比較では

近年循環器内科で話題のMクリップは、心臓外科手術のアルフィエリ法をカテーテルで行うものです。アルフィエリ法では僧帽弁前尖と後尖を真ん中にてつなぎ、僧帽弁を2つに分けて閉じやすくするものです。
良い方法なのですが、本質的に僧帽弁を治すものではなく、まして原因である左室を直せないため効果は限定しています。アルフィエリ法そのものが不十分治療である場合が多いため、そのコピーであるMクリップも同様と心臓外科医は考えています。ただMクリップはカテーテルでからだへの負担が少ないため試みる価値があるケースは存在すると思います。
これをやってみてダメなら上記の乳頭筋最適化手術(PHO)というのは一つの方法と思います。
Mクリップについて、さらに見るのはこちら
Mクリップが効かないときはこちら

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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4) バチスタ手術とは?―奇跡の手術となり得ますが時と場合を選ぶ必要が 【2025年最新版】

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最終更新日 2025年9月25日

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Dr. R Batista◆バチスタ手術とは?

バチスタ手術(正式名称:左室部分切除術 partial left ventriculectomy, PLV)は、**拡張型心筋症(DCM)**に対する外科治療の一つです。

拡張型心筋症は、お薬による治療だけでは予後(長期生存率)が厳しいことが知られていました。その中で1990年代、ブラジルの心臓外科医ランダス・バチスタ博士が「心臓の一部を切除して小さくする」手術を発表し、世界的に注目されました。

心臓の壁にかかる張力を物理学的に減らすことで機能回復を狙うこの方法は、「奇跡の手術」として話題になり、多くの重症心不全患者さんを救いました。

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◆バチスタ手術の限界と課題

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当初は大きな期待を集めたものの、従来型のバチスタ手術は「効果が一定しない」「予測が難しい」といった問題があり、欧米では徐々に行われなくなりました。

さらに、欧米では重症心不全に対して人工心臓(補助循環装置)や心臓移植が広く普及しており、バチスタ手術の必要性が相対的に低下した事情もあります。
アメリカでは現在、保険適用もなく、ほとんど行われていません。

日本では須磨久善先生らが改良を重ね、一部の施設で一定の成果を上げてきました。

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◆改良型バチスタ手術とは?

朝日新聞バチスタ報道b

私たちは、従来の手術の課題を克服するため、心尖部(左室の先端)を残す改良型バチスタ手術を開発
しました。

心尖部は心臓の力を生み出す上で非常に重要です。これを温存することで、左室の形がより自然になり、術後の心機能が安定することがわかっています。

2002年、アメリカ胸部外科学会(AATS)で発表したところ、国際的にも注目を集めました。この改良型手術は、従来型より安定した良好な成績を示しています。当時の新聞・全国紙でも報道されました。

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故 Torrent Guasp先生。スペインの解剖学者で心臓は一本の筋肉ベルトからなっていることを示されました拡張型心筋症・事例1事例2。)

この改良型バチスタ手術はスペインの高名な解剖学者Torrent-Guasp先生(写真)の筋束学説(心臓全体が一本の筋束からできており、心尖部がその中央に位置し機能上、極めて重要である)を臨床応用しました。

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◆実績と臨床経験

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これまでに私たちは多数の患者さんに改良型バチスタ手術を行い、ほとんどの方が元気に社会復帰されています。成果は国際的な医学誌 Journal of Cardiac Surgery にも報告しました。(英語論文243番)

また、日本だけでなく、心臓移植が十分に行われていない東欧などでも、この手術は大きな希望となっています。

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◆バチスタ手術が有効なケース

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拡張型心筋症の左心室は単に大きく拡張するだけでなく、形が丸くなります。左心室にとって丸い形はパワーの上で不利であることが知られています

  • 左室が大きく拡張している重症心不全

  • 内科治療(薬)だけでは改善が難しい場合

  • 心尖部を温存できる解剖条件

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一方で、心筋が硬くなって拡張障害を起こしている場合や、肺高血圧を合併している場合は効果が限定的となるため、慎重な判断が必要です。

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◆まとめ ― バチスタ手術の未来

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  • バチスタ手術は「奇跡の手術」と呼ばれつつも、一部の課題により世界的には下火になりました。

  • しかし、改良型バチスタ手術により安全性と効果が高まり、再び注目を浴びています。

  • 特に60歳以上で移植や人工心臓が適応になりにくい患者さんにとって、大きな選択肢となり得ます。

拡張型心筋症にお悩みの方、バチスタ手術にご関心のある方は、ぜひ当院の心臓外科へご相談ください。

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◾️患者さんの想い出1

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◾️患者さんの想い出2

 

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事例:石灰化僧帽弁(MAC)と虚血性心筋症に僧帽弁置換を行った患者さん

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慢性腎不全・血液透析の患者さんには独特な注意とケアが大切です。

冠動脈はじめ全身の動脈に硬化がおこり、血管が詰まったり狭くなったりします。

また僧帽弁や大動脈弁も壊れやすくなります。

とくにMACと呼ばれる僧帽弁輪への石灰沈着は高度になると手術の障壁になりかねません。弁形成や弁置換しようにも針が石灰を通らなくなるからです。

しかし現代はこのMACにも対策があり、治せる病気になりました。

患者さんは56歳男性です。

19年前に慢性腎炎による腎不全のため血液透析を導入されています。

以前から僧帽弁閉鎖不全症大動脈弁狭窄症が見られていますが心電図で左脚ブロックが次第に強くなるため当院内科へ来られました。

00040121_20091111_CR_1_1_1内科にて精査の結果、冠動脈左前下降枝と右冠動脈に狭窄がみつかり、それぞれロータブレーターと薬剤ステントDESをもちいたカテーテル治療PCIにて軽快しました。3か月後の検査で左前下降枝は再狭窄していたためここにも薬剤ステントを入れられました。

その半年後に僧帽弁閉鎖不全症のため心不全がコントロールできなくなり、心臓外科に紹介されました。

右図はそのときの胸部X線写真です。

00040121_20091006_US_1_16_13b僧帽弁には僧帽弁輪石灰化MACがあり、肺高血圧症PHもある、虚血性心筋症・心不全(駆出率27%と正常の半分以下)ともいえる状態でした。(左図)

PCI後に時々起こる心筋症です。

胸骨正中切開・心膜切開で心臓にアプローチしました。心臓は拡張著明でした。
体外循環・大動脈遮断下に左房を右側切開しました。

僧帽弁は後尖のP2(後尖の中ほど部分です)弁輪に石灰化著明で、P1(後尖の前交連側)とP3(後尖の後交連側)にも石灰化は及んでいました。また前尖A1(前尖の前交連側)とAC(前交連部)にも石灰は強くありました。

後尖腱索の大半を切除し後尖を反転させてこれらの石灰化を左室筋肉に傷をつけないよう注意しながら摘除しました。

最初はロンジュールという道具で石灰を砕いてはずし、以後は超音波破砕器CUSA(キューサ)で石灰化を乳状化して溶かすように切除し心筋にまで影響が及ばないようにしました。

後尖と後尖弁輪が石灰摘除のためやや弱くなったため、前尖を弁輪から5mmのところで切断しこれを左右に二分して後尖側へ再固定し、後尖縫合部の補強と心機能の改善・左室破裂の予防を図りました。

その上でSJM機械弁27mmを縫着しました。

この患者さんの体格からは十分なサイズで、かつ拡張した左室の基部をある程度縮小し心機能を改善する効果も多少は期待できるサイズです。

石灰摘除部でも人工弁がきれいに乗っていることを確認し、念のため逆流試験にて縫合部や弁の開閉に問題がないことを確認しました。左房を2層に閉じて87分で大動脈遮断を解除しました。

00040121_20091124_US_1_18_18b体外循環を離脱しました。術前心機能の弱い患者さんでしたが離脱はカテコラミンなしで容易でした。入念な止血ののち、手術を終えました。
経食エコーにて良好な弁の縫着と機能を確認しました(右図)。

術後経過は順調で、血行動態安定し出血も少なく、術翌朝抜管し透析を行っています。

透析と心不全のため時間をかけて回復を促し、手術後1か月半で元気に退院されました。

00040121_20130115_CR_1_1_1手術から3年あまりが経過し、外来へ定期健診にこられます。

左室駆出率も術直後の11%から27%まで回復し、まずまずお元気です。

今後も健康管理をしっかりし、お元気で暮らして頂きたく思います。

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僧帽弁膜症の関連リンク

原因 

閉鎖不全症 

狭窄症

◆  機能性僧帽弁閉鎖不全症

弁形成術

◆ リング


虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対するもの

腱索転位術(トランスロケーション法)

両弁尖形成法(Bileaflet Optimization)

乳頭筋最適化手術(Papillary Head Optimization PHO)

 

④ 弁置換術

◆ ミックス手術(ポートアクセス法)によるもの  


⑤ 人工弁

    ◆ 機械弁

生体弁 

       ◆ ステントレス僧帽弁: ブログ記事で紹介

心房細動

メイズ手術

心房縮小メイズ手術

心房縮小メ イズ手術 


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