事例 僧帽弁の再々手術

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患者さんは 73歳男性。

35年前に僧帽弁形成術を、12年前に僧帽弁置換術を他の病院で受け、

最近心不全と溶血(赤血球が壊れ、貧血になり、かつ腎臓が弱ります)が進むためハートセンターへ来院されました。

地元では手術は危険と言われ、遠方から来られました。

 

人工弁機能不全と弁周囲逆流の診断で、このままでは体力が弱り、とくに腎不全になる可能性が高いため、手術することになりました。

 

1_2Photo_2再手術ですから心臓と周囲の組織との癒着があり得るためCTを撮りました。

そのCTにて胸骨が無名静脈に食い込んでいる所見があったため、

慎重に剥離を進め無事通過しました。

癒着の安全な剥離は安全な再手術のカギのひとつです。

体外循環・大動脈遮断下に左房を切開しました。左房の拡張は長い病悩期間を反映して高度でした。

前回縫着された機械弁(写真上左)には1cmほど弁輪がスリット状に切れて弁周囲逆流になっていました(写真上右、人工弁切除中の写真ですが裂け目が黒く見えます)。

このように人工弁が一部でもはずれたり、弁が完全作動しなくなると溶血が起こりやすいのです。

僧帽弁輪を温存しつつ人工弁を摘除しました。

左室側に輪状にパンヌスが幅5mmほどで発達し(写真下 左)、機械弁の動きを制約し、人工弁内部の逆流のもとになっていたものと推察しました。

写真下右は切除したパンヌスの一部です。
JpgPhoto_3

パンヌスを切除し、

十分な強度を保てるよう工夫して生体弁を縫着しました。

念のための逆流試験にて、人工弁・縫着部とも問題ないことを確認しました(写真下)。

経食エコーにて良好な僧帽弁機能と心機Reremvr能を確認しました。

 

術後経過は良好で、翌日には一般病室で心臓リハビリを開始し、

溶血も解消、腎臓も回復し、お元気に退院されました。

 

これまでは機械弁のため多い目のワーファリン使用が避けられず、鼻血によく悩んだとのことですが、今回はせっかく再手術するのに生体弁にしない手はありません。

そこで生体弁で僧帽弁置換を行いましたので、それからは心房細動用の少な目のワーファリンで行けるようになり、鼻血も起こらなくなり喜ばれました。

このように再手術は必要あって止む無く行うものですが、大きなメリットをもたらすのです。

 

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5) 再手術(再開心術) ②どんな問題が? へもどる

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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IHSS(HOCM)の手術事例 2

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患者さんは59歳女性です。息切れを強く訴えておられました。

大動脈弁下狭窄症 (IHSS)(別名HOCM 閉塞性肥大型心筋症)大動脈弁狭窄症のためハートセンターへ紹介・来院されました。

発作性心房細動という頻脈発作をよく起こされ、手術まえにも何度も救急外来へ来られるという状態でした。

この病気はときに肥大型閉塞型心筋症HOCMと紛らわしいことがあります。

1

ともあれこのままでは患者さんは仕事や生活もままらなず、突然死の危険さえあるため手術することになりました。

体外循環・大動脈遮断下にまず左房を開けました。

左房は正常サイズでしたので、冷凍凝固を用いたメイズ手術を施行し(写真左)、左房を閉鎖しました。

写真は僧帽弁輪周囲部を治療しているところで、この部の治療の有無が重要というデータがセントルイスのグループから発表されています。

Aここで上行大動脈を切開しました。

大動脈弁は3尖で硬くなっており(写真左)、弁および石灰を摘除しました。

大動脈弁そのものの狭窄(狭くなること)も手術が必要なレベルでしたが、それ以上に弁の下、つまり左室の出口付近が狭くなっていましたので、異常に張り出した心筋を切除することにしました。

Ihss大動脈弁輪ごしに左室流出路を観察しました。

異常心筋の張り出しが著明でした(写真左)。

写真で左室の出口の大半が異常心筋で覆われ、普通なら見える左室内部がほとんど見えません。

写真で左室の出口の下半分に見えているのは僧帽弁前尖です。

Ihss_2トロントのウィリアムズ先生直伝の方法(モロー手術の変法)で、異常心筋を切除しました。

左室の出口にあった異常心筋の張り出しは、心筋の切除のあとは大きく減り、奥の方に僧帽弁や乳頭筋が見えるまでになりました。

つまりそこではもう狭さくはないわけです。

このIHSS(HOCM)の異常心筋の切除に際しては、刺激伝導系(心臓内の神経)に注意しつつ、そこには触れないよう距離を置きました。

合計10x30x8mmの心筋を切除できました。深い部位の作業でしたが腱索・乳頭筋などへの損傷はありませんでした。

Avr生体弁(ウシ心膜弁)を用いて大動脈弁置換を行いました(写真左)。

人工弁越しに左室がよく見えるようになりました。

また人工弁はこの患者さんのご体格では十分ななサイズを満たしていました。

心拍動下に右房をメイズ切開し、冷凍凝固をもちいて右房Photoメイズ手術を施行しました。(写真左)

手術の後、経食道エコーにて大動脈弁(人工弁)には問題なく、

左室流出路の狭窄は大きく減少し、僧帽弁にも異常なく、血行動態も良好でした。

術後経過は順調で元気に退院されました。

手術前に頻発し患者さんを苦しめた不整脈発作は術後は出なくなり解決しました。

 

このIHSSに対する異常心筋切除術は患者さんの安全やQOL生活の質の向上におおいに役立つのですが、日本ではこの手術の経験が豊富なチームが少なく、遠方からも患者さんが来られます。

IHSSはかなり安全に治せる病気ですのでご相談いただければと思います。

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④三尖弁置換術について―弁形成できない時の切り札に【2020年最新版】

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最終更新日 2020年2月28日

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三尖弁置換術、つまり人工弁で三尖弁を取り換える手術は現代もやむをえない場合の選択肢という位置づけです。

stjudevalve
機械弁の一例です。ある種のカーボンでできていて血栓がなるべくできない構造になっています

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◾️機械弁の三尖弁置換術では

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それは人工弁が機械弁の場合、三尖弁の血流は右心系のためか左心系の僧帽弁よりも緩 慢で血栓ができやすく、

その分、ワーファリンもより強く効かせる必要が生じるからです。

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その結果としてワーファリンの副作用たとえば脳出血などが起こりやすくなるという報告が多いです。

 .

◾️生体弁の三尖弁置換術では

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tissue_valveその一方、生体弁も三尖弁の位置に入れると、僧帽弁の生体弁よりも必ずしも長持ちしないという報告もあり

三尖弁弁置換術は長期の成績に安定感が乏しいと言われています。

 .

◾️できれば三尖弁形成術で

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そこで私どもはこれまでの三尖弁形成術では形成しきれないケースに対しても極力、三尖弁置換術を回避し、形成術が成り立つよう工夫を重ねています。

というのは重症の三尖弁閉鎖不全症ではうっ血性肝硬変や肝機能障害のケースが多く、この弁を何とかしないと肝不全で亡くなることが多いからです。

三尖弁置換術には僧帽弁形成術での経験やノウハウが役立っていますが、同時にこの弁特有の状況を勘案して心臓手術を行うようにしています。

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◾️やむを得ない時に三尖弁置換術

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なお私たちは三尖弁手術にあたっては原則として心拍動下に、つまり心臓を止めずに行います。

これはやむなく三尖弁置換術になる場合も同様です(事例: 肝硬変で三尖弁置換術へ)。

それが完全房室ブロック(脈が遅くなりペースメーカーが必要となります)や脳梗塞を含めた合併症の予防にも役立つからです。

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あらゆる方法や経験、技術を駆使しても形成術が成り立たないときに限定して、三尖弁置換術を行います。

弁置換が不可避な場合、現在の方針ではできるだけ生体弁をもちいています。

生体弁の中でも背丈の低いデザインで、右室の壁に人工弁が当たらないようにします。

将来、カテーテル人工弁(TAVI)で三尖弁置換術ができるようになれば、再手術は回避あるいは回数を減らすことが可能となるでしょう。すでにヨーロッパなどで実現しています。

やはり、どんな場合でもあきらめてはいけないのです。

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③ペースメーカーケーブルによる三尖弁膜症とは?へ行く

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10.さくいん

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心臓外科、心臓血管外科の領域でよく使われるキーワードを以下に並べました。ごらんになりたいキーワードのところにある①、②などの数字をクリックして下さい。該当ページが出ます。

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透析(血液透析) (透析の患者さんは様々な心臓病・血管病が起こりやすいため、下記以外の疾患の項目もご参照ください)→→①、 ②、 ③、および→→

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糖尿病 (糖尿病の患者さんは様々な心臓病・血管病が起こりやすいため、下記以外の疾患の項目もご参照ください)→→①、②、③、④、および

 

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メルボルン大学 心臓血管外科―素晴らしい環境

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メルボルン大学はオーストラリアのビクトリア州メルボルンにある国立大学で、オーストラリアでも屈指の実力と地位を持つ大学である。

Brian_barratt_boyes バラットボエス先生心臓外科・心臓血管外科の領域でもメルボルン大学は健闘しており、大学病院としてロイヤルメルボルン病院、王立メルボルンこども病院、オースチン病院その他があり、欧米に比肩する実力を持っている。

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オーストラリアとニュージーランドは心臓外科(Sir Brian Barratt Boyes、写真左)と免疫学(Barnet)等で世界をリードして来た実績がある。

著者が1996年秋から1998年春にかけて留学したメルボルン大学オースチン病院は、オーストラリアで初の心臓血管外科教授である Dr. Brian F. Buxtonが率いる病院であった。

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Buxton先生のライフワークである動脈グラフトを多用した冠動脈バイパス手術を中心に、弁膜症から大動脈まで幅広く手術・治療を展開していた。

著者にとってBuxton先生やDr. MatalanisらとともにConsultant (豪州の正規スタッフ外科医)として臨床や研究に従事できたのは幸いであった。

Buxton先生(写真右)は欧米豪でライセンスを取って活躍した経歴を持つ、国際派の心臓外科医であBuxtonバクストン先生った。

さりげなく淡々と行う手術の質は高く、スピードが違う。

豪州の制度を活用して、public病院であるオースチン病院とprivate病院であるイップワース病院を駆使して、多数の手術を行い、また経済的にもリッチであった。

インドネシアの富豪が手術のためにオースチンに多数来院され、それも病院を潤わせていたようである。

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ある時、緊急手術でインドネシアの大富豪が飛行機をチャーター来られ、空港の税関に私が通過許可をお願いする電話をしたとき、書類を見るとご婦人確か8名とお子さんたしか30名を乗せているのを知って驚いた。

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メルボルン大学オースチン病院(写真右下)は心臓外科医にとって極めて仕事のしやすい環境で、緊急手術は心臓外科専門のチームが常に短時間で召集できる体制ができている。

緊急手術を行っても予定手術には影響なく実施できる。

麻酔科は心臓麻酔医が担当し、熟練度が極めて高い。

午後7時より遅く開始した緊急手術にはコンサルタント、レジストラ、ナース、MEそれぞれの立場に応じてかなりの手当がつき、皆医療のやりがいと経済的楽しみをもって頑張っている。

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あるとき術前患者が発熱して延期になった。

そのとき、ナースたちのご意見は「先生、別の患者さんを連れて来て!手術しようよー」であった。

それほど彼女らの仕事は評価され、きちんとした待遇が与えられているのである。

あれから15年近く経ったが日本の貧相な環境は国公立病院を中心にほとんど変わらないのは残念である。

 .最近のオースチン病院を空から見る

ある年のクリスマスの時期に、夜中から緊急手術を行い、明け方に無事完了した。

さあ帰宅 しようかというところへ別の緊急手術患者が来られ、せっかくだからもう一例やってから帰るよと皆に告げると”You are my hero !!”とナースらに言って頂いた。

日本の一部の大学病院なら皆にお詫びしまくってお願い連呼して申し訳なさそうな顔をして手術するところであろうが、豪州では違うのである。

本物の先進国をそこに見た思いがした。院内に置いてある機械類はそれほど変わらない。

そうしたハードよりももっと先進国らしい尊いものがあることをこのとき学んだ。

日本は医療崩壊しないと先進国の姿を学べないのであろうか。

大学病院で言えば、海外の臨床現場を知るものがもっと教授になれば少しは変化するのであろうが、現実はどうであろう。

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メルボルン大学の他病院との交流も盛んで、そのそれぞれから欧米に多数が留学し、メルボルンにいても著者の古巣であるトロントやスタンフォードの話もでき、世界とつながっているという実感が楽しかった。

個人的には1年あまりの間に300例の開心術執刀や指導ができ、その後日本(京都)に帰国したのが悔やまれるほどの日々であった。

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ともあれ、メルボルン大学、オースチン病院は、建物の外見は日本の大学病院より質素だが、内容的には遥かに充実した、先進国の大学病院の名に値する素晴らしい病院であった。

それ以後も多数の医学生や修練医をお世話し、みな多くを学んで帰国してくれているのはうれしいことである。

今年(2009年)も名古屋の学生一人を紹介し、多くを学んで帰国してくれるのを楽しみにしている。

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オースチン病院のような優れたものを日本で構築するとすれば、それは実験研究偏重で公務員制度と労働組合の壁がある国立大学病院の中よりも、ハートセンターのような自由度の高い施設ではないかと思うこのごろである。

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心臓外科の留学について―人生を変えるインパクト

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心臓外科の領域では他領域よりも留学とくに臨床留学の位置づけが高いような印象を受ける。

たとえば同じ外科系でも腹部一般外科では臨床留学をそれほど熱く議論しないようであるし、肺外科その他の外科系領域も同様である。

 

著者はかつて医局の外にいて長年臨床を中心とした留学を経験し、

それからは教授つまり医局の責任者として関連病院人事と留学を両立する努力をし、

その後ふたたび医局の外で自由人として若手の育成に当たっているため、医局の内と外の両面から留学を論じてみたい。留学は人生の壁に当たっている時には一大チャンスです。心臓外科ではとくに臨床留学が有効でしょう

 

まず心臓外科・心臓血管外科に特異的に臨床留学が必要な状況があるのだろうか。

答はおよそYesである。

日本の心臓外科は一施設あたりの開心術症例数が平均60例程度と、諸外国に比べて極端に低い。

欧米豪の先進国だけでなく、アジアや東欧などを含めた開発途上国においても1施設あたりの年間症例数は1000例前後はある。

およそ外科系はまとまった数の症例経験が重要だが、心臓外科では精緻な手術をよどみなく、結果的に迅速に行うスピードが求められるため熟練度が重要である。つまり、名医になるためにはおのずと経験量つまり症例数が必要となる。

臨床留学が心臓外科に特異的に必要とされるのはうなづけることである。

 

学会などで留学は必要か?というセッションが時々ある。

そこで留学不要と発言される先生 の多くは国内施設で十分執刀できるという状況にある方々で、一般に優秀で、病院から認められ、周囲からの信望も厚く、すでに勝者であるケースが多い。

留学が必要なのは、そうした状況が得られなかった人たちなのである。

たとえば留学不要という先生のすぐ下にいる(つまり少し若い)ためたとえ優秀でも執刀機会が得られないといった状況の方々である。

 

それでは心臓外科・心臓血管外科の留学はいつ、どこへ、どういう形で行うのが良いのだろうか。過去も現在も米国は留学の人気No.1ですが、近年は選択肢が世界中に増えました

1.いつ?:

海外に永住し、現地の専門医資格を取るのでなければ、早ければ早いほど良いというわけではなさそうである。

早すぎると、未熟な状態で留学することになり、あまり大きなチャンスたとえば開心術の執刀をまとまった数経験させていただくなどは難しくなる。

先進国の多くは訴訟が盛んで、合併症の懸念があれば任せられないからである。

 

かといって遅すぎると、体力が落ちて当直・徹夜業務に支障を来し、また他の仲間とのバランスも難しくなる。

帰国してからの良いポストも難しくなる。

 

それらを勘案し、心臓外科の留学タイミングは理想的には30代前半、遅くとも30代後半といったところであろうか。

もちろんやる気があれば人生どこからでも立ち上げ可能かもしれないが。

ここで大学院進学をどうするかなどの検討が必要となる。

 

2.どこへ?:

古くはアメリカ合衆国、あるいはカナダ・イギリス・ドイツ・フランスそしてオーストラリア・ニュージーランドなどが主流であった。

その後、他の欧米諸国や日本以外のアジア諸国が上記のように欧米のシステムを導入し、多くの症例を経験できる仕組みが作られたため、

現在の心臓外科の留学先は上記に加えて、イタリア、東欧、アジアとくにシンガポール、マレーシア、インドネシア等などに変遷している。トロント総合病院のクラシックな建物

 

東欧やアジアのレベルが上がり、普通の症例では欧米先進国と大差ないため、試験や競争を避けて東欧やアジアへ留学する心臓外科医が増えた。

要するにきちんとした指導者のもとで執刀させてもらえればそれで目的は達成するというわけで、

それはすでに現実になっているケースが多いと思われる。

 

3.どういう形で?:

 一般的にはフェローつまりレジデント終了後の修練ポストだが、

チャンスがあればレジデントあるいはレジストラー といった濃密な研修のためのポストが理想的である。

その方が執刀機会が得やすいかも知れない。

これは国にもよるし、病院によっても異なるためケースバイケースの対応が必要ではあるが。

 

正規のスタッフとなると、原則として自分の責任で、自分の執刀ができ、一人前の心臓外科医、心臓血管外科医として仕事ができる。当然プロフェッショナルとしての十分な待遇や報酬が得られる。

こうした形での留学は理想ではあるが、正規のスタッフのポストを得るためにはその国の専門医資格なり、病院からのオーソライズが必要であるため、フェローやレジデント・レジストラと比べると格段に関門が狭くなる。

 

日本ではその施設のNo.1が一人前の心臓外科医で、それ以外ならNo.2もNo.10も大差ないお手伝いという話を大学などを中心によく聞い海外のスタッフ外科医は一人前で独立した存在たものだが、

海外では正規スタッフは多くの場合、ひとつのチームのNo.1であるため、日本のNo.1に相当する権限が与えられる。

実際症例数から考えてもそうである。年間1000例の施設に正規スタッフは通常3-4名、一人あたり250-300例ほどの開心術症例があり、それは日本の一流施設のNo.1つまり部長の権限に近い。

 

海外では多くの場合、給料や条件も正規スタッフとそれ以外では格段の差がある。

ちなみにナースやMEさんたちも、正規のスタッフであるため、医師のレジデントやレジストラよりは位が高いのである。

 

実際に心臓外科で留学となれば、コネクションがものをいう。

個人的に交渉できればそれもあり得るが、一般には不利である。それで大学関係などでは、代々同じコネクションで1-2年ずつ留学していくという形が良く見られる。

それも一法であるが、その場合、せっかく認められ、より多数の執刀ができる段階で帰国ということになりかねない。そうしたケースを多数見て来た。

そこでうまく交渉して、医局から少し離れた位置にいて、留学を続けるなどのパタンができるのである。

これは医局の責任者がどれほど太っ腹な教育者か、あるいは医局がどれほどマンパワーの余裕があるかなどにも左右される。

 

臨床研修制度が変わり、大学病院で仕事をする若手医師が減り医局制度が弱体化した今、心臓外科の臨床留学のあり方も変化が起こりつつある。

最終的に実力の世界になるのであれば腕を上げ、実績を積んだ者が勝つことになるだろうし、まだ医局の存在が残るのであれば、その傘の下にいる方が有利なこともあるかも知れない。

 

そこでいま一つ考えるべきこととして、どういうタイプの病院での勤務を将来希望するかであ将来私的病院で仕事するなら多少無理してでも臨床留学するのも一法る。

国公立病院などの公的病院は比較的安定感はあるが、内部に医療崩壊が見られ、給料の安さや仕事のしにくさ(手術枠の制約や雑用の多さ、医師の相対地位の低さ)からそれはうなづける。

逆に私立病院とくに循環器に力を入れる病院や専門施設では、安定感はやや劣るかも知れないが、待遇は良く、仕事もしやすく、外科医としての喜びは大きい。

他の2倍働き(ただし雑用は少なめで)、3倍の喜びと1.5倍の報酬を得る、という感覚である。

公的病院の状態が悪化しているケースが増え、手間のかかる重症例はコメディカルだけでなく医師も敬遠することが増えたり(外科医が手術しようとしても他科が支援しないなど)、赤字だからと医師だけの給料を減らすなどという病院があり、そこでは医師の離散が目立つ。


医局関係の多くは、前者の公的病院を関連病院にもつ場合が多いため、公的病院か私的病院かという選択は、医局かそれ以外かという選択と類似したところが感じられる。

 

留学を考える場合、ポスト留学の仕事内容、職場のタイプ、立場や哲学を併せ考えることが勧められるゆえんである。

ただ心臓血管外科領域はこれからますます人手不足になることが確実であり、売り手市場の傾向が強まるため、臨床の実力や実績を上げれば就職先はある程度時間をかければそう困らないという見方もある。

ただし、それは40歳までの話で、それを超えると次第に厳しくなる。

もちろんそれをも突破することもその人次第で可能ではあるが。

 

心臓外科に限りない情熱と夢をもち、少々の苦労はいとわない、そうしたひとを私は応援したく思っている。

実際、留学支援を大学や医局などの枠組みを気にせず行っている。

そうした人たちが将来の日本の心臓血管外科を支えてくれるのであれば、望外の喜びである。

 

8.卒後研修―若い先生方にのページにもどる

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心臓外科の名医とは―外科医とチームと病院と

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94715374心臓外科の名医とは、という問答をよく耳にする。

外科医(というより医師)なら誰しも名医になりたいと思うであろうし、そのための努力も皆していると思う。

著者もより多くの重症患者さんを助けられる心臓外科の名医を目指して、飽くなき探求を続けるひとりである。

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しかし現実にそう言われている人たちは多くない。

これまでの海外や国内、国内でも大学病院や国立病院あるいは私立病院、その中でも専門病院などでの経験と、尊敬する恩師や友人たちの姿をもとに考えてみた。

 .

心臓外科の名医を支える要因は

手術がうまい、手術ができる、これが基本です 1.手術がうまい:

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うまさの内容には早い、質が高い、生存率が高い、合併症が少ない等などのファクターがある。

うまさを支えるものとして、臨床経験量、平素の勉強量や練習量、誰に師事するか、横の交流の多さ、常に反省熟考する、部下や仲間の意見をくみ上げる、何より患者の声や所見に注意するなどが挙げられる。

さらにこれからはポートアクセス法などのミックス手術に熟達していることも必須であろう。

 .

また周辺部の要因として麻酔の導入時間が短い、術中の管理がしっかりしている、なども含まれる。

さらに言えば麻酔医を、あるいはお互いをうまく育てる腕前ともいえようか。

もう一つの周辺部要因として周術期管理がうまい、あるいはその教え方がうまい、なども挙げられる。

真の意味での安全管理も重要要素である。

また心臓手術の生存率が高く合併症が少ないという要素の中には、あまり術前状態の悪い症例からは逃げるなどの患者選択という要素も入る。

 .

リスクの高い症例はオペしないという方針で行くなら、見かけの治療成績は格段に向上する、しかしそれが本当の治療成績を反映しているかどうか、疑わしい。

そこでリスク解析が重要となる。

 .

2.チームワークや雰囲気が良い:

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 それは心臓外科医と麻酔医、看護師や技師とのチームワーチームワークは大切です。チームワークとは仕事をしたくない一部の人たちに迎合することではありません。患者さんから逃げず、常に皆で全力を尽くす、協力して努力する、これがチームワークです クが良い・看護師や技師の仕事の質が高い・いつでも動けるなどの要素がある。

内科との連携はもちろん重要である。

平素から仲間の力が発揮できるような雰囲気づくり、ユーモアのセンス、仲間への愛情が大変重要である。

このあたりは欧米では昔から常識であるが、日本でも必須になったように感じる。

病院ヘッドとくに経営者の姿勢など、病院の体制も大いに関連する。

 .

たとえば病院ヘッドや経営者が、緊急手術は絶対断らない、という哲学をもつ病院ではその共通の目的に向かっておのずとチームワークができて行きやすい。

チームワークを育てる教育努力や親睦努力がなされればより早くチームは出来上がる。

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一方、病院の指導層がそうした姿勢をもたない状況の時にでも、心臓外科医が献身的に周辺とのコミュニケーションを図り親睦を深め協力を確保するならそれなりに成り立つが無駄は多い。

限りある人生の貴重な時間を見識のない、仕事をしたくない方との交渉に浪費するのはいかにも惜しいと思うのである。

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救急や緊急は断らない、それだけの足腰・実力と理念・決意のある病院こそ患者さんを救えます 3.病院のシステム・体制が良い:

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手術室やICU(集中治療室)あるいは病棟がいつも迅速かつ協力的に動ける、

メンバーが固定されており気心が知れている、

麻酔科がどのような時にもどんな状況でもサポートしてくれる、

内科や放射線科その他あらゆる部門がきびきびと気持よく動いてくれる、

などなどがある。

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公務員意識、組合意識は結構だが、勤労者第一主義の病院というのは、患者は第一でないということに他ならず、心臓外科の名医も育ちにくくなる。

また手術待ち時間や入院待ち時間が短いなども極めて重要である。

 .

たとえ心臓手術の成績が良くても待ち時間が長すぎると、その間の危険性が高くなり、せっかくの成績が帳消しになる場合もある(心臓外科医の日記ブログ 2010年1月14日 手術の待ち時間 参照)。

ハイリスク患者を断って手術成績を上げるなどは大問題である。

外科医がオペで頑張ろうとしても麻酔医の段階でオペを拒否されるような病院では全体が崩れる。

 .

もちろんこれらは誰が悪いとか誰のせいであるなどの論議ではない。

たとえば麻酔医の待遇がいざという時に患者さを助けることができる病院、これが大切です 悪いことが真の原因であることもあるし、大学で出世しようとすれば今も研究業績が重要であるため臨床に力が入らないのである。

ここでは心臓外科や心臓血管外科の名医を支える要因を論じただけのことである。

 .

循環器専門病院や循環器に力点をおいた病院では上記の1.-3.とも成り立ちやすく、とくに私立の施設では一層有利である。

病院とくに民間病院では患者の支持がなければ経営が成り立たないため、おのずと患者第一主義になり、心臓外科の名医を求める土壌ができるからである。

何といっても固定メンバーで熟練度が高くファミリーの雰囲気になっているのは有利である。

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公立でも多大な予算が得られる施設では名医育成の効率は良いかも知れない。

手術数を少なく抑えれば見かけのチームワークは保てるかも知れないが、外科医やチームの成長にブレーキがかかり名医と逆の方向へ進みかねない。

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メディア報道

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◆参考ページ

心臓手術とはどういうもの?

そのこれからの方向

その名医とは

さあ手術と言われたら?!

安全に必要な症例数は?

病院の立派さと心臓外科の立派さは別?

対象となる病気は?

医師の選び方

私のお勧めは?

術後の社会復帰について 

美容について

必要な検査

術前のオリエンテーション

米田正始が考案したオペは

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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スタンフォード大学心臓外科―アメリカ屈指のアカデミック心臓外科

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スタンフォード大学はアメリカ合衆国でもトップレベルにランクされる有力大学である。

心臓外科、心臓血管外科の領域においてもスタンフォード大学は同様の実績と評価を得ている。

ここでは一留学生(筆者)としての目からみたスタンフォード大学心臓外科を論じてみたい。

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Norman E. Shumway先生。世界の心臓移植のパイオニアです。スタンフォード大学心臓外科(肺でも有名なため心臓胸部外科)の名を世界にとどろかせたのはNorman E. Shumway (写真左)であった。

彼は心臓移植の草創期、まだ拒絶反応を克服できなかった時代に多くの仕事を行った。

あまりに慎重なスタンスから心臓移植一番乗りには縁がなかった。

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しかし、大動物での実験研究のノウハウ蓄積は抜群で、その後臨床での心移植の実績を着実に上げ、拒絶反応のために多くの施設が心移植を断念した時代にも生き残り、サイクロスポリン等の実用化の道を拓き、現在の標準治療としての心臓移植の確立に貢献した。

彼こそ心移植のパイオニアと評価する方が多いのはそうした良心をもつ実力派だからであろう。

図10

Miller研究室での集まり。ここから全米に教授を輩出して行きました

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著者が留学した1993-1996年ごろもDr. Shumwayは健在で、多くの後進の指導に力を入れ、彼と仕事をすること自体が dream come trueと言う若手が多かった。

底抜けに明るく、不撓不屈の信念をもつShumwayを慕って集まったのがスタンフォード大学心臓グループと言っても過言ではなかった。

当時Shumwayのもと、Dr. Bruce A Reitz、Dr. D Craig Miller、Dr. Ed Stinson、Dr. P. Oyer、Dr. Scott Mitchell、Dr. Bobby Robbinsはじめ多数の優れた心臓胸部外科医が育ち、活躍していた。

Dr. Shumwayは暇さえあればジョークを飛ばしていたのが印象的だった。

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Bruce_ReitzDr. Bruce A. Reitz (写真左)はこれ以上紳士的な指導者はいないと思えるほどの人格者で、手術の腕もさることながら教育マインドでもとびぬけたものがあった。

著者が当時、日本の医学生の夏季実習のお世話をしていたときも、Dr. Reitzは忙しい時間を割いて

図6

スタンフォードから世界に多くを発信できました。当時最強の心臓外科生理学チームと言われました

自らその学生たちに胸部X線の読影法を教えたり、多数のレジデントや元レジデントの指導から就職の世話までいつも笑顔でこなす姿はある種の神のようであった。

お掃除のおばさん達までがDr. Reitzは立派な人だと言っていたのが印象的であった。

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D Craig Miller先生。アメリカ胸部外科学会にて。Dr. Miller (写真左)は大動脈手術の臨床と心臓生理学の実験研究で有名な外科医だが、院内ポストには頓着なく、Dr. Reitzと何ら競合することなく、自分の道を淡々と歩む、どちらかと言えば哲学者のような心臓血管外科医であった。

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Dr. Millerの心臓生理学ラボ(研究室)は生理学にもとづく心臓のねじれ運動の解析を行っていた。

その方法論は虚血性僧帽弁閉鎖不全症の外科治療に最適と見た著者が、ス 図24タンフォードのMillerラボへ留学し、虚血性僧帽弁閉鎖不全症への弁形成術に役立つジオメトリーの研究を始めて以来、このテーマがお家芸となり、現在に至るのは光栄な限りである。

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臨床ではとくに大動脈手術基部再建などに力を入れていた。

Dr. Millerに究極のアカデミック外科医の姿を見るのは著者だけではないと思われる。

さらにその時代つまり1990年ごろからDr. Mitchellや放射線科Dr. DakeのステントグラフトEVAR)が大きな業績を上げ、日本を含めた世界とのコラボの中で育って行ったことは記憶に新しい。

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ハートポートポートアクセス法手術、MICS手術の代表例です)を開発したのもスタンフォードチームであった。

図7

誰もが感心する優れた環境、それがスタンフォードでした。

初めて大動物実験に成功したときの喜びと感動はアメリカという国にまだフロンティア精神が残っていることを示すものと著者には思われた。

これだけのことを今から20年も前にすでに臨床の場で患者さんに役立てていたというのは、今振り返っても感嘆すべき先進性である。

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こうした優れた心臓血管外科医、心臓胸部外科医を擁するスタンフォード大学心臓胸部外科の大所高所からの特長は、Dr. Shumway以来の心臓移植、心肺移植と臨床教育システム、研究教育システムであろう。

すべての症例をレジデントに執刀させる、これは重症例が多く、社会的責任が重い現代、容易なことではない。

図25

学内でサッカーのワールドカップを開催するようなパワフルな大学でした

そこにひとつのAmerican spirit、Stanford spiritのようなものを感じ、強い憧れを覚える。

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またスタンフォードのレジデントたちは忙しく充実した臨床の中を、夜中には研究室に来てひたすら書き、多数の論文をメジャージャーナルに出し続ける、これを実行し続けて、全米各地あるいは世界各地へ戻って教授になっている。

この姿にももうひとつの Stanford spirit を感じずにはいられなかった。

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執筆:米田 正始
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トロント大学 心臓血管外科―心に火をつけてくれた感動の日々

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トロント大学はカナダ屈指の総合大学で、心臓血管外科も北米のリーダー的な存在のひとつとなっている。

ここでは一留学生(当時)の視点から、6年あまりの間、内側から見たトロント大学心臓血管外科をご紹介したい。

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Bigelow_b歴史的には心臓外科のパイオニアの一人であるDr. Wilfred Bigelow(写真左)が低体温をもちいた心臓手術を開発するところにルーツがある。

Dr. Bigelowの著作 “Cold Heart (冷たい心臓、つまり低体温の心臓手術法)”は知る人ぞ知る歴史的作品。

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その後トロント大学心臓血管外科からは Dr. Ronald BairdやDr. Bernard Goldman、Dr. Hugh Scullyらを輩出し、その後Dr. Tirone E. DavidやDr. Richard D. Weiselらの活躍で新たな黄金時代を築いた。

著者(米田正始)が留学した1997年から2003年にかけてはDr. DavidやDr. Weiselが大きく展開する時期で、個人的に大変多くを学ばせて頂いた。

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David_2Dr. David(写真左)は天才肌の心臓外科医で、無駄のない確実で迅速な手術は当時から話題になっ ていた。

Dr. Davidはcreative mindにも長けた外科医で、数多くの新たな術式の発表と優れた治療成績でトロント大学心臓外科全体の指導者になって行った。

著者も数件のプロジェクトに参加させていただき、それまで治せなかった患者さんを新手術で治せるようになるという外科医の究極の喜びを何度も味あわせて頂いた。

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大動脈弁を温存する大動脈基部再建いわゆるデービッド手術心室中隔穿孔に対する梗塞除外法(David-Komeda法などと呼んで戴けるのは望外の光栄である)

図14

トロントで修行中のころ。6年間お世話になったナース諸君は皆優秀で親切でした

 

あるいは感染性心内膜炎とくに弁輪膿瘍に対する弁輪再建さらにさまざまな僧帽弁形成術など、

トロントで関与したプロジェクトは数多いが、心臓外科の真骨頂ともいえる素晴らしい経験だった。

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Weisel4036Dr. Weisel(写真右)は研究のチャンピオンで実験研究と臨床研究を恐ろしいほどのスピードでこなして いた。

そこで学んだことは論文書きもさることながら、リサーチのマインドや姿勢、さらに他人を垣根なく受け容れお世話し仲間の輪を広げるスタンスだった。

Dr. Weisel は研究中心とは言っても年間300例の開心術をこなす心臓外科医であったのは欧米の大学の素晴らしさを雄弁に物語るものであろう。

図16

AHAで発表のころ。成果をどんどん発信し仲間が増えて行きました

そしてDr. Weiselは多数の執刀機会を与えてくれた教育者でもあった。

Dr. Davidがアート中心ならDr. Weiselはサイエンス中心といったところであろうか。

アートとサイエンスを同時に学べるトロント総合病院は本当に恵まれた環境であった。

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Scully3426Dr. Scully(写真左)は政治的手腕にも長けた心臓血管外科医で、空手の黒帯でもあり、寡黙にして冷静沈着な手術をする先生であった。

いったん信頼関係ができると、重症でも緊急でも任せてくれる太っ腹な外科医であった。

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それ以外にもDr. Irving LiptonやDr. Linda Mickleborough、Dr. Christopher Feindelなど腕利きの心臓外科医が活躍していた。

図26

毎日貴重な経験の積み重ねでした。48時間ぶっ通しで仕事してもなお楽しかった頃

 

個人的な経験としては上記の心臓外科医の先生方の御厚意により、合計900例の開心術の執刀を経験でき、その証明書まで書いて頂いた。

感謝以外の言葉はない。

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トロント大学心臓血管外科としては当初からToronto General Hospitalが主軸となり、これにSt. Michael’s Hospital とToronto Western Hospitalが加わり、トロントこども病院と合わせて4本柱の形で相互に連携協力して発展してきた。

1990年初頭に病院の再統合が行われ、Toronto Western Hospital が Toronto General Hospitalに吸収され一本化し、St Michael’s Hospitalはそのままで、新たにSunnybrook Medical Centerが開設され、トロントこども病院と合わせて新たな4本柱になった。Tgh_5toronto

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現在のToronto General Hospitalでは当時ジュニアレジデントや学生として著者が指導ある いは一緒に遊んだ仲間がスタッフ外科医(教授・准教授)として活躍しており(Dr. Terrence Yau、Dr. RJ Cusimamo、Dr. Vivek Raoら)、今も楽しい集まりが毎年ある第二の故郷である。

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2010年にDr. Scullyが定年退官され賑やかなパーティを行った。著者にとっても久しぶりに懐かしい方々とお会いできて楽しかった。またDr. Weiselも臨床を引退され、時代の変遷を感じさせる。

最近のTGHの状況は 心臓外科医の日記ブログ 古巣トロントで をご参照下さい。
20年ぶりに1週間トロントにて充電させて頂いた。

あのころの感動やエネルギーが心の中で蘇ったと言っても過言ではない、心が躍る1週間だった。

図19

あの充実と感動を次世代を担う若手にも提供したい

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このトロント大学には過去から現在に至るまで日本の若手を多数紹介し、同じ夢や楽しみ、生きがいを共有できるのを嬉しく思っている。若い先生方のなかで、我と思わん方は私までご連絡いただきたい。

また、こうした施設を日本の中に造りたいという夢を追うことができるのを喜びと感じている。

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心臓手術―特殊な臓器、特別な配慮と努力が患者さんのために必要【2020年最新版】

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最終更新日 2020年3月1日

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◾️心臓手術、他臓器の手術との共通点は

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心臓手術の分野も他分野たとえば胃腸 209142436や肺や脳の外科と共通することが多くあります。

これから治す臓器に何か良いことができるからこそ、意義や利点が患者さんに対してあるわけですが、同時にいくら良いことをすると言っても、そのために皮膚を切ったり、薬で寝かせたり、多少とも出血させたりとマイナス点も多くあります。

これはどの臓器の場合にも共通しています。

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◾️心臓手術、他臓器の手術と違う点は

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以下が挙げられます。これがすべてではありませんが。

 

 1.心臓はジョギングhealth_0098他の多くの臓器のように一時お休みが成り立たないこと。

 短期間でも休んでしまうと脳その他の臓器に致命的な 打撃を与えかねないこと。

そのため心臓手術で一時心停止するときは人工心肺(体外循環とも言います)を使う必要がある

 .

2.その人工心肺や出血しやすさのため、侵襲(しんしゅう、つまり体への負担)が大きい こと。

とくにこれを使うためには血液が固まらないようにする薬(ヘパリン)を使うため、他の外科より厳重な出血対策が必要となる

 .

3.他の多くの臓器や組織のように、切除だけで済まないケースが多く、ほとんどの場合、再建つまり作り直すことが必要

1.とあわせて、作り直せなければ即死亡につながることが多い心臓外科では短時間に確実に心臓を再建することが必須です

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4.1.のため時間が限られる場合が多く、確実さとスピードの 両方が求められる

それらがなければ破綻を来し死亡リスクが高くなる

 .

 .

こうした特徴から、心臓血管手術では確実さとスピードを持つことが必須となります。

そのために熟練や日々の考察・勉強・準備・基本練習などが求められます。半端な腕では患者さんに迷惑となるわけです。

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◾️心臓手術で数(熟練度)が大切なわけ

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「数」が心臓血管外科で特に強調されるのは上記のためです。

経験した症例数が少なければ、手の動きもそれを支える頭の動きも鈍くなりがちで、さらに1000回に1回という稀な問題に出くわしたときに、とっさの解決が図りにくくなります。

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心臓血管外科を立派にやるためには質と量の両方が必要ですただ数さえこなせれば良いというのではないのですが、質を伴った数(量)が極めて大切というのが世界の常識です。

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欧米や豪州はもちろん、中国・インド・台湾・韓国・タイ・シンガポール・マレーシア・インドネシアはじめアジアのほとんどの国々でもこの常識はすでに当然のことになっており、欧米式の医療制度(一病院あたり年間1000例以上の心臓手術をたかだか10名以下の医師・修練医とあとはコメディカルで行う)や教育研修制度が根付いています。

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◾️心臓手術の「数」、日本の課題は

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残念ながら日本では Illust193大学を中心にまだまだその世界の常識がわからない方が多く、わかる人たちだけががんばるという構図が進んでいます。

また病院によっては「数」は多くても、外科医の数も多く、一人当たりの「数」が少ない、という問題もあります。

ハートセンターなどの専門施設がその突破口を開けた感がありますが、同時に心臓以外が弱い(たとえば胃腸などの消化器や脳神経など)という課題も見えて来ました。民間病院とくに総合病院的な良さや救急病院の足腰をもつ施設はこの世界の常識を真摯に追求しやすい環境があり、この国の循環器医療をもっと良くするという気概をもって日夜努力しています。

 .

◾️心臓手術、患者さんの視点から

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また患者さんの視点からは、上記の1.2.のため、一時的に体力や臓器の力さえしばし術前より悪化することがよくあります。

ca010a-sそこを乗り切ったあとは心機能が良くなったのを受けて、全身の体力なども改善していく場合が多いです。

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そのため、心臓手術では患者さんにある程度の体力が残っている状態が必要です。

体がぼろぼろになるまでに、つまりまだある程度お元気なうちにできれば治しましょうというのはそのためです。

 .

実際、超重症の患者さんの場合、心機能はかなり良くなったのに全身の体力が持たずに結局涙を飲んだつらい思い出が何度もあります。

全身の状態が悪い患者さんはオペしなければ良いという「安全管理」の考えが最近世上で増えていますが、それは助かるかも知れない患者さんを単に見捨てているだけともいえるため単純には賛同できません。

真の安全管理は患者をいかにして守るかというところから生まれるものと思います。

 .

 

Ilm09_al07018-s bもちろん考える時間もなく、急に危篤状態になるタイプの病気では患者さんも悪くなるまでに病院へ行こうというわけは行きませんが、

慢性の心臓病ではある程度体力があるうちに心臓手術を乗り切るという考え方はしばしば患者さんを救います。

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◾️心臓手術、医師と患者さんのコミュニケーションが大切なわけ

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それもあってそうした理解と患者ー医療者の間の緊密なコミュニケーションが大切なわけです(要するにどしどし相談!です)。できれば聞きたいことを前もって箇条書きにでもメモしておき、どんどん質問頂ければお互いに役立ちます。

オペのあと病気の悪循環が断ち切れた患者さんはずいぶんお元気になられ、もとの年齢や病気の内容にもよりますが、長年お元気に暮らされる方が多いです。

つまり頑張りがいのあるケースが多くあるわけです。

IMG_0754b .

◾️心臓手術、最近の流れは

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さらに、心臓手術を患者さんにとって、よりやさしいものにしようとする努力、いわゆる低侵襲手術、ミックス手術(MICS)ポートアクセスなどが進歩を続けています。

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左写真はその目立たない傷跡の一例です。痛みも少なく仕事復帰やクルマ運転再開も早いのです。

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慣れた手で慎重に手術すれば従来の大きな傷跡の手術と安全性でも遜色なくなりました。

これからの展開にご期待ください。

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◆参考ページ

心臓手術とはどういうもの?

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